戦う定め   作:もやしメンタル

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10話《泣き虫ローレン》

「うっ!」

「ほらほらどうしたリトルルーキー!へっへっへ」

 

俺は今、ヘルメス様、アスフィ、アスナと丘の上からベルを眺めていた。

 

「趣味悪いですね」

「まーそう言うなよ」

 

ベルは今、何十人もいる冒険者に囲まれ、一人の冒険者に一方的にやられている。普通ならあの程度の奴、ベルなら倒すことができるだろう。そう…普通なら、だ。

ベルとタイマンやってるやつの姿は今、見えていないのだ。

何でも、ヘルメス様が何かと手を貸したらしい。確かあの道具は、アスフィの物だったはずだ。

 

「ヘルメス様は、ベルをどうしたいんですか?会いたかったとか、興味があるとか言ってましたけど」

「そう、興味があるんだ。ベル君がどれほどのものなのか、な。それにベル君には、いつか知らなければならない冒険者の汚い部分を知って欲しいんだ」

「へいへい、さようですか」

 

確かに、いつかは知らなければならないことだろう。そう、今のベルは純粋すぎる。

すると、今度はアスナがヘルメス様に問う。

 

「でも、ただじゃ済まないんじゃないんですか?もしこのままだったら…」

「その時は、そこまでだったと思うさ」

 

これには、三人とも溜息をついた。

でも、きっとベルなら大丈夫だろう。俺だけのかんだが、だてに一緒に稽古していない。

気づくはずだ。こういう相手は、目でなく体全体で察しなければならないことを…。

俺には透明になった男が見える、というより気配を感じるのだ。だてにLv7をやってはいない。

男の拳がベルに迫る。次の瞬間、その拳を──ベルはかわした。

 

「おーっ」

 

ヘルメス様の歓喜に何故だか誇らしく思う。すると。

 

「ベルーっ!!」

 

どうやら仲間が駆けつけたようだ。これでなんとかなるだろう。

案の定、無事かたがついた。と言っても、ヘスティア様が神威を開放してしまったのだけど…。

あーあ、【ロキ・ファミリア】はもう行っちゃったなー。などと思いながら俺は立ち上がった。瞬間。

 

「ーっ!」

 

何か得体の知れないものが来る。そんな予感がした。

 

「キリト君?」

 

動きを止めた俺にアスナは話しかけようとした、その時。

 

ドォオオオオオオオオオンッ!!

 

いきなりの破壊音、そして地面が揺れる。

すると天井の結晶から禍々しい何かを感じた。

天井がビキッ、ビキッと割れていく。そこから出てきた物は、

 

階層主だった。

 

そのまま、その大きな体は地面へ落下する。

より一層大きな揺れが起こった。

するとベル達が動き出した。おそらく、階層主が落下した場所にいた冒険者達を助けるのだろう。まったく、さっきやられたばかりなのに、お人好しだ。

 

「ヘルメス様!」

 

そうしていると、入り口を見に行ったアスフィが戻ってきた。

 

「ダメです。入り口が塞がれています」

 

やられた、退路を断たれた。これはもう、戦うしかないのだろう。

 

「上等だ」

 

俺は背中から剣を抜く。

そんな俺を見て、アスナ達は苦笑いを浮かべた。

 

「はははっ、心強いな」

「相変わらずね、キリト」

「まったくキリト君は」

 

そう言いながらも、アスナとアスフィも武器を取った。

 

「じゃあ、行こうかっ!」

 

 

* * *

 

 

『うぉおおおおおおおおおおおっ!』

 

みんなで階層主にかかる。そしてモンスターにへも。

階層主の落下後、何故か他のモンスターまでもが暴れ始め、状況はあまりいいものではなかった。

階層主が口を開く。

するとそこへみるみる光が集まっていった。

 

「ハウルっ!?」

 

ドォオオオオオオオオオオオンッ!

