島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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10で終わる予定。



・艦これ
シマカゼ、夕立、叢雲の三人は、三原先生から口のきけない少女を預かった。
夕張の工廠へ向かう途中、何十もの妖精に襲われる不審な人間を発見する。
シマカゼはその人物の正体を知っているようなのだが――。


8.レジェンド・私のヒーロー

「っぽーい!」

「甘いね!」

 

 カコッ。カコッ。

 オレンジ色の小さなボールが、緑色の卓の上を跳ね回る。

 

「負けてらんないっぽい!」

「おっそーい!」

 

 鋭いラリーが続いていた。

 お互い汗を煌めかせ、行き交う球を負けじと打ち返し続ける。

 シマカゼの後ろの壁際には、チアガールの格好の連装砲ちゃん達が、手に手に小さな黄色のボンボンを持って体ごとふりふり振っていた。

 エス・アイ・エム・エー・ケー・エー・ゼット・イー、ゴーゴー、レッツゴー、シマカゼ!

 ネットを越えて跳ねてきたオレンジのボールを赤いラケットで勢い良く弾く夕立。スマッシュ! 凶回転が加えられたボールはたわんで放物線を描く。

 台の表面に叩きつけられ、ぐぐっと止まるボールの軌道上へ移動し、ラケットをバッドのように持って片足を持ち上げ、一本足打法を試みるシマカゼ。

 

『ドッガフィーバー!』

「とりゃー!」

 

 彼女の胸の中でのみ響く彼女の声が、必殺技を宣言する。

 勢い良く振られたラケットがボールを打ち据え、一直線に夕立の顔へ!

 

「ぽぃーいぃ!?」

 

 直撃コースだ。

 大慌てで転がった夕立が避ければ、ボールは後ろの壁に当たって跳ね、扉を開けて入ってきた叢雲に当たった。

 夕立の代わりに攻撃を受けた叢雲は、横へ傾いていた体を戻すと、乱れた髪を手櫛で梳きつつ二人をジロリと睨みつけた。

 

「……何やってるの? アンタ達」

「た、卓球っぽい」

「ちょ、ちょっと白熱しちゃったかな?」

 

 暇潰しに娯楽室にて卓球を嗜んでいたシマカゼと夕立は、熱を上げた試合を経て、極寒の窮地に放り出されてしまった。

 

「貸しなさい」

「ぽ、ぽい」

 

 床に転がっていたボールを掴み上げ、つかつかと夕立に歩み寄った叢雲はラケットを強奪すると、台越しにシマカゼと向き合った。冷や汗を流すうさみみガールを絶対零度の目で射抜き、ボールを握る。ギュギュゥ、とキツイキツイ音がして、破裂しそうになったボールは、徐々に手の内から押し出されていくと、やがて圧から解放されて宙に舞った。

 追って叢雲が飛ぶ。まるでテニスみたいにラケットを振りかぶり、ボールの後ろへ。

 

「沈めぇ!」

「ちょっ、ぶ!」

 

 わりと容赦のないスマッシュが一直線に飛び、シマカゼの鼻面を打ち付けた。これによりシマカゼは轟沈。仰向けに倒れ伏すと、さっさと脱いだ白手袋をひらひらと振って白旗とした。

 

『キュー?』

「……痛いです」

「ほら、あんた達。行くわよ」

 

 とことこと寄る連装砲ちゃんに泣きつくシマカゼを無視して、叢雲は夕立を促した。すぐ用意するっぽい、と言いつつ傍のタオルを手に取って顔や首を拭いた夕立は、ふと、出入り口の扉が開いたままなのを見つけた。

 下の方。

 扉と壁の隙間にひょこりと顔を出す少女の、翡翠色の瞳と目が合った。

 

「……」

「……」

 

