島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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間違ってちゃいけない名前を間違えていたので修正。

長くなりすぎたので半分に分割。現在後ろ執筆中。



・艦これ
生まれたばかりの身でも、深海棲艦は戦える。
だが軽巡棲鬼は、自身の力の扱い方がわからず翻弄されていた。
そんな彼女に、海の上を走る白線が迫る。

・ドライブ
ジャンプロイミュードは、次々に窃盗を働いては
目的のものではない事に悪態をついていた。
一方進ノ介は、少女を守るために、秘密が隠されていそうな
ブローチのサファイアをなんとかして渡して貰えないかと
奮闘するのだが――。



3.少女の信頼を勝ち取るのはだれか

 戦意が交差する。

 戦う声と、激しい砲火が海を照らし、波を乱す。

 一列になって進む艦娘達の足が新たな波を起こし、半身を出して叫ぶ深海棲艦の体が波紋を起こす。

 敵と、味方。

 敵の敵と、味方の敵。

 その狭間に、軽巡棲鬼は立っていた。

 

『――――ッ!』

 

 足を止めるつもりはなかった。

 止める足もなかった。

 だが、飛び交う砲弾が肩を掠り、行き交う魚雷に翻弄され、どうする事もできなかった。

 風と波に髪を乱し、破裂する海面に弄ばれてよろめく彼女に、一本の魚雷が突き刺さる。

 つんざくような爆音と衝撃があった。

 中心からめきめきと体が()かれていくような痛み。

 たまらず声を上げようとして、大きな波に飲まれた。

 

『――、アッ、アガ――ア』

 

 冷たい水が顔を流れ、胸へ滑り落ちていく。不気味な光に遮られてなお体に触れる水は、心の底の温もりを奪う悪魔のようだった。

 敵が見えない。

 味方も見えない。

 遠く、薄ぼんやりと浮かぶ人ともつかない黒線の集合体が集って動き、光り、そのたびに体のどこかを打ち付けられて、声なき声を上げる。

 助けを求めるように空へ伸ばした手は、青空を掴む事はない。

 天蓋のような黒雲が流れて影を落とし、雨を降らせていた。

 目元に落ちた水滴が一滴となって頬を伝う。

 

 分厚い鉄を引き裂く音。火薬が破裂し、水を穿つ音。

 けたたましい絶叫。強く響く少女の声。

 凄烈な戦場に、歌声はない。

 光に満ちた陽気なリズムは、今は海に沈みゆき、憎悪に濡れた青い瞳で、水面を睨み上げていた。

 水泡が満ちる。

 青白い手が真っ白な泡に包まれて、ずるずると暗い水底へ引きずり込まれていく。

 

『――――……』

 

 きらめきが霞み、まぶたが下りる。

 意識の遠退くその一瞬だけ、軽巡棲鬼は、暖かい腕に包まれて眠るような安息を感じた。

 

 

 サイレンの音が幾つも重なって、大きな道路を走っていた。

 

 何台ものパトカーに追われる一台の大型車。

 運転席に、サングラスをかけた人相の悪い男が座り、思い切りアクセルを踏み込んでいる。

 後部座席に座る二人は、前の男より一回り小さい体格で、布に包まれた四角い何かを、二人で抱えていた。

 

「見せろ!」

 

 前の男が怒鳴りつけると、二人は慌てて布を解いて、中の物を引き出した。

 それは一枚の絵画だった。青空と海との境界線に、輝く日の出を描いた油絵。

 荒々しい手つきで絵画をひったくった男は、ガラスから見える前方を気にしつつも絵を眺め回し、苛々とした様子で頭を振った。

 

「駄目だ駄目だ駄目だ、まったく心が跳ねない!」

 

 ガン、と叩かれたハンドルが軋み、クラクションが鳴る。僅かに逸れた車体を戻すために片手でハンドルを握った男は、後部座席の二人に絵を突き返すと、焦燥を浮かべて呟いた。

 

「もう時間がない。……くそっ、これで何個目だ!?」

「はっこ」

「はちこめ」

 

 男の問いにたどたどしく答える後ろの二人。

 お前達には聞いてない、とばかりに再度ハンドルを叩いた男は、頭を掻き毟りながら、息を吐き出した。

 

