島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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私の趣味に付き合ってくれる方、ありがとうございます。
付き合い切れない方、申し訳ないです。

すぐ終わらせますので、少しの間お待ちください。
わーん、艦これ見にきてんだよ何してんだコラァって声が聞こえる!
ごめんなさい。
早めの更新を心がけます。あと数話で終わると思います。



・艦これ
平和な海の上を泳ぐ軽巡棲鬼は、懐かしくも初めて見上げた空に上機嫌。
いつしか息はリズムを刻んで、音色となっていた。そんな彼女の前に、
深海棲艦が現れる。

・ドライブ
重加速の中で動けるようになる、不思議なバイオリンを持つ少女を追って
路地裏へ駆け込んだ進ノ介。抵抗に合いながらも、ついに追い詰めようとした時、
ナンバーを持たないロイミュードが襲い掛かってきた。


2.開演・ドライブ登場

 晴れ晴れとした空は広く、世界の果てまで続いていた。

 薄い雲は空の高くに、穏やかな波の海はどこまでも蒼く、きらきらと輝いている。

 

『……? ……。』

 

 サアア、と水を弾く音。

 海上を軽巡棲鬼がゆったりと移動していた。

 細められた目は常に周囲の海を、その下のずっと深くまでもを注意深く覗いて、どんな動きも見逃さないようにしている。

 警戒一色。

 彼女は、ここまで来る時もこうしてずっと海の下を警戒していた。

 見えない位置から泳いでくる魚雷を、それを放つ潜水艦を。

 なぜそうしているのかは本人にだってわからない。

 ただ、海の上にいるとどうしても不安になって、それを押し隠すように敵意を振り撒いているのだ。

 

『……』

 

 だがそれもそろそろ続かなくなりそうだった。

 だって、こんなに天気が良くて、こんなに風も気持ち良い。

 何をいつまでも訳のわからない不安に駆られて、海を睨みつけているのだ。

 そんな事をする必要はない。

 目をつぶって顔を上げた軽巡棲鬼は、鼻から息を吸い込んで、口から吐き出した。爽やかな潮の匂いが喉を抜けていく。

 目を開けば、視界いっぱいに広がる澄んだ青空。

 腕を広げ、胸を張って体を伸ばすと、まるで自分の体が空の青に溶け込んでしまったみたいな気持ち良さがあった。

 

 青空になる。

 

 そんな心境。

 自然と口元が緩み、目尻が下がって、張り詰めていた糸も緩む。

 

『~♪』

 

 胸がすっとしてしまったから、なんとなく鼻歌なんてしてみたり。

 生まれて初めての上機嫌という感情。

 心が浮ついて、腕も、お腹も、足も、頭さえふわふわとして、軽い。

 軽巡棲鬼は、今この瞬間だけは、自分が生まれてきた意味も、恨みも憎しみもすべて忘れてのどかな時間を過ごした。

 

『~♪ …………?』

 

 ここは海の上。狂った異形と戦う少女が跋扈する戦場。そんな時間も長くは続かない。

 遠く、水平線に黒い影が見えたかと思うと、ぐんぐん近付いてきた。深海棲艦だ。重巡、軽巡、駆逐、軽空母。進行方向を軽巡棲鬼へと向けているのではなく、後退した結果こちらにきてしまっているようだ。

 あれは味方だ。本能が囁く。軽巡棲鬼は掲げようとした腕を下ろして、左へ舵を切った。

 なんだかよくわからないが、関わり合いになりたくなかったのだ。

 今はただ、ふんふんと歌を歌って穏やかな気持ちに浸っていたかった。

 

「てーぇ!」

『――――ッ!』

 

 気合いの声と、悍ましい叫びが交差する。

 斜め向かいの黒い影が一つ爆炎に包まれると、水平線にもう一列、人影が出てきた。

 

『!!』

 

 艦娘だ。

 敵。こいつは、敵。

 本能が体中に指令を送る。瞳に激情が滾り、青い光が漏れ出る。

 空の青とは正反対の、おどろおどろしく、悲しい色。

 それはまるで涙のようだった。

 

