島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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修正。


最終話   シマカゼの唄

 海色(みいろ)の光の中で、私は。

 私達は、勝った。

 そして、始まった。

 新しい私達の、本当の物語が。

 

 

 最後の作戦が終わってから、およそ二か月余りの時間が過ぎた。

 戦争は終わって、世界は平和になった。

 めでたしめでたし……そう言えたら、どんなに良かっただろうか。

 

 海からは深海棲艦が消え、そして艦娘もまた消えた。

 カテゴリー的に。

 

 シマカゼが姉さんを殺しても、海から深海棲艦がいなくなるなんて事はなかった。あの作戦で、その時存在していた深海棲艦は全部倒したけど、この海に漂う遺志とやらまでは倒していない。だからまだ、深海棲艦は現れる。

 ただ、いる数は前よりずっと少ないし、ぽこぽこ生まれるものでもないみたい。そう聞いた。いや、届いた?

 

 艦娘も、もう先日の十四日くらいから艦娘でなくなって、人として扱われる運びになった。だから、書類上では今地球上に艦娘は存在しない。

 だけど今でも私達は私達の事を艦娘と呼び、事情を知る人も艦娘と呼ぶ。テレビをつけてみれば、ニュースでは単に『戦う少女』だとか『かつての艦艇』だとか、簡素で面白味のない呼び方をされていて、世間にはその呼称が浸透している。

 今まで艦娘の事なんてなんにも知らなかった国民が、いきなり現れたように感じられる私達の事を知っていくには、ニュースや新聞を見るしかない訳で、そこで使われる用語が頭に刻まれれば、艦娘なんて単語は広まらないのが道理だろう。

 別に『艦娘さん』とかって呼んで欲しい訳でもないから良いんだけどね。

 

 あの海に集まった世界全ての艦娘達は、一時は私と一体となってしまったけど、改二が解けて連装砲ちゃん達が放り出されるみたいに、シマカゼが普通のシマカゼ改に戻ると、みんな元の位置に現れて、正常な状態に戻っていた。

 その代償かは知らないけど、私の一人称は『私』に統一されてしまったし――俺、と口にするのは、すっごく違和感がある。なんでだろう――、ここんとこ女の子みたいな振る舞いやらが加速度的に増えていってるらしい。そんな速さは求めてないんだけど……。

 あーあ。

 あーあ。

 男であった大部分を失ってしまうなんて、もう私は完全に艦娘になってしまったんだな。

 私から離れた艦娘みんなが正常な状態でいて、みんなが戦う遺志を捨て去って。

 誰一人沈んでなんてなくて、誰も傷ついていなくて。

 なのにみんなを体に入れていた影響で私は私になっちゃった。

 素直にめでたしめでたしって言えたら、どんなに良かっただろう。

 

 ――島風も、いなくなってしまったし。

 

 ……あの時。私の代わりにみんなを受け入れてくれた島風は、戦いが終わると私の中から消えてしまっていた。

 呼びかけても答えないとかそういうのじゃなくて、ぽっかりと穴が開いたみたいな喪失感があって、だから、『ああ、もう彼女はいないんだな』って確信した。

 その穴を埋めるようにみんなの記憶が流れ込んで、現在の私となっているんだけど、まあ、これを悪いとは口が裂けても言えない。

 だって胸に穴が開いてたら、ずーっと悲しんでいなきゃいけない。

 福野翔一という男は、姉さんが死んだと聞いた時、そんな風になって、おかしくなってしまった。

 それを知ってるから、シマカゼは穴が開いたままじゃなくて良かったな、と思えた。

 

 さて、平和な世界になって、私達艦娘がどうなったのかと言えば……。

 

 それぞれの提督の下についていた艦娘は、全てがその提督の子供として扱われる事になった。

 養子というのだろうか、法律上はそういう扱い。だから、ケッコンカッコカリから先へ進む者達も多いんだって。

 お隣の提督さん……いや、元提督の海棠さんだったかは、来月挙式すると報告に来た。どうみても犯罪だったけど、合法なんだよね……今のところはね。

 艦娘が人間として扱われるようになったのはつい最近。その定義はかなり曖昧で、彼女達の年齢はどう決めるかとか、国籍はどうするのかとかでかなり揉めているらしい。

 かつての艦艇の年齢をその艦娘の年齢とすべきか。艦娘として建造されてからを年齢とすべきか。それとも両方を合わせた数を?

