七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
矢矧は髪を解くと貞子に似ている。


第十四話「私、皆から嫌われてる!?」

 

 慣れ、とは恐ろしいもので、当初は毎日がトラブルづくしのこの七丈島鎮守府での生活にもいつの間にか順応し、私、大和が着任したその日から気がつけばあっという間に一カ月が経っていた。

 最早、不審者が現れただとか、食べ物で人が倒れただとか、ストーカーだとか、男たらしだとかその程度のことでは私は驚かなくなっているのである。

 成長というよりは退化である。動じないという点では肝が据わって来たと言えるかも知れないが、そんな耐性が付いた所で喜べるはずもない。

 ああ、私の常識の壊れていく音がする。

 

「お姉様!」

 

 そんな私の前にプリンツが神妙な顔つきで走って来た。

 一体どうしたのだろう。昨日見つけた23個目の盗聴器は場所を変えただけで壊していない筈だが。

 

「お姉様、お願いがあります!」

「なんですか、突然? カメラを取り付けるのは駄目ですよ。邪魔ですし落ち着きませんし。盗聴機だけで我慢してください」

「お姉様、私が言うのもなんだけれど、ストーカーに寛容すぎます」

 

 慣れとは恐ろしいものである。最早ストーキング程度では私の心は揺らがないのである。

 

「まぁ、私には都合いいし、お姉様が受け入れてくれるのならそれに越したことはないですけれど……って、そんなことを話に来たんじゃないんですよ!」

「じゃあ、一体なんなんですか?」

「あの、驚かないで聞いて欲しいんです」

「ああ、大丈夫ですよ。絶対驚きませんから」

 

 私は自信満々に断言した。確信した。

 神はこの狭い空間でほぼ毎日のように何かしらのトラブルを起こす。しかし、同時にそのおかげ、いや、そのせいで私はトラブル慣れしてしまったのだ。

 いくら神と言えど、今の私が驚くような状況など作れるはずがない。私はもう、一種の悟りの境地に到達しつつあるのだ。

 さぁ、神よ。この私を驚かせられるものなら驚かせてみよ。

 

「私、今日一日、お姉様のストーカーをお休みします!」

「えええええええええええええええええええええ!?」

 

 久々に大声で叫んだ気がする。 

 そして、同時に私は神への認識を改めて、改めなければならなくなる。

 いくら私の精神状態が悟りの境地へ近づこうとも、気まぐれ一つで驚愕など容易く作って見せる。

 故に、神なのだと。

 

「え!? ちょ、プリンツ!? なんでですか!? 変な物でも食べたんですか!? わかった、磯風の料理ですね!?」

「お姉様の悲しむ気持ちも痛い程伝わってきます!」

「いや、驚いてはいるけど全く悲しくはありませんよ!?」

「でも、今日一日だけ、ストーカー有給を、ください……!」

「ストーカー有給ってなに!? 給料でるんですか!? 仕事なんですか、ストーキングって!?」

「明日には、必ず元の私に戻りますから……!」

「戻ってこなくていいですけど!?」

 

 涙ぐむプリンツに私は彼女の身に何かあったのかと本気で心配した。

 あのプリンツが、ストーカーを休むなんて。

 あの三度の飯よりもストーカーが好物の彼女が。

 あの命よりもストーカーが大事な彼女が。

 

「いや、流石に命と天秤にかけられる程じゃないです!」

「なんでもいいですけど、一体急にどうしたんですか? あなたがストーカーを休むだなんて……私、明日隕石が降ってくるのとか嫌ですよ?」

「そんなに信じられませんか!?」

「じゃあ、どうしてそんな風に思い至ったんですか?」

「そ、それは……」

 

 プリンツは口をつぐむ。

 彼女がストーカーの犯罪性に気が付いて改心したと言う可能性があり得ない以上、これには何か理由がある筈である。

 

「ご、ごめんなさい、お姉様! 今は言えません!」

「逃げた!?」

 

