エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
デミウルゴスの提案に、アインズとアバ・ドンは顔を見合わせた。ザイトルクワエの用途は、主に内政的なものばかりだった中での、攻撃的な利用法。二人に表情筋があれば、鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていただろう。
(またどえらいアグレッシブな利用法を思いついたな、デミウルゴスさん……)
(デミウルゴスの提案だから、勝算ありきなんでしょうけど……)
(とりあえず、具体的にどういう利点があるのか、俺が聞いてみます)
(お願いします。アバ・ドンさん)
以前、デミウルゴスとバーで飲み交わしたときに、作戦があれば詳細を伝えるよう頼んで、了承をもらっている。その為、アバ・ドンは一応何の問題もなく、質問ができる。アインズは絶対者ロールのせいで策略の具体的なメリットなどを聞き出せないため、大助かりである。
「今までと打って変わって、敵国に対して積極的なアプローチですね。デミウルゴスさん、その作戦にはどのような目的があるのでしょうか?」
「はっ、説明させて頂きます!」
デミウルゴスは喜色満面な様子で、作戦の詳細を明かす。自信があるのだろうか。
「まず主な目的は、スレイン法国への牽制になります」
アインズは頷いた。
それは二人にも分かる。だが、それをするには色々と問題があるのではないか。
(カルネ村で法国の兵に名前名乗っちゃったんだけど、それは大丈夫なのかな?)
(確かそうでしたよね。俺がナザリックに来る前)
(はい)
アインズは、カルネ村の襲撃事件で法国の兵相手に大立ち回りを演じ、名乗り口上まで上げている。法国相手に自分達のことを認識されている筈だ。アバ・ドンも、自分の手引きで漆黒聖典を全滅させ、世界級アイテムまで強奪している。このまま相手を刺激すると、法国最強戦力らしい番外席次が動くのではないか。
クレマンティーヌ曰く"人外領域すら超越した漆黒聖典最強の化け物。六大神の血を引くとされる先祖返り"とのことだ。六大神は世界級アイテム『傾城傾国』を所有していた。しかも、国民から"ぷれいやー様"と呼ばれているらしい。ユグドラシルオンラインのプレイヤーである可能性が極めて高い。その血を引いているのであれば、警戒は最大限にするべきだ。
「しかし、アインズさんが法国の兵に名乗りを上げています。我々の暗躍が明るみになってしまうのではありませんか?」
「その問題については、ザイトルクワエと死の宝珠が解消します」
「ほう」
「ザイトルクワエが目覚めた一件は、秘密結社ズーラーノーンの所持する死の宝珠がエ・ランテルの管理不足によって暴走したことに起因しています。ですので、このままザイトルクワエに襲撃させれば……」
「ズーラーノーンの仕業になる、と」
「その通りでございます」
デミウルゴスは笑みを浮かべて答えた。
巧い手だと二人は思った。ンフィーレア拉致未遂事件の主犯であるズーラーノーン幹部は自分達の手の中。現地に残るは下っ端のみだ。ザイトルクワエについて覚えが無いと末端が言ったところで、言い逃れにしか思われないだろう。死の宝珠も完全に砕けており、死人に口なしの状態だ。
アインズが"アインズ・ウール・ゴウン"と名乗っていることによって、自分達がズーラーノーンとは別組織であることも一応アピールできる。
「捕虜の言が正しければ、残る脅威は番外席次のみ。その強さを確かめるのに丁度良いのではと思っております」
