島風の唄   作:月日星夜(木端妖精)

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第九話に加筆しています。詳細は第九話のまえがきに。


第十一話 シマカゼ、出撃しまーす

「よっ……と」

 

 窓代わりの四角い板を押すと、下部が枠から離れるので、置いてある小さな木材をつっかえ棒にする。どこかで見た事あるような、古いタイプの窓だ。

 僅かに見える外には、地面の茶色と森の緑が広がっている。入り口からずぅっと反対側の窓から見えるのは、森の中だった。

 ……この家、やけに広いと思ってたら、やっぱり森の中まで続いてたんだ。

 土の香りと植物の匂いを胸いっぱいに吸い込んで、ふー、と吐き出す。立派な寝床があると、外敵の心配をしなくて済むから、清々しさも倍増だ。

 ここ数日森の中を歩き回って、蛇や魚よりも大きい動物なんか見てないけどね。

 

 工廠妖精さん達が俺の艤装を作ってくれている間、朝潮に家の中を案内してもらっていた。

 彼女もすべての部屋を見て回った訳ではなかったようで、二人してきょろきょろ頭を動かして歩き回った。

 どこもかしこも木造で、たまにちょびっと鉄が使われている感じ。木造というだけなのに、かつての母の実家を思い出すような古臭さを感じてしまうのはなぜだろうか。匂いは、記憶のどこかにある校舎のようなもので、古い感じは全然しないんだけど……不思議なものだ。

 

 それぞれの部屋を気分の赴くまま訪れては、部屋の中を見ていく。

 妖精さん達が使ったのは鋼材モドキだけではないらしく、外に見当たらなかったでこぼこの鍋や鉄板は建築に使われてしまったらしい。空き瓶なんかも同じく。

 代わりに、食堂の食器棚にはガラス製のコップがいくつか等間隔に並べられていて、持ち手のついた鍋はでこぼこではなくなって流し台の横に置かれていた。お風呂場に続く脱衣所には木製の洗面器があり、その表面を薄い鉄板が覆っていた。たぶん鉄板の行方はここだろう。

 これもまた木製のレバーを捻れば、蛇口からちょろちょろと水が流れてきた。まさか水道まで作ったのだろうか。……いや、少しして水が止まってしまったのを見るに、空き瓶に溜めておいた水なんかがここに使われていたのだろう。無駄遣いしてしまった。

 

「帰ってきたら手洗いうがいができるね」

「助かります」

 

 ちょっとした喜びを朝潮と共有する。ここから温泉まではちょっと距離があったから、せっかく体を綺麗にしても戻ってくる頃には少し汚れちゃってたんだよね。

 そうそう、後で妖精さんにどうやって水を出すのか聞いておこう。

 

 気になっていた寝室も覗いてみると、一つの部屋に二つのベッドが置いてあった。内装は、扉を開けた位置で立って見ればよくわかる、左右対称だ。左右どちらの壁際にもベッドがあり、小さなタンスがある。

 注文せずとも必要な家具が大量に作られている。……家具コインとはなんだったのか。

 後で要求されても困るから、そんなもの知らないって事にしておこう。代わりに、働きに見合うだけの料理は振る舞うけど。妖精さん達は蛇とか食べられるだろうか。むしろ食べられる側のような気もするけど、鋼材モドキの収集のついでに蛇を捕まえとこう。

 

「そろそろ鋼材モドキを集めに行こっか」

「はい、お任せ下さい」

 

 一通り家の中を見て回ったので――二階への階段があったけど、その先は忍者屋敷みたいに天井になってるだけで、二階はなかった――、妖精さんからの頼まれ事をこなしてしまおう、と朝潮に声をかければ、彼女はほんの少し緩んでいた気を引き締めて、小さく頷いた。お堅いなあ、もう。

 鋼材モドキは石ころと同じで形も大きさもまちまちだ。主に温泉辺りでよく拾えた気がする。手ぶらで行くと持てる数がかなり制限されてしまうので、バケツを持っていく事にした。

 そのバケツはいったいどこにあるのだろうか。脱衣所にはなかったな。……ひょっとして、バケツも使われてしまったのだろうか?

