エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~ 作:雄愚衛門
「あ、アバさん!アバさん!世界級!世界級アイテム手に入った!!」
魔法による鑑定を終え、シャルティア達を褒めたアインズ。彼は興奮をそのままに、アバ・ドンへと結果を伝えた。
「まま、マジっすか!?」
世界級との言葉に、アバ・ドンは飛び跳ねるよう立ち上がった。座ったままの姿勢、膝だけで凄まじい跳躍を見せたその様子は、熱気が彼にも伝染した事をありありと証明していた。先程まで冷静にアインズの事を見守っていた様子はどこへやらだ。
「そうですよ!名前は傾城傾国!効果は対象への洗脳!連続使用は限られるみたいだけど、それでも世界級であることは事実ですよ!」
「それだけ聞くと微妙な気がしなくもないですが……そう、世界級となると……!」
クワッと、アバ・ドンの目が見開かれたような錯覚さえした、そもそも瞼が無いのだが。
「ええ!ええ!まだ未検証ですけど、恐らく相当なクラスの敵でも問答無用なんでしょう!なんにせよこれは大きいです!ああ、アトラスさえ取られてなければ数は……」
「そこは、取られた分をトントンに出来たと考えましょう、モモンガさん。これは再びアインズ・ウール・ゴウンが一桁クラスのランカーギルドとして返り咲く日も近いですよ!」
「そうですね!いやー……あっ」
「え?…………あ」
ふと、アインズとアバ・ドンは我に返った。今、自分達がどこにいて、どのような状況であったかを失念していた。一部の異形種特有の精神安定化が発動し、ようやく思い出したぐらいだ。世界級アイテムが手に入った事実はそれだけ二人にとって大きかったのだ。
自分達に注ぐ視線の気配をそっと辿り、そちらを見てみれば。
そこには階層守護者を始めとするナザリックの配下達が呆然としていた。
「……」
「……」
――やっちまった。
皆が皆それぞれに驚いているのか呆れているのか分からないような状態。それぞれが目を見開く等し、そのままの表情で固まっている有様である。デミウルゴスに至っては、眼鏡越しに彼固有である宝石型の眼がよく見える。あれ程目を見開いてるデミウルゴスは初めて見たなーと、現実逃避気味にアインズは思った。
アインズ、もといモモンガとアバ・ドンは大失敗をしてしまった。自分達が配下を緊急招集し、その場でアイテム鑑定を行った直後であることをすっかりと忘れてしまっていた。よりにもよって、主要な配下を招集したこの場での失敗。余りにもタイミングが悪すぎた。繰り返し言うが、それだけ世界級アイテムの衝撃が大きかったのであった。
まずい、どうするか。
幸い、再び精神が安定化したため、この場をどう切り抜けるかに考えがシフトしていたが、いかんせん良い手が思いつかない。この場でぽかーんとしている部下達に先程の大はしゃぎな姿についてどう弁明したものか。
固まり切った空気を流動すべく、最初に口を開いたのはアバ・ドンであった。
「……ふふ、失敬。年甲斐も無く大はしゃぎしてしまいましたね」
「……あ、ああ、私達としたことが。少しばかり喜びすぎてしまったようだ。すまないな、忘れてくれ」
二人は潔く客観的な事実を述べた。これはもう弁解ではなく事実を認めて謝罪した方が見苦しくないだろうと判断したのだ。モモンガも、ならば自分もそうするしかないと後に続く。最後の"忘れてくれ"の一言がとても切実だった。忘れたいとも言える。
セバスに伸されたどこかの冒険者達に近い気持ちを、自分達も味わう羽目になった。
「畏まりました。アインズ様、アバ・ドン様」
しかし、二人がそう言った後ならば、部下達の行動は早い。デミウルゴスを皮切りに、素早く気持ちを切り替え、至高の二人からの言葉を姿勢を正して待つ。この時ばかりは高すぎるとも言える忠誠心に感謝せざるを得なかった。
気を取り直し、二人は玉座に座り直した。
「今しがた、私とアインズさんがつい、ほ、ほんの少し大喜びしてしまったのには理由があります。先程アインズさんが仰った通り、このチャイナ服、えー……」
(傾城傾国です)
(すんません、モモンガさん)
「失礼、この傾城傾国。最高峰のレア度を誇る世界級アイテムが手に入ったからに他なりません」
玉座の間が、ほんの一瞬程どよめいた気がした。ナザリックの配下としてこの場にそぐわない程、部下達の反応も大きかった。
「アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーを以てしても、二百ある内十程度の入手に留まっている。と言えば、アイテムのレア度が推し量れるでしょうか?」
そもそも世界級アイテムを二桁も所有しているアインズ・ウール・ゴウンが異常なのだが、部下達の信奉をよく知るアバ・ドンは事の大きさを理解させるために、敢えてこのような言い回しを取ったのだ。
招集された部下達の中から感嘆の声が上がる。今の一言で、目の前にある龍の刺繍が施されたチャイナ服への注目度が更に増した。
