島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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第二十七話 技術

 夏の陽射しが砂利道に降り注ぐ午後。

 熱のこもる首元に風を送るため、後ろ髪に手を通してばさりとやると、隣を歩く夕立が「今日も暑いっぽい」と声をかけてきた。

 

「夏だもんね。かき氷とか食べたくなっちゃう」

「それも良いけど、スイカも食べたいっぽーい」

「こんな日こそ紅茶が飲みたいネー! モチロンHOTでお願いシマース!」

 

 先導する紅茶先輩……じゃなかった、金剛先輩が肩越しに笑いかけてきた。こんな日こそ、って、さっき先生の部屋で飲んでたような……。あれは紅茶じゃなかったのかな。

 俺は飲むならミルクティーがいいな。お砂糖どばどばミルク増し増しなやつ。それかクリームソーダ。

 あー、こんな日こそクリームソーダが飲みたいネー。出撃とか増える前にお小遣い入ったから、思ってたより少なくて、今あんまり余裕ないんだよなあ。でも今月は期待できそう。諭吉さん何人お引越ししてくるかな。一人は来てほしいなー。

 

「さあ、体育館につきマシタヨー! ぽいぽいちゃん、ここであってマスカ?」

「ぽ……あってるっぽ、あってます」

 

 欲に濡れた思考でいると、金剛と夕立が高度なやりとりをしていた。

 『お前今日からぽいぽいちゃんって呼ぶからな』『やめてほしい切実に』……みたいな。

 ただの想像だからたぶんそんな事どっちも考えてないだろうけど、夕立がなんで言い直したかは気になる。どえらい先輩相手だからかな。仕方ないね。

 

「では突撃シマース! follow me!」

「は~い」

「ぽい」

 

 ガララッと扉をスライドさせて踏み込んでいく金剛に緩く返事をしながらついていく。ぽいぽいちゃん……もとい夕立は鳴いて返事をした。……いつも思うけど、時々「ぽい」だけで喋る時あるよね、夕立。

 言いたい事はなんとなくわかるけど。……なんか悔しいな。

 

 広いだけあってやや涼しい体育館には、四人の艦娘がいた。ステージ下の二つ並んだパイプ椅子に座る川内先輩と神通先輩に、ステージ上にはお目当ての那珂ちゃん先輩が改二衣装でマイク片手に立っていた。

 ……その横には、フリルやヒラヒラのついたやたら可愛らしい格好の吹雪がいた。

 スピーカーからじゃんじゃか流れてる軽快な音楽はなんだろう。……ひょっとして、歌の練習してた? ……吹雪も?

 

「ハイ皆さん、コンニチハー!」

「くぉっ、金剛せんぱ……島風ちゃんっ!? ゆ、夕立ちゃん!?」

 

 マイクを両手に握っていた吹雪は、金剛の登場に驚いたかと思えば、俺達を視界に捉えると目を剥いた。

 びっくりしてるみたいだけど、驚いてるのはこっちも同じ。吹雪……その格好はいったい何かな。

 

「金剛ちゃん? 帰って来たんだ~」

「ただいまデース! 那珂ちゃんと手合せするためにやってきましたヨ~」

 

 驚いた様子で立ち上がって振り返る川内先輩と神通先輩や、壇上であわあわしている吹雪などお構いなしに那珂ちゃん先輩に手を振る金剛。

 親しげだ。そういうイメージはなかったけど、ううん、どこの艦娘も同じ友人関係や知り合いがいる訳じゃないのは、当然の話だ。

 

「ぽい」

 

 そっと顔を寄せてきた夕立とひそひそ囁き合う。ねーね、吹雪ちゃんのあのかっこ、なんだろね。アイドル?

