内容うっすーい!
次回の更新は三日以内にしたいと思っています。
船周囲に配置されての護衛、船上に戻っての交代または戦闘までの待機。これを数度繰り返して、目的地に到着すると、少し時間ができた。休憩の時間。陸地にだって深海棲艦の脅威が及ばないとは言い切れないから、気を抜くのはいけないかもしれないが、そもそも俺達艦娘は船から外へは出てはいけない身。陸が近付いた際に全員が船内に入り込み、警戒はこの地の普通の人(一般的ではない人)に任せて、素直に休息をとっていた。
積み荷が運び出されるのを揺れとして感じていると、壁際に身を預けている俺の下に、吹雪と夕立が近付いてきた。
「具合は大丈夫?」
「体調不良っぽい?」
俺の体を心配しての事だったみたい。まあ、見ての通りだ、と返せば、二人はあんまりわかっていない様子で俺の体を見た。怪我とかもないよ。
なんのために俺を上から下まで眺めたのかは知らないが、吹雪と夕立は俺が本当に平気だと知ると、しゃがみこんで、連ちゃんと装ちゃんを構いだした。頭を撫でたり胴を触ったり。キュ~、とゆっくり鳴いているあたり、彼女達もまんざらでもなさそうだ。ちなみに砲ちゃんはいつも通り腕の中に抱いている。戦闘時や急な対応を迫られた時には取り落としてしまう事も多く、先刻の戦闘時にも(潜水艦交じりの水雷戦隊だった)放ってしまったので、ご機嫌取りのために撫でまわし甘やかし、船の人が好意で用意してくれたおやつを貢いだりしていたのだ。
その甲斐あって砲ちゃんの機嫌も直ったような、そもそも機嫌は損ねていなかったような、というか急に放っぽっても楽しそうだったというか……。
砲ちゃんの気持ちがどうであれ、意図せず手放してしまう事があるのは確かなので、償いをするんだけど、自己満足以外の何物にもなっていない気がする。言い換えれば、単にけじめをつけているだけ、か。自分の中で。
一緒に戦う友達なのだから、もっとちゃんと扱ってあげないとね。
小さく千切った
連ちゃんと装ちゃんにも甘食は与えていたんだけど、今は吹雪と夕立が持ち寄った別のお菓子を食べている。円柱状の、なんか高級そうなチョコ菓子っぽいのと、シュガータール。あ、そのシュガータールはココア味のやつだ。色が黒い。
ポリポリ食べる連ちゃんは、どことなく犬っぽい。あんまり表情が変わらないからわかり辛いけど、尻尾があったら振り回してそうなくらいには吹雪に懐いてるんじゃないかな。
「姉さんは、霧の中に潜むと言われている深海棲艦の事を知っていますか?」
不意に、神通先輩の声がした。
話し声の中で、それだけが鮮明に聞こえたのはなぜだろうか。
顔を上げて船内に目を向ければ、細い机の合間に川内型の三人が集まっていた。離れた机に、由良水雷戦隊が固まって談笑している。仲が悪いわけでもないのに、こうはっきりと分かれてしまうのはなぜだろう。任務中だからかな。
二つの机に挟まれて、片方は立って両手を胸元に添えていて、もう一方は机に半ば腰かけるようにして横を向いてた。神通先輩と川内先輩。那珂ちゃん先輩は、机の手前側に座って手鏡と向かい合っていた。光が反射する丸鏡には、口元を指でほぐしたりして笑顔の練習をしている彼女の顔が映っていた。
「んー? なんか強敵って聞いたけどー……それがどうかしたの?」
ポッキンをぱくぱくと口の中に入れて、チョコのついてない部分をくわえ、指で口内に押し込んだ川内先輩が聞き返す。
神通先輩は、どこか言い辛そうな様子で――実際そんな事はないのだろうけど――言葉を重ねる。
「今はこうして出撃や遠征が再開され、何事もなくこなしていますが……その霧の発生条件はわかっていないと聞きます」
「言いたい事はわかるよ。気をつけろって事でしょ?」
レ級のいたあの霧の事が提督や三原先生の口から伝えられてからしばらく。艦娘の間では、霧の話は広く認知されているけど、実際この鎮守府で遭遇した事があるのは俺と朝潮を除けば、誰もいない。
他ならぬ提督の話だからみんな疑ってはいないけど、実感はしていないようだった。
実際、海に出たって、霧が出る事はあってもレ級が出る事はなく、他の鎮守府や泊地の実情もわからないのでは、常に心にこれを置いて警戒しろって方が無理がある。
