戦後の鎮守府   作:トマト味

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利根さんと長門さんのお話


提督さんと利根さんと長門さん

ある晴れた日の昼下がり、鎮守府は夏にしては珍しいぽかぽかとした陽気に包まれていた。

そしてそれは執務室も違わず、思わず転寝してしまいそうな頭を無理矢理働かせ提督は黙々と執務に励んでいた

 

(演習の申し込みか…認可。…あぁ、眠いな)

 

ただ只管に判子を押していく作業同然なのだが、同じことの繰り返しは眠気を誘い幾度となく眠りの世界へ導こうと彼を誘惑する。

本日の臨時秘書艦である装甲空母鬼に至っては既に誘惑に負け、どこからか掛け布団を取り出しソファの上で眠ってしまい、彼もいっそこの睡魔に身を任せてしまおうかと思った時だった

 

「て゛い゛と゛く゛ー!」

 

大きな泣き声と共に執務室の扉がバンッと開かれる

 

「今は執務中だ騒ぐな…って、うお!?どうした利根!?」

「長門に追われておるのじゃ!匿ってくれ!」

 

彼女は利根型航空巡洋艦1番艦 利根だ。

利根は涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら提督に飛びつく

 

「早く吾輩を、早く!」

「分かった!いや分からないけど分かったから落ち着け!」

『利根~何処だ~?』

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「!?」

 

扉の向こう側から長門の声が聞こえ、利根は声にならない悲鳴を上げた。

仕方なく混乱状態の利根を抱きかかえる。

一瞬驚いた様子の利根をよそに

 

「赦せよ」

 

彼はそう呟くと、彼女をそのままクローゼットへ放り込んだ

 

「ここかぁ!」

 

刹那、執務室の扉が乱暴に開かれた

 

「…」

「…」

 

提督と長門との間に微妙な沈黙が流れた

 

「…どうかしたか」

「いや…何でも無い」

「今は執務中だ。そしてそもそもお前は休暇の筈だ、なぜ鎮守府に居る?」

 

彼は仕事モードで長門を問い詰める、でなければ利根がすぐ近くに居ることが悟られかねない。

あくまでも自然な動きでクローゼットから離れ長門へ詰め寄る

 

「どうなんだ?答えろ」

 

ずいっと長門に顔を近づける。悲しいことに、ヒール込みの長門の方が僅かに背が高いのでいまいち迫力が出ない。

だがこういうことは勢いだと言わんばかりに凄みを入れた(つもりの)顔で長門に迫る

 

一方の長門は

 

(何故、そのように顔を近づけて…まさか!?いや、仕事モードの提督がそのような行為に及ぶはずが…だが可能性も0ではないのだし…)

 

全く話を聞いていなかった

 

「聞いているのか?長門」

「あ、ああ。聞いているぞ」

「なら俺がさっき言った言葉を復唱してみろ」

「…時間と場所を弁えなきゃノーなんだからネ?」

「どういう経緯で俺がその発言をしたのか詳しく聞きたい」

 

こりゃダメだと、提督は目頭に指を宛がう。

そもそも何故利根を追い掛け回してたのか、そこを改めて問う

 

「ん、私が利根を探していることを知っているのか?」

「さっき扉の前で呼んでいただろ」

「…なるほど、それもそうだな」

「そんなことより早く本題に入れ」

「あ、あぁ。そうだな、何から話すべきか…」

 

そして長門は語り始めた

 

―――――――――――――

――――――――

 

結果から言うならば、彼は引いた。それはもうドン引きだ

 

「長門、今からならまだ更生出来る。おとなしく憲兵の所か病院へ行こう?な?」

「…それはあまりにも酷くないか」

 

だって実際酷いんだもん、と彼は付け加える。

 

 

簡潔に内容を纏めるならばこうだ

 

戦後、長門は戦いから開放され心の底から笑う駆逐艦を見て以来、危ない何かに目覚め、駆逐艦への想いを日に日に募らせていた。

だが実際に手を出すのはご法度だと、彼女の中の理性が訴える。

そして彼女は駆逐艦へのスキンシップこそ増えたものの、間違いやそれに通ずることは一切行わなかった。

だが、筑摩にベッタリな利根を見た時、彼女の中の定義が崩れた。

 

――利根なら合法ではないか?

 

 

(とんだとばっちりなのじゃ!)