『アアーーッッ!』

 

 腹の底から湧き上がる怒りや、嫌な気持ちに突き上げられて、軽巡棲鬼は声を上げた。張り裂けそうな喉を気にせず、ただただ、幼子のように、感情のままに。

 

「一時の方向に新たな敵影! ……!? み、右弦、砲雷撃戦よーい!」

『――――!』

 

 戸惑いの声と、叫びともつかない声が重なる。

 軽巡棲鬼は、腕を思い切り振り回すと、そのまま最大速度で怨敵へ向けて滑り出した。

 

 

 繁華街へ続く道の小脇。

 横道にそれれば、そこは建物に挟まれた、細い路地になっている。

 入り組んだ道を、息を切らせて駆けるスーツ姿の男がいた。

 巡査、泊進ノ介その人だ。

 彼は今、機械生命体=ロイミュードが主に発生させる重加速現象を起こしたと思われる少女を追っている、のだが。

 

「おわっ!」

 

 放物線を描いて飛来した土嚢に、咄嗟に顔を腕で庇ってガードした進ノ介は、それを振り払って走り出す。すると今度は空の2Lペットボトルが飛んできて、躱せばコーヒーの缶が転がってくる。

 

「と、と、と!」

 

 不覚にも踏んづけてしまった進ノ介がしばらく玉乗りに勤しんでいる間に、入り組んだ路地の陰から彼を窺っていた少女は、さっと身を隠して逃げてしまった。

 立ち直った進ノ介も後を追う。

 大人と子供の身体能力だ、すぐに追いつくと思うかもしれないが、複雑な道の性質上、そこまでスピードを上げられず、追いかけっこはなかなか終わらない。それは少女が、大きなバイオリンケースを両手で持っててこてこと走っているにも関わらず、だ。

 

「待て! ちょっと、止まってー!」

「…………!」

 

 そもそも先程から、何かがおかしい。

 逃げる少女も、この道を熟知しているという訳ではないのか、時折足を止めて進むべき道を探している。なのに追いつけない。

 ふと足を止めた少女が、錆びた鉄扉の脇に置いてあったドラム缶を押し倒すと、足で蹴って転がしてきた。その速度は、大人一人を巻き込んであまりあるものだ。

 

「力持ちだな、っと!」

 

 難なく飛び越え、走り出す進ノ介。

 度重なる妨害で流石に息が上がってきたが、まだまだエンジンは止まらない。汗ばんだ手を振り回し、追走は続く。

 

「っ!」

 

 少女が角を曲がって行くのに、追いかけっこはまだ続きそうだ、と気合いを入れ直す進ノ介だったが、いざ速度を落とさずに曲がり角を曲がると、すぐ傍に少女が立っているのを見つけて、あわてて地面に足を擦ってブレーキをかけた。

 

「鬼ゴッコは終わりかな? さ、ちょっとお兄さんとお話ししよう」

 

 息を整えつつ近付く進ノ介に、少女は言葉を返さない。どころか、振り向きすらしない。不審に思った彼は、道の先を見て、表情を変えた。

 

『やっと見つけたぞ……盗人(ぬすっと)め』

「……!」

 

 鈍色のボディを持つ、全身鋼の機械生命体。ところどころに走る回路に、胸のナンバープレート。そして、目の代わりにある蝙蝠の羽根。首元にかかったマフラーのような歪な手と爪。バット型と呼称される、下級のロイミュードだ。

 怒りに身を震わせて歩み寄る怪人に合わせ、ケースを抱いた少女もじりじりと下がる。『進ノ介!』どこからともなく響いた声が、進ノ介に変身を促した。

 

「ああ、行くぜベルトさん!」

「ok、スタート・ユア・エンジン!」

 

 スーツの前をはだけて腕で払った進ノ介の腰には、ドライブドライバー……ベルトさんが巻かれている。バックル右の赤いつまみ、イグニッションキーを捻る事で、ドライバー内のコア・ドライビア-Dが高速回転、待機状態に移行する。左腕に装着されたシフトブレスに、変身用シフトカー、シフトスピードを、車両後部を180度回転させてセット。レバーを押し、倒す事で準備完了!

