「ふふ、やはり頭を失った勢力は潰すのが楽で助かる」
禍の団、旧魔王派の本拠地で仮面を被った男が呟いた。
「お、お前は何なんだッ!?」
拘束された上級悪魔が怒りと恐れが混じった声で仮面の男に怒鳴り散らす。そして、彼の背後には同じく拘束、気絶させられた数百の上級悪魔と中級悪魔が倒れていた。
「通りすがりの一般人です」
「一般人なわけあるかッ!? 目的は何なんだッ!」
「俺より強い奴に会いに来た」
「お前は、たった今ッ、頭を失った勢力はとか言っただろッ!? お前は一体誰なんだッ!」
「細かいなぁ、ちょっと言ってみたかっただけだよ……俺は英雄派の曹操だ」
「……俺の知ってる曹操と違う」
「これが曹操の素顔だ。下っ端の君は知らなかっただけだよ」
大仰に手を広げ仮面の男は告げる。その動作はどこか見る者に不安を与えるような不気味さを持っていた。
「仮面が素顔なわけねぇだろッ! それで、それで…曹操は何をしにここに?」
自分で否定しておきながら何故か仮面の男を曹操と呼ぶ上級悪魔。
いつの間にか上級悪魔の目は虚ろに、半分開けられた口からは今にも涎が垂れそうな状態になっていた。
それを満足気に見つめ仮面の男は上級悪魔と会話を続ける。
「実は情けない事に英雄派のアジトの位置を忘れてしまってね、ゲオルクが頑張り過ぎてるせいで位置が分からないんだ。君は何か知ってるかな?」
「……いや、何も知らないな」
「では魔獣派のアジトについては?」
「すまない、そちらも私は知らない」
「オーフィスの居場所は?」
「知らない」
「……そうか、ありがとう」
そう仮面の男は残念そうに礼を言う。
「ここもハズレかぁ、英雄派と魔獣派はどんだけコミュ症なんだよ、あとオーフィスどこ行った!?
仮面の男は強大な魔法力を右手に集中、そしてパチンと指を鳴らした。
次の瞬間、悪魔達の拘束が解かれ、意識がなかった者も虚ろな目でフラフラと立ち上がる、それはまるで亡者の軍団の様に不気味だった。
だが、そんな事は気にせず仮面の男は明るい声で悪魔達に “命令” を告げる。
「はい、じゃあ君達には今からこの契約書を書いてもらいます。やる事は実に簡単、この契約書に自分の名前…あ、偽名はなしね、それと血印を押して貰うだけです。出来た契約書は俺に持ってきてね」
契約書には異界の文字でこう書かれていた。
【私は宮藤勇真に魔力及び全ての超常の力を永続的に貸し与えます】と。
「うっぷ、うぇ」
そう、仮面の男ーー勇真は吐き気を抑える様に右手で口元を覆った。
「……はぁ、流石にこの数は多過ぎたか? まあ、多い分には良いから少しくらい我慢するか」
勇真は軽く気合を入れると久しぶりに『名剣創造』を発動し二つの鎧甲冑を創り出す。
そして次々と魔法を発動、その鎧甲冑の強度を最大強化……それから僅か数分で鎧を魔導人形へと生まれ生まれ変わらせた。
「ふぅ、良かった収まった」
魔導人形に奪った悪魔達の力を全て与えると、勇真は一息つく。
「やっぱり無理なパワーアップは身体に良くないね、いっぱい注ぐなら無機物に限る……あと、君達は拾い食いしちゃダメだよ、当然反逆も」
『『了承致しました』』
「よろしい」
勇真は了承と答えて以降ただ無言で跪く二体の魔導人形に更に幾つか命令を下した後、視線を超常の力の全てを勇真と魔導人形に奪われた悪魔達に向けた。
「さて、力を失った残りの君達は、そうだなぁ」
あ、良い事思いついた! そんな顔を仮面の内に秘め、勇真は断れないお願いを悪魔達に言う。
「日本のサブカルチャー復興の為に日本の漫画とライトノベルを読み漁って作家と漫画家を目指してもらおうかな?」
死ぬ気でね、そう勇真は付け加え仮面の下で邪悪に笑うのだった。
「父さん、母さん」
『……相棒』
イッセーは一人静かに泣いていた。
そんな宿主にドライグはなんと励まして良いか分からなかった。