「バイオリン、シューズ、シャンデリア、包丁、ボール……何も心に響かない! なぜだ!」

 

 激しくハンドルを切って車体を左右に揺らし、パトカーの追跡を凌ぎながら、男は激怒していた。

 かつて自身が製作させた様々な物は、昔のようにわくわくもどきどきも与えてくれない。

 感情を得られないという事は、すなわち進化を得られないという事。

 これは由々しき事態だった。

 

「どうすれば進化態になれるんだ……? 他の同胞達はどうやって進化していたのだ!? 恥を忍んで001(ぜろぜろいち)に会いに行くべきか……いや」

 

 いや、いや、いや。

 自分の目的のため、自分の理想のため、自分の思想のために、他の誰の力を借りる訳にもいかない。

 男は……男の姿をコピーしているジャンプロイミュードは、ぎらぎらと瞳を光らせて、考えを巡らせた。

 下級ロイミュードの姿から進化態へ脱却し、その先の赤い姿、融合進化態へ至り、最後には、一握りのロイミュードのみが到達できる究極の姿、黄金の超進化態になるには……いったい何が必要なのか。

 

「次だ。次を回収しに行く」

「あい」

「わかった」

 

 絵画は駄目だった。

 だが他にも、人間に作らせた物はある。まずはそれを回収しに行こう。

 もしそのすべてが外れだったのなら……あの少女の下へ行き、返してもらおう。

 盗まれた何かを。

 

 

 国道を赤い車体のトライドロンが行く。

 スポーツカーのような姿は見せかけでなく、最高時速は560キロメートル。

 一般車両も通るこの場所では速度は出せないし、子供を乗せているために安全運転が心がけられているが、いざという時は猛スピードで駆け抜ける。

 

 現在、進ノ介と星夜が乗る車両は、美術館へ向けて走っていた。

 これは、そこから逃走してくる犯人一味の先回りをするためだ。

 

「見えてきた。あれか、白い大型のワゴン車!」

「?」

 

 向かいの道路を走る車は、無線で伝えられた特徴と合致している。止めるべきはあれで間違いないだろう。証拠に、パトカーが数台追跡している。

 パトランプの音を不思議に思ったのか、助手席に座る少女がシートベルトを引っ張って身を乗り出し、前面の窓の外を眺めた。

 

「危ないから、ちゃんと座ってるんだ。揺れるぞ」

「…………」

 

 すかさず進ノ介が注意すると、少女は不満たっぷりに進ノ介の横顔を睨みつけた。真剣な表情で前だけを見ている彼には届かず、べぇっと舌を突き出した少女は、音を立てて座席に体をぶつけた。

 車が斜めへ向かう。ブレーキが踏み込まれ、道路に対して車体を横にして、道を塞ぐ。止まれ! 進ノ介が叫んだ。

 ワゴン車が速度を緩めだすと、後部のパトカーもゆっくりと減速していく。

 逃げ場はないと踏んで車を捨てようとしているのだろうか。それとも観念したか。二つに一つだ。

 誰だって車と衝突事故を起こしたくはないだろう。どちらかをせざるを得ないはずだ。

 

「あれ?」

 

 しかしワゴン車は、速度を落としてはいるものの、完全に止まる気配はなく突っ込んでくる。いや、それほどのスピードはない。が、大きな車がどんどん迫ってくるのは、なかなか迫力がある。

 ゴツン! ワゴン車がトライドロンにぶつかり、車体が大きく揺れた。

 

「ああーっ! 傷がついたらどうすんだ!」

 

 大慌てでシートベルトを外した進ノ介は、押されてできたトライドロンとワゴン車との隙間へ出て行くと、白いドアに張り付いて拳で叩いた。

 

「おい、出て来い! 逮捕してやる!」

 

 怒り心頭でどんどんドアを叩いている内に、パトカーからも警官が下りてきて、それぞれ車を取り囲んだ。

 

「あれ、誰も乗ってないぞ?」

「なんだって?」

 

 進ノ介とは反対の、助手席の方に足をかけて上り、窓から中を覗き込んだ警官が呆然として呟いた。進ノ介もそれにならって、窓から中を見てみれば、たしかに誰もいない。

 

「ありました! 絵画は無事です!」

 

 今度は車後部の大きなドアーを開けた警官が言った。

 向こう側の警官が急いで後部へ回るのを見届けた進ノ介は、釈然としない気持ちで地面に足をつけ、振り返って、ぎょっとした。

 トライドロンの中で、少女が泣いていた。

 ぶつけられた時か!

