七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
台☆風☆直☆撃




第六十八話「何者じゃ君は!?」

 七丈島にもいわゆる警察署と呼ばれる場所がある。

 町の中にある比較的小さな警察所で、署員数は約四十名である。大半の警官は皆派出所の方に出向いており、現在は署内の警官は十年務めている大ベテランと二か月前にやってきた新人の警官二名だけが勤務している状態である。

 

「ああああああ! くっそおおおおおお!」

「うるさいよ」

 

 新人の方がデスクワークにいよいよ限界が来たとばかりに叫び声をあげて立ち上がる。

 一方ベテランの方はキーボードを打つ手を一切止めないまま新人の方に冷めた言葉を返した。

 それを聞いて新人がずかずかとベテランの方へと歩いていくと彼の隣のデスクに両手を叩きつけた。

 その衝撃でデスクにおいてあるマグカップが僅かに浮き、中のコーヒーがこぼれそうになる。

 

「先輩ッ!」

「叩くのやめてもらえる? コーヒーこぼれるから」

「なんで! この島はこんなにも平和なんですかッ!?」

「いいことじゃないの」

「ここに! 来てから! まだ! 一度も! 軽犯罪すら! 起こらないんですけど!」

「文節ごとに『!』っていれるのやめて。うるさいし、うざったい」

 

 ベテランの言葉も意に介さず新人はさらに続ける。

 

「犯罪者を捕まえるために苦労して警察官になったのにあんまりじゃないですか! 空き巣の一つくらい誰かやれよッ!」

「お前、その発言、減給ものだからね?」

「ここに来てから成し遂げた一番の大仕事といえばおばあちゃんの荷物持って港まで送ってたことくらいですよ!」

「立派じゃないの」

「おかしいだろ! 平和ボケしすぎだろ! 皆もっと熱くなれよおおおお!」

「こんな奴が警官とかどうなってんだ、日本」

 

 新人は強風に震える窓から見える大雨に目をやって瞳に炎を燃やしていた。

 

「いや! 焦るな! 今日は待ちに待った台風だ!」

「なんで待ちに待ってた」

「きっと、熱い事故やらが起こるはずだ!」

「それを未然に防ぐために警察がいるんだよなぁ」

「熱くなってきたぜええええええ! 絶対に助けてやるからなああああ!」

「昨日俺達で散々島民に今日は家から出ないよう声かけたじゃないの。そうそう事故なんて起こんないよ」

「くっそおおおお! こんな大雨なんだから土砂崩れの一つでも起きろよ! もっと熱くなれよおおお!」

「そろそろしばくか」

 

ベテランが椅子から立ち上がって指の骨を鳴らしながら拳を固めてから十秒後。

床にボコボコにされて倒れる新人の姿があった。

 

「頭冷えたか?」

「可愛い後輩に容赦ない顔面グーパンとか酷すぎるのでは……」

「誰が可愛い後輩だ気持ち悪い」

「普通に辛辣ッ!」

「前々から言おうと思ってたんだけどさ、お前ね」

 

 ベテランは新人を指さして言った。

 

「女の子がそういう言葉遣い、やめなさいね」

 

 新人女性警察官として署内の男性人気を集めつつある彼女の内面の残念ぶりにベテランはため息をつきながらそう言った。

 

「本当にね、ただでさえウチ若い女の子少ないんだからさ、俺の可愛い後輩達の夢、砕かないでもらえる?」

「……私だって先輩の可愛い後輩なのに」

「おう、じゃあもっと女の子らしくしようや」

 

 その時、署内の電話が鳴り響いた。

 ベテランが受話器を取れば、派出所の方からの連絡であった。

 

『五分前に七丈富士で土砂崩れが発生。これによる死傷者は出ていないものの、近隣に住んでいた海原さんが町に続く一本道を封鎖され、避難ができなくなっている模様。至急応援を要請したい。場所は――――』

