お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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絶望を突く

チェルシーは、宙へ舞った。

 

人は、原則的には空中で身動きを取ることができない。これはごく単純な理由である『人に翼はない』というものに起因する。

 

エスデスは適当な箇所を凍らせて空中を歩けるが、あくまで歩いているだけ。

ハクは背中から焔の翼を生やして飛んでいるだけ。人の身のままで飛翔しているわけではない。

 

現在のところ、何の道具も使わずに空で自由に行動した人間はいなかった。

 

現在の状況に、話を戻す。

 

チェルシーは、優位に立っていた。だがそれは薄氷の上を疾走しているようなものであり、走れば走るほどに踏んだ氷は崩れていく。

彼女はうまいこと走っていた。が、転んだ。結果として、彼女が二十分ほどの戦闘時間と二年間ほどかかった技術を駆使して得た優位は三秒ほどでひっくり返されたのである。

 

彼女は、弱い。兎に劣る攻撃力と障子紙とどっこいどっこいの防御力しかない。これがまだ基礎能力に秀でていればこうも簡単に状況をひっくり返されることもなかっただろうが、彼女は単体ではそこらの兵卒に劣る実力しか持っていなかった。

 

結果、自身に向けられて放たれた狙撃弾を避ける術を現在の彼女は喪失している。

というよりも、ここまで立ち回れたのは二輪の力が大きい。あの二輪に積まれている兵器の悉くが未知のものであり、全く以って似通ったものの存在しなかった。

 

要は、不意を突いて勝っていただけであろう。

 

だが、前にハクが彼女に対して行った助言が生きた。

 

『お前は不意を突くが、不意を突かれることに極端に弱い。それは何とかすべきだろう』

 

「変身」

 

バサリ、と。屋根に積もった雪が崩れ落ちるような音が鳴り、鳥となったチェルシーの身体が別の意味で宙に舞う。

 

一瞬で鳥へと変わり、稲妻の如く上昇したチェルシーは素早くマインの視界から消えた。

 

「はぁ!?」

 

それに対してマインは、驚愕に顔を染める。

確実に仕留められるような射撃をヒトの生物学上有り得ないような避け方で躱されたのだから仕方ないが、それはあまりにもデカイ隙だった。

 

「さよならー」

 

マインの背後に突然現れた彼女は、珍しく助言を聞き入れていたのである。

奥の手を使っているときの副次的な効果として、彼女は帝具を手に持って発動させなくとも変身することができるのだ。

 

無論、どこかに帝具の一部を身につけていなければならないが、それでも遥かに変身までのタイムラグがなくなる。

チェルシー最大の弱点である見破る系統の能力や不意を突かれる能力に弱いということは全く解決されていないが、こういった一秒を争う状況に於いては非常に役に立つ効果であった。

 

「舐め―――るな!」

 

軽い気持ちで前屈姿勢をとっていたマインを蹴り落としたチェルシーの足場に、パンプキンから放たれた弾が直撃する。

 

変身できなきゃただの女であるチェルシーには当然ながら白兵戦における適性はない。

 

西の異民族の秘術で自身の肉体を動植物に変えることができるものの、嘗てその秘術を使って帝国の精鋭中の精鋭である暗殺部隊と戦った帝国北西に位置する渓谷地帯・プ

トラに存在する王家の遺跡を守護する墓守たちと違い、彼女の適合したのは危険種でも動物でもなく植物であった。

 

身体能力も上がらないし、耐久力も上がらない。強化幅のヒエラルキーで言えば危険種、動物、植物の順であろうことは確定だった。

チェルシーはほとほと白兵戦に弱い。だが、近づいて仕留めるのが彼女の戦闘法であり、帝具を最も効率よく活かせる手段なのである。

 

もう彼女にとって、この攻撃したら反撃を喰らうというパターンは宿痾だった。

 

「また落ちるのかぁ……」

 

そこらへんの突起物や障害物に蔓引っ掛けて逃げることも考えたが、自分がやった二輪による火力集中のお陰でそんなものはない。

 

仕方ないから撤退するかと決断し、鳥へと変わったその時。

 

「フッフッフ……やっと、安定させられたッ!」

 

ラバック操る二輪が、縦横にガタガタ揺れながら恐ろしくスローリーにチェルシーの眼前に浮上する。

操縦者は、ラバック。彼は割となんでもできる要領のいい男だった。

 

チェルシーほどの変態機動は描けないし、スピードも出せない。が、操作性に難ありというレベルではないこの二輪をあっさりと動かせるあたりに、ラバックの凄みがある。

 

「……やっば」

 

開くミサイルポッドの中に装填されたのは、僅か半数。エネルギー不足であるが故に、圧倒的な広範囲殲滅能力を持つはずの変態二輪はその殲滅能力を文字通り半減させていた。

 

と言っても、半減されようがなんだろうが、変身できなきゃただの女であるチェルシーを殺すには充分過ぎる。

 

無慈悲な十六発が、ロックオンされた標敵に向けて放たれた。

 

耳を劈く爆音と白い光が視界のすべてを覆い尽くし、軽々平衡感覚を失った鳥を吹き飛ばす。

 

「ったぁ……」

 

身体の並行が取れなくなった瞬間、咄嗟に硬い外皮を持つ危険種に変わったものの、衝撃までは防げない。

チェルシーは叩きつけられるような鈍い痛みを腰に感じ、痛みに思わず寝返りを打つ。

 

その瞬間、嘗て頭のあったところにザクリと刺さる大型鋏。

一流の暗殺者の目になったタツミの姿が、そこにはあった。

 

