島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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BGM 明石のアトリエ……じゃなかった、明石の工廠。すっごく良い曲です。

まだ案内が終わらないどころか全然お話が進んでなかったりする。
次話で案内が終わってお話が動き出すかな。

プロット完成の時は近い。邪魔誤字はすべて排除する。


第十五話 明石の工廠

 

 来た道を戻るようにこの建物を出て、砂利道を通って左右に続く道に合流する。裏口とでも言うべき建物への出入り口から見て、Tの字になっている道だ。ちょうど直線部分が俺と叢雲の歩いてきた部分。現在は横棒に差し掛かったところ。叢雲が右に曲がるのに合わせて、小石を蹴飛ばしながら俺もついていく。砂利道を歩くのなんていつ振りだろう。なんだか子供の頃を思い出してしまう。あの頃は父さんも母さんも生きていて、四人でよく旅行に行ったな。

 

 道の脇に申し訳程度に植えられた背の低い木(といっても、俺や叢雲よりは大きい)なんかが影を落としていて、この小道は不思議な雰囲気が漂っている。悪いものではない。左側にミニマンションみたいな建物群へと続く道があって、その前を通って先へ進む。建物のある敷地を囲むように立つフェンスは、向かう先にまで続いていて、それに沿って進んでいくと、ドック……修理・建造ドックのある一角に着いた。背の高いコンクリートの塀に囲まれた大きな建物だ。右側のコンクリート壁には所々錆びたクリーム色のゲートがあった。高い位置についたランプは、だいぶ長い事使われていないように見えた。

 

 周囲にはコンテナのような物から雑多な木材なんかが置かれていて、しかし散らかっている、という印象はない。作業着を着た妖精さんらしき小さな影が木材の影に見え隠れしていて、何をしているのだろうかと興味を惹かれた。

 

「ここがドックよ。艦隊が帰投したら、旗艦以外はまずここに来るの」

「ここが……」

 

 ぽっかりと大きな口を開けている建物の前で立ち止まって、説明を受ける。

 提督に呼ばれでもしない限りは、出撃から戻ったらここで艤装を外して、それから提督に報告に行くか、入渠しに行くかするらしい。……入渠……体を治す場所はここではないのだろうか。

 ……お風呂かな。大浴場みたいなところなんだろう、たぶん。入渠施設にはそういうイメージがある。

 

明石(あかし)! 明石、いる!?」

「――ぃはーい、います、いますよー!」

 

 遠慮なんてないとでも言うように建物内へと足を踏み入れた叢雲は、入ってすぐにある軽トラックを避け、奥の方へ呼びかけた。よくわからない巨大な機械や、作業台に似た何かの向こうから慌てたような気配がして、すぐ、医療機器(寝台付きのドーナツ)みたいな機械の陰からピンク頭が顔を覗かせた。

 

「そんな大声出さなくたって。どうしたの? 修理?」

「いいえ。艤装の預け入れよ」

「叢雲……じゃなくて、そっちの子ね」

 

 ピンクの長髪をおさげにした、黄緑色の目の女性が機械から離れて俺達の方へやってくる。半袖のセーラー服に、手首までを覆う水色のシャツ……それから、両脇が大胆に開いて素肌を覗かせているプリーツスカート。裾部分が赤いフリルみたいになっていて、お洒落な感じ。……よおく見覚えのある姿だ。

 

「こんにちは、明石の工廠へようこそ。あなたとは初めまして、だよね」

「はい。駆逐艦、シマカゼです。少しの間お世話になります」

 

 自己紹介をしつつ軽く頭を下げる。頭上で揺れるリボンが、こういう時には凄く不真面目な感じがして、少し居心地が悪くなった。

 スパナと覗き窓のついたお面……フェイスガードらしき物を手にした彼女は、少し腰を折って俺と目線を合わせると、「工作艦、明石です。礼儀正しい子ね」と笑った。……見た目と違って、という意味だろうか。本来ならもう少し自由に振る舞うべきなのだろうが、どうしてもそれは難しい。もう少しこの場所に慣れたら、自分らしさの追求に挑戦してみよう。

 

