島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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ごめんなさい、明日の後編で最後です。



ケイちゃんに、義足を。
明石に頼み込んで、一晩で作り上げてもらった義足で、
ケイちゃんは踊れる足を手に入れた。
肝試し後の立食パーティーには出られなかったが、提督に約束を取りつけ、
近日中にライブを開く事が決まっている。
いっそう熱を入れて練習に励む那珂、吹雪、ケイちゃんの前に、
ジャンプロイミュードが現れた。
さらにそこに意外な敵も加わり、シマカゼも助けに入って、
戦いは混戦を極める。しかもシマカゼには何やら秘策があるようで――。


10-1.フィナーレ・勝利を刻むべき水平線は

 明け方の鎮守府には、早くも起きだして活動する妖精達の出す様々な音が静かに広がっていた。

 気持ちの良い朝の陽射しに照らされた明石の工廠の前でも、妖精達が木材や機材をゲートの前に並べ、数や状態を確認している。

 工廠の内部では、那珂と吹雪が明石の行う作業をじっと見つめていた。

 

「……よし、と。……どう? 動く?」

『……アア』

 

 背もたれのない丸椅子に腰かけたケイちゃんは、自分の足の付け根に接続された黒い義足を緊張した面持ちで見下ろして、すこしぶらつかせてみた。ケイちゃんの体から信号を受け取った義足が軋む音を立てて稼働する。ぴょこ、ぴょこ、と動きはするが、全体的に無機物といった印象だった。特に足首の関節が硬く、反応も鈍い。

 

「一日でできるのはこれくらいね。まだまだ何度か調整しなきゃいけないけど、とりあえずは、体を支えられるはずよ」

 

 まずは神経の伝達がスムーズになるまで、座ったままで足を動かしていてね。

 そういって、ドーナツ状の機械の裏側へ明石が消えていくのを見送ったケイちゃんは、次に、傍で自分を見る二人を見上げた。

 

「良かったねぇ、ケイちゃん。これで踊れるよ!」

「どんな感じですか? その、大丈夫でしょうか?」

 

 無邪気に喜ぶ那珂と、無機質な義足を怖々と眺める吹雪に、ケイちゃんはふいっと視線を動かして新しい足を見下ろした。

 

『悪クハナイナ……ケド、コレ……』

 

 義足をぶらつかせて何度も感覚を確かめるケイちゃんは、その出来自体には満足しているようだが、気になる点が二つあるらしい。

 見た目と、値段だ。

 この機械的な足は、深海棲艦としての彼女にはぴったりなのだが、那珂や吹雪と並んで歌って踊るとなるとちょっと物々しすぎる。艦娘とは違った体と接続するために義足に使われている特殊な合金は着色が難しく、機能面での損失も有り得るために、作り上げたままの黒色となっている。

 ただ、それだけあってこの義足はかなり高機能だ。見た目とは裏腹に生物的。少しすると、足の芯のあたりからほんのりと熱を感じ始める事ができるだろう。それは、義足内部を循環する血液の役割を持つオイルがしっかりと役目を果たし始めているという事。

 

「見た目なら、ほら、これで!」

 

 那珂が小躍りするような動きでケイちゃんの横にある小さな箱から、一足の靴下を取り出した。黒のサイハイソックスだ。薄手だが、耐久性は抜群。伸縮性もあるので、義足の関節部や稼働部にひっかかる危険もない。

 

「明石ちゃんの用意してくれた衣装と合わせれば、ばっちりかわいい足になるよ!」

『ソレハ、ソノ……マア、良インダケド』

「ひょっとして、お値段が気になったり……? た、高そうですもんね、これ」

 

 いそいそと手ずからケイちゃんの足に靴下を通していく那珂に、はかされている方と眺めている方は、別の事に意識を傾けた。

 

「いーのいーの、お金の事は気にしないで。それより、これからびっしばっし練習してくんだから、心構え、ちゃんとするんだよ!」

『イイト言ワレテモナ……ソ、ソレニ、人前ニ出ルノハ不味クナイカ?』

「大丈夫だよー、ケイちゃんかわいいもん。ね、吹雪ちゃん」

「そうです、安心してください! きっとみんなも、わかってくれます!」

 

 話を振られた吹雪が、両拳を握ってぶんぶんと頭を縦に振った。ほら、と、那珂が笑った。心配事など一つもないといった風にソックスに包まれた義足を一撫ですると、上も着替えちゃおうか、と促した。

 

『…………』

「まだ駄目? それとも、不安かな。なら、那珂ちゃんが肩貸してあげるね」

『イヤ、イイ。自分ダケデ歩ク』

 

