連日のニュースはそれ持ちきりだった。
それとは『ニューヨーク壊滅』『ドラゴン・パニック』『悪夢の昼下がり』『大魔王襲来』と呼ばれる大事件の報道である。
その内容は荒唐無稽かつ恐るべきもので、多くの者が架空の生物と信じて疑わなかったドラゴン……それが数十万匹、昼下がりのニューヨークに突如現れて街を破壊し尽くしたというものだ。
ドラゴン達はたったの一時間で影も形もなく消え去ったのだが、ニューヨークは完全に壊滅、死者、行方不明者は現在調査中だが最低でも100万人を超えると言われる未曾有の大災害である。
そしてドラゴンが消え去ったの後、空に巨大な三人の銀髪の男が映し出され、その中心の老年に差し掛かった男が人を馬鹿にした口調と内容の話をしたのだ。
要約すると……。
「おじちゃんは大魔王リゼヴィム♪ 退屈で代わり映えしない平和に飽き飽きしているみんなの為に、楽しい娯楽を用意したよ〜! 一週間ごとにランダムで適当に選んだ国をドラゴンで襲わせまーす、みんなの頑張ってドラゴンを倒してね! やったね、リアルモンハンだよ! みんなの健闘を祈る! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
と、いったものだ。
これに各国首相陣は大パニックとなった。彼らはの多くは人外の実在を知っている。
故に、そのニューヨークに現れた数十万匹のドラゴンが持つある程度の戦力を理解していたのだ。
………その絶望的な戦力を。
「まさか、こうも早くまた俺らが直接顔を合わせるとはな」
アザゼルが苦笑を浮かべそう言った。
「仕方ありません、此度の件は通信でやり取りするには余りにも大きな問題ですから」
アザゼルの言葉に沈痛な面持ちでミカエルが答える。
「……すまないな、同盟早々 “悪魔” が迷惑を掛けた」
サーゼクスが悪魔を代表して、ミカエル、アザゼルに謝罪する。確かに今回の件は完全に悪魔側の者がしでかした事、故にその責任は悪魔の手綱を握りきれなかったサーゼクスにあったのだ。
「本当だぜ、会議の時も旧魔王の末裔共に邪魔されたが、悪魔は本当に大丈夫なのかサーゼクス?」
「アザゼル、貴方も人の事は言えないでしょう、白龍皇の件は忘れていませんよ」
「へいへい、分かってるって、ちょっとした冗談だ………今回の件、俺らの方で幾つか情報がある、まずそれを話したい」
アザゼルは顔を引き締めると、堕天使側が把握している情報について語り出した。
「今回の件、首謀者はリゼヴィム・リヴァン・ルシファーだ。まあ、これは分かってると思うが奴の協力者に……ヴァーリが居る」
「映像は私も見ました。しかし、彼は戦士ジークフリートによって倒された筈」
その問いにアザゼルは苦々しい顔で吐き捨てるように答えた。
「
「……あの、厄介な神滅具か」
「そうだ、どんな怪我も病気を完全に治し、種族の弱点すら克服させ、基本能力を大きく引き上げることが出来……そして、場合によっちゃ死者蘇生すら可能とする神滅具、最悪の相手に最悪の神滅具が渡っちまった訳だ」
ハッ、参ったぜ、とアザゼルはお手上げのポーズを取る。
「だが、なぜ幽世の聖杯がリゼヴィムの手に有ると分かった?」
「吸血鬼だよ、俺んところに少数保護を求めて来てな、代表はエルメンヒルデそいつから聞いた情報だよ……で、分かったのが、リゼヴィムが連れている大半のドラゴンは吸血鬼を聖杯で改造した邪龍モドキらしい、元となった吸血鬼によって個体差が激しいが最弱の個体でも並みの中級悪魔レベルの力を持っている」
「……それでは吸血鬼は」
「滅んだ。少なくとも生き残りは全体の0.1%に満たないだろう、後は殺されたか邪龍モドキになったらしい、保護したエルメンヒルデを除いて、主要な吸血鬼はみんな死んだ。向こうで生きていると思われるのは幽世の聖杯の所持者のハーフヴァンパイアのヴァレリー・ツェペシュただ一人らしい、まあ、これも微妙なところなんだがな」
「……そうか」
衝撃の事実に場に重い沈黙が訪れる。
「…………」
「…………」
「…………」
その沈黙を破ったのはミカエルだった。
