島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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海水浴してない


第五十一話 海水浴

 

 海休暇当日。

 俺達は、提督が運転する車および、軽巡の先輩や戦艦の先輩が運転するワゴン車で海へとやって来た。

 

「うーみだー!」

「ぽぃいーーーーいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 煌めく白い砂浜に飛び込み、両手を振り上げて叫ぶ。

 隣に立った夕立が常人には理解できない奇声を発した。耳にきーんと響いたけど、テンションが上がっていたので全然気にならなかった。

 うんうん、海に来たら、叫びたくなっちゃうよね。

 

 サンダル越しに感じる砂浜の熱。サンダルに振りかかった砂粒の熱さ。青い海が照り返す光の欠片が俺達の下まで降り注ぐ。

 潮風が肌を撫で、髪の毛を揺らして、ここが海なんだって実感させる。

 足を振って、入り込んでしまった砂をし飛ばし、それから、背後を振り返る。遠くに見える壁の上の道路沿いには、数台の車と、レジャーシートやパラソルなんかを運ぶ艦娘達が見えた。連装砲ちゃんも、頭にパラソルをつけて熱を帯びないようにしつつ、ちょこちょこと歩いている。

 

 俺と夕立は車から飛び出し次第に浜辺へ駆けつけたんだけど……ええと、あの、はしゃいでるのって俺達……だけ?

 ちらりと横を見れば、見た目お嬢様な夕立が金髪を輝かせながら、万歳のポーズでぴょんこぴょんこと飛び跳ねている。長い髪が跳ね、波打つのは綺麗だけど、やんちゃさが前面に出ているせいで雰囲気台無しだ。改二の片鱗が見える……。姿的な意味で。

 口元とかよーく見たら八重歯が出てるのを発見できるんじゃないかな、と注意深く見ていれば、夕立は体を覆っていたタオルをぶん投げて水着姿を露わにすると、カタパルトで射出されるみたいに海へと飛び込んで行った。海水を跳ね飛ばしながら海の上をスライドして行く夕立。……なんで生体フィールド纏ってるんだろ。そういう遊びかな?

 いつもと違った気分で海の上に浮かぶのは、考えてみるとサーフィンとかみたいで楽しそうだ。俺もやってみようかな。

 なんて推察していたら、夕立はちょっと恥ずかしそうに居住まいを正すと、垂直に海の中へ沈んでいった。

 ああ……そっとしておいてやろう。

 

「ウサギー!」

 

 背後からざんざんと音がしてきたので振り返れば、リベッチオが飛び込んできていた。タックルするみたいに腰に抱き付かれて、危うく倒れそうになる。うっ腰が! ……とはならない。シマカゼ改は、生体フィールドを纏っていなくともかなり頑丈なのだ。砲弾ぶつけられたりタンスの角に小指ぶつけたりしたらさすがに大破するだろうけど、成人男性にぶん殴られるくらいなら耐えられると思う。泣くかもしんないけど。

 

「なになに、どうしたの?」

「ウサギ、あそぼ、あそぼ!」

 

 ああ、はいはい。遊んでほしいのね。

 いいよ、と笑顔を向ければ、彼女はやったやったと小声で繰り返しつつ、自分の体ごと左右に振って俺を揺さぶった。水玉模様がかわいいフリル付きの水着もふりふり揺れる。

 俗にタンキニと呼ばれる、タンクトップとビキニを合わせたみたいな水着を纏ったリベッチオは、『遊び』に来たからか、昨日よりも元気に見えた。

 昨日、というか、ここに来る前より、か。

 海水浴に行くぞ、と聞いてから、それを怖がってか、車の中ではすっかり大人しくなって外の景色を眺めたりしていたのに、今はこれだ。

 道中吹雪や夕立が彼女の気分を盛り上げようと、海に行ったら何して遊ぼう、これをしようか、どうしよう、と話していた。蓄積されたお楽しみパワーが爆発でもしたのかね。

 なんにせよ、海の前まで来て、やっぱり怖いから、と縮こまってしまうよりは良いと思う。

 

「もう、夕立ちゃんも島風ちゃんも、いきなり飛び出すなんて……ちゃんと準備体操しなきゃ駄目だよ?」

「でもその心意気、買うよ!」

 

 びしっと俺を指差し、制服を脱ぎ捨てて水着姿になった川内先輩が、ひとっ跳びで俺達の頭上を飛び越え、夕立を追って海の中へ入って行った。那珂ちゃん先輩も続こうとしていたけど、神通先輩に腕を掴まれて止められている。

 

「川内先輩……もう、島風ちゃんは駄目だからね?」

「あはは……わかったよ」

 

 砂浜にパラソルを突き立てながら、吹雪が呼びかけてくるのに、ごめんごめんと謝っておく。年甲斐もなくはしゃいでしまった。あれかなー、俺の中のシマカゼの血が騒ぐ的な……ほら、精神は肉体に引っ張られるとはよく言うし!

