七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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第三十九話「二度とやるか、こんなクソゲー!」

 

「大和、遊ぼうぜ!」

「なんですか、急に……」

 

 「磯野、野球しようぜ」みたいなテンションで私の部屋に天龍がやってきた。

 今日は自室でゆっくりと過ごそうと思っていたのにいい迷惑である。

 

「どうせ暇だろ?」

「まぁ暇ですけど……」

「こんないい天気に何もせず部屋に籠ってちゃもったいないぜ!」

「わかりましたよ。それで、何をするんですか?」

「鎮守府の倉庫から見つけたTVゲームだ!」

「思いっきりインドアじゃないですか!」

 

 という訳で今日はゲームをして暇を潰すことになった。

 

 

 天龍が取り出したのはいわゆるTVゲームのソフトだった。そして、そのケースの表紙には主人公と思われる美少女が数人のイケメン達に囲まれてポーズを取っている絵が描かれている。

 要は、これは乙女ゲーム、通称乙ゲーだ。

 

「お前の部屋テレビあったよな? ハードも持ってきてるからすぐできるぜ!」

「ええ……」

 

 目を爛々と輝かせる天龍にNoとは言えず、私は仕方なく、天龍と乙ゲーをプレイする運びとなった。

 しかし、天龍がこういうゲームに興味があったとは驚きである。

 

「――よし、これであとはディスクを入れればゲームが始まるぜ!」

「私乙女ゲームなんてやったことないんですけど」

「ん? 大和はこのゲームやったことないのか?」

「知識としては知ってますよ。確かイケメンの男子と恋をするゲームでしょう?」

「まぁ、そうだけどよー。乙女ゲームも奥が深いんだぜ? この『早乙女恋物語』っていうのは今までの乙女ゲームから一線を画す名作だぜ」

「へー」

 

 私が適当に相槌をうっていると画面が暗転し、タイトル画面が表示された。

 

『早乙女恋物語』

 

 少女の声でタイトルコールが始まり、画面にはNew GameとLoad GameとMemoryの三つの選択肢が点滅していた。

 

「よし、当然ニューゲームだぜ」

「はい」

 

 New Gameと押すと、電子音と共に画面が暗転し、画面下部にモノローグが出てきたかと思うと、タイトルコールをしていた少女の声でモノローグの朗読が始まった。

 

『――春、それは始まりの季節。草木が芽吹き、太陽が燦々と輝く暖かなその季節は、春風と共に始まりを運んでくる。新しい生活の始まり、新しい出会いの始まり、新しい出来事の始まり、そして、新しい恋の始まり』

 

「今喋ってるのが主人公だぜ」

「あ、そうなんですか。名前はなんていうんですか?」

 

『――そう、この春、私の新しい恋の物語が始まった。私の名前は――――』

 

 そこまでモノローグが朗読を終えると画面が切り替わって五十音表が表示され、上部に「あなたの名前は?」とメッセージが出ている。

 なるほど、このゲームはプレイヤー自身が主人公になるわけだ。

 

「まぁ、ここは普通に『やまと』で」

「『やまこ』にしようぜ?」

「何その微妙な提案!?」

 

 天龍のやまこ押しを完全無視して名前を『やまと』と打ち込んで決定ボタンを押すと、場面が切り替わった。

 画面には桜吹雪の舞う朝日に包まれた桜並木の街道の一枚絵が現れる。制服を着た男女がたくさんいるということはおそらくこれは朝の登校風景なのだろう。

 私が状況を把握したタイミングを見計らったかのように画面下部に吹き出しが現れ、再び主人公のセリフが始まった。

 

『私の名前は早乙女桜――――』

 

「ちょっと、待って!」

 

 私はポーズボタンでゲームを一時停止させた。

 

「んだよ、まだ始まったばっかだぜ?」

「なんですか、早乙女桜って!? 名前打ち込んだのと全然違うじゃないですか!」

「いや、別に主人公の名前は最初からこれで固定だが?」

「だって『あなたの名前は?』って!」

「いや、別に主人公の名前なんて言ってないだろ?」

 

 じゃあ何だ、さっきの。

 

「なんですか、このゲーム!」

「ほら、はよ進めって。日が暮れちまうぜ?」

 

 私はポーズボタンを再度押してゲームを再開する。主人公のセリフが再度流れ始める。

 

『私の名前は早乙女桜』

 

 はい。

 

『お父さんの仕事の関係で、この聖ヴァルハラ学院に転校してきた高校二年生。突然変化した環境にまだ戸惑いも不安も残っているけれど、持ち前の元気と前向きさで頑張っていこうと思う!』

 

「健気で良い娘みたいですね」

「ああ、この主人公は元気とポジティブが特徴だからな。ストーリーを進めていけば主人公の過去についても色々なことがわかって――っと、あんまし言わねぇ方がいいかもな」

 

『大丈夫! なんてったって私には代々受け継がれるこの妖刀『やまと』があるんだから!』

 

「ちょっと待ってッ!」

 

 叫ばずにはいられなかった。

 