リゼヴィムの呪い、それが世界に襲い掛かったのは数日前の日曜日の事だった。
小猫の居場所は未だ分からないが、どんな相手からも彼女を救い出せる様に必死で訓練していたリアス眷属、その内の主人のリアスを除いた訓練場にいた全員、イッセー、木場、朱乃、アーシア、ギャスパー……つまり人間か人間とのハーフからの転生悪魔がいきなり凶悪な呪いに襲われたのだ。
その呪いはかなり凶悪でジークフリートの修行がなければイッセー達の内、何人かは死んでいたかもしれなかった。
それでも、彼らは見事に全員生き残ったのだ。
しかし……
イッセーの両親は耐えきれなかった。
イッセーが急ぎ駆けつけた時には二人床に倒れ “緩く” なっていたのだ。
「なあ、ドライグ、またなんだ。また俺は救えなかったんだ」
『…相棒、気を落とすな今回の事は突然で誰も対処など出来なかったはずだ』
「本当にそうか? 俺が自分の呪いを速攻で解いて、転移で駆けつけて解呪魔法を強化して譲渡すれば助かったんじゃないのか?」
『…………』
「ーー俺はいつもそうだ。肝心なところで大事な人を救えない」
『そんな事はない、相棒は良くやっている』
「良くなんて、出来てねぇよッ! アーシアは一度死んだ。部長の結婚が掛かったレーティング・ゲームで負けた、ジークフリートは殺されて仇には傷一つつけられなかったッ! 小猫ちゃんは攫われたッ! みんなをヴァーリから守れなかったッ! そして父さん、母さんを……救えなかったッ!!」
涙を流し吼えるイッセー、悲痛な叫びは墓地全体に響き渡った。
「なあ、ドライグ、俺はどうしたら良いんだ? 頑張ってるんだよ、これでも俺なりに精一杯頑張ってるんだッ! でもダメなんだ結果が出せねぇッ!」
『落ち着け、相棒はこの短期間で確実に強くなっている』
「それでも遅いんだッ! 遅過ぎるんだよッ! 敵のランクアップに対して俺の成長スピードは遅過ぎる、いや、そもそもあのレベルまで到達出来るのか? ゲオルクには全然本気じゃないのに圧倒された、ヴァーリには一瞬で全滅させられた。俺はあいつらに追いつけるのかッ!? なぁ、教えくれドライグ、俺は俺はッ!」
「次に奴らと戦ってみんなを守れるのか?」
血を吐くようなイッセーの叫びにドライグは居た堪れない気持ちとなる。歴代で初めてなのだ。これほど自分の力のなさを嘆く赤龍帝は。
だから、なんと言えば良いか分からない。そもそも赤龍帝が力のなさをこれ程嘆くなんて事自体が異例なのだから。
『…………相棒次第だ、そうとしか言えん』
「………そうか、そうだよな、悪い取り乱した。地道に訓練を続けるわ」
ドライグの有り触れたセリフにイッセーは静かに落ち込んだ。
そんなイッセーに……
「お困りかな?」
背後から声が掛かった。
「ッ!?」
その背後からの言葉にイッセーは即座に振り返り禁手化、龍帝の鎧を纏うと油断なく拳を構える。
振り返ったイッセーが見た者は、神父服を着た特徴の薄い白人だった。
「ほう、なかなかの反応だ。隙の少ない構えに即座に禁手化する技量と判断力、なんだ、力が無いと嘆いている割にはやるじゃないか」
これで歴代最弱とは酷い評価も有ったものだ。と男は笑う。
「……誰だ?」
警戒した様にイッセーは言う。取り乱していたとはいえ、自分はおろかドライグにすら全く気づかれずに背後を取り、そして龍帝の鎧を纏った自分に対してこの余裕の態度。
プレッシャーはない。
だが相手の力量は高い、それもおそらく自分よりも。
それを悟りイッセーは警戒しているのだ。
「私はそうだな……【与える者】とでも名乗ろうか」
「……その与える者さんが何の用だ?」
「なに君が力を欲しているのを感知してね、ささやかながら君に力をプレゼントしに来たのさ」
「何の為に?」
イッセーは胡散臭い奴を見る目で自称与える者を見た。
「おや、信用されていないな悲しいねぇ」
