島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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日にち指定までして遅れてごめんね。

次の投稿は2月17日を予定してます。



~前回のあらすじ~
神隠しの霧の脅威を除くため、連合艦隊出撃。



第五十六話 連合艦隊

 バララララ――……。

 四方に伸びる真っ白なブレードが高速回転し、同色の大きな機体が、緩やかに降下しながら辺り一帯の風を掻き混ぜていた。真下の海は吹き付ける風に平らになって、その中心では半球状の水が小さく浮き沈みを繰り返して、周囲へ波を送っている。空飛ぶ鉄の鳥籠は、特設海上防衛隊の所有する支援ヘリだ。

 今回の作戦には、艦娘を知る外部の人間も参加していると聞いた。実際こうして目にするまでは、危ない海上にヘリコプターなんて飛ばすものかと疑問に思っていたのだが、ヘリの周囲をびっしり固めている艦戦や艦爆を見れば、納得した。ああまでしてもヘリを出すくらいに、今作戦に力をいれているのだろう。……風圧とかで飛行が乱れたりはしないのだろうか? 艦載機乗り妖精さんの腕が凄いのか。

 

 スライドドアを押し開けて顔を覗かせた正規空母の艦娘、瑞鶴(ずいかく)が弓を片手に、黒艶のツインテールをなびかせた。片膝立ちでいる彼女は、ヘリの周囲を囲むように海上に立つ艦娘達――この暴風をものともせず、服や髪をめちゃくちゃにされながら見上げている――を見下ろすと、振り返って上体だけ機内に引っ込ませ、空いている手に重箱のような物を持って、再び顔を出した。薄紫と白からなる布に包まれた、高級そうな、たぶん何段か重なっているのだろう箱が無造作に投下される。俺の立つ離れた場所からは、どの艦娘がどんな風にそれを受け止ったかは人垣に隠されて見えなかった。まあ、俺はすでに物資を受け取ってそれの補給中だったので、さほど興味を惹かれる事もなかったから、見えなくたって構わない。

 下より上だ。ヘリのドアが開いたところから機内を覗き見て、パイロットも艦娘なのかどうかを確かめたかったのだが、少しの妖精さんと間宮らしき人影が見えたくらいで、操縦しているのが誰かは確認できなかった。不思議な力で浮いているって線もあるかも。空母艦娘はヘリさえ飛ばす、とか……ないか。

 

『変な発想ー』

(うるさいよ)

 

 間延びした声でツッコミを入れる胸の中の島風に、こちらも投げやりに言い返すと、うあー、と変な声を上げて、それきり喋らなくなった。……なんだこいつ。

 島風も暇してるのかな。俺とおんなじに。

 

 配られた物資の内訳は、燃料、弾薬、ボーキサイト――これは直接渡して補給するような物なのだろうか――に、艤装用の固形燃料が一つ。キャラメルみたいな奴。それから、竹皮で包んだおにぎりが三つ。なんと豪華たくあん付き。美味しくって涙が出るね。

 それを海の上に立ったまま平らげる。テーブルはないし椅子もないが、いつもの調子でルームメイトの吹雪と夕立、叢雲と、それからリベッチオと向き合いながらの食事だった。一番に食べ終えた俺は、中指の真ん中辺りにくっついていた米粒を見つけて口に運び、ちゅっと吸い取るようにして除きながら、ぼうっとして、特に何を考えるでもなく、仲間の顔を眺めていた。正面の夕立が、ぽいぽいむぐむぐと口に手の平を押し付けるようにして半分ほどあったおにぎりを詰め込み、缶に入った燃料――着色飲料と書いてある――で流し込む。鎮守府では見られない、ちょっと乱暴な食べ方だ。改二姿でなら、犬食いっぽくても違和感は薄い。……そういう点でしか変化を感じられないのはどうなんだろう。容姿は変わったのに、接していて違和感がない。いやまあ、性格まで大幅に変わられては、困っちゃうんだけどね。