 おそらくワゴン車にやられた時にどこかを打ってしまったのだろう、大慌てで駆け寄ってドアを開くと、奇妙な事に、少女は声を出していなかった。

 ぽろぽろと涙を零し、しゃくりあげるように肩を震わせてはいるものの、出ている声はか細い呼吸音のみ。時折微かに声と思えるものも聞こえるが、それだけだった。

 

「大丈夫? どこが痛い?」

「……!」

 

 座席に膝をついて、少女の頭を見たり、肩に手を置いて体を覗き込んだりして怪我の有無を確認する進ノ介に、星夜はふるふると首を振って、怪我はないと主張した。我慢しているとか、そういう訳ではないだろう。宝石みたいな目を潤ませて、両手で服のひらひらを握っている。

 単純に、車がぶつかってきた恐怖で泣いているのだろう。

 

「ほら、泣き止んで」

「……! ……!」

 

 ハンカチで涙を拭おうとすれば、顔を振って嫌がられる。お菓子で釣ろうとしても冷たい態度だ。

 ベルトさんを生贄に捧げても、見向きもしないで泣いている。

 進ノ介はほとほと困り果ててしまって、手の内のベルトさんに目を落とした。

 

『…………』

 

 ベルトさんは黙って怒り顔を浮かべていた。子供のおもちゃにされそうになった事にご立腹らしい。

 正義のヒーローも、泣いている子には弱い。どうあやせば良いかわからず、くたびれた様子で座席に座り込んだ進ノ介は、ふと思いついた。

 

「そうだ、こういう時こそドライブだな」

 

 この天気の良い中を走り回るのは、さぞ気持ち良いだろう。移り変わる外の景色でも見て泣き止んでくれればと思い、ギアを入れ替えた進ノ介は、さっそくバックして車の位置を入れ替え、ギアチェンジの後にアクセルを踏み込んで国道を走り始めた。

 

 

『話がある。一度ドライブピットに戻ろう』

 

 ベルトさんがそう言ったのは、パーキングエリアで少女がお手洗いから戻ってくるのを待っている時だった。

 車の窓越しに人の集まる女子トイレ付近を眺めている事になんだか微妙な気分になっていた進ノ介は、どういう事かと聞き返した。

 ディスプレイに浮かぶ赤い光の線が、横線の目とむっとした口になる。

 

『彼女の胸のサファイア、妙だとは思わないかね』

「ああ……それか」

 

 数時間前、ロイミュードに襲われた少女は、怪人からバイオリンと何かを盗んだのだという。

 それはどういった物かと質問した進ノ介に対して、少女はブローチを指で叩いてみせたのだ。

 

「たしかに、あれは少し変だ。……そうだ、あの時」

 

 思案顔で記憶を遡ると、その「妙」な部分に気が付く。

 

「あの子は、どんよりの中で一度バイオリンを手放したにも関わらず、普通に動いていた」

 

 光弾が付近の地面にぶつけられた衝撃で、バイオリンのケースを取り落とし、倒れ伏した少女は、次に目を向けると、瓦礫の下敷きになったケースを必死に引き抜こうとしていた。

 バイオリンに触れていたからこそ重加速の枷から逃れられていたはずなのに、何も持っていない状態でも抗ってみせた。

 これは少女がロイミュードや他の何かでない限りは、おかしい事なのだ。

 

『私はそのサファイアに秘密があるのではないかと睨んでいる』

「同感だ。……だからりんなさんに解析を頼もうって言うんだな」

『うむ』

 

 沢神(さわがみ)りんな。

 特状課の客員であり、電子物理学者。ベルトさんの協力者で、仮面ライダーが使う武器やシフトカー達は、彼女が整備し、点検を行っている。新たな変身用のシフトカーは彼女によって生み出された。専用武器もそうだ。

 そのため特定の武器には彼女の遊び心が満載されていたりするのだが、それはここでは語らずにおこう。

 とにかく、彼女ならば、サファイアの秘密をあっという間に暴き出してくれるに違いない。栄養ドリンクが何本犠牲になるかわからないし、目の下の隈がどれくらい濃くなるかもわからないが……少女とジャンプロイミュードを繋げる手掛かりがその一つしかない以上、頼み込むしかない。