 足ができた事によって上着だけじゃ隠せない部分も出てくるし、スカートが必要になるので、座らせたままでは着替えができない。

 しかし、自分でやると言ったケイちゃんは『足で立つ』というアクションに不安を抱いているようで、足と地面をじっと見つめて固まっていた。

 やがて決意を固めたのか、微かに頷くと、席に手をついて、まずは腕の力だけで体を持ち上げた。足裏を床に設置させると、ぎし、と体重が乗って、腰を上げて一息に直立する。腕を広げてバランスを取りながら体を安定させようとしたケイちゃんは、前へ重心が移動してしまうのに慌てて一歩踏み出して――。

 

『ッ!』

 

 それだけでは止められず斜めに体が倒れた。

 

「っとぉ!」

「まだ、駄目そうですね」

 

 両側から那珂と吹雪が支えて、事なきを得た。

 体を立て直して貰ったケイちゃんは、ただ歩くという行為にさえ失敗した自分が恥ずかしらしく、頬を染めてむっつりと黙り込んでいる。

 何も言わないまま那珂と吹雪を手で押し退けると、今度も自分の力だけで歩き始めた。

 足を前に。膝を曲げて上半身の体重を支え、腰を落として安定させる。屈伸していた足を戻す際の力を補助としてもう片方の足を前に。同じ動作で体を安定させる。その繰り返し。

 

『……ヨシ……ヨシヨシッ、ドウダ!』

「あー、うん。上手、かな?」

「あはは……」

 

 ……のっしのっしという擬音が似合いそうな歩き方に二人は苦笑して、とりあえず褒め言葉を投げかけた。微妙な笑みを向けられているとも知らず、ケイちゃんは喜色満面で円を描くように歩き回り、ホラホラ、見ロ! としばらくはしゃいでいた。

 

 彼女の歩き方が正常なものに近付き、「足ニ感覚ガ出テキタ」と言ったところで、衣装替えをする事になった。

 川内型の改二衣装を脱ぎ、箱から取り出した半透明のビニルに包まれた元々の衣服を広げて、一度体に合わせる。ほんのり暖かい布は肌に触れるとよく馴染んで、ああ、これこそが自分が着るべきものなんだな、と実感した。

 

「肌着も入ってるし、そっちも変えちゃおっか」

「脱いだもの、洗濯に出して来ますね」

 

 那珂が薄桃色の肌着を広げて見せるのにケイちゃんは頷いて、今身に着けている飾り気のない白いブラジャーを外すと、手渡された肌着に頭を通した。胸の上に乗った布を引っ張って正し、お腹周りの皺も伸ばす。

 ふと、ケイちゃんは周りから向けられる複数の視線に気づいた。

 床や何かの検査用の大きな機械の上、軽トラックの窓の向こう、椅子の横の箱の陰……様々な場所から妖精達が顔を覗かせて、ケイちゃんの動向を監視していた。

 みんなが眉を斜めにして楕円形のお目目も険しくしているから、迫力満点だ。さすがのケイちゃんも怖くなって、頬が震えるのを抑えられなかった。

 

(カワイイ……)

 

 ケイちゃんに見られているとわかったテーブルの上の妖精は、はっと口を開いて、すぐさま全力で駆けだすと、筆立ての後ろに滑り込んだ。ずざーっとそのまま筆立ての陰から飛び出して、ふぅいと額を拭い、一息つく。付近の妖精がサムズアップして彼女の隠密行動を称えた。

 

「…………」

『……ドウシタ?』

「あ、ううん、なんでもないよ?」

 

 胸元の服を引っ張って難しい顔をしていた那珂へケイちゃんが声をかければ、彼女は慌てたように笑顔を取り繕って、さ、下も脱いで脱いで、と急かし始めた。

 元々スカートやらズボンは穿いていなかったので、下着一枚を脱いで代わりの物と交換する。脱いだ衣類は綺麗に畳まれて吹雪の腕の中だ。洗濯に行くという彼女の好意を汲み取って、ケイちゃんはできるだけ急いで着替えを済ませた。

 黒で統一された上下を着こみ、胸元に髑髏のブローチをつけて帯を止め、前を閉じる。フリル付きの大きなリボンを腰に巻いて背中側でふわりと結べば、とりあえず服は完了。最後に、椅子に座って漆塗りのブーツを履いて、皮に通る紐を引く事で義足の太さに合わせれば完成。深海のアイドルケイちゃんだ。元は大きく出ていた肩や胸元は、下に着込んだ白いシャツに覆われている。肩で膨らむタイプで、首から胸元へかけて小さなボタンがいくつかついているが、これは装飾。ぱっと見では上着と一体になっている風になるように仕立てられている。

 

「それじゃあ、私は服を洗ってきちゃいますね」

『……オ願イスルワ』

「はい!」

 

 よいしょと追加の衣服も腕で挟んだ吹雪が、一言断って駆けていく。

 入れ替わりに奥から明石がやってきた。

 