 

『島風のせいにするつもり?』

 

 誰に対してかわからない言い訳を繰り広げていれば、胸の内に島風の声が響いた。

 あ、起きてたの。

 出発前に元気に騒いでいた島風は、車に乗り込む前に『疲れた、寝る』って言って黙ってしまったのに、ちょうど良いタイミングで起きるもんだ。ひょっとして、起きたい時間に起きる特技持ちかな? 羨ましい。俺などは、お酒をいれて眠ったりすると、翌朝は確実に寝過ごしてしまうというのに。

 

 そういえば、彼女が俺の中から話しかけてくる時の声って、不思議に響くけど、どういう仕組みなんだろう。

 風が吹いてても、波の音が煩くても、霧の中でさえノイズなしに耳に届くこの声は……うーんと、ああ、そうだ。三原先生の声に似てるんだ。

 先生の声って、教室の一番後ろにいても、廊下のずっと遠くにいても、耳元に聞こえる気がする。あれもどうなってるんだろうな。まさか手品ではあるまい。そんな手品があるなら俺にも教えて欲しい。戦闘の際にも役立つんじゃないかな。

 あいにく、ケーキ作りを教わった時はそういう話はできなかったから、手品を習うとしたら次の機会だ。

 ……三原先生って忙しいのかな。授業と、その授業の計画と……あと、何してるんだろう。

 時々鎮守府にいない事があるけど、別の鎮守府でも教鞭を()ってたりするんだろうか。

 

「リベッチオちゃんもだよ? ほんとは準備も手伝わなきゃ駄目なんだから」

「はーい! ごめんね、ブッキー!」

 

 俺の腕に絡んだまま腕をぶんぶん振るうリベッチオ。なんか、急に懐かれたなー。……まさかこれ、俺が彼女と同レベルに思われてるとかではないよね? ぜんっぜん先輩らしくない、同年代の子みたい! だから気安い! みたいな。

 仲良くできるなら、それで構わないけど……なんだかなぁ。かつて普通の男性だった自分が、ずっと遠くに行ってしまった気がして寂しい。

 本来の体を失い、この小さな体になってまだ二ヶ月くらい。もう、元の目線の高さも忘れてしまっている。きっと今急に福野翔一に戻れたとしても、違和感酷いだろうな。

 

「ほら、ぼうっとしない。こっちに来て手伝いなさい」

「あ、うん!」

 

 青いレジャーシートの四方に木編みの箱を置いたりして重しにしていた叢雲が、俺を見ないままに言った。言われた通りに向かっていく。その際、自然にリベッチオと手を繋ぐ形になった。彼女は楽しそうだから良いけど、そう親しくない俺とこんなに近くにいて、不快感を抱いたりはしないのだろうか。……子供にはないのかな、パーソナルスペースとかなんとかいうの。一定の範囲内まで近付かれると嫌になるってあれ。

 石の壁と横向きの階段の前に敷かれたシートと、立てられたパラソル。これ以外に何を手伝えば良いのかといえば、それはもちろん、パラソルを突き刺すのとシートを敷くのと、折り畳み製の机と椅子を出す事だ。

 この海に来たのは俺達第十七艦隊だけではない。ええと、第十八艦隊……でいいのかな? 新しい艦隊……隊と呼べるかどうかはわからないけど、リベッチオが来てるし、他にも、たとえば吹雪の憧れの先輩、赤城さんとか、加賀さんも来てる。今は車の方で提督のお手伝いをしてるんじゃないかな。

 現在この海には、我が鎮守府に所属する艦娘の半数と少しが来ている。二日にわけて、交代で遊ぼうという話だ。この『少し』の部分には、明日遊ぶ予定の艦娘が入っている。お休みじゃないはずの今日に来ているのはなぜかというと、お仕事のためだ。