 

「リベッチオ、早く食べないと置いてかれちゃうっぽい」

「んー」

 

 上目遣いでヘリの方を見ながら、三角おにぎりの一角をはもはもしていたリベッチオを、夕立が急かす。ああ、急いで食べてたの、それを危惧していたからか。まだ食べ始めてもいない人だっているだろうから、時間的な余裕はあると思うんだけど……気が()いているんだね。それは、まあ、仕方がない。

 俺だって少しでも早く動き出したいから、さっさと食べた訳なんだし。

 

 神隠しの霧の捜索を開始してから、三日。時間にして七十二時間が経過している。今はお昼過ぎだろうか。正確な時刻を見るにはカンドロイドを弄れば一発だが、なんとなく目測で計りたくなって太陽を見上げた。……くしゃみがでた。てきとーに八十四時間経過って事にしとこう。たぶんそれくらい。私が間違う事はない。

 

 艦娘があんまりお手洗いにいかないようにできていて良かった。でなければこの三日で地獄を見る事になっていただろう。だがそうはならなかった。今も、尿意なんかはまったくない。通常の状態でも食欲と睡眠欲以外の生理的欲求が薄い艦娘は、生体フィールドを纏うとそれが顕著になる。空腹かそうでないかで膨らんでいた食欲は、燃料があるかないかで増減するように変わり、睡眠欲も薄くなってくる。えーと……『お花を摘みに』行くのも、ほとんど必要ないくらいだ。人としての部分がある限り、まったくないって事はないけど、生体フィールドを纏っている間の艦娘はどちらかというと無機物寄りで、生物と言えるかは怪しい。と、俺は思っている。だってそうじゃなきゃ、(ろく)に寝れない環境でずーっと動き続けるなんてできやしないだろうし、リベッチオや電なんかの体が小さな艦娘は、そうでない艦娘に比べて早くに音を上げてしまうだろう。

 俺達があくまで艦娘であるからこそ、こんな無茶な作戦が展開されているのだ。

 苦ではあるが、苦痛とまではいかないし、この作戦に大きな文句はないけどね。

 艦娘に人権があったら、許されないだろうけど。

 

 日を追うごと、連合艦隊の進むごとに艦隊が合流し、艦娘の数が増えていく。海外の艦娘も多くいた。海外艦のみで構成されている艦隊もあった。日本以外も協力してくれているのだろう。出発前にそんな説明もされていた気がする。

 二百人くらいまでは数えてみてたけど、それを越えてからは、やめた。

 同じ顔が増えるばかりで見分けがつかなくなったのと、たびたびある休憩時間内では数え切れなくなったからだ。単純に疲れているのもある。

 なんと言っても三日だ。目的地が見えないまま、ずーっと走り続けて、時折現れる深海棲艦はあっという間にやっつけられて。する事といえば、立ったままどう快適に眠るかを考えるのと、滑る時の姿勢はどんなのが一番楽かって考える事くらい。

 全体が立ち止まって休憩とともに補給や食事を済ませる時間は、だいたい二十分から三十分もかかる。早いと十五分くらいで動き出せるんだけど、そんなのは最初だけだった。

 先が見えず、終わりも見えない。終わらなければ帰れない。どれだけ敵を倒そうと、霧を見つけ、これを除かない限りは、俺達が日本の地を踏む事は許されない。

 お偉いさんだかなんだか知らないが、この作戦を全体に命じた人達の気持ちは、わからなくもない。霧は神出鬼没で、鎮守府内にだって現れる。しかも外部との連絡を絶たれ、増援や支援を望めない状況で、突如として現れる強敵やたくさんの敵を相手取らなければならない。

 それが艦娘のいる場所なら、被害はあっても撃退は可能かもしれない。だがもし、日本のど真ん中に霧が現れたらどうだ。助けに向かう事はできず、そこに艦娘がいない場合、ただただ敵の好きにさせるしかなくなる。