「はい、確かに承っております」
アルベドが然りと返事をする。
モモンガが事前に世界級アイテムの超絶レアっぷりとあまりにも強大な効果。そして、他の世界級アイテムへの対抗手段となる事など、その重要性と希少性を口が酸っぱくなるほどしっかりと説明していたからだ。
アインズ・ウール・ゴウンが所有する世界級アイテムを貸与するに当たり、アバ・ドンの発言と同様、事の大きさをしっかりと伝える為の措置だ。勿論、部下達は厳命としてしかと受け止めた。
「シャルティア達の手柄はそれだけ大きいという事だ。最早大手柄という言葉でも物足りないくらいだがな……」
「そ、それほどまでにでありんすか……!」
その事実にシャルティアは驚愕するしかなかった。その驚愕ぶりは先程モモンガ達が見せた大はしゃぎとほぼ同様だ。まさか、取り敢えずと持って帰ってみたチャイナ服が、厳命されていたソレであると同時に、至高の御方ですら大喜びしてしまう程のレアアイテムだとは思いもしなかった。当然、ハンゾー達も同様である。
「命令をこなした者達には褒美を取らせる予定だったのだが……さて、どうしたものか」
「そ、そんな!褒美等と、御褒め頂けるだけでも至上の喜びでありんす!」
「シャルティア様に同意致します!我々に褒美は……!」
「まぁまぁ、そう言わずと。でなければ、私達の気が済みませんよ。貴方達が成した大儀は、言葉どころか多少の褒美では物足りません」
「うむ、全くだ」
「な、なんと勿体なきお言葉……。それだけでも、私達は報われた思いですわぇ……」
事実、シャルティアとハンゾー達はその手厚い褒め言葉だけでも充分すぎるほどの褒美だと思っていた。事実、シャルティアは頬を上気させ上も下も大洪水だ。
だが、それでは御二方の気が済まない。どうすればいいでありんしょうと、ナザリック配下としては贅沢極まりない悩みを抱えてしまった。
(ぐぬぬ……アインズ様から引き離した事が仇になるなんて!)
その様子にアルベドは凄まじい嫉妬心を抱えていたが、巧妙に隠し通した。
一方、アバ・ドン達もそう言いつつ、モモンガ共々悩み始めていた。実を言うと、頭を抱えてしまいたかった。
――世界級アイテムゲットに対する褒美ってどうしたらいいんだ。
二人とも重度という言葉すら生温いガチ廃人のユグドラシルプレイヤーだ。その為、世界級アイテム入手という事の大きさを、誰よりもよく理解していた。シャルティア達が成した事は、言うなれば、世界を一つこの手にしてきたと同義なのだ。
かつて、とある旧独軍軍人が、余りにも多くの手柄を立て過ぎてしまった為、時の独裁者が彼に与える勲章について大いに悩んだという事例があったのだが、まさにその状態と言うに相応しいだろう。
「まずは手始めに、何が欲しいか言ってみるが良い。叶えられる範囲ならばどんな事でも構わんぞ?何なら複数でも良かろう」
「ど、どんな事でも……複数……」
シャルティアは愛しの主の言葉を反芻すると、喉をごくりと鳴らし鼻息を荒くしながら大いに悩んだ。
「ど、どんな事も複数などと!そんな羨ま、シャルティアが何を要求するか分かったものではありません!」
何故かアルベドが狼狽えながらアインズに進言した。アウラとマーレがうんうんと頷いている。二人も同様の意見であるようだ。
「ド、ドンナ事デモ……」
一方、何故かコキュートスも喉を鳴らしていた。
「シャルティアさんもそうですが、勿論ハンゾーさん達もですよ?」
「わ、我々も……むむむ」
ハンゾー達も、コキュートスに続いた。蟲系特有の無表情であろうとも、その喜びと迷いは脇で見ている守護者達も手に取るように分かる程だ。守護者と言っても、コキュートスはそれどころではなさそうだったが。
「お前たちは何を想像してるんだ……。まぁ良い。多少の事ぐらいは聞き入れる度量はあるぞ?」
「で、でしたら……」
「何だ?」
シャルティアは目を見開き、己の欲望を口に出す。
「アバ・ドン様がハンゾー達にお預けになった、あの写真を頂戴したく存じんす!!」
「……へ?」
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第九階層、円卓。
アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバー達のホームポイントに設定されている、この場所で、モモンガとアバ・ドンは話し合っていた。
任務の報告については一段落し、緊急招集された面々も各々の持ち場へと戻っていった現在、二人は目下の悩みについて話し合っていた。
「まさか、世界級アイテムを持ち帰ってくるとは……ユグドラシルの面々でも一苦労だったと言うのに」
「スタートダッシュってレベルを超越してますねぇ。……ちょっと妬けます」
二人は世界級アイテムが手に入った事を喜ぶと同時に、配下のNPCがあっさりと世界級アイテムを入手した事実が、元ユグドラシル廃人として少し悔しかった。最も、割合としては喜びの方が大きいので、別に機嫌が悪い訳ではない。