言葉とは裏腹に与える者はちっとも悲しくなさそうに笑う。
それにイッセーの警戒心が更に増した。
「まあ、そうだなぁ、気づいていると思うが私は人外だ」
「ああ、分かる、それに日本に人間は数えるくらいしか残ってないからな」
で、人外だからどうした? そうイッセーは言う。
それに与える者は苦笑した……自分が知るイッセーから随分と変わったものだと。
「ふふ、いやなに、最近禍の団の英雄派が煩いのだよ。あ、禍の団は知っているかな?」
「ああ、知ってる。よくな」
「……念の為に聞くが君は禍の団ではないな?」
「当たり前だッ!」
怒鳴るイッセーの態度に与える者は満足気に頷いた。
「よしよし、これで君を殺さずに済む、あ、もう一つ君は禍の団と戦っているか?」
「……積極的に戦っては居ない、だが目の前に現れたら倒すつもりだ」
「ふむ、少々戦闘意欲が薄いようだがまあ良いだろう、君は私と契約して英雄派を潰してくれないかな? 私は静かに暮らしたいのに奴らがちょっかいを掛けてきてな面倒で困っているのだよ」
「…………」
「おや、返事がないな、もしかしてお断りかな?」
「……なんで俺なんだ? あんた強いだろ自分でやれば良いじゃないか?」
「ああ、君の言う通り私は強い……だがなぁ、英雄派の首領曹操との相性が悪いのだよ」
「相性が?」
「そう、相性がね、だから出来れば奴と直接戦いたくない。それでね、代わりに私の力を君に上乗せして曹操を倒して貰おうと思ってな、日頃から倍化能力で力を上乗せは慣れっこだろう? だから君ならば私の力を貸しても破裂しないと思うのだよ」
「破裂……とか、随分と物騒な単語が出るな」
「身に余る力を受け取るとそうなってしまうものだよ? ペットボトルに湖の水を全部入れる事は出来ないだろう? だが君は別だ。日頃の倍化で元の力の脆弱さの割に容量が桁外れに大きい君ならばね」
脆弱さ、その言葉にイッセーは苦虫を噛み潰した様な表情を取る。
だが、それも一瞬の事、イッセーはしばし思案するとおもむろに口を開いた。
「………報酬が欲しいな」
『あ、相棒!? 受ける気かッ!?』
イッセーの言葉にドライグが驚愕する。
そして、その言葉に与える者はニヤリと口元を歪めた。
「おお、流石は悪魔、力を与えると言うのに更に報酬を強請るか?」
「あんたの力はいずれあんたに返さなきゃならないんだろう? 俺は手元に残る力が欲しい」
「ふふ、良かろう。最初からタダで受けて貰おうなどと思ってはおらんよ、それに私は与える者だからな」
そう言って与える者は虚空から一つの盾を取り出した。
「……それは?」
迸る光力にイッセーの背筋が震える。美しい装飾がなされたその盾はまるで何百柱もの天使か堕天使が光力を収束させたかのような強大な光力を耐えず纏っていた。
「私が作った盾だ。名前はないがその強度と能力は保証しよう。その籠手の内から聖なる波動を感じる……それは聖剣だな? ならばこの盾はそれと最高に相性が良いはずだ互いの能力を高め合う程にな」
「…………あんた本当に何者だ?」
「ふふ、言っただろう、与える者だと」
『相棒、やめろ、そいつはなにか決定的にヤバイぞッ!』
「おや? 天龍と称されたドライグ殿とは思えぬ弱気なセリフですなぁ」
『ーーッ! 貴様』
「ドライグ、落ち着いてくれ」
『相棒、落ち着くのはお前だ、本当にこんな怪しい契約を受ける気か!?』
イッセーの態度にドライグは怒鳴る。しかし、イッセーは油断なく与える者を睨みながらも迷いなく頷いた。
「ああ、受ける、次にいつヴァーリが襲って来るか分からない。俺は一刻も早く強くならなきゃならない」
その言葉にドライグはショックを受けた。
こんな怪しい奴の手を借りる、それはつまり赤龍帝の倍化能力が頼りないと言ってるのと同じ事だったからだ。
『………勝手にしろ……』
ドライグは拗ねた様に呟くと、それっきり何も言わなくなった。