 

 受話器を置いてからベテランは新人の方をじろりと睨んだ。

 

「先輩! まさか、事件ですか!?」

「土砂崩れだと。俺達も応援に出る」

「なんだって!? 急いで助けに行きましょう! うおおおお、燃えてきたアアアア!」

「あーあ、お前がさっき土砂崩れ起きろとかいうから」

「流石に理不尽!」

 

 

「台風だああああああ! ひゃっはああああああ! いえぁああああああ!」

「プリンツがここ数ヶ月でダントツに変なテンションだッ!」

 

 七丈島鎮守府では現在提督と矢矧を除く全員が食堂で待機状態である。

 磯風も今日ばかりは提督と店長の二人からお手伝い禁止を言い渡されている。

 

「ちょっと! プリンツが! やばいんですけど!?」

「あん? プリンツがやばいのはいつものことじゃねぇか」

「そうですけど!」

「プリンツは台風や雷とかにテンション上がっちゃう系女子なのよ、ほっときなさい」

「それ、女子としてどうなんですか!?」

 

 とりあえず今日は強風でガタガタと音を立てる窓に張り付いて外ばかり見て自分の方に頻繁にはくっついてこないので大和はプリンツのことはしばらく放っておくことにした。

 

「……流石に避難したよな、海原さん」

「ああ、磯風が昨日話してた海沿いの」

「今日は風強いから高潮や高波が起こってもおかしくないわ。堤防があるとはいえ、海沿いの家っていうのはちょっと危険かもね」

「まぁ、流石に役場とか警察の奴らが嫌でも引っ張って避難させてるだろうさ」

「そうか、そうだよな」

 

 心配そうな磯風の表情も天龍の言葉で幾分か和らいだかに見えた。

 その時だった。

 

「皆さん、少しいいですか?」

「ん? 提督、と矢矧……と、警察の方、ですか?」

 

 食堂に入ってきた四人の男女を順々に見て大和は不思議そうに声を洩らした。

 提督と矢矧の他に水浸しになった警官の制服らしきものを着用している男女がいることと、四人の誰もがどこか深刻そうな表情を浮かべているのが見えたからである。

 

「何か、あったのか?」

「実は、七丈富士で土砂崩れが起きて、海沿いに住んでいる老人の避難経路が封鎖されてしまったの」

「海原さんが!?」

「そこで、恐れながら提案なんですがね」

 

 矢矧の説明の横から男の方の警官が話に割って入ってきた。

 

「現状、土砂崩れで封鎖された道から救助に向かうには最低でも一日はかかります。しかし、この台風じゃいつ、高潮や高波が来てもおかしくはない。そこでなんですけれどね、艦娘の皆さんに海の方から海原さんを救助しに行ってもらえないかな、と思いまして」

「この台風の中を、ですか?」

「イェエエエエエエエッ!」

「プリンツうるさい!」

 

 外は文字通り嵐である。

 海など最早並の漁船ではまともに舵も利かず転覆させられてしまうかもしれないレベルだ。

 確かに、軍艦の強度と性能を持つ艦娘ならばあるいは航行可能かもしれないが、艦娘も人間だ、強度は軍艦並でも体は漁船よりも遥かに小さいのだ。

 波にのまれて『転覆』でもすれば泳げない艦娘に助かる術はない。潜水艦型の艦娘でもいれば良いのだが、生憎、七丈島鎮守府にそれはいない。

 

「私は反対です」

「提督……」

「せめて、もう少し海が落ち着いてからでないと出撃許可は出したくありません」

「まぁ、そうですよねー。いや、参ったな、それじゃどうしたもんか――――」

「それじゃ、遅すぎるッ! なんでだッ! どうしてそこで諦めるんだッ! こんな嵐がなんだッ! 人命がかかってるんだぞッ!? お前が行かないなら私が行ってやるッ! もっと熱くなれよおおおおおおおッ!」