 

「でもそれ以前に、問題があるんだ」

『あの子がブローチを渡してくれるか……だね?』

 

 そう、あの少女……月日星夜は、助けてくれた真紅の戦士、仮面ライダードライブに関心と興味を抱いてはいるようだが、心を開いている訳ではないようで、ジャンプが言っていた『バイオリンのケースの内側に「jump」の刻印がある』というのが事実かを確かめようとした際も、ケースを抱き締め、頑なに手放そうとはしなかった。

 ぎゅうっときつく抱え込んで、猫のように警戒しているのだ。

 

 バイオリンには弾くべき時と聴かせるべき相手がいる――。

 

 少女が突き付けた紙には、丸っこい小さな文字でそう書かれていた。

 いや、聞きたいんじゃなくて、と説明しても、つんとそっぽを向いてそれきりだ。

 絶対にバイオリンを離さない彼女が、胸のブローチを渡してくれるかと考えると、少しばかり怪しい。

 身一つで流浪の旅をしていたというのだ、身に着けている物が大切でない保証はどこにもないし、むしろそうである可能性の方が高い。

 進ノ介は、サファイア(それ)がおそらく盗んだ物だと頭の中ではわかっているつもりなのだが、いかんせんロイミュードの言う事だ。バイオリンの方の事実確認ができていないのもあり、いまいち信じ切れていない。ロイミュードが詰め寄った際の少女の青い顔や、盗んだ物か、と問いかけた際の答えで、確信して……いたつもりなのだけど。

 あれが母の形見などであったら、代々受け継ぐ大切な物であったら、そんな考えが脳裏をよぎると、うかつに「それを渡せ」とは言い出せそうもなかった。

 

 

 特状課は本庁ではなく、久瑠間(くるま)運転免許試験場に置かれている。ドライブピットはその地下。各種機器の点検や整備、開発・調整はここで行われる。部屋の中心には円形の床があり、その上にでんとトライドロンが乗っている。床は回転し、部屋奥のシャッターを開けば、一直線に地上へ跳び出せるという仕組みになっている。

 現在部屋の中には、四人と一体と一個の人間がいた。

 

「かわいい~! ねぇねぇ、この子なんなの? 進ノ介君の妹? 似てないなぁ~」

 

 テンション高めに、横長の椅子に腰かけた星夜を構うのは、この人こそが沢神りんなだ。ウェーブのかかった茶髪はセミロングで、前髪を上げて纏めている。婚期を逃してるかもしれないのが最近の悩み。

 かわいいとは、少女の事だ。黒い洋服はドレスのようで、放浪していたと言う割には髪はさらりと流れて綺麗だし、瞳も負けてないくらい輝いている。フリルが重なったようなスカートは星空のように、白いきらめきが散りばめられていた。ちょこんと座る姿は、なるほど、お人形と称するのがよく似合うだろう。

 ちょいちょいと指で頬を突かれた少女は嫌そうに首を竦めている。

 

(とまり)さん……犯罪ですよ?」

「待て、その勘違いは苦しくないか」

 

 進ノ介に冷たい眼差しを送るのは、彼のバディの詩島霧子だ。女性警察官なので青い制服に身を包み、小さな帽子をかぶっている。短い黒髪を後ろで纏めた耳出しスタイル。ぱつんと切り揃えられた前髪は彼女のクールさを際立たせている。

 

「俺はてっきり進兄さんの娘かと思ったけど」

(ごう)、話をややこしくしようとするな」

「泊さん結婚してたんですか!?」

「お前も乗るな!」

 

 剛と呼ばれた青年は、フリーのカメラマンだ。追跡、撲滅、いずれもマッハ。もう一人の仮面ライダーでもある。

 茶髪は癖毛で、顔立ちはややきつめ。意志が強いとも言い換えられる。

 白地に赤い線の入ったパーカーを愛用し、中には真っ赤なシャツを着こんでいる。下はジーンズだ。人懐っこい笑みを浮かべて進ノ介をからかうと、弾んだ足取りで霧子と進ノ介の間に立った。ちなみに霧子と剛は、実の姉弟(きょうだい)だ。