「どういう意味かしら」

「別に、どこかの誰かが礼儀正しくないと言っている訳ではないよ?」

「……大声出して悪かったわね」

 

 明石の言葉に思うところがあったのか、不機嫌そうに問いかけた叢雲は、明石が意味ありげな視線を向けるのにたじろいで、ばつが悪そうに謝罪した。……明石の頬に何かぶつけたような跡があるのは、さっきの叢雲の呼びかけが原因なのだろうか。

 

「私はここで、主に艤装の修理や点検、改修、改造などをしているの。装備の事で困ったら相談してね?」

「はい。その時は、よろしくお願いします」

「うんうん。じゃあ、艤装を外して?」

「わかりました」

 

 スパナやフェイスガードを傍の台に置いてから手を差し出してきた彼女に、まずは持っていた砲を渡して、それから、背中の魚雷を外しにかかる。……ちょっともたついていたら、明石が後ろに回って外してくれた。その際、魚雷発射管と背中に取りつける部分の二種類に分かれて、そういう構造だったんだ、と知った。魚雷発射管と、それを背中にくっつけるための薄い部分。そうなってたんだ、それ。

 

「ここで預かった艤装は、点検した(のち)に保管されます。出撃の時以外に手元に置いておきたいときは、提督か秘書艦、助秘書の子に申請して許可を貰って、それからここに取りに来てね」

「艤装を部屋に持ち帰る時は、その前に同室の者に一言声をかけておく事ね」

 

 明石の説明に叢雲がつけたす。ああ、そうか。一人部屋で過ごす訳じゃないんだから、同じ部屋の人間とコミュニケーションを取るのも大切……同室?

 ……同室って、他の艦娘と?

 それは何か不味い気がする。……あ、でも、同室っていったって駆逐艦の子か。年の離れた子供と接するようなものだ。気にしすぎなければ同じ部屋で過ごしても大丈夫だろう。色々、敢えて見て見ぬ振りをしている部分はあるけども。

 ……大丈夫、そういうのは朝潮で慣れた。だからきっと大丈夫。

 

「じゃあ、大切に預かるね。他に何かあるかしら」

「後は、酒保の説明くらいね」

「明石の酒保の事ね。主に提督向けの雑貨を取り扱っている場所よ。あなた達が何かを欲しいと思ったら、反対側にある『コンビニエンス妖精』に行くか、外出許可を貰って外に買いに行くかしてね」

 

 コンビニエンス……妖精……。

 微妙なネーミングセンスはいったい誰のものなのだろう。き、気になる……。妖精さんは喋れないから、妖精さん自身がつけた名前という訳でもないだろうし……あ、そのコンビニ、妖精さんが働いてるのかな。その姿を見てみたくなった。

 そんな事を考えつつ頷くと、明石もうんと頷いて、

 

「本棟二階にも酒保……食堂はあるから、ご飯の時はそっちだね。もう案内はした?」

「まだよ。どうせ後で一緒に行くもの」

「そう? ああ、そうそう」

 

 本棟……というのは、提督の執務室があるあの立派な建物の事だよね。まだ背中側しか見ていないけど……二階、か。執務室は三階だった。そういえば、階段はその上まで続いていたな。……ああ、建物の真ん中から生えてた塔みたいなのに繋がってるのかな。時計塔?

 

「体に不調を感じた時も明石にお任せ。軽いものなら治せるよ」

「……」

 

 医者も兼任しているのかな。いや、彼女の能力に、彼女を旗艦に置いて放置しておくと、小破以下の艦娘を一人から最大五人まで修理してくれるというのがあったな。

 残念ながら、かつて提督であった俺は彼女を迎えていなかったから、その詳しいところはわからないまま。

 でも、今はこうして生の彼女と話せるのだから、これからいくらでも知っていけるという訳だ。俺も彼女を求めて奔走した者の一人。ついに出会えた感動は忘れずに記憶しておこう。彼女の役目を考えれば、何度も会う事になりそうだし、そういう気持ちは大切だ。

 なんて、少し気取った事を考えつつ、明石の抱える艤装からにょきっと生えた妖精さん達と別れの挨拶を交わし――達者でな、という意思を飛ばされた。たぶん翻訳を間違えている――、明石の工廠を後にする。