 中々決まらない話し合いも、もう少しで決着がつく。妖精さん達の噂では、艦娘として建造されてから、を年齢とする事がほぼ確定しているらしい。

 だから世の元提督達は、大急ぎでケッコンカッコガチもとい、婚姻を進め、次々と式を挙げている。

 だって、その法が通ったら、艦娘はみんな二十代に届いてないって事になる。十一歳か十二歳が関の山だ。由良さんですら十歳くらいだよ。私なんか0歳数ヶ月だ。非合法どころの話ではない。

 まあ、艦娘の問題は、年齢だけではない。見た目も相当に問題なのだ。

 建造されてから長い短いに関わらず、彼女達の容姿は一定の年代のものとなっている。

 だからこそこの子はおっきいけど、まだ五歳ですだなんて言われても、それをそのまま受け取るなんて不可能だし、社会的にも受け入れられないだろう。見た目って重要だからね。

 

 実際、現在私達が暮らしている"住宅"――かつての鎮守府や泊地を、そのまま艦娘用の家として各元提督達に贈られた地――でも、未だ残る海の怪物……深海魚扱いの敵を倒しに行けるのは、見た目大人の艦娘だけだ。

 私やルームメイトなんかは絶対、絶対に戦いに出してはもらえなくなってしまった。社会に私達が姿を現した以上、当然の処置だった。

 今までの事でだって激しく非難する人達はいるのに――女子供を戦わせるなんてとか、無理矢理従わせてとか、なぜ戦うんだーとか、いろいろ――、今なお駆逐艦や軽巡を戦わせたりなんかしたら、非難轟々、抹殺されるだろう。提督が、社会的に。

 戦いたい、とごねる艦娘は、提督の身を案じて口を噤んだ。戦う船として作られたが故に、平和な時間の中で疼く体は、提督が慰めてくれたり、戦友が慰めてくれたり、自分で慰めたりしてなんとかやり過ごしている。

 ……艦娘の相手ができる提督なんて海棠って人くらいしか知らないんだけど、こういう風に挙げられるくらいに艦娘と『戦える』提督って多いのかな。うちの提督は雑魚なのに。

 暇すぎるから藤見奈提督に腕相撲挑んだら一秒持たなかったし、私より重い物持てないし。けど、足は結構速いかな。持久力もある。でも艦娘の相手は務まらない。

 私は戦いを求めたりなんかしないけど、それでも力を持て余してしまう。特に今は、もう何百回も口にしたけど、暇だからね。

 

 ベッドの縁に腰かけて、足を揺らしてぽすんぽすんと板を蹴る。お尻や腰に伝わる振動は、ほんのちょっとだけ退屈を紛らわせてくれる。

 戦争が終わって艦娘が人間として扱われるようになっても、私の生活はあんまり変わらない。

 戦う事は取り上げられてしまったけど、力まで失った訳じゃないし、今でも艤装を背負おうと思ったら、明石の工廠に向かえばすぐにでもできる。艤装や兵器はお隣の特設海上防衛隊……は解体されたから、ええと、普通の自衛隊さんの所有になっているけど、実質私達のものだ。

 でも、撃ったりしたらものすごく怒られるだろうから、持つだけ無駄だ。あ、でもちょっとだけなら気を紛らわす事はできるかな。

 薄暗い部屋の中を見回しながらそんな事を考える。

 暗いのは、あれ。

 なんとなくカーテン閉めたせい。

 遮光(しゃこう)カーテンの、下側の隙間から漏れる光は薄く、窓には冷たい空気が膜を張っている。夜通し降った雨の名残り。

 部屋の内装は前と変わらず、なんだかより生活感が増しているように見える。

 インテリアや家具も増えて、かわいらしさもアップ。

 ちょっとベッドから下りてはしごを上り、叢雲のベッドを覗けば、連装砲ちゃんぬいぐるみがぽこぽこぽんと枕元に並んでいる。

 気が緩んでるよね、みんな。

 もう戦う事はないから、それで良いんだけど……なんか、変な感じ。

 私も、みんなとお買い物に行った時に、目移りしていろいろ買ってしまうから、ベッドが賑やかになってきている。人形に紛れて連装砲ちゃんが座っていたり、遊びに来た妖精さんが1/1スケール妖精さん人形ごっこなんかをしていたりする。