 あれの行方を考えつつ歩いて、ふと、立ち止まる。そうすると、つられて朝潮も立ち止まり、俺の顔を注視してきた。その青い瞳を見つめ返す。

 ……後で彼女の台詞でも言おう。

 とかくだらない事を決心して、何も言わずに歩き出す。彼女も、何も聞いてこなかった。聞かれても答えられないけど。

 

「もしかしたら、彼女達の(もと)にあるのかもしれません」

 

 思い当たる部屋を廻り始めて三つめの扉を開いたところで、そう朝潮が話しかけてきた。……それもそうか。あれはただのバケツじゃなくて、高速修復材の入れ物なんだし……妖精さん達のところに置いてある可能性はある。

 というか、家の中を歩き回っていた時に見た記憶がないから、あるとすれば、まだ入っていない妖精さん達の仕事場だろう。

 という訳で、長い廊下を行き、応接間のような部屋を通って、工廠への扉の前に立つ。声をかけるかノックするかで少し迷ったが、聞こえなかったらを考えると色々と居た堪れなくなりそうだったので、扉を叩く事にした。

 コンコン、と握った手の甲で二度、木板を叩く。

 少しして、扉越しに『待ってて』と意思が飛んできた。

 肩にかかる髪をくりくりと指先に絡めて弄ったりしつつ、言われた通りに待っていれば、ノブが()り、扉が開いた。キィキィと音をたてて開いた扉の先は、壁だった。……左右へ続く通路になっているみたい。何か硬い物を叩く音や、ギコギコとノコギリでも使っているみたいな音が聞こえてくるので、仕事場はこの廊下のすぐ先で間違いなさそうなんだけど……わざわざ通路を作るって事は、よっぽど見られたくないのだろうか。それとも、立地の問題?

 視線を下にやれば、足下に扉を支えている青髪おさげの妖精さんを発見した。工廠妖精さん達のリーダっぽい子。主任妖精さん。

 ところで、彼女は今どうやってノブを捻ったのだろうか。

 

「お仕事中にごめんね。バケツを探してるんだけど……」

『?』

「ほら、鋼材モドキを集めるのに必要かなって思って」

『それならあるよ。もってけドロボー。ついでに装備の開発とお手入れが完了したよ。もってけドロボー』

「あ、うん」

 

 ……え、これなんて言ってるんだろう。まさか、俺の脳内翻訳機通りに「泥棒」なんて言ってる訳ないだろうし……。ううん、妖精さんの意思を理解するのは難しいなあ。

 横目で朝潮を確認してみても、彼女はじっと妖精さんに目を向けてるだけで、動揺しているような様子はない。妖精さんの意思をきっちり理解できているのか、それとも理解できではいないけど顔に出してないのか、はたまた妖精さんの意思を受け取ってないのか……なんて、考えても意味ないな。

 

『スリップストリームだ、私の後に続け』

 

 俺に背を向け、掲げた腕をくいと引いてみせる妖精さんの代わりに扉を支えつつ(その必要はないけど、なんとなく)、走り出す妖精さんの後に続く。入っていいのかな、と思ったけど、妖精さんがついて来いと言っているのだから大丈夫だろう。いや、言ってはいないけど。……ややこしいな。

 後ろに朝潮がついてきているのを気配で確認しつつ、短い廊下を小走りで進む。妖精さんは全速力でぱたぱたと走っているけど、正直歩いてでも追いつけそうだ。それではなんだか悪いので、小さく前ならえのポーズでついていっている。速度の調節が難しい。ちょっとスピードを出したら蹴飛ばしてしまいそうだ。

 左へ曲がり、階段を下りて、涼しげな地下へ。固められた土の壁が先へ続く狭い通路の奥には、重厚な鉄扉がどんと構えていた。

 ……地下まであるんだ。妖精さん半端ないな。

 扉脇の壁に走り寄って行った妖精さんが、かなり低い位置にあるスイッチを押し込むと、少しして、扉が真ん中から割れて両脇にスライドし始めた。おお、ハイテク……この動力はどこから、なんて考えちゃいけないんだろうな。

 なんて一人納得してたら、向こう側から扉を押して動かしている妖精さん二人の姿を目撃してしまった。手動……。って、よく見たらこの扉、見た目は鉄っぽいけど、中身は木だ。は、ハイテクじゃない……。