 脱兎のごとく、彼女は私に背を向けて走り去っていく。

 低速戦艦の私が高速重巡に追い付ける道理もなく、私はあっという間にプリンツの姿を見失った。

 では、私なりに今のプリンツの様子から推理するしかない。

 プリンツが私のストーキングをやめる理由。彼女の様子からして私には言えないことなのだろう。

 しかし、情報が少なすぎる。流石に限界があるか。

 そう思った私の脳裏に瞬間、電撃走る。

 

「そう、こういう時は逆に、発想を逆転させる!」

 

 某推理ゲームで私が学んだ知識とテクニックがここにきて活きた。

 

「プリンツが何故ストーキングをやめたのかではなく、そもそも何故プリンツはストーキングをしていたのか、まずはそこから考えましょう」

 

 プリンツがストーキングをする理由は知っている。

 『お姉様』の動向を常に知らないと不安でなんやかんや大変なことになるのだ。だから、傍に居られないときは盗聴器やカメラでストーキングしてお姉様の様子を探る。

 つまり、プリンツがそれをやめたということは。

 

「私が……お姉様で、なくなった……!?」

 

 おかしい、何気に私がショックを受けているのは何故か。

 つまり、私はプリンツのお姉様足り得なくなった。だから、彼女もストーキングをする必要がなくなった。

 そうだ。私に言い出せなかったのもそれなら納得がいく。

 そして、さらにそこから導き出される結論は。

 

「私、嫌われた!?」

 

 最悪の結論であった。

 

 

「お、大和じゃねぇか」

「て、天龍……」

 

 私は若干ふらつきながら廊下を歩いて来た天龍とばったり出会ってしまった。

 

「どうしたんだよ、元気ねぇな?」

「そ、それが、プリンツが……!」

 

 私はたまらず、今あったことを天龍に全て話した。

 

「あー、成程な。で、ショックだったと」

「私がこの事態にショックを受けているという事実がショックでしたよ……」

 

 慣れとは怖いものである。

 私はプリンツにお姉様として慕われたりストーキングされたりするにつれそれに慣れただけでなく愛着まで湧いていたのである。

 一か月前の私が今の私を見たら流石に砲塔を向けてくるかもしれない。

 

「ま、でも、俺にはわかるぜ、プリンツの気持ち」

「……え!?」

 

 まさかの追い討ち。

 

「ま、これは仕方ないことなんだよ。俺も同じだしな」

「え、え!?」

「じゃ、俺はもう行くわ」

「な、ちょっと、今の言葉どういうことですか!?」

「おい、ついてくるなよ」

 

 私が肩に伸ばした手を振り払われ、天龍は走り去っていった。

 低速戦艦の私が高速軽巡に追い付ける道理もなく、私はあっという間に天龍の姿を見失った。

 

「…………」

 

 私はしばらくその場で手を伸ばした状態で固まっていた。

 天龍も同じ気持ち。そして、私を避けるように走り去るあの挙動。

 

「私、嫌われてる!」

「――あれ、大和じゃない?」

「ああ、本当だ」

「…………」

「瑞鳳と磯風、それに矢矧……」

 

 最早気力の籠った声は出なかった。

 私は首だけをゆっくりと彼女達の方へと動かした。

 

「大丈夫か? 顔色が悪いように見えるが?」

「本当、なんか元気ないわね? 一体どうした――――」

「ちょっと!」

 

 矢矧が瑞鳳と磯風の手を引っ張って何やら耳元で何かを話している。

 私は既に嫌な予感がしていた。

 

「あ、えーと、大和。私と瑞鳳と磯風は急ぎの用があるから、失礼するわね」

「ま、また後でね」

「また、夕食にな」

「…………」

 

 そう言って、足早に彼女達は私の前から去っていった。

 低速戦艦の私が高速軽巡と駆逐艦と軽母に追い付ける道理もなく、以下略。

 これは、間違いない。

 私は確信した。

 