 

 金剛先輩とその妹さん達に、龍驤と伊19が艤装を身に纏い、海に出るのを見た。

 俺達が遊んでいる間、彼女達が哨戒してくれるらしいから、安心だ。ここら辺に現れる敵なんてあっという間に沈められるだろう。

 ……ここら辺に現れる、と聞くと、これまで本来出現するはずのない場所での強敵と戦ってきた俺としてはちょっと不安になるのだけど、あれは、全部神隠しの霧に関係していたらしいから、それが除かれた今、そういう心配は必要ない……らしい。

 あの神出鬼没の霧にはある場所と別の場所を繋げる能力があった。あれで、遠い海域から、解放済みの海域に深海棲艦を送る事で、突如として現れたと感じられるような仕組みになっていたのだろう。

 

 レ級はなぜそんな事をしていたのだろうか。

 あいつならどこにでも行ける。あいつ自身が動き回る事もできたはずだ。侵略と破壊以外に目的を持たない深海棲艦をいくら送り込んだって、あいつが言っていた『不要』な艦娘の排除はそうできなかったはず。

 ……奴を倒してしまった以上、この疑問に答えが出る事はない。そもそも俺は考えるのが苦手なんだ。そういうのは、人間様に任せるとしよう。深海棲艦がどこから来て何を目的としているのかを解き明かすのも、ついでにね。

 そもそも奴の言動を思い返せば、レ級は自身が『不要』と判断した艦娘を倒しに行っていたみたいだし、案外多忙だったのかもしれない。だから代わりに他の深海棲艦を差し向けていた、とか。

 ……やめよ。考えるのは性に合わない。かといって戦いが得意でもない俺は……朝潮のためにベッドのシーツを新調しておこう。

 ……いかがわしい。

 火照った頬を冷ますために、レジャーシートの方を見やる。連装砲ちゃん達が三体揃って並んで寝ころび、背中を焼いていた。

 ……あんたらね、それじゃパラソルつけた意味ないでしょ。

 あーあ、あれじゃ叢雲も触れないだろうな。

 叢雲の動向を探れば、彼女は何やら手に持って連装砲ちゃんに近付いていた。……日焼け止めのクリームかな? あの子も何やってるんだか……。

 

 提督が階段を下りてくれば、わいわいがやがやと艦娘達も後に続く。そこには由良さんや同艦隊の深雪に五月雨、それから朝潮がいる。パーカーを羽織った朝潮の傍には、つかず離れず満潮と荒潮が付き添っていた。……何あのボディーガード。怖い。

 だが俺は、あのむすっとした顔とほんわか笑顔のボディーガードのうち、片方を調略により籠絡している。怖いのはもう片一方だけだ。……正直、何考えてるのかわかんな過ぎて困ってる……けど、止まる訳にはいかない。俺はこの海休暇を楽しみにしていた。朝潮と浜辺で追いかけっこするために……なんて古風な妄想は置いといて、海で遊ぶ、という普通の思い出を作ってみたくなったからだ。

 一緒に戦ったのも良い思い出だ。隣り合って砲撃したりキックを繰り出したりしたのは、俺にとって忘れられない出来事になっている。

 でも、せっかく告白してOK貰った相手とした事が八割戦闘ってどうなんだろう。残りの二割は寝食を共にした事と、レ級を倒した後の夜の事。

 遊んだ記憶とか、のんびりした記憶とか、そういうの、残していきたいじゃない。

 この体が子をなせるかは知らないが、寿命も何もわからないのなら、せめてそういった情報を頭に刻んでいきたい。

 俺にとって、それが子供を作るのと同じになると思う。

 次世代へ、シマカゼという艦娘の記憶を遺して逝く。この戦争が俺の生きているうちに終わったら、その後の目的はこれにしようかな。

 

「みんな、設置は終わったな? それじゃあ準備体操を……あー……もう泳いでいるのがいるが、気にせず準備体操をしよう」

「こっちに集まってほしいのです」

 

 階段を挟んで両側に広がるレジャーシートの群れ。その中心に立った提督が呼びかければ、ささっとみんなが列になる。ここら辺はさすがに戦う女の子なだけあって、乱れがない。俺も含めてね。

 まあ、若干二名遠くの海でばしゃばしゃやってるんだけど、提督が言った通り気にしないでおこう。たぶん後で罰があるだろうから。まあ、提督の事だから、罰とも言えない小さな何かになるんだろうけど。

 

「点呼は……」

「ああ、今日くらいは堅苦しいのはやめにしよう」

「では、点呼は省くのです」

 

 本日は珍しく、電も外に出てきている。

 なんかあの子、執務室の外で見かけた事一回しかないんだけど……ずっと執務室で過ごしてんのかな。

 たしか隣に続く扉があったはず。……でもそこって、提督の宿直室でしょ? いや、寝室かな?