「ごめんなドライグ……待たせたな」
「いやいや構わんよ、それに面白いモノを見させてもらった。天龍も拗ねるのだな」
『……………』
「そんな事はどうでもいいだろ……それで英雄派を倒せと言うがいつまで倒せばいい?」
「期間はない。奴らのアジトは私も知らないしな。しかし、赤龍帝なら必ず奴らと出会うだろう。その時、お前の力が足りると判断したら倒してくれ、足りないと思ったら逃げてもいい」
「………曖昧な上に随分と甘いんだな」
「はは、優しいと言って欲しいなぁ、それでは力を渡す、私の右手を握ってくれ」
そう言って与える者は右手をイッセーに差し出した。
「…………」
しかし、イッセーはその手を取らない。
「どうした? やめるかね、私はそれでも構わないぞ、力を渡す候補は君以外にも居る」
「……いや、やるよ」
そう言って罠がないか変な呪いが掛かってないか最終確認を終えたイッセーが与える者の手を取った。
同時にイッセーの中に膨大な魔法力が、高位魔法使い数百人分の魔法力が入って行く。
そしてそれは一瞬でイッセーの身体に定着した。
それを見届けると与える者は楽しげな笑みを浮かべ右手を離した。
「なっ!?」
同時にイッセーが驚愕の声を上げる。
何故なら与える者が砕け散り砂と化したからだ。
そしてその砂は風で舞い……
【はははははははッ! さらばだ兵頭一誠、健闘を祈るぞ!】
ーーという声を残してどこか遠くへ飛び去った。
「それで、どんな呪いを掛けたんですか?」
勇真がルミネアに魔導人形でイッセーに接触したと言う話をした所、彼女が最初に発したのがコレである。
「え、幼馴染に会っただけなのに呪いを掛ける前程ッ!?」
「え、じゃあ何も掛けてないんですか?」
「いや、掛けたけど」
「………で、どんな呪いを掛けたんですか?」
結局掛けたんじゃないですか、そんな呆れた表情でルミネアは再び同じ質問をした。
「まあ、呪いと言うか加護かな?
そんな思いの外、というか本当にただの異常に高い加護を与えただけの内容にルミネアは面食らった。
故に……
「本当にそれだけですか? 特定の相手に出会ったら特攻させる呪いとか、必要な時に言いなりなさせる呪いとかは掛けなかったんですか?」
勇真の説明にルミネアは疑いの目を向けた。
「ル、ルミネアのイメージの中では俺ってそんなゲスなのッ!? さすがに幼馴染にそんな事はしないよ!?」
「でも、この間、結構酷い事しませんでした?」
勇真は抗議しているがイメージも何も普通にそんな事をしているからだ。可愛い彼女にそんな事を思われても仕方あるまい。
「い、いや、それはこの前も言ったけど出来る限り手加減したから」
「………まあ、そうですね、あれは私のせいでしたね。すみません。でもなんでイッセーさんにそんな力をあげたんですか?」
武器とかに加工した方が良かったのでは? そうルミネアは述べる。
「…………」
その言葉にしばし勇真は無言となる。そして彼は深い溜息と共にルミネアに理由を話し出した。
「死んで欲しくないってのがあるかな、イッセーは俺が知らぬ間に二回も死んでたからね、まあ、アレでも幼馴染だから」
それを聞いて自分の勇真を見る目がいつの間にか曇っていたとルミネアは思い知った。
それを申し訳なく、そして恥ずかしく思った彼女は深く勇真に謝罪した。
「そう、でしたか。すみません、酷い勘繰りをしてしまいました」
「あ……いや、でも、赤龍帝の籠手と白龍皇の光翼所持者は出会いやすくなるみたいな呪いが元々着いてたからそれを大幅強化したよ。なんか今白龍皇が聖杯持ってるみたいだし、イッセーを強くしたのは出来たら足止めしてもらって俺が後ろからザックリとやろうかなとかも考えててね」
「…………」
そんなやっぱりいつも通りの勇真にルミネアは小さく溜息を吐くのだった。
ルミネア「与える者……? それよりもむしろ」