 

「吹雪ちゃんがここで那珂ちゃん先輩と同じ練習をしてたなんて知らなかったっぽい」

「夕立ちゃんが知らないだなんて、珍しいね。何かの陰謀かな?」

「かも。吹雪ちゃんはきっと秘密兵器だったっぽい。それを知ってしまったあたし達は、那珂ちゃん先輩に消されてしまうっぽい……!」

「ひえー、こわい」

 

 ひそひそひそ。

 俺達が顔を寄せ合って囁きあっていると、吹雪はマイクを胸に押し当てて俺達を注視し、顔を赤くさせたり青くさせたりしていた。

 あんまり面白がってると倒れてしまいそうだから、からかうのもそろそろやめにしようか。吹雪泣きそうだし。

 

「吹雪ちゃーん」

 

 手を振ってみれば、吹雪は真っ赤な顔で控え目に手を振り返してくれた。どういった経緯でその格好をする事になって、ステージに立っているのかわからないけど、吹雪なら変な理由ではないだろう。今はステージから下りて金剛と何事か話している那珂ちゃん先輩と同じ、アイドルになると言うのなら、それもいいんじゃないかな。恥じらう姿かわいいし。

 ステージに寄って行って、俺と夕立で下から呼びかけても、吹雪はスカートを押さえるような仕草をするだけで下りてこなかった。ので、ステージに手をかけて体を押し上げ、ステージへよじ登る。夕立に手を貸して引っ張り上げれば、吹雪ちゃん包囲網の完成。ふはは、逃げ場はないぞ吹雪ちゃん!

 

「吹雪ちゃん、アイドルになったの? 衣装かわいいね」

「いやっ、これは、その」

「よく見ると那珂ちゃん先輩の衣装と似てるっぽーい」

「あっ、あのね、あの……うぅ」

 

 ありゃ。

 フリルを弄ったり言葉をかけたりしてたら、とうとう吹雪は蹲って膝を抱えてしまった。腕の中に顔を埋めたから、顔も見えない。

 ……あれ、本気で落ち込んでる?

 

「ごめんね、吹雪ちゃん。偶然とはいえ……知られたくかった?」

「そ、そういう訳じゃないけどぉ……恥ずかしいよ……」

「恥かしがる事はないっぽい。夕立達は吹雪ちゃんを笑ったりなんかしないっぽい」

「で、でも、変じゃないかな……私が、アイドルなんて……」

 

 変。……じゃ、ないって言ったら、そりゃ、吹雪のイメージではないけど。

 真面目な吹雪が、いかにもな衣装に身を包んでマイクを手にしているだなんて想像もした事がなかったから、さっきは面食らってしまった。

 でも、今はもう、単純にかわいいとしか思ってない。きっと彼女が歌ったり踊ったりしたって、純粋に称賛できるだろう。

 あ、でも、その衣装なら、縛ってる髪は下ろした方が良いんじゃないかな。

 

「うー、那珂ちゃんにも言われたけど、髪を(ほど)いたら、何かが変わっちゃいそうで……」

「それはきっと良い変化っぽい。勇気を出して。吹雪ちゃんなら、きっと踏み出せるっぽい!」

 

 顔を上げた吹雪が、首元で纏められた後ろ髪を気にするのに、夕立が優しく諭す。

 なんかすっごいアイドルモノみたいな雰囲気出てるんですけど。……ううん、こういう空気、苦手だったんだけどなあ。ふわふわした空気というか。

 今はそんなでもない。むしろ、吹雪の背を押したくなってしまう。

 友達が迷ってるなら迷いを振り切る手伝いをしたいって考えるのは、当然の事だよね? なんにもおかしくないはず。

 

「……うん、わかった。ここまできたら、やるしかないよね!」

 

 ぐっと拳を握って勢い良く立ち上がった吹雪は、すぐに縛った髪に手を伸ばしてヘアゴムを抜き取った。ほどけて散らばる髪を、頭を振ってふわりと広げ、整えた吹雪は、雰囲気ががらりと変わって、どこに出しても恥ずかしくない美少女になった。

 かわいいのは元からだけど、まっすぐな真面目さがそれを隠していたから、今はそれがなくなってありのままの姿を見せている。アイドル衣装で魅力もアップ。那珂ちゃんと並んでも、見劣りはしないだろう。

 ぱちぱちと手を打って、かわいいを連呼する。照れたように頬を掻いた吹雪は、そういえば、と気を取り直す風に、俺達がなぜここに来たのかを聞いてきた。

 

「金剛先輩が、えーと……真先生の技術ってやつを見せてくれるっていうから」

「手品は凄かったから、きっとその技術も凄いものに違いないっぽい」

「技術……それって……」

 