 バッと腕を伸ばした進ノ介の体の周囲に、半透明のパーツが現れる。一つ一つが車を模した、しかし特別な装甲のそれらが、一気に体に纏わる。基本カラーは情熱の赤。腕や足の、アーマーに覆われていない部分は黒。額にはRのマーク。

 ディスプレイに表示されていたベルトさんの顔が、『Go!』の文字に変わる。

 

『ドラァーイブ! ターイプ・スピード!』

 

 ボディに斜めに走る黒い溝へ、彼方から射出されてきたタイヤがぶつかり、火花を散らして回転し、止まる。

 黒いゴムに一筋の赤。側面にはtayp speedの白い文字。

 車のヘッドライトそのものの両目が白く発光すると、泊進ノ介は、仮面ライダードライブへと変身していた。

 

「おらぁ!」

『ぐわっ!』

 

 赤い残像を残して駆け抜け、ロイミュードに飛びかかったドライブは、連続で敵の胸を叩いて吹き飛ばすと、自身も追って跳び上がった。

 

『貴様、仮面ライダー!』

「その通り!」

 

 火花が弾ける。

 ドライブの拳を受けて後退った怪人は、自ら転がってドライブの側面を抜けると、背後に回って羽交い絞めにした。すかさず肘打ちがロイミュードの腹を打って、拘束を抜ける。追撃の回し蹴りが顎に炸裂した。

 

『ぐうう!』

「この子に用があるかは知らないが、お前はここで倒す!」

 

 なんのためにこのロイミュードがここに現れたのか、進ノ介は考えるつもりはなかった。啖呵を切り、再び攻撃を加えようとして、横合いから現れた二体のロイミュードに弾かれた。

 

「何! 仲間がいたのか!」

『進ノ介、奴らのプレートを見ろ!』

 

 バット型を庇うように、コブラ型と呼ばれる怪人とスパイダー型と呼ばれる怪人が立ちはだかる。だがそのどちらにも、プレートにナンバーが無かった。

 ロイミュードのナンバーとは、コア……魂そのものだ。肉体が消滅しても、コアさえあれば生き延びられる。そのコアとは、108個生産されていて、どのロイミュードも、それぞれ自身の数字がコアとなって胸に刻まれているのだ。

 だが、バット型を含めた三人のロイミュードには、数字が無い。いや、おそらくコアにあたるのだろう、『---』の記号があった。

 

「こいつら、普通じゃない?」

『お前達、あの小娘を連れて来い!』

 

 奇妙なロイミュードとの遭遇に戸惑うのも一瞬、進ノ介は、バット型が発する言葉に「させるか!」と体を張って道を塞いだ。

 迫りくる二体のパンチや蹴りを腕でいなし足で迎撃し、それぞれの腹と胸を殴りつけて退(しりぞ)ける。伊達に仮面ライダーをやっている訳ではない。下級ロイミュードなら、何人束になってかかってきても敵ではない。

 跳ねるようにして集まった三人が一斉にドライブへと両腕を突き出す。エネルギー弾を放つ際の構えだ。

 

「お嬢さん、逃げるんだ!」

「…………!」

 

 進ノ介は、防御するでもなく、体を目いっぱい広げて、射出された紫の光弾を身に受けた。衝撃。小さな爆発が体の至るところで起こり、内部にダメージを与える。

 守り切ったか。膝をつきそうになりながらも背後を確認した進ノ介は、そこに倒れ込む少女を見て、くそ、と首を振った。三体の放った光弾は数が多く、体一つでは受け止めきれなかったのだ。

 少女の安否が気になる。だがその前に、こいつらを倒さなければならない。

 

『やれ!』

 

 バット型の号令に合わせて突進してくる二体を前に、逸る気持ちを押さえてイグニッションキーを捻った進ノ介は、シフトブレスに手をかけ、素早く三回、レバーを倒した。

 

『スピ・スピ・スピード!』

「はっ!」

 

 体の線がぶれる速度で二体の前へ跳び出し、拳の雨をお見舞いする。高速移動の前に、二体は反撃ができない。

 

(こいつら、やけに硬いぞ!)

