七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
艦娘は人間だ。




第六十三話「もし良ければ、七丈島艦隊に入りませんか?」

「成程、犬見君の考え方はわかりました」

 

 士官学校、その廊下で主席殿は僕の考え方についてそう反応を返した。

 

「君は僕を否定するかい? 非情な人間だと」

 

 きっと僕の考え方は万人が認めるものではない。むしろほとんどの人間は僕を否定するだろう。

 しかし、主席殿は笑って首を振った。

 

「いえ、非情とは言いません。あなたはこの戦争を終わらせるためにより効率的に艦娘を運用したいと、そう言っている。本当に非情なのは、戦争を続けることですよ」

「そうか、そういう考え方もあるか」

「でも、悪いですがその理想は叶わないと思います」

 

 理想を認めない、許さないなどと言われることはあっても叶わないと言われたことは初めてだった。

 

「何故、そう思う?」

「艦娘は心を持っているから。心を持ったものは、兵器や道具にはなれませんよ」

「じゃあ、心を排除できたとしたら?」

 

 主席殿は首を振った。

 

「それじゃ駄目なんです。これまでの軍艦では駄目で、艦娘だけが深海棲艦を倒すことができる理由はそこにあると私は思います」

「心で深海棲艦を倒せるとでも?」

「感じ、傷つき、恐れさせる、時に邪魔で非効率とも思える心が、艦娘に残されたことにはきっと何か意味がある、私はそう思います」

 

 心を排除した艦娘では、軍艦と同じ。心を持つからこそ、艦娘は艦娘足りえる力を発揮できるのだと、主席殿の言葉を僕はそう解釈した。

 当時の僕は、内心でそんな確証はないと否定していたが、今となってはあながち否定もできない。

 

 

『私達は、楽しければ笑うし、悲しければ泣く。自分で考え、自分で行動する個性がある。私達は道具や兵器にはない『心』を持っている。だから、道具にも兵器にもなれない。当たり前のことだ』

 

「……まさか、同じ答えを聞かされることになるとはな」

「え?」

 

 小声で犬見が呟いた言葉に磯風が反応しかけたその時だった。

 

「――お話は終わったのかしら?」

「――あ、あの、入ってもよろしいでしょうか……?」

 

 磯風が拳銃を提督に返し、食堂内の緊張感が途切れたその瞬間を見計らったかのように、食堂の扉から頭だけ覗かせる二人の少女がいた。

 

「あなた達は?」

「横須賀から犬見中将の護送を任されて来たわ! 駆逐艦雷よ! 後のことは全部私に任せてくれていいんだからね!」

「同じく護送を任命された駆逐艦電、なのです」

 

 はきはきと明るい喋り口調の雷と、それに対照的に前髪で右目を隠しているせいか、陰気で常におどおどしている電。

 護送に任命されたのがこの幼い二人の艦娘であるということに、全員が不安を隠しきれないでいた。

 そんな表情を読み取ってか、雷が抗議の声をあげる。

 

「大丈夫よ! 私達にたーくさん頼ってくれていいんだからね! これでも精鋭だから!」

「ま、まぁ、あの横須賀だしな。見た目で判断すんのは良くねぇよな。悪い悪い」

「い、いえ……実際、私達なんて、頼りないですし……皆さんが不安になるのも仕方ないのです」

「ちょ、電! 駄目よ! もっと自信を持ちなさい!」

「妹の方は普通に駄目そうね」

「でも、ああいう姉妹、いいよね! お姉さまもそう思うよね!?」

「何で私に同意を求めるんですか?」

「海老名ちゃんは超同意だぜ!」

「話がややこしくなるので海老名ちゃんは入ってこないでください!」

 

 また騒がしくなる食堂の空気に耐えかねたかのように、犬見は自発的に食堂の扉を開く。

 

「ちょ、ちょっと! 勝手にどっか行かないでもらえる!?」

「こ、困るのです!」

「これ以上長居する必要もないだろう。さっさと行こう」

「も、元からそのつもりよ! あなたに言われるまでもないわ! あ、でもちょっと待って!」

 

 護送を促す犬見に対し、雷は何か思い出したかのようにポケットから四つ折りにされた紙を取り出すと、たどたどしい言葉遣いで読み上げる。

 

「えと、被疑者、並びにその共犯とおぼしき艦娘も一緒に同行することってあるんだけれど?」

「あ、わ、私達のことだよね」

「まぁ、そうなるな」

「那珂ちゃんやっぱりアイドル引退なのかなぁ」

「…………」

 

