「如月おせーよー。髪の毛なんて放っておけばそのうち乾くだろ」
「ダメよ。髪が傷んでしまうわ」
この身体になってからどうしても美容が気になって仕方がない。恐らく如月の本能だろう。幸い身体の方が色々覚えているみたいなので困ってはいないが……
「デザートは人気だからこっそり2個とっていく奴がいるらしいんだよ。無くなってたらどうするんだ」
「そーだそーだ!」
「……デザート食べないと……1日が終わった気がしない……」
子日に続いて霰まで敵にまわってしまった。高波は敵にはならなかったが味方になっても戦力になる気がしない。
まあ、そもそも俺が髪の手入れに時間をかけたのが悪かったのだ。如月の身体のせいにしてもしょうがない。あと俺も腹が減った。昼抜きだし。
「……ごめんなさい。今度からはもっと手早く済ませるわ」
「ああ、いや……その、別に謝れって言いたかった訳じゃないんだ。わ……悪かったな、文句ばっかり言ってよ……」
こちらが謝ると深雪もばつが悪そうに謝ってきた。なんか微妙な空気になってしまったな。
「別に先に食堂に行ってても良かったのに……」
「馬鹿野郎!深雪さまが仲間を置いて行くものか!」
突然深雪が後から肩を組んでくる。あと如月は野郎じゃない。かわいい女の子です。
「第八八四二駆逐隊はみんなずっと一緒だぜ」
深雪はさらに左腕で高波と霰を、俺の後に回されている右腕で子日を引き寄せた。いや、歩きにくいし恥ずかしいんだけど。
「皆さん仲良しなんですねー」
目の前まで迫っていた食堂の入り口から綾波が出てくる。彼女は団子みたいになって歩いている俺たちをニコニコと笑いながら見つめている。
「でも急いだ方がいいと思います。さっき第二艦隊の駆逐艦とすれ違いました。島風さんは連装砲ちゃんの分までデザートとるから無くなっちゃうかもしれません」
*
綾波の警告を聞いた俺たちは急いで食堂に飛び込んだ。そしてトレーを手に取り、料理を取りに行く。が……
「そこの睦月型駆逐艦、待った!」
急に横から呼び止められる。そこにいたのは一人の艦娘。先頭で俺を呼び止めたのは夕雲型共通の臙脂色の制服制服に身を包み、グレーと青が入り交じった髪の艦娘。
「たしか……如月ちゃんだっけ?私は清霜だよ」
清霜は名乗るとずいっと一歩踏み出す。
「さっき私もお風呂にいたの。そしたら如月ちゃん、着任早々随分と長門さんと仲が良いみたいだけど」
ああ、風呂場で長門の髪の手入れをやっていた時のことか。まあ、あれだけ騒げば目立つだろうが……
「もしかして如月ちゃんも戦艦になるのを狙ってるんでしょ!」
「えっ……?」
そういえば清霜は戦艦になるのが夢だった。
「そうはいかないんだから!戦艦になるのはこの私に決まってるの」
清霜がびしっと俺を指さす。何故か勝手にライバル認定されてるようだ。
「ちょっと待ってよ」
「なに勝手なこといってんのさ」
そして俺を守るように子日と深雪が前に出てくる。食堂にはピリピリした険悪な雰囲気が広がってきた。
「どいてよ。私は如月ちゃんに話があるの」
「そっちこそ、訳わかんないこと言ってないであっち行けよ」
三人の言い争いは急速にヒートアップして行く。もはや一触即発の状態になっていた。そして清霜がもう一歩前に……
「はいはい、ストップ清霜、もう部屋に帰るよ」
「何?敷波、時津風放してよ。戦艦が……」
「いい加減大人しくしてよ清霜。叩くよ!」
出ようとしたところで二人の艦娘に押さえられ、連れていかれてしまった。
「ごめんね如月。ウチの清霜が迷惑掛けちゃって」
代わりに現れたのは黒いセーラー服を着た金髪の艦娘。如月の同型艦、皐月だった。
「清霜は戦艦が絡むとああなっちゃうんだ。悪気は無いんだけど……ね。よかったら許してあげてくれないかな」
「まあ、気にして無いから」
気にしていないことを伝えると本当にごめんと言いながら皐月は去っていった。
「ふう、ケンカにならなくてよかったかもです」
高波がため息を吐くとそれにつられるように深雪と子日も緊張を解いた。そして暫しの沈黙の後、霰が呟く。
「……そういえば……デザートは?」
*
一騒動合ったがその後は普通に食事を受けとることが出来た。周りの艦娘たちもよくあることと言うように普通に食べ続けていた。
「やっぱり……無理だったぜ……」
俺たち五人が囲んで座っているテーブル。その中央にはたった一つ小さな四角いケーキがぽつんと置いてある。それが深雪が辛うじて回収に成功した唯一のデザートなのである。
「やっぱり私はいいからみんなで食べてよ。もともと私が捕まってたのが悪いんだし」
幸いケーキは上から見ると正方形になっている。五等分するのは難しいが、四等分なら十字に包丁を入れれば簡単である。
「いや、絶対にみんなで食べる」
そう言うと深雪はケーキを縦に五等分した。余りに細いケーキは自立できずにパタリと倒れた。
「よかったの?量も少なくなっちゃったわよ」
小さくなったケーキは本当に一口分も無かった。
「それでも、みんなで食べた方が美味しいだろ」
深雪がケーキをパクリと頬張った。子日、霰、高波もそれに続いてケーキを食べた。
一瞬迷ったが、フォークを手に取り薄っぺらくなったケーキに突き刺し、ちぎれないように注意しながら口に運ぶ。
この世界に来て最初のデザートは甘くて柔らかかった。
間宮が洋菓子作ってもいいじゃない。