「調子はどう? 足に違和感はないかな」

 

 普通に立って歩くケイちゃんを見ると、明石は持ってきていたクリップボードにペンを当てながら幾つか質問を投げかけた。痛みはないかとか、痒くないかとか、後は、足に触れて感覚があるかどうかを見た。

 

「今のところ不具合は出ていないみたいね」

 

 簡単な動作テストをすると、明石は頷いて、那珂に向き直った。

 

「時間に余裕がなかったから、スペアなんかはないわ。取り扱いには十分注意してね」

「うん。ありがとー明石ちゃん!」

「私は頂いた金銭分の仕事をしただけです」

 

 少し冷たい態度で一歩引いた明石が、それで、どうするの? と問いかける。

 

「これから練習だよ。お披露目の場は用意してもらったもんね」

「そうじゃなくて、その、彼女の事よ。まだ提督には見せてないんでしょ?」

 

 みんなにも。

 きっとみんな、驚くわ、と不安げに言う明石に、そうだね、と那珂も同意した。

 

「きっとびっくりして、それから、ケイちゃんの事、すっごく好きになってくれると思う!」

「前向きね。『大歓迎』されない事を祈っておくわ」

 

 義足を作ったとはいえ、明石はケイちゃんをあまり信用していないようだ。そのまま背を向けて去って行こうとする明石を、ケイちゃんが呼び止めた。振り返った彼女には表情は浮かんでいなかった。

 

「何かな」

『……イヤ。……ソノ、ア、アリガ、トウ』

「……お礼なら那珂ちゃんに言ってね」

 

 不器用な感謝の言葉にぴくりと眉を動かした明石は、それだけ言うと、今度こそ歩いて行った。

 

 

 A海域。

 夕張の工廠に近い海に、二つの人影があった。

 不安定な足場に大きく体を揺らし、バランスを保とうとするドライブと、それを見守る叢雲だ。

 本棟の一室で夜を過ごした進ノ介は、翌朝、夕張の工廠でベルトさんにこう告げられた。

 

『海の上でも行動できるよう、夕張がチューニングしてくれた。まずはトレーニングをしたまえ』

 

 突然の話に驚きながらも、もしジャンプロイミュードが海へ逃げても躊躇なく追えて、深海棲艦が現れようと安定して交戦できるというのは大きい。トレーニングをする意味はわからなかったが、A海域の使用を申請した後に――提督への判断や現場のセッティングはお目付け役(代役)の叢雲がすべてやった――海へ出た。

 そこで改めて、波の立つ海面が普通の地面とは違うという事を思い知らされたのだ。

 

「おっ、おっ、っと、っとぉ!」

 

 とにかく体が揺れる。重心がぶれる。

 幸い、ドライブシステムは『海面の歩行を可能にする』ではなく『海面での行動を可能にする』方向で手を加えられていたので、転倒しようが三点倒立をしようが、海に沈む事はなかった。コア・ドライビアを用いた防護フィールドも張られているので、早々水に濡れる事もない。が、そのせいで波が厄介な敵になっている。

 

「うわっ!」

 

 引いては寄せる波の、一際高いものに転がされて尻餅をついたドライブは、そのまま横になって肘をつき、頬杖をついた。

 

「はあ、上手くいかねーな……」

 

 なんて呟きのさなかに、また波に転がされて慌てて立ち上がる。

 はたで腕を組んで眺める叢雲は、そんな彼の奮闘に口出しする事もなくじっと視線を送っていた。

 

「どうやったら安定して立てるんだ? なぁ、何かコツとかあるのか?」

 

 それから数度バランス取りを試みて転んだドライブは、叢雲と目が合うと、今の自分が客観的に見てあまり格好良くない事に気付いて、恥ずかしくなりながらもそう聞いた。

 

「さあ?」

「『さあ?』って……」

「私達にとって、海の上を走るのは生まれた時からある能力だもの。コツがあるかと聞かれても答え辛いわ」

 

 腕を解いて腰に当てた叢雲は、ひらりと手を振るとそうつけ加えた。

 がっくりと肩を落とすドライブに、今度はベルトさんが声をかける。

 

『進ノ介、今の君は艦娘と同じ体を持っている。意識を切り替えるんだ。立って歩こうとするのではなく、彼女達のように、浮かぼうとするんだ』

「浮かぶ……って言ったってな」

 

 首を傾げつつ立ち上がったドライブは、言われた通り、体勢を整えるために立つのではなく、波に揺られながらも浮かぶ事をイメージした。それはまさしく船のように。

 

「おお……!」

 