 伊勢、日向、那珂は名乗り出て犬見の方へ歩み寄る。

 伊58はそれに一瞬足が止まった。

 周囲にも再び緊張が走る。

 

「えーと、そこの伊58はどこの所属かしら? 七丈島艦隊じゃないわよね?」

「あ、私も――――」

 

 雷にそう尋ねられて、足を一歩踏み出そうとしたその時、伊58の台詞を遮るようにあがった声は意外にも犬見の声だった。

 

「そこの潜水艦は知らないな。海老名大将殿の艦娘だろう?」

「え……」

「――! あー、この子はウチの艦娘だから、連れてっちゃ、やーよ?」

「ふーん、ならいいわ! じゃ、さっさと行きましょうか!」

「あ、すみません、後もう一つだけ犬見提督に聞きたいことがあるんですが」

「もう! あと1分だけなんだからね!」

「すみません」

 

 雷が腰に手を当てて頬を膨らませる。

 提督は犬見の耳元で周りに気付かれないよう小声で尋ねた。

 

「最後に使った、あの薬。あれは、鏑木提督の研究に関連する薬ですよね?」

「……そうか、君はまだ、彼女の亡霊を追っているのか……」

「何か知っていることがあるなら教えて下さい」

「諦めろ、鏑木美鈴は当の昔に死んだ。あれは、僕がくすねてきた遺品を元に作った失敗作に過ぎない」

「…………そうですか」

「少将殿、まさか、君は――――」

「――そろそろ時間よ!」

 

 犬見が何かを言いかけたところで雷が二人の間に割って入り、強制的に会話を中断した。

 雷に手を引っ張られながら、犬見は最後に提督の方を振り返った。

 

「……主席殿、友として、一つ忠告しておく。君という人間は、そんな無意味なことに使っていいものじゃない。君も、君に使われる道具も、哀れだ」

 

 懐かしい呼び方でそう呼ばれ、虚を突かれたように顔をあげる提督を背に犬見は去っていった。

 

「え、と、あの……」

「…………」

 

 犬見とその艦娘達、さらには雷までもが既に食堂から去っていったにも関わらず、一方電は一人でまだそこにいた。

 その目は何かに憑りつかれたようにひたすらに大和を見上げている。

 

「あの、皆さん行ってしまいましたけれど……?」

「そっくりなのです」

「え?」

「よくできているのです!」

「あの、何の話ですか?」

「でも、所詮は偽物なのです!」

「……あの、あなたは」

 

 大和の返答も待たず、電は雷達を追って走り去って行ってしまった。

 その最中に、彼女の前髪で隠されていた右目が露わになり、そこには大きな眼帯が見えた。

 

 

「さて、これで一件落着というわけですね。皆さん、大変お疲れさまでした!」

「ふぃー、久々のガチ戦闘は疲れたぜ」

「いや、全く。温泉とか行きたいわよね、温泉」

「行けるわけないでしょ? まぁ、でも、今日くらいは少し賑やかにしても私は目を瞑るわよ」

「あ、じゃあパーティーだね!」

「パーティー! いいですね!」

 

 提督のすっかり緊張の抜けきった一言から派生してあっという間に今日はパーティを開く話まで広がっていく。

 そして、今日に限りはそれに間違いなく乗ってくるであろう人物がさらにいる。

 

「お、パーティーだとぅ!? こいつは友軍艦隊として海老名ちゃん達も参加しないとだよねぇ!?」

「提督は遊びたいだけでしょ?」

「何が悪いか!」

「まぁまぁ、もう鎮守府に帰投するには日が回りすぎましたし、私達もお手伝いがてら参加させていただきましょう」

「話がわかるぜ、お艦! じゃあ、料理はよろしく頼んだ!」

「ああ、私と大和と鳳翔さんがいればこの人数でも料理は心配いらないな!」

 

 その瞬間、七丈島艦隊の面々の空気が凍り付いた。

 

「え、ちょ、おい、磯風さん? 何さりげなく自分も料理作ろうとしてんだ、おい?」

「大丈夫だ、なんだか凄くスッキリしててな、今日はイケる気がする!」

「いける気がするじゃないわよ!? 大将暗殺したら今度こそ死刑よ!?」

「悪いことはいいませんから料理は私と鳳翔さんに任せてもらえませんか?」

「おん? 海老名ちゃん、料理は真心派だから、愛さえ込めてくれれば結構なんでも食べるよ? 炭化してても笑顔で食うよ?」

「よし、私の全身全霊をかけて海老名ちゃんに料理を振舞おう」

「よっしゃ、きたこれ!」

「やめて! 本当にやめてくださいって!」

「いや、海老名ならいいですよ」

「提督!?」

「先輩!?」

 