「……次は天界側で分かった事をお話しします。今回の悲しい出来事で100万人を超える死者が出た訳ですがーーこの亡くなった方々の魂が全く天界に来ておりません」
「おいおい、事件が起こったのはニューヨークだろ? お前らそんなに信仰が廃れてんのかよ……とか、冗談言えたら良かったんだが、間違いなく幽世の聖杯の仕業だな」
「100万人の魂、一体何に使うつもりか分からないが、途轍もなエネルギーだぞ」
「ハッ、悪魔がわざわざ契約なんてもんしてまで得たいもんだからな、しかし、そんな量、聖杯に注いで何にをする気なんだ?」
「…………未だ不明です。しかし、良くない事に使われるのは確かでしょう」
「まあ、簡単に目的が分かりゃ苦労はねぇ、か。でサーゼクス、お前んとこも何か情報はあったか?」
「……先ずは契約関係で一つ、悪魔と人間の契約数が激減した」
「そりゃそうだ、テレビで全世界に宣戦布告した奴が大魔王を名乗ったんだ、誰が悪魔と契約したがる?」
「逆に今回の件で神を信仰する方は増えました」
「ハッ、良かったなミカエル」
「こんなの喜べる訳ないでしょう」
「まあな、で他には?」
アザゼルの問いにサーゼクスは懐から一枚の手紙を取り出した。
「…………リゼヴィムから冥界政府に予告状が届けられた、二週間後、魔王領でテロを起こすとの事だ」
「……大変な事になりましたね」
「……そうだね」
島でニュースを見ていた勇真とルミネアが深刻な表情で話していた。
「悪魔の総意って感じじゃないけど、まさか、こんな大っぴらに悪魔が人間を虐殺するなんて思ってなかった、これはまだしばらくこの島で様子を見た方がいいかもね」
「……そう、ですね」
勇真の言葉にルミネアは答えるも、それは何処か歯切れが悪かった。
「どうしたの、ルミネア?」
「いえ、ただ、私も人の為に戦った方が良いのかなと思ってしまいました」
戦える力が有るのに我が身可愛さで戦わない、それに彼女は強い罪悪感を抱いているのだ。
「…………下手に首を突っ込まない方がいい、きっと、悪魔か天使か堕天使か、あるいは他の神話体系勢力が対処するはずだから」
勇真は若干の罪悪感を感じながらもはっきりルミネアの意見を却下する。
まず敵の居場所が分からないし、次に何処を襲うかも不明、天使などの組織に協力者として加わる事は可能かも知れないが、使い潰される恐れがある。
勇真は人外をあまり信用していなかった。
「人外が起こした事だ、人外に対処させよう」
「……はい」
ルミネアはやや躊躇いながらも勇真の言葉に従った。
「しかし、今の俺の力じゃ少し不安だね」
「そうでしょうか?」
勇真の言葉にルミネアは疑問を浮かべる、今のルミネアの戦闘力は並みの上級悪魔を凌駕する。
そして、今の勇真の力はそんなルミネアをも上回るのだ。
「不安だよ、確かに俺は強くなった。でも、万全の時と比べて攻撃力も防御力も圧倒的に低いし、何より出来ることが少なすぎる、単一能力特化で引き出しが少ない奴ってのは強くても対処されやすいんだ」
「なら勇真さんが出来ない事は私がやります。勇真さんにいただいた知識と力を無駄にはしたくありません!」
「はは、ありがとう。でもね、俺自身が出来ないと不安なんだ。あとね、力なんて無駄になった方がいいんだよ、魔法は戦いに使うんじゃなくて日常生活のちょっとした時に使うくらいが丁度いいんだ、寝っ転がったまま、手の届かないところにあるリモコンを手繰り寄せるとかね。それともう一つ、ルミネアは戦闘訓練のせいか少し好戦的になってるよ」
言われて気付いたのかルミネアに驚愕が張り付く。
「ーーッ!? ……すみません、確かに気づかない内に戦闘方面に考えが偏っていました。あんなに戦うのが怖かったはずなのにッ!?」
「人間、そんなものだよ。自信がつけば強気になるし、力があれば試してみたくなる。でも、それに流されると大変な事になる事が多いから注意が必要だ」
そうルミネアと話ながら勇真は空中に契約文書を投影する。
今のルミネアにはそれが何か分かった。それは勇真がランスロットと結んでいる契約を司る魔法文書だった。