 

「ハイテクじゃないね」

「そうでしょうか。物資や資材が足りていない現状でここまでの物を作り出すのは、彼女達の技術の賜物だと思います」

「そ、そう」

 

 思った事を何の気なしに朝潮へと投げかけたら、真面目な言葉が返ってきた。ずっとだんまりで何考えてるのかと思ってたけど、妖精さんについて考えてたのね。

 彼女の言う通り、よく考えてみたらやっぱりハイテクな扉を抜ければ、白く塗装された眩しい部屋についた。壁の素材は木みたいだけど、白く塗られている。ペンキ? でも、そんなのなかったはず……どうやって塗ったんだろう。気になる。聞いちゃ駄目かな。気分を害したりしないだろうか。

 うむむ、と唸っていれば、リーダー妖精さんは俺達を巨大な機械の前に案内した。俺の半分くらいの大きさで、壁にはめ込まれている、楕円形の機械。俺が集めてた鋼材モドキとイ級の単装砲でこれ程の物が作れたのか。なんか感動。

 床が一段、円状に盛り上がっていて、こっちは木製のようだ。足下をしげしげと眺めていると、どきなさい、と注意されたので、素直に従って円から退く。妖精さんは、朝潮に円に乗るよう呼びかけた。

 

『艤装装着準備、レディ?』

「うん、いいわ」

『おんしゃー』

 

 あ、俺が言おうと思っていた朝潮の台詞、先に本人が言ってしまった。そっか、妖精さんに対しては普通に喋るのか。……俺にもそんな感じで喋っていいのに。

 朝潮が出入り口の扉の方へ体を向け、両手を広げて立つのを眺めていると、壁に嵌まっている楕円状の機械――機械でいいのだろうか、これは――が振動し始め、半円状になっている先端が開かれた。そこから、ぽーん、と何かが飛び出してきて、朝潮にぶつかる。あっと声が出てしまった。

 謎の何かがぶつかった朝潮はしかし、平気な顔をして肩に通ってきた青い帯の位置を調整し、それ――艦橋をしっかりと背負った。続いて、楕円形の機械の方に向き直り、12.7cm連装砲と61cm四連装魚雷をそれぞれの妖精さんが運んできたのを受け取り、魚雷をベルトで左腕に固定し、右手で砲を持った。

 

「完成! 朝潮ロボ!」

「……?」

「なんでもないよ」

 

 何も言ってないよ。

 小声で呟いた言葉に反応して、身を捻ってこちらを見る朝潮に、笑顔で首を振ってみせる。そうすると彼女は、砲の握り心地を確かめたり、装備の妖精さんと何か意思を交わしたりしつつ、円の上から退いた。

 

『艤装装着準備、レディ?』

「あ、うん」

 

 リーダー妖精さんに意思を飛ばされて、ようやく自分も朝潮と同じように艤装を装着するんだと思い至った。そういえば完成したと言っていた。仕事が速い。

 どきどきしつつ円に乗り、出入り口の方を向いて立つ。

 そうするともう後ろは見えないから、いつ艤装が飛んでくるのか確認できないのに動悸が激しくなった。うう、緊張する……。

 とりあえず朝潮に(なら)って両腕を広げて待ってみる。

 それは思っていたよりも唐突にやってきた。

 

 どん、と背中に何かがぶつかる感触。ついで、床にガシャンと重い物が落ちる音。

 よろめいた体を立て直せば、斜め前に立っている朝潮が目を丸くしていた。振り返って床を見れば、そこには、大きめの61cm四連装魚雷がある。青髪の妖精さんが下敷きになっているのを見つけて慌てて膝をついて持ち上げれば、涙を浮かべた瞳で見上げられた。うっ、罪悪感……。

 

「ご、ごめんね? え、でも、なんでくっつかなかったんだろ」

『防護フィールド纏ってなかったから』

「え、あ、そう、そっか」

 

 しどろもどろになりつつ防護フィールドを纏うも、今さら遅い、とリーダー妖精さん。ごめんなさい……。

 朝潮の艤装の妖精さんにそっくりな、スク水着用の妖精さんを手の平に乗せれば、悲しげな意思をいくつも飛ばされたので、ごめんねを繰り返して宥める。断片的に理解できる言葉は、『嫌?』『いらない?』と否定的な言葉。もしかしたら、俺が装着を拒否したみたいにとられているのかもしれない。そういうつもりじゃない。そんなつもりはなかったのに。

