島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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続くコラボ


2.基地の案内と、既知の艦娘

 

 

『シマカゼ』

 

 優しく、凛とした声が耳朶を打つ。

 ぴくぴくっと震えるうさみみカチューシャを手で押さえ、私は振り返った。

 運動場の隅っこ。大きな木の下の、影になってるところ。

 北海道の中学の制服が良く似合う少女が、微笑みをたたえて、控え目に手を振っていた。

 

――こっちにきて。

 

 懐かしい声がする。

 ずっとずっと昔から聞いていた、大好きな声。

 

 私は、ふらふらと誘われるように、朝潮に近付いて行った。

 

 

 なんだか私の知っている綾波とはちょっぴり雰囲気の違う艦娘さんに案内されて、やってきたのは田畑の広がる地上だった。

 海の上より静かで、のどかで、でも空気はピリついていて、なのにそれが正常っていうこの感じ……うーん、戦争だね!

 

 冗談でもなんでもなく、深海棲艦と戦争やってた十何年も昔とおんなじ空気。

 それとは別に、過ごしやすそうな場所に連れてこられてなんとなく私はほっと息を吐いた。

 もしかしたら緊張してたのかも。

 艦娘としてもう一度動こうとしている事に、だとか……また沈む危険のある場所に来てしまったから、だとか……朝潮めっちゃ怒ってるだろうなぁ、だとか。

 

 さて、この基地を案内してくれると言った綾波さんは、現在顎に指を当ててふむむと唸りながら歩いている。私は、そんな彼女の横顔を絶賛観察中。

 いやね、なんか、艦娘らしい艦娘って久々に見るから、なんというか……こう、ミーハーな気持ちが刺激されてしまったのだ。

 まるで一般人のような反応。

 まあ、私はもう一般人なんだけどね。

 卒業式を控えた中学生の女の子。

 

「ああ、すみません……少々お待ちいただけますか」

「え? あ、うん。お構いなく」

 

 通信でも入ったのか、ふっと顔を上げた彼女は、少し間を置いてから私にそう言った。それで、どこかへ歩いて行ってしまう。

 ここまで無言だった吹雪ちゃんも彼女について行ってしまったので――去り際、ちらっと私を見てきた彼女の目は、ちょっとした好奇心の色があった――、一人きりになってしまった。

 そうすると考え事をしてしまうのは、私の癖だ。

 

 このような状況でじっくりと考える時間を与えられてしまうと、どうしても思考は暗い方向へ進む。

 今年から大好きな人と同じ高校に通えて、そこに色んな希望を持っていたから、ほんとは私……今すぐにでも帰りたい。

 でも、この不可思議現象に対する私のできる事なんてなんにもない。

 どうやって元の世界に帰るのか。ここで何をどうすれば良いのか。

 

「……なぁんも見えてこないんだな、これが」

 

 参っちゃうね。なんて肩を竦めてみても、不安は拭えない。

 かつての最終決戦で、その場にいた全世界の艦娘を改修素材とした私が到達した最強島風でも世界の壁を越える事はできないだろう。

 つまりはお手上げ。

 ここの超技術に頼って次元移動マシーンの開発でも待つか、それとも何者かを倒しに行くか。

 

「んっ……」

 

 ……倒す。その一言を考えると、体の奥底に沈む艦娘としての本能が震える。

 かつての戦場の記憶。

 うずく体。

 無駄にはしゃいだり、子供っぽく振る舞ってみたりしたけど、どうやら誤魔化せそうもないみたい。

 

 ……だって、私は……。

 私は、戦うために生まれた艦娘だから。

 それに、何かを倒せば元の世界に戻れるかもしれないから。

 

「朝潮……」

 

 きっと彼女は待っている。

 いつだってそうだったから。ずっと、そうしてきてくれたから。

 ぐずぐずなんてしてらんない。ブレーキは必要ない。

 フルスピードで帰らなくっちゃ、朝潮が拗ねちゃうぞ。

 それで、『また遅刻ですか……はぁ、どうしてあなたはいつも』とかなんとかお説教が始まっちゃったりして。

 

 いやね? 私だってしたくて遅刻してる訳ではないのだ。

 ただ、私のスピードならまだ間に合うからちょっとそこのお店寄って行こうとか、おっと早く家を出る事を優先しすぎてお財布忘れてきたぞーとか、まあ、いろいろ事情があっての事で。

 ……へへ。

 朝潮の顔思い出してたら元気が出てきた。あ、もちろん同一艦(おともだち)の島風の顔も思い浮かべてますよっと。私と同じ顔だから奇妙な感じだけど。

 

「元気もチャージしたし、張り切って綾波を待つぞー!」

 

 おー!

 一人で盛り上がって腕を突き上げたりなんかしてテンションを高め、まだかなまだかなと綾波の帰りを待つ。

 

 ……十分が経過した。綾波は帰って来ない。

 暇なのでKANDROIDを修理しようと試みる。

 ……私機械よくわかんないんだった。

 

 二十分が経過した。

 設定弄ればいけるんじゃね、といじくりまわしてたら妖精さんが強制排出されるバグに見舞われた。

 なんじゃこりゃあ!

 

 三十分が経過した。

 妖精さんはなんとか戻せたものの、表示はバグったままである。ノイズまで混じり始めた。怖い。

 どうやらこの情報端末は私が触れちゃいけない物になってしまったようだ。

 大人しく綾波を待つ事にしよう。

 

 ……よんじゅっぷーん。

 彼女どこ行ったんだろうね? まさか私の事忘れちゃったんじゃないよね?

 あー、そー。ならいーよ? 勝手に歩き回っちゃおうかなー?