 

 秒間数十発のパンチを受けてなお、スパイダー型もコブラ型も倒れる気配がない。先に進ノ介の方が参って身を引いてしまったほどだ。体から白煙をもくもくと上らせ、背を反らしていた二体がゆらりと体を起こす。効いてない。まさか!

 

「これならどうだ!」

『ドラァイブ! ターイプ・ワイルド!』

 

 シフトブレスに変身用シフトカー、シフトワイルドを装填、レバー操作でタイプチェンジ。

 一端剥がれた装甲が再構築され、ガシャンと体を覆う。装甲は黒に、スーツはシルバー。胸のタイヤは右肩へ。

 パワー重視の戦士、ドライブ・タイプワイルドだ。

 

「おりゃーっ!」

『グウ!』

 

 ショルダータックルでコブラ型を吹き飛ばし、バット型を巻き込んで突き放す。掴みかかってくるスパイダー型にもタックル!

 しかし勢いが足りず、吹き飛ばせずに掴まれてしまう。

 瞬間、敵に密着していた肩のタイヤが高速回転し、ガリガリと削り出した! 同時に体を覆うエネルギーの出力が上がり、攻撃力が向上する。体を離した進ノ介のパンチで壁に叩きつけられたスパイダー型は倒れ伏し、一拍置いて爆発した。ふわふわと飛び出した『---』の記号も、空中で爆散する。

 

「こい、ハンドル剣!」

 

 爆炎を飛び越えて、残りの二体に向かいながら、武器を呼び出す。飛来して右手に収まったのは、車のハンドルに刃がついた、そのものな代物だった。

 だが切れ味は折り紙付きだ。バット型に切りかかると、コブラ型が身を盾にするかのように割り込んだ。

 気にせず何度も切り付け、最後に強烈な一撃をお見舞いする。

 爆発。オレンジの熱と風がドライブのボディを撫でていく。遅れて、どこかへ逃れようとしていた『---』の記号も砕け散った。

 残りは一体。炎を抜けて路地へ出た進ノ介は、その先に何もいないのに、慌てて左右に目をやった。

 いない。上も、いない。

 

『ぐっふっふ』

「! そっちか!」

 

 バット型は飛行能力を有する。仲間が倒されている間に、このロイミュードは進ノ介を飛び越えて少女へ迫っていたようだ。

 幸い、怪人と少女の間にはまだ距離がある。その上、少女は大した怪我もなく立ち上がり、壁際のケースを持ち上げようとしていた。

 

「走って! 逃げるんだ!」

 

 バット型に掴みかかった進ノ介は、振り払われ、殴りつけられながらも少女に呼びかけた。しかし少女は逃げようとしない。バイオリンのケースが、倒れてきた瓦礫や何かの下敷きになってしまっているのだ。引き抜こうとして体をぴんと突っぱねさせている少女に、声が届いている様子はない。

 

『そいつを返せ、小娘!』

 

 不可解な言葉を口にしながら歩み寄って行く敵へ、再度掴みかかる。今度は振り払われなかった。

 がっちりと腰に回した腕を組み、持ち上げて振り回す。少女とは反対側へ投げる。

 

『ええい、邪魔をするな、仮面ライダー!』

「窃盗は犯罪だ。観念しろ」

 

 指差して説経する進ノ介に、ロイミュードは頭を抱えて身悶えした。相当な怒りを有しているようだ。

 

『ならその小娘は犯罪者だな。俺のバイオリンを盗んだ!』

「何?」

 

 バイオリンを盗んだ?