 

「あの、艤装の装着の仕方とか、知らなくって……」

「先に伝えておくべきでしたね……。申し訳ありません」

 

 俺の言葉にいち早く反応した朝潮が、そう言って頭を下げた。君が謝る事なんてないのに。

 ああもう、なんで俺っていつもこうなんだろう。ほんと馬鹿。

 自虐していても仕方ないので、手の平の上の妖精さんと、楕円形の機械の中にある12.7cm連装砲の陰から覗いている妖精さんへ向けて、今度はちゃんと装着するからね、と呼びかければ、はやくはやく! と急かすような意思が飛んできた。

 よかった、立ち直りが早い。魚雷の子ももう笑顔を浮かべているみたい。ぴょんと跳んだ彼女が魚雷発射管に溶け込んでいくのを見届けてから、艤装を持ち上げ、装着を試みる。

 ええと、どんな風に……魚雷の先端は下を向いていたっけ? 箱型の魚雷発射管には、左右の端に半円状の鉄の帯がついている。横面にネジがあるのを見るに、これを背中に着けて、ネジを回して半円を腰に食い込ませて……っとと、いたた、締めすぎた! ネジを回して緩める。

 ちょうど良い感じです! と魚雷の妖精さんが伝えてくる位置で止め、手を離せば、ぴったり背中にフィットした。少し体を揺らしても落ちる気配はない。

 位置を教えてくれた妖精さんにお礼をしつつ、今度は12.7cm連装砲を押し運んできていた妖精さんから受け取って、その妖精さんが砲身に飛び乗り、溶け込むのを見届けてから、横向きのグリップを握り込んだ。人差し指の位置に押し込む部分がある。これがトリガー……かな?

 確認しつつ押そうとして、おっとと、と踏み止まる。安全装置があるかは知らないが、押して撃ってしまったら先程以上の失態だ。

 艤装に目を向けていれば、中にいる……のかどうかわからないが、その妖精さん達から歓声が上がるのを感じた。装備される事に喜びを覚えているのがありありと伝わってくる。ううん、だったらなおさらさっきは悪い事をした。

 

 天井にある光源に砲をかざしてみると、高い高いでもされてるみたいな声が聞こえてくる。少し動けば、背中でも嬉しそうな声。

 動くだけでそんなに楽しそうにされると、こっちまで楽しくなってくる。

 腕をぐるんぐるんと動かして、重みに引っ張られる腕の感覚を堪能し、左右のバランスを取りつつ円から()り、さっと腰の高さで両腕を広げる。

 そのまま後ろへぐるんと肩ごと回転させて、両手を前に構える。

 

「さあ、フルスロットルで行こう!」

 

 フルなのは装備スロットだけだけど。

 さて、リーダー妖精さんの白い目に晒されながら、砲を見やった。

 装備が手に入ったのは嬉しいけど、手が塞がるのはいただけない。いや、武器を手にしたままジャンプキックはできるだろうが、バランスをとるのが難しそうだ。

 そもそも、装備を二つも身に着けた事によって、スピードが落ちてないか心配だ。……防護フィールドを纏っていて重みを感じるくらいだ、確実にスピードは落ちているだろう。これだとスピードとキックで戦う俺のスタイルが活かせないかもしれない。しかし今さら武器は要らないなんて言えないし……。

 

 ……いいや。考えるのはやめだ。今はとりあえず武器を使う事を考えてよう。それでもし、島風化が極端に進むようになってしまったら、改めてどうするか考えよう。……妖精さん達が喜んでいるところに水を差すなんて俺にはできないし。

 魚雷の側面、右側に砲を引っ掛ける部分があったので、そこにかけて固定し、ぶら下げる。重心が後ろに寄っている気がするが、これで手が空いた。……あれ? 空いてどうするのだろう。拳で戦うつもりだったんだっけ?