 奇妙な沈黙。

 見つめ合う二人に気付いた叢雲は、外の少女を手招きして入室させた。ドレスのような黒いひらひらの洋服を着た、長い濃紺色の髪を持つ少女。お人形さんのように整った顔や小さな体もそうだが、特徴的なのは宝石のような瞳と、実際宝石なのだろう胸のブローチだ。それと、手に持つ、バイオリンのケース。

 

「その子、どーしたの?」

「先生に頼まれたのよ。『ちょっと預かってて』って」

「先生って、三原先生が?」

 

 どうやら叢雲はこの少女の事を教師である三原真に頼まれたらしい。だけど、幼い少女をどう扱って良いかわからず困っているみたいだ。

 復活したシマカゼは、腰を折って膝に手を当て、少女を間近からしげしげと眺めた。

 いつか(まこと)の部屋で見た写真立ての娘さんだか妹さんだかとは似ても似つかない。家族ではなさそうだ。

 

「新しい艦娘?」

「なんでそうなるのよ。どう見たって違うでしょ」

「島風ちゃん、変な事言うっぽい」

 

 ひょっとして自分の知らない艦娘なのだろうかと聞いてみれば、訝しむような目で見られてしまって、シマカゼは胸中「えー」と不満の声を漏らした。艤装のついてない艦娘は見た目で艦娘と判断するのは難しい。だからそうだと思ったのに。

 

「お名前は?」

「…………」

 

 夕立も同じように腰を折って少女に問いかけると、彼女は怖がるようにケースで顔を隠し、下がってしまった。人見知りっぽい? と気落ちしてしまう夕立。

 

「何度か話しかけてみたんだけどね、答えないのよ、この子」

「口がきけないのかなあ。そういうのってなんて言うんだっけ」

「言葉が話せないだけなら唖者(あしゃ)と言うのが適切っぽい。でも、この表現はあまり好ましくなくて、書籍や正式な書類の上では、こういった言い方はされないっぽい。発声障害、と表すのが普通」

 

 ぽいぽい辞典は今日も好調。ふぅん、と頷いたシマカゼは、改めて少女の顔を眺めた。持ち上げたケースの陰からちらりと目を覗かせる少女は愛らしく、小動物染みている。先生はなぜこの子を叢雲に預けたのだろう。不思議に思って、今度は叢雲を見た。眉を寄せて少女を見下ろしている。怒っていたり、喋らない事に苛立っているのではない。そう見えるけど、実は心配しているのだと最近の付き合いでようやくわかってきた。気持ちが素直に顔に表れないとは、損な少女である。

 

「いつまでうちで預かるの?」

「先生が戻ってくるまでよ。それまでは、そうね……部屋に……いさせるのは、かわいそうかしら」

「あなたは雑誌は読む?」

 

 夕立が問いかければ、少女は小首を傾げて不思議そうに見返した。雑誌という物が何かわからなかったのかもしれない。ご本っぽい、と言い直されれば、少し考える素振りを見せた後に、ふるふると首を振った。本は好きではないらしい。

 シマカゼ達の部屋に娯楽は少ない。夕立の持つグルメ雑誌やファッション誌、最近の映画などを紹介する本などはあるが、それくらいだ。一人で遊べたり、時間を潰したりする物は多くない。

 

「というか、こんな小さな子をほっておくのは良くないと思うよ」

「じゃあどうするのよ。連れ回す? 夕張さんが首を長くして待ってるわよ」

 

 三人は……主にシマカゼは夕張に呼ばれて工廠に行く事になっている。叢雲の到着を待っている間に卓球をしていたのだけれど、やってきた叢雲は子供を連れてきていた。

 

「そうするしかないっぽい?」

「置いてく訳にはいかないもんね」

 

 そう深く考える事でもないだろう。先生が連れてきた子なら、鎮守府内の物を見たって問題はないだろうし、あるなら叢雲が言い含められているだろうし。

 そういう訳で、少女を引き連れて夕張の工廠に向かう事に決まった。

 