 思わぬ言葉にあっけにとられ、振り向くと、少女はばつの悪そうな顔をして、それでもケースを引き抜こうとする手は止めていなかった。

 ……あの子が、バイオリンを……。

 はー、と溜め息をついた進ノ介は、肩を竦め、やれやれのポーズでバット型に向き直った。

 

「そんなの信じられるか。どうせ盗んだのはお前だろ」

『違う! そいつは正真正銘俺のバイオリンだ! ケースの内側に「jump」の刻印がある! ジャンプとは俺の名だ!』

 

 少女は、顔を青くして唇を噛んでいた。

 追い詰められた犯人のような顔だ。

 

(まさか。本当にこの子が盗みを働いたのか?)

 

 その様子を見て、進ノ介は迷った。何に対する迷いかもわからないほどの一瞬。

 その一瞬で、彼を突き飛ばしたバット型が少女の下へ駆けていく。慌てて立ち上がってももう遅い。バット型……ジャンプと名乗ったロイミュードは、少女も同じように突き飛ばすと、瓦礫の下からバイオリンを抜き出して、そっと地面に置いた。壊れ物を扱うような手つきで蓋を開き、中にあるバイオリンを一撫ですると、絃と共に持ち上げて肩に乗せ、顎で挟む。

 

『……なぜだ』

 

 そのまま弾きだすかと思えば、ジャンプロイミュードは肩を震わせ、俯いた。よろめくように立ち上がると、バイオリンが零れ落ちて、地面にぶつかった。

 

『あの時の、心が跳ねるような気持ちになれない……! これでは到底……!』

「なんだ……? 奴は何を言ってる?」

 

 いっそう不可解な行動と言葉。

 壁を背にして呟いた進ノ介の言葉に、ジャンプが振り向いた。どこか悲しげだった。

 

『このバイオリンは俺が人間に作らせた、いわば俺の分身だった。だが今はもはや、そうではないようだ』

『そうか……あのバイオリン、どこかで見た事があると思っていた。おそらくあれは、ブラックスターの複製なのだろう』

 

 ブラックスター。かつて、修復の専門家が作り上げた名器。オークションにかけられ、幾度となく高額で落札されていたが、持つ者はことごとく不幸に見舞われ、姿を消した。いつしか呪われたバイオリンと呼ばれたそれは、誰も気づかない内に消えてしまった。

 

『たしかにそれをモチーフにした。あれほど俺の心を跳ねさせた存在はなかった……。だが、本物のブラックスターは、俺が手にした時にはすでに腐り、見る影もなかった』

「だから代わりの物を作ったのか」

『そうだ。そしてそれを!!』

「っ!」

 

 そろそろとバイオリンに手を伸ばす少女の背中を踏みつけたジャンプは、目の無い顔でじろりと少女を睨みつけると、一歩離れてしゃがんだ。

 

『お前が盗んだのだ! 他にもお前が盗んだものがあるはずだ! それはどこにある!?』

「よせ!」

 

 今にも少女に攻撃を加えそうな剣幕だった。

 駆け寄った進ノ介に肩を掴まれ、引き倒されたジャンプは、素早く転がって距離をとると、立ち上がって、肩を震わせた。

 

『……ここは引く。小娘、そいつは餞別(せんべつ)だ。お前にくれてやろう。だが覚えておけ、俺は必ず俺の物を取り戻しに、お前のもとに現れる』

 

 言うだけ言って、地面に向けて光弾を乱射したジャンプは、煙が晴れる頃には姿を消していた。

 路地にも空のどこにも、姿はない。逃がしてしまったようだ。

 

『ナイスドライブ』

「ふぅ……」

 

 シフトカーを引き抜いて変身を解除した進ノ介は、スーツの襟元を正すと、足下に座り込む少女を見下ろした。バイオリンを掻き抱いて俯く少女の前に、しゃがみこむ。

 

「お話、聞かせてくれないかな」

「…………」

 

 怯える少女を刺激しないよう、優しい声音で問いかけた進ノ介の言葉に、やはりというか、少女は応えなかった。

 ただ、ゆっくりと頭を縦に振った。

 

 