 そうすると、ドライブは波に揺られても体勢を崩す事なく、海の上に立つ事に成功した。

 結局はイメージの問題だったのだ。ドライブのイメージがコア・ドライビアを通して装甲や姿勢制御に加えられた艤装としての能力をしっかりと引き出し、あたかも艦娘のように海上の移動を可能にしたのだ。

 

「おめでとう」

「ああ、サンキューな」

 

 短く労う叢雲に、ドライブも彼女を労った。早朝から続くこのつまらない訓練風景をじっと見守ってくれていたのだから。

 ドライブは、なんの緊張もなく地面の上と立つのと同じように海面に佇む叢雲を、静かに見つめた。

 散々苦労したのを鼻で笑うように、波がきてもびくともしない体に、これが艦娘なのだと今さらながらに実感した。

 

「……艦娘か」

 

 進ノ介の脳裏にうさみみリボンの少女の顔がよぎった。輝く笑顔から、冷たい失望の表情。異様に尊敬されていた時間はごく短い間に終わってしまった。

 

『ずばり、君は今、あのシマカゼという少女について悩んでいるね?』

「……ああ、よくわかったな」

 

 君の心理状態はある程度把握できるからね、と嘯くベルトさんに、進ノ介は困ったように笑った。

 

『君が言った事は間違っていない。私も同じ気持ちだった』

「でも、あの子は」

『そう。君は彼女を傷つけてしまった。それは変えようのない事実だ』

 

 叢雲に促され、陸へと向かって移動しながら、進ノ介はベルトさんと言葉を交わしていく。

 

『彼女は……彼女達艦娘は、生まれながらにしての戦士だ』

 

 それはいわば、ロイミュードに対抗するために生み出された戦士ドライブと同じもの。

 

『彼女達には戦うべき理由があり、意思がある。それを否定してはならなかった』

「……わかってるさ。散々考えた。でも――」

 

 ベルトさんの言葉に言い返そうとした進ノ介は、がくんと体が揺れるのに言葉を切った。

 叢雲が驚いた表情で体勢を崩し、そのまま止まっている。

 どんよりだ!

 

『進ノ介。ひとまず敵の場所へ急ごう!』

「ああ。行くぜベルトさん! 今度こそ、必ず奴を倒す!」

 

 叢雲の横を通り抜けて駆け出したドライブは、風となって、瞬く間に陸に上がった。

 

 

 ドライブが海の上で転んでいた頃。

 那珂と吹雪とケイちゃんの三人は、息を切らせて本棟の裏へやってきていた。身を低くしてこそこそと夕張の工廠の方に出て、壁に開いた四角い出入口から海に面した小さな港に出ると、裏手に回って、ようやく一息ついた。

 

「はぁー、びっくりしたぁー」

「体育館に人が来るなんて、珍しいですね」

 

 ほふー、と息を吐いて額を拭う那珂に、吹雪が同意する。

 彼女の言う通り、何かを取りに来たのか、体育館に数名の駆逐艦がやっってきたのだ。今はまだケイちゃんの存在を知られる訳にはいかない。舞台裏に逃げ込んで駆逐艦の子達の動向を窺っていたが、何分経っても準備室から出てこないので、さっさと場所を移してしまったという訳だ。

 工廠や妖精の園の裏手は、ここもまた人が来ない穴場だ。鎮守府に併設された軍の基地とは海まで続く大きな壁に阻まれているし、緊急出撃ドックに挟まれたこの場所は、ただ海を眺めるだけのスポットとなっている。感傷に浸りたかったり一人でいたかったり、はたまた早朝にランニングをする子ぐらいしか、ここには訪れない。

 

「ここじゃあんまり大きな声も出せないねぇ。良い機会だし、ダンスの練習に集中しよっか!」

「はい!」

『構ワナイケド……本当ニ誰モ来ナイノカ?』

「来ない来ない。もし来たって、那珂ちゃんが締め落としちゃうから大丈夫!」

 

 こう、きゅっと首を、と物騒な事を言う那珂ちゃんに冷や汗を浮かべつつ、二人は並んで那珂ちゃんの指導に合わせて踊りの練習を始めた。

 左右にステップ、腰を捻って手を振り上げて。新曲に合わせたスピーディーな動きは歌との擦り合わせが難しく、微調整を繰り返す。

 

 招かれざる観客がやってきたのは、三人が汗を掻き始めた頃だった。

 

「……?」

「吹雪ちゃん、手、止まってるよ!」

「あっ、すみません!」

 

 水平線に見えた粒に動きを止めた吹雪が那珂に注意されて、慌てて手拍子に合わせて体を動かす。今度はケイちゃんが動きを止めた。

 

「もう、どうしたの? もしかして、義足の調子が……」

『何カ来ル』

「え?」

 

