七丈島艦隊は出撃しない   作:浜栲なだめ

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前回のあらすじ
清霜は戦艦になりたい。




第百十二話「網走番外監獄へようこそおいでくださいました」

 

「それでは、またしばし留守をお願いします」

「えー! またですか!? 私が着任してからまだ一か月も経ってませんのに! これで二回目じゃないですかっ!」

 

 提督の言葉に悲鳴のような声で抗議するのはこのできたばかりの七丈島鎮守府に着任したての給糧艦伊良湖だった。

 彼女の不満は至極真っ当なものである。

 これで、彼女を残して鎮守府から離れるのは三度目なのだ。

 

「ごめんなさいね、伊良湖。多分、これが終わったら落ち着くと思うから」

「もぉ……いいです! そうやってないがしろにされている内に、私、良い殿方に貰われてしまうんですからね!」

「えぇ、それは困りますねぇ」

「ええ、本当に困るわ、伊良湖」

「もう! 提督さんも矢矧さんも本気にしておりませんね!? 本当に貰われてしまうのですからねっ! その時はお暇をいただくのですからねっ!?」

 

 笑いあう私と提督に対し、頬をふくらませ、両手をふりあげてますます抗議の声を上げる伊良湖。

 彼女のこの冗談のような台詞が、帰ってきた時に真実になっていることを、まだ私達は知らない。

 

 

「一度目は、舞鶴鎮守府へ行きました」

「結局ほとんど手がかりはありませんでしたね。まぁ、仕方ないことです、舞鶴の深海棲艦大型侵攻。その被害は甚大なんて言葉じゃ言い表せない。敵はなんとか全滅させたけれど、結果舞鶴鎮守府も提督含め艦娘一隻を残して全滅。その唯一の生き残りも神隠しにでもあったかのように行方不明。今の舞鶴にあの時の名残はもうなかった」

「新任の提督が非協力的なことも災いしました。でも、確かに一隻だけ、生き残った艦娘がいたことは確かなんです。その艦娘がどこに消えたのか……」

 

 舞鶴の大型侵攻。

 そこで唯一生き残った艦娘。私と提督はその艦娘を探して舞鶴鎮守府へ行った。

 しかし、件の艦娘は当時の提督の謎の死と同時に姿を消しており、その足跡は完璧に消されている。

 上はこれにさしたる重大性を感じなかったのか、ろくに調査もされないまま捜査は打ち切り。その艦娘は舞鶴の惨状に気が狂い、提督を殺害した後、自身も後を追って自殺し、今は海の底だろうという憶測が結論としてまかり通ってしまっている。

 

「二度目は舞鶴の提督について調べ上げるために大本営に行ったり、警察へ行ったり、憲兵隊を訪ねたりと奔走しましたね」

「かなりダメ元でしたが、それでも、手がかりは見つけました。提督の執念の賜物ですね」

「矢矧が私に最後まで付き合ってくれていなかったら、今もまだここに辿り着けてはいませんでしたよ」

「私はあなたの艦娘なのだから、当然でしょう」

 

 艦娘がダメなら、殺害された提督はどうだろうと方向転換した。

 膨大な情報から、舞鶴鎮守府前任の提督が殺害された日の周辺の行動を徹底的に調べ尽くしたのだ。

 気の遠くなる作業だったが、殺害七日前の外線記録を辿り、ついに見つけ出した。

 消失した艦娘の手がかり。

 その可能性。

 

「まぁ、大変な作業だったことは間違いないけれど、根気強ささえあれば誰でも見つけられる程度には隠蔽工作がなされていなかったのも幸いしましたね。まさか外線記録にそのまま残っているなんて思いませんでした」

「そこまでする時間がなかったか、あるいは意図的に辿り着けるようにしていたのかもしれません」

「あるいは――――」

 

 矢矧が言葉を重ねた。

 

「誰が辿り着こうが関係なかったのでしょう。何せ、この場所は絶対中立領域です。政府であろうと軍であろうと交渉はできても、強制的な干渉はできません」

「そうですね、ええ、きっとそうなのでしょう」

 

 三度目。

 私達は、見つけ出したその目的地にやってきた。

 北の大地、北海道。

 一度入れば出ること叶わずの絶対原則を掲げる異界とまで呼ばれる大監獄。

 その名を、網走番外監獄。

 

「一度ここに入られてしまえば、捕まえるのも始末するのも至難の業でしょうから」

「でも、下手をしたら一生をここで終えることになるんですよ?」

「そこまでしなくちゃいけない事情があったのかもしれませんね」

 

 何はともあれ、きっとここにいるはずだ。

 私達が探し求める艦娘。

 七丈島艦隊の新しいメンバー。

 