 路傍に停められたトライドロンの車内には、現在一人……いや、二人だけが乗っていた。

 助手席に腰掛ける少女と、少女が興味深げに視線を送る、運転席と助手席の中心に位置するでっぱりにかけられたベルトさんだ。

 ケースを抱き締め、きらきらとした瞳でベルトさんを眺める少女に、ディスプレイに浮かぶ赤い線の顔を、横線の目やむっとした口といった困り顔にして、黙り込むベルトさん。

 

「……?」

『おお、おお、やめたまえ』

 

 幾度か、そーっと伸ばされた指先でディスプレイをつつかれて、ベルトさんは身悶えして体を左右に捩った。手をひっこめた少女は首を傾げ、不思議そうな顔をしている。

 

「ごめん、お待たせ」

『進ノ介』

 

 と、ドアを開いて、進ノ介が顔を覗かせた。手にはコンビニのビニール袋が下がっている。それを見せるように掲げた彼は、怪訝な顔になってベルトさんを見やった。

 

「どうしたベルトさん、そんな「心底安心した」みたいな声を出して」

『この少女はなかなか好奇心旺盛なようだ。先程からなんどもつっつかれて……こら、やめたまえ』

「…………」

 

 にや~っと笑って、人差し指でちょんちょんとベルトさんの顔に触れる少女は、嫌がられているのをわかっていてやっているのだろう。悪戯な笑みがその証拠だ。

 運転席に乗り込んだ進ノ介は、袋の中からお茶とお菓子を取り出して、少女の前の前にぶら下げた。

 

「食べるかい?」

 

 答えはない。ただ、頷きはあった。

 メジャーなお茶の飲み物と、『ひとやすミルク』というミルクキャンディーを受け取った少女は、さっそく封を解いて、キャンディーを口に放った。綻んだ顔は、見た目相応の柔らかさだ。

 

「それで、ベルトさん。何か聞けたか」

『ううむ、それなんだがね。どうやらこの少女は、言葉を話せないらしい』

「なんだって?」

 

 ベルトさんに向けていた目を少女に戻すと、視線に気づいた少女は、包み紙を弄んでいた手を止めて、進ノ介の顔を見返した。きょとんとしていたが、すぐに何かを理解して、両手の人差し指で口の前にバッテンを作った。

 喋れないよ、の意思表示らしい。

 

「なんてこった……それじゃあ話を聞けないじゃないか」

 

 言葉でのコミュニケーションがとれないとなると、事情聴取はなかなか面倒な事になる。ただ、言葉の意味は理解しているようなので、簡単な質疑応答はできるだろう。

 それがあのジャンプというロイミュードに通用するかは別の話だ。

 あの怪人は、少女に話を聞きたがっていた。口がきけないとわかれば、何をしでかすかわかったものではない。

 

「そうだな……じゃ、まずは、ちょっとした質問からいこうか」

「?」

 

 もご、と頬を膨らませた少女に苦笑しつつ、進ノ介は、一つ一つ、疑問を投げかけていった。

 

 

 親はいない。帰る場所もない。一人で旅をしている。バイオリンは拾った。弾き方を習った事はない。

 頷きと、顔振りと、首傾げの三つから読み取れたのは、それくらいだった。

 手帳とペンを用意して筆談を試みて、その結果わかったのも、名前程度だ。月日(つきひ)星夜(せいよ)。素敵な名前だね、と進ノ介がなんの気なしに褒めると、頬を朱に染めてはにかんだ。自分の名前が好きらしい。

 両親に関しては、筆談でもわからなかった。生存しているのか、それとも亡くなってしまっているのか。聞き方が悪いのか、少女の答えは曖昧で、生きているとも死んでいるともとれた。

 そして、最後にした質問――ジャンプが言っていた『他に盗んだ物』の存在。

 星夜は、自身の胸元のブローチを指し示した。大粒のサファイアをとんとんと叩く。

 それも盗んだ物だったのか、と思いかけた進ノ介だが、しかしそうだとするなら、ジャンプが気付かないはずがない。それは本当に盗んだ物なのか、と再度問いかけると、少女は小首を傾げてから、左右に首を振った。

 結局わからずじまいである。

 考えは、親がいない少女の存在に戻る。

 