 そんな霧が確認されてしまった以上、脅威は排除しなければならない。一刻も早く。だから、俺達はぶっ通しで探し続けている。

 当てもなく、とは言ったけど、ルートは決まっている。決まった航路を巡回し、霧の発生を待つ形になっている。それは長く複雑で、時に陸を挟む事もあるけれど、一直線にあの霧が発生していた……映像に収められていた場所に向かわないって事は、その場所が判明していないという事で、経過した時間からわかる通り捜索は難航している。

 要らない時は向こうからやってきてばかりだったのに、いざこちらから向かえばこれなのだから、ふとした時にレ級を倒していなければ、もっと楽に終わっていたのでは、と思う事もあった。

 レ級が生きていれば生きているで、それはかなり厄介だから、思っても言っちゃいけない。あの時はなんとか倒せたけど、今度も倒せるとは限らないのだから。

 ……物量で押せば捻り潰せる……いや、犠牲を出す戦い方はよくない。あいつには艦娘の武装が効かないなんていう謎防御があったし……ああもう、暇だから倒した相手の事なんて考えてしまう。

 

『ほれ』

 

 唐突に飛んできた意思に、指先で弄繰り回していた竹皮を脇に挟んでいた連装砲に近付ける。にゅるんと出てきた妖精さんが皮の端を掴んで引っ張り込んでいった。妖精さんもお食事タイムである。固形燃料も差し出せば、再び顔を見せた妖精さんが小さな両手ではっしと掴んで持っていく。かわいい。癒される……。

 竹皮を少し切って残しておいた切れ端は、連装砲ちゃん達にあげる分。

 三匹揃って、差し出した皮を直接口で受け取って飲み込んでしまうのを見下ろしていれば、夕立も自分の艤装の妖精さんに竹皮と燃料を渡していた。

 妖精さん達が言うには、この竹皮はしっかり調理されてて美味しいらしいんだけど、初日に興味本位で口にしたそれは、うん、繊維の塊というか、スジっぽいというか……美味しくなかったんだけど、彼女達にとってはそうではないらしい。なんにせよ、ゴミが出ないのは良い事だ。いや、ゴミではないか。立派な食べ物だ。彼女達にとっては、だけど。

 燃料入りの缶は弾薬入りの缶とともに、これも艤装の中へ。艤装の方の何かに使われているのだろうと予想しているけど、実際のところ、飲み込まれていった缶やらがどうなっているかはわからない。妖精さんに聞いてみても、理解できない、途切れ途切れの単語しか返ってこなかったし。『鉄』とか、『塗る』とか……。

 

「再出発までは、まだちょっと時間がありそうだね」

「今は怪我人の治療をしているんじゃないかしら」

 

 吹雪と叢雲も妖精に皮を渡しながら、残りの休憩時間について話した。怪我人とは、ここまでの道のりで敵との交戦を担当した艦娘の損害の事を言っているのだろう。大した損害は負っていないだろうが、小さな傷も命取りになる事がある。特にいつ終わるかわからないこの作戦の上では、小破未満でもそのままにしておくのは危険だ。何人か明石を見かけたし、彼女らが処置を施しているのだろう。そういえば、その近くにいたジャージ姿っぽい艦娘は、昔を含めても見覚えがなかったな。……いや、あったかも? もしかしたら別の何かで見た人物と似ているだけかもしれないけど。……まぁ、俺がここに来てから結構時間も経ってるし、知らない艦娘がいたっておかしくない。俺が持っていなかった艦娘なんかは、既存の子でも顔を知らない事だってあるし、持ってても忘れてるかもしれない。リベッチオとか、たしかに手に入れていたはずなのに、容姿を思い出せなかったし。

 