 

激しい襲撃音がした。だがハウルは──放たれていなかった。

 

階層主を見上げると、なんとその口が吹き飛んでいる。

みんな唖然としていると、今度はその大きな足に二つの光が走り、その肉を削った。階層主はそのままバランスを崩し、倒れこんだ。

辺りを静寂が包み込む。が、それは一瞬だった。

 

「かかれーっ!!」

『おぉおおおおぉおおおおおおおおっ!!』

 

そう、街の冒険者が駆けつけたのだ。

みんな一斉に総攻撃を始める。正気に戻った僕は加勢しようと──

 

「ベルっ!」

 

名前を呼ばれ振り返ると、そこにはキリトとアスナさんがいた。

 

「なんでここに…って、あっ!さっきのキリト達がっ!?」

「ああ、でもそんなことはいいんだ。ベル、前に教えてくれたよな。必殺技があるって」

「う、うん」

 

そう。僕はある日の稽古の休憩中キリトに話したのだ、英雄の一撃の話を。

 

「それをやるんだっ、ベル!」

「時間稼ぎなら任せておいて!」

 

二人が僕を見つめる。その目はあの時の、18階層に行くか否か決める時にリリとヴェルフから見つめられた時のものと同じ、信頼の目だった。

僕は覚悟を決める。

 

「わかった‼︎」

 

すると二人は微笑み、その体を階層主へと向ける。

その姿は、とても遠く、大きなものに見えた。

 

「行くぞアスナ!!」

「了解!!」

 

一歩の踏み込みで、一気に階層主との距離を詰める二人、僕はその背中を見届け、スキルを発動した。

 

【英雄願望】を──。

 

 

* * *

 

 

キリトとアスナさんのコンビネーションは物凄いものだった。あんな真似はお互いを100%信頼していないとできないだろう。

キリトとアスナさんは一体、どれほどの修羅場を一緒に潜ってきたのだろうか。

階層主の拳が二人に迫る。それをキリトがたった一人で受け流した。アスナさんがその腕を伝い、一瞬で顔まで到達すると。

 

「せぁあああああああっ!!」

 

その目にフェンサーを叩き込んだ。

 

『がああああああああっ!!』

 

階層主が目を抑え悶える。

次の瞬間。

 

「はぁああああああああっ!」

 

アスナさんの後ろからキリトが現れ階層主の首を、跳ね飛ばした。

階層主の首が飛び、そのまま地面へと落下する。

一瞬の静寂の後、周りから歓声が上がる。

だがそれは、一瞬でかき消された。

 

「自己再生っ!?」

 

階層主の傷がみるみる治っていく。

そして、飛ばされた首さえも、元に戻った。

 

「こ、こんなの…勝てるわけねぇ…」

 

誰かがそう呟いた。

ある者は膝をつき、ある者は天井見上げる。

みんなが絶望に包まれた。

その時。

 

「魔導師、詠唱開始!完全治癒する隙を与えるな!他はその援護!」

 

キリトの叫び声が響き渡った。

 

「アスナ!」

「了解!」

 

そうして、キリトとアスナさんはもう一度、階層主に突っ込む。それに続いてアスフィさんとリューさんが。

キリトは少しも諦めてなどいなかった。ただ頭の中にあるのは、いかに階層主を倒すかそれだけなのだ。

気がつけばまた、冒険者達は戦っていた。

 

これだ。たった一人の存在が、生きる希望をくれる。諦めかけていた冒険者を一人、また一人と動かしていく。

その間にも、僕の手の光は集まっていった。

 

「詠唱完了しました!」

「よし、ぶっ放せェ!」

 

冒険者達が階層主から離れる。

次の瞬間、幾つもの魔法が叩き込まれ大爆発した。

そしてそれと同時に、僕のチャージは完了した。

 

「キリト!」

「よし、頼んだ!」

 

その声と同時に僕は、英雄の一撃を…。

その時、爆煙の中から光が放出した。

 

「ハウルっ!?」

 

突如出されたハウルに僕は直撃…。

 

「おぉおおおおおおおっ!!」

「ーっ!?」

 