……あー、霧に襲われた俺だって、随分暢気に海を眺めていたし……経験のない子達にとっては、俺以上にその傾向が強いだろう。
「鬼とか姫だったら、守りながら戦うのは厳しいなー」
鏡から目を離さないままで那珂ちゃん先輩が言う。
……戦艦級とか空母とかなら大丈夫なんだろうか。ヲ級とかル級とか、まだ見た事ないから、その強さのほどはよくわからないんだけど。
しかし確かに、守る対象があると、とれる行動の選択も少なくなるし、やり辛くなるだろう。こっちにも空母や戦艦がいるならまた話は違ってくるのかもしれないけど、無い物ねだりをしてもしょうがない。俺達の艦隊に戦艦や空母はいない。
もしそういう大型を相手するなら、雷撃にかけるしかないな。砲撃じゃ大したダメージにならないだろうし。
俺の場合は、そもそもどっちも当たらないからなぁ……いつも通り、近接攻撃かスピードキックを仕掛けるしかないかな。
前に戦ったリ級は重巡だけど、キック一発じゃ沈まなかった。戦艦にもなると、何回蹴りを叩き込めば倒せるのだろうか。
……俺は一人じゃないんだから、何発必要か、なんて考える意味はないか。蹴って怯ませる事ができれば、仲間の直撃弾への助けになるかもしれない。それぐらいの認識でいいだろう。あ、でも、あんまり敵の近くでうろちょろしてたら邪魔になるよな。今まではそんな事はなかったけど、一発や二発では沈まない相手には、朝潮と二人で、でしか挑んだ事がない。
朝潮は抜群の読みで俺が離れた時に当たるよう砲撃してくれたし、俺の思考が読めてるんじゃないかってくらい合わせてくれてたけど、大人数になるとどうだろう。吹雪や夕立と一緒に戦った時に、誤射なんかはないだろうか。二人の戦闘経験は俺とそう変わりがない。間違いだってあるだろう。経験の内のほとんどを一緒に戦っているから、俺の戦闘スタイルは二人共理解しているし、これまで誤射なんかなかったけど、それも大型を相手するとなるとどうなるかわからない。
……まあ、未攻略や、解放済みであっても強敵がいる海域に俺達が行く事になるのは、早々なさそうだし……これもまた、考える必要はないのかもしれない。
この海域は、出てきたとして軽空母が最も
艦載機を展開されると俺はお手上げだけど……ぶんぶん飛び回る奴らに砲弾を当てるのはひときわ難しいし。てきとうに撃ってれば当たる事もあるけど、そう何度も起こる事ではない。
「……もし強い奴が現れたら、死ぬまで戦うしかないっぽい?」
装ちゃんを抱えて立ち上がった夕立が、小首を傾げて言った。どうやら神通先輩の声は、彼女にも届いていたらしい。
……それは、こうして船の護衛についている場合は、って事かな。
「逃げ出す訳にはいかないもんね……」
連ちゃんの頭を撫でつつ、俺を見上げた吹雪が不安げに呟く。君もか。
そうだね。守る立場である俺達に撤退は許されない。そんな事をすれば俺達だけでなく、艦娘全体の信用に関わる。だから、たとえレ級が出てこようと、逃げちゃいけないのだ。
そう考えると艦娘というのは、なかなか難儀なものだ。替えがきくってのも辛い。
自分が倒れても、自分と同じ性能の艦娘はいくらでも作り出せる。ドロップ艦ならタダだ。うちの提督はそういうのを
艦娘は替えがきくけど、艦娘を知り、海を恐れず物資や資源を運んでくれる人間は少なく、替えがきかない。
「そこまで気負う事はないと思うな」
「由良さん」
こつこつと足音を立ててやってきたのは、向こうで話していたはずの由良だった。
少しだけ眉尻を下げて、気遣わしげに語りかけてくる彼女に、吹雪は立ち上がり、夕立と一緒に体ごと向き直った。
「心がけは大事だと思うけど……思いつめると、参っちゃうもの」
「……でも、もしそういう時がきたら……」
勝てないとわかっていても、戦わなければならないよね。
俺達の前まで来て立ち止まった由良は、ううん、と微かな動作で首を振って、心配しないで、と言った。
「そういう時に、一番に離脱するのは、あなた達駆逐艦の子だから」
快速の駆逐艦は、よっぽど非常時なら、戦うではなく撤退し、情報を持ち帰るのが役目になる。
その場合、殿を務めるのは軽巡の先輩方になるのか。
……それはそれで、嫌だな。
「夕立は、逃げたくないっぽい。最後まで戦いたい」
「……私も」