 それにしても、艦娘が多い。島風だってもう何人も見かけている。顔を見るたびびくっとしてしまう俺は、小心者だろうか。自分と同じ存在が普通に動いているのを見るのは心臓に悪い。

 というか、いくら神隠しの霧が脅威といっても、こんなに艦娘が大集合するものなのだろうか。まるで最終決戦にでも挑もうとしているみたいだ。……そうだったらどんなに良いか。

 霧の向こうから敵が来ている、と提督は言った。でも、俺にはそうは思えない。結局そいつらもどこからか運ばれてきているだけで、たとえこの作戦で霧に突入し、そこにいた敵の全てを倒したとしても、またどこからか深海棲艦が現れるんじゃないだろうか。レ級を倒しても、霧が残り、深海棲艦を運び続けているように。

 そんな風な事を、「いつ終わるんだろうね」と問いかけながらぼやいてみれば、滅多な事を言うなと叢雲に怒られてしまった。提督を疑うなとかそういうんじゃなくて、士気の下がるような事を言うなって事らしい。騒めきの中にあるとはいえ、みんな声は抑えめだ。ただでさえ大人数なのに、音を発して深海棲艦を引き寄せるなんて愚は犯せない。だから俺も小声に近いんだけど、静かとも言えるこの場で喋れば、近くにいる誰かの耳に入る確率は高い。雰囲気は伝播する。たとえ一人だけが俺の言葉を耳にして暗い気持ちを抱いたとしても、その一人では終わりにならないだろう。波紋が広がるように不安や何かが広がっていってしまう……かもしれない。

 

「……誰だってあんたみたいな考えは持ってるわ。でも、それを口にしては駄目」

 

 どうしたって、疲れちゃうから。

 そう言って叢雲は、肩を竦めた。

 

「その通りなのです」

 

 サァァッと足下に涼しげな風が通り抜けていく。飛沫が霧となって、波の中に消えた。

 叢雲の背後からゆっくりと滑り出てきた電は、いつもの気弱な表情で同意の言葉を発した。……我らが旗艦がなぜここに、と芝居がかった口調で疑問を浮かべれば、まさか聞こえた訳でもないだろうに、彼女は俺の顔を見て、近付いてきた。

 

「今は何より、士気の低下が恐ろしいのです」

 

 すぐ傍で立ち止まった彼女は、振り向きざまに、リベッチオ、夕立、吹雪、叢雲と、順繰りにそれぞれの顔を見た。

 

「でも、ここに……ここには、司令官さんもいるって、思い出して欲しいのです」

「提督さんは、後方支援のために、ずっと通信を繋いでいる……っぽい」

 

 胸元に当てた両手をきゅっと握るようにして言う電に、夕立が呟いた。再確認するみたいな声音。

 ……そう。俺達の事は、提督が見守ってくれている。電を通して指揮もしてくれるだろう。悩む必要も不安がる必要もない。彼の言う通りに動けば良いだけ。

 そう割り切れれば、きっと楽になれるんだろうけど、いかんせん俺は感情的だ。というか、艦娘はみんなそうだ。人間と同じで、機械的に取捨選択はできないし、その場に必要のない感情や気持ちだって持ち得てしまう。

 真面目で大事な作戦なのに、退屈とか、眠いとか、疲れたとか思ったり、いつまで続くんだろうとか、成功するのだろうかと不安になったり、いろいろ。

 何も考えずに一直線に走っていって、敵を倒しておしまいって任務なら大歓迎なんだけどなー……。今作戦は、ちょっと、苦手だ。

 でも、そうだね。あんまり提督に格好悪いところは見せられないかな。男として、ああいや、艦娘として、ね。

 だがらもっとしゃんとしてなきゃ。

 

「わかった。弱音は吐かないよ。シマカゼは前だけ見てる」

「それが良いのです」

 

 こくりと、電が頷いた。動作は、控え目ではない。気の弱そうな表情に対して、電の態度はそんなに小さくないのだ。……なんでいっつも眉を八の字にしてるんだろう。気にするような部分ではないと思うけど、気になる。

 

「なんだか、そのままずーっと走って行っちゃいそうだね、島風ちゃん」

「ウサギー、かけっこ強いもんねー」

 

 茶化しているつもりはないのだろうが、吹雪がそう言うと、リベッチオがうんうんと頷いた。いくら走るのが好きっていっても、そんなにずっとは走らないよ?