――舞鶴百隻斬りの天龍。

 

 

「――お待ちしておりました。少将様」

 

 監獄を取り囲むにはあまりに大仰な巨大かつ果ての見えぬ岩壁は内部からの逃走を防ぐもの、というよりは外部への情報の漏出を遮断するためのものに思える。

 あるいは境界線か。

 この壁を越えた向こう側は、最早別の世界。

 その内外を繋ぐ唯一の出入り口である監獄門。

 その門が地を震わせながら開くと同時に見えたのは、黄色の羽織に白の着物、黒い袴とブーツという和洋折衷の大正モダンな装いの少女。

 彼女は門が開き終えると同時に、そう挨拶し、私達に深く頭を下げた。

 

「網走番外監獄へようこそおいでくださいました」

「……着物の、女の子?」

「私、三等刑務艦の旗風と申します」

 

 刑務艦。その言葉の響きにはあまりに似合わない風貌をした旗風と名乗る少女は顔をあげてニコリと微笑み、私達の返答を待っている。

 

「あ、その、はい、本日はよろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 あたふたと落ち着かない様子で頭を下げ返す提督の隣で私も同じように深々と頭を下げた。

 

「御二方ともそんなに緊張なさらず。この旗風、本当に歓迎しているのです。ここに外から人が来られるのは大変久方ぶりでございますので、はい!」

「そ、それはどうも……?」

「さぁ、お早く門の内側へ。警備の問題上2分までしか開くことができないのでございます」

「は、はい!」

 

 速足で私達が門の内側へ入ると同時に門が再び閉じ始める。

 そして、私達はついに網走監獄へ足を踏み入れたのだ。

 

「あ、ご理解されているとは思いますが」

 

 旗風が思い出したかのように口を開く。

 

「こちらに立ち入られた時点より、外の世界のルールというものは適応されませんので、あしからず」

「え!?」

「いえいえ、別にそこまで物騒なものではありませんとも。ただ、こちらにはこちらのルールがあり、それが何より優先されるということをご了承くださいまし」

 

 温和な笑みを浮かべる旗風に私は固い表情で頷き返した。

 

 

「それにしても、刑務官が艦娘だなんて驚いたわ」

「艦娘とは名ばかりですがね。もう長らく砲を携えたことはございません」

「収監されている囚人の中には艦娘も少なからずはいますからね。艦娘でなければもしもの時に抑えがきかないのでしょう」

「ええ、まぁそういう理由もございます。ですが、一番はやはり寿命ですかね。艦娘となった時点から成長が止まるとさえ言われる程度に老化が緩やかになりますので、長くここの刑務官を務めあげられるという点が適しているのでございます」

 

 この網走監獄へ投獄される囚人に共通すること。

 それは、無期懲役。終身刑を言い渡された罪人であるということ。

 ゆえに、ここへ入獄した囚人は二度と外へ出ることはない。

 同じく、その刑務官も囚人の終身まで付き合える寿命が必要というわけである。

 

「ここの刑務官になりたいと言われるお方は中々おりませんので、万年人手不足です」

「それは、大変ご苦労なされていることでしょう」

「いえいえ、旗風はこの仕事に誇りを感じておりますので、苦と思ったことは一度もございません!」

 

 明るく答える旗風からは一切の嘘を感じない。

 本当に、心から自分の仕事が好きなのだろう。

 

「それでは、まずはお二人を所長室へご案内いたしますね」

 

 門の内側は、広い平野になっていた。

 少し先に大きな武家屋敷のような建物が見える。あれが、監獄なのだろうか。

 しかし、建物に近づいたところで、私たちの目の前に驚くべき光景が見える。

 

「あの、あれは……?」

「畑ですね! あそこで作物を作っております。他にも田園や牧場があったり、温室であらゆる果物、野菜を栽培してたりします」

「誰が?」

「囚人さん達ですけれど」

「……え?」

「なんなら、畑の向こうには村がありますよ、囚人さんの」

「ええ!?」

「この網走監獄のルールは、自給自足です。衣食住は全て自分で用意してもらっております。この建物も大変苦労しました」

「これも作ったんですか!?」

 

 立派な武家屋敷はとても素人が作れるものには見えないが。

 

「網走監獄では囚人は自由です。あらゆる意味で。別に牢屋に閉じ込めたりなどいたしません。代わりにお世話もしません。病気だとか、怪我だとか、例外はいくつかありますけれどね!」

「ほ、本当に世界が違う……」

「どうせここに入った以上、二度と外へ出ることは叶いません。罰は与えられております。ならば、この中では自由であるべきというのが監獄の方針なのです」

 