「それ、持ってあげようか?」

「……!」

 

 親切心からシマカゼが少女の持つ大きなケースに手を伸ばすと、さっと避けられてしまった。触れられたくないらしい。肩を竦めたシマカゼは、叢雲と夕立の顔を見回すと、最初に扉を開いて出て行った。

 

 

 本棟を出たシマカゼ達が砂利道の先で不審な人物を見かけたのは、それからすぐの事だった。

 

「なんだろ、あれ」

「……侵入者っぽい?」

 

 ちょうど、妖精の園の前あたりだろうか。居眠り妖精が門番をしている建物のすぐ傍で、たくさんの妖精に(たか)られてわたわたと踊っている人影があった。

 

「スーツ姿だし、お偉いさんかもね」

 

 近付けば見えてくる男の背格好に、叢雲が呟く。それにしては護衛も案内もつけてない。夕立の言う『侵入者』という言葉が現実味を帯びてくる。

 男が肩から地面に身を投げ出して転がると、近くにいた妖精がわあっと避けていった。飛びついていた子達も跳ね飛ばされて、フリーになった男は、片膝立ちの状態で左腕に巻き付いた機械に手をやった。

 

「あーーーーーーっっ!!!」

「わっ!?」

 

 突然、シマカゼが大きな声を出して男を指差すもんだから、隣にいた夕立は跳び上がるほどびっくりして、耳を塞いだ。何よ、どうしたのよいきなり、と顔をしかめた叢雲が聞けば、シマカゼは耳に入っていないのか、両手で口を覆って――砲ちゃんが落ちた――、「うそ」だとか「やだ」だとか言って混乱している。その癖大きく見開かれた目は次第に輝きを増していっているのだから、それなりに付き合いの長い二人でもシマカゼが何を考えているかわからなかった。

 二人に奇異の目を向けられているとも知らず、『あー、あー、そっかぁ! そうだもんね! そーかそーか!』と、いつもより高い声で言いつつぴょんぴょん跳ねたシマカゼは、それから――。

 

「こらーっ!」

「し、島風ちゃん!?」

 

 いきなり走り出してしまう。最高速のスタートダッシュだった。

 目まぐるしく変わるシマカゼについていけない夕立と叢雲は、事態を飲み込めていない子供がいるのもあって、追う事もできずその場に立ち尽くした。

 

「こらっ、やめなさーい!」

「――女の子?」

 

 腕を振り回しながら走り寄って行くと、シマカゼに気付いた妖精達は一斉に男から離れて輪になり、全員でシマカゼを見上げた。ドヤ顔と敬礼のオマケつき。一方男は声がした方に顔を向けて、目を丸くした。当然そこには走り寄るシマカゼがいて……。

 お腹や肩の出たセーラー服に、縦に十センチあるかないかのスカートで、しかもパンツの紐が見えてるし、カチューシャのうさみみリボンは飾りとしては些か大きすぎる。

 なんて格好だ。男の顔には、そう書いてあった。

 どいてどいて、と妖精を脇に退かして道を作ったシマカゼは、男――進ノ介の前までくると、顔を近付けて、じぃっと進ノ介の顔を見つめた。

 

「な、なに?」

「――やっぱり! え、でも、なんで!?」

 

 進ノ介が困惑顔で問いかけても、シマカゼは一人で舞い上がって、しかし疑問に首を傾げてで、聞く耳を持ってない。腹部のドライブドライバー……ベルトさんに視線を落とし、それから、再度シマカゼを見下ろした進ノ介の眼前にびしっと人差し指が突き付けられた。

 

「シフトブレス、ドライブドライバー、腰のシフトカー達……おもちゃじゃないなら、あなたは仮面ライダードライブ! ……泊、進ノ介?」

「……ああ、そうだけど……って、ドライブを知ってるのか?」

 

