セイバーに言われるがまま、俺とタマモはアインツベルン城内に招待されていた。
もしもの時のためか、前を率先して歩いてくれているセイバーだが、後ろで歩いている俺やタマモをちらちらと見てきている。
警戒されているわけじゃないんだろうが……やはり後ろを歩かれるのは戦士として、不安なのだろうか?それか………絶賛、俺の隣でセイバーの事を睨んでいるタマモが気になるんだろうか。
「……何で睨んでるんだ、お前?」
「なんで?ほっほ〜、なんでときましたか、ご主人様。自分が何をしたのか、お分かりでないと?」
にこっと笑顔でそういうタマモだが、目が笑ってない。こ、怖え………
「わ、わからないから、教えてくれると助かる……」
顔を引きつらせながら問うと、タマモがすっと顔を寄せてきた。
「…………わからないんですか、ご主人様?さっきからあのアホ毛騎士王、めちゃくちゃご主人様に熱っぽい視線送ってきてますよ?」
「……そうか?特に変わりはないと思うんだが……」
寧ろ、あんなに睨んでたら誰だって「何かしたっけ?」と思うのが当然の反応である。
「かーっ!ご主人様は鈍ちんですね。ラノベの主人公ですか、全く。さっきの顔、覚えてます?あれが騎士を統べる王の顔に見えますか?」
「……普通だったな。普通に可愛い」
凛々しさを僅かに残しつつ見せてくれた純粋無垢な笑顔。
あれは騎士王というよりは些か可憐さがあった。
「どう見たって、あれは恋する乙女の顔ですよ!今まで色恋沙汰に無縁で、自分の気持ちの整理がつかなくて戸惑ってる顔ですよ!」
「そうか?流石にそれは……」
「あるんですよ!ご主人様は鈍ちんだからわからないかもしれませんけど、このタマモ。恋愛には一日の長があります。惚れた腫れたを見抜くのなんて造作も「あの」はい?」
タマモの言葉を遮るように、申し訳なさそうにセイバーが口を挟んだ。
「恥ずかしいので、出来ればそういう話をするのはやめていただきたい」
顔を赤くして、セイバーは俯き気味に言う。
ちゃっかりセイバーの耳には届いていたらしく、その顔は羞恥で真っ赤に染まっていた。まぁ、あんなにうるさかったら聞こえるだろうな。
「悪い、セイバー」
「あ、いえ。怒っているわけではないので、気にしないでください。ただ………そのような印象を受けられるのは慣れていないもので」
騎士王として振舞ってきていたセイバーは、女の子として扱われる事には慣れていないだろう。当然、選定の剣を抜く以前は女の子として扱われていたのだろうが、見た目はともかく、セイバーは俺よりも人生経験が豊富だ。今となっては、そう扱われていた記憶も朧気なんだろう。
「むぅ……なんだか私そっちのけで良い雰囲気に………これは見過ごせません!そこな、騎士王さん!この方は、『私の』
「?はい、確かにカリヤは貴女のマスターです。貰おうなどという気は………」
ちらっと此方に視線を向けるセイバー。視線が合うと目をそらした。
「…………あり、ませんから」
「なんですか、今の間は⁉︎やっぱり狙ってるんですね⁉︎ダメです!ダメですからね!絶対に一夫多妻なんて認めませんから!斯くなる上はご主人を去勢しますから!」
「最終手段はやっぱりそれか⁉︎やめろ!お前に殴られたら、去勢だけじゃ済まないからな⁉︎」
具体的には股間を基点に、それより上、あるいは下が吹き飛んで肉塊になる。
「取り敢えず、落ち着けタマモ。このままの空気で行くと、話し合いに来たのに脱線するぞ」
「その最たる原因はご主人様ですけど………まぁ、確かに一理あります。わかりました、今の所は保留にしておきましょう。その代わり、後できっちりお話させてもらいますから」
ハイになっていたテンションを抑えながらも、何処か非難の目を向けてくるタマモ。
再び、静寂の中を歩く音だけが支配して数分。
着いたのはボロボロのアインツベルン城内で数少ない、全く無傷の綺麗な部屋だった。
「この中に私のマスターがいます。入ってください」
「セイバーはいいのか?一応、この話し合いは正式なものじゃないし、もしかしたら俺が君のマスターを襲う可能性もあるぞ?」
「それならば、心配していません。その気があるなら、私は貴方をここまで連れてくることは出来ませんでした。マスターが近くにいない状態で、しかも貴方のサーヴァントを相手にするのは無理ですから。それを承知の上で仕掛けてこなかったのであれば、貴方に私達を襲う気はない、と勝手ながら判断させていただきました」
成る程。そういう捉え方もあるか。
何時でもサーヴァントもマスターもやれる。なのに何もしてこなかったから、信頼に値するというのは………まぁ、悪い気はしない。俺としてはこの行動で切嗣がセイバーに不信感を持たないことを祈るだけだ。