「――――!」

「何言ってくれてんだこの野郎!」

「ぎゃふッ!」

 

 突然、隣で叫び始めた女性警官にすかさず肘鉄を決めた男性警官は失神した彼女の襟首をつかみながらこちらにペコペコと頭を下げる。

 

「い、いやぁ、すみませんね。ウチの馬鹿がとんだご無礼を――――」

「――行かせてくれ、提督!」

 

 声をあげたのは磯風だった。

 

「し、しかし……」

「あの暑苦しい婦警さんの言う通りだ。人命がかかってる。私達艦娘が出なくてどうするんだ!」

「そうだな、ここで行かなきゃなんのために艦娘やってんだって話だぜ」

「大丈夫です! 大和型はこの程度の嵐ではびくともしません!」

「お姉さまが行くなら私も行くよ! フゥウウウウウウッ! 盛り上がってきたあああッ!」

「私は正直危険だと思うけど、仕方ないわね」

「提督、大丈夫です。私の指揮で必ず任務を果たして帰ってきて見せるわ!」

 

 七丈島艦隊全員が名乗りをあげ、提督も、隣の男性警官も目を丸くして彼女達を見ていた。

 一瞬、提督は酷く悲しそうな顔を一瞬だけ見せたが、すぐに呆れたような笑顔を浮かべた。

 

「わかりました、人命救助のため特例として艤装の使用を許可します! 作戦の第一目標は海原さんの救助! 第二目標は、全員で帰ってくること! いいですね!?」

「了解ッ!」

 

 こうして七丈島艦隊による救助作戦が開始された。

 

 

『やめろ! 海原さん! この嵐だぞ!? 海に飛び込んだりしたらあんたまで死ぬぞ!』

『離せ! 息子が! 息子がそこで溺れているんだ!』

『あいつもいっぱしの漁師だ! この荒れた海でもそう簡単にゃ沈まねぇ! 救助が来るのを待ってくれ! あんたまで溺れたらもう収拾つかなくなる!』

『おい! 救助船の用意はまだできねぇのか!?』

『無茶いうな! こんな嵐の中でまともに航行できる船なんざ島には――――ん? ありゃなんだ!?』

 

 それは最初小さな岩礁のようにも見えた。

 しかし、みるみるうちにこちらに近づいてくるそれが人の形をしていると知った時、俺の身体はその場に釘付けになってただその姿を目で追っていた。

 黒髪のポニーテールに黒い瞳を持ったその少女はこの嵐で荒れた海をまるで意に介さず、海の上を滑るかのように移動して、今にも波にのまれそうな息子の手を引っ張って引き上げると、俺達のいる堤防付近までやってきて息子を抱えて差し出した。

 

『よかった、息子さんは無事みたいですね』

『……あ、あんたは一体』

 

 その場の誰もが呆然として少女を見つめる中、海面に立つ彼女は敬礼をして答えた。

 

『七丈島鎮守府所属艦娘、秋月型防空駆逐艦1番艦、秋月と申します! 司令の命を受け本日、七丈島周囲の巡警及び、救助活動をお手伝いさせていただきたく推参致しました!』

 

 それから二十年以上の年月が経った今でも、彼女の姿を忘れたことは一度もない。

 結局、艦娘の姿を見たのはそれきりで二度と見ることは叶わなかったが、今も海を見ていると思うのだ。

 もしかしたら、と。

 

 

「――こんな嵐の日は猶更、期待しちまうのう」

 

 暴風雨の中縁側に座って茶をすする海原は昔のことを思い出しながらそう呟いた。

 既に土砂崩れで町への避難ができないことは知っている。そして、さっきから何度か縁側の下を高潮が攫って来ているのにも、また、その水位が回数を重ねるたび目に見えて上がってきていることも、彼は全て把握している。

 それでも尚、彼は海を見ることをやめなかった。

 