「私、皆から嫌われてる!?」

 

 なんということだ。たった一カ月で、私はここでの居場所を失ってしまったというのか。

 その場でへたれ込む私の肩に誰かの手が乗った。

 

「そんな所で座ると汚れますよ?」

「……あー、そうですね。私が床に座ると床が汚れますもんね、本当に申し訳ありませんでした。土下座ですか? 土下座でもすれば許してくれますか?」

「なんで、そんな卑屈なんですか!?」

「提督……」

 

 提督は私を立たせると困惑した表情で私を見つめていた。

 

「一体、どうしたんですか? 山城だってそこまで卑屈にはなりませんよ」

「提督、私気付いちゃったんです。皆が私を避ける理由」

「あ……気付いてしまいましたか……」

 

 提督はひどく気まずそうな顔を見せた。つまりは知っているのだ、提督も私が皆から嫌われている事実を。提督の反応で、私の確信はより確固たるものとなった。

 一体、私は彼女達に何をしてしまったのだろう。この一カ月、皆とは平和に過ごして来たつもりだったのだが。

もしかしてツッコミがきつすぎたからだろうか。

 

「私、皆の邪魔にならないよう外に出てますね」

 

 私は力なくそう呟くと鎮守府の入り口へと歩いていく。

 

「そうですね、それがいいかもしれません」

「…………」

 

 提督と共に鎮守府の入り口まで来ると、彼は港の方へ歩いていく私に言った。

 

「あの、気付いてしまった以上、色々気まずいかもしれませんが夕食の19時には必ず帰ってきてくださいね? あと、できれば彼女達には気付いていない体で通してください」

「……わかりました」

 

 私はそう言って港までほとんど無気力に空を見ながら歩いて行った。

 そして、港につくと何をするでもなく堤防に座り、空と海との交わる地平線を無心に眺め続けた。

 

「ツッコミ、もっと優しく言えばよかったんでしょうか」

 

 思い当る節がツッコミしかないのでひたすらこれまでのツッコミの反省を続けた。なんだ、この芸人みたいな時間の過ごし方。

 そして、気がつけばいつの間にか地平線に夕日が沈んでいた。

 

「……帰りましょうか」

 

 気が重いが、19時の夕食には戻ると提督と約束してしまっている。

 帰ろう。そして、なんとか皆に私の何が悪かったのかを教えて貰って、直そう。

 そして、食堂前。

 

「……よし、とりあえず土下座。開幕土下座で行く!」

 

 私は謎の決意を固めていた。

 

「し、失礼します……」

 

 私がゆっくりと扉を開けて中に入るとそこは何故か真っ暗闇であった。

 食堂の電気が消され、窓のカーテンも閉め切られているのだろう。しかし、一体誰が何のためにそんなことを。

 私が食堂内の様子に困惑しているその時、突然食堂中の電気がついたかと思うと、いくつもの火薬の爆裂音と共に私に何かが降り注いだ。

 

「きゃっ!」

 

 何かの攻撃かと思い、一瞬死すら覚悟した私の身体中にかかっているのは、紙紐や紙吹雪であった。

 

「大和、七丈島鎮守府へようこそー!」

 

 訳の分かっていない私に立て続けにそんな声が聞こえてきた。

 一人だけではない。天龍と、矢矧と、プリンツと、磯風と、瑞鳳と、提督と、皆の声が聞こえた。

 前方を見ると、クラッカーを私に向けた皆の姿があった。しかも、その後ろには大量の御馳走がテーブル一杯に並べられている。

 よく見れば、食堂中が華やかに飾り付けまでされている。まるで何かのパーティーのようだ。

 

「え? え? これは、一体……?」

 

 冷静になろう。

 私は今までの状況をもう一度振り返った。

 真っ暗な食堂、急な電気の点灯と同時のクラッカー、そして並べられたごちそうと飾り付け。

 これは、間違いない。

 