 

「それで……進ノ介、その子供を、どうするつもりだ」

「どうもしないさ。ただ、りんなさんに頼みたい事があって」

 

 入り口脇の壁に背を預け、腕を組む男は、チェイス。紫色の服にはチェーンなどの装飾があり、無機質な表情はこわもてとも言える。少し前までは敵同士だったが、今は共闘している、仮面ライダーの一人だ。

 彼の質問を皮切りに、進ノ介は今朝の少女との出会いから、ジャンプロイミュードの登場と撤退までを話した。

 

「ふぅん。それで、この子を連れてきたのね。この子のサファイアを……」

 

 りんなが納得したように頷きながらブローチに触れようとすると、少女はさっとバイオリンのケースを体の前に回してガードした。渡すどころか、触られるのも嫌らしい。

 

「この年で宝石泥棒か。悪い子猫ちゃんだねぇ」

 

 薄い笑いを浮かべながら、今度は剛が歩み寄って、手を差し出した。ちょっとだけ、貸してよ。警戒を緩めさせるための笑顔は、しかしそっぽを向かれてしまって不発に終わった。

 事実でも、そんな事を言ったら怒るでしょ、と呟きつつ、退いたりんなと剛の代わりに、霧子がしゃがんで、目線を合わせた。ゆっくりとした動きと、すぐには何も言わない彼女に、少女もそろそろと顔を戻す。

 

「あなたを守るために、その宝石が必要なの。少しの間だけ、貸してくれないかな」

「…………」

 

 最近はよく笑うようになったとはいえ、元笑わない女な霧子の笑顔は破壊力が高い。良い意味でだ。

 少し顎を引いて窺うように霧子を見つめた少女は、僅かに首を振って断った。霧子が何かを言う前に椅子に手をついて足を上げ、反対側へ体を向けてしまう。

 

「姉ちゃんでも駄目か」

「やっぱり笑顔が駄目なんですかね」

 

 ぐにー、と頬を引っ張りつつ立ち上がって離れた霧子を見て、進ノ介は、隣のベルトさん――移動できる細長い台にかけられている――と顔を合わせると、再度自分が頼み込むために歩き出した。

 いや、歩こうとして、いつの間にか歩み出てきていたチェイスに、足を止めた。

 

「……この子供の関心を買えばいいのか?」

「はっ、やめとけよ。お前じゃ泣かせるのがオチだ」

 

 周りを見渡して、するべき事の確認をとるチェイスに、剛は腕を組んで体ごと他所に向けた。不満気な態度で、言う事は辛辣。あまりチェイスの事を好いていないようだ。

 

「そうだけど、大丈夫なのか?」

「問題ない。子供のあやし方は、一度見た事がある」

 

 自分の前に屈み込んでくる男に、少女は今度も目を向けた。きゅっと結んだ唇と、ケースを抱き締める姿からは、警戒心が読み取れる。

 

「…………」

「…………」

 

 少しの間、沈黙があった。

 見つめ合ったまま動かない二人に、進ノ介はそちらへ顔を向けたまま、りんな、霧子、剛のいる方へ歩いて行った。

 

「何してんのかな」

「交信?」

「波長が合うって奴かも」

 

 好き勝手に二人の様子を評しつつ、事の成り行きを見守る。

 と、少女に動きがあった。すっと持ち上がった手が口を覆ったかと思うと、ぷくーっとほっぺたが膨らんで、耐え切れずに噴き出した。

 掠れた声の笑い声に、眉尻の下がった細い目。誰がどう見ても、笑っている。それもかなり、ツボに入った感じで。

 けたけたと声なく笑って足をばたばたと振り回し、涙の浮かんだ目を拭う少女に、一番驚いたのは剛だ。

 

「お前、何したんだ!?」

 

 驚愕を顔に張り付けて足早に歩き、立ち上がろうとしていたチェイスを押し退けると、笑いこける少女の前で腰を折った。

 

「…………」

「っ……、……?」

 

 勢いでここまで来たはいいものの、結局何をすれば良いのかわからず、ただ目を合わせるだけの剛に、やがて笑いが治まった少女が不思議そうに見つめ返した。

 先程と同じ沈黙があって、それから、ゆっくりと、剛が言った。

 