最も警戒していた番外席次の能力がある程度分かるのは大きい。ザイトルクワエが勝つならそれで良し。負けたとしても、ナザリック地下大墳墓には何のダメージも無い。スレイン法国への警戒を強めるだけの話だ。
(あれ?アインズさん、ザイトルクワエの勝敗はどうやって確かめましょうか?監視系のスキルはバレる可能性高いからあんまりやりたくないし……)
(ザイトルクワエが死んだら『傾城傾国』の効果が切れます。それで判別できるでしょう)
(あ、そっか)
『傾城傾国』の洗脳効果は対象一体のみに適用されることを検証済みだ。効果が発動している間、刺繡されている龍の模様が消える。ザイトルクワエが倒されれば『傾城傾国』の模様が元通りになる為、わざわざ監視系の魔法やスキルを用いなくても問題ない。
(世界級アイテムを所持していた漆黒聖典があの程度でしたからね)
(断定はできませんが、残る戦力が番外席次のみである確率は高いでしょう。上手くいけば、法国に何かしら損害を与えられるかもしれません)
「法国側は中核である陽光聖典と漆黒聖典を失っています。立て直しが必要な以上、直接行動に移す可能性も低いのではないかと」
「要はやるなら今の内ってことですね」
「ええ、今の内でございます」
(どうします?アインズさん)
(リスクを極力抑えてるのは分かりましたし、やっちゃいましょう)
(いやー、なんにもバレずに嫌がらせ出来るのって最高なんやなって)
(ゲスい)
(ぷ、ぷにっと萌えさんよりはマシ……)
(ギルド一の"えげつないさん"が比較対象になってる時点で……)
デミウルゴスが考え出した見事な作戦に対し、ギルド一の軍師であるぷにっと萌えの姿が脳裏をよぎった二人。気を取り直し、デミウルゴスの提案を採用する方向で進めることにする。
「分かった。お前たち、よく考えて提案してくれたことに感謝しよう。今回はデミウルゴスの意見を採用し、スレイン法国へザイトルクワエを襲撃させる。皆、異論はないか?」
部下たちの中に答える者はいない。満場一致でスレイン法国襲撃作戦が採用されることになった。
「デミウルゴスさん、素晴らしい作戦をありがとうございます。やはり、貴方の頭の良さには敵わないですね」
「ああ、ナザリック一の知恵者はお前だ」
「ありがとうございます」
デミウルゴスが深々とお辞儀をする。至高の二柱の賞賛を一身に浴びるデミウルゴスを、配下達は羨ましそうに見つめている。いついかなる時でも、至高の御方に褒め称えられるのは代えがたい喜びであるが故に、嫉妬の炎が見え隠れする。
(あんなにお二方に褒められるなんて、羨ましいでありんす!)
シャルティアとハンゾー達も、大手柄を立てて褒美まで貰っている筈なのだが、やっぱり羨ましいものは羨ましいのである。
「……くっくっく」
お辞儀をしたままのデミウルゴスが、こらえていたかのように笑い声を漏らす。御前で不敬ではないかと思う者が大半だったが、アインズの傍らで黙っていたアルベドもそれに合わせてか微笑を浮かべている。
「デミウルゴス、何ガオカシイノダ?」
コキュートスの疑問に対し、デミウルゴスは守護者達の方へ振り返って答えた。
「全く、君たちはまだ気づいていないのかい?全ては至高の御方々の掌の上であることに」
「ナヌ!?」
「え!?」
「えええええ!?ど、どういうことっすか?」
第十階層『玉座の間』はにわかにざわついた。階層守護者、プレアデスの面々、全員大なり小なりデミウルゴスの言葉に驚きを隠せないでいる。
(ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!?)
(はっはっは、それどこ情報!?どこ情報だよおい!?)
