お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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逆手を突く

(さて、どうしたものか)

 

ハクは、落としどころを悩んでいた。

チェルシーを助けに来たはいいが、このままでは勝てないことくらい彼には容易く予想できたのである。

 

もとよりチェルシーを助けることが目的だが、ただ助けただけでさよならというわけにもいかない。

逃げても追われ、その挙句にボリック暗殺まで漕ぎ着けられる可能性があった。

 

軽度の損害を与えて、怯んだ隙にさらりと退くのがベスト、といったところだろう。

 

しかしながら、それは極めて難しい。自らも鍛えていたから未だ差は縮まったと明言できるほどではないが、倍率は大きく縮まっていた。

今は素手で何とかやり合えている。が、その後どうなるかはわからない。

 

「ッタァ!」

 

ハクは防御一辺倒の守勢を自ら崩し、突き出された獣の拳を迎え撃つように上半身を傾けた。

彼の闘法は大振りの攻撃を引き出し、小技とカウンターで息もつかせず敵に反撃の隙を与えることなく圧すことである。

この場合は首を捻って避け、カウンターを捩じ込むと言うのが彼の導き出した最適解だった。

 

「フッ……」

 

少し息を吐き、ハクは体勢をすぐさま直す。

意識の半分を後方に、後の半分を右から左へ万遍なく分散させた彼には敵の大体の位置が掴めていた。

 

ブラートもスサノオもアカメも、あと十秒なくば連撃を止めには入れない位置にいる。エクスタスも蹴り飛ばしたから今現在は脅威ではなく、ナジェンダの噴進機能付き義手が描く射線とマインのパンプキンの射線上には今相対しているレオーネを誘導することによって対処。

 

守勢一辺倒と見せかけて敵を釣り、孤立したところを徹底的に叩く。

彼の用兵にも現れている『多対一に慣れきっているからこその智恵』がよく現れていた。

 

大振りの攻撃にカウンターを返されれば、もとより男にしては小柄なハクが身を屈め、間合いを詰めるようにして殴ってきた場合に対処する術がない。

 

「――――ギッ!?」

 

レオーネは自分が向かっていく速度とハクの拳打に乗せていた速度を足した勢いを持つ拳で顎を振り抜かれ、脳を揺らされている。

反応すらおぼつかず、彼女は腹部に骨を砕く程の一撃が入ったことのみを認識した。

 

肋骨を砕かれた痛みと、脳を揺らされたことによる酩酊。それが、更なる隙を産む。

 

腿に向けてローキックと、肩に向けての拳打。もはや俊敏な動きなど取れなくなった彼女が一歩身を退こうとした瞬間、腹を抜くような前蹴りが彼女の身体を宙に舞わせた。

 

舞った身体を地に叩きつけるように、光を織って生成した金色の刀身を持つ鍔無しの細剣が右肩から左脇へとぬける。

 

持ち方は、逆手。癖者の持ち方であった。

 

レオーネも、剣使いとは戦ったことがある。しかしそれらは全て『正当』な剣術を学んだ順手持ちの達人たちのみだった。

逆手など次にどう斬ってくるかすらわからないという迷いが、脳の振動による酩酊から覚めた彼女の構えを鈍らせる。

 

「シッ……」

 

食い縛った歯から息が漏れるような音と共に、右肩から左脇へとぬけた斬撃によって身体のベクトルが地へと向いた身体が再び宙へと変更させられた。

 

右脇から、左肩。確実に攻撃手段をこそぎ落としていくような二撃目がレオーネの戦闘能力を完全に奪い、戦闘能力を失った身体が地に沈む。

 

「終わりだ」

 

戦闘の高揚など微塵も感じさせない逆手に持った棒の如き細剣を首元に突きつけ、空いた手で柄を押し込むようにして首を斬ろうとしたその際に、ハクの危機管理センサーに何かが掛かった。

 

「姐さんの危機とあっちゃ、やるしかないでしょ!」

 

件の二輪。すっかり火力をなくしたはずの巨体が、自分めがけて突進してきている。

だが、ハクは異常なまでに冷めていた。

 

このままではレオーネをも轢き潰す。おかしい、と。

 

慌てずにはいられない、或いは目の前の威圧感ある巨体の対処を優先せずにはいられないであろうこの状況において、ハクが取った行動は極めて異質であろう。

 

「お前は嘘を付いている」

 

彼は一人、足元に転がるレオーネの始末すらつけずに考え始めたのだ。

その嘘の糾弾ともとれそうな台詞に似つかわしくない穏やかな語気を聴き取ったのは、意識が朦朧としたレオーネだけであったろう。

 

まだ、見落としがある。彼にはそれがわかっていた。

 

その見落としは、恐らくこのラバックによる二輪の突進及びレオーネの始末にかまけていたら、或いは致命傷になり得るもの。

 

「アカメか」

 

極限まで気配を殺し、飛翔する蚊すら捉える危機管理センサーの網を潜り抜けた暗殺者は、戦いにおける禁じ手である長考によって捉えられた。

 

来るなら背後。

 

「否、右か」

 