「……みなしご、か」

『どうする、進ノ介。ずっと預かっている訳にもいかないだろう』

「だが、然るべき場所に連れていくのも忍びない……」

 

 頭の後ろに手を回して椅子に寄りかかった進ノ介は、気の抜けた顔で、天井を見上げた。

 

「考えるのやーめた」

 

 お得意の思考放棄。

 少女の身の上や今の状況を加味して考えると、心情とやるべき事がごっちゃになってとても複雑になってしまう。

 

「まずは、あのロイミュードからこの子を守り通す。それ以外の事は、それから考える」

『うむ。君らしい考え方だ。私も賛同しよう。……それでだが、進ノ介』

「どうしたんだ、ベルトさん。改まって」

 

 つぶっていた目を開いて視線を動かした進ノ介は、少しの間、言葉が出なかった。

 ベルトさんはいつの間にかお菓子の空き箱の帽子をかぶり、包み紙の服を纏って、着飾っていた。

 むろん、少女――月日星夜の仕業だ。

 

『……なんとかしてくれないかね』

「……ああ」

 

 にやにやと子供らしい笑みを浮かべながら、今はミルクキャンディをディスプレイに押し付けて食べさせようとする星夜を止めるのには、ちょっとばかり骨が折れた。

 頬を膨らませて不貞腐れ、ケースを抱いて窓の方を向く少女を見ながら、進ノ介は心の中で溜め息を吐いた。

 とんだ悪戯娘だ。これは手がかかりそうだぞ。

 改めて椅子に寄りかかった進ノ介は、不意に、少女がペンで車内に落書きをする光景を想像してしまって、横目で少女を盗み見た。

 ……よかった、さすがにそんな悪い事はしてない。

 足癖悪く目の前の備品を蹴っているだけだ。

 進ノ介は引き攣った笑みを浮かべた。

 

 

 無線が入ったのは、それから数十分もしない内だった。

 ザザッと大きな音がしたのちに、男の声で、この近辺の美術館から高価な絵画が盗まれたという旨が伝達された。窃盗犯三人は、白い大型のワゴン車に乗って○号線を北上中。付近の車両は至急応援に入れ。そういった内容だった。

 ○号線は、すぐ近くだ。何百メートルもない。そして、美術館の方角は……。

 

「今からそっちに出れば先回りできそうだ。よし!」

 

 手早くシートベルトを締め、エンジンをかけてギアを入れ、ハンドルを握った進ノ介は、はっとして隣に座る少女を見た。

 翡翠の瞳がじぃっと進ノ介を見つめている。

 この子を守らなければならない。だが、こんな幼い少女を仕事に連れ回すのは常識的に考えてどうなのだろうか。しかし応援に応じない訳にはいかない。かといって少女を降ろす訳にもいかない。

 進ノ介の葛藤を読み取ったのだろう、少女は不安げに眉を八の字にして、そっと進ノ介の腕の布を握った。ふるふると振られた頭の意味は、おそらく「降ろさないで」、だろう。

 化け物に襲われたばかりだ。一人になるのは心細く、そして、変身して怪物を撃退した男は、星夜の目から見てとても頼もしく映った事だろう。離れたくないと思うのは、至極当然の流れだった。

 

「大丈夫、君は俺が守る」

 

 不安にさせてはいけない。

 にっこり笑って、おどけるように、されど真剣に言った進ノ介に、少女はこくりと頷いて、シートベルトを締めにかかった。

 彼女を乗せたまま行くのは気が引ける。が、後には引けない。

 危険な事はしない。安全運転を心がけよう。

 そんな風に思いながら、進ノ介はアクセルを踏み込んだ。




TIPS
・「てーぇ!」
だーれだ!
そんな事、この私が知るか!

・心が跳ねる
ぴょんぴょん待ち。

・ブラックスター
仮面ライダーキバ参照。

・タイプワイルド
タイヤを回すと強くなるよ~、タイプワ~イルド。
不遇枠。

・ひとやすミルク
進ノ介の好物。

・悪戯娘
悪戯は妖精の専売特許。

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