これは作者が書き捨てたネタに肉付けしたものです。そのため続編を書くことは無いと思ってください。
此処まで……随分と遠くへ来てしまったものだ……
「レイ……ヴン……」
黒煙吹き上がる純白の身体、意識も朧げになりそう永くはないことを告げている。
「お前は何を望む……」
目の前に立つ者に私は問いかける。
どちらが正しいか、それを戦いで決めた結果がこれだ。私は
するとレイヴンの無線からオペレーターの悲鳴のような報告が聞こえてくる。衛星フォボスが火星へと落下していることを報告しているのか。
別に構わん。戦いに負け、間違っている私は此処で死ぬのだから。だが……
「奥の……動力炉を破壊しろ……」
戦いに勝ち、正しいと証明したこいつを死なせるわけにはいかない。脳波で動力炉へ続く道を解放する。今からフォボスの動力炉を破壊しても、最悪の事態だけは回避出来る筈だ。
解放された隔壁に目を向けていたレイヴンのACが、一瞬こちらを振り向く。だが何も言わずにOBを起動させ奥へと突撃していった。
これでいい。これでいいのだ……
<フォボスが止まりません! このままでは!!>
まだ足掻くか、フォボスよ? お前は主人と同じように果てればいいのだ。無駄なことをするな!
『何をしているクライン! まだ生きているんだろう!? 早く此処から逃げるぞ!!』
バカが……
「私に構うな……往け、レイヴン……お前には、我らを倒したお前には……生きる権利と……義務が……ある」
私の役目は、生きる権利と義務は、こいつに託した。
それを理解してくれたのか、レイヴンは出口目指してACを駆る。私に振り返る事なく。それを見届けながら、私は最後の役目を果たす事にする。
ディソーダーと一体となったこの身体、瀕死ではあるがまだ残っている全ての力を振り絞り、脳波でフォボスの落下軌道を修正する事だ。
「ぅぉおおおおおおお!!」
恐れるな、死ぬ時間が来ただけだ。やつを死なせるわけにはいかん!
私の最大出力の脳波による影響か、ただでさえ黒煙を吹き上げていた身体が紫電を上げ、バラバラに崩れ落ちる。
痛い……
だが、それがなんだというのだ? あいつが脱出するまでの間でいい。それまでこの身体が持ってくれれば……
イタイ……
痛みが、頭に……
(ここは通さんぞ、レイヴン!!)
(クライン、どうして……)
ボイル、レミル……捨て駒にしたが、優秀な部下だった。
(初めての依頼だ。慎重に行動しろ)
ラナ・ニールセン……お前がいなければ私はACに乗ることは無かった。
(誰であろうと、私を超えることは不可能だ)
ハスラー・ワン……お前がいなければ、私は復讐に取り憑かれ、世界を破壊することは無かったのに。
(ターゲット確認。排除、開始)
見ろ、ハスラー・ワン、ラナ・ニールセン。お前たちの望み通り
……ああ、その顔は……エラン・キュービスにビンテージか……
ビンテージ、貴様よくもアナイアレイターに変な名前を付けようとしやがったな……何で俺を庇ったりなんかしたんだよ……
エラン、今はもう死別したが、お前がいなければ、俺は戦うための力を得ることは出来なかっただろう……お礼も言う暇もなく死にやがって……
(不安は勿論あるだろうけれど、私たちを信用してくれないか? 私たちは家族なんだから)
(元の世界に帰られるといいわね。でも、私としては、あなたがこのままこの世界に居てくれた方が、嬉しいと思ってしまうの……)
(お兄ちゃん、見て見て! お兄ちゃんが教えてくれたからテストで満点とれたよ!)
バーン一家。貴方達が居なければ、俺は今日まで生きてはいなかった。そして、異世界から来た俺を、本当の家族の様に愛してくれて、嬉しかったよ……
そうか……これが……走馬灯と言うやつか。見る暇もなく死ぬと思っていたが、ゆっくりと死にゆくことになるとはな……
(……か……)
これは……この声は……
(い……か……)
なんて、なんて懐かしい声なんだ……
(い……ち……か……)
もう二度と、聞くことは無いと思っていたのに。
強化手術で涙腺は摘出したはずなのに、なんで、涙が、溢れるんだよ……
(一夏……)
千冬姉……約一世紀ぶりに、その声が聞けた。俺の、唯一の肉親、俺の姉……
モンド・グロッソ第二回大会で、誘拐されなければ、生き別れることも無かったのに……
「会いたいよ……千冬姉……」
死ぬことを恐れなくなったのに、急に死にたくなくなった。
せっかく思い出せたのに……それなのにもう二度と会えないまま、死ぬなんて……
「嫌だ……そんなの、イヤだ!! ぅっ!!」
覚悟を決めたはずなのに、泣きじゃくりながら俺はボロボロの身体をもがいた。だけど、もう限界が来ていた。次の瞬間には視点が急に下へと落ちていく。頭が首から落ちたのか。
「千冬……姉……千……冬……姉……」
出来る事ならば、元の世界に戻りたかった。でも、意識が段々遠のいていくことに流石に助からない事を悟り、無様に姉の名前を死ぬその瞬間まで呟いた。
◆
IS学園。表向きはマシンスポーツとして扱われるも今や世界のパワーバランスを司る、親友が開発したマルチフォームスーツ、「インフィニット・ストラトス」の特殊養育高等学校だ。雨が降る中、そのIS学園の職員室で一人の女性がデスクに突っ伏せ、マグカップから湧き上がるコーヒーの湯気越しに、写真立てを見つめていた。