 

「でもウサギー、前にかけっこした時は、リベが『もう駄目!』って言っても、ずーっと走って行っちゃったよ?」

「それは、ああー……ゴールが設定されてなかったから」

「朝潮を見つけて一直線になったっぽい?」

 

 はぇ!? な、なぜそれを!

 

 たしかに前にリベッチオと競争した時、道の先に朝潮を見かけたから、話しかけようと思って――競争の事は忘れて――寄って行ったのは事実だけど、その時夕立は近くにいなかったはず。見てないのに、なんで知ってるの? エスパータイプの艦娘なの?

 

「その顔は図星っぽい? 島風ちゃん、わかりやすすぎっぽい~」

 

 どうやら、鎌をかけられていただけらしい。

 

「うぐ……そ、そんなに?」

「言い辛いんだけど、島風ちゃん、朝潮さんの事になると、なんだかすごく張り切っちゃうから……」

 

 だから、わかりやすいって?

 苦笑いを浮かべる吹雪を見れば、悪い事じゃないと思うよ? と続けた。そんな、とってつけたように言われてもねぇ。

 なんとなく不貞腐れた顔をしてみせれば、吹雪はあせあせと手を彷徨わせて、なんとか俺を元気づけようと言葉を探し始めた。……吹雪の方がよっぽどわかりやすいと思うよ、俺は。

 

「冗談冗談。気を悪くしたりはしてないよ」

 

 シャーッと滑っていって吹雪の後ろに回り込み、俺を目で追う彼女の肩を抱く。もう、とむくれられてしまった。からかうとすぐこれだ。吹雪弄りはやめられない。ほっぺたつんつんしちゃうぞー。

 

「もー、やめてよぉー」

「やめなーい」

 

 くすぐったがる吹雪の頬を指で擦る。と、リベも! とリベッチオが腰に抱き付いてきた。その拍子に俺の手から脱した吹雪は夕立の前まで逃れ、頬に手を当てながら再度「もぉ」と零した。そんなにもーもー言ってると牛になるよ?

 横から抱き付いてきていたリベッチオは、俺の腕を取りつつくるりと回転して、俺の前面へ収まった。胸の辺りに後頭部を押し付けられ、もう片方の手も取られて、それから、体を預けてくるので、受け入れてやる。両の二の腕辺りにちょうどツインテールが当たってくすぐったかった。

 見なくてもリベッチオがにこにこしてるのがわかる。くっつきたがりさんだね。はー、あったかい。

 

「捕まえたっぽい!」

「うぇっ!? ゆ、夕立ちゃ……!?」

 

 あ、吹雪が夕立に捕獲された。さっき俺がしてたみたいに肩に腕を回して、速攻で頬をうりうりさてる。憐れ吹雪、どうやらみんなのオモチャになる事が確定したらしい。そろそろと寄ってきた叢雲にまでほっぺをつつかれて、ほにゃ、やめへ、と変な声を出す彼女を眺めていれば、こほん、と電が咳払いらしきものをした。辛うじて聞き取れるレベルの小ささだったけど。

 

「ん、あんた達、気が緩み過ぎてるわよ」

 

 いつの間にか元の位置に戻っていた叢雲が、戒めるように注意するのだけど、叢雲もさっき……いや、これは言わないでおこう。睨まれたくないし。

 休憩中とはいえ、遊び過ぎはよくない。という訳で、それぞれ気を取り直して離れた。電がまだ何か話す事があるようだったので、彼女の前へ並ぶ形に。

 