「じゃあ、俺もサーヴァントは置いていこう。その方が、普通に話し合いが出来そうだ」
「良いのですか?私のマスターは……」
「この状況で流石に自分だけサーヴァントを連れて行くのはマズい。変な緊張感が生まれるし」
後、こいつシリアスブレイカーだから、もしかしたら真剣な話が台無しになる可能性もワンチャンあるかも。
「貴方がそう仰るのであれば………どうか、我がマスターと良い関係が築く事が出来るのを祈っています」
「何かあったら何時でも呼んでくださいね、ご主人様。すぐに駆けつけますから」
二人に見送られ、俺はセイバーのマスターこと衛宮切嗣のいる部屋へと入っていった。
雁夜が部屋に入るのを見届けてから、数分。
部屋の外で待機していたタマモとセイバーだったが、その沈黙に耐えかねたのか、不意にタマモが口を開いた。
「騎士王さん。貴女は霊体化しないんですか?」
「私はかなり特殊なサーヴァントですので、霊体化が出来ません。私は生きたまま、『世界』と契約をしました」
「ふーん、そうですか」
自分から話しかけておいて、別段興味のなさそうに相槌を打つタマモの反応に、セイバーもまた別段気にした様子もなく、口を閉ざす。
再びの沈黙………と思いきや、今度はセイバーの方が口を開いた。
「一つ……聞いてもいいですか?」
「なんですか?私の真名と過去以外なら大体答えますよ」
「あの時、貴女には聞いていませんでしたが、貴女が聖杯にかける願いはなんですか?」
聖杯問答の折、あくまでもサーヴァントとして、雁夜の側で待機していたタマモ。
誘われていたわけでもないため、ほぼ口を閉ざしていたのだが、セイバーは彼女が一体何を願って召喚に応じたのか、それが気になっていた。
何もそれはタマモ相手に限ったことではないが、雁夜のサーヴァントであるなら、或いは自身と同じように何か大望を抱いているのではないかと思ったからだ。
「私もありません。ご主人様と同じです」
「……そうですか」
「強いて言うなら、私はこの世界に肉体を得て、あの人と添い遂げるのが願いです。いや、使命といっても過言ではありません!」
ぐっと拳を握り、豪語するタマモにさしものセイバーも困ったような表情でそちらを見ていた。
「そういえば、騎士王さんは『故国の救済』が願いでしたね」
「はい。滅んでしまったブリテンを救う事が、今の私に出来る唯一無二の選択でーー」
「そうですか?そんな事はないと思いますけどね〜」
軽くのびをして、タマモはなんでもないように答えた。それこそ、その雰囲気や口調は征服王に異議を唱えた時の雁夜のように。
「何故、そう思うのですか?」
一瞬、否定されたのかと思い、語気が荒くなりそうになるものの、セイバーは意識的に語調を抑える。
「簡単な話ですよ。人間の選択に、
「では、私にどのような選択を取れと?この身は既にブリテンへと捧げています。国を救い、臣民を救い、改めてその道標となる事こそ、我が王道だと、あの時私は言いました。それは貴女も聞いているはずだ」
「聞きましたね、確かに」
「ならば、私に他の選択肢などありはしない。ヒトの身では叶わぬ大望ならば、私はヒトである事を辞める事を選んだ存在なのだから」
「本当にそうですか?」
「?」
「本当に、貴女はヒトである事を捨てたんですか?」
「はい。選定の剣を抜いた時からこの身はーー」
「別に身体の話をしているわけじゃありません。心の問題ですーーそうですね、言い方を変えましょう。貴女は何故、ヒトならざる存在に身をやつしたのに、国を救おうとしているんですか?」
問いの意味がセイバーには理解できなかった。
国の為、王として生きる為、ヒトとして生きるにはその願いは、祈りは、あまりにも大きすぎた。
それ故にセイバーはヒトである事を捨て、心を捨て、剣を取り、国を守る為に騎士を統べる王として、誰よりも戦場で敵を討ち、獅子奮迅の働きを見せた。
「矛盾しているようですが、故国の滅びを悔い、憂い、嘆き、否定した貴女は何処までも普通の人間です。確かに貴女の身体は既に『普通』ではないでしょう。でも、心は未だ一人の人間として機能しています。実際、ご主人様がいなければ、貴女は征服王にあそこまで強く出られなかったでしょう?」
「ッ……それは」
そんな事はない、と言いたかった。
だが、セイバー自身、ライダーの言い分に納得してしまう部分はあったし、言い分通り、彼の王道が萬に通じるという気になるのにも納得がいっていた。
それに気圧される事がなかったのは、やはり雁夜が口を挟んだ事である。
あの瞬間、ライダーの弁は止まったし、矛先も一時的に雁夜へと向いた。
そしてなにより、自身の在り方を肯定された。臣民でもなければ、好敵手というわけでもない。ただ一人の人間に。あの言葉がセイバーの力になった。