「褒美にあの写真あげる事になったけど……いいのか、あんなので」
モモンガとしては世界級アイテムの対価が自分の写真、しかも腿チラ写真だなどと納得しかねていたが、結局はシャルティアの意見を尊重する事にし、見事写真を入手出来た。本人としては大勝利である。
「モモンガさんの腿チラ写真、作って正解でしたね。シャルティアさんがモモンガさんの骨格を恍惚の表情で褒め称えた話を聞いて閃きましたから」
「少し恥ずかしかったですけど効果があったし……良いのかなぁ?」
「ペロロンチーノさんの性的嗜好とシャルティアさんの性的嗜好と需要に鑑みてあれが健全かつベストなラインかと思いますよ」
「まぁあれぐらいなら……それにしても、今回は最良の結果に終わりましたが……」
ふと、腿チラの話については切り上げ、モモンガは真剣な面持ちになる。
「シャルティアさんとハンゾーさん達が接敵したと言う勢力は……」
「少なくとも世界級アイテムを所持出来る程って事ですね」
アバ・ドンも同様だ。世界級アイテムを所持する勢力の存在は、自分達にとって絶対に無視出来ない存在だ。アバ・ドンの蟲玉によってボロボロになった防具を回収した結果、以前戦ったスレイン法国の装備と類似点がある事が判明した。法国の仕業だとは断定出来ないが、関係者の可能性は非常に高い。
「最悪シャルティアさんが洗脳されていた可能性もあった訳ですから、手放しには喜べないな。……さっき手放しで喜んじゃったけど」
「それは言わないで下さい……アバさん。もし、もしもですよ? あの傾城傾国の魔の手がシャルティア、延いてはアバさんに及んだとしたなら……ぞっとしますよ」
モモンガが両手の拳を力一杯握りしめ、カタカタと震わせている。その震えは恐怖ではなく、怒りの籠もったものである。程なくして震えが止まったのは精神が安定化したか為だろう。
「いや、プランAで行って本当に良かった。むしろ、もっと慎重に行っても良かったかも……」
「より一層情報収集が必須になりましたね。一先ずはセバスが回収した人間から話を聞いてみましょう。なんでも悪の秘密結社ズーラーノーンの一員だそうで、何か良い情報を持っているかもしれません。これまた慎重にやらないと、ニグンの二の舞になりかねませんけど……はぁ、慎重の連続だなぁ」
モモンガはやれやれと頭を抱える。しかし、アバ・ドンはその様子に頼もしさを感じていた。カリスマが在るか云々は、人を見る目など素人同然の自分には分からないが、少なくとも、今この場でナザリックの未来を考えるこのギルドマスターの姿は、ナザリックのトップとしてこれ以上無い程相応しいと確信していた。
何となく、色々とモモンガから教わっていた時代を思い出した。
「まぁ、一先ず世界級アイテムを奪われた向こうの法国(仮定)も慎重に動いてくれる事を祈るとして……褒美はどうしよう。マジで」
「どうしよう……」
二人は再び褒美について悩み始めた。当然のように、あの写真一枚では褒美として物足りないと思った事と、シャルティアやハンゾー達が褒美について悩んでいる事に乗じて、後日また改めて褒章を与えるものとしたのだ。
元リーマンであったモモンガは褒美の分割払いだなぁ、などとぼやいた。
「ハンゾーさん達の報酬についてはある程度目星は付けましたんで!で、残るシャルティアなんですけど……」
「おお、是非聞かせて下さい」
何か考えがあるらしいアバ・ドンにモモンガは食い付いた。
「最近、エントマちゃんのハートをゲッツするために乙女心について勉強しようと、食堂でご飯食べながら聞き耳を立てていたのですが……」
「ほう」
ついにメイド達はアバ・ドンと食事を取る時でも、雑談に興じる程にまで至った。実は結構な精神力を要している事はアバ・ドンの知る由も無いが、その中で語っていた内容の一つが、アバ・ドンの中で大きく印象に残っていた。
「なんでも、女の子は自身へと拵えられた"たった一つの特別"を喜ぶんだそうです」
「……手作りのアイテムとか?」
「おお、それ結構近いです。別に物とかじゃなくても、加えて言えば、名前とか気持ちでも良いんです。んで、褒美の分割払いと聞いて思いついたんですけどね……。まずはささやかな何かをあげるところから始めるんですよ。それで、段々とグレードを上げていくと」
「ほうほう、報酬として適切なラインを見極めるんですね」
「流石はモモンガさん、そういう事です。と言う訳でまずはほんのささやかな……かるーいジャブとして」
「ふむ」
「二人きりの時は"モモンガ"と呼んで良いとか」
「なるほど」
原作10巻に登場した傭兵モンスターとエイトエッジアサシンに付けた名前が被ってもーた(;´ω`)
申し訳ないような嬉しいような……
下記URLの蠅王さんがアバ・ドンのイラストを描いてくださいました!大感謝!
http://www.pixiv.net/member.php?id=16995041