 

『バケツ持ってきた。求む山盛り』

「うん、いいわ」

「……いつでも出撃可能です」

 

 他の工廠妖精さん達がバケツを四つも持ってきてそんな意思を飛ばしてきたので、ここぞとばかりに朝潮の台詞を言ってみれば、朝潮は微妙な顔をして、しかし俺に向けて砲を持ち上げてみせた。

 

「それじゃあ、シマカゼ探検隊、再び出撃するよ!」

「らじゃー!」

『わっしょい』

 

 緩く手を挙げて宣言すれば、力強い返答と、妖精さんのズレたような意思が返ってきたので、一度工廠妖精さんに向き直り、お礼を言ってから、地下施設を後にした。

 地上部分に出れば、蒸し暑さが体を包み、木板の匂いが鼻腔をくすぐった。気のせいだろうけど、なんだか重苦しいのから解放された感じがする。地下にいたからかな。艤装を背負っている今の方が体的には重いはずなんだけど。

 バケツ両手に外へ出る。艦娘二人と妖精さん四人の大所帯だ。新しい仲間が増えたというのも、また不思議な感じがする。そうだ、と思いついて、艤装に向けて「これからよろしくね」と声をかけておく。『頑張ります』と元気な意思を発した艤装は心なしか輝いて見えた。

 

 まずは温泉に向かい、そこを中心に鋼材モドキを探していく。そのさなか、朝潮の妖精さんから嬉しい話を聞いた。現在ここの温泉をあの家に引こうとしているらしい。経過は順調。近日中に開通予定。速ければ明日には家でお風呂に入る事ができるようになるみたい。なんと頼もしきかな妖精さん。

 

 鋼材モドキの収集は手分けして行った。

 とはいっても、人の手が入っていないためか、岩場ではそこら辺にごろごろ転がっているので、遠くまで行く必要はなかったんだけど。

 四つのバケツいっぱいに鋼材モドキを集めても、まだまだあるように見える。温泉の湧きでている大岩や、傍に転がっている大きな石なんかにも鋼材モドキが含まれているようだ。

 鋼材……鉄ってこんなに簡単に手に入るものなのだろうか?

 そう首を傾げてしまったが、よく考えれば高速修復剤の元だというスライム……グリーンゼリーなんてのがとれる世界だ、そういうものなんだろう。

 特に意味もなく点呼をとってから家に戻る。森の中を通る際中、目を凝らして周囲を見渡し、物音に耳を澄ませ、得物を発見すればすぐさま捕獲。おっきな蛇のキャプチャーに成功した。名前はたぶんソリッドだろう。……あれ、これ前も言った気がする。

 ついでにリンゴモドキも収穫しておいて、それで手いっぱいになった。肘にかけた蛇、脇で押さえたリンゴモドキ、両手に持った鋼材モドキが盛りだくさんのバケツ……。頭の中で大成功の三文字が躍っている。

 

『ご苦労。大義であった』

「ははー」

「……?」

 

 たぶんそんな尊大な物言いはしていないだろうけど、両腰に手を当てて俺を見上げるリーダー妖精さんの姿がふんぞり返っているようにも見えたので、恭しくバケツを献上する。彼女が二度手を打てば、部屋の奥から(まだこの部屋の先があるのだ)他の工廠妖精さん達がやってきて、バケツを頭上に持ち上げて運んでいく。……力持ち。

 

「妖精さん、お昼ごはん食べる?」

『……用意していただけるのなら』

 

 しめてある蛇を持ち上げながら妖精さんに問いかければ、なんだか微妙な返事。……蛇は嫌いかな? 独特の臭みがあるから、仕方ないね。

 妖精さんには果物中心に用意しよう。

 

「朝潮はヘビ、大丈夫だよね」

「はい、問題ありません」

 

 ふむ。気を遣ってそう言ってる訳でもなさそうだし、本当に大丈夫なんだろう。

 いったんここに艤装を預け、台所に赴き、蛇の調理に取りかかる。蛇口から水を出す方法は聞いたし、なんと包丁まであるので、かなり調理周りの事情は変わってきてた。(さば)くの楽ちん。水洗いも楽ちん。出たごみは外に持って行って地面に埋める方式だ。

 わ、フライパンまである……すばらし……。

 

「なんだか、とても楽しそうですね」

「そお? そっかな~」

 