 

 ……そういえば、私達とかの子供な見た目の艦娘はお給金の代わりにお小遣いが貰えるようになったけど、提督ってどこからそのお金を捻出してるんだろう。自腹じゃなくて、国から出てるのかな。いちおう世界を救ったんだし、それくらいの手当てを望んでも良いよね。

 ……お金がなかったらクリームソーダ飲めないし、朝潮に手料理を振る舞う事もできなくなるから、どうか国から出ていてほしいな。この体じゃ働けないから、お金が無くなったら死活問題だよ。今のとこそんな気配はないけど。

 

 そういえば、働くと言えば今日はなんか、新しいお仲間が増えるって聞いた気がするけど、どういう事だったんだろう。

 これ以上の艦娘の建造は法に触れるから、後輩さん誕生って訳ではなさそう。別の鎮守府から移って来る子でもいるのかな。

 なんにせよ、そのために夕立は、「歓迎するぽい!」と張り切ってコンビニエンス妖精に行ってしまったし、吹雪と叢雲は連れ立って姉妹達と――今は、私達全員姉妹扱いだけど、そうじゃなくて――お出かけ中だし、一人じゃやる事ないよ。暇だよ。もしかしたらみんなもう帰ってきていて、部屋に戻ってくる最中かもしんないけど、そうじゃなかったら暇すぎて大破する。

 そんな訳で、カーテンに遮られた窓の前の棚へ歩み寄って、少し腰を折り、棚の上に座る妖精さんに顔を近付けた。

 

「姉さん、起きてる?」

 

 声をかければ、俯いていた妖精さんが顔を上げて、つぶらなお目目をぱちくりとやった。首を傾げる仕草がかわいくて、ちょっと笑ってしまう。

 寝てるよ、なんて意思が飛んできて、起きてるじゃん、と返す。彼女は……姉さんにそっくりな一匹の妖精さんは、にっこり笑い、背中から倒れて仰向けになると、目をつぶってしまった。彼女を囲むように並ぶ極小妖精さんフィギュアに包まれて、おねむのご様子。

 ううん、姉さん、ほんとに眠いのかな。

 それじゃ、起こしちゃ悪いし、外にでも行こうかな。

 

 出入り口で靴を履いて、ノブに手をかけて少しだけ開く。外の光が差し込む中、振り返って、妖精さんに一声かける。

 

「ちょっと行ってくるね。すぐ戻るから」

 

 暗闇の中、横たわる少女の残骸は、黒線に塗り潰された顔を僅かに揺らして応えた。

 まばたきをすれば、そこにいるのは小さな妖精さんが一匹だけ。

 緩く手を振った私は、そうっと扉を開けて、廊下に出た。

 

 

 雨上がりの空。澄み渡る青の所々に、真っ白な雲が浮かんでいる。日射しのおかげでやや暖かい。

 地面には水溜りを見かける事が多く、でも、気にせず歩いて、コンビニエンス妖精へ向かった。

 

『いらっしゃいませー』

 

 妖精さんの意思に、お邪魔しまーすと返しておく。ん、なんか違う気がするけど、まあ、いいか。

 

「これがいいよ! きっとこれで喜んでくれるよー!」

「そうか? 私はそうは思わんが……」

 

 夕立はいるかなー、と店内を見回していれば、リベッチオの元気な声が聞こえてきた。

 一つ棚を横切って、棚と棚の間を覗き込めば、何やら小さな人だかりができている。

 ビー玉がたくさん入った袋を両手で掲げるリベに、困ったような顔をしている菊月と……おっと、日向と、長月と、如月と、綾波だ。……睦月型の三人はわかるんだけど、綾波と日向はどうしてリベと一緒にいるんだろ。いつの間に友達になっていたのかな。

 会話の内容からして、誰かへあげる物を選んでいるみたいだけど……。

 

「これはどうだ。瑞雲12型ミクロ、妖精さん付きだぞ」

「ズイウンはもう飽きたよー! あ、これ良いんじゃない? クラッカー! お祝い!」

「なんだと……馬鹿なっ」

 

 小さな箱を手にした日向は、リベに斬って捨てられると、がっくりと肩を落とした。……あの人、やたら瑞雲推しだけど、なんでだろう。そういうイメージはあった気もするけど……謎だ。