 七丈島艦隊全員がかりで磯風の乱心を止めている中、一人だけ浮かない表情をしている伊58に気付いた大和は彼女の隣に歩み寄った。

 

「どうしたんですか?」

「いや、その、私だけが助かっちゃって、いいのかなって……」

 

 先刻、共犯として名乗り出られなかったことが伊58の中で罪悪感となって尾を引いていた。

 しかし、大和はそれを笑い飛ばしてみせる。

 

「いや、大丈夫でしょう! 他ならぬ犬見提督が、伊58は違うって言ったんですから」

「何で、私のことなんて庇ったんでちか。私は、提督に救われたその恩をあんな形で返した裏切り者なのに……」

 

 伊58は耳についている真珠のイヤリングに手を伸ばし、その眉間にますます深い皺を作った。

 そんな彼女に大和は手を乗せて言った。

 

「そういうのも全部含めて、犬見提督はあなたを自分の艦娘じゃないって言ったんだと思いますよ。あなたはもう道具じゃない、一人の人間だって」

「……なぁ、犬見提督は、本当に悪人だったと思うでちか?」

「さぁ、どうでしょう? 少なくとも磯風にした仕打ちを考えれば私達にとっては立派な悪人ですけれど」

 

 大和はそこで言葉を一旦区切ると、どこか遠くを見据えるようにして続けた。

 

「正義か悪かなんて、物の見方次第でどうとでも変わるものです。だから、あなたはあなたの視点で犬見提督を見ればいいと思います。それを私達は誰も否定しませんよ」

「……そうでちね、ありがとうでち、大和」

 

 伊58はそう言って嬉しそうに笑顔を見せた。

 

「ところで、伊58はこれからどうするんです? これで野良艦娘になっちゃいましたけれど」

「あー、そこんところ考えてなかったでちな」

「もし良ければ、七丈島艦隊に入りませんか?」

「…………」

 

 大和の言葉に驚愕を隠し切れない様子の伊58は視線を大和の方から磯風達が騒いでいるあたりに向ける。

 

「あの、こんなのおこがましいのは百も承知でちが、許されるなら、私は七丈島艦隊に――――」

「――だが、断る」

「――!?」

 

 伊58が声を期待に上擦らせながら言いかけた言葉を横から割り込んで制止したのは、いつの間にか大和と伊58の間に陣取っている海老名だった。

 

「え、あの、海老名ちゃん?」

「この海老名薫が最も好きなことの一つは、これフラグ立ってるだろって話の展開を憶測している奴らに、『NO』と叫んでフラグをぶち壊してやることだッ!」

「海老名ちゃん!?」

「ふっふっふ、忘れたのかぁい? 私雷ちゃんに言ったはずだよ? この子はウチの艦娘だからってなぁ! 悪いが伊58ちゃんは私が貰い受けるんだからね! 勘違いしないでよね!」

 

 そう言って、伊58を抱きしめる海老名からはもう彼女を取り戻せそうにはなかった。

 

「大丈夫! その代わりラスボス戦でピンチになったら伊58と一緒にカッコよく助けに来てやんよ!」

「何ですか、その使う機会の来なさそうな特典は!」

「……まぁ、私を必要としてくれるなら。よろしくでち、海老名提督」

「よろしくねぇ、私のことは親愛を込めて海老名ちゃんと呼びなさい」

「えぇ……」

 

 こうして七丈島艦隊の新人加入チャンスを逃したものの無事伊58の行先も決まり、おおよそ全ての問題が片付いたという所で、最後に大きな衝撃を与える事件がやってくることになる。

 

「――あら、今日はとても賑やかなのですね? どうも、お久しぶりです、七丈島艦隊の皆さん。横須賀艦隊から犬見提督の護送の任を受けて推参致しました、川内型軽巡洋艦二番艦、神通です」

「げっ、神通!?」

「嬉しい反応をしてくれますね、天龍さん」

 

 食堂の扉を開き、入ってきたのは以前一悶着のあった横須賀艦隊の神通だった。

 天龍があからさまに嫌そうな顔をするが、それ以前に、彼女の台詞を聞いたその場の全員は時間が止まったかのように動きを止めた。

 