 片手に持ったフライパンをゆらゆら揺らしつつ、横に立つ朝潮を見る。そんな楽しそうに見えるかな。

 

「ちゃちゃっと焼いちゃうから、朝潮は座ってて」

「いえ、そういう訳には」

「いいのいいの。朝潮()()は食べる立場なんだから。どっしり構えててよ」

「……そう、言うのであれば……待ちますが」

 

 うわ、凄く不服そう。

 何もやらせない方が彼女には毒かな。でも、彼女はきっと、言えば何時間でも待っていてくれるような気がするし……。

 ゲームでの彼女の放置時の台詞を思い出しつつ、くるんと手の内で回したフライパンを、コンロっぽいのに置く。流れで火をつけようとして、ん? と止まった。あれ、ひねりが無い。……ああっ、まさかこれ、火は自分で用意しなくちゃ駄目なのか?

 

「木の棒ですね! お任せ下さい!」

 

 俺の動作で察したのか、それとも知っていたのか、朝潮が嬉しそうに言って、俺が何かを言う前に部屋を出ていった。むむむ、それくらいは俺だけでできるんだけど……仕方ない、好意に甘えて、リンゴモドキの皮でも剥きながら待っていよう。

 ああ、包丁があるって素敵だ……。

 

 迅速に木の枝と葉を持ってきた朝潮に礼を言って火を作り、現代的な環境で楽しく調理をし、調味料が無いのを凄く口惜しく思いつつ、木製の皿に盛って、テーブルに置く。

 それから、残りはおぼんに乗せて急いで妖精さん達の下に持っていく。どうせ先に食べていてと言っても朝潮は俺の帰りを待つだろうから、急いで往復した。わらわら集まってきた妖精さん達がリンゴモドキを見て嬉しそうにしてくれたので、笑みを浮かべつつ食堂に戻った。

 やっぱり朝潮は俺を待っていた。律儀というかなんというか……。

 つるつるとした手触りが心地良いお箸で蛇をいただき、食器を洗って、少し休んでから工廠へ赴く。

 

『海に出ると聞いた。こいつを持って行け』

「ありがと」

 

 聞いたというか、君に伝えた気がするんだけど……いや、俺の脳内翻訳が間違ってるのか。

 楕円形の機械の前に立つリーダー妖精さんから携帯型の羅針盤を受け取る。

 ゲームではラスボスとも言われている羅針盤には、おそらく四人の妖精さんがついている事だろう。この現実でも、同じように航路を妖精さんに任せる事になるのだろうか?

 小さな羅針盤を腕時計のように左腕に巻いてしまって、ついでに食器の受け取りをしようとリーダー妖精さんに声をかけると、使った、と意思。

 ……ん? これ、どういう意味だろう。使った……食べ終わった? でも、妖精さんが食器を出す気配がない。またお皿を頭上に掲げて持ってくるもんだと思ってたんだけど。

 再度確認しても、使った、としか返ってこなかったので、思考を放棄した。

 もし食器を回収してほしいなら、そう言ってくるだろう。今は、彼女が言っていたように、海へ行くための心の準備を……。

 

「海、ですか?」

「ん? うん。言ってなかったっけ」

 

 怪訝そうに尋ねてくる朝潮にそう言いつつも、彼女がこんな事を言うって事は伝え忘れてたって事だろうから、説明しておく。

 慣らしのためと練度向上、および島付近の探索を目的として海上に出る。練習航海というやつになるかな。

 

「なるほど……そういえば、私を助けていただいた時が、初めて海に出た時なのでしたか」

「うん。その時が初めて。でも、結構必死だったからなあ……あ、気にしなくていいんだよ。ね? ただ、今改めて海に出て、平気かなって不安になっただけで」

 

 長めの台詞を口にすると口調がぶれてしまうのを気にしつつ、彼女に説明する。

 むむ、朝潮のこの顔は、俺が助けた事を気に病んでる顔だ。もう、気にしないでって何度も言ってるんだけどなあ。

 艤装を装着しつつ天井を仰いで、それから、朝潮の顔を見る。行こ、と声をかければ、間を置いて、返事。よし、ちょっと気が逸れてきたな。

 彼女が艤装を身に着けるのを待ってから、外に出る。森を抜け、海岸に出て、波打ち際へ歩み寄って行って……そこでいったんストップだ。

 