トップクラスに驚嘆したのは勿論アインズとアバ・ドンである。全くもって身に覚えが無い。
「デミウルゴス、どういうことか説明してもらえませんか?」
「勿論教えるとも、セバス。だけどその前に、いくつか質問がある」
デミウルゴスはそう言って、全員の顔をそれぞれ見渡す。質問というのはアインズとアバ・ドンを除いた皆が対象なのだろう。この煉獄の造物主がなにを言い出すのか、二人は冷や冷やしている。
「まずはシャルティアに答えてもらおうか」
「何でありんすか」
「スレイン法国に名乗りを上げたのはどなただったかな?」
「馬鹿にしてんの?アインズ様に決まってるでありんす!」
「誤解だよ、シャルティア。馬鹿にしている訳ではないさ。質問の答えは正解だね。では二つ目の質問。セバス、ズーラーノーンの幹部を捕えるようご指示なされたのは?」
「無論、アインズ様です」
「その通り。ではコキュートス。三つ目の質問は君だ。ザイトルクワエを討伐せずに、敢えて生け捕りにしたのは?」
「アバ・ドン様ダ」
「そう、ここまで言えばみんな分かるね?」
(分かりません)
(分かんない)
二人は混乱している。
「マ、マサカ!?」
「そのまさかだよ。ここまで丁寧にお膳立てして頂ければ流石に気づく」
「そっか!デミウルゴスの作戦は、始めから御二方の計画通りだったんだ!」
「す、すごいです!そんなに前から!」
アウラとマーレが、目を輝かせて二人を見つめた。
「しかも、アバ・ドン様がご帰還成される前から、計画されていたでありんすね!?」
「アバ・ドン様もぉ、ご帰還なされて間もないうちからぁ、既に連携されていたのねぇ。病み上がりであるにも関わらずぅ……」
シャルティアとエントマは、愛しの君の卓越した知力にうっとりしながら絶賛する。スレイン法国と対立した時から、既に計画は温められていたのだ。
(待って、待って)
(だれかたすけて)
誰も待たないし。助けもない。
「なるほど、御両名は我々にその答えへと辿り着いて欲しかったと……!」
セバスが身を震わせた。至高の御方々の策略はここまで見通していたのだと、震撼する。同時に、その答えへと至れなかった己の愚かさを猛省する。
「そうね、アインズ様もアバ・ドン様も貴方たちに気づいて欲しかったのでしょう」
「私がそう気づいたのはあくまで偶然だよ」
デミウルゴスは、アバ・ドンの酒盛りに随伴した輝かしき記憶に思いを馳せた。
「なんてこと……。私は至高の御方々がそこまで見通されていたなんて思いもしなかったわ……」
ナーベラルは、そこまでの考えに至らなかったことにひどく落ち込んでいる。
「正に智謀の将!やっぱ至高の御方々はすごいっす……!あ、特に活躍してないナーちゃんがすっごい落ち込んでる」
「ぐふっ」
ナーベラルの心に大きなダメージが入った
「ユリ姉!ナーちゃんを励ましてあげるっす!」
「ごめん、ボクもちょっと……」
「あらら」
ユリも少々落ち込み気味だ。一人称が地になっている。アインズと共に冒険している身として、気づくべきだったのではないかと責任を感じている。ナーベラルと同じく、至高の御方々の期待に応えられなかったことが悔しいようだ。尚、ルプスレギナは至高の御方々への尊敬が強いためか、あっけらかんとしている。
「じゃあ、シズっちとエンちゃんが二人を励まさなきゃ」
「よしよし」
「待って、取れる。ボクの頭取れるから」
シズがユリの頭を撫でる。ユリの頭が取れそうになっている点を除けば微笑ましい光景だ。
「慌てないぃ慌てないぃ、一休みぃ一休みぃ」
「……」
エントマはかつてアバ・ドンが唱えてくれた呪文を唱えてナーベラルの頭を撫でる。効果は余りないようだが。
「そういうことですよね?アインズ様!アバ・ドン様!」
デミウルゴスは崇敬すべき二人へ振り返る。その表情は会心の笑みだ。
「ふっふっふ……」
「ははははは……」
至高の二人が笑う。玉座の間に、威厳ある笑い声が響き渡った。その様子は、ちょっとした悪戯がバレたかのような愉快気なものだった。
「流石はデミウルゴス。そこまで気づくとは……」
アインズは、そう答えるしかなかった。