「司令官さんは、島風ちゃんを心配しているのです」

「え、私?」

 

 薄々俺に何かあるからこっちに来たんだろうな、と思っていたけど、それがまさか提督が心配しているからなんて内容だとは思わなかった。

 でも、心配……心配ねぇ。俺にそんなもの必要ないよ。自分で言うのもなんだけど、シマカゼってばレベル以外なら並の艦娘を遥かに凌駕する数値持ちだし、速いし、なんの心配もいらないって。

 

「……『飛び抜けている力を持っていても決して突出せず、仲間と協力せよ。君は決して無敵ではない』と、司令官さんは言っているのです」

 

 俺には改二もあるしね、とドヤ顔してたら、(たしな)めるように、そんな言葉。

 無敵じゃないってのはたしかにそうだけど……ううん、提督の言う通りかなあ。仲間との協力が大事。連携しなきゃ、敵に囲まれてタコ殴りにされてやられちゃいました、なんて事になっちゃうかもしれないしね。改めて肝に銘じておこう。俺は一人で戦う必要はない。金剛も言ってたよね、私達を信じてって。

 

「うん、それじゃあ、みんなに合わせられるよう頑張るよ」

「そうして欲しいのです」

「悔しいけど、改二になったって島風ちゃんには追いつけそうにないっぽい」

「ちょっと、羨ましいかな。あはは」

 

 たぶん『合わせる』という言葉に反応しての二人の言葉。照れ笑いを浮かべる吹雪に、俺は何も言えずに、曖昧な笑みを返した。

 二人分を一人に詰め込んでるからこその能力値(ステータス)だから、それ抜きだと、普通よりちょっと強い、凄く速いってくらいの差しかないんだよね……。なんかずるっこしてるみたいで、微妙な気分。

 でもこれは、正真正銘シマカゼの力なのだから、胸を張らなきゃ島風にも、他のみんなにも失礼だ。そこんとこ、島風がどう思ってるかは知らないけど。

 

「イナズマー、その首の、なぁに? 指輪?」

 

 ふいに、リベッチオが電を指差した。正確には、首元にかかったネックレスっぽいの……銀色の指輪を。日の光が輪の上を滑ると、皆がそれに注目した。

 

「はわわっ、こ、これは、その」

「どうしたの? なんで隠すのー?」

 

 ぱっと指輪を両手で覆った電は、顔を赤くさせて俯いた。その反応で、それがただの指輪ではないと察した。

 え、それってもしかして……ケッコン指輪?

 電もそういうアクセサリーとかするんだなーって思ったくらいでスルーしてたけど、()()だなんて思わなかった。だって、薬指につけてないし、というか俺、ブリリアントカットされたプラスチックと本物のダイヤの差なんて見分けつけらんないし。

 

「おめでとう、と言えば良いのかしら」

「そ、あ、」

「電ちゃん、実はとっても強かったっぽい?」

 

 あ、指輪を渡して貰えるって事は、電ってLvにすると99はいってるのか。戦ってるとこなんて早々お目にかかれないし、出撃したって話も全然聞かなかったから、どれくらいの強さなのかなんて知らなかった。

 俺もおめでとうって言った方が良いのかな? 真っ赤になってる電を見ていると、余計な言葉になるんじゃないかと思うんだけど。

 でも、あの提督が指輪を渡したりなんてするんだ。意外だなー、恋愛ごととか疎そうなのに。

 電の方は、前から好意を抱いてるんだろうなとわかってたけど、両想いだったんだね。

 ……むふ。

 あ、ううん。なんか、他人事なのに、嬉しくなっちゃった。

 想いが通じ合ってるってのは良いね。それで結婚まで行きつくのだから、展開が早い気もするけど……ああ、ケッコンか。それなら何もおかしくはないか。

 

「司令官、なんて言ったんだろう?」

「プロポーズの言葉が気になるっぽい?」

 