「ま、死んだら死んだでその時じゃろ。ぶっちゃけもうどうしようもないしの」

 

 最後まで自分のやりたいことをやりきって死ぬのならそれも悪くないと達観した心境で茶を啜ってたその時であった。

 

「うな――ら――ん」

「む?」

「――海原さああああああん! 助けに来たぞおおおおお!」

「ぶッ!?」

 

 彼の目に映ったのは、この荒れ狂う海を渡り徐々にこちらに近づいてくる六人の人影。そして、その最前列でこちらに向けて大声で手を振っているのは間違いなく磯風の姿であった。

 

「海原さん、無事か!」

「何者じゃ君は!?」

 

 堤防まで近づいてきた磯風は海原の声を聞いて、腰に手を当てて得意げに言った。

 

「私は七丈島鎮守府所属艦娘、陽炎型駆逐艦12番艦、磯風だッ!」

「本当に艦娘だったんか!?」

「だから言っただろうが!」

「嘘じゃろ!?」

「現実を見ろ!」

「あれが海原の爺さんか?」

「ボケてるって話だったけど以外とまともな反応ね」

「まぁ、こんなん見たら誰でも驚くと思いますけど」

「ハリケーンフィーバー、ヒェアアアアアアッ!」

「この子連れてくる必要性ありましたか?」

「幸運のお守りがわりになるだろ?」

「装備品……!?」

「第一目標確認、さっさと救助に入るわよ! 大和!」

 

 驚きのあまり未だ現実を受け入れられない海原と磯風の問答を端から見つめながら、矢矧は大和の肩を叩いた。

 それに大和は微妙な表情で応じる。

 

「え、本当にやるんですか、これ……?」

「あなたしかいないわ。大丈夫、磯風に命綱は繋いであるし、今の海で安定して海面に立ってられるのあなただけなのよ」

「それ間接的に私が重いって――――」

「はやく、やれ!」

「わかりました、わかりましたってばもう!」

 

 ヤケクソ気味に返事をすると、大和は腰に縄を結び付けた磯風を抱きかかえる。

 

「本当に、行きますよ?」

「ああ、作戦通り、やってくれ!」

「……なんじゃ?」

「――ッ! どっせえええええええええい!」

「投げたああああああああああ!?」

 

 説明しよう。

 現在、艦隊は堤防まで迫った。しかし、堤防から海原宅には高潮で不定期に水位が上がってきてはいるものの、まだ高低差は大きい。

 そこで、本作戦は大和型の安定感と馬力を利用し、軽重量の磯風を海原のいる場所まで投擲し、海原を抱えた磯風を今度は命綱を引っ張って再び引き戻すという極めてシンプルかつスピーディーでテクニカルな救助作戦なのである。

 力技とかごり押しだとかいう指摘は立案者の矢矧がキレるので決して口にしてはならない。

 

「――ぬおおおおおおああああ!」

「うおおおおおおお!?」

「お、なんとか辿り着いたな」

「ナイス投擲」

「いいじゃない。磯風! 目標を確保!」

 

 矢矧の指示に、磯風は口をパクパクさせている海原を片手で抱きかかえつつ、縄を強く二回引っ張る。

 

「ん、目標確保の合図が」

「引いて!」

「おでっせええええええええええいッ!」

「ぎゃああああああ! 死ぬ! 死ぬるううううううう!」

「暴れないでくれ、海原さん。慣れるとこの浮遊感、意外と快感だぞ?」

 

大和が縄を勢いよく引っ張るとまるでミサイルの如く磯風と海原が大和の元に飛んできて、二人ともその胸に収まった。

 

「よし! それじゃあ、受け渡し位置までいくわよ!」

「了解!」

 

 

「――お、来たぞ! 救護班、用意!」

「よっしゃああああ! 熱いぜええええ!」

 