「ちょっと、神通さん? 今あなた、なんて言いましたか?」

「いえ、だからご依頼のあった犬見提督の護送のために来たのですが……犬見提督はどちらに?」

「……今しがた、護送を任命されてやって来た雷と電が連れて行きましたが」

「……雷と電? おかしいですね、護送任務は私だけに出ていた筈ですが」

 

 背筋が凍るように寒くなったのをその場の全員が感じた。

 

「じゃあ、さっきの彼女達は一体どこの誰なんですか……?」

 

 

「――さて、ついにこれで僕も牢獄行きか」

 

 護送船の甲板。遠く、小さくなっていく七丈島を見つめながら笑った。

 

「しかし、何故ついてきたんだい、お前達? 伊58と同じようにごまかせばこうして捕まることもなかったろうに」

 

 呆れたように犬見は振り返って後ろに立っていた伊勢、日向、那珂の方に視線をやる。

 

「い、いやぁ、だって、ねぇ? 私達は提督の艦娘だし、そこは最後まで、その、付き合いますよ」

「まぁ、そうなるな」

「那珂ちゃんの提督は犬見Pだけだからね!」

「……呆れた奴らだ」

 

 犬見はそう冷たくあしらってまた彼女達に背を向ける。しかし、彼のその表情には僅かに笑みが浮かんでいた。

 

『――なんかいい感じな所悪いのだけれど、あなた達がこれから向かうのは実は横須賀じゃないのよねぇ』

 

 突然どこからか聞こえて来たボイスチェンジャーの掛かった声に犬見と艦娘全員が音の発信源に即座に首を回した。

 いつの間にか彼らの後ろに立っていた雷と電。彼女達の持つ通信機から流れてくる音声だった。

 

『久しぶりね、犬見君。アタシのことを覚えているかしら?』

「……馬鹿な、そんな筈はない。誰だ、お前は」

『流石犬見君ね。相変わらず勘が鋭いわ。そうよ、あなたの想像した通り、鏑木美鈴よ』

「鏑木提督はとっくの昔に死んだ、もういない」

『でも、死体が本人だったかはわからなかったでしょう? だって、そんなのがわからない程焼け焦げていた筈だもの』

「…………」

『嬉しいわ。その才覚を活かして立派に提督をしてくれていたみたいで』

「…………」

 

 犬見は険しい表情で通信機を睨み、口をつぐんでいた。

 

『でも、他人の物を盗んで勝手に量産されたりするのは困るわね』

 

 恐らくは、日向と浦風に使った薬のことを言っていると即座に犬見は理解した。

 

『艤装に注射器を取り付けて艤装接合部を通して体内に注入する発想はなかなか悪くないけれど、肝心の薬の方は全然駄目ね。あんな半端物を世に出されると困るわ』

「成程……薬のことが大本営に知られるのが恐ろしいと言う訳か」

『そうよ、特に元帥にはまだ知られる訳にはいかない。今あの爺さんに少しでもアタシに繋がる情報を渡すのは、あまりうまくない。だから、先回りして証拠は処分することにしたわ。あなた達ごとね』

 

 その言葉と同時に雷と電は背中に差してある錨に手をかけた。

 

「雷――」

「電――」

「「――抜錨」」

『さようなら、犬見誠一郎君。ヴァルハラで逢いましょう』

 

 その後、横須賀鎮守府を中心とした捜索隊が編成され、数か月に渡って捜索が続けられたが、犬見誠一郎とその艦娘三名が発見されることはなかった。

 やがて捜索は打ち切りになり、犬見と艦娘達は全員、深海棲艦との戦闘の末に戦死したとして処理された。

 

 これが、将来、七丈島艦隊が対立することになる巨大な闇との、間接的ではあるが、初めての接触であったことを、後に知ることになるが、それはまだ先の話。

 

 




ギリギリ年内に磯風編完結できました。
ビターエンドでしたが、これからの伏線も含んでいるためこれで許してください。
新年からは久々の日常回を10話程度やり続ける予定です。(思い付き次第でガンガン増えますが)

読者の皆様、今年も本作品に一年間お付き合いいただき大変ありがとうございました。
たくさんの方がこの作品を読んでくださり、また、多くの感想をいただけたことには感謝で一杯でございます。
新年からもより多くの方に面白いと言って頂けるよう精進していく所存ですので、これからも本作品をよろしくお願いします!

長文、駄文失礼しました。
皆さま良いお年を! そして来年もよろしくお願いいたします!

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