戦後の鎮守府   作:トマト味

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戦後の艦娘達の生活やお仕事など


提督さんと金剛さんと雪風さん

「テートクゥー!」

 

時刻は1500

今日も今日とて仕事を終えた彼は、執務室に鍵を掛けている途中で声を掛けられた。

振り返らずとも分かる。この特徴的な呼び方は間違いなく彼女だ。

鍵を掛け終えると同時に彼女の方を向く

 

「どうした?金剛」

「ヘーイ、テートク。お仕事お疲れ様デース!…もし時間があれば、これからお茶会なんてどうデスカ?」

 

金剛型戦艦1番艦 金剛

数多の戦場を潜り抜けて来た長門や武蔵、赤城やビスマルクに勝るとも劣らない、我が鎮守府のエースが一人である。

そして彼女は無類の紅茶好きだ。暇さえあればいつも茶会を開いている。彼女曰く英国ではこれくらい普通らしい。

仕事を終え別段することの無い彼に誘いを断る理由は無かった

 

「ああ、構わないぞ。それじゃあ食堂にでも…」

 

そう言いかけたとき、金剛の人差し指が唇を塞いだ。

そしてウインクを一つすると

 

「ドーセならぁ、私達の部屋でやりたいネー」

 

若干頬を染め、体をクネクネと動かしながら言う。

私達、とは姉妹のことだろうか?そう疑問に思い尋ねると

 

「イェース、なので艦娘寮に来てほしいネー!」

 

それだけ言うと彼女はスキップで廊下を去って行った。

彼女が去り、金剛の言った言葉を反芻する

 

『艦娘寮に来てほしいネー!』

 

その言葉の意味を理解した時、彼は人知れず頭を抱えた

 

 

一方金剛は誰よりも先に提督を自身の部屋へ招けることに有頂天になっていた。

―――部屋の場所を伝えることも忘れて

 

(ンフフ、テートクを部屋にお招きすれば皆より一歩リードデース!)

 

―――――――――――――

――――――――

 

艦娘寮とは

 

戦後間も無く鎮守府付近に立てられた、艦娘達の新たな家とも呼ぶべき施設である。

かつて提督や艦娘は非常事態に備え、いつでも指揮や出撃が出来るよう鎮守府に常駐することを義務付けられていた。

しかし、戦争の終わった現在において鎮守府は出撃を控えた艦娘達、または出撃を終えた艦娘達の待機場・休憩場となっている。

そんな彼女達の新たな生活の拠点、それが艦娘寮である。

別に男子禁制といった決まり事は無いのだが、基本的に外部の者や異性が足を踏み入れることは滅多に無く、プライバシーも守られ乙女としての身嗜みに気遣う必要のない為言わば真の憩いの場となっているのだ

 

―――そんな場所に男が入っていいのだろうか、そんな疑問が脳裏を過ぎる。実際、お誘いを受けたと言う大義名分があろうとも、いざとなるとなかなかに憚られる。

だが聞き入れてしまった以上、今更断るようなこともできない。

彼は大きく深呼吸をすると、その扉を開いた

 

意外なことに、廊下には誰も居ない。鎮守府では一歩廊下を歩けば壁を背に話し合う間娘の一人や二人、すぐに遭遇したものだというのに。

…実際は提督と挨拶を交わし、あわよくば会話に興じることが出来ればという彼女達なりの努力なのだが、彼がそんなことを知る筈も無い

 

(まあ今は夏真っ盛りだ。わざわざ部屋から出てまで誰かと話そうとも思わないだろう)

 

そう結論付けて彼は歩を続ける。一瞬どうやって金剛達の部屋を見つけたらよいのかと狼狽したが、それぞれの部屋の前に各艦ごとの表札が掛かっているのを見つけ、彼の中で事なきを得る

 

―――しかしこの広い艦娘寮、そう簡単に目的の場所が見付かる訳もなく

 

「ここ、どこだ…?」

 

すぐに見付かるだろうと考えなしに歩き回ったせいか、あろうことか建物の中で迷子になってしまった。

いっそ恥を捨てて誰かに尋ねるべきかと考えるが、彼の中にある男としてのちっぽけなプライドがその判断を鈍らせる。

そんな時、後ろから声を掛けられた

 

「あれ…、しれぇ?」

「わっふる!?…あぁ、雪風か」

 

突然掛けられた声に妙な奇声を挙げ驚くも、咄嗟に声の主の名を言う

 

彼女は陽炎型駆逐艦8番艦 雪風。彼女の持つその高い幸運から奇跡の駆逐艦と呼ばれている。

今日の彼女は非番だ。故に彼女の服装は普段の制服ではなく年相応の可愛らしい服を纏っていた。無論、普段の制服が可愛くない、と言うわけでは無いので悪しからず

 

「どうしたんですか?こんなところで」

「…実はな」

 