夕立と吹雪も、俺と同じ意見みたい。実際その場面に直面した時、情報を持ち帰るためなら、たぶん、残った先輩方がどうなるのかわかっていても、撤退を選択できるとは思うけど……話を聞いているだけの今この場では、そんな事は考えられない。
……そう、そんな事は、考えられない。
島風は最後まで戦う。今度は逃げない。大丈夫、ちゃんと、強くなってるから……。
「……そういう非常事態は、早々起きないかな」
二人の答えに、困ったように笑った由良は、一度何か言いかけて……一呼吸の間を置いてから、そう言った。たぶん、最初に言おうとしたのとは別の言葉。
前の提督の時から俺達の所属する鎮守府に籍を置く由良だけど、その十年ちょっとの年月の中でも、解放済みの海域に確認されていない種類の深海棲艦の乱入なんていうのは、滅多に起きるものじゃないらしい。彼女がそう教えてくれた。
時々敵が大きな動きをする時があるけど、そんな時も、確認された以上の種類の深海棲艦が現れる事はないって。
「不安になっていたみたいだったから……迷惑だったかな」
「いえ、そんな事は……。お話、ありがとうございました」
ゆっくりと話す彼女にお礼を言うと、由良は「そう」、とだけ言ってはにかんだ。
◆
元来た航路を辿って、鎮守府への帰路につく。海上護衛任務は、行き帰り安全にさせるためのものだ。鎮守府に帰りつくまでは、この任務は終わらない。
再び船上での待機。何もないのが一番だけど、ほんとに何もないと退屈なので、深海棲艦が現れないかな、と不謹慎な考えを持ってしまう。
甲板に出て、突出した建物の周りを歩く。船内で大人しくしてようかとも思ったけど、また外に出たくなったのだ。避難経路の確認と割り切り、見回っている。
壁に備え付けられた救命浮き輪なんかを眺めつつ歩いていると、壁際にずらっと並ぶマシーンを見つけた。なんだろう……タイヤの無いバイクみたいなやつ。その内の一つの前に船員の男性が膝をついていて、バイクっぽいのを弄っていた。
「何してるんですか?」
「うわっ!」
気になったので声をかけてみれば、大げさに驚かれた。尻もちをついた彼の傍には、工具箱が置いてある。点検でもしてたのだろうか?
でも、船の人って、こうして上がってきちゃいけないんじゃなかったっけ。危ないから。そういう説明がされた気がするんだけど。
「あんた……あんたが艦娘って奴か?」
「そうですけど」
若い男だった。船長と同じようなラフな格好に、短刈りにした黒髪に、彫りの浅い顔。二十いってるかいってないかくらい。こんな人、最初の集まりの時にいたっけ?
「凄い格好してるな……制服なのか?」
「……まあ、そんなものです。あなたはここで何を?」
服の事に言及されて、おお、と短い上着の裾を引っ張る。お腹も、太ももへの線も、黒い紐も見えてる、当然恥ずかしい格好。……いや、恥ずかしいなんて感情は当の昔に消え去ってるから、この感情の正体は……男性に肌を見られる事への些細な羞恥心?
たぶん、それ。露出した太ももやお腹なんかに、彼の目線が這い回っているのを感じてしまって、うっとなった。艦娘の鋭敏な感覚には、人の目の行き先なんてのは手に取るようにわかるし、目の動きを見ていなくたって、なんとなくどこを見られているかは察知できる。
興味本位みたいなものだろう。それか、男の
この男性の目にも、変な色は見られない。どちらかというと、疑惑の眼差し……って感じ?
「ああいや、俺は、いや、私は、バイクの点検を……」
「バイク? ……車輪がついてないみたいだけど、バイクなんですか、これ」
最終的な目線の行き先は連ちゃんと装ちゃんだった。俺の足下の二体にそれぞれ目をやった男性は、独りでに動くめんこいのに釘付け。返事もどこか上の空だった。
連ちゃん装ちゃんが『キュー』と鳴いて手を上げれば、びくっと肩を跳ねさせて、恐る恐るといった様子で手を上げ返す。何この人、面白い。
「こいつには元々車輪はないよ。水上バイクってやつだ。聞いた事ないか?」
「初耳です」
壁に備えられている幾つもの水上バイクとやらの一つを眺める。深い青を基調とした色の、ええと、車高? が低い物。ハンドルはついてるし、ブレーキレバーっぽいのもついてる。短いけど。レバーというより、トリガー?