 そこに秘書艦の寝泊りする場所はあるのだろうか。

 ……ひょっとしたら、提督と電は同じ布団で寝てたりして……。

 

 いーちに、さんし、にーに、さんし。

 足を伸ばし、腕を伸ばし、腰を回して、前体を折って、後ろに反らす

 しっかりと体を(ほぐ)して泳ぎに備える。艦娘だって溺れる時は溺れるのだ。そもそも俺達の体内構造は、人間とそう違ってはいない。生体フィールドを纏う事でようやく艦艇の能力を得るのだ。生身では、超人染みた身体能力を持つ普通の女の子でしかなくなる。

 なのでよく解しておかないと……。

 

「つっ、つらっ、足()ったっぽい~!」

「大丈夫ー?」

 

 後ろに聞こえる声は夕立と川内先輩のものだ。大方、沖で足をやられて、抱えて戻ってもらったのだろう。提督が呆れ顔になって、シートの方へ行くよう指示していた。

 ……足攣るのって辛いよな。ふくらはぎを攣ったのなら、アキレス腱を伸ばす運動をすれば抑えられる。

 川内先輩は夕立の足を抱え込んで無理矢理真っ直ぐに伸ばさせる事で回復させてるみたいだった。

 

「みんなも知っての通り、今日は演習も兼ねている。他所からも見知らぬ艦娘が来るだろう。その子達に失礼の無いように過ごしてくれ。演習に当たるメンバーは出発前に知らせたとおりだ。向こうが到着した時に、この場所に集まるように」

「それではみなさん、楽しんでください、なのです」

 

 電がしめれば、列が崩れて散っていく。俺もリベッチオの手を引いていったん海の方へ逃れた。

 その後に朝潮の下へ突貫するつもりだったのだけど、あの愛らしい姿を探している時にリベッチオに腕を引っ張られ、強制的に海水浴を楽しむ羽目になった。

 ここにいるのは一時間や二時間ではないんだし、最初はリベッチオと遊んでやるのも良いだろう。

 なんて考えつつ振り返れば、彼女は俺の腕を両手で掴んで青くなっていた。

 

「……怖い?」

「こ゛わ゛い゛ぃ゛……」

 

 ……そこまで?

 さっきまでの元気はどこに行ったのか、顔を青褪めさせてひたすら震える彼女の腕を振り払う訳にもいかず、困ってしまって、周りを見た。が、助けが欲しいほどの事態でもないので、すぐに顔を戻し、彼女の(わき)の下に手を入れて抱き上げ、砂浜に戻る。

 

「聞いてなかったけど、ひょっとして君、海の上に出た事ないの?」

「うん……」

 

 海の上に、とは、出撃とか、そういうのだけではなく、船も含めて、だ。

 中央って、東京か京都か皇都かわかんないけど、そこからうちの鎮守府に来るのに、海の上は通らないだろう。車かな。電車はないと思う。

 という事は、彼女はついさっき初めて海水に触れた訳なのか。

 

「私からは、慣れろとしか言いようがないけど……どうする? また入ってみる?」

「…………うん」

 

 おや、意外だ。首を振られるかと思ったけど、彼女はもう一度行くと言った。

 まだ小刻みに震えているし、俺の腕を掴んだままだけど、リベッチオは俺を見上げて、「行く」、と明確に口にした。

 

「いいね。そういうの好きだよ、私」

「えへへ。じゃあ、リベに泳ぎ方、いーっぱい教えてね?」

「おーけーおーけー。お姉さんが手とり足とり教えてあげる」

 