 

「さあ、食堂へ急ぐわよ」

 

 急かす叢雲に従って来た道を戻っていく。来る時は気付かなかったが、塀の向こうから人の気配がした。向こうにも何かあるのだろう。そこの説明はないのかな。聞けば早いか……と思ったものの、どうしてか彼女の背に声をかける気が起きなくて、ただ、人の息づく気配に意識を寄せていた。明石の工廠の向こう側にも、気配がある。あっちには何があるんだろう。案内はご飯の後、かな。

 建物……本棟に入り、一つ階段を上って、二階。長い廊下を行く際、ちらほらと艦娘の姿を見かけた。窓の外を覗いていたり、同じ方向へ歩いて行ったりしている姿は、見知った姿の気がするのに、一目では誰だかわからなくて、それが凄く人間らしく感じられた。こういった思考は、やはり彼女達に失礼だとは思うけど、彼女達とは違う世界を生きていた俺にとっては、大袈裟なくらい不思議に思えてしまう。

 ふわふわとした認識が確かな形を持つように、遠く離れた艦娘という存在を身近に感じるようになる……うん、言葉に言い表せば、そんな風になるだろう。

 左側に何個もある扉の上側にある札を眺めていれば、突き当りにつく扉を開ける叢雲に続くと、そこもまた廊下だった。目の前に扉。右は壁。左は通路。叢雲は足を止めずに正面の扉を開いた。上の札に食堂と書いてあったから、ここがそうなのだろう。

 足を踏み入れれば、視界が開ける。結構広い場所だった。幾つも机や椅子が並んでいて、窓から差し込む陽の光で室内は明るく、左奥のカウンターの向こうでは、艦娘でも妖精でもない女性達が忙しなく行き来していた。

 

「ここが食堂よ。ま、見てわかるわね」

 

 俺を振り返った叢雲が言うのに頷いて、再度周囲を見回す。部屋の隅には観葉植物なんかもある。

 向こう側の出入り口と、こっちの出入り口の傍に食券の販売機らしき物があって、それからここにもちらほらと艦娘の姿があった。

 右の方の席に並んで座るのは、潜水艦娘の伊19と伊168だろうか。青紫色の髪のツインテール……トリプルテール? と赤紫のポニーテール。ゴーヤと同じように、透き通るような綺麗な髪色をしている。イクの方は水着姿で、イムヤの方はゴーヤと同じセーラー服の上着の下に水着という格好だった。室内でもその姿なのか。どんぶりを抱えて麺ものを啜っているイクの横で、イムヤはスマホらしき機器を弄って、相方の食事が終わるのを待っている様子だった。

 中央付近には、これもまたよく知っている顔がいた。

 艶やかな黒髪を長く伸ばした、弓道着姿の美人さん。正規空母の赤城だ。流石に胸当てはしておらず、飛行甲板や弓なんかを持っていないと、一回り小さくなった印象がある。物静かにスプーンを口に運んでいた。

 わ、食べてる姿が凄くお上品だ。思わず見惚れてしまう。

 ああいう人に作った料理を食べてもらって、「おいしい」って笑顔になってもらえたら、すっごく幸せなんだろうなあ。

 

「気は済んだ? 落ち着きがないわね、アンタ」

 

 おっと。あんまりきょろきょろしていたから、叢雲に呆れられてしまった。

 でも、俺が部屋の中を見回している間は黙って待っていてくれた辺り、良く気配りができる人なのだろう。

 短く謝罪すれば、ツン、と擬音が聞こえそうな風に顔を逸らされてしまった。あれ、謝罪はいらなかったかな……。

 今回は食券なんかはいらないらしく、カウンターまで行って用意されているご飯を受け取る事になるらしい。カウンターの向こう、銀の流し台の傍に、こちらに背を向けて何かを切っている女性がいて、えらく見覚えがある後姿だな、なんて思いつつ、ふと通り道にいた赤城の方を見た。

 ……なぜ彼女の前にはカツカレーとカレーうどんがあるのだろうか。……あ、その、トレイの横のって、ひょっとしてカレーパンかな?

