金曜日に武内さんから誘われた美城プロダクションでのバイトはありがたく受けさせてもらった。
その後は武内さんから男性が少なすぎるだの女性陣からの圧力半端ないだの逃がさんお前だけはだのなんだのを聞いているうちに夜十時を回ってしまったので高垣先輩に肩を貸して二人三脚のような格好で帰宅した。
次の日に行われた原稿の確認は恙なく進み、内容を初めて読んだメンバーは完成度が高いと感じた様子で終始ハイテンションだった。
そんな土曜日から一日過ぎた次の日に武内さんから連絡があり、形だけではあるが面接のようなものをやるので履歴書を持って会社まで来てくれと言われた日付は六月二十一日金曜日。
履歴書は高校の頃にやっていたアルバイトの時にも書いたので特に苦労はなかったのだが、困ったのは面接である。正直何を聞かれるのかわからない。高校の頃は友人の家で経営していたコンビニのバイトだったので面接はなく、処理の関係上必要だった履歴書を書いただけだったのだ。
我が社を志望した動機は? とか聞かれるのだろうか。武内さんから誘われたのでとか言ったら一発で落とされる感じなのだろうか。テンプレ回答を返すと悪印象を与える癖に最低限テンプレに沿ってないと悪印象を与えるのだろうか。スーツの着方一つで合否が決まってしまったりするのか? っていうかスーツ着て行ったほうがいいのだろうか。一応大学の入学式で着たものがあるがネクタイの結び方すら定かではない。
考えれば考えるほどにポジティブなビジョンが浮かばない。どうしたらいいのだ。
わからないことは聞いたらいい。さっそく武内さんにラインを送った。
Anorld:面接の服装は指定がありますか?
pinyablack:普段着で結構です
よかった。六月にあんな暑そうなものは着たくないと思っていたところだ。ついでに面接についても聞いてしまおうか。いや、それはさすがにマナー違反なのでは? いやでも誘われた側だし聞くくらいならいいんじゃないか?
Anorld:ありがとうございます。面接を初めて受けるのですがどういったことが聞かれるのでしょうか
pinyablack:就職の面接というわけでもないのでどの曜日に入れるかだとかその程度だと思います
マジかよ面接チョロいわ。
などと軽く考えてしまったあの時の自分と武内さんを殴りたい。
「あなたが、武内プロデューサーが推薦した学生ですね? ではまず名前と年齢を教えていただけますか?」
美城プロダクションの第3会議室という場所に通された俺の目の前にいたのは二人の男性と七人の女性だった。冂の字型に配置された中心に空席が一つあり、どうぞ座ってくださいとばかりに存在感があるそれにぎこちないながらも座ると三方向からの強い視線がぶち刺さる。右列の端のほうで縮こまっている武内さんは申し訳なさそうにしているが同情するなら助けてください。
「ほう、㌔㌏㌎㌥㌡大学に通っているのか……実は私もあそこのOGなのだ」
「なるほど、アイドルのプロデューサーを目指しているのか。しっかりしているな、私の若い頃なんかは――」
「ふむ、文化研究会というサークルで制作物を次のコミックマーケットで頒布するのか。実に興味深い、出来上がったら是非とも見せてほしいものだ。かくいう私も数年前まで――」
女性面接官は一問一答をする度に何らかの自己紹介をしているが、正直まるで覚えられない。周りからの圧迫感が半端ではない。ギラついた目線というか鼠に対する猫というか、そんな視線。
「えぇと、大学に通われているということですがどの曜日、あるいはどの時刻からどの程度の時間こちらで働けますか?」
武内さんからの質問は彼がラインで言った通りだった。とりあえず各曜日の授業終了時刻を告げるとじゃあ週末に入れるだけ……となりそうだったので出来れば週二日程度にならないかと相談すると検討しておきますとの返答があった。
武内さんの次はもう一人の男性から質問がある様子だった。その男性は穏やかに微笑んでおり、歳のほどは正確にはわからないが老年に差し掛かっているのではないかという見た目をしていた。
「何か特技などはあるかい?」
「声マネができます」
順番的に言えば彼で最後である。それに気がはやってやや食い気味に答えてしまった。実際にやって見せてくれと言われ、武内さんと質問して来た方のマネをすると驚いたようではあったものの質問は終わった。
その後、女性陣だけもう二周ほど質問があり、何とか退室を許された。
臓腑が口から垂れて出そうな面接が終わり、ゲッソリヘロヘロな状態で家路につく。途中電車の中で武内さんからのラインがあり、今日はごめんねという謝罪の言葉と面接受かってるから来週から来てというような内容だった。
来週から今日あの場所にいた人たちと一緒に仕事するの? 信じられないというか想像できないんだけどマジで。無理じゃね?
