月夜の光だけに照らされた部屋に、一人の男神が座っていた。
その姿は神なだけに美男子であり。背丈は180は軽く超える長身な体だ。
そこは、オラリオから南東にあるラルクスという国だ。と言っても、人口は少なく、今いる半分ほどは宿を借りに来た者たちで賑わっている。
そしてその男神もここの住人ではなく、旅の途中に滞在しているだけだった。
そう、旅をしている。
ある人物を見つけるために。
「ただいま戻りました。グラル様」
部屋に凛とした声が響いた。
その声に、男神改めグラルが「入れ」と言うと、一人の少年が入って来た。
歳は15、6くらいだろう。金髪の髪はサラサラとしたストレートで、その瞳はエレラルドに輝いていた。
少年がグラルの前にひれ伏す。
「見つけたか」
「はい」
その言葉にグラルはニッと口を釣り上げた。
「詳しく話せ」と言うと、少年は話し始めた。
「場所はあの大都市オラリオです。まだあのファミリアに所属しているようでした」
「ちっ、あの神め、手放す気はないようだな」
そう吐き捨てたがすぐに笑い、呟いた。
「待ちわびたぞぉ、キリトぉ」
* * *
「──くっ!」
キリトの鞘を僕は受け流す。
朝日も登らない中、僕らは市壁でもう日課となった稽古をしている。
もちろん未だ傷が絶えないが、最近では直撃を喰らうことはそうなくなった。
キリトの鞘が右上から迫る。僕はその軌道にヘスティアナイフをぶつけた。
「ーっ!」
すると足を滑らせたのか、キリトの体が後ろへ傾いた。僕は目を見開く。
今しかないっ‼︎
キリトに突っ込み、ヘスティアナイフを突き出した。
…だが僕は、溝に蹴りを叩き込まれていた。
僕は吹っ飛び壁に激突し、頭をぶつけて悶えるのだった。
そう、キリトはわざと後ろに倒れたのだ。
キリトが鞘を肩に担ぎ、こちらに歩いて来る。
「覚えとけよー。敵がスキを見せるのは、”100%相手を攻撃できると思って突っ込んできた時”だ」
「な、なるほど…」
僕は涙目になりながら頷いた。こうして身を以て体験するとよく覚えられる…。
すると市壁に光が射した。今ちょうど朝日が昇り始めたのだ。キリトが鞘を下ろす。
「じゃーこの辺にしとくか」
「そ、そうだね…」
相変わらずボロボロなのは僕だけだった…。
そんな中、僕は考える。
「これからどうしよっかなー」
「? ベル、ダンジョン行かないのか?」
「今日は、リリが予定あるみたいで。ヴェルフと話して、折角だし休みにしようってなったんだ」
「へー」
「キリトは?」
「ん、俺か?どうすっかなー」
キリトは基本ダンジョンへはソロで行っているらしい。たまにアスナさんと行くらしいけど(ほとんど強引に)。
キリトは少し前までは、ダンジョンにいる時間の方が長かったらしい。大量の食べ物を持って何日もこもってたとか。実際、僕が初めてあった時も、1週間潜りっぱなしだったらしいし。最近やっと落ち着いたんだと、ヘルメス様達が溜息をついていた。
考えているキリトに僕はお願いしてみた。
「またキリトの部屋連れてってくれない?」
「うっ!、な、なんでだよ…」
「もちろん、英雄譚だよっ‼︎」
稽古中とは、まるで別人のキリトに僕は詰め寄った。
二度目にキリトの部屋に入った際、英雄の本がたくさん置いてあったのだ。それは僕にとってとても魅力的な物だった。
キリトはしばし考えていたが、僕の目を輝かせる様子に観念したのか。
「わ、わかったよ…」と了解してくれた。
* * *
ファミリアに着くとアスナさんと会った。
「ベル君、どうしたの?」
「えっと、今日休みになったのでキリトに英ゆ、ぶぐっ!」
その瞬間赤くなったキリトが僕の口を塞いだ。
「わ、忘れ物だよ忘れ物!」
そう言い僕の手を引いて、全力で部屋まで走っていく。その姿を見てアスナは「キリト君ってばかわいいんだから」と微笑むのだった。
「はあ、はあ…ベル、あんま余計なこと言うなよ」
「だからゴメンって」
キリトに睨まれて僕は苦笑いした。
確かに僕も、スキルで【英雄願望】が出た時は、顔から火が出そうだったっけ。
部屋に入ると、相変わらず整った部屋だった。というか、あまり物がないという感じだ。
その中で本棚は目立つ物だった。そしてそこには、何冊かの英雄の本が並んでいた。
「見ていいっ?」
「…どうぞ」
キリトは椅子に腰をかけ、机に肘をつきながら答えた。
僕は一冊の赤い本を取り出す。それは有名なアーサー王の話だった。
僕は英雄に憧れる。
強くて、誇り高く、何と言ってもかっこいい。
祖父が話してくれる英雄に、僕は心惹かれた。