 よく見れば結構な速さでスプーンを行き来させてカレーのお皿を綺麗にしていく彼女に後ろ髪を引かれながらカウンターへと辿り着く。ガチャガチャと鉄や何かを動かす音が響いている。

 ささっと俺達の前に来たのは、若い女性だった。艦娘ではない。たぶん、普通の人。忙しそうなのに笑顔を崩さないのは、流石はプロと言ったところか。

 

「司令官がこの子に用意している料理を受け取りに来たわ」

「ああ、はい。ええと、朝潮ちゃんと島風ちゃんの分でしたね」

「一人分でお願いするわ」

「かしこまりました。ちょっと待っててね」

 

 女性が左の方へ向かって行って、キャベツを切っていた女性……あ、艦娘。艦娘の、鳳翔さんだ。女性が彼女と二言程交わすと、頷いた鳳翔さんは手早く手を洗うとさらに奥に引っ込んでしまった。

 ……割烹着だった。

 普段の薄紅色の着物の上に割烹着。長い黒髪をポニーテールにしている彼女の、間近で見ずともわかるおっとりとした顔つきは、ううん、あれが噂のお艦という奴なのだろうか。たしかに、凄く柔和な雰囲気がどことなく母さんに似ている気がする。

 やがて鳳翔さんがトレイを持ってやってきた。

 

「お待たせしました。あなたが、島風ちゃんね?」

 

 湯気を上げるミートスパゲティに、コーンスープと、水の入ったコップ。食欲をそそるラインナップだ。

 自己紹介をする鳳翔さんに、こちらも名乗り返す。子を見守るような暖かな眼差しは、それが新入りへ向けられるものだとわかって、ああ、子供扱いされてるなと察した。いや、見た目の上では完全に子供だけど……。

 そういえばどこかの自由奔放な島風は、彼女の膝枕でお昼寝をした上によしよしと甘やかされていたな。……いや、俺はやらないけど。……やらないやらない。

 

「大変な目にあったと聞いています。しっかり食べて、しっかり休んでくださいね」

「ありがとうございます。そうします」

 

 この後もまだ案内してもらうけれど、わざわざ違うと否定する必要もないので、笑顔を浮かべておく。愛想笑いではない。気遣いが嬉しいのだ。人に想われるっていうのは、素敵な事だね。

 そこへ女性がやってきて、カウンターの上に切った羊羹の乗ったお皿と湯呑みを置いた。叢雲の前だ。

 

「どうぞ」

「あ、私は……!」

「お仕事の合間には、息抜きも大切ですよ」

 

 何かを言いかけた叢雲は、しかし鳳翔さんの言葉に一度ぐっと押し黙ると、ありがと、と呟くように言った。……なんだか微笑ましいものを見ている気分だ。

 しかしあんまり見ていると、またぎろりと睨まれてしまいそうだったので、トレイを持ち上げてから鳳翔さんと女性に改めてお礼を言って、中央付近の机に移動した。

 お肉のソースの香ばしい匂いと、スープの匂いを嗅いでいたら、強い空腹感を思い出してしまった。お腹ぺこぺこだ。朝潮より一足先に頂かせてもらおう。

 

「いただきます」

 

 手を合わせてから、袖を下ろして手袋を外し、膝の上に置いて、おしぼりを手に取る。熱い布で手を拭き、スプーンを手に取ってコーンスープに浸す。とろりとした感覚がスプーン越しに伝わってきて、口内に唾液が溢れてきた。一口口に含めば、甘い匂いが口内に充満する。舌の上を滑り、胃へと落ちていく熱いもの。体の中から暖められる感覚に、ほう、と息を吐く。うん、おいしい。

 水を飲んで後味を流し、フォークに持ち替えてスパゲティに刺す。もう一本スプーンがあるのはきっとこれ用なのだろうが、あいにく俺はスパゲティにはスプーンを使わないのだ。ぐるぐるっと巻いて頬張れば、酸味とはっきりとした肉の味が広がる。この味の濃いの……久し振りにまともなものを食べた! って感じだ。

 おいしい料理に夢中になっている俺を、叢雲が羊羹をつつきながら、意外そうに見てきていた。


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