「早い話。私が言いたいのは、其処までして貴女が『王として生きる必要があるのか?』と言いたいんです」
「私に王を捨てろというのか?散っていった臣民達の想いを無きものにしろというのか!」
「ええ。死者は生き返らず、滅びの宿命は変えられない。ならば、それをやり直す必要がどこにあるんですか?また何度でも絶望しますか?希望に縋りますか?変えられない運命に苦悩しますか?その度に聖杯を求めますか?今という時代がある以上、貴女の国は誰が統べようとも、どんな手段を取ろうとも滅びます。早いか遅いかの差でしかない。なのに救済という行いに何の意味があるんです。王は生きていても、国がなければ王は王たり得ない。まぁ、ぶっちゃけるとその願いは無意味。早々に諦めてしまった方が気が楽になりますよ」
「では、どうしろという気だ。私はまだ生きている。なのに、救えるものを救うなというのか……それは私が私自身の生き方を否定しているのと同じだ……第一、他の生き方など……私にはわからない」
拳を握り、セイバーは視線を下に落とした。
今まで王として生き、騎士としての人生を歩んできたセイバーにとって、騎士王アーサー・ペンドラゴンとしての生き方以外を選択するのは些か以上に難しいものであった。ましてや、故国の救済こそが臣民を救う唯一の方法と信じているセイバーに、それ以外の選択肢を選ばせるというのは酷なものだ。
だが、そんなセイバーの心中など知った事ではないとばかりにタマモは言う。
「何言ってんですか、受肉しちゃえば一発ですよ。他の生き方がないなら作る。例え死んでいなくても、騎士王アーサー・ペンドラゴンの人生は一度終わったわけですから、二度目は王以外の生き方を、この世界で探せばいいだけです」
「王以外の……生き方?」
「はい。ないなら探す。知らないなら知る。あの金ピカも征服バカも、めちゃ現世謳歌してますしね。私達からしてみれば、知識があっても知らない事ばかりのいわば新天地。やりたい事なんてその内勝手に見つかります。それに少なくとも、性懲りもなく、前回の失敗を棚に上げて、同じような事をするよりかはずっと建設的ですよ」
そう言うと、くるりと踵を返し、タマモは霊体化してその場から消える。そしてそれとほぼ同じタイミングで、雁夜と、そして切嗣が出てきた。
「あれ?あいつは?」
「……今しがた、何処かへ行ってしまいました。ですが、おそらくこの城内にいるはずです」
「そうか。まぁ、あいつの事だし、すぐに帰ってくるだろうな」
「敵のサーヴァントがいるのに、よくもそんなに無防備だね、キミは。それとも、余裕ってやつかい?」
「いいや、ただ信頼してるだけだ。あいつの事も、お前やセイバーの事もな。それにさっきセルフギアススクロールで契約したばっかりだろ」
「それもそうか」
皮肉めいた言い方をする切嗣に、雁夜は呆れたような口調で返す。
その二人の様子から、セイバーは二人の話し合いが軽口をたたき合える程度に良い方向に進められている事にホッと胸をなでおろした。
(何故……私はこんなにも安堵しているのでしょうか。何れは、越えなければならない相手というのに……)
言い知れぬ安堵感にセイバーは首をかしげる。
わからない。感じたことのない感覚だった。
嬉しくはある。喜んでもいる。だが、そのどちらとも似て非なる感情である事に、セイバー自身は気づいている。
それ故にもどかしい。わからない答えを背負っていることが。
それが先程のタマモとのやりとりの影響か、はたまたセイバー自身の心境の変化であるかはわからない。
だが、セイバーはその答えを求めずにはいられなかった。
「キリツグ」
無意識のうちに、セイバーはマスターの名を呼んでいた。
突然、自分が呼ばれたことに切嗣は驚くが、至って冷静な表情で返事をした。
「……なんだ?」
「カリヤと協定を結び、互いに害は与えられないように契約をしたのですか?」
「……ああ」
質問の意図がイマイチわからない切嗣は、また清廉潔白な騎士王が裏切り行為や正々堂々とはかけ離れた行為を自分がするのではないかと警戒しているだけだと勝手に解釈した。
もちろん、切嗣に始めから裏切るつもりなど毛頭ない。
雁夜とのやり取りで得た
「カリヤ」
「なに?」
「もし良ければ、私と二人で話をしましょう」
そして互いの安全を保障している事を確認したセイバーは雁夜にそう切り出すのだった。
我ながら、かなりゴリ押し展開なような気がしてきました。このまま行けば、多分本格的に平和そのものの解決が見込めそうです。ついでにあと十話以内には確実に終わりそう。
タマモとセイバーのやり取りはああいう感じでしたが、いかがでしょうか?なかなか難しいのでなんとも言えませんでしたが、こんな感じにまとめてみました。