 進ノ介は、驚いて聞き返した。自分達は次元を超え、別の世界へとやってきたはずだ。しかしこの少女はなぜだか仮面ライダーの存在を知っている。

 もしかして、この世界にもドライブが存在している? ここは平行世界だというのだろうか。その可能性もある。この世界に来る前に、沢神りんなと三原博士の両名から、どんな世界に跳ぶ事になるかはわからないと説明を受けている。

 

「もちろん! 私、あなたのファンなんです。サインください!」

 

 現に少女はそう言って、何かないかと探したあげくに、手の平を広げて差し出した。ここに書け、という事なのだろう。

 困惑しつつも、進ノ介は少しずつ、この世界がどういった場所なのか理解し始めてきた。

 この少女は今、ドライブである自分のファンだと言った。それはつまり、世界に広く仮面ライダーの存在が認知されており、さらには、理解や憧れを得られるような立場にある、という事。進ノ介が旅立った世界の状況とそう変わりはない。

 頭の中を回転させつつ、促されるままに懐からサインペンを取り出した進ノ介は、高級そうな白手袋に包まれたシマカゼの手を取って――『仮面ライダードライブ、泊進ノ介から、シマカゼへ』と書けとのお達しだった――、こそばゆそうにする彼女を気遣いつつも、さらさらっとサインを施した。

 

「日付は……」

「8月19日です」

「8月……」

 

 こういったサインには日時が付き物だろう、と腕時計を確認しようとした進ノ介に、シマカゼが囁く。

 八月十九日。それは、進ノ介の過ごしていた元の世界の時間と一致する。

 時間的なズレはでなかったか、とほっとしたのも(つか)の間、その後に続いたシマカゼの言葉に、進ノ介は固まる事になった。

 

「そうです! 2024年の、8月19日です!」

「にせ……なんだって?」

 

 二千二十四年。それは進ノ介がいた時代より、およそ十年ほど未来だ。2035年じゃない、という謎の安堵が脳裏をよぎって、首を傾げる。シマカゼの方もシマカゼの方で、同じように首を傾げていた。

 そういえばドライブって2014年のライダーなのに、なんで今ここにいるんだろ、という疑問。彼が本物かどうかは、最初から気にしてない。

 仮面ライダードライブ=泊進ノ介が役者としてでなく実在する事は、この世界ならばなんらおかしくはない。シマカゼにとってこの世界は元々生きていた場所とはまるきり違うのだから。ただ、今まで仮面ライダー関連の映像作品やおもちゃなんかを見かけた事はなかったし、調べた事もなかったから、そういった考えを持っていなかったのだ。

 だけど、進ノ介の姿を一目見て確信した。仮面ライダーは実在する。

 だって、役者さんなら、ずっと小物であるドライバーやシフトカーを持っているのはおかしいし、ドライバーにベルトさんの赤い光の線でできた顔が浮かんでいるのもおかしい。そもそもここは鎮守府なのだから、部外者が立ち入っているのは変だ。

 撮影の許可を出したなんて聞いてなければ、辺りにカメラマンも監督もいない。メイクリストもいなければ、他の役者もいない。何より妖精達が攻撃を加えるはずがないのだ。

 

『どうやら私達は、少し未来に来てしまったようだね』

「ベルトさん……」

 

 ドライブドライバーの丸いディスプレイに、ベルトさんの思案顔が浮かんだ。

 未来。そう、未来だ。進ノ介は、今が何年かを聞いてから引っかかっていたものがするりと抜けていくのを感じた。

 自分達は次元を……世界を移動したと思っていた。だが実際にはそうでなく、ただ時間を移動したのだとしたら……自分達を知る者がいてもおかしくない。

 しかしそうなると、あのアーケードゲームは、未来を表す予言のゲームという事になってしまうのだが……。

 

「ベルトさん?」

 

 シマカゼが、ベルトさんのディスプレイに顔を近付けて、問いかけた。

 

