「……ひどいと思いませんか?」
地面にのの字を書きながらルミネアは愚痴を口にした。
ここは地球とは違う世界。ぶっちゃけ異世界のとある天空島である。
空飛ぶ島に寂れた古城。まるでどこぞの天空の城の如く無人のこの場所にルミネアは強制的に転移させられてしまったのだ。
「そう仰らないで下さい。勇真様はルミネア様が心配なのです」
そう言ったのは金髪碧眼の少女ーー魔導人形のフィだ。
彼女は勇真が『魔女の夜』を潰した際に見つけた大量のフェニックスクローン、その一体に残りのクローン全ての魔力と『魔女の夜』構成員達の魔法能力を注ぎ込まれて創られた生体ベースの魔導人形である。
その実力は非常に高く、三体の魔導人形の中では最強であり、ルミネアもまだ彼女には勝ったことはない。
「それは、分かってます。でもフィちゃん、本人が残りたいって言ってるのに問答無用で異世界に送るのはちょっとひどいですよね?」
「ふふ、それだけルミネア様が大切なのですよ」
「……嬉しいんですが、私は残りたかったです」
ルミネアだって勇真が自分を大切にしているからこそ、異世界に自分を送った事くらい分かってはいる。
それでも彼女は人類救済を勇真一人に押し付けるのは嫌だったのだ。
「ええ、分かります。しかし、例えルミネア様が残っても……いえ、私達全員が残っても大した助けにはならないと思いますよ」
フィは悲し気に自虐を含んだ言葉を口にした。
フィ達魔導人形は強い、ルミネアだって弱くない。彼等は誰もが上位の最上級悪魔から魔王級の力を有しているのだ。
これで、弱いと言われるのはあまりにも理不尽な話である。
しかし、残念ながら勇真はその理不尽の塊だ。
彼は聖短剣と神器があれば魔王級と互角以上に戦える。魔法も有りなら無傷で圧勝出来る。そして、偽赤龍帝の鎧を纏えば主神級の相手だろうと余裕を持って勝利出来る。
そう、今の勇真はあまりにも強過ぎるのだ……他人の助けなど要らないほどに。
「そうですか? 悔しいですけど、私はともかくフィちゃんは残れば助けになったと思いますよ?……フィちゃんは強いですから」
フィの自虐にルミネアがフォローを入れる。ただ、ルミネアの表情はどこか拗ねた子供ように見える。
そんな彼女にフィは思わず笑みを浮かべた。
「ふふ、ありがとうございます。私も自分が世界的に見ても強い方だとは思っています。しかし、真のトップクラスの方々には遠く及びません」
「それでも、食らいつく事は出来るでしょう?」
「まあ、これでもフェニックスクローンをベースに創られてますからね、不死性だけなら勇真様以上だと自負しています」
薄い胸を張り、ちょっと誇らし気に言うフィ。
ルミネアはそんなフィを微笑ましく思うと同時にちょこっと嫉妬した。
「やっぱり、悔しいです……フィちゃんに勝てないのも」
「そうですか? でも正直。私とルミネア様の力量はそれほど変わりませんよ? いえ、攻撃の多彩さ、それに最大攻撃力もルミネア様の方が上の筈です」
「……その割には、私は一度も模擬戦でフィちゃんに勝ててませんが?」
「そこは耐久力の問題ですね、フェニックスと半仙人とは言え人間ではあまりにも大きな差がありますから」
「むぅ」
良いなぁ、といった目でフィを見るルミネア。
そんなルミネアにフィは困ったような頬を掻いた。
「そう焦らなくてもルミネア様なら訓練していけばきっと私に勝てる様になりますよ」
「……私は強くなりたいんじゃなくて、勇真さんの助けになりたいんですよ」
「では、今回は諦めましょう。きっと頑張っても間に合いません」
「ええ〜」
「ふふ、良いじゃないですか、時間ならまだまだありますよ? 人類救済の助けにはならなくてもその後の私生活で助けになれば良いじゃないですか」
「…………はぁ、そうですね、今回は諦めます」
そう言うとルミネアはのの字を書くのを止め、スッと地面から立ち上がる。
そして、彼女は真剣な表情でフィに向き合うと彼女の手を優しく掴んだ。
急に手を取られたフィの頬が僅かに蒸気する。
「では、次回の為に準備をしましょう! フィちゃん、ちょっと訓練に付き合ってくれませんか?」
「ふふ、次回が有るかは分かりませんが、それでしたらお安い御用です」
フィの答えにルミネアは満面の笑み浮かべる。
そして、二人は訓練の為に天空城の近くに浮かぶ浮遊島へと向かうのだった。
「…………」
「…………」