 ……子供じゃないんだし、大人しく待ってるけどね。

 

「……遅い」

 

 それから数分もせず、私は音を上げた。

 元来待つのは好きじゃない。私、そういうタイプじゃないのだ。

 もっとバッと、ずっとビューッと!

 素早く、素早く、素早く!

 スピードが命なんだから、はやく来てよね綾波ぃー!

 

「お待たせしました」

 

 心の中で叫んでいれば、斜め向かいから声がかかった。

 むあー! 何その澄ました声! ぜんっぜん悪びれもしない態度!

 ……私みたいじゃん!?

 

「お、おっそーい」

「すみません」

 

 人の振り見て我が振り直せとは言うけれど、違う世界に来てそんな自分の姿を顧みさせられるとは……い、いやー、うん。

 ……文句を言う声にも覇気が出ない。ついでに目が泳いじゃう。

 ……ひょっとして、私いつも朝潮にこういう気持ち抱かせてたのかな。

 

「まずは自慢の畑をお見せしますよ」

 

 さ、こちらへ、とガイドさんモードになった綾波に誘われ、彼女の隣に並んで歩き出す。

 ……自慢の、ねぇ。……なんかどことなく少し嬉しそう。気のせいかな?

 

「うわあ」

 

 やってきました大きな畑!

 想像してたのとはちょっと違ってもこもこ(?)してて、それで何人かの艦娘が忙しなく動いている。

 全部艦娘で運用してるんだね。前線基地だからある意味当然なのかな?

 

「うん、なかなかの収穫量ですね」

「でっしょー。お野菜さん達、きらきら輝いてるぅ☆」

 

 ……働く艦娘は誰もが見知った顔ぶれだったけど、一人ちょっとよくわからないのがいた。

 その艦娘は今、綾波さんに手招きで呼ばれて彼女の前に立っている。

 ……聞き覚えのある声。土と汗に濡れた健康的な顔は輝かんばかりのスマイルで、それもまた見覚えがある。

 

「しかし、問題はこれらをどう本島に運ぶかなのですが」

「ああうん、それは大丈夫! この島の地下から本島までを繋いだ通路経由で……」

「は? え、ああ、造ったんですか? いつ?」

「妖精さんが一晩でやってくれましたー」

「ああ……はいはい」

 

 私にはいまいち理解できないお話は左から右にスルーして、その……ええ、農家さんというか、あの、下着姿というか、もうなんか人に見せて良い格好じゃない女の子をようく観察してわかった。

 

 那珂ちゃんだこれ。

 

 ……ほんとは最初からわかってたけどね、あんまりにもあんまりだから目を逸らしてたよ。

 だってアイドルだよ? お洋服に気を付けて、ちょっとの汚れも嫌うアイドルの那珂ちゃんが汗みどろになって働いていて、それで那珂ちゃんスマイルは三割増しなんだからびっくりだ。

 びっくりしすぎて近付いてきた川内先輩……いや、ただの川内さんに気付かなかったし、「ミンナにはナイショだよ」と手渡されたピーマンをびっくりしすぎて丸かじりしてしまった。

 

「ぐえっふげえっほごっほゴッホ……ひまわり」

「?」

「おいしいです」

 

 こそっと顔を近付けてきて、そのまんまでも美味いでしょ? なんて聞いてくるもんだから「はい」と答える以外の選択肢はなかった。私ピーマンめっちゃ嫌いなんだけどね!!

 

「おや」

 

 手の中に残った食べかけのピーマンはどうしようかと眺めていれば、那珂ちゃんとの会話を切り上げた綾波がこっちを見た。げっまずい、これ内緒だよって渡された物だし、ばれたらまずいんじゃ……ええいままよ!

 さっと口に放り込んでろくに噛まずに飲み込む。ゴリッと喉を通るどでかいのに涙目になりつつも、この早業でなんとか誤魔化す事が……!

 

「まったく……何をしてるんですか」

 

 できなーい!

 そうだよね! きっちり視認されてたもんね! 食べ損だよ!

 

「いやー、ごめんごめん、新顔さんにちょっと挨拶をって思ってねー」

「別に構いませんよ。野菜なら幾らでもありますからね」

「お、そう? それもそうか。良かったねー新顔さん!」

 

 ぜんっぜん良くない。本当に食べ損じゃん。

 つら。

 

「それで、どうでしたか? うちで採れた野菜のお味は」

「………………大変おいしゅうございました」

「おや……まあ、いいです。……そろそろいい時間ですし、お昼にしましょうか」

「ん、そうだね! いやーお腹空いちゃったなぁクリームソーダ食べたいなぁ!」

 

 どうよ、この社交術!

 シマカゼだって伊達に学校行ってないんだから、人と人との付き合いくらい簡単なんだから!

 ついでにお昼食べさせてもらえるみたいだし、さっさと口の中の苦いの別の味で上書きさせてもらうとしましょうかね。

 

「残念ながらクリームソーダはありませんが……先程も言った通り野菜なら山ほどあります」

「えー」

「新鮮な野菜をたんとご馳走しますよ」

「……ええ」

 

 しまった、墓穴を掘ってた!

 美味しいなんて言ったから、どうやらお昼もそれになるようで……。

 うわーん、野菜なんてキライだー!

 

『シマカゼ! 好き嫌いを無くさないと大きくなれませんよ!』

 

 颯爽と私を案内し始める綾波についていきながら空を仰げば、遠くの方から朝潮の声が聞こえた気がした。




TIPS
・北海道の中学の制服
どさんこすのー。

・ここの超技術
未成艦どころか艦娘の枠から外れた戦車娘、はては武装まで作り出す
他所とは一線を画す高度な科学力。

・ご馳走
方向性を定めてみたり。

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