 無難にお菓子にしたらどうだ、と長月が提案すれば、見かねていたのだろう、如月がリベの手を取って、そうしましょうか、と歩き始めた。あ、こっちに来る。

 

「あら、島風ちゃん。ごきげんよう」

「ご、ごきげん、よう?」

「あ、ウサギー!」

 

 最初に私に気付いた綾波が丁寧に挨拶をしてくるのに、会釈をする。続いて、リベが突進してきた。両腕を広げて飛びついてくるのを受け止めて、くるっと一回転して勢いを殺し、両脇を抱えて床に下ろす。ほんっとに元気だねー、リベは。

 

「どうしたの? ウサギも新人さんにプレゼント買いに来たの?」

「んー、そういう訳じゃないんだけど、それも良いかもね」

 

 贈り物とか、そういうの全然頭になかったな。そっか……リベは、この鎮守府で初めて自分の後に入ってくる子に興奮してるんだね。後輩さんって形になるだろうから。

 でもたぶん、リベより経験上だと思うよ、その新人さん。

 てきとうなお菓子を買い、ついでに、目に留まったおもちゃを一つ、購入する。

 ……なんか、少しドキドキした。理由は……ひ、み、つ。

 

 リベ達と別れ、砂利道を行く。目的地は、夕張さんの工廠。

 道中、とぼとぼと歩いてくる赤城さんと加賀さんを見つけた。

 何かあったのか、赤城さんが加賀さんの肩に腕を回して歩くのを助けられている。

 

「どうしたんです、そんなに悲しそうにして」

「あら、島風さん」

 

 気になって声をかければ、赤城さんが反応した。意外と声に力がある。結構元気そうだけど……?

 となると足でも(くじ)いたのかな。なんて思っていれば、眉を八の字にした赤城さんがお腹に添えている手を握って、

 

「うぅ、燃費が……」

 

 そう、呟くように言った。

 加賀さんも遠い目をして、というか実際遠くを見ながら続ける。

 

「今、私達には冷たい風が吹き付けているわ。懐も凍ってしまいそうよ……」

「あー……」

 

 ああ。察した。

 つまり、お財布大ピンチで食べるに食べれないって訳ね。

 

「あの、お小遣いは……」

「愚問ね。もうないわ」

 

 え、そんなキリッとした顔で言う事なの? それ。

 少なすぎます、と愚痴る赤城さんに、私が稼げさえすれば……ごめんなさい、としょんぼりしている加賀さん。……ど、どんより! ここ、空気重いよ!

 と、その時。ふわりと香ばしい匂いが漂ってきた。

 振り返れば、ビニル袋を両手で持って中を覗きながら歩いてくる龍驤さんが。匂いの元は、その袋だろう。

 

「んー、たこ焼きよりお好み焼きにするべきだったかなぁ」

「横から失礼します! どちらでも良いので少しわけてくれないでしょうか!」

「うお、赤城! ……えー、これ、わざわざ外行って買ってきたものなんやけど」

 

 凄まじいスピードで龍驤の横へ移動した赤城さんが、凄い勢いで詰め寄った。

 

「赤城さん、さすがにそれははしたないわ」

「ううー」

 

 仰け反って、腕を伸ばしてめいっぱい赤城さんから袋を遠ざける龍驤を見かねてか、加賀さんが歩いて行って、赤城さんの襟を掴んで引き摺って行った。されるがままの赤城さんの眼差しは袋に釘付け。人差し指を口元に当て、名残惜しげにしていた。

 

「びっくりした。……おお、島風。一個食べるか?」

「なんだそれは。眼魂(アイコン)か?」

「は?」

 

 あ、今なんか、昔の私が顔を見せたような……じゃない。龍驤さんが白い目で私を見ている。

 違うんです! 今のは…………なんだったのか自分でも説明つかない!