 

利根の声が聞こえた気がした。加えて提督も違法だよと付け加える

 

 

それから長門と利根の熱い戦い(元い、ながもんと筑摩の死闘)が始まったのだという。

因みに提督自身、長門のながもん化に気付いたのはつい2,3ヶ月前のことだ

 

 

「武蔵にいっぺん根性叩き直してもらえ」

 

かつての勇ましい姿は何処へやら、普通にしていたら貫禄も保たれていたであろうにと提督は心の中で嘆く

 

「むぅ…確かに最近は弛んでいるという自覚はあるんだ…。だが自力ではどうすることも出来ん」

「長門…」

「だが、私は思った。むしろ弛んでもいいんじゃないかと」

「喜べ、武蔵と演習を組んでおいた。時間いっぱい楽しんでこい」

 

そう言って彼は長門を執務室から追い出した。

はぁと息を吐き、クローゼットの利根に声を掛ける

 

「おーい、利根さんや。もう大丈夫だぞー」

「…」

 

返事がない

 

「利根さんやー?」

「…」

「利根…?」

「…」

「利根!」

 

何度声を掛けても返事の無い利根にいよいよ焦りを感じ急いでクローゼットの戸を開く。

そこには

 

「提督の…匂いが充満して…頭がフワフワと…なんだか妙な気分じゃ…」

 

頬がほんのり赤く染まり、呆けた顔でぽーっと提督を見つめる利根の姿があった。

そして彼女はクローゼットから出るなり、四つん這いでゆっくりと彼に迫る

 

「と、利根さん?」

 

彼は慎重に利根と距離を取る。

大体、こうなった艦娘は碌なことをしないと彼は経験から察していた

 

「落ち着こう、時に利根さん落ち着こう」

「ていとく…」

 

そして腰に力を入れ利根は一気に提督へと飛び掛る。

受け止め切れずドンと床に倒れると、利根は更にその上に倒れ込む

 

「ちょ、本当にどうした利根?」

「…たのじゃ」

「え?」

「怖かったのじゃ~!」

 

そう言うと彼女は再び大きな声で泣く

 

「筑摩が…居ない時を狙って…長門がやってきて…ずっと追い掛け回されて…グスッ」

「そう、だったのか…」

 

相当恐ろしかったのだろう、彼は震える利根を優しく撫でる。

一瞬ピクンと反応したが、今はそのまま撫でられ続けている

 

「まぁ、長門も色々溜め込んでたものがあったんだろう…」

「…」

「あんな奴だが、やる時はやってくれるし頼り甲斐もあるんだ」

「…それは知っておる」

 

利根は小さく返事を返す。だがその顔はどこか膨れていた

 

「だから長門のことは、嫌いにならないでやってはくれないか?」

「…提督よ、お主がそう言うのなら吾輩はそうしよう」

「ありがとうな」

「ただし、条件があるのじゃ!」

 

言うや否や、利根は突然立ち上がる。

そしてビシッと彼の顔を指差した

 

「今日の秘書艦は吾輩がさせてもらうぞ!」

「…ん?それでいいのか?てっきり間宮券5枚とか言われると思ったんだが」

「吾輩はそんなに喰わん!…ことも無いが、腹を壊しとうないし筑摩にも叱られる…。そ、それよりも一度秘書艦をやってみたかったのじゃ!」

「俺は構わないが…利根が思ってるほど楽しいものでもないぞ?」

「承知の上じゃ。それで、どうする?」

「…よろしく頼む」

 

こうしてどういう訳か、秘書艦 利根と共に彼は判子地獄へ逆戻りすることになった

 

 

「ところで利根さんや、どうして俺の膝の上に?」

「文句を言うでないぞ、さっさと片付けるのじゃ」

「へいへい…」

 

(ア~…、空気読ンダ方ガイイカナ…)

 

そして、ずっと事の顛末を見守ってきた装甲空母鬼は、起きるタイミングを失った

 

―――――――――――――

――――――――

 

 

鎮守府裏

 

扉越しに提督と利根の様子を確認した長門は、鎮守府裏である者と電話越しに会話をしていた

 

「ああ、大丈夫。全てお前の計画通りだ」

『それは良かったです』

 

電話の向こうに居る女性は、嬉しそうに言う。だが、同時にその声色には長門への申し訳なさも孕んでいた

 