「キリトはどの英雄が好き?」
「お、俺!?えっ、えーと…」
そう言ってキリトは頬を指でかいた。これはキリトの困った時の癖だ。そして顔を赤くしてポツリと呟いた。
「ロ、ローレン…」
「ローレン?ん?それって…泣き虫ローレン?」
祖父が話してくれた物の一つだ、でもその姿はとても英雄と呼べる物ではなかった。僕はあまりにカッコ悪くて途中で聞くのをやめたくらいだ。
首をかしげる僕からキリトは「いや、忘れてくれっ」と言って目を逸らした。
意外だった。キリトの強さはまさに英雄のようだから、なんというか、不釣り合いな物だと思った。
だがこれ以上は続けて欲しくなさそうにするキリトを見て、僕はまた本をあさり始める。
すると、ある本の間に三つ葉のクローバーが挟まっていた。
なんで三つ葉?と僕は再び疑問に思う。
「ねぇ、この三つ葉のクローバーって何?」
そう後ろを向いているキリトに聞いてみた。
瞬間、キリトがバッと振り返った。
その顔は青くなっている。
そんな彼に僕は異変を感じ汗を流した。
「キリト?大丈ー」
「しまってくれッ‼︎」
キリトの叫び声にビクッと縮こまってしまった。こんなキリトは初めてだ。そんな僕を見てキリトはハッと正気に戻ったように目を見開く。
「す、すまん…」
次にはそう言い、キリト顔を伏せてしまった。
静寂が部屋を包む。それに耐え切れず、僕が何か言おうと口を開いた時
「……親友から、貰ったんだ」
そう、キリトが呟いた。
「えっ?」
いきなりだったので理解が遅れたが、一つ疑問が起きる。
なんで、そんな悲しそうに言うのだろうか。
いつもからは想像がつかないほど弱々しいキリトは、何か過去に、いや、現在も、辛い何かを抱えている、そんな気がした。言ってはいけないと思っても僕は聞いてしまった。
「その親友っていまはどこに?」
キリトが目を見開いた。
その時──
「キリト君!大至急来て欲しいって連絡が!」
アスナさんが余裕のない様子で入ってきた。
その声に、キリトは立ち上がる。
その時僕は何故だか、今キリトと別れてはいけないように感じた。
「あのっ!僕もついていっていいですか!?」
その言葉に二人は驚いたようだったがアスナさんが頷いた。
「うん、この連絡はどのファミリアへも行っているはずだから。じゃあ行くよっ、内容は移動しながら言うねっ」
そうして僕らは、どうせ馬車より走ったほうが早いので、そのまま駆け出した。
* * *
走りながら俺はアスナに聞いた。
「で、内容は?この方向だとダンジョンじゃないな?」
「うん、場所はオラリオの外。なんかたくさんのモンスターが、オラリオに向かって攻めてきたんだって」
「えっ!?大丈夫なんですか!?」
「オラリオの外のモンスターは、ここと比べてかなり弱いから、今は被害出てないって。でも、数が多いらしくて。できるだけのファミリアに応援要請を出してるみたい」
そうしていると市壁が見えてきた。街の様子を見る限り、ファミリア以外にはパニックを避けて伝えてないらしい。
俺たちはそのまま市壁を出た。
すると外は、さっきの街の様子がありえないほどになっていた。
百はいるというモンスターと冒険者が戦っていて、それはもう戦争のようだ。そこには、あの【ロキファミリア】の姿もちらほら見えた。状況は当たり前だが、こちらが押している。
「それじゃ、行くぞっ!」
「「了解!」」
俺たちもモンスターへと突っ込んだ。
* * *
「やっとるわ、やっとるわ」
モンスターと冒険者の戦いの中、それを眺めているものがいた。その形のいい唇を釣り上げながら笑みを浮かべる。
そこは、今戦争が起きている場所から200メートルは離れた場所。
そこからグラルは望遠鏡を使って眺めていた。その周りを、2人の子が囲むように立っている。
「キリトはまだ出てきていないようです」
グラルの右にいるのは、団長であるレーヌ。
その幼い顔は、まるで全てを見通すかのように冷静で冷たく、サラサラとした金髪は、少年の美しさをさらに引き立てていた。
「あの者は私がグラル様へ連れて参る」
斜め右にいるのは、女性のエルフだ。その長い髪は緑でストレートだ。肌は白く透き通っている、金色の瞳からは、人種特有の強い信念が見えるフーレ。
彼らは【グラル・ファミリア】の団員だ。
「ーっ!」
その時、グラルはついにその姿を捉えた。
モンスターを次々と屠る漆黒の少年の姿を。
「見つけたぞ〜、キリトぉ」
そうして男神は口角を上げ、目を細めた。
キリトの過去は少しずつ明らかにしていきたいと思っています!