 一生、外の世界を見ることはなく、この壁の内側に隔絶された囚人達。しかし、世界から隔絶されるというこの上ない罰を与えられた先には自由が待っているというわけだ。

 やっていることはまるで開拓民である。

 早速、自身の常識が崩壊する音が私の中で響き渡っている。

 

「では、そろそろ所長室へ向かいましょうか!」

 

 

「――どうも、所長の神風です」

「……あなたが、ここの所長なのですか?」

「半年程前に前任の所長が100歳を超える大往生の末ご臨終なされましてね。遺言で私がこの椅子を継いだんですよ」

 

 また随分と目の死んだ少女が所長室の椅子に座っていた。

 旗風の服装同様、彼女は少し褪せた緋色の振袖に桜色の袴を合わせている。その襟元を正しながら薄く微笑んで、神風は私達の後ろに立つ旗風に視線を向ける。

 

「ありがとう、旗風。もう下がっていいわよ」

「はい、神姉さん! 旗風、失礼致します! 後で外のお話聞かせてくださいね!」

 

 満面の笑みで私達にそう言って背を向ける彼女には申し訳ないが、流石にそんな時間が取れるとは思えないし、長居するつもりもない。

 旗風が扉を開けて出て行ったことを確認すると、神風は椅子から立ち上がる。

 

「何かお飲みになります? 緑茶、番茶、煎茶、ほうじ茶、抹茶、紅茶……まぁ、お茶なら大抵のものは揃えていますけれど。茶葉も栽培していますからね」

「いえ、お構いなく。早速本題に移らせてください」

「そうですか。では、そう致しましょうか」

 

 手に取った茶葉入れを棚に戻し、再び椅子に腰掛けなおした神風は改めて提督と私を見つめて言った。

 

「ご用件は、天龍、でしたね」

「はい」

「……こちらとしても、彼女は特例というか、一応舞鶴鎮守府前任の提督殺害ということで収監されていますが、それもこれも殺害された彼自身の仕組んだこと。茶番であることは知っています」

「やっぱり、天龍を守るために……」

「では、天龍を出獄させることは可能なのですか?」

 

 提督がまくしたてるように尋ねる。神風はその問いに少し首を傾けて笑顔で答えた。

 

「彼女の囚人登録を取り消すことは勿論可能ですよ、特例中の特例ではありますが」

「では、天龍を艦娘として私の指揮下に置くことも――――」

「どうぞ、ご自由に」

 

 良かった。私は安堵に胸をなでおろす。

 この監獄の名前を見た瞬間から、ここでも一悶着あるに違いないと身構えていたが、意外にも話はトントン拍子に進んでいった。

 

「では、天龍を呼んできましょうか」

 

 神風は執務机の上の黒電話を手に取り、慣れた手つきでダイアルを回す。

 

「――春風? ええ、予定通り天龍を執務室まで連れてきてもらえる?」

 

 そう短く二、三言話すと受話器を置く。

 

「今部下が連れてきますので、しばしお待ちを。お茶、やはりお飲みになりませんか?」

「……一度断っておきながら厚かましいことこの上ないのですが、是非いただきます」

「あ、私が淹れます!」

「いえいえ、お客様は座っていてくださいな。緑茶でよろしいですか? 今年は皆さんの頑張りのおかげで特に良い葉が取れたのですよ」

 

 急須に茶葉を入れる神風は嬉しそうにそう言う。

 執務室の隅の方に設置されている簡易的な台所でやかんに水を入れ、ガスコンロに火を付ける。

 

「自給自足などとは謳ってはおりますが、電気と水は一応設備を作ったものの供給が安定せず、ガスや通信に至ってはまるで駄目でしてね。結局、ライフラインは外に頼っているのですよ」

「十分すぎるでしょう。流石にそこまで自給自足できたら驚きますよ」

「ただ、食糧に関してはこの数十年で安定してきまして、もう外からの補給は止めているんです。今は衣服についても羊や麻や蚕を使って作ろうと試行錯誤しています。染物の技術も未完成ですので、まだ先の話にはなりそうですがね」

「凄いですね……」

「元帥閣下からもお褒めの言葉をいただきました」

「元帥もここに!?」

 

 予想だにせぬビッグネームが聞こえ、提督の眼鏡がずりおちる。

 

「ええ、もう十年以上前のことです」

「一体、何をしに来たんですか、あの人は」

「その頃は前所長もご健在でしたので、一介の刑務艦だった私には来訪の理由までは」

 

 そんな話をしているとやかんから沸騰したことをしらせる笛のような音が鳴る。

 火を止めて、急須に湯を注いでいる最中、執務室の扉が三度ノックされ、鈴の音のような声が聞こえてきた。

 