それと、あれがない。座るところ。座席……サドル? シート? だかがなくて、たぶんこれは、立って操作する形のものなんだろう。
「ジェットスキー、マリンジェット、シードュー……呼び方には色々あるが、こいつはその内の一つ。正式には水上オートバイと呼ばれる物のスタンドアップタイプだ」
「スタンドアップタイプ?」
「一人乗りって事」
手の甲でコツンコツンと車体を叩いた男性が、にっと口の端を吊り上げて説明する。
「ここにあるのはどれも特注品さ。危ない海を走るために相応の装備が備えられている」
「海を走る……って、あなた達が?」
「緊急の時だけさ。あんたらがやられて、さあ次は俺達の番だって時に逃げるための……ああいや、すまん。変な事を言った」
得意気に語りながら、工具箱から薄汚れた布を取り出した男性は、その動作のさなかにはっとして、俺を見上げた。口を滑らせた、みたいな顔をしている。別に気分を害したりはしてない。彼らも無防備に外海に出る訳がないと理解できるから、当然の備えだと受け取った。
そう伝えると、男性はほうっと息を吐いて、ズボンの膝辺りを払う仕草をした。
「実を言うと、こうして海に出るのは初めてなんだ」
「新人さん?」
「ああ。だからあんたら艦娘ってのを見るのもこれが初めてで……いや、こんな見目麗しい女の子だとは思わなかった」
「頼りなく見える?」
車体を布で拭く男性に、少し屈んで膝に手を当てて問いかければ、そんな事は、と声を詰まらせた。思ったんだな、きっと。それもまた仕方のない事。見た目だけ見れば、艤装を身に着けているとはいえ、俺は細い女の子な訳だし。これが艤装を身に着けた扶桑とかだったら、初見でも凄い人だって思えるんだろうけど。
「ほら、こいつは衝撃弾を吐き出す拳銃さ。見えるか」
少し気まずそうにした男性は、ひとまず水上バイクの解説をする事によって場の空気を切り替える事にしたらしい。車体を引っ張って僅かに傾けてみせた男性は、壁側の方を指差して言った。ハンドルの下側に、拳銃がベルトで固定されている。おお、武装……なんだかロマンを感じる。
「衝撃弾なんて言っても、こけおどし程度さ。射程も短いし、精度も低い。まあ、元より奴らには通常の兵器は効かないっていうし、これくらいでいいんだろう。あんまり衝撃があるとバイクから放り出されちまうしな」
ふうん。反動でバランスを崩すくらい、この乗り物は体勢を保つのが難しいんだろうか。
「ああ、ほら、ここに紐がついてるだろ? カールコード。乗車時にはこれを手首に巻き付けるんだ」
もし万が一投げ出されても、紐が外れる事によってエンジンがストップして、バイクだけが先に行ってしまうのを防ぐんだって。
ただ、深海棲艦に追われている最中にエンジンが止まったら、たぶんそこで終わりだと思うと、男性は苦い顔をした。
「だからこいつは、スピード重視だ。従来の水上バイクの速度を一回り上回ってる。最高速度は時速120キロ……あんたにわかりやすいように言えば、65ノットってとこだな」
げ、このバイク、俺よりずっと速いのか。
……そう聞くと、この青いマシンが途端にかわいくなくなってくる。
むむむ……。
「でも、乗り辛いんですよね?」
「スピードを出せば安定するさ。無茶な動きさえしなければ転倒の危険もない。水上バイクは沈まないしな」
むむむむむ。
気に食わないなあ。
なんて顔をしてるのが変だったのか、彼は笑いを堪えたような顔をして、まあそう邪険にするなよ、とさらにバイクの説明を続けた。
乗り方とか、注意点とか……聞いたのはこっちだけど、やけに丁寧に話してくれるな。
バイクが好きなのかな。こうして手入れしてるみたいだし。……船外に出てまで。
「あー……俺が外に出てるのは内緒にしててくれないか?」
「…………」
「頼むよ、な? ええと、ほら、こいつに乗らせてやるからさ。あ、鍵は入ってすぐの棚に……」
「いえ、結構です。任務中ですので」
「そ、そんな事言わずにさ。こいつでターンするの、本当に楽しんだぜ?」
「ああはい、わかりました。内緒にしておきますから、早く船内に戻った方が良いですよ」
手を叩いて急かすと、彼は大慌てでバイクを拭き回し、ハンドルを握って一度捻ると、満足したように頷いた。それから、俺の事を窺いながら手早く工具を仕舞い込むと、箱を持ち上げて、そそくさと建物内に走って行った。ああ、そっちにはたしか船長が……って、注意する間もなく行っちゃった。
「……こいつ、そんなに速いのかな」
水上バイクをつんつんとつついてみる。こんなのがすっごく速いというのだから、なんか納得いかない。日本の技術も進歩してるって事? 戦時下に近いこの情勢で、妖精さんの手も借りずに?
いや、他の機能を削って速度アップに集中させるとかなら既存の技術でもできるだろうけど。
あーあ、もっと速くなりたいなあ。
ね、連装砲ちゃん。
『キュー?』
同意を求めて彼女達を見回せば、そうだね! みたいに手を上げてきた。うんうん、わかってくれるか。
何よりも、誰よりも速くなりたい。守りたい人がいるから……なんて。
素敵な笑顔の女の子を思い描いていれば、俺を呼ぶ声が聞こえた。そろそろ交代の時間だ。お次は船の周りについての護衛。
たとえ敵が現れても動けない時間。どうせなら、待機中に敵が現れてくれればいいのに。
って、だから、不謹慎だってば。