その時、目の前に桜花さんが現れた。

そしてその手には大きな盾が

ドォオオオオオオオンッ!!という爆発音が響きわたる。

直撃は免れたものの、僕と桜花さんは吹き飛ばされた。

 

 

* * *

 

 

「ベル!」

 

あの攻撃からすぐにハウルを出せるとは思わなかった。

自己再生をするのなら、魔法で吹き飛ばす他ない。だが…

 

「威力が弱い!」

 

魔法が決め手とならない。ベルも吹き飛ばされ、なす術が…。

 

強力な魔法。

 

一瞬、ある考えが頭をよぎる。だがすぐに頭を振った。

 

 

”それだけは絶対に駄目だ”

 

 

思考を戻し、怪物を睨みつける。

だったら、何度でも

 

「魔導師、詠唱開始っ!」

 

叩き込むまでだ!

 

俺は階層主に突っ込む。

それと同時にアスナも地を蹴り俺の隣へとついた。

まず俺が、階層主へと疾走し、足元をとる。

 

「おぉおおおおおおおおっ!!」

 

その巨大な足を切り落せば大きな体は跪いた。

しかしすぐにハウルが飛んでくる。

俺とアスナは左右に分かれそれを回避する。

そして、二人同時に飛び上がった。

 

「「はぁあああああああっ!」」

 

階層主の胸元に同時に深く抉りこんだ。

だが、すぐに再生してしまう。詠唱もまだ完成しない。俺は顔を歪ませた。その時。

 

ダンジョンに鐘の音が鳴り響いた。

それと同時にダンジョン一帯に光が輝きだす。

そしてその光の中心には…。

 

「ベル…っ!」

 

ボロボロになったベルがこちらにやってきていた。

すると階層主の標的が俺達からベルに変わる。

 

「取って置きを出すしかないですね」

 

そう言いアスフィが靴の羽を触った。瞬間、羽が光を宿しアスフィの体は宙を舞う。

そのままアスフィは階層主の目に蹴り込んだ。

 

『がああああああああっ!?』

 

階層主が目を抑え悶える。

 

「【星屑の光を宿し、敵を討て】!」

 

そしてその前には、リューが詠唱を終えていた。

 

「【ルミノス・ウインド】!!」

 

幾つもの光が階層主に叩き込まれた。その光が激しく爆発する。が。

 

「「ーっ!?」」

 

次の瞬間、アスフィとリューは階層主に吹き飛ばされた。

相手はまだ、倒れない。

 

「【地を統べよ。神武闘征】!」

 

そのころ、遠くから詠唱を続けていた命は。

目を見開き、叫んだ。

 

「【フツノミタマ】!!」

 

今度は階層主を重力による四角い結界が閉じ込めた。

階層主はその結界に押しつぶされていく。

 

「ーくっ!ーう…っ!」

 

必死に抑え込む命の力に階層主は争う。

 

「…っ!破られますっ!!」

 

そして、結界は砕け散った。

 

「お前らどけーっ‼︎」

 

かつて自身が作った大剣である魔剣を担いだヴェルフが突っ込んでいく。

 

「火月ぃいいいいいいいいい‼︎」

 

振り下ろされた大剣が炎を巻き上げ階層主に直撃した。

それにリューとアスフィが目を見開く。

 

「あれは、『クロッゾの魔剣』…⁉︎」

「超えるオリジナルをっ⁉︎」

 

”維持と仲間を計りにかけるのはやめなさい”。

 

ヘファイストスの声がヴェルフの頭に響いた。

そうだ…ただの意地だ。すまねぇ…。

次の瞬間、魔剣は砕け散った。

 

(三分…)

 

ベルは静かに、時が満ちたことを悟った。

片時も逸らされることのなく前を見据えているルベライトの瞳、その中央。

存在するのは漆黒の巨人、ゴライアス。

今紅蓮の炎によって燃え盛り、青い闇に包まれた階層の中で唯一赤々と鮮烈な光を放っている。

大勢の冒険者の猛攻を退け、ことごとくを蹴散らした怪物を前に、ベルは発光を続ける黒大剣を構えた。

【英雄願望】のトリガー、思い浮かべる情景の存在は、『英雄ダヴィド』。

広大な敵との一騎打ちを経て、万の軍勢に立ち向かい打ち勝った、故国の覇者。

偉大なる英雄の姿を幻想し、ベルはゆっくりと、体を前に倒した。

 

