島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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6.ちょろかぜ

 

 正直、ちょっと期待してた。

 私の世界で特別な存在だったレ級を倒せば、元の世界に戻れるんじゃないかって、ほんのすこーしだけ。

 一分経っても十分経っても、私の体が黄金の粉になって崩れ落ちる事はなかったし、キャトられる感じで消えてくって事もなかったけれども。

 

 はーあ、残念。

 

 ずっしりとお腹に巻き付くベルトの重みが、これが現実なのだと物語っていた。

 

 

 

 

 

 

「まだ寝てなかったんだ、新人」

 

 自分にあてられた部屋のベッドに腰かけてぼーっとしてたら、川内さん……川内が部屋の隅の暗がりからぬるっと出てきた。

 新人……なんか、懐かしい響き。誰かにそう呼ばれた事もあったよなー。誰だったか思い出せない。授業参観に提督……お父さんが来て凄く恥ずかしい思いをしたのははっきり思い出せるんだけど。

 

「どう?」

「どうって?」

「あの美しい姿の事だよー。せっかくはりきって見せてあげたのに、綾波も新人も無反応だったじゃん」

 

 歩み寄りながらの言葉に首を傾げれば……ああ、ええと、改二っぽい姿に変化した事へのリアクションがないのがご不満だったんだ。

 知らんよ。そういう苦情は綾波さんに言ってね。

 

「これでも結構傷ついてるんだよ? あーあ、乙女の繊細な心に傷がー」

「……どういうノリ?」

 

 ギシリ。

 私が腰かけたベッドに川内もまた腰を下ろして軋ませた。微小な揺れを布越しに感じながら、艦娘そっくりの機械生命体の横顔を眺める。

 彼女は私の問いには答えず、少年っぽい純な笑みを浮かべたまま私へと顔を向けた。

 

「なんか沈んでない?」

 

 ……。

 

「シマカゼは沈んだ事なんて一度もないよ」

「そりゃそうでしょ。艦娘がそうなったらおしまいな訳だし。そうじゃなくて、ほらさ。なんか困ってるならお姉さんが聞いてあげるよ?」

 

 いっちょ前に相談事にのろうとしてくる川内から目を逸らす。

 たしかに悩んでたり、気持ちが沈んでたりはするけど、親しくない……ましてや艦娘でも人間でもない相手に打ち明けたりするような内容ではない。

 

「……別に。あなたには関係のない話」

「そう言わずにさー」

 

 馴れ馴れしく肩に置かれた腕を、体を揺すって振り払い、川内を見上げる。

 相変わらず考えの読めない顔をしている。これが本物相手なら純粋にこの世界の新人である私を気遣ってるんだろうとか、七割方夜戦一割姉妹で一割提督、そんな感じで埋まってるんだろうなと予想できるけど……コピー体である川内もおんなじようなものなんだろうか?

 

 ……彼女の口から夜戦という言葉が出るのをまだ聞いてない。私の知る川内さんは口癖のように言ってたから、それがないってのは違和感しかない。

 

 とはいえ、艦娘だって過ごした時間や環境で性格は変わっていくもので、艦娘をコピーしたはずの川内が他の川内さんと違うのは、そう納得できない事でもない。

 

「じゃあ綾波の話でもしよっか」

 

 急に話の方向を変えた川内に、思考に沈んでいた心が浮上する。

 ……なんで急に綾波さん?

 

「というか、あなたも彼女とは会って間もないんじゃなかったっけ」

「まあそうだけど。私、綾波の事ならなんでも知ってるよ。何か聞きたい事ない?」

 

 あまりにも得意げに言い切るものなんだから一瞬納得しかけたけれど、いやいや、なんでもって事はないでしょと首を振った。

 

 綾波さんは、たぶんあれ、結構警戒心とか強いだろうし、どちらかというと一人で完結するタイプだと思う。私に対しては結構オープンに接してくれたけど、敵であった川内にも同じように親し気に接してくれたり、仮面ライダーが好きだーと趣味の話をしたり、今度ショッピングにでも行かない? なんてデートのお誘いをされたりするのだろうか。

 

「するする。綾波ってあれで結構タラシだから、私も夜戦のお誘いされちゃってさー」

「えっ!?」

「嘘だけど」

「えっ……ええー、そういう嘘言うのやめてよ、信じそうになっちゃったじゃん」

「あっはは。こんなの信じる方がおかしいと思うんだけど」

 

 うー、それもそうかな? 普通女の子同士でそういう話にはならないもんね。

 ……恋人が同性ってのは、どこの世界でも異端って事か。

 いや、姉妹で恋人は間違いなく異端だよね。しかしここは異世界なのでセーフセーフ。

 

 小さな動作でセーフを表し、それから、頭を傾けて川内を見る。変わらない笑みが私にまで伝搬して、思わず笑みを零してしまった。

 ……そういう冗談言うのはずるいんじゃないかな。明るい気分になっちゃう。

 

「綾波さんの事いっぱい知ってるってのも嘘?」

「いーや、それはほんと」

 

 自分でも多少態度が和らいじゃってるなと思いつつ聞いてみれば、川内は両手を組み合わせて印を作って見せた。「その秘密はこれ!」……らしい。……忍術?

 

「まさか。ちょっとお話聞かせてもらっただけだよ。みんなが言う綾波の話を中心にね」

「それで色々わかったんだ?」

「うん。たとえば嫌いな食べ物とか?」

「……好き嫌いするんだ。意外だなー」

 

 何が苦手なんだろう。少なくとも野菜ではないだろうな。ぱくぱく食べてたし。

 

「苦手なものとか、怖いものとか、好きなヒトとかー」

「えっ、えっ、興味ある、あります。綾波さん好きな人いるの? 誰だろう。那珂ちゃん先輩かな」

「食いつくねー、みんな好きだなぁこの話題。残念だけど、那珂ちゃんじゃないよ」

「じゃあだれだれ!?」

 

 ぐいぐいと身を寄せると、宥めるように押し返されてしまった。

 ぽんと肩を叩かれて、背中を撫でられる。

 

「ま、夜は長いんだし、まずは苦手なものからこっそりぼそぼそ秘密を教えてあげよう」

「あー、良いのかなぁ。聞いちゃって良いのかなー、怒られないかな」

「楽しければいーんだよ。人の噂話ほどしていて楽しい話はないよ? ほら、聞きたくないのかなー。綾波さんの好・き・な・ヒ・ト♡」

 

 唇に指をあてて、いかにもイケナイお話なのを強調する川内に、びびびっと体中が痺れてしまう。

 きっとそれはトップシークレットに違いない。そんなのを知ってしまった事がばれたら何が起こるかわからない。

 

 けどっ、こ、これは抗い難い……! だって気になるもん!! 普通気になるよね。興味津々になるよね!

 自分に危害が及ばないコイバナとか人類皆大好きなんだから、私がほいほい川内のお誘いに乗ってしまうのは仕方のない事なのだ。

 

「これは工廠で働く妖精に聞いた話なんだけど……」

 

 すっかり寛いで静聴モードに入った私に顔を近づけた川内は、内緒話をするようにわざとらしく小声になって、ゆっくりと話し始めた。

 頬にかかる彼女の吐息がこそばゆく、ベッドに押し当てた私の手に重ねられた手は熱い。

 艦娘らしく見目麗しい川内の瞳は微かに潤んで、綺麗な色の中にシマカゼを映していた。

 

 

 ……今日は、長い夜になりそうだ。


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