『しかし、本当に良かったんですか?長門さん。立案者の私が言うのも変な話しですが、提督や‘‘利根姉さん’’に、最悪嫌われたりするような役を…』

「私自らその役を頼み込んだんだ、後悔なんぞするものか。それに提督はいつまでも私に気を遣っている、私はもう大丈夫だと言っているのだがな…。だからこれで私が本当に大丈夫だと、立ち直ったと分かって貰えたのなら、こんな役など安い物だ」

『長門さん…、本当にありがとうございました。この「利根姉さんと提督お近づき作戦」が上手く言ったのも長門さんのお陰です』

「礼などいらんさ、筑摩」

 

電話相手の女性、利根型航空巡洋艦2番艦 筑摩はそれを聞くと静かに微笑む。

その表情にはこれまでの苦労が報われたような、そんな顔をしていた

 

『そういう訳にもいきません。後日、間宮で何かご馳走させて下さいませんか?』

「むぅ、礼は本当に不要なのだが…その厚意を無碍にする訳にはいかないな」

『ふふ、ありがとうございます。それではまた』

「ああ」

 

こうして、通話は終了した。

長門はふぅ、と息を吐く。

そして自分は上手くやれていたであろうかと、この今作戦での自身の行動を振り返る

 

(これは酷いな…)

 

我ながら随分と滑稽な姿を晒していたなと自嘲する

 

(無論、後悔はしていない。していないのだが…)

 

提督の目にはどう写っていたのか、それが彼女にとっての不安だった。

だが、そのような心配も杞憂に終る

 

「ここに居たのか」

 

突如掛けられた彼の声に、長門はビクりと方を震わす

 

「て、提督…!?」

「そんな構えなくてもいい。ほら、利根も居ないだろ?…分かってるから」

 

そう言うと彼は長門の横に立つ。

長門もまた、その言葉を聞き観念したかように息を吐く

 

「そうか…全てお見通しだったと言うことか」

「全てって訳じゃないさ。ただお前が仕事中の執務室にノックも無しに入ってきた辺りから変に感じて、な」

「そ、それだけのことでか?」

「俺にとっては十分な違和感だったよ」

 

そう言って彼はチラリと長門を見る。

心なしか、提督のその表情は悪戯小僧のような顔をしていると長門は思った

 

「で、何を企んでいたんだ?」

「…利根や筑摩のプライバシーにも関わることだ。こればっかりは提督にも言えないな」

「それは残念」

 

そして提督もそれについて深く追求することはない

 

「ま、いいさ。けど‘‘頼まれ事’’だって、きちんと選ぶんだぞ」

「…提督、実は全て知っているなんて事は…」

「さぁ?どうだろうな」

 

戯けた顔で長門から視線を外す。しかしその姿がおかしかったのだろうか、長門はプッと笑いを吹きだすと、それにつられて彼も笑う

 

「ぷっ、ふふ…」

「っはは」

 

その日鎮守府の裏で、提督と長門の小さな笑い声が木霊した

 

―――――――――――――

――――――――

 

「のぅ、筑摩」

「なんですか、利根姉さん?」

 

艦娘寮 利根型の部屋にて利根は筑摩に話し掛ける

 

「その…なんじゃ。あれじゃ…ありがとう、じゃ」

「はて?私は利根姉さんに感謝されることをしたかしら?」

「恍けんでもよい。吾輩の為に色々とやっておったのは知っておる。本気で謎の危機感も感じたりもしたが…そのお陰で、吾輩は少しだけ提督の傍に居れたのじゃ」

「利根姉さん…」

「吾輩はその礼をしただけじゃ」

「…ふふ、利根姉さんには敵いませんね」

「姉に敵おうなど10年早いのだ」

 

こうして筑摩と長門の企みは、それぞれ終りを迎えた

 

―――――――――――――

――――――――

 

 

「にしても、まさか2,3ヶ月も前から仕込みをしていたとはな。長門の役者っぷりには驚きだ」

「ん?いや、私がこの作戦を開始したのは1週間程前からだぞ」

「え?」

「え?」




のじゃロリ可愛いのじゃ

5話にして深刻なネタ不足に悩まされるここ最近。
正確には1000文字以上の話しが書けるネタが不足してます。
メモ帳にある小ネタを10個程取り出してやっと1000文字行くかどうかという…。
メモ帳のネタの数だけ見て慢心してました。
慢心ダメ絶対

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