「っぶなぁ!?」

 

追撃の一突きを辛くも躱し、チェルシーは必死の思いで立ち上がる。

背後からの射撃を執念で避けたその先には、アカメ。正にナイトレイドが誇る必殺の布陣であった。

 

「葬る」

 

軽口も叩く間もなく、変身する為の動作すら取れず。

完全に処理限界を超えたチェルシーの脳が所謂走馬燈というものすら許されずにその機能を停止させようとした、その刹那。

 

「ッ!」

 

アカメが跳び退き、ラバック操る変態二輪が後退。マインも軽射撃用のアタッチメントから長距離砲火用のアタッチメントへと銃身を換装し、アカメで隠されて見えなかったタツミが僅かに撥ね飛ばされ、大地に転がる。

 

黄金色の見事な彫刻と意匠が施された、黒塗りの二輪と四輪。

所謂サイドカー付きの二輪に乗り、救いの主は現れた。

 

「ハクさん……」

 

死すれすれの境界にいたからか、チェルシーの反応は鈍い。

呆けたようにそう言えただけ、彼女は彼が来てくれたというだけで脳に余裕が出来てきたのだろう。

 

相変わらずの不健康な肌に、闇に溶け込むような黒い革鎧。

太陽のような金色の彫刻が入っているのは、鎧があった名残らしかった。

 

スタッ、と。二輪の方から降りたハクの手が、彼女を後ろに庇うように前に出てきた去り際にさり気ない仕草で置かれる。

 

ただ、男性にしては小柄な。

だが、何よりも安心できるような大きな背中が目の前にあった。

 

任せろ、とも。よくやった、とも。言わんこっちゃないとすら、言わない。ただ、ひたすらに行動で示す。

 

こんな急場だというのに―――否、このような急場だからだろうか。

安心しろ、と言わんばかりにすれ違いざまに向けられた温かみのある笑みに、トクリと胸が高鳴った。

 

「……ハク」

 

「如何にも」

 

撥ね飛ばされながらも中々のタフさを以って立ち上がったタツミがその名を畏れとも憧れともつかない正負相混じった声色で呼び、彼はただ淡々とそれに応える。

 

手には何の武器もない。というよりも、武器を出すような余裕がない。

無手でも尚、白黒の武者は強者の風格を漂わせながらそこにあった。

 

「タツミ、一人で突っ込むなよ」

 

「わかってる、アカメ」

 

俺も流石に、そんな命知らずなことはできない。

言外にそう臭わせ、タツミは静かに死者から継承した帝具を構える。

 

万物両断エクスタス。全てを切り裂く両刃の鋏。剣としても槍としても使いにくいそれを、彼は既に全所有者並に使いこなしていた。

 

「俺達が抑える。決定打はねぇが、早々押し負ける気もないからな」

 

「お前たちは隙を見計らって奴を討て」

 

ナイトレイドの最高戦力である二人が無手無装備の一人に向けて警戒を濃厚にして歩き出すというその光景は、彼ら二人の実力を知っている者からすれば驚愕するであろう。

繰り返すことになるが、ナイトレイドという革命軍の切り札の中でも白眉の戦闘力を持つ彼ら二人が、本気も本気で無手無装備の相手を『抑える』としかいわないのだから。

 

殺せるとは微塵も思わせないところに、敵する無手の槍兵の凄味があった。

 

「セァッ!」

 

ブラートは自身の愛槍であるノインテーターを使わない。

もし奪われたりしたら、本当に手がつけられない。故に彼は、無手こそが本気の証である。

 

無言でその正拳突きを首を傾げて躱し、最小の動作でカウンターを敵の顎めがけて叩き込んだハクに向けて、スサノオの全力が向かった。

 

「八尺瓊勾玉ッ……!」

 

身体能力の大幅強化から繰り出される、連続の蹴りと打撃の雨霰を軽々躱し、ハクはまるで軽業師のような動作で回し蹴りを放つ。

 

一回目を避けられ、二度目を避けられ、放てば放つほど脚の入れ替えと体裁きの回転運動によって速度を増していく蹴りがスサノオの首を捉え、地面に沈めた。

 

「葬る」

 

「ハァァア!」

 

片手で村雨を、もう片手でエクスタスを。

計四本の指で完全に無効化し、ハクはアカメの腹を蹴り飛ばすことによって距離を強制的に取らせ、タツミの足元を払ってエクスタスを蹴り弾く。

 

「……ヤッバいな、ほんと」

 

チェルシーの一言が、この状況の全てを代弁していた。

 

 




ワイルドハント

シュラ
HP:500/500
TP:600/600
特性:慢心(Level10)

ハク
HP:1000/1000
TP:300/400
SP:8000/8000
特性:加速(Level10)
:庇う(Level10)

チェルシー

HP:14/20
TP:785/800
特性:はりきり(Level10)
:騎乗(Level10)
:危機打破《他力本願》(Level15)

ナイトレイド

ナジェンダ
HP:300/300
TP:380/500
特性:指揮官(Level9)

スサノオ
HP:720/1000
特性:自動回復(Level9)

ブラート
HP:740/900
TP:430/500
特性:近接戦闘(Level10)

アカメ
HP:210/400
TP:400/400
特性:剣戦闘(Level10)

ラバック
HP:440/450
TP:500/500
特性:抜け目なし(Level8)

マイン
HP:300/300
TP:720/900
SP:1820/2000
特性:狙撃(Level10)

タツミ
HP:280/600
TP:400/400
特性:大器晩成(Level10)

レオーネ
HP:700/700
TP:470/500
特性:自動回復(Level4)

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