 たぶんめちゃ速くなれるよ。

 なんてずれた事を考えていると、リベッチオがはにかんで、俺の前に立った。

 ……さっきは「お姉さんが」なんて言ったものの、彼女の方がよっぽど姉さんみたいに笑う。

 やっぱり……似てるなあ。

 あー、駄目だ駄目だ。誰かに姉さんの影を見るのは。

 こればっかりはなかなかやめられるもんじゃなさそうだけど、意識して抑えないと。朝潮に嫌われたくない。

 

「まずは海水に顔をつけるところから始めよっか」

 

 泳げない可能性も含めて考え、まずはその恐怖心を克服してもらおうと、彼女の手を引いて波打ち際へ移動する。

 びくびくしながらも、彼女は笑顔で頷いた。

 

 

 演習相手が到着したのは、割と早い時間だった。

 当初、彼女達の相手には俺が選ばれていたんだけど、この休暇中になんとしてでも朝潮と話したかった俺は、代わりに吹雪を推薦して押し通した。

 吹雪はめちゃくちゃ戸惑っていた。そしてそれは、当日となった今も変わっておらず、演習内容がビーチバレーだと判明するとさらに動揺を激しくさせていた。

 ……ビーチバレーなんてした事ないよね。海来たの初めてだもんね。

 だがそんな縋るような目で見られても困る。俺だってビーチバレーなんかやった事ない。

 それに俺は、リベッチオの育成で忙しいのだ。ごめんね、だから俺はもう行くよ。

 せめて特型駆逐艦の名に恥じぬ活躍を祈ってるよ、吹雪ちゃん!

 

「で? あんたはなんでこっちに来るわけ?」

「朝潮に会いに来たからだけど?」

 

 三時間の間リベッチオの特訓に付き合い、他の多くの艦娘の手も借りて、ようやく彼女が泳げるようになったので、彼女を連れて朝潮の下にやってきた。

 段差のある場所に建つ海の上の中、朝潮は、いちおう泳ぎはしたのか、髪や水着をしっとりと濡らして、椅子に座って、机の上に並べた貝殻を弄っていた。

 俺が入っていけば、その両脇に立つ満潮と荒潮が、彼女を守るように立つ。なんで君ら、そんなに俺から彼女をガードするの? ……そんなに危ない目をしてたりする?

 まあ、満潮は問題ないのだ。

 

「そういえば、こないだのケーキの話なんだけど」

「ん゛っ!? ほ、鳳翔さん、お茶ちょうだい!」

「はいはい、お待ちくださいね」

 

 俺の言葉を遮るように、部屋の奥、カウンターの向こうに声をかける満潮。ここ、古くて誰も使ってなさそうなお店だけど、今は鳳翔さんが入って、海の家を営業してるみたい。すでに誰か来ていたのか、焼きそばのソースの良い香りがした。それで、ここはバルコニーみたいになってて、海や砂浜を一望できるから、すっごくお洒落で、素敵だ。なんか、懐かしい気分になるのはなんでかな。

 向かって正面に朝潮の座る机。左側にカウンター。右側が開いていて、海。俺の後ろに立っていたリベッチオは、興味深げに辺りを見回し、カウンターの方に寄ろうとしていたので、腕を掴んで阻止した。

 不思議そうに見てくるけど、そっちに行かれては困るのだ。君は最終兵器なんだから。

 

「ほら、リベ。この人達にご挨拶」

「はーい! ciao(チャオ)! リベはリベッチオっていうの。よろしくね!」

「ぁ? ああ、新しい子ね。満潮よ」

「朝潮型駆逐艦の1番艦、朝潮です。あなたより速く着任してはいますが、まだまだ多くを学んでいる最中です。一緒に成長していきましょう」

 

 カタッと椅子を鳴らして立ち上がった朝潮が、かっちりした挨拶をした。敬礼こそしていないが、硬いなぁ。厳格ってほどじゃないけど、真面目な印象を受けるだろう。リベッチオは、そういうの平気かな?

 にこにこ笑ってるのを見るに、嫌がってはいないみたい。良い事だ。

 

「荒潮です。かわいい新入りさんね~」

「そう? リベ、かわいい?」

 

 !