「これが噂の……イジメ……!」

「うん、大和、お前ちょっと落ち着け」

「違うんですか!?」

「どう見てもちげぇだろうが!?」

 

 馬鹿な、イジメじゃないだと。

 激しく動揺する私に何かが凄い勢いで私の胸元に突っ込んできた。

 プリンツだった。

 

「ぐはぁ!?」

「お姉様ああああああああ! あー、もう! お姉様お姉様お姉様お姉様ああああ! 寂しかったです、恋しかったです、愛しかったです、お姉様あああああ!」

 

 おかしい、なんだこれは。

 私の頭の中は予想もしていなかった状況とプリンツのタックルによる意識の混濁により混乱しっぱなしであった。その様子を見かねてか、矢矧がこの場の全員を代表するようにして私に言った。

 

「見ればわかるでしょ? パーティーよ、あなたの七丈島鎮守府着任祝いの歓迎パーティー」

「え? 私が着任したのって一カ月も前なんですけれど……」

「でも歓迎パーティーできなかったでしょ? その後もずっとごたごたしててできなくてね。ようやく落ち着いて来たからって皆で三日前から密かに準備してたのよ」

 

 歓迎パーティー。しかも私の。

 おかしい、私のことを皆は嫌っている筈ではないか。何故そんなことを。

 

「大和にばれないように準備するの大変だったんだぜ?」

「特に今日は本番だから午前中から皆忙しくてな。大和には秘密だから今日だけは避けなければならないし大変だった」

「私もお姉様とほとんど一緒に居られなかったせいで何度お姉様不足で倒れかけたことか!」

「ま、こうして大和は驚いてるみたいだし、大成功みたいね。流石、私!」

「え? ええ?」

 

 私は今日一日のことを初めから思い返した。

 つまりは私の歓迎パーティーの準備で皆私から距離を取っていたというだけで、別に私の事を以来な訳じゃない、ということか。そう考えると今までの会話の内容も妙にしっくりくる。いや本当に、そうだろうか。

 私は疑心暗鬼であった。

 

「あの、じゃあ、今日私を皆が避けていたのって別に私のことが嫌いになったからじゃないってことでいいんでしょうか……?」

「はぁ?」

 

 全員から何言ってんのお前と言わんばかりの威圧的な返答が返って来た。

 

「んな訳ねぇだろ、アホか?」

「私が! 私がお姉様を嫌いになるなんてこの世界が滅びようともあり得ませんよ!? おぞましいこと言わないでください、お姉様!」

「我が料理の師を嫌う理由がないな」

「いくら、あなたが犯罪者だったとしても、私はそれだけで偏見なんて持たないわよ。監察艦として、この目であなたを見て、それで好きか、嫌いか、判断するわ。で、答えはこの歓迎パーティーを見れば、わかるわよね?」

「もしかして、それで昼間この世に絶望したような顔してたの、大和? 可愛い所もあるのねぇ」

 

 皆の言葉を聞いて、私は力が抜けてしまった。

 ここまでの安心感は久々であった。

 

「よ、良かったあああああ!」

「さ、パーティーを始めるわよ!」

 

 その矢矧の声と共に皆がグラスを持ち上げる。

 大和にもプリンツからシャンパンの入ったグラスが手渡された。

 

「それじゃ、提督。お願いね」

「え、私ですか!? えー、それじゃあ戦艦大和の着任を祝して、乾杯!」

「乾杯!」

 

 そして、パーティーが始まった。

 その夜は私の中でも特別なものとなった。プリンツと矢矧で作ったらしい山盛りのごちそうを皆で食べ尽くし、夜遅くまで宴会のように夜更けまで騒ぎ倒した。

 私は七丈島鎮守府への認識を更に改めなければならない。

 いくら私がこの鎮守府に慣れようとも、簡単に私の順応も予想も突き放し、常に私の斜め上をゆく。

 故に、七丈島鎮守府なのだと。

 

 




今回はハートフルな日常回。

次回、タイムリーな奴行きます。

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