 港ではベテランと新人の二人の警官が海原を抱えて向かって来る七丈島艦隊に手を振っている。

 しかし、その表情は彼女達の背後に視線がいった瞬間、みるみるうちに青ざめた。

 

「高波だ!」

「ぬあああああ! 堤防まで急げえええ! 全身の汗一滴まで振り絞るんだあああああああいッ!」

 

 七丈島艦隊の面々も、すぐに背後に迫る高波に気が付き、驚愕の表情を浮かべる。

 

「おい、あれやばくね!? 5 mくらいあるじゃねぇか!」

「のまれたら大体死ぬわね」

「海原さんだけでも投げるか」

「お前達もう少し老体をいたわれ!」

「投げるのは危険じゃないですか? 受け止めてくれる人がいませんし」

「じゃあ、全力で走るしかないじゃない!」

 

 己の身に迫る危機に速度をあげて堤防を目指す面々であったが、荒れた海は海面が隆起沈降を常に繰り返しており、思うように距離が詰まらない。

 焦る彼女達に港から女性警官が叫んだ。

 

「堤防まで! 堤防まで逃げて! 堤防まで逃げればあの高波をどうにかできるッ!」

「何か秘策があるみたいね」

「でも、これ明らかに間に合わないわよ」

「…………磯風」

 

 徐々に迫る高波を背に大和は磯風を掴む。

 

「これから、軽く投げますから、ちゃんと着地してくださいね?」

「え? 何を――――ぬおおおおおおお!?」

 

 軽くとは言ったものの、超低空飛行で一直線に投げ飛ばされた磯風は堤防手前のところでブレーキをかけつつなんとか着地した。

 

「ほら、次行きますよ」

「なッ!?」

「きゃっ!」

「ちょ、大和!?」

 

 天龍、瑞鳳、矢矧が順に投げられ、堤防付近までたどり着いたことを確認した所で大和が声を張り上げた。

 

「すみません、警察の方! 後はお願いしますッ!」

「おい、何言ってやがる大和!」

「何考えてるの!?」

「大和……」

「大丈夫です、皆」

 

 眼前まで迫った波に体を向け、大和は呟いた。

 

「世界最大最強の大和型、この程度の波にのまれはしませんッ!」

「くそッ、もう間に合わない! 仕方ない、『緊急防御壁』作動!」

 

 ベテラン警官の声と共に地響きの聞こえて来たかと思うと、堤防の少し外周を沿うように、頑強な鉄の壁が海中からせりあがってきた。

 後から聞いた話だが、まだ七丈島が今ほど平和ではなかった時期に当時の提督の指示で作られた防御装置の一つらしい。

 

「これで、内側の島民は高波から守られる。だが……!」

「くそ! 大和! なんでそこで諦めるんだああああ!」

「大和、ふざけんなよ!」

「そうよ、こんなの間違ってるわ!」

「大和、しっかりして!」

「大和!」

 

 皆の声が隔壁に遮られ、届かなくなっていく。

 最後に彼女達から届いた声は、大和を多少なりとも驚かせるものだった。

 

「「大和! プリンツはッ!?」」

 

「…………あ、忘れてた」

「お姉さまと! 一緒に! 波と! バトルドォオオオオオオムッ!」

「プリンツうううううううううう!」

 

 約10 mはあるだろう分厚い鉄の壁が、大和達の後ろにそびえたつ。そして眼前には高波が迫る。

 つまりは、もう逃げられない。

 

「……プリンツ」

「なんですか、お姉さま」

「本当にすみません。もし、二人とも生きて帰れたら、なんでも一つ言うこと聞きます」

「まじですか!? じゃあ、明日から私お姉さまの部屋住みますからッ!」

「ず、随分余裕ですね、私はともかくあなたは重巡洋艦――――」

「大丈夫、大丈夫。ドイツの技術力は世界一ィイイイイですから! 耐久性は戦艦級と自負してます!」

「え」

「そして私はこの程度じゃ死ねない程度には幸運です!」

「……じゃあ、さっきのなしで」

「だが断る」

「いや、ちょ、待っ――――――――」

 