『……なんだね?』

「ベルトさん? ……ベルトさん……ベルトさん!」

『う、うむ、いや、そう何度も呼ばれると、困ってしまうのだが……』

 

 何が楽しいのか、幾度も同じ言葉を繰り返したシマカゼは、体を戻すと、進ノ介の顔を見つめて、にまーっと笑顔になった。

 

「島風ちゃ~ん」

「あの、ちょ、ちょっと待っててくださいね! すぐ戻りますから!」

 

 後ろから呼びかける声など気にせず、進ノ介にそう言ったシマカゼは、コンビニエンス妖精の方へ駆け出して行ってしまった。瞬きをすれば、彼女はもう自動ドアの前だ。

 はや、と進ノ介が零してしまったのも無理はないだろう。

 

「シマカゼちゃんのお知り合いっぽい?」

「さてね。怪しいものだわ」

 

 やたらテンションの高かった少女の次は、またもや少女が二人。どちらも外国人のようで、金髪と銀髪がきらきら輝いている。その合間に小さな少女を見つけた進ノ介は、もう何度目かびっくりして目を見開いた。

 

「……っ!」

「星夜ちゃん!? なんで……」

 

 二人の間に体を捻じ込んで飛び出した少女が、ケースを置いて進ノ介に飛びついた。抱き止めた少女は、間違いなく、自分を見送ったはずの星夜だった。

 

「こっちの知り合いではあるっぽい?」

「……の、ようね」

 

 笑顔で腰に腕を回してくる彼女を支えながら、頭の中を整理する進ノ介。

 この状況はいったいどうなってるんだと誰かに聞きたい気持ちでいっぱいだったが、あいにく知り合いは喋れない少女一人だけだ。

 落ち着け、彼女では事情を説明できない。だからまず、この二人の女の子に話を聞くんだ。

 なんとかそれだけ考えて、進ノ介は顔を上げた。

 

「あの――」

「星夜ちゃんってお名前っぽい?」

「……」

 

 声をかけようとして、しかし、夕立が少女に笑いかける際の言葉で、この二人も何も知らないのだとわかってしまった。叢雲の方も、何やら考えている様子で黙り込んでいる。

 進ノ介に抱き付く少女は、夕立の声に反応してするりと進ノ介から離れると、ケースを両手で持ち上げて、夕立と叢雲の方に振り返った。ぺこりと綺麗なお辞儀。

 今までお世話になりました、私、この人と行きます……なんて言い出しそうな雰囲気と表情だ。

 彼女は口がきけないから、二人には何を考えているかはわからなかったが、彼女の事を頼まれた叢雲の傍より得体のしれない男の傍にいる方が生き生きとしているのはわかってしまった。

 

「お待たせしましたっ!」

 

 そこへ、シマカゼが猛ダッシュで戻ってきた。ガリガリガリッとヒールで地面を削ってブレーキをかけて止まれば、引き連れてきた風がぶわっと広がる。

 

「島風ちゃん……カメラ、買ってきたっぽい?」

「うん、そう!」

 

 彼女の手に握られているのは、安っぽいデザインのインスタントカメラだ。千二百円也。開封済み。

 

「はーいいきますよ笑ってー!」

「え、な……」

 

 おもむろに進ノ介をパシャリと撮ったシマカゼは、笑ってと言いつつ自分が一番満開笑顔で、俊敏に進ノ介と少女の周囲を回りつつパシャリとやってはジコジコとフィルムを巻いて、撮って回ってを繰り返す。止める暇もない。無駄に素早い。

 

「夕立ちゃん、パス!」

「わ、わ、と、撮ってほしいっぽい? どうして?」

 

 困惑する夕立を置いて、シマカゼは進ノ介に詰め寄った。強引にその手を握ると、「一枚お願いします!」と目を輝かせて懇願した。一枚も何も、もう十何枚も撮っているのだが……。

 