「一等刑務艦春風。囚人天龍を連れて参りましてございます」

「入って頂戴」

「失礼致します」

 

 入ってきたのはやはり例によって、桜色の着物と緋色の袴のおっとりとした少女。そしてその後ろには、眼帯をした、少し土で汚れた質素な麻の着物に身を包んだショートカットの少女。

 天龍であった。

 

「やっと、会えましたね、天龍」

「……誰だ、あんた?」

「こら、いけませんよ、天龍さん。お客人にそんな乱暴な言葉遣い」

「あー、はいはい、すみませんでした、春風一等刑務艦殿」

「もう、本当にわかっておられるのかしら」

「それよか、俺自分の田んぼほっぽり出してきてるんだよ。手短に頼むぜ」

「あ、だからそんなに土汚れが付いているのですね。後でしっかり湯浴みして汚れは洗い落としておくのですよ?」

「……面倒くせぇ」

「女子たるもの身は清らかに保つよう心がけねばなりませんよ」

「春風一等刑務艦殿は逆になんで畑仕事の後なのにあんま土汚れがついてねぇんだ?」

「私程になれば無用な汚れを付けることなく畑仕事ができるのでございます、天龍さんも精進なさいね?」

「ぱねぇなおい」

 

 なんだか、予想よりもフランクな様子の天龍に私も提督も顔を見合わせて拍子抜けしてしまった。

 

「取りあえず、皆さんお座りなさいな。丁度お茶を入れました」

「お、気が利くじゃねぇか、所長! ありがたくいただくぜ!」

「神風お姉様、お気遣い痛み入ります」

 

 私達が座るソファの正面に座る春風と天龍、そこに盆に人数分の湯飲みを乗せた神風がやってきた。

 

「粗茶ですが」

「あ、いただきます」

「いい香り……」

 

 湯飲みから鼻孔をくすぐる緑茶の香りに思わず酔いしれてしまう。

 成程、神風が勧めるだけはあるということだろう。

 

「で、話ってのはなんなんだよ、所長」

 

 湯飲みを手に取りながら天龍から口を開く。

 神風は自分の湯飲みを持って、また執務机の椅子にもたれながらその問いに答えた。

 

「ええ、天龍。ようやく、あなたを迎えに来てくれる方が現れたのよ。おめでとう」

「……ああ?」

「あら、本当なのですか、それは、本当におめでとうございます、天龍。今日はお赤飯にでもしましょうか」

「ええ、そうね。とてもめでたいものね」

 

 神風と春風はそう言って互いに笑いあう。

 対照的に天龍はどこか苦虫を噛み潰したような表情で私達を見つめる。

 

「馬鹿野郎が……なんで来た」

「あなたが必要なんです、天龍。力を貸してください」

「違う、そういうことじゃねぇ!」

 

 天龍が空になった湯飲みを置き、怒鳴り声をあげて立ち上がる。

 

「なんで、ここに入ってきたッ!」

「…………え?」

 

 天龍の声は震え、その表情は強張っていた。

 そして、そんな天龍の横で、絶えず笑顔を浮かべている神風と春風。

 なんだ、なんなんだ、この対照的な絵は。

 あまりにも異様だ。

 あまりに不気味だ。

 背筋が寒くなる。

 

「さて、二人分の食事が増えるわけだけれど、食糧の備蓄は問題ないわね?」

「ええ、問題ございません」

「……いえ、その、お気遣いはありがたいのですが、天龍の引き渡しが終わったなら私達はもうお暇させていただこうかと」

「あら、何を言っているのですか、少将様」

 

 異様な空気を察し、提督が話を切り上げようと立ち上がるのを制するように神風が口を開く。

 

「もう、出られませんよ? そういうルールですから」

「……え?」

 

 空気が凍った。

 鈴を転がすような笑い声が聞こえる。

 春風の笑い声だった。

 

「網走番外監獄は一度入れば、出ること叶わず。それは囚人も、客人も変わりません」

「なんですって……!?」

「天龍の囚人登録は抹消しましょう、少将様の指揮下に加えていただくのも一向に構いません。しかし、ここから出られるかは別のお話」

「ようこそ、御二方。私達はあなた方を心より歓迎するわ」

 

 眩暈がした。

 一瞬にして状況が変わる。怪しいと感じるべきだったのだ。ここまで都合よく話が進むということ自体に、私は不自然さを感じなければならなかった。

 同時に、提督が行動を起こした。おそらくは私と天龍を連れて逃走を図ろうとしたのかもしれない。

 かもしれない、というのは、実際、提督がそれを為そうする前にその動きは制止されてしまったからである。

 突如、四方八方から襲いかかる『鎖』に提督が縛り上げられたことによって。

 