ちなみにそんな二人を寂しげに見ながら、アルマとハルナスの鎧コンビは警備の為に天空城でお留守番するのであった。
「うわぁ、これ俺の出番ないじゃん」
戦闘中にも関わらずイッセーはそんな事を口にした。
イッセーの目の前で展開されるのはもはや戦闘ではない。こんなものは単なる蹂躙だ。
そう、あんまりにも相性が良い匙とギャスパーのコンビネーションにギリシャの兵士達はただただ手も足も出ずに呪殺されて続けているのだ。
ギャスパーがその瞳を怪しく光らせた。
するとギリシャの兵達の動きが停まる。そこにすかさず匙のラインが伸びて兵士達に絡みつく。
そして、匙はヴリトラの呪詛で抵抗力を奪うとラインから魔力、生命力、血液を一気に吸収、3秒後には骨と皮だけになった死体の山の出来上がり。
で、匙は吸収した魔力と血液をラインからギャスパーに送る。そして、その魔力と血液を得てパワーアップしたギャスパーが更に強く能力を発動、今度の敵は睨まれただけで即死する。
で、ギャスパーが呪殺した死体に匙がラインを絡ませると、霧散する途中の魔力を根刮ぎ強奪。それを再びギャスパーに送り、更にギャスパーがパワーアップ。今度は透視と千里眼を用いて遥か遠くのギリシャ兵を呪殺した。
近場の敵を停めて力を奪いパワーアップ、そしてちょっと遠くの敵を呪殺してまた更にパワーアップ、最後はまだこちらに気付いていない遥か遠くの相手を一方的に呪殺してフィニッシュ。
もう、なんと言うか、RPGで雑魚敵相手にAボタンを連打するだけの完全に作業と化した戦闘だった。
あんまりにも2人が無双し過ぎるのでイッセーは少しギリシャ兵が可哀想になる。もう、そんなレベルの蹂躙だった。
「ははは、いい感じだ。思った以上に敵が弱い!」
「どうやら冥府の次はオリュンポスで問題が発生したらしいよ。高位神の多くが本拠地に戻って行ってる。ふふふ、これは案外悪魔全てを救出なんて事も可能かもね」
そう言って黒い笑みを浮かべる匙とギャスパー。呪いの連打でどうやら性格まで少し悪くなっているらしい。
「お前ら怖えよ!」
黒い二人にイッセーが涙目で喚いた。
しかし、イッセーの喚きに匙とギャスパーは何騒いでるんだコイツ? といった目を向ける。
「いや、何処がだよ、いつもしてる事だろ?」
ヴァーリ戦も同じ事したし。そうなんでもない風に述べる匙。
「うん、いつも通りの事だね、何をそんなに怖がってるんだい?」
匙に続きギャスパーもそう言って笑う。そんな二人の態度にイッセーは、あれ? もしかしていつも通り!? と自分の認識が正しいのか自信がなくなってしまった。
「……え、いや、なんか黒いし」
自信なさ気に言うイッセー。そんな彼を匙とギャスパーは冷めた目で見つめると、あからさまな溜息を吐き出した。
「はぁ、赤龍帝ともあろう者がなにを言ってるんだい、仲間を、それもヴァレリーを攫った相手だよ?……手心なんて必要なのかな?」
「そうだぞイッセー、こんな事に怖がってないで……ギリシャ共をさっさと殺して会長達を救い出すぞ」
そう言って尋常じゃない殺意を滾らせる匙とギャスパー。
ここでようやくイッセーは気付いた。
「(こ、この二人、冷静に見えてブチギレてるッ!?)」
この二人がマジギレしている事に。
どうやらこの二人、想像以上に、そしてイッセー以上に仲間を攫われた事に苛立っているらしい。
「どうしたんだイッセー?」
「何を黙ってるんだいイッセー?」
「い、いや、なんでもない。さっさとみんなを助けようか!」
「(な、仲間思いは良い事、だよな?)」
イッセーは内心で戦慄した。
そして何気に冷静な自分に、もしかして、俺って冷めた奴なんじゃ? と一人で勝手に落ち込むのだった。
『ウオォオオオオオオッッ!!』
雄叫びと共に50の顔と100の腕を持つ異形の巨神がヴァーリ目掛けて拳打の嵐を繰り出した。
それは正に拳の豪雨。
数えるのも馬鹿らしくなる拳撃は一撃一撃が大地に大穴を穿つ超威力である。
「フッ」
だが、ヴァーリはそんな攻撃を前に好戦的な笑みを浮かべると臆する事なく、真っ向から突っ込んだ。
彼は次々と迫る拳を紙一重で躱しながら直進する、途中、避けきれなかった拳に幾度か鎧を削られるもヴァーリは見事に拳打の豪雨を潜り抜け、巨神の胴体へと右ストレートを叩き込んだ。
次の瞬間、衝撃波が天地を揺らし、巨神の身体が宙を舞う。
『Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Divid Dividッ!!』
更にヴァーリは『相手に触れる』という条件を満たした半減能力を発動、一気に巨神から力を奪い取ると、その力をそっくりそのまま魔力弾に流し込んだ。
「終わりだ、ブリアレオスッ!!」
放たれたのは数百メートルはある超巨大な魔力弾。
そして、その魔力弾は天高く舞い上がっていた巨神に直撃、冥界中に響き渡る轟音と共に巨神を跡形も無く消し飛ばした。
「はぁはぁ……フゥ」
『大丈夫かヴァーリ』
神々との連戦に若干疲れを見せ始めたヴァーリ。そんな彼を心配しアルビオンが声を掛けた。
「大丈夫だ、問題ない。ふふ、疲れるという感覚は久しぶりだ」
リゼヴィムに聖杯を埋め込まれてからヴァーリは一度も疲労を感じた事がなかった。
神滅具の名は伊達ではない。最強の回復系神器たる聖杯はヴァーリに無制限の体力と限りなく不死に近い再生能力を与えていたのだ。
しかし、それも今は昔、勇真に聖杯を抜き取られたヴァーリは当然、疲労するし、頭か心臓を抉られれば絶命する。
そう、ヴァーリはそんな普通の生命体に戻ったのだ。
『疲れるのが嬉しいのか?』
「ああ、疲れないというのはどうも性に合わないようだ。あの頃はイマイチ戦っているという実感が持てなかったからな」
『明確に弱体化したのだぞ?』
「それでもだよ」
『……そうか、なら良い。だが、無茶はするなよ? 拳打の雨に突っ込んだ時は肝を冷やした』
「分かっている、さっきのは俺も少し無謀だったと反省していた所だ。まだ、少し不死性があった頃の癖が抜け切って居ないようだ。次からは気をつける」
『……本当だろうな?』
どこか疑うように言うアルビオン。それにヴァーリは苦笑いを浮かべ肩を竦めた。
「信用がないな、まあ、今までの事を考えれば当たり前か……さて、『美猴、アーサー、そっちはどうだ?』」
アルビオンとの会話を終えるとヴァーリは離れて戦う仲間の元に通信を入れた。
『こちらは大丈夫です。大した相手ではありませんので』
『なんだとッ! 貴様、このアレスに対し、ふべぇら!?』
先にヴァーリの通信に出たのはつい最近ヴァーリの仲間になったアーサーだった。
どうやら彼は優勢に戦いを進めているらしい、通信越しに敵神の悲鳴が聞こえるのが良い証拠だろう。
『流石だなアーサー』
『たまたま敵が弱かった、ただそれだけの事ですよ』
アーサーはヴァーリが強者狩りの時に戦った人間で、最強の聖剣と称される聖王剣コールブラントの所持者である。
その実力は凄まじく、ヴァーリが出会った当初から人類最強レベルの力を有していた。
しかし、それでも聖杯で強化されたヴァーリには及ばず、彼に敗れたアーサーは彼の配下に収まったのだった。
ちなみに、ヴァーリとの戦いで致命傷を受けた彼は、一度は死んでいる。だが、その実力を惜しいと思ったヴァーリが聖杯の力で復活させたのだ。
……もちろん、死亡前より強化した状態で。
『お、おう、アポロンと戦闘中だぜぃ、状況は、あぶねッ!? ……ちと旗色が悪りぃ』
アーサーから遅れること数十秒、次にヴァーリの通信に出たのは名も無き青年……ではなく、初代孫悟空の血を引く美猴だ。
彼はジークフリートの不意打ちで命を落とし、魂の状態で彷徨っている所をヴァーリに捕まえられ聖杯で復活した。
こちらも当然強化済み、だが、流石はオリュンポス十二神と言ったところか? 強化されてる美猴ではあるが、それでもアポロンに押されているらしい。
『分かった直ぐに行くから後2分持たせてくれ』
『おう、助かるぜぃ、だが、良いのかヴァーリ? お前ゼウスと戦いたがってただろう?』
『ああ、今回は諦める。残念ながら体力的にキツイ……それにゼウスは現在先客と戦闘中だからな』
『先客ぅ? 悪魔か堕天使にまだゼウスと戦える奴が残ってんのか?』
美猴が疑問の声を上げた。
彼の言う通り、悪魔にも堕天使にも、それどころか冥界全土を見渡しても既に大神ゼウスと戦える様な者は残って居ない。
だが、それは冥界に限った話である。
『戦ってるのは悪魔でも、堕天使でもない』
『へ、じゃあいったいどちら様よ?』
『ふふ、お間のよく知る初代殿だよ』
そう言ってヴァーリは激戦極まる二神の戦いを少しだけ見つめた後、急いで美猴の救援に向かうのだった。
アレスもオリュンポス十二神だって? はっはっは、だからなんですか?