 きゃいきゃいと楽しげに想像を巡らせる二人に、叢雲が溜め息を吐いた。さっき気が緩み過ぎだと注意したばかりなのにはしゃいでるからだね。落ち着かないと雷が落ちるぞー。

 

「ぷっ、ぷろぽ……! そそ、そういうのじゃないのです!」

「ええー、違うっぽい?」

「なんだー……」

「あ、ゃ、そ、そうじゃないのです、けど!」

 

 電も電で、自分の言葉を否定したり、それに慌てたりで忙しない。

 なんでも、指輪を受け取ったは良いものの、まだ返事をしていないらしい。だから指に嵌めずに首から下げてるんだ。それで、一度機を逃してしまうと、どうにも答えを口にできず、今日の作戦の日までずるずると……。

 ……なんか、親近感が……。

 

「い、電ちゃん。きっと提督は電ちゃんの返事を待ってるよ! 今すぐにでも答えてあげるべきだと思うな!」

「そ、それは電も、そう思うのです」

「なら今が好機っぽい?」

「司令官と通信繋がってるんだよね。電ちゃんだけ特別の直通で」

 

 あ、そうなると、この会話って提督に筒抜けなのかな?

 いやいや、ずっと通信を繋げている、は言葉の綾で、喋る時以外は切ってあるだろう。ただ待機しててその場から動いてないってだけのはず。でなければ、電はきっともっと赤くなっていただろうし、下手すれば破裂してたと思う。

 

「う、ううー……!」

 

 どんどん背を丸めて苦悩していた電は、ばっと顔を上げると、何かを言おうとしてか口を開いて、しかし僅かな吐息しか出てこなかった。

 それだけで勢いの全てが消えてしまったみたいに俯きがちになり、ぽそりと呟いた。

 

「帰ったら……そう、きっと、帰ったら。答えを出すのです……」

「夕立は今聞きたいっぽーい」

「こら。電はあんた達に聞かせるために返事を保留している訳ではないのよ? 急かさないの」

 

 もう一歩踏み込もうとする夕立を叢雲が注意すれば、彼女はぽーいと返事をして、明後日の方向に顔を向けてしまった。

 

「ふふ、電ちゃんのためにも、はやく作戦を終わらせないとね」

「んー」

 

 ね、とみんなを見回せば、それぞれが頷いて返した。リベッチオはあんまり話の内容がわかっていなかったのか、曖昧な返事だったけど。

 

「そろそろ休憩も終わるのです。みなさん、準備をしてください」

 

 そろそろと距離をとりながら囁くような声量で俺達に声をかけた電は、他の子達の方も見に行くつもりらしく、そのまま体の向きも変えて滑り出した。良い結果を期待してるっぽい、と追撃する夕立を、こら、と叢雲が窘める。他人の色恋沙汰にほんとに興味を持つねー、夕立は。吹雪もそうだけど、夕立ほどではない。

 何がそんなに関心を寄せるのだろう……などと考えるのは詮無いか。電に言われた通り、準備をするとしよう。なんていっても、心構えをするだけだけど。

 でもその心構えが一番大切だ。だって――。

 

「……ウサギー、あれ、なぁに?」

「霧……」

「き、きたっぽい!?」

 

 それさえしておけば、こんな急な事態にだって対応できるから。




TIPS
・連合艦隊
全世界から艦娘が集まっている。
軍上層部は神隠しの霧だけでなく、戦争そのものを終わらせようとしているらしい。
そう上手くいくのだろうか?

・電関連のお話
フラグ立て

・支援ヘリ
『掃海・輸送ヘリコプターMCH-101』……的な?
詳しい描写は省く。わかんないから。
スカイサイクロン改とでも名付けておこう……却下?

・パイロット
たぶん瑞鳳とか、そこらへん。

・ジャージ姿の艦娘
速吸。

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