「ぐ……っ!?」

「あらあら、邪な考えはおよしくださいね」

「あなた、私達から逃げられるとでも思ってるの!? 馬鹿じゃないの!?」

「ふ、いけない子だね」

 

 まるで、突然そこに現れたかのように、いつの間にか部屋の隅に彼女達はいた。

 一人は金髪と大きな青いリボンが特徴の気の強そうな薄青の着物と青色の袴の少女、もう一人は小さなシルクハットを頭に乗せたボーイッシュな白の着物と緑の袴の少女。

 彼女達も刑務艦であることは疑いようもなかった。

 そして、春風とその二人の少女の着物の裾から伸びる鎖が、提督の身体を縛り、動きを止めていたのだった。

 

「一等刑務艦、朝風よ! 今日からよろしくね、新入りさん?」

「二等刑務艦、松風だ。まぁ、諦めて仲良くやろうじゃないか。何、ここの暮らしもいいもんだよ?」

 

 しばらく、提督は抵抗しようとしていたようだが、やがてどうしようもできないと諦めたのか、戦意を消失したのを表明するように脱力した。

 同時に、提督の体に絡みついていた鎖はまるで生き物のようにうねり、春風達の着物の内へと戻っていく。

 天龍はその様子を見て、言わんこっちゃないと顔に手を当て、首を振っている。

 

「さて、状況は呑み込めたかしら?」

「成程、まんまと嵌められたというわけですか」

「一度入ったなら、出ること叶わず。そのルールは外にも伝えてあったと思うけれど?」

「詭弁よ! 監獄と謳う以上そんなもの囚人に対するルールと思うに決まっているわ!」

「世の中、自分が思っていることと実際の事実は案外一致しない。良い教訓になったわね」

「こんな拉致まがいのことをして、ただで済むとでも……!?」

 

 私の怒りの籠った反論に、神風は暗い瞳を向けて笑うばかりだった。

 

「ここでは外のルールは通用しない」

「皆さんはこれより私達の預かりとなるのでございます。新しい刑務官として」

「私達が刑務官……!?」

「ちょっとは考えなさいな。囚人じゃないんだから刑務官として働いてもらうしかないじゃない」

「ふ、旗風も後輩が増えて喜ぶだろう。勿論、僕らだって嬉しいとも」

 

 打開策はないのか。

 この危機的な状況を打開する策は。

 

「――とまぁ、ここまで言ったところで、納得いかないでしょう?」

「え?」

「だから、チャンスをあげるわ、感謝しなさい!」

「チャンス?」

「ええ、今から日没まで、監獄門を開けて差し上げます。私達の追跡を逃れ、見事門の外に逃げおおせたならば、皆様は自由でございます」

「ただし、門が閉まったならゲームオーバー、諦めて刑務官になってもらうよ」

「どうかしら? この提案、受ける?」

 

 神風はそう言って笑った。

 私達を試しているのか、その考えの底はわからないが、確かにこれはチャンスだった。

 

「さて、それじゃあ始めましょうか。私達は今から十分間はこの部屋で待機しているわ。それまではお好きにどうぞ、はい、スタート」

 

 軽い口調で告げられたスタートという言葉に一瞬反応できなかった私だったが、提督は違った。

 立ち上がり、私と天龍の手を引っ張ると、急いで部屋を出る。

 

「行きますよ! 一秒でも時間が惜しい!」

「は、はい!」

「くそっ、くそっ! なんだってこんなことになってやがる! 訳わかんねぇぞおい!」

 

 天龍も混乱しているのか、頭を掻き毟っていたが、やがて手を止め、私達を見据えた。

 

「おい、あんたら」

「なんですか?」

「信用していいんだな?」

 

 その問いに、一瞬言葉に詰まる。しかし、提督は天龍の目を見て即答した。

 

「それはあなたが決めることです。ただ、少なくとも私はあなたを信用しています」

「私達、ですよ、提督」

「……いいね、オーケーだ。ただ信用しろって言う奴よりかは信用できる」

 

 提督の返答が気に入ったらしく、天龍は初めて私達に笑みを見せた。

 

「お前達みたいな奴が来るのを待ち焦がれていた。このチャンス、絶対に逃さねぇ……!」

 

 その目に、闘志が宿るのを確かに私達は見た。

 これは天龍の物語。

 彼女の再出発の物語。

 

 




天龍が七丈島に来るまでのお話です。
袴ブーツと鎖使いは個人的に浪漫。

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