見付かってしまった以上は隠しても仕方ないだろうと、彼は金剛の茶会にお呼ばれしたこと、そして彼女の部屋を見付けられずに寮を彷徨っていることを正直に話す。

雪風は少しばかり驚いた表情を見せると、今度は胸を張って言う

 

「しれぇも迷子になることがあるんですね、ですがそれなら雪風がご案内します!」

「あはは、お手やわらかに頼むよ」

 

棚から牡丹餅とはこのことだろうか。そう思っていると、彼女は彼の手を引きズンズンと歩き出す。ちらりと見え隠れする得意気な顔は、まるで初めておつかいに出た好奇心溢れる子供のような表情をしている。実際まだ子供なわけだが

 

かつて彼女の異動先としてこの鎮守府に着任した当初とは比べ物にならない程、今の彼女の顔は輝いている。

―――愛想笑いや作り笑いではない、彼女の本心からの笑顔だ

 

「ゆ、雪風?もう少しゆっくり歩こう?な?」

 

しかし些か(いささか)気張り過ぎたようで、今にも走り出しそうな彼女はハッとなり歩を緩める

 

「ごめんなさい、しれぇ…」

「…大丈夫だよ、それに案内してくれるのは素直に助かる」

 

ペコンと頭を下げる雪風に微笑み掛けると、彼は優しく彼女の頭を撫で礼を言う

 

「それじゃ、行こうか」

 

彼女の頭から手を離し、代わりにその手を彼女の手に重ねる。

嬉しそうな表情を浮かべた雪風は再び彼を先導した

 

 

(司令とこうして手を繋げるなんて、幸運の女神のキスを感じちゃいます!)

 

―――――――――――――

――――――――

 

雪風に案内されてほんの数十秒、二人は金剛の部屋に辿り着いた

 

「意外と近くまで来てたんだな…」

「しれぇ?どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。ありがとな、雪風」

「どー致しまして!」

 

ニパーっと笑顔で返事を返す雪風の頭を再び撫で、目の前の扉をノックする。

「ハーイ」と金剛の声が聞こえドアが半分ほど開いた

 

「…テートクゥー、遅かったネー」

 

扉の向こうに居るのが提督と分かるや否や、膨れっ面の金剛がドアの隙間からこちらを覗きこむ。中々にご立腹のようだ

 

「ああ…すまない、少しばかり迷ってしまってな。雪風に案内して貰ったんだよ」

 

提督がそう言うと、金剛は雪風を見る。すると勢いよくドアを開き―――

 

「Oh,ゆっきー!提督を案内してくれてThank youネー!」

「いえ!雪風もお役に立てて嬉しいで…ひゃあ!?」

 

凄まじい勢いで雪風に抱きつく金剛。雪風は突然の事に驚き可愛らしい悲鳴を上げる。

因みに金剛は駆逐艦のように小さな子が大好きだ。もっとも長門のそれとは違うベクトルの「好き」であって、憲兵の心配はいらない。

LOVEではなくLIKEと言えば分かりやすいだろう

 

眼福眼福と、そんな光景を眺めていると金剛と目が合う

 

「テートクも見てないでcome onデース!」

「…ん?もう怒ってないのか?」

「始めから怒ってなんかいませんヨ、中々来てくれなくてちょこっとだけ拗ねちゃっただけデース…。それに部屋の場所を伝えなかったワタシにも落ち度がありマス。…それよりhurry hurry!」

「一体何を急げばいいんだよ…」

 

反省の言葉と共に彼を急かす。彼女がどうして欲しいのかを理解しているが、万が一間違っていた場合は憲兵のご厄介になる。それだけは避けたい。

確認の意を込めて問う。勿論、確認したからといって行動に移すかどうかは別の話だが

 

「モゥ、分かってる癖ニー。hugデスよhug!」

 

そう言うと期待の眼差しと共に雪風との間を少し空けスペースを作る。

困惑して雪風の方を見れば

 

「ゆ、雪風は大丈夫です!」

 

…顔を真っ赤に染め、頭から煙のようなものが立ち昇る様は明らかに大丈夫には見えない。

それでも、遠慮がちではあるが金剛同様にどこか期待の眼差しでちらりちらりと見つめる

 

―――さぁ困ったぞ!

 

―――――――――――――

――――――――

 

結局、ストレートな金剛の誘いは遠回しに断った。雪風は残念そうな表情をするが勘弁してほしい。

廊下でそんなことして他の娘に見られたら、一体どんな噂を立てられるか分かったもんじゃない。

―――特に青葉とか、アオバとか、AOBAとか

 

そんなことを考えながらも落ち込んだ二人を見ると少しばかりの罪悪感を覚える

 

「…テートクゥ、据え膳食わぬは男の恥デスヨー?」

 

前言撤回。罪悪感?知らない子ですね。

ぼそりと金剛が呟くも聞こえない振りをする。

そんな恥捨ててしまえ

 

「それより金剛、本来の目的はお茶会だろ?早く金剛の紅茶が飲みたいなー」

 

