艦娘になってからの事を振り返ってみると、割と私の人生、いや艦生って結構激しくて、その前の人間だった頃が霞んでしまうくらいスペクタクルな日々だった。
孤島で目覚めて、生きる方針を決めて。その孤島で生きていくための指針を得て。
海に出れば宿敵と出遭い、陸に上がれば仲間と出会った。
自分の中に眠る本当の島風の事で思い悩んだ。
やがて別々の体に別れた彼女の口から許しを貰えた。
私は、そこでやっと一息付けたのだ。
シマカゼは、全部に一生懸命やって走り抜けてきたつもり。
だからこそ平和を勝ち取る事ができた。また平和な世界で普通に過ごす事ができるようになった。
それをご褒美みたいなもんなんだろうな、と漠然と思った事がある。
人類の自由と平和のため。
艦娘のため、人間のため。
まあ、難しい理屈は抜きにして、みんなが笑っていられるように戦った、だからこその平穏。
でも、この図式が成り立つなら、今の状況ってなんなんだろう。
命をかけて戦った対価は穏やかな日々。
また戦わなければならない世界に落とされたのは……何が理由?
どんな悪事を働けばこんな事になっちゃうの?
受験勉強をちょっとサボったから?
毎晩お夜食食べてたから?
大事な日にお寝坊したから?
だから私は友達と離れ離れになって、昔みたいにこの体一つで戦わなければならなくなったのかな。
知ってる人は誰もいない。ここは私の世界じゃない。
……新しい友達はできた。
ここの人達はみんな優しくて暖かい。
楽しくお喋りできる相手もいる。
綾波さんとライダー話に花を咲かせるのは中々良い時間だ。
だって私の世界じゃ仮面ライダーはやってなかったもんね。
ライダーごっこするのだって、気恥ずかしさを忘れてしまうくらいには楽しくて、大満足。
連装砲ちゃん達だっている。
一緒に戦ったトモダチ。戦争が終わったらお別れしなくちゃいけなかった過去のトモダチ。
また会えたのは嬉しいし、懐かしい。何も考えず彼女達と遊んでいると、穏やかな気持ちになれた。
それでも、心の寂しさは誤魔化せない。
これからずっと一緒になるはずだった朝潮がいない。
一心同体だった島風がいない。
家族がいない。お父さんにだって会えない。
だから帰りたい。
でも、帰れない。
私、こう見えて結構臆病だから、誰かを倒せば元の世界に帰れるかもって思っても、その相手の悲しい顔を想像してしまうと気が引けちゃって、何もできなくなる。
川内さんは手を貸すって言ってくれたけど、これは私の問題。私が解決しなくちゃ。今すぐ、マッハで。
とはいえ、『誰かを倒す』以外に帰る方法が全然思いつかなかったりするのである。
こんな時、朝潮がいれば相談できたんだけど……はぁ。きっと上手い答えを見つけてくれただろうなぁ。
◆
夢を見ていた気がする。
まどろみに似たふわふわとした意識の中では、私はベッドに横になっていて、それから、傍に佇む綾波さんにじーっと見下ろされていた。
なんで見てるんだろう。何を考えているのだろう。
笑っても怒ってもいない顔から私が読み取れることは何もない。
そもそもの話、私は顔色を窺うと言う事が大の苦手なのだ。
綾波さんが何を考えているのかわからない、なんていつも思ってるけど、単に私がうといだけで本当は違うのかも。
だったらどうなるって訳でもないんだけど。
それがわかったところで肝心の綾波さんの内心は推し量れない。
体中を水の幕が包む。
深い深い水底に沈んでいく。
細めた目で見上げた水面には、私に手を伸ばす綾波さんの姿があった。
――だめだよ。
ボコボコと水泡が浮かんでいく。
――だめ。
口から漏れる白い泡がくるくる混ざり合って上を目指す。
だって私には、朝潮という素敵な
◆
「うわあ」
目を開けて最初に視界に飛び込んできたのは綾波さんのとっても複雑そうな表情だった。
とりあえずうわあなんて声を出してみたけれど……あ、よだれ出てら。ごしごし。
さて、どうして私は綾波さんの腕を掴んでいるのだろうか。
その手の行方は、あなたの心の中にありますぞ。
あーいや、綾波さんの手はあなたではなく私の心というか、胸に当てられてるんだけど。
ははーん。読めたぞ。
綾波さんってば、あんまりにも私がかわいいから我慢できなくなっちゃったんだな?