「……とは言え自信が無さ過ぎるのも困りものだ。取り敢えず多少は自身を取り戻す為に一カ月の予定だったランスロットくんの契約を解除しようかな? エレインちゃんは……とっくに壊されちゃたか。まあ、良い。ある程度時間はあったから細工は充分してくれたでしょ」
そう言って、勇真は魔法文書を消し去った。
「バイバイ、ランスロットくん」
それと同時に勇真の身体が輝く、契約によってランスロットに与えていたモノが勇真に戻って来たのだ。
「……さようならランスロットくん」
ルミネアが静かに目を閉じる。
「…………」
「…………」
「…………あれ?」
しかし、勇真は疑問の声を上げた。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっと待ってね」
勇真はおもむろに左手を伸ばすと海に向かって雷撃魔法を放つ。
そして、雷撃は何事もなく海に着弾、大きな水柱を立てた。
「…………」
それを見て勇真無言、彼は右手を構えると今度は炎熱魔法を放った。
それも当然のように海に着弾、大量の海水を蒸発させ、あたり一帯の視界を水蒸気で奪った。
だが、勇真顔は不可解な現象を見たように強張る。
「…………おかしい」
勇真は小さく呟いた。
「え? 何がですか、使えなかった魔法も戻ってますよね」
「…………うん、契約で使えなかった魔法は使用可能になった」
「じゃあ、何がおかしいんですか?」
「…………魔法力が帰ってきてない」
その声には強い焦燥が込められていた。
調子を確かめるように剣を振るう。
使えるか確かめるように魔法を使う。
そしてホッとしたようにジークフリートは息を吐き出すと。彼は静かに目を閉じて “敵” の姿を思い浮かべた。
「どうしたのですかジークフリート?」
そんないつもと違う彼の様子にレイヴェルは心配そうに声を掛ける。
「…………いや、なんでもないよ」
「本当ですの? さっきから貴方はおかしいですわ、急に固まったと思ったらいきなり剣を振るうし、魔法まで使うのですから」
「はは、悪かったね、ちょっと、どうしても今、身体の調子を確かめたくなってね」
「……本当に大丈夫ですの?」
「ああ、心配ないよ、ただ少しだけいつもより身体と魔法のキレが悪いかな? でも許容範囲内だ」
「それは全然大丈夫じゃないではありませんわ!」
そう言ってレイヴェルは病院に行きましょうとジークフリートの手を引く。そんなレイヴェルを見て彼は良い主人に恵まれたとレイヴェルと彼女に巡り会わせてくれたサーゼクスに感謝した。
「レイヴェル、一つお願いがあるんだけど、3日ほど、どうしても休暇が欲しい」
「……リゼヴィムの件で忙しい時期ですが、良いですわよ。ただし、病院に行ってからです!」
「それじゃあ、ダメなんだ」
「なんで、ですの?」
「どうしても今じゃないといけない、これ以上 “奴” に時間を与える訳にはいかないんだ、そう、本当はもっと早く、昨日にでも行くべきだったんだけど」
そんな事を言うジークフリートにレイヴェルは困惑した。
「貴方は何を言ってますの?」
「こっちの話さ、で、ダメかい? もし許してくれたらその後10年は休み無しでいいんだけど?」
「……それは危険な事ですの?」
「危険だよ」
即答するジークフリートにレイヴェルは顔を引き攣らせた。ジークフリートが危険と断言する事、一体彼は何をしようとしているのか?
「ひ、否定しませんのね、しかし、ならば体調は万全にしてからの方が良いですわ」
「……ああ、その通りだ。ところでレイヴェル、君、今眠くない?」
「こんなの真昼間に眠いわけないでわありませんの」
「そうかな、僕は眠いし……君は、寝てるじゃないか」
そう、ジークフリートが言うとレイヴェルは急激な眠気に襲われ意識を失った。
ジークフリートは倒れ込むレイヴェルを優しく抱きとめると、旧校舎近くの木の幹に自分の上着を掛けて座らせた。
「さて、行くか」
そう、ジークフリートは呟くとフェニックスの転移魔法陣を作り出した。
「はじめよう、僕の命運を掛けた戦いを」
そう言ってジークフリートは空間転移する。
行き先はとある南の島だった。
Q.あれ、これって……無理ゲー!?
A.大丈夫、勝機はあります!(高いとは言ってない)