 そういえば、先生が見せてくれたはずの手品の事、なんにも覚えてないんだけど……惜しいなあ。頼んだらまた見せてくれるだろうか。とりあえず後で夕立にどんなのだったか聞くとして、今は吹雪だ。『先生の技術』と聞いて、吹雪はやや俯いて呟いた。心当たりがあるのだろうか。そっと金剛の方へ顔を向ける吹雪にならって、俺と夕立もそちらを見る。

 

「那珂ちゃんは今、怪我とかする訳にはいかないんだよ。いくら金剛ちゃんの頼みでも、お手合わせは受けられないな」

「ムムム……怪我をさせないようにしマスから、そこをナントカ!」

「ダメッたらダメだよ。体術なら那珂ちゃんの方が上だし、手加減なんてしたら、金剛ちゃんが怪我しちゃうでしょ?」

 

 ……あの話しぶりだと、ひょっとして、先生の技術って那珂ちゃんも習得しているのだろうか。しかもそれは、金剛よりも高く深く。

 そして、体術って事は、やっぱり格闘技みたいなものなんだ。金剛はそれを見せてくれようと、那珂ちゃんに話にきたんだろうけど……難航してるみたいだ。

 怪我したくないっていう那珂ちゃんの気持ちは察する事ができる。こんなに素敵な相方を捕まえて一緒に練習に励んでて、その途中で足や腕に怪我なんかして中断したりする訳にはいかないだろう。それに、練習をするって事は、それを発揮する場があるって事だろうし、なおさら怪我は避けなければならない。

 これは、諦めた方がいいかもしれないな。金剛一人では見せられない技術のようだし、見られないならそれで、俺も諦めがつく。気になるといえばそうだけど……俺には俺の戦い方があるし、大丈夫。

 

「手合せしてくれるなら、間宮の新作パフェを奢っちゃいマース!」

「えっ。……あー……うー」

「勝ち負けは関係ありまセーン! でも那珂ちゃんが勝てば、コレにアイスのタダ券もつけちゃいマース! どうデスカー? 惹かれちゃうデショ?」

「うぅ~、アイドルに甘い話は厳禁だよ~! 恋もスイーツも御法度なの~!」

 

 文字通りの甘い誘惑に耐えて突っぱねる那珂ちゃん。しかし、なんというか、さっきまでは鉄の意思を感じさせる厳しい表情だったのに、へにょへにょと崩れてしまっている。……あと一押しでいけそう。

 

「……先生の特製ケーキもお付けシマス」

「ええっ、ほんと!? ほんとだよね!? 嘘だったら酷いよ!」

 

 それまでの押せ押せモードから一転して、静かに囁いた金剛の言葉に、那珂ちゃんはあっけなく屈した。金剛に詰め寄って無理矢理小指を絡ませ、ゆーびきーりげーんまーん、嘘ついたら魚雷千発当てちゃうぞ! と約束させた。金剛はなぜか憂鬱そうに横目になっていた。

 

「じゃあ、すぐやっちゃうよ! 川内ちゃん、神通ちゃん、椅子どけてー!」

「はいはーい!」

「もう、那珂ちゃん……」

 

 姉妹を使って広い場所を作った那珂ちゃんが、金剛と距離をとってから向かい合う。……マイクを握ったままでいいのだろうか。危なくないのかな。

 なんて考えていると、合図もなしに那珂ちゃんが駆け出した。頭を低くして素早く金剛の間合いに入ると、腕を伸ばした。拳は握られていない。掴もうとしてる? その場でどっしり構えていた金剛は、那珂ちゃんの腕を自身の腕で叩き落すと、そのまま腕を絡め取ろうとした。だがどういう訳か、金剛が掴んだはずの那珂ちゃんの腕はするりと抜けていった。

 走ってきた勢いのほとんどを動作に費やしたかのように金剛の目の前で止まった那珂ちゃんが反対の腕も伸ばす。マイクを持っている方の手。帯を狙った手はさっきと同じように叩かれ、そして、同じように、掴もうとした金剛の手から逃れた。

 伸びた手が弾かれ、掴まれた腕を返して抜け、足を入れ替え、居場所を入れ替えながら、激しくも静かな攻防が続く。手が触れ合うたびパシッと音が鳴り、はためく袖や翻るスカートの音が混じる。