 

「キミ、相変わらず訳わからん事言うね」

「ええ、まあ。あはは……」

 

 誤魔化し笑いをしてなんとかその場をやり過ごし、たこ焼きを一つ食べさせてもらってから彼女と別れ、妖精の園へ踏み込んだ。門番妖精さんは鼻提灯を膨らませて眠っていたので、起こさないように無断で侵入だ。起こすのは忍びないしね。

 小さな街並みは妖精の棲家、長く続く道のずっと先に、端っこで屈んでいる朝潮を見つけた。

 やっぱり、いた。なんとなくそうじゃないかって思ってたんだ。

 

「朝潮ー!」

「あ、シマカゼ」

 

 数匹の妖精さんと何やら意思を交わしていた朝潮に駆け寄りつつ声をかければ彼女は立ち上がって、笑顔で俺を迎え入れた。すぐ傍まで行き、手を取って体をくっつける。

 あったかくて、やわっこい。いつもの朝潮だ。

 でも実は、彼女は前と少し違っていたりする。

 戦争が終わった後の朝潮は、張り詰めた雰囲気や生真面目な印象がするっと抜けて、ちょっと気の抜けた優しい子になっていた。

 仕草が大袈裟になったって言えば良いのかな。身振り手振りがすっごく増えて、そこもまた好き。

 

「ね、何してるの?」

「みんなとお話をしていました。今日来るという子について、少し」

「ああ、みんなが話してるあれね。私もその子のためにお菓子買ったよ」

 

 ほら、と袋を持ち上げてみせれば、それは良いですね、と朝潮。

 

「私も何か買っておくべきでしょうか……」

「そうする? どうせなら外にでも行こっか。お買い物付き合うよ」

「それは……はい。ぜひ、行きたいですね」

 

 付き合うよ、を強調して言えば、彼女は照れたように笑って、手を握り直してきた。

 指を絡め、それから、少しして。

 数度深呼吸した私は、ぱっと手を離して彼女の前へ動き、向き合う。いそいそと袋から箱を取りだし、片手で持ったまま開封して、安っぽい指輪を二つ取り出した。妖精印の鉱石つき。一個七百円。

 

「……それは?」

「指輪だよ。ねぇ、朝潮。私達、人間になっちゃったでしょ?」

「はい」

 

 俺の手を見つめて疑問を浮かべていた彼女は、とりあえずといった風に俺の言葉に答えた。

 うん、前からもそうだったけど、これからも、正式にお付き合いなんてできそうにないから、せめて形だけでもそういう風にしたいなって、事で……ね。

 ああもう、説明するの恥ずかしいなあ。

 

「ペアリングしよ、って言いたいの。どう?」

「どう、と言われましても……」

「嫌?」

「い、いえ、そんな事は! ただ、その、どの指につければ良いのか、迷ってしまいますね……」

 

 手を合わせ、しきりに右手の指で左手の薬指を撫でる朝潮に、当然私は自身の左手の薬指に指輪を通そうとして……羞恥に苛まれて、なかなかはめられなかった。

 じゃ、じゃあ、右手でも……うう、それでも薬指って特別な感じがして、こう、やり辛いなあ。

 

「ぺ、ペアな事に意味があるから、どの指だって良いよね!」

「そ、そうですね!」

 

 という訳で、お互い相談して、二人共右手の中指につける事にした。

 どうせだから、私が朝潮の指に通し、朝潮が私の指に通すという形で……いざ。

 

「待った! っぽい!」

「うわっ!?」

 

 まずは朝潮の手をとって、ゆっくりとはめようとすると、大きな声に止められた。特徴的な語尾は、一人かいない。

 夕立ちゃんが向こうの黒い建物……緊急出撃する施設から顔を覗かせて、ぱたぱたと走り寄って来た。

 

「ゆ、夕立ちゃん」

「その指はやめといた方が良いっぽい」

 

 え、なんで? 何か縁起が悪かったりするのかな。

 

「右手の中指に指輪をはめるのは、恋人募集中だとか、そういう意味があるっぽい」

 

 一本指をたてて説明するのを聞けば、なるほど、それは確かに良くないな。

 朝潮と顔を合わせ、数秒。彼女の左手をとって、電撃作戦で薬指に指輪を通した。

 羞恥さえ置き去りにするこのスピード、どう!?

 

「ん、朝潮!」

「は、はい!」

 

 顔に血が上るのを自覚しながら、朝潮へ左手をつきつければ、さっと手を添えられて、丁寧に指輪を通して貰えた。

 

「おー、おめでたいっぽい? ぱちぱちぱち」

「……ありがとね、夕立ちゃん」

 

 手を打って祝福してくれる夕立ちゃんにお礼を言いつつ、左手に右手を重ねて胸に当てる朝潮に寄り添う。私達の絆パワーがアップした記念日だよ。もっと祝福して! とか! 言っちゃったら心臓爆発しそうだな!!