 進ノ介は、一拍置いて「ああ」と頷いた。シマカゼと右手でがっちり握手をすると、胸元でサムズアップ。カメラ目線でにっこり笑顔。後楽園で僕と握手。

 見知らぬ地、見知らぬ相手、なぜかいる見知った少女に囲まれて、こっちも相当混乱しているはずなのだが、輝くような美少女に全力で慕われて悪い気はせず、つい乗り気になってしまったのだった。

 シマカゼの中身は美少女ではないのだが、それを教えてくれる人間はこの場にいない。進ノ介の精神は守られた。

 それから、シマカゼが強く勧めるままに夕立と叢雲も進ノ介と写真を撮って――誘うと言うより、肩を抱いて強引に、だった――、ようやく気が治まったらしい。周囲の妖精さんに「現像お願い」と頼んでカメラを渡してしまうと、振り返って、ようやく怪訝な顔をした。

 

「叢雲も夕立ちゃんも、なんか疲れてるね」

「し、島風ちゃん、いつも以上に元気っぽい」

「異常よ……いつもよりね」

 

 軽く息を乱す二人に、特に叢雲にじとっと睨みつけられても、今のシマカゼには効かない。キラキラしすぎて無敵状態なのだ。絶えない笑顔と朱に染まった頬は、いつもより女の子らしく……いや、女の子というより、純真な少年のように見えた。

 

「それで、あんたは何者なの? やけにうちの馬鹿がはしゃいでるみたいだけど」

「俺は……ああ、こういう者です」

「……?」

 

 懐に仕舞ったペンの代わりに黒い手帳を出して縦に開いて見せる進ノ介に、叢雲は眉を寄せて、写真と『POLIS』の刻印がなされた金のエンブレムを眺めた。

 

「……何これ?」

「警察手帳っぽい。組織に所属する一員の証?」

 

 それを見ても、叢雲はなお怪しい者を見る目で進ノ介を見上げた。

 

「警視庁『刑事部』特殊状況下事件捜査課……特状課の泊進ノ介だ。知ってるかもしれないが、市民の安全のため、仮面ライダーとして戦っている」

「かめん……らいだぁ?」

 

 聞きなれぬ単語が飛び出すのに、叢雲はすかさず夕立に目を送った。困った時のぽいぽい辞典。しかし夕立は首を振って、知らないっぽい、と弱々しく呟いた。

 彼女達の反応が思っていたようなものでない事に進ノ介が気付く前に、シマカゼが目の前へ躍り出て、直立した。ビシッと敬礼し、

 

「島風型の駆逐艦、1番艦、シマカゼです! スピードならあなたにも負けません! 速きこと、島風の如し、です!」

 

 たぶんそれは、今までで一番の名乗りだっただろう。

 やたらめったら気合いの入った自己紹介に、夕立は『もしかしてこの人とっても偉い人?』なんて思い始めてしまう。さっきのシマカゼは偉い人に対するというよりは、凄くミーハーだったのだが、今の敬礼を見てしまうとそうも思えず。

 

「白露型駆逐艦の4番艦、夕立です」

 

 だから続いて敬礼し、そう名乗った。

 進ノ介は、普通の自己紹介ではない、組織に準じた不思議な口上に戸惑いつつも、最後の一人、叢雲に目を向けた。流れで彼女も自己紹介をするのではないかと思ったのだ。シマカゼと夕立も一緒になって視線を向けるから、叢雲は居心地が悪くなって身動ぎした。見せられた手帳が本物とも限らないのに、すっかり信じ込んでしまっている二人に注意をしたいところだったが、それではなんだか自分が悪者にされてしまいそうだったので、仕方なく居住まいを正して、しかし敬礼はしなかった。

 

「吹雪型駆逐艦、5番艦の叢雲よ。言っとくけど、妙な動きをしたらただではすまさないわ」

 