 目まぐるしくて、手の動きは見えているのに、二人が何をしているのかよくわからず、必死に目で追った。技術というだけあって洗練された動きは、それだけするのがやっとで、その動きにどういう意味があるのか、何を狙ってやったのかなんて、さっぱりわからなかった。

 

「――!」

 

 防いで防がれてばかりの中で、ついに那珂ちゃんの手が金剛の腕を捉えた。左手で金剛の右腕を掴んだ那珂ちゃんは、それを下へ引き込みながら、肩から突っ込み――それ以上は、何をしたかわからなかった。

 ただ、那珂ちゃんよりも頭半分大きい金剛の体がふわっと浮いて、床へと叩きつけられそうになって、しかしそうはならず、一回転した金剛はしっかり二本の足で床を踏みつけた。どしん、と重量感のある音が響く。今度は金剛が仕掛ける番だった。技の成功を信じて疑わなかったのだろう那珂ちゃんが一瞬硬直した隙に、握られていたままの腕を握り返して引き寄せると、先の那珂ちゃんと同じ動きで床へ投げつけ、はっとした那珂ちゃんが身を捻って体全部を回転させ、ズダダッと着地した。

 

「どうしマシタ、那珂ちゃん。腕が鈍ってマース!」

「そうかもね。金剛ちゃんに返されちゃうなんて、ちょっとショック!」

 

 軽口を言い合う二人は、どちらも不敵な笑みを浮かべているけど、額に汗を滲ませ、肩で息をしていた。

 数十秒もないやり合いだったのに、きっとそれには相当な集中力が必要で、どれだけ体力があってもどんどん消費していってしまうのだろう。……金剛と那珂ちゃん先輩だからこそ、この消耗具合なのかな。

 再び二人がぶつかりあったのには、やはり合図などなく、そしてこれまでの経過時間と同様、決着までの時間も短かった。金剛の手によって床に叩きつけられた那珂ちゃん先輩が「きゅう……」と目を回した事で勝敗が決した。背中から落ちたけど、大丈夫なんだろうか……。

 吹雪も心配だったらしく、ステージを飛び下りて那珂ちゃん先輩の下に駆けていったので、俺と夕立も後に続いた。

 

「やっぱり腕が落ちてマスネー。鍛錬を怠っては駄目デース」

「うー……はっ!」

 

 那珂ちゃん先輩の手から転がり落ちたマイクを拾った金剛の声に反応してか、はっと目を開いた彼女は、がばっと身を起こすと金剛に縋りついた。

 

「ね、ねえ、先生の特製ケーキも、勝ち負けに関係ないよね! ね!?」

 

 さ、最初に気にする事それなんだ。

 金剛が緩く首を振ると、那珂ちゃん先輩は床に手をついて頭を垂れた。よっぽどショックみたい。先生の作るケーキってのは、そんなに美味しいのだろうか?

 

「んー、しょうがないデスネー。先生からいただいたケーキ、那珂ちゃんにもわけてあげマース!」

「本当!? あ、ありがとぉー! やったー! やっほーい!」

 

 ぴょーんと跳ねた那珂ちゃん先輩は、その勢いのまま金剛に抱き付くと、ぐるりと回り込んで、再び正面に戻った時には、だいぶ落ち着いていた。

 

「那珂ちゃん、大丈夫ですか? 怪我は……」

「大丈夫だよ、吹雪ちゃん。那珂ちゃんはへーき!」

「兵器だけに……なんてネ」

 

 寒い。

 金剛先輩、寒いです。そのギャグは寒い。

 一人でフッフと笑っている金剛先輩から目を逸らして、吹雪と那珂ちゃん先輩を見る。並んで立つと、衣装も込みで凄い華やかだ。うーん、よいぞよいぞ。なんだかわからないけど、嬉しくなってくるというか、元気が出てくるというか。不思議な気持ちだ。

 

「さあ、島風! どうデシタ?」

「あ、えーと、とにかく凄いって思うばかりで、技術の事はよく理解できなかったんですけど……」

 

 意識の外に置いた金剛先輩から声がかかったので、歩み寄りつつ言葉を返す。

 でも、理解できた事が一つある。

 あんな精密な動きは、どれだけ練習したって俺にはできそうにないって事!