とは言えない。一応、これはこの世界の俺の夢であるプロデューサーになるための大きな一歩であるのだ。美城プロダクションにはアイドル部門が無いみたいだがそれは就職のときにそれがある場所に行けばいい。プロデューサーという存在が何をする仕事なのかということを学べるこの状況はプラスになりこそすれ、マイナスにはならないだろう。
了解を返し、その日は家に帰るなりすぐ眠った。
土曜日はいくつかの曲を録音してアップし、日曜日は鷺沢さんから送られてきた原稿を読んでキャラクターのセリフなどを相談する。月曜日はのあさんにバイトを始めることになったという話をして、高垣先輩にその話をすると喜んでくれてその日は小さいパーティーのようなものをした。
そしてついに金曜日。初バイトの日だ。美城プロダクションの受付に行き、身分を説明すると話があらかじめ通っていた様子で社員証と何階のどの部屋に行くべきかを指示される。
指定された場所に行くとそこには武内さんがいた。彼はこちらを見つけると近寄ってくる。無言で、表情をまるで動かさずにゆっくりと一定のペースで近寄ってくる彼は人造人間かアンドロイドのようであり無機質な怖さを感じさせた。
「ようこそいらっしゃいました。早速ですが、こちらをどうぞ」
彼がそう言いながら差し出したのは名刺である。それを見ると“美城プロダクション芸能部所属アルバイト”という文字と一緒に自分の名前が書いてある。
「あの、これは?」
「あなたの名刺です。この業界にアルバイトとはいえ在籍する以上ないと不便ですから。今後、バイト中に名刺を渡されたらこれを返してください」
武内さんは何でもないといった様子でそう言った。確かに初対面の人たちは多そうな業界である。そんな場所で名刺の一つも持っていないと不便なのだろう。しかしアルバイトの名刺まで用意してくれるものなのか。
「今日は基本である事務仕事をやってもらいます。並行して、マナーなども教わるかと思いますがまずは仕事のほうを覚えるようにしてください。教える方は私ではありませんが、その方はベテランですでに結婚なさっているので大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのかはわからないが教えてくれる人が付くということは安心があった。武内さんは説明の後は上司に呼ばれた様子でその場を去った。代わりに来たのは四十代ほどに見える女性である。彼女が今日仕事を教えてくれる人であるらしい。
十一時ごろまではどのような仕事をするかという説明を目の前でこなしながら説明される。手際よく片づけられていく書類にほーと感嘆の声が漏れる。
それから昼までは実際にやりながらアドバイスをもらう。
「うちみたいな大きなプロダクションだと事務の仕事なんかは機械的に処理できるものも多いけど、プロデューサーの仕事ってなるとそうもいかないみたいよ。あなたも将来やることになるでしょうし、事務仕事を早く覚えるに越したことはないわね」
「アルバイトでもプロデューサーの仕事をするんですか?」
「あと二年もすればやるようになるんじゃないかしら」
そうなのか。彼女のアドバイスはできる限りメモに残して忘れないようにしなければ。
そうしているうちに昼になり、社内にあるカフェでご飯を食べた後にまた業務を再開する。午前中と昼食中にされた説明のおかげであまり詰まることもなく書類の整理を進めていく。
いろいろと説明はされたものの、初日ということで俺が任されたのは書類の整理だとか指定の部署に運んだりだとかそんなもんだ。いきなり何かの判断が必要になるようなものを任されてもできるわけがないので順当だろう。