「準備はいい?」

「ええ、いつでも大丈夫です」

 

 うん、そうだろうね。

 いいか、と聞いたものの、準備が必要なのは俺の方だ。

 やっぱり、改めて海を前にすると、怖くて足踏みしてしまう。緊張も凄い。

 この海に出れば、いつ命を落としてもおかしくない状況が常に続く状態になる。そのプレッシャーに耐えられるだろうか。朝潮のような少女が耐えられるのだから……などとは言えない。彼女は強い。肉体的にも精神的にも。ボロボロになったって仲間のために帰ろうとするくらいだ。弱いなどとは口が裂けても言えない。

 対して俺は、ただ目の前の状況だけを見て海に出ただけで、そこに覚悟や何かはなかった。

 だからこんなにも怖気ついてしまっているのだろう。

 ううー、なんか、なんか気分を盛り上げる事ないかなあ。

 

「……準備はいい?」

「はい。すぐにでも行けます」

 

 海へ出るのを先延ばしにするみたいに、再度朝潮に問いかければ、頼もしい答え。

 はー、自分で海に出るって予定組んだんだから、こんなところで止まってたら迷惑だよ。

 んー……。

 

「……どうしたんですか?」

「……ちょっとね」

 

 びし、と右腕を左斜め上へ突き出してジャスティスポーズを取りつつ、どうにか気分を盛り上げられないかを考える。

 ……完全に島風になりきっちゃえば「へっちゃらだし」って言えそうなんだけど、それだとなんか危ない気がするんだよな。

 かといってこのまま俺でいれば、迷いも恐怖も消え無さそう。

 あいのこのシマカゼだと、半々って感じだ。大丈夫と駄目が半分ずっこ。

 とん、と砂を蹴って小さく飛び、足裏全体で着地して、ガクンと衝撃がくるのを脳で受け止める。

 もう一回ジャンプ。

 防護フィールドを纏っている今なら、もっともっと高くジャンプできそうで、それを想像すると、少し心が軽くなった。

 なら、じゃあ、これだ。

 数歩下がって、と。

 

「ほっと」

 

 朝潮の背後から、前方へ向かって跳躍する。彼女の頭上で体を丸めて一回転。目の前に着地すれば、砂が飛び散って、ええい、そんなの気にしていられない。

 

「索敵!」

 

 背を伸ばし、びしっと水平線を指差す。

 

殲滅(せんめつ)!」

 

 左足を軸にくるりとターン。胸の前で、握った左の拳を右の手の平に打ち付ける。

 そして、ガイドさんのように、前方を右手で薙ぐ様に指し示す。

 

「いーずーれーもー」

 

 マッ、ハー!

 ぱしんと手を打ち、ぱっと両側に開いていく。

 

「シマカゼ、出撃しまーす♡」

「……は、朝潮、出ます!」

 

 打ち寄せる波にぴょんと飛び乗り、前へ滑り出すと、遅れて朝潮も海の上へ出てきた。

 戸惑うような気配を気にせず、前だけを見て進んでいく。しかし、思ったようにスピードが出ていなかったのか、それとも無意識化でそうして欲しかったのか、横に朝潮が並んだ。

 顔を見てきているのがわかる。し、視線が痛い……。

 しかし気付かないふり。さあ、後悔に……もとい、航海に集中しましょ!

 

「あの、先程のは……」

 

 あ、聞いちゃうんだ。

 

 

 なんとか気を持ち直し、彼女と言葉を交わすうちに海上を怖いとは感じなくなって、すぐ。

 霧が出てきて、その中からレ級eliteが!

 ……なんて事もなく、島をぐるりと一周して、今日の練習航海は終了した。

 敵が出てきてくれれば、朝潮の「さっきのポーズはなんですか」攻撃から逃れられたかもしれないのに、こういう時に限って出ないってのはどうなのさ。

 そう簡単に敵に出会っても困るけど、ああ、今日は出会いたかった。

 帰ったらその意味を教えてあげる、で誤魔化してたけど、どうしようかな。

 

 純粋な目で俺を見つめる朝潮への対応に頭を悩ませつつ、とぼとぼと帰投するのであった。


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