「宝石を、貸して、ください」

「……」

 

 少女は否定も肯定もせず、自分の髪の毛に目を向けていじいじやりだした。眼中になし、である。

 

「もういい、剛。お前はよくやった」

「進兄さん……俺、なんか辛い」

 

 なんのリアクションもなく無視は結構きつい。相手が自分に正直な子供ならなおさらだ。とぼとぼと大破撤退する剛の肩を叩いた進ノ介は、今度は自分の番だ、と少女の横に腰かけた。前傾姿勢になると、手を組みながら、少女に笑いかける。

 

「星夜ちゃん……って呼んで、いいのかな?」

「……?」

 

 ケースを足で挟んで、頭を傾けて垂らした横髪をさっささっさと手で整えていた少女は、進ノ介の問いかけにきょとんとした顔を返した。なぜそんな事を聞くのかわからない、と聞いているみたいだった。

 

「いつまでも『君』とか『お嬢さん』じゃなんだと思ってさ。いいかい?」

「……」

 

 こくりと頷く少女に、進ノ介は彼女に見えないところで片方の拳を握り、ガッツポーズを作った。名前呼びは距離を縮めやすい。惜しむらくは少女に声がなく、お互いを名前で呼ぶと言う関係に持ち込めないのが残念だ。

 

「そのブローチを貸して欲しいんだ」

 

 進ノ介は、単刀直入に言った。

 しかしこれは、トライドロンの中で問いかけた時に一度断られているし、ここのみんなで聞いても駄目だった事だ。案の定、少女は手の平をブローチに当てて隠すと、少しだけ体を逸らして、進ノ介から宝石を遠ざけた。

 ああ、やっぱり。諦めムードが漂う。

 しかし進ノ介は気にせずに、ここで切り札を切った。

 

「それを預けている間は、俺と遊園地に行こう」

「っ!?」

 

 遊園地?

 誰かが疑問に思うのと、目を開いた少女が僅かに開いていた口を閉じて、いそいそと胸のブローチを取り外し、進ノ介の眼前に突き出すのは、同時だった。

 

「ありがとう」

 

 握ったサファイアを、傍に寄って来たりんなに渡した進ノ介が笑顔で礼を言う。少女は、手をついてお尻の位置をずらし、進ノ介にぴったりくっつくと、催促するように袖を引っ張った。

 

「って、なんで遊園地!?」

 

 少女の変貌に固まっていた剛が再起動し、ツッコミを入れる。

 なぜ遊園地が少女の心を動かしたのか。

 

「ここに帰って来る時に、この子が窓の外をじっと見ているのがミラー越しに見えたんだ」

「ああ、たしか近くに小さな遊園地が……。それで、なんですね」

 

 患ったもの故に寡黙で、あまり多くのものに興味を示さなかった少女が、唯一窓にへばりつくほどに興味を示したのが遊園地だったのだ。

 

「なんだよ、じゃあ最初からそう言えばいいじゃんか」

 

 無駄なダメージを負わされた剛が泣き言を言って壁に寄り掛かるのに、ああ、それはな、と進ノ介は哀しげに笑った。

 

「今月ピンチなんだ」

「……ああ」

 

 うん。

 納得、と頷く面々に、面を上げた進ノ介が、一転して爽やかな笑顔で続ける。

 

「ピンチだった」

 

 過去系。

 すでに財布が死ぬ事は確定しているが故の悲しき台詞だった。

 隣に座るお兄さんが自分よりお金を持ってないとは露とも知らず、少女は目を輝かせてひたすら袖を引っ張っている。

 

「ピンチとはなんだ。助けが必要なのか」

 

 よくわかっていないチェイスの一言が余計に進ノ介の心にダメージを与える。りんなは、わざとらしく「じゃあ私は、さっそくこれの解析に入るから~」とそそくさと部屋の隅の机へ逃げてしまった。

 居た堪れない雰囲気の中で、霧子がそっと進ノ介の肩に手を置いた。

 

「泊さん、元気出してください」

「霧子……じゃあ昼飯奢って」

「嫌です」

 

 即答で断られて、今度こそ進ノ介は燃え尽きた。

 冗談ですよ、と言われても、不貞腐れたようにそっぽを向く姿は、どこか隣の少女に似ていた。


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