 

「そ、そういえば夕立ちゃんはどうしてあの建物にいたの?」

「………………そ、それは」

「どうして艤装を身に着けているのですか?」

「えーと、えーと」

「……もしかして夕立ちゃん、勝手に出撃してた?」

「ぎくっ」

 

 『ぎく』て。

 ご丁寧に砲も握っている夕立ちゃんは、反応からして海に出てたみたい。あーあ、提督に怒られるよ。たたじゃすまないよ。

 

「て、提督さんには内緒にしといてほしいっぽい!」

「あはは。ま、私は夕立ちゃんが海に出たなんて思ってないよ。そういう子じゃないってのは長い付き合いでわかってるもん。ね、朝潮」

「はい。今我々が海に出れば、司令官が責を問われてしまいますから」

「……ぽいぃ」

 

 私は彼女の悪事を黙っておいてやろうと思って言ったのだけど、朝潮は本気で夕立ちゃんを信じてるみたい。……その子、結構悪い子だよ。長い付き合いだからよーく知ってる。

 

「そういえば、吹雪ちゃんは帰ってきてるかな」

 

 縮こまっている夕立ちゃんが可哀想だったので、話題を変える事にした。

 

「うん。今は体育館でレッスン中っぽい」

「あ、いつもの。吹雪ちゃんも那珂ちゃん先輩も頑張るよね」

 

 二人はこないだ鎮守府が住宅となった時の催しで歌って踊って場を盛り上げていた。熱狂が凄かったな。

 それでおしまいでなく、まだやってるんだ?

 

「吹雪ちゃん一人でのレッスンっぽい。那珂ちゃん先輩は、他の『那珂』に会いに行っているっぽい」

「他の……って、同一艦って事?」

「そうっぽい。なんでも48人集まってアイドルグループを結成しないかって誘われてるぽいな」

「へぇー」

 

 那珂ちゃん48か……。……絵面的にどうなんだろう、それは。

 

 

「ここにいたのね、島風」

 

 那珂ちゃん先輩が伸るか反るかとか、結成したとしてどう活動するんだろうとか予想しあっていると、叢雲がやって来た。

 夕立ちゃんが凄まじい速度で艤装を妖精さんにパスして運ばせ、何食わぬ顔で自然体になって立つ。

 …………。

 

「どーしたの、叢雲。私に用事?」

「ええ。司令官……藤見奈さんがお呼びよ」

 

 あ、言い直した。

 そっか、私達にとって藤見奈提督は提督じゃなくって、お父さんになったんだったね。なんて呼べば良いのか迷っちゃうよねー……。

 それで、そのお父さん……んんっ、提督が、私を呼んでるって? なんで?

 

「行けばわかるわよ。ほら、今すぐ、急いで、さっさと行きなさい」

「う、うん、行く、行くから」

 

 なんでそんな不機嫌そうなの?

 彼女に促されるまま小走りで出入り口に向かい、途中で振り返って、朝潮に手を振る。

 

「それじゃ、また後でね!」

「ええ、また後で!」

 

 ぶんぶんと手を振り返してくれる朝潮に笑みを零しながら、向きを戻し、本棟へ走る。

 新人の子って、どんな子だろう。

 

 

「入ってくれ」

 

 扉を叩けば、提督の声。

 ノブを回して押し開き、部屋に入ってすぐ頭を下げて挨拶する。

 

「シマカゼ、ただいま到着しました!」

「ああ。……楽にしてくれ」

 

 頭を上げ、言われた通り楽な姿勢で言葉を待つ。

 提督は、なぜか机の方ではなく窓の前に立っていた。隣にも電が立っている。お腹の下あたりで合わせられた両手、その左手の薬指に光る物を見つけて、ふふ、と笑ってしまった。なんか、嬉しいな、こういうの。

 あれ、そうなると電の扱いってどうなるんだろう。姉妹なのにお母さんになるの? それに、名前は藤見奈電になるのかな?