 ケイちゃんが呟いた時にはもう、近付いてくる者の姿ははっきりと見えていた。

 高く跳ねる事で海上を移動する人型の異形。歪んだ兎の姿をしたジャンプロイミュードだ。

 そいつは、十メートルほどの距離を一息に跳んでくると、三人から離れた位置に着地した。鉄がぎっしり詰まった体通りに、重々しい音がして、床に(ひび)が走った。

 

『見つけたぞ……』

「な、なんですか、この……『人』?」

「深海棲艦……新種?」

 

 のっそりと身を起こすジャンプを警戒し、身を寄せる三人に、ジャンプは気怠げに首を回して、それから、ケイちゃんを見た。

 ケイちゃんにはこの異形に見覚えがあった。昨日、明石の工廠に向かう際にみかけた奴だ。でもそいつがどうしてここに現れたのかまではわからなかった。

 それはジャンプ自身が説明してくれた。

 

『――フゥ』

「なっ、え!?」

「!」

『……!?』

 

 黄色い幾何学模様がジャンプの身を包むと、奴は……ケイちゃんに姿を変えていた。義足付き。今のケイちゃんの情報を完全にコピーしている。

 

『俺ハオ前ニ"シンパシー"ヲ感ジタノダ』

 

 あの時。

 ドライブから逃げ出し、ケイちゃんと視線が交錯した、あの一瞬。

 ジャンプは無意識にケイちゃんをコピーしていたのだ。

 高くもおどろおどろしい、ケイちゃんの声なのにそうでない声でジャンプはにたりと笑った。青い光の灯った瞳は、獲物(えもの)を見つけた狩人の……いや、生き別れの兄弟に会ったかのような感動に満ち溢れていた。

 

『俺ハ打チ震エタ……!』

 

 拳を握り、体を震わせるジャンプは、軽巡棲鬼の姿で何かに想いを馳せるように様々な感情の滲んだ声を吐き出した。

 ドライブがいなくなってしばらくして、海上で未知の異形……深海棲艦に囲まれたジャンプは、しかし周りなどに目をくれず軽巡棲鬼の姿になった。その瞬間、ずっと昔からの記憶が雪崩のように頭の中を蹂躙し、積み重なってきた感情が、想い出が、言葉が胸をズタズタに切り裂いたのだ。

 ジャンプは絶叫した。軽巡棲鬼の声は、負の感情そのものだった。握り締めた赤いミニカー……ネオバイラルコアが軋みを上げるほど強く拳を固めて、同時に、歓喜に打ち震えた。

 見つけた。進化へのキッカケ。

 ジャンプは、自分に従う深海棲艦を引き連れて、まずは傷を癒す事に専念した。一晩経てば三人ライダーの必殺技による傷は完全に癒え、万全の状態で今度はコピー元の捜索を始めた。

 

『サア、サアサアサア、俺ト ヒトツニナルノダ!』

「ちょっとぉ、お触りは厳禁だよ!」

 

 腕を伸ばしてケイちゃんへ近付くジャンプの前に那珂が立ちはだかった。何も言わずに腕を振るったジャンプの腕を那珂は容易く絡め取り、力の方向を変えて地面へ叩き付けた。

 

「那珂ちゃんは艤装がなくても戦えるんだよ! 完璧なアイドルだね!」

「私っ、応援を呼んできます!」

 

 不可思議な現象と未知なる敵。那珂ちゃんはいつもと変わらず、ただ勇ましい笑顔でブイサインを作ったりしたが、吹雪は大慌てだ。艤装の無い状態で未知の深海棲艦と戦かうなんて無謀だ。応援を! そう思って敵に背を向けた時、また理解の外の出来事が起こった。

 

『ウグ……小癪ナ!』

 

 重加速が辺り一帯を包む。この中で動けるのは、これを相殺する波動を放つコア・ドライビアを持つ者だけだ。那珂も吹雪もケイちゃんも、どんよりの波に飲まれた際の傾いた姿勢で止まっている。

 ジャンプは悠々とケイちゃんへ歩み寄った。

 

『思イ出セ、アノ海で起キタ惨劇ヲ……二度ト拭エヌ憎シミヲ!』

『ナンノ……話ダッ!』

 

 押し付けられたネオ・バイラルコアの効力で一時的に自由を取り戻したケイちゃんは、すかさず自分に向けて伸ばされるジャンプの手を払った。手の平からネオ・バイラルコアが零れ落ちたために再び重加速に囚われてしまう。

 またすぐに、体の自由が戻る。ジャンプは懲りずにバイラルコアをケイちゃんに握らせたのだ。

 

『アノ日ヲ思イ出スノダ。ソシテ乗リ越エヨウ! ――俺と共に!』

 