「──みんな、道を開けろぉおおおお‼︎」

 

発走する。

 

ヘスティアの号令とともに地を蹴りつけ、大草原を駆け抜ける。

白い光を帯びる黒大剣を携え、グランドベルの音色を高らかに響かせながら、視線の先の光景へと、赤く燃える巨人の怪物へと。全身から流れ出る熱い血潮さえ前を行く力に変え、仲間たちが作り上げた好機ー最初で最後の一撃の瞬間へと、疾走する。

号令がかかった瞬間、冒険者は一斉にベルの進路から離脱した。

ヴェルフが、命が、リューが、アスフィが、アスナが

 

キリトが

 

道を開ける全ての者が、ベルの横顔を見つめる。

乞うように、信じるように、背中を押すようにー行け、と。

多くの者の視線を一身に背負い、ベルは速度を上げ、突貫する。

 

『オォオオオオオオオオオオッッ⁉︎』

 

燃え盛るゴライアスの双眸が、接近するベルを射抜く。

絶叫と怒号を渾然とさせる雄叫びを上げ、その炎の豪腕を背後に引いた。

巨人渾身の薙ぎ払い。あらゆるものを粉砕するその右腕の一撃に、しかし失踪の速度は緩めない。

 

──ヘスティアは言った、ベルの手に入れたものは、『英雄の一撃』だと。

その言葉を胸に、黒大剣を右肩へと振り上げる。

詰まる距離。

押しつぶすように迫る敵の巨軀。

そして自身の両手に満ちる力。

集束する光剣に己の全てを宿し、ベルは、その一撃を放った。

 

「ああああああああああああッッ!!」

 

炸裂する。

 

「ーーーーーーーーーー」

 

純白の極光がヴェルフ達の視界を埋め尽くし、誰もが目を腕で覆った。しかしただ一人だけ、キリトはその光景をあらん限り目を見開きその瞳に写していた。

ゴライアスの雄叫びをかき消すベルの咆哮、そして凄まじい轟音。

それらが聴覚の機能を数瞬奪った後、最後にあたりへ残ったのは…決着の静けさだった。

 

視界が回復した者からおそるおそる目を開けると、そこには、右腕と、上半身を失った巨人の体が立っていた。

地面に落ちた左腕と下半身が、彫刻のようにその場で静止している。

消失した剣身の断面から白煙を上げる黒大剣、それを振り抜いた体制で固まっているのは、ベルだ。

その光景に、誰もが何も言わず、しばし立ち尽くした。

 

「…消し飛ばし、やがった」

 

呆然とこぼれ落ちたヴェルフの呟きが合図だったかのように、すべての時の流れが動き出す。

固まっていたベルは崩れ落ち、片膝をついた。剣身のない大剣を杖のように草原へ突き刺す彼の眼の前で、残されたゴライアスの下半身と左腕が灰へと果てる。

上半身ごと魔石を失った体は、時間をかけてゆっくりと、解けるように姿を消した。

さぁっ、と市街の一部が宙を舞う中、大量の灰の上にドロップアイテムー『ゴライアスの硬皮』が残される。

 

『うおおおおおおおおおおおあおお!!』

 

 

冒険者達の歓声が響き渡った。

 

その時、キリトは思った。

あの少年はまるで…。

 

誰にも教えた事のない俺が大好きな英雄。

昔、みんなには笑われたけど、俺はその姿に目を輝かせた英雄。

どんなに弱くても、どんなに笑われても、どんなに蔑まれても。歯を食いしばって戦っていた。

 

【泣き虫ローレン】のようだと。

 

 

 

 




長かったです…(⌒-⌒; )

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