「おいおい、なんだよ」

「え!? なんでこの娘、妖刀持ってるんですか!?」

「そりゃ、早乙女家に代々伝わる家宝だからだ」

「だからって刀携帯する女子高生なんていませんよ!?」

「敵に襲われた時丸裸じゃ流石にきついだろ」

「これ乙女ゲームですよね!? 敵とかいない筈ですよね!?」

 

 まぁ、それはまだいい。問題は次だ。

 

「なんで妖刀の名前が『やまと』になってるんですか!」

「さっきお前が自分で決めたんじゃねぇか」

「あれ、妖刀の名前決めてたんですか!?」

「いいじゃねぇか、かっこいいしよ」

「なんですか、このゲーム!」

 

『この妖刀『やまと』さえあれば、どんな敵だって一刀両断なんだから!』

 

「なんかヒロインが物騒なこと言ってますよ!?」

「おい、そんなの気にしてる場合じゃねぇ! 来るぞ! 第一攻略男子だ!」

 

 色々気になる点は残るが、天龍が興奮気味に私を急かす。

 なるほど、登校中にイケメンと遭遇し、しかも同じ学校の同じクラスというパターンだ。

 さぁ、誰が来る。

 

『???:ちょっと、そこの君!』

『桜:え、何?』

 

『後ろから声をかけられて振り向くと、そこには赤い髪と目をした、爽やかな好青年が私を見つめている。彼の目と私の目が合った瞬間、私の胸が少し高鳴った』

 

 というモノローグの後にその好青年の絵が画面に浮かび上がる。

 

「おお、これはなかなかの爽やかイケメンですね! 絶対サッカー部のエースとかやってそうな顔してますね!」

「随分具体的に絞っていくな、お前」

 

 ようやく少しは乙女ゲームらしくなってきたことに少しテンションが上がってきた。

 

『桜:あの、何ですか?』

『???:いや、見ない顔だなって思って……もしかして新入生?』

 

「おお! なんかそれっぽいファーストコンタクトが始まりましたよ! これですよ、こういうのがやりたかったんですよ!」

「楽しそうで何よりだ」

 

『レン:そっか、転入生かぁ! 俺の名前は江迎蓮(エムカエ レン)って言うんだ。気軽にレンって呼んでよ!』

『桜:う、うん、私は早乙女桜。よろしくね、レン、君……あの、その……』

『慣れない男子との会話に私は言葉が上手く出てこない。こういう時、なんて返せばいいんだろう。えーっと……』

 

「おお、いいですねぇ、青春ですねぇ!」

「おやじ臭いぞ、お前。ほら、なんてセリフを言うか選択肢でてくるから選びな。これで向こうの好感度上がったり下がったりするから慎重に選べよ」

「は、はい!」

 

 そう思うと少し緊張してきた。まぁ、流石に相手に好印象を与えるようなセリフくらいわかるとは思うが。

 

1 : ところで、誰の許しを得て私に気安く声をかけたのかな? この豚が!

2 : 好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです――――

3 : 私にあまり関わらない方がいい、死ぬよ?

 

「あれ!? 全然わかんない!」

「ほら、突っ込んでないで早く選べよ」

「え!? いや!? ええ!?」

 

 正直どれを選んでも致命的にしか見えない。

 どれも初対面、というかそもそも普通、人に言うようなセリフじゃないと思うが。

 

「うーん……じゃあ、3番、かな?」

 

 一応、この中では一番引かれない筈。

 

『桜:ご丁寧に自己紹介ありがとう、レン君。でも、私にあまり関わらない方がいい、死ぬよ?』

 

「痛い痛い痛い痛い!」

「んだよ、下痢ピーか?」

「違いますよ、汚いな! あとそれ死語ですからね!」

 

『桜:――――ぐっ、私の妖刀やまとが……暴れだした!? くっ、鎮まれ!』

 

「くっ、鎮まれ! じゃないですよ! なんで桜急にこんな痛いキャラになってるんですか!?」

「お前が暴れてるからだろ?」

妖刀やまと()のせい!?」

 

『レン:あ、ああ、うん……よくわかんないけど、もう近づかないよ、なんかごめんね』

『レンの好感度が50下がりました』

 

「ほらー! レン君ドン引きじゃないですか!」

 

『桜:ふ、それでいい、早く行って……! 私が妖刀やまと(コイツ)を抑えている内に……!』

 

「もうこれ以上余計な事言わなくていいから! 桜!」

「おい早く鎮まれよ、大和」

「私は暴れてない!」

 

『レン:じゃ、じゃあね、早乙女さん……』

『桜:ふ、さらだば』

 

「さらだば!?」

「あー、ここな。酷い誤植だよな。『さらばだ』を『さらだば』、とか」

「もう何もかも台無しですよ! なんですか、このゲーム!」

 

 もうヤダこんなヒロイン。

 

「あ! 電源切るんじゃねぇよ!」

「もう一回! もう一回選ばせてください! なんか納得いきません! 誤植も含めて!」

 

 その後、もう一度選択肢画面に戻ってきた。一番損害が少ないと踏んだ3番があれだったので正直困惑しているが。

 