 おっと、はからずもリベッチオが荒潮に興味を持ったぞ。

 これはチャンスかな。

 

「どうやら荒潮はリベに興味があるみたい。そうだ、ちょうどいい機会だし、リベも他の子とお話して、親睦を深めてみない?」

「んー……」

 

 考える素振りを見せるリベッチオに、俺は内心行け行け言っていた。荒潮の方が君に興味あるんだよーってアピールしてみたけど、わざとらしかったかな。

 

 俺が彼女を伴って朝潮を探していたのは、彼女の妹をどうにかするためだ。誰かの相手をしていれば、荒潮とて朝潮をガードできまい。分身とかできるんだったら話は別だけど、艦娘は分身できないから要らぬ心配だ。

 ああいや、リベッチオは、別に荒潮に押し付けるためだけに連れてきた訳じゃない。他の子と親睦を、というのは本音だ。

 彼女の性格ならいずれ鎮守府のみんなと友達になれそうだけど、俺はそのお手伝いをしただけだ。

 

 俺の思惑がわかったのか、満潮が何か言いたげな目で睨みつけてくる。だが、彼女は何も言えない。

 俺は、満潮の弱味を握っているのだ。

 体重と言う名の弱味と、またケーキを作るっていう約束……。

 満潮にだけ、と言った際に、彼女は受けてしまった。それを後悔してるみたい。姉妹に内緒で、自分一人だけ美味しい思い(文字通り)をしようとしたのを。

 だから、俺がケーキの約束の話をしようとすれば、彼女は黙らざるを得ない。

 ちょっと卑怯だが……そもそも、彼女は人の恋路を邪魔しているのだ。お互い様だろう。

 それで、荒潮なんだけど……彼女はいつもの穏やかな笑みを浮かべて、肯定もしなければ否定もしなかった。興味ない、とは言えなかったのか、本当に興味があるのか……やっぱり、彼女の思考は読めそうにない。

 

「お茶が入りましたよ」

「あら~、荒潮達の分まで?」

「はい。よければ、何か食べられるものを作りますが……」

「リベ、この匂いのやつ食べたい!」

 

 鳳翔さんがおぼんを持ってやって来た。鎮守府から持参したのだろう湯呑みは、俺達の人数分ある。それが机の上に配られた。

 リベッチオは、焼きそばに興味があるみたいだ。鳳翔さんは用意してくれると言ったけど、どうしよう。俺、お財布持って来てないよ? リベッチオだって、着任したばかりなのだから、お金はないだろうし……。

 

「ふふ、お代は結構ですよ? 今日は食べ放題です」

 

 代金の心配をしていれば、察したのか、鳳翔さんが笑みを零しながら教えてくれた。食べ放題? なんとも心惹かれる……いやいや、俺の目的は朝潮だ。そのために荒潮を突破しなきゃいけないんだけど……。

 

「そうねぇ、じゃあ、リベッチオちゃん? 焼きそばができるまで、向こうで荒潮とお話ししましょ?」

「うん! じゃあね、ウサギー!」

 

 ……あれ?

 

「ほら~、満潮ちゃんも、こっちに来たらぁ?」

「あ、うん……朝潮、気をつけてね」

 

 荒潮はリベの手を取ると、もう片方で湯呑みを手にしてリベッチオに渡し、自分の分を取ると、カウンター側の席に連れて行った。呼ばれた満潮も湯呑みを手にして後を追う。

 ……気をつけて、とはどういう意味だろうね。

 

 さて、晴れて彼女と対面できるようになったのだけど……あっさり行くとは思ってなかったから、何を言えば良いのか全然わかんない。

 

「や、やぁ」

「ぁ……は、はい」

 

 椅子に腰を下ろし、満潮の背を眺めていた朝潮に声をかければ、少し呆けたような返事が返ってきた。

 ……あの孤島から帰ってきてから、まともに言葉を交わしてなかったから……俺も彼女も、最初に何を言えば良いのかわからないみたい。

 取り敢えず、俺も向かい側の席について、湯呑みを手にする。彼女も俺にならって湯呑みを掴んだ。

 まさか『乾杯』する場面でもないだろう、なんとなく浮かせた湯呑みに、そのまま口をつける。凄く熱いが、我慢すれば飲める。彼女はふーふーと息を吹きかけていた。

 

 さて……何を話そうかな。




TIPS
・ビーチバレー
本当はシマカゼを交えて他の鎮守府との交流を描くつもりだったが、
敢え無くボツになった。

・リベ
特訓する内に、シマカゼはリベッチオを「リベ」と呼ぶようになった。

・ふーふー
朝潮は別段、猫舌という訳ではない。

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