逆手に持った剣を盾とし、最後まで掴めなかった暗殺者の必殺の一撃を止める。

その不可能とすら言える卓犖とした思考を瞬時に導き出す洞察力の凄まじさと有り得なさは、常に感情を表に出さないアカメの見開かれた眼によって表されていた。

 

「何故わかった」

 

「私は非凡ではない。故に、頭を使わねば勝てない」

 

逆手に持った剣を一振りしてアカメの軽い身体を弾き飛ばし、ハクは次いでその爪にラバック操る二輪を串刺しにした己の二輪と四輪の計六輪の変わり果てた姿を見て、溜息をつく。

 

「だから誰よりも考えるんでしょ、ハクさん」

 

「チェルシー。私の考えを当てたのはいいが、私のアシュヴァに何をした」

 

「やだなー。合体と変形、その改良だよ。火力は上がってるから気にしなさんな」

 

二輪の後輪にある排気口を光子力ミサイルの発射口に、前輪にある突撃用の収納式鋭角を四つにバラしてクレーンのような豪腕に。

四輪を真っ二つに縦に割って脚にし、突っ込んできた彼女の愛機すら凌駕するその巨体は佇んでいた。

 

「私の馬―――アシュヴァだぞ、チェルシー。馬は変形する必要はない」

 

「馬ならほら、烏煙が居るでしょ。それより至高の帝具とガチの殴り合いアンド火力戦をできるようにチューンしたチェルシーさんの手腕に何か一言」

 

「素晴らしい技術力だ。使いどころを間違えなければの話だが、な」

 

凄まじいドヤ顔と、物理的な上から目線。四本の爪に圧し込まれるようにして圧搾された二輪から脱出したラバックすら気にも止めない慢心っぷりは、もはやどうしようもないと言える。

 

「後ろから出るなよ」

 

「援護に徹しますからご心配なくー」

 

コクピットのハンドルに組んだ腕を乗せ、そこに更に顎を乗せてだらりと姿勢を崩しながら、チェルシーは巨人の如き機巧馬車の上で傍観を始めた。

正直なところ彼女は、嘗ての愛機のような両手で操縦するステアリングのようなものでなければ、片手で運転できる。

 

暗視ゴーグルを片手に、もう片手を硬いコクピットの上に乗せ、彼女は戦闘中の動作の傍観にかかった。

 

勿論、これにはちゃんと戦闘経験を視覚で積むという意味がある。

ハクの戦闘を見ることによって、彼に変身した際に彼の身体のスペックに合わせた動きができるように、彼女は観察を欠かしていなかった。

 

ハクが一番輝いているであろうシーンを見たいが為では、断じてない。私心はなかった。

端から見れば無いとは確実に言い切れなく、だいたい八割が『好きな人のかっこいい所を見たい』という乙女心だが、一割五分は本気であり、無論乙女心にかける情熱も本気である。

 

傍観は寧ろ望むところであった。

 

「モテるな、色男」

 

「仲間を助けに来たか、ブラート」

 

無繆の刺突を逆手の剣で受け流し、ハクは宿敵の到来を自らも気づかぬうちに喜悦する。

ブラートの最近の成長は目覚ましい。上からのつもりはないが、彼はそれが嬉しかった。

 

共に研ぎ澄まされていき、いずれはどちらかが折れるまで火花を散らす。

本来ならばエスデスがそうなったであろう実力の持ち主であったが、あいにく彼女はハクの妻だった。

命のやり取りまではできないし、やるつもりもない。

 

代わりなどという、ものではない。同じ槍使いとして、エスデスと戦うにはまた違った雅味がある。

 

彼はブラートとの戦いの間に僅かな高揚と楽しみを得ていることは確かだから、これを強者の驕りというならばそうだ。

しかし、彼は油断はしない。慢心もしない。驕っているつもりも毛頭ない。一つ踏み外せば崩れる差の上で、そんな思いは抱けない。

 

驕りと誇りは、紙一重である。強者特有の誇りは、すなわち周りからすれば驕りに取られかねない。

 

これを驕りに取られないのが、人品骨柄というものだった。

 

ハクとブラートの人品骨柄を見た上で、『驕り』と取るか『誇り』と取るか、それは見た者次第だろう。

だが、態々味方を押し留めてまで白兵戦で技量を競い合う二人の技に、曇りはなかった。

 

「仲間だからって助けに来たのはお前も同じだろ?」

 

「違う」

 

刃と刃が交わり、火花が散る。

黄金と赤。どちらも、火を思わせるの色だった。

 

「私はチェルシーに守ってくれと頼まれた。故に仲間でなくなろうが、私は生命ある限り、彼女を庇護し続ける」

 

逆手に持った剣が一閃し、槍を弾いて距離を離す。

 

「……天然か?」

 

「何がだ」

 

後ろで憧れるような眼でハクを見ていたチェルシーが真っ赤に染まり、完全にフリーズしたのを視認したブラートはそう問い、やれやれとばかり溜息をついた。

 

「難儀なもんだな、色男。槍から剣に趣向を変えても相変わらずの天然か」

 

「変えたわけではない。燃費の問題だ」

 

この会話の合間に酌み交わしすべき杯を、この二人は刃を以って代用する。

宿敵としか言い表せず、宿敵とは言い切れないような変な繋がりが、そこにはあった。

 

 

 


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