 姿を変え、元のジャンプへ戻った怪人の手からバイラルコアを奪ったケイちゃんは、素早く身を引いて両腕を広げ、下腹部を突き出した。

 攻撃体勢。下半身の異形が口を開き、砲身を覗かせる。そして砲撃をする――彼女の体が前と同じだったならば、そういう風になっていただろう。

 だがそうならなかった。今の彼女の下半身についているのは、スカートとすらりとした足だ。砲撃する機能など無く、攻撃はできない。

 身構えていたジャンプは拍子抜けしたような顔をして悠々と歩み始める。

 

『ケイちゃん、逃げて!』

 

 歯を食いしばってじりじりと後退るケイちゃんに、那珂が叫んだ。ケイちゃんは逃げない。近付くジャンプから距離を取ろうとしているものの、反転して逃げ出そうという気配はなかった。二人を置いて行けない。そう思っていたのだ。

 

『再び絶望しなければ乗り越えようもないというのか……ならば』

 

 恐れを抱かせるように近付かせるだけだったジャンプは、反転すると、ちょうどこちらを向いている吹雪へと襲い掛かった。

 

『ヤメロ!』

 

 後退するのをやめたケイちゃんが駆け出しても、もう遅い。

 振り上げられた手刀が吹雪の首を刈り取る――その前に、曲線を描いて飛んできたシフトカーがジャンプの腕を弾いた。

 火花を散らした腕に振り回され回転する体へと、助けに入ったシフトカカー、パトカーのような姿のジャスティスハンターが何度も突撃を繰り返し、ジャンプを遠くへ追いやる。

 この場へ近づく足音があった。カツ、カツと鋭く、硬い音。ジャンプを吹き飛ばしたハンターが宙返りして、戻っていく。

 掲げられた左腕、カンドロイドの表面に追加されたシフトランディングパネルにハンターが収まると、腕を下ろしてハンターに手をかぶせ、押し込んで端末内に収納したシマカゼは、睨みつけるように面々を見回した。

 

『島風ちゃん!?』

 

 助けに入ったのが友達だと気付いて、吹雪は安堵と驚愕が混ざったような声を発した。

 なぜこの妙な重力の中で自由に動けるのか。なぜ今この場に来たのか。飛び回る車はなんなのか。

 疑問が渦を巻く。だが、吹雪が動揺した理由は他にあった。

 ケイちゃんだ。

 深海棲艦であるケイちゃんは当然艦娘の敵だ。シマカゼは、腕をついて立ち上がろうとするジャンプもだが、険しい顔をするケイちゃんにも鋭い目を向けていた。

 

「なんでこんなとこに軽巡棲鬼がいるのか知らないけど……いいや。ロイミュードごと倒す」

『……!』

 

 カンドロイドを備えた腕を胸の前に構えるシマカゼに、ケイちゃんも警戒して構えをとった。

 

『駄目!』

 

 このままでは二人が戦い合ってしまう。そんな事があってはならない。

 吹雪の叫び声は、ごう、と風が唸る音に掻き消された。

 

「……え?」

『……コレハ!』

『なんだ! 次から次へと邪魔をしおって!』

 

 歩みを止めたシマカゼが海の方へ目を向ければ、薄い雲がこちらへ流れてきていた。

 地上を走る雲。それは、分厚い霧。

 薄黒くも先を見通させない霧が、瞬く間に全員を飲み込んだ。

 髪が持ち上げられ、服がはためき、強風が荒れ狂うと、ぽっかりと円状の空間が開く。

 

『オオ、ヤット辿リ着イタ』

 

 暢気な声を発しながら霧の中から歩み出てきたのは、戦艦レ級だった。

 赤い光を纏い、異形の尻尾を揺蕩わせながら、その目はケイちゃんのみを見ている。

 

『始末ヲツケニ来タゾ、出来損ナイ』

何故(ナゼ)……ミ、見逃シテクレタンジャ……』

 

 軽巡棲鬼として生まれたあの暗い海で、ケイちゃんはレ級に襲われた。

 訳も分からず捻り潰されそうになって、逃げ出して……でも、回り込まれて。

 死を覚悟して目をつぶった後には、レ級はどこにもいなかった。

 だからこう思っていたのだ。

 『私ハ見逃サレタ』のだと。

 

『イーヤ、別ノ奴ヲ壊シニ行ッテタダケサ』

 

 それが終わった今、当然次のターゲットはお前だ。

 狂気的な笑みを浮かべて死の宣告をするレ級に、ケイちゃんは震えが隠せなかった。

 レ級の尻尾が持ち上がる。向かう先は当然ケイちゃんだ。異形の口が開き、ずらりと並んだ歯の奥に、青白い光が見えて――。

 

『サセルカ!』

『ァン?』

 

 ケイちゃんの前へ軽巡棲鬼の姿のジャンプロイミュードが躍り出た。

 腕を広げ、体を張って盾となるジャンプに、レ級は『誰ダコイツ』と言いたげな顔をした。

 

