そこは、暗く、明かりのない、ただ闇だけが広がっている…。
守るものなんてありはしない。
大切なものなんてありはしない。
ただひたすらに、斬る、斬る、斬る。
襲ってくるモンスターを、その片手に握った一つの漆黒の剣で。
そしてその剣で血の雨を降らせ、何重にも積み重なった死骸の上で
独りの少年は、──空を見上げた。
* * *
「ほぁああああああああっ!?」
走って、走って、走りまくる。息ができているのかすらわからない。
目の前がふらつく。
体が信じられないくらい熱い。
でも、そんなこと構ってられない。
だって……
『ヴヴォオオオオオオオッ!!』
ここで立ち止まったら、すぐ後ろにいる牛の怪物【ミノタウロス】に“一瞬で殺されてしまうだろうから”。
何故こんなところにミノタウロスがいるのか、わけがわからない。
下の階層にいたモンスターが、上に上がって来てしまうということは少なからずあるらしい。だが、ミノタウロスがこんな上の層にだなんて聞いたことがない。
しかし今は、そんなことを考える余裕なんてありはしない。
「ふえっ?!」
ダンジョンの岩に足がつまずきマヌケな声が出る。
目の前がスローモーションになる。
僕はそのまま、なすすべなく転倒した。
「ーっ!!」
とっさに後ろを振り返ると、そこにはトラウマだったゴブリンなんかとは比較にならないほど怖いミノタウロスが襲いかかろうとしていた。
ダンジョンに可愛い女の子との出会いを求めて…、という甘い考えで来たのがいけなかった。
調子に乗って下の階層に来たのがいけなかった。
(ああ、死んでしまった…)
僕の目はヒズメを振りかぶるモンスターの姿を映す。
──瞬間。
その怪物の胴体に一線が走った。
「え?」
『ヴぉ?』
僕とミノタウロスの間抜けな声。
走り抜けた線は胴だけにとどまらず、厚い胸部、ヒズメを振りかぶった上腕、大腿部、下肢、肩口、そして首と連動して刻み込まれる。
黒の光が最後だけ見えた。
やがて、僕では傷一つ付けられなかったモンスターが、ただの肉魂になり下がる。
『グブゥ!?ヴゥ、ヴゥモオオオオォォォオォ!?』
断末魔が響き渡る。
刻まれた線に沿ってミノタウロスの体のパーツがずれ落ちていき、血飛沫、赤黒い液体を噴き出して一気に崩れ落ちた。
そして、牛の怪物に代わって現れたのは……
一人の少年だった。
目が合う。
歳は上だろうか。髪も瞳もマントも漆黒の少年がそこにいた。
すると少年は、自分に気がついていなかったらしい。目が合い数秒フリーズした後、気まずそうに指で頬をかいた。
「えーっと、大丈夫か?」
そう言って、手を差し出してくる。
はたから見たら、少し頼りなさそうな剣士に見えるかもしれない。
しかしもう一人の少年ベル・クラネルには、昔祖父にいつも読んでもらっていた【英雄】がそこにはいた。
自然に涙が吹き出し、次の瞬間には…。
「ゔわああああああん!!!!」
その少年、キリトに抱きついていた。
* * *
(なんだこの状況…)
ダンジョンに潜り続け、持ってきていた食料が尽きたので一旦戻ろうと思っていたら、こんな上の層にも関わらずミノタウロスがいるのには少々驚いた。
しかし相手は堂々と背を向けているので「モンスターがいるのだったら斬るまで!」ということで…、理由も単純に…、斬ったのだが…。
「ゔわああああああん!!!!」
いきなり少年に抱きつかれ、コミュニケーションなんて無縁な俺は、少年がいたことに気づいた時のように、俺は只々フリーズするしかないのであった…。
ここはそのまま、アイズさんを出そうか迷いどころでしたが。出してしまいました!
ですが安心してください!アイズさんは別で出すので
ベル君のスキルはアイズさんへの恋心で、発動します!
プロローグということでまずはこの辺で〜