 変な事で悩んでいれば、二人が両脇に退いた。

 窓から差し込む光に照らされて、一人の艦娘が姿を現す。

 

「おっ、そー、いー!」

「!」

 

 島風だった。

 自分と同じ姿の少女にたじろいでいれば、びゅんっと風を切って走り出し、ぶつかるように抱き付いてくる。

 なんとか抱き止めれば、むっとした顔がドアップに。

 

「ばかばかばか! あなたが島風まで放り出すから、私変な所まですっ飛んでっちゃったんだからね!!」

「え、え……?」

「大変だったんだから! ここまで走って帰って来たんだからね! おみやげあるよ!」

「……も、もしかして」

「やっと気付いた? 遅いよね? まさか島風の事忘れちゃったりはしてないよね!?」

「そんな訳ない!」

 

 そんなはずないよ、と強い口調で言えば、おおぅ、と彼女は仰け反ってみせた。

 

「忘れる訳ないよ。片時も忘れられなかったの。島風の事……」

「ふふん。ならいいよ。許してあげる」

 

 だって、ずっと一緒だったのに、急にいなくなっちゃうんだもん。すっごく心配だった。消えてしまったのかもって思って……。

 あなたは、私の恩人でもあるから。今私が私でいられるのは、あなたのおかげだから。

 また会えて良かった。しかも、こんな形でなんて。

 ……そう、か。

 あの究極状態(シマカゼ)から戻った時、私の中にいた艦娘は全部外に飛び出した。

 島風もその一人として外に出てっちゃったんだ。

 何が原因か、遠い場所へ飛んで行ってしまっていたらしいけど……。

 でも、良かった。戻ってこれたんだ。

 私と島風は、手を取りあって、この不思議な再会を喜びあった。

 

「ねえ」

「なに?」

「ずーっと前から考えてたんだ。いつか、ちゃんとあなたの世界の話を聞かせて欲しいな、って」

 

 私も話せる事、たくさん増えちゃったけどね、とおどける島風に、負けじと私も薬指の指輪を見せつけながら、シマカゼだって話したい事たくさんあるんだから、と胸を張ってみせる。

 ひとしきりきゃいきゃいとやって、それからまた、手を取り合う。

 

「体は離れたけど、ますます近くなっちゃったね」

「私達が一緒なら、誰にも負けないよ!」

 

 負けるだなんて、もう誰とも戦う事はないと思うけど、彼女と共有した思い出は、今はまだ戦うばかりだったからそんな言葉が出てきてしまった。

 それがおかしくて、ふふ、と笑い合う。

 

「さあ、島風、自己紹介は……必要か?」

「へへ、提督。シマカゼにはいらないよ。……あ、いや、でもそうだね」

 

 こうして面と向かって向き合うのって初めてな気がするし、初めの挨拶は肝心だよね。だったら……。

 

「どっちからやる?」

 

 島風も、その気みたい。

 新人のあなたから? それとも先輩の私から?

 ちょっとした譲り合いの末に、私から自己紹介をする事に決まった。

 

 提督(お父さん)(お母さん)の前で、新人さん()島風(私の片割れ)と向き合う。

 深呼吸を一つ。

 すうっと息を吸い込むと、窓から吹き込む爽やかな風が心地良く、ここからまた、新しい何かが始まる予感を私に抱かせた。

 窓の外の光が部屋の中を明るさに満たし、私と彼女を、柔らかな陽光で包む。

 この距離でもわかる彼女の熱。息遣い。ずっと一緒だったから、それに安心して、もう一つ息を吐いて、吸う。

 窓が開いているのか、カーテンの揺れる音がした。

 風が治まるのに合わせて、私は口を開く。

 たとえ私が艦娘でなくなったとしても、ずっと口にするだろうこの言葉。

 充実した心と一緒に届けるね。

 

「駆逐艦、シマカゼです! スピードなら誰にも負けません! 速きこと、島風(あなた)のごとし、です!」




TIPS
・島風の唄
唄、とは短歌を指す。
ばらして、短い歌。
島風自身の生まれてから沈むまでは非常に短かった。

シマカゼがシマカゼとして戦っていたのも、半年にもみたない期間。
短くも濃密な歌だった。

これからはまた、シマカゼやらしまかぜやらになって、人間の自由と平和のために
働きつつ、友人達と過ごしていくだろう。

戦争は終わった。
でも、日常は終わらない。
むしろここから彼女達の本当の物語が始まるのだ。

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