 その言葉を最後に高波が二人をのみこんだ。

 

 

「高波は去ったか……」

 

 仕事を終えた防御壁がゆっくりと下がっていく。

 港では七丈島艦隊の面々が息をのんで祈るように壁の向こうを見つめている。

 やがて壁が海中に沈んだ時、その向こう側には見慣れた二人の少女がずぶ濡れで立っていた。

 ただ、金髪の少女の方はだいぶぐったりして黒髪の少女に肩を貸してもらいながらやっと立っている状態だが。

 

「大和! プリンツ! 無事だったんだな!」

「正直キツイと思ったんですけど、意外といけました。あと、途中で波の威力が弱まったような……?」

「ぎゃ、ギャグパートでは……死人はでない……法則……がくっ」

「ちょっと何言ってるかわかんないわね」

「とにかく二人とも無事でよかった」

「いやぁ、本当すごいな、艦娘って奴は。海の女神の二つ名も納得だ」

「うおおおおお! 感動した! お前達が、富士山だッ!」

「空気ぶち壊すのやめような」

 

 

「うおおおおお! 父ちゃん! 良かったあああ!」

「うっさいわ、魚臭い体で抱き着いてくるな、バカ息子め」

「一話登場の漁師さん!」

「あれが息子だったのね」

「まぁ、良かったな」

「おい、磯風」

 

 唐突に海原から名前を呼ばれ、一瞬反応できなかった磯風だったが、すぐに驚愕の表情を浮かべた。

 

「海原さん、私の名前、憶えてくれたのか」

「あんなことされたらの」

「ははは、まぁ、それもそうだな」

「それに、またこうして艦娘と会えた。今日という日はどんだけボケても忘れられそうにないぞい。ありがとうの、磯風」

「――! ああ!」

 

 こうして、磯風の笑顔と共に七丈島艦隊と台風の戦いは幕を下ろしたのであった。

 

 

 一方、その頃、七丈島周辺海域。

 そこに三人の影が立っていた。

 

「時間よ。そろそろこの海域を離脱するわ」

「……ええ、わかりました」

「珍しいのです、あなたが提督に我がままを言うなんて。この島に何か思い入れが?」

 

 そう尋ねられて、少女は笑った。

 

「司令官と私は以前この島の鎮守府に所属していたんですよ。故郷のようなものなんです」

「でも、独断で波を減退させたのは流石にやりすぎよ! 私達のことを勘付かれたら提督が困っちゃうんだから!」

「申し訳ありません……」

「……全く! それに一声かければ私達だって手伝ってあげたのよ! もっと私達に頼ってもいいんだからね!」

「なのです!」

「ふふ、はい、ありがとうございます。雷さん、電さん」

 

 そう言って、少女は同じ艦隊の仲間である雷と電に頭を下げながらまた笑顔を見せた。

 

「じゃ、私達の艦隊に帰りましょ、秋月!」

「鏑木提督が待っているのです!」

「ええ、付き合っていただきありがとうございました」

 

 雷と電が先陣を切って海域から離脱する中、秋月は島の方を振り向く。

 彼女の目には楽しそうに笑う七丈島艦隊と、島の人々の姿が映っていた。

 

「現七丈島艦隊ですか。中々面白い方達ですね」

 

 そう言って、秋月達は人知れず、その場から消えるようにいなくなった。

 

 

 




最初、書き終えたらいつもの半分ちょいになってしまったので、次回出演予定だったキャラを繰り上げで参加させて書き直して、ついでに伏線回収とか思い付きで色々いれてたらむしろ普段より長くなってしまったことを心よりお詫びしますorz

次回は磯風編補足回です! 磯風着任までの過去編になります。
本編ではラスト以外空気だった提督が申し訳程度に暴れます。



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