金剛の文句が説教になる前に話題を逸らす。いや、戻すと言うべきが正しいか。

出来るだけ棒読みにならぬよう本来の目的を再確認する

 

「Oops!そうでシタ!今から準備してきマース!」

 

彼女も思い出したかのように、ポンッと掌に手を乗せ意気揚々とドアノブに手を掛けた。

それと同時に提督はある提案をする

 

「あ、それと雪風も一緒で構わないか?」

「Of corse!Welcomeデース!」

「えぇ!?そんな…いいんですか…?」

「Yes!大歓迎デース!」

「ほら、金剛もこう言ってるし好意には素直に甘えるもんだ」

「で、ですが…」

 

突然のお誘いに雪風は驚く。誘ってくれた事は勿論嬉しい。が、金剛と提督の邪魔になるのではと、なにか迷惑をかけてしまうのではないかと悪い方へと考えが働く。

―――こうやって考えすぎてしまうのは彼女の悪い癖であり、彼女の過去のトラウマによる負の産物だ

 

そんな雪風を見て、金剛は腰を低くし雪風と目線に合わせると優しく語り掛ける

 

「問題Nothingデスヨ、ゆっきー。鎮守府の皆はFamilyデス。家族に気遣いなんて必要ありまセン」

 

そう言うと雪風の頭を優しく撫でる。

始めは心配そうな表情をしていた雪風も撫でられた事で少しくすぐったそうな顔をしている。そして同時にとても嬉しそうに笑っている

 

「…まるで母親みたいだな」

 

心温まる二人を眺めてつい口にする。すると金剛はこちらへと向きを変えた。

どうやら聞こえていたようで、しかしながら頬が赤いのは何故だろうか

 

「ワタシがお母さんなら…、ゆっきーが娘でテートクが旦那様でショウカ?」

 

いつものようなハイテンションとは違い、頬を両手で押さえながらチラリとこちらを見て言う金剛にドキリとする。

我ながら単純だなと自覚し、ふぅっとため息をつく

―――しかし、父親か…

 

なんだかんだで色々と想像してしまう辺り、彼にもそういった願望が無い訳ではないのだ。

しかし

 

「無理だな」

「OH!?どーしてデスカ!?」

 

驚いた声と共に、今にも泣きそうな表情で金剛が詰め寄ってくる。

だが無理なものは無理だ。

 

なぜなら

 

「もし雪風が男を連れてきたらショックで死ぬかもしれん」

「…Huh?」

 

さっきまで今にも泣きそうな声だっだというのに、金剛は途端に呆れた声を出す

 

「だって考えてみろ。今でこそまだ幼いが、雪風は将来有望だ。男が出来る可能性だって十分にある!それに悪い男に引っかかったらと思うと不安にもなるだろう!」

「なーに言ってるデース…」

 

今度こそ、金剛は完全に呆れ返る。いくらなんでも考え過ぎだ。

だがそんな提督も悪くないと思っている辺り、これが惚れた弱みというものなのだろうか。

そしてなにより彼が子供のことを真剣に考える姿を見た結果、金剛はいつものように提督とのスウィートライフを妄想し、体をクネクネと動かす。完全に普段の金剛だ。同時に『テイトクー、子供はbaseball teamが作れるくらい欲しいネー』とだらしのない声が漏れる。

そんな脳内のお花畑でホームランを達成している金剛を置いて、雪風は提督へと近づく

 

「しれぇ」

「碌でもない男なら沖ノ島海域にでも沈めて…ん?どうした、雪風」

 

ヒートアップし物騒なことを呟く提督を制止し、雪風はクイクイッと彼の服の裾を引っ張る。

そして頬を真っ赤に染めながら、今世紀最大とも言える大型爆弾を投下した

 

「しれぇ、大丈夫です!だって、雪風の将来の旦那様はしれぇですから!」

「…決めた。俺、雪風と結婚する」

 

そう言うと同時に金剛の動きがピタリと止まる。脳が二人の発言の意味を理解しようとフル回転しているからだ。しかし、何度考えても出る答えは一つだけ。

やがて、この言葉の解が出ると同時に彼女は叫んだ

 

「ホワァァァッツ!?」

 

 

この日、艦娘寮では大きな悲鳴が木霊した

 

―――――――――――――

――――――――

 

一方、金剛四姉妹の部屋では

 

「は、榛名は、だ、大丈夫です…提督のお傍にいられるなら愛人にだって…」

「ひ、ひぇ~!」

「今日はお茶会、出来そうにありませんね」

 

金剛型戦艦 榛名、比叡、霧島の三人は、ドアの隙間からこれまでの光景を覗いておりました。

今日も艦娘寮は平和です




日常系ほのぼのコメディと謳っておきながら2話目でコメディが絶滅危惧種になってしまったのでコミカル成分を多目に書かせて貰いました。大目に見て下さい なんつって

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