 

「オ、オゥ、そうデスカ。なら仕方ありまセン。習得しようと言うならば力を貸そうと思いマシタがー、その必要はなさそうデスネ!」

「お心遣い感謝します。良いものを見れました。参考にさせていただきます」

「島風はお堅い時とオチャらけた時のギャップが大きすぎデース。もっとfriendlyにドーゾ!」

 

 と言われましても。

 すっごくノリ良くて感じ良い金剛先輩だけど、そんなすぐには砕けた態度はとれない。

 今すぐタメ口きいても気にしないでいてくれるだろうけど、そこは、俺の気持ちの問題だ。

 

「じゃあ吹雪ちゃん、那珂ちゃんは金剛ちゃんとスイーツ食べに行ってくるね! 歌の練習も踊りの練習もしてほしいけど、そこは吹雪ちゃんの自由だよ。那珂ちゃんだけお休みなんてズルイからね!」

「そんな事ないです! 私、もっともっと頑張りますね!」

「もー、頼もしいぞー、このこのっ」

 

 気をつけのポーズで額をつっつかれる吹雪を眺めていれば、金剛先輩にお別れの挨拶をされたので、頭を下げておいた。また会いマショ~、と嵐のように去っていく金剛先輩と那珂ちゃん先輩を見送れば、やっぱりというか、静かになったと感じてしまう。スピーカーからは未だに軽快なミュージックが流れているというのに。

 

「吹雪ー、どうする? 練習続けるんなら、私達も付き合うけど」

「はい、お願いしますっ」

 

 川内先輩と神通先輩は、那珂ちゃん先輩に代わって吹雪の練習を監督するつもりみたい。頑張るなあ、吹雪。それだけ本気って事なんだろう。

 

「……夕立ちゃん、吹雪ちゃんがアイドルになろうと思ったきっかけが何かとか、知ってる?」

「知らないっぽい。そういう話もしてなかったはずだし、なんでアイドルになろうとしているのか、謎に包まれてるっぽい」

 

 そこら辺も、後で吹雪に聞いてみようかな。

 

 

「そ、それじゃあ、歌うね」

 

 恥じらう吹雪を押し切って、練習中の歌を聞かせてもらう事になった俺達は、用意されたパイプ椅子に腰かけて、深呼吸する吹雪を見上げた。今だけのソロライブ。

 さっきもかかっていた軽快な曲が流れ出すと、吹雪は両手で握ったマイクを口元に持っていって、高く歌い始めた。

 引っ掛かりのない、よく通る声。少したどたどしさが窺える歌い方。まだ踊りを合わせる事はできないって言っていたけど、これだけでも十分絵になっていた。

 ……歌、上手いな。ちょっと意外。

 歌の方も一番までしか覚えてないらしく、そこまで歌い切った吹雪は、フェードアウトする音楽の中でふぅっと息を吐いた。額や首元を拭う姿に妙に色っぽさを感じて、友人の小さな成長に、俺はまた感動してしまって、ちょっと涙が出た。ぱちぱちとひたすら手を叩く。この気持ちが、少しでも彼女に届くように。

 

 

 その後は、吹雪の踊りの練習に付き合ってダンスレッスンをしてみたり、先生の技術を一つだけできると言う吹雪に実践してもらってマットの上に叩きつけられたり、コンビニエンス妖精で駄菓子を買い込んでお菓子パーティをしたりと、充実した時間を過ごした。

 ……宿題の事を思い出したのは、消灯時間を過ぎて布団に潜り込んだ後だった。夕立に泣きついて一緒にやってもらったおかげで、なんとか翌日提出できたけど、眠くてしかたなくて、授業中に居眠りしてしまった。

 先生、怒る事はないし、語気を荒げたりなんかも全然しないんだけど、だからこそ悪い事すると凄く委縮してしまう。怒らなくても怖いのに、怒ったらどれくらい怖いんだろうか。……絶対怒らせたくないな。




TIPS:「私の技術」とは「私が編み出した技術」ではなく「私が習得した私の持つ技術」という意味。

TIPS:曲名は『Love&Peaceの三原則』

ブッキーがシマカゼを投げ飛ばすシーンはカットの憂き目に。
身を持って受けてもやっぱり技術を理解できず、細かい事が苦手なシマカゼには習得は難しいと判断される。身に染みてわかる、というやつ。

次回は雷の悩みを解決するお話。
たぶん。

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