「もう正解言っちまうけど1番だぜ」

「え!? 1番ですか!? これが一番ドン引きだと思うんですけど」

 

 だって落とすべきイケメン男子に向かって豚が!とか言ってるし。

 

「押してみりゃわかるって」

「えぇ、納得いきませんけど……」

 

『桜:ところで、レン君だったっけ?』

『レン:うん、なにかな? 桜ちゃん』

『桜ちゃん? いつ私が名前で呼ぶことを許可したのか。馴れ馴れしいレンの態度に私の口は自然とその思いの丈を言葉にしてぶつけていた。』

『桜:ねぇ、誰の許しを得て私に気安く声をかけたのかな? この豚が!』

『レン:え……?』

『桜:え? じゃないわよ! 豚はそんな風には鳴かないわよ!』

 

「さ、桜ああああああああああああ!」

 

 なんだ、このヒロイン。

 

『私は妖刀やまとを抜き、その峰で豚の頭を叩いてやる』

 

『レン:ぐはぁ! な、なにをするんだ、桜ちゃん!?』

『桜:桜ちゃん、ですって? 桜様でしょう、この卑しい豚!』

『レン:ぎゃああああ!』

 

「さ、桜ああああああああああああああ!」

 

『何度も豚を殴りつけると、豚の返り血で『やまと』が赤く染まっていく。それに『やまと』も喜んでいるように見えた』

 

「喜んでない! 妖刀はこんなこと望んでないですよ!」

「大和、最低だな」

「うるさい!」

 

『そして、数時間後――――』

 

「桜、学校は!?」

 

『桜:――さて、あなたのご主人様のお名前を言ってごらんなさい?』

『レン:さ、桜様です、ブヒぃ』

 

「レエエエエエエエエエンッ!」

 

『桜様:豚が人間様の言葉をしゃべるんじゃないわよ!』

『レン:ブヒぃ! 申し訳ありません!』

 

「桜様ああああああああああああああ!」

 

『桜様:ほら、また喋った!』

『レン:ブヒィ! ありがとうございます!』

 

「レエエエエエエエエエンッ!」

 

『豚は私からのお仕置きを受けると、力尽きたのか頬を赤らめながら気持ちよさそうに白目をむいて失神していた』

 

「レエエエエエエエエエエエエエエエンっ!」

 

『豚の好感度が300上がりました』

 

「豚あああああああああああああああああっ!」

「――な? これが正解だろ?」

「正解っていうか、無理矢理正解にしただけじゃないですか、これ!?」

「何言ってんだ、このイベントがないとレンの潜在的なドM気質が解放されなくてプレイヤーはこいつの好感度上げに苦しむことになるんだぞ!」

「だとしても見たくなかったですよ、こんな惨いルート! なんですか、このゲーム!」

「あ! また電源ブチ切りしやがって!」

 

 全然納得できない。こんなことで好感度が上がっても私は嬉しくない。きっとある筈だ。桜が普通にイケメン男子と仲良くなれるルートが。

 

「この2番の選択肢、これに私は賭けます!」

「2番か? 俺は見たことねぇな。そこは1番選んでぶっ飛ばしたからな」

「きっと、レン君は素直に気持ちをぶつける娘が好きなはず! そうであってください!」

 

 私は2番の選択肢を押した。

 

『さっきから収まらないこの胸の高鳴り、なんだろう、今すぐ彼にこの気持ちを伝えたい! そう思った瞬間、既に私の口はその想いを言葉に出していた。』

『桜:――です』

『レン:え? ごめん、よく聞こえなかったんだけど……?』

『桜:好きです』

『レン:え、ええ!? そ、そんな急に……ええ!?』

 

 お、もしかして、来たか。これが、真の正解ルートか!?

 画面で頬を赤らめたレンの立ち絵が初めて映されたのを見て、これまでとは違う手ごたえを感じた私は、喜びに笑みを漏らす。

しかし、数秒後、悲劇が起こった。

 

『桜:好きです。何度でも言います、あなたのことが好きです』

『レン:いや、その、だから心の準備というか……ちょっと待って――――』

『桜:好きです、好きです、好きです、好きです、好きです、好きです――――』

『レン:え、桜、さん……?』

『桜:好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです』

『レン:うわああああああああああああああああああああああっ!?』

 

「うわあああああああああああああああああああああああああっ!?」

「うわあああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 瞬間、画面いっぱいに映し出された赤文字の『好きです』の羅列にレン君と私と天龍の叫びが部屋中に響いた。

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 天龍がコンセントを勢いよく抜いてゲーム機の電源を落とす。

 画面が消え、猟奇的なBGMが止まった後も、私と天龍の胸の動悸はしばらく収まらなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 やがて、目だけで私たちは合図をすると、素早くゲームディスクを取り出してパッケージに戻し、リュックに乱暴に詰め込んだ。

 

「二度とやるか、こんなクソゲー!」

 

 私達の声が重なった。

 

 

 




皆さま大変お待たせしました。
大変おまたせしたので今回は二話連続投稿です。

第四十話は明日投稿となります。

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