『彼女ヲヤラセハシナイ。俺ニトッテ大切ナモノダカラナ』

『ン~……? 貴様……』

 

 突然の闖入者に訝しげな目を向けたレ級は、はっとして、目を細めた。

 

『貴様ハ深海棲艦デハナイナ……深海棲艦ニナルベキ艦娘デモナイ。……貴様ハナンダ?』

『ロイミュード……と言って通じるのか?』

 

 幾何学模様に身を包み、ジャンプロイミュードの姿へ戻ったジャンプが、カッと紅い目を光らせた。放たれた光線がレ級の胸を穿ち、小爆発を起こす。吹き飛ばされたレ級が霧の向こうへ消えていくのを見届けたジャンプは、大仰な動きで身を翻してケイちゃんへと向き直った。

 

『さあ、俺と来るんだ。一緒に跳ぼう! あの輝かしき月の向こうへ……!』

「こらっ、お触り禁止って言ってるじゃん!」

 

 ケイちゃんへ向かう腕を阻んだのは那珂だった。

 

『貴様、なぜ動ける!?』

「やぁーっ!」

 

 動けるはずのない敵が動いているのに動揺したジャンプを、那珂は肩から突っ込んで持ち上げると、地面めがけて投げつけた! 先程より強烈な投げが決まり、地面に強かに背を打ち付けたジャンプが苦しげに呻く。地面を擦る勢いは止まらず、海に落ちて水飛沫を撒き散らした。

 

「ケイちゃん、大丈夫?」

『ア、アア……デモ、ナンデ』

「な、なんか、島風ちゃんがくれたこれを持ったら、急に動けるようになって……」

 

 困惑するケイちゃんの前に吹雪までやってきた。胸に当てた両手に、おもちゃのようなシフトカー、シフトワイルドがある。那珂ちゃんの手にもシフトテクニックが握られていた。

 シマカゼはジャンプとレ級が向かい合っている隙に、那珂と吹雪にシフトカーを与えたのだ。シマカゼ自身は、シフトスピードをカンドロイド内に持っていて、この重加速の中でも自由な行動を手に入れている。

 那珂と吹雪は、手にしたシフトカーに目を落とすと、僅かに笑みを浮かべて頷いた。

 

「この子達が守ってくれるって」

「結局、いつもお世話になっちゃうねぇ。今度、那珂ちゃん特製アイスキャンディを贈ったげようっと」

 

 それぞれがケイちゃんに話しかけて、脇を固める。

 霧はまだ出ている。いつレ級が出てきてもおかしくないし、ジャンプが這い上がってくるかもしれない。油断はできない。それは、シマカゼに対してもだった。

 シマカゼは怪訝な表情で三人を見回した。その目がケイちゃんで止まると、すっと細まる。胸元に持ち上げた端末上部のでっぱりを指で挟むと、引っ張った。照射された光で描かれた羅針盤が高速回転、四方に浮かぶ妖精の内の一匹、ひよこを頭に乗せたポニーテールの羅針盤妖精さんが手を叩きつけて円を止める。W(西)の文字が中心に大きく浮かび上がった。

 

「ちょ、ちょっと待って島風ちゃん!」

「……なんで止めるの、吹雪ちゃん」

 

 バッと腕を交差させて腰を落としたシマカゼは、明らかに攻撃体勢に入っていた。彼女がこうして前動作をした後に敵を粉砕する強烈な蹴りを繰り出すのを、吹雪は良く知っていた。だから慌ててケイちゃんの前に出ながら彼女を止めようと必死になった。

 胡乱げな目が吹雪を刺す。なぜかはわからないが、シマカゼは機嫌が悪いようだった。こんな風に睨まれた事などない吹雪は泣きそうになって、助けを求めるように那珂を見上げた。那珂もまた、吹雪を見下ろしていた。視線がかち合うと、任せて、とウィンクされる。

 

「この子、那珂ちゃん達のグループの新しいメンバーなんだ。ケイちゃんっていうの。ほら、ケイちゃん、ご挨拶!」

『ヨ、ヨロシク、オ願イシマス、デス』

「…………? ………………?」

 

 ぎこちない動作で頭を下げるケイちゃんを上から下まで眺め回したシマカゼは、より困惑を深めた。

 よくみるとこの青白い肌の女の子は艤装を持ってない。見た目は軽巡棲鬼だが、足がある。衣装は似ているが、かわいらしい大きなリボンや、体の各所を彩るフリルだとかは見覚えがない。でも声は不思議に響いてるし、でもそこに憎しみや嘆きはなくって……?