「弟さんの捜索、未だに進展が無いんですか?」
緑髪で眼鏡をかけた低身長の教師が近づき、心配しながら声を掛けた。
「……ああ。生存は絶望的だと言われてな……」
その女性、織斑千冬は何度目になるか分からない溜息を吐く。
モンド・グロッソ第二回大会。織斑千冬は前回大会では全部門で総合優勝を果たし、最強の称号「ブリュンヒルデ」を獲得した。そして今回も各部門で凄まじい成績を叩きだし、最後の競技でも優勝候補として注目されていた。
しかし、彼女が表彰台に立つことは無かった。
突然言い渡された弟の誘拐。それを聞いた千冬は決勝戦を捨て、ドイツ軍と協力し弟の救出へと向かった。唯一の肉親。自分の名誉を汚しても、それだけは守りたかったから。
だが、助けることは出来なかった。
一夏が監禁されていると思われた倉庫、厚い鉄の扉をこじ開けるとそこには一夏の姿は無く、代わりに空間がごっそりと抉り取られたかのような跡が残っているだけだった。
激情した彼女は倒れている誘拐犯を殴り倒し、一夏の行方を吐き出させた。しかし出てきたのは突然の光と爆音。それと同時に一夏の周りにいた仲間も
一夏を失った。それは彼女の心に大きな傷を残した。
「無意味かもしれないが、それでも私は、一夏が生きていると信じてしまうんだ」
それでも彼女が廃人にならなかったのは、突然現れた親友、篠ノ之束の報告があったからだろう。
いっくんは生きている。でも、
束の見立てでは、その光は別の世界で起きた何らかしらの行動によって空間に作用し、こちらの世界と繋がってしまったことで発生したものだと言う。そしてそれに巻き込まれた一夏と、犯行グループの一部は別の世界へと転移した、と言うのだ。
傍から見ればあまりにも奇想天外で論理的ではない。だが千冬は一夏が死んでしまったと思いたくない一心と、束が言うのだからというある種の信頼感でその仮説を受け入れた。
「割り切れれば、どれだけ楽なことか……」
それでも一夏が居なくなったことによる悪影響は凄まじく、彼女の精神を今でも蝕んでいる。一時は何をするにも気力が無くなり、何もせず酒に溺れかけた。ドイツ軍からISの指導の依頼もあったが、別に借りもないので
そんなある日、嘗て切磋琢磨した後輩、山田真耶からIS学園で教師をするのはどうか、とお誘いがあった。このまま腐っていては、再会した一夏に見苦しい姿を見せる事になるな、と丁度思っていたところであったためその誘いを受け入れ、今日まで教鞭を振っている。それでも時折、一夏が居ないことで鬱になりかけることがある。
「でも、先輩のその心は、間違っていないと思いますよ」
こんな姿を見て幻滅する者もいた中、真耶はそのこともしっかりと理解し千冬を陰で支えていた。そのことで千冬は申し訳ないと思いつつも、真耶の優しさを嬉しく思った。
そう感傷に浸っていると突然荒々しく職員室の扉が叩かれた。その激しい騒音を聴いた千冬はすぐさま体を起こし、身だしなみを整える。仮にも教師、生徒の前でだらしない姿は見せられない。そして彼女が身だしなみを整え終えると同時に職員室の扉が荒々しく開いた。
「無礼な開け方だな。もう一度やり直せ」
千冬は入って来た生徒にそう指導する。しかし生徒は息を切らし千冬の声も聞こえない程疲れていたみたいだ。
「お、織斑せ、先生……中庭に……行方不明になっていた、先生の、弟さんが」
途切れ途切れだったがその報告を聞いた千冬は直ぐに立ち上がり、生徒の横を通り抜け中庭へと走って行った。
(あのバカ者が……一発だけでは済まさんぞ!!)
怒りに顔を歪める千冬。しかし、その眼から溢れ出るのは怒りではなく喜びによる涙であることは間違いないだろう。
◆
千冬が中庭に到着するとそこは野次馬でいっぱいであり、よく見ると保険医まで出払っている。千冬は野次馬を割って入り、その中心へとなだれ込む。
「一夏ぁ!」
彼女は思わず叫んでしまう。そこで漸く一夏がどのような状態なのかが分かった。
そこに居るのは確かに一夏だ。だがその身体には何も身に着けておらず、つまりは全裸であり、しかも体の至る所から鮮血が溢れ出ていた。一目で重傷だと分かる。そして彼を腕の良い保険医が応急手当を施している最中だ。
「織斑先生、落ち着いてください」
一夏の容態に顔を青ざめさせ、倒れそうになっていることに気づいた他の教員が千冬の肩を掴み、何とか立たせた。
「発見してから時間はそこまで経っていません! それに応急処置も早々に行っています! きっと助かるはずです!」
その教員だって確証があるわけではない。それでも、異様に顔を青くさせている千冬の気を何とかしっかりさせるためにそう
「一夏……」
到着した担架に担ぎ込まれる一夏を見ながら、千冬は呟く。おそらく彼はこのままIS学園の集中治療室へと運び込まれるだろう。後の事は医師たちに任せるしかない。
それが、無性に悔しく思った。
(結局私は、何も、守れてやれないのか……)
手を組み、目を瞑る。
(神様……どうか、一夏を助けてください。咎人である私ですが、どうか……)
神頼み。そんなことしたこともなかった千冬だが、今回ばかりは居るか分からない神という存在に、一夏が助かるよう祈るしかなかった。
空を覆い隠す暗い雲。そこから冷たい雨が、未だに降り続いていた。
リハビリ+一人称に挑戦。
チラ裏に行け! と仰る方が多ければそうさせていただきます。