午後も三時に差し掛かったころだろうか。処理をする書類の中に今までとは一風変わったものがあった。それは写真だった。中学生くらいの娘がオシャレなファッションで写されている。一見するとファッション雑誌などに使われるそれのように見える。
「すいません、判断のつかないものがあったんですけど」
教育係の社員に話しかけると彼女は首をかしげる。
「これはファッション誌用に使う写真みたいね。なんでこんなところに紛れ込んでるのかしら?」
「こういった場合はどうするんですか?」
うーんと悩んでいる様子の彼女はいきなり変なことを言い出す。
「……夏のJCファッション最先端」
「え?」
たまらずに聞き返すとちょっと笑いながら彼女は理由を教えてくれる。
「ああ、私たちのブームみたいなものなのよ。実はモデルさんとかの写真が紛れ込むってことは少なくないの。それを見つけたら、ファッション雑誌のあおり文句みたいなのを想像して付けるって遊び。
まあずっと仕事やってちゃ疲れちゃうしさ、息抜きみたいなものよ。
写真を捨てる時は必要な処理があるみたいだから、取り置き書類の場所に置いておけばいいわよ」
なるほど。そういう職場の秘密みたいなものを教えてもらえるとなんだか自分もその一員であるという実感が生まれる。教えられたからには俺もその遊びに参加しなくてはいけないだろう。
ちょうどよくメモ用のボールペンを持っている。それに、社員さんに見せた写真は一枚だけだが実際は何枚も紛れ込んでいたのだ。これを利用してあおり文句を書いてみよう。どうせ捨てるものみたいだしいいだろう。
写真は同じ女の子のものが何枚も紛れ込んでいる様子である。ファッションの方向はカッコいい系だろうか。カワイイという方向性でないことはわかるのだが、正確にそれがなんと呼ばれているのかはわからなかった。とりあえず脳裏に雷のごとく轟いたキャッチコピーを書いていくことにする。
「あら? 写真まだあったのね。で、何してるの?」
一通り写真の裏側に書き終えるとちょうど社員さんがやってきた。写真を目の前に掲げて俺の渾身のあおり文句を披露した。
「ファンタジスタなまでにアタシイズム」
「え?」
写真の中の彼女はやや特徴的かなという服装に身を包んで不敵な笑みを浮かべていた。
次の写真を掲げる。
「願わくば永遠に前線で戦う黒き戦士であれ。」
「ちょ」
この写真では黒っぽい色で一貫性のあるファッションである。
次の写真を掲げる。
「エレガントに舞い、クレージーに酔え」
「ちょ、ま」
「あふれるカリスマ。人呼んでモードロックの騎士」
もはや言葉は不要だった。カッコイイ、ただそれだけに準じたファッションをした彼女に合致する文言を俺はこれしか知らなかった。ナックルの効いたパンチ力のあるキャッチコピー。その雰囲気は誰にもまねできない、彼女だけのものであろう。
一通りキャッチコピーを披露すると彼女は何枚かの写真を眺め、その後裏に書かれた文言を見て、笑った。勝ったという実感を問答無用に得た。ステップアップしたような気がする。
社員さんはひとしきり笑った後に息抜きに気合入れすぎだと怒っていたもののたまにクスッと笑っていた。その後は特にこれといった出来事もなく順当に仕事をこなしていく。
仕事は六時に終わった。まだ残って仕事をする人もいる様子だったがアルバイトの業務はここまでということである。社員さんはまだ仕事がある様子で俺はお先ですと言って退社した。
アルバイトも今日の調子であれば、無理なく続けることができるだろうか。
会社から出ると感じるむわっとした湿気にちょっと気落ちしながら今日のことを振り返りつつ電車に乗り込んだ。
主人公のラインのAnorldは名前がどうこうではなくてアナザー(another)とワールド(world)を適当にくっつけただけです。
アーノルドとか読むとかっこいいけど言葉そのままだとアナールドになるかもしれない。嘘です。