 だんだん思考が渦を巻いて、視界に映る景色までぐるぐるしてくるのに、シマカゼは頭が痛くなって額を押さえた。

 

「……いいや」

「……島風ちゃん?」

 

 おずおずと吹雪が呼びかけると、シマカゼは顔を上げた。そこにはもう困惑の色はなく、最初と同じ不機嫌そうな表情に戻っていた。

 

「考えるのやめた」

 

 そこでヒーローの台詞を出す辺り、彼女は根っからの特撮ファンのようなのだが、今彼女の怒っている理由の半分以上が件のヒーローが原因なので、事情を全て知る者がいたら彼女の言動はちぐはぐで不可解に映る事だろう。

 胸の中のもう一人の島風が、彼女に怒りを引き起こしていた。

 そんな事、周りはおろか本人でさえわかっていない。

 

『アア、ビックリシタナ……モウ』

『俺と一つになろおおおおう!』

 

 目の前の事情を理解する事を放棄したシマカゼが海へと振り返るのと、霧の中からレ級が現れ、海の中からジャンプが飛び出すのは同時だった。

 そして。

 

「大丈夫か!」

「……!」

 

 仮面ライダードライブが到着するのも、また同時だった。

 赤い姿のドライブ、タイプスピードを睨みつけたシマカゼは、しかしすぐに目を逸らすと、目の前の敵……陸に上がってきたジャンプロイミュードを見据えた。

 ドライブも陸地に足をかけて緩慢な動作で上がってくるレ級eliteの前に立ち、ファイティングポーズをとった。

 

「よくわからないが、だいたいわかった! つまりあいつら敵なんだな!」

『守るべき者と倒すべき相手は判断できたようだね。進ノ介、行こう!』

「ああ!」

 

 戦いが始まる。

 ぶつかり合ったシマカゼとジャンプが、レ級とドライブが、お互いに掴みかかって組合いながら、共に海面を転がった。

 霧の奥深く。静かに波立つ海の上で敵を投げ飛ばしたドライブとシマカゼが、油断なく構えながら片腕を掲げた。

 

「来いっ、ハンドル剣!」

「ハンドル剣!」

 

 霧を裂いて飛来した、ハンドル一体型の剣がドライブの手に収まり、続いて同じ配色と形のハンドル剣が飛んできたところをシマカゼが掴み取った。

 

「何っ!?」

「私も戦えるって事……あなたと同じ力で、証明してあげる!」

 

 背を向け合う状態から、驚いて振り向くドライブとは対照的に、シマカゼは迫りくる敵だけを睨みつけて、挑発するようにそう言った。




TIPS
・ハンドル剣CP-101(しーぴーいちぜろいち)
正式名称は『コピーいちぜろいち』。
ハンドル剣を元に、まったく同じ物を作り出した。
夕張とクリム・スタインベルトの合作。
艤装扱い。

・シフトジャスティスハンターCP-004
進ノ介の持つシフトカーを元に作り上げられた同性能の物。
夕張の技術力では自立稼働はさせられても、空中を自在に
走行させる事はできなかった。
妖精の園で集った有志の中から立候補した暇人……もとい
勇気ある妖精が中に乗り込む事で、空中機動を可能にしている。
艤装扱いなので持ってるとスロットが埋まる。

・シフトテクニックCP-03
変身用シフトカーを元に作り出された同性能の物。
シフトブレスとドライブドライバーさえあれば、
仮面ライダードライブ・タイプテクニックに変身できる。
艤装扱いなので持っているとスロットを埋めるが、
自律走行できるので手放していても問題ない。
技巧派の那珂ちゃんの手に渡ったのは運命かも。

・シフトワイルドCP-02
変身用(以下略)。
吹雪ってそんなにワイルドかな!?

・シフトスピードCP-01
以下略。
スピードに秀でたシマカゼがずっと持っているシフトカー。
持っているからと言って艦娘の能力を底上げしたりはしない。
要するにスロットを埋めるだけ。

・KANDROID改
表面下部、下の縁からレンズ手前までに黒い道が掘られている。
シフトランディングパネルだ。
ここにシフトカーを装填する事で、一時的にスロットから外す事ができる。
別に必殺技が発動したりはしない。

・羅針盤
カンドロイド改に内蔵された携帯型羅針盤の改良版。
止めたからってそっちに行く必要はないし、
なんかすんごい必殺技が発動する訳でもない。
シマカゼの自己満足用。
または、必殺技前に使用する事で気分と戦意の高揚、
集中力を高め、必殺技の威力をアップさせる。

・義足
黒い。
グロい。
実はここにも妖精さんがハイッテルンダヨ。
艤装扱い。
耐久力は低め。
しかもこれは、ケイちゃんを信用していない明石製なので……
怪しい動きをしたらただではすまない。
かも。

・連装砲ちゃん
出番どこいったのかな。
工廠でキャッキャウフフしてます。

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