 最後に釘を刺すあたりに彼女の警戒心が見て取れる。進ノ介も感じ取ったのだろう、前髪を掻く仕草をすると、それから、足下に抱き付く少女の肩を抱いて、三人を見回した。

 

「君達は『艦娘』なのか?」

「はい、そうです! ……知ってるんですか? 私達の事」

 

 進ノ介の問いにシマカゼが最速で答えた。しかしなぜ自分達の事を知っているのか疑問に思って、問い返す。

 「ある事情からだ」と進ノ介は濁した。彼女達に伝えるよりもまずここの責任者に伝えた方が良いという判断だった。

 

「それなら話が早い。『提督』という人物に会わせてくれないか?」

「わかりました!」

 

 またもシマカゼが一番に答えてしまうのに、叢雲は眉を吊り上げた。そう簡単に部外者をここのトップに会わせられる訳がないというのに、安請け合いして……。

 しかし、不法侵入者である彼の処遇を仰ぐためにも一度司令官に話を聞かなければならないから、彼の話を聞くかどうかもついでに聞いてみよう、そう判断して、叢雲は耳に手を当て、秘書艦の電に妖精を介した通信を繋げた。

 ほどなくして、彼を執務室に案内する任が、叢雲達に下った。

 

 

 執務室。

 調度品は少なく、質素だが上品な部屋。

 大きな机に座り、両肘をついて手を組む提督……藤見奈と、その隣でクリップボードを抱える秘書艦の電の前に、ずらりと五人が並んでいた。進ノ介とその足に縋りつく少女を中心に、シマカゼ、夕立、叢雲が挟む。

 

「……事情は、だいたいわかりました」

 

 机の上に置かれた開かれた警察手帳に目を落とし、藤見奈が呟く。

 事情の説明はすでに終わっていた。

 この時代にロイミュードが逃げ込み、潜伏している。いつ暴れ出し、どんな被害を出すかわからない。だからそれを倒すために過去の世界からやってきた。

 到底信じられる話ではないのだが、藤見奈は深く悩む様子を見せながらも、進ノ介の言葉を飲み込んだ。

 

「この子達はそれほど柔ではないですが……傷つけられては敵いません。協力を約束しましょう」

「ありがとうございます」

 

 進ノ介が頭を下げる。この世界のどこにジャンプロイミュードが逃げたかわからない以上、大きな組織のバックアップは非常に助かる。

 叢雲はというと、この決定に少し不満げだ。上に連絡せず、今この場で決定してしまったというのもそうだし、秘書艦の電がそれを指摘しないのもそうだった。あいにく今日の助秘書は自分ではないので抗議する気にはならなかったが、それでも目で訴えるくらいはした。

 

「ただ、あなたを外に出す事はできません」

「それは……なぜですか?」

「艦娘の存在を知ってしまったからです。彼女らは秘匿されている。たとえあなたがどんなに信用できる人間だとしても、あなたがここに所属していない以上、行動を制限させていただきます」

 

 これは当然の処置だろう、と進ノ介は頷いた。

 ここが未来の世界ならば身元の証明はできるだろうが、過去から来たなどという証明はできない。

 

「それから君に、誰か一人……言っては悪いが監視をつける。その子――」

「司令官、私がやります!」

 

 藤見奈の声を遮って、シマカゼが立候補した。一歩前に出る彼女を目で制した藤見奈は、少し考える素振りを見せた後に、では君に任せよう、と許可した。

 やたっ、と小さくガッツポーズをするシマカゼ。

 

「彼女は君を見ているだけでなく、力を貸してくれるだろう。何かあれば、彼女を通して連絡してくれ」

「わかりました」

 

 それから進ノ介は、藤見奈が広く捜査の手を伸ばすというので、ロイミュードの情報を与えた。

 それで、話は終わりだった。電は始終何も言わず、そこに立っているだけだった。




サイバロイド サンダー・スラップ
(卓球必殺技)

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