すけべさーん。
「……そろそろ手を離していただけませんかね」
「あ、ごめんなさい」
なんて妄想はやめておこう。寝ぼけて引っ張っちゃったとか、そういうつまらないオチだろうし。
ぱっと解放すれば、綾波さんの腕にはうっすらと痣ができていた。
あらー、悪い事しちゃったな。
「構いませんよ。一つお願いを聞いてくれれば許します」
「ははーっ。なんでも言ってくだされ」
「ふっ」
もぞもぞと布団から抜け出して、形ばかりひれ伏したりしてみる。あ、笑われた。
でもでも嫁入り前の女の子の体に傷をつけるのはとっても重罪、即刻死罪なのだ。
しかし綾波さんは寛大な心で許してくれるご様子。
居住まいを正して、寝癖が付いている髪に手櫛を通しつつお願いとやらを待つ。
「シマカゼ、連装砲ちゃんに搭載されたコア・ドライビア、なんとか研究させてもらえないかな?」
「連装砲ちゃん?」
あ、そういえば連装砲ちゃん達の姿が見えない。
またカンドロイドの中にでも入ってるのかなー、と腕に備えられた情報端末を見下ろす。
うーん、わかんないや。
「いいけど……あ、でもいちおう連装砲ちゃん達にも聞いて欲しいな」
「それくらいなら。それで、どうします? お風呂にでも入ります?」
「……そんなに髪ぼさぼさかな」
彼女の目線は私の頭に向かっている。触れてみても、ちょっと萎びたうさみみカチューシャがあるだけで、ボンバーヘッドになってたりはしない。ちょっと跳ねたりはしてるけども。
「それより、お願いを聞く代わりといってはなんだけど」
「? 内容によりますが……どうぞ?」
「綾波さん、一回だけでいいから私に」
ふと、綾波さんの髪に目をやった。
頭の横側で一つ縛りにして垂れている、いわゆるサイドテール。
彼女が小首を傾げるのに合わせて小さく揺れたサイドテールに、私はようやくしゃっきりと目が覚めた。
「や。んー……と」
「煮え切らないですね。どんな要望かな」
「んー」
そういえば私、さっきまで寝てたのは彼女と遊んでて疲れたからなのだけど、そういう風に気兼ねなく遊んだためか、綾波さんの口調が少し砕けたものになっている気がした。
それに気が付いちゃうと、こそばゆくって嬉しいような、でもちょっと恥ずかしいような気持になる。
だから、今言いかけた言葉は、やっぱりナシ。
「おはようのちゅーしてくんない?」
「嫌ですね、ええ」
あっ、綾波さんの友好度が-500。
眉を寄せて冷えた目をした綾波さんがわざとらしく身を引いて見せるのに冗談冗談と笑ってみせれば、「わかってますよ」と元の位置に体を戻してくれた。
うん、でも綾波さんさっき「うわ何言ってんだこいつ」って顔してたよね?
「それで、本当は何を言おうと?」
「それはー……忘れました」
「ではこの話はこれでおしまいですね」
ああちょっと。慈悲の欠片もない。
他に言いようはあったはず。綾波さんのお金で焼き肉が食べたいとか5000兆円欲しいとか。
私のこんな感じないい加減さにはもはや慣れたものなのか、綾波さんは踵を返して出入り口の方へ歩いていくと、扉の前で振り返った。
「では、行きましょうか」
「……うん!」
ベッドの縁にこしかけて手早くブーツを履き、ドアを開けて廊下に出ていく綾波さんに続く。
……やっぱり、あれだね。
こんな風に私が行くのを待っててくれる人に、「一回倒されてくれない?」だなんて口が裂けても言えないよね。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、綾波さんは私を助手として連装砲ちゃん探索に踏み出した。
未知なる大冒険の香りにシマカゼ、興奮を隠せません。
そんな訳で、寂しい気持ちはもうちょっと誤魔化して、いましばらくはのんびりと……戦っていこうかなーと思ったのでした、まる。