お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
キョロク。シスイカン以東の経済の中心地であり、安寧道の本拠である。
ここは帝国領でありながら、民の心中に帝国はない。
「納得いかないんだけどー」
「部下の手柄は上司の手柄だ。仕方あるまい」
部下がたてた功績は、それを指揮していた上司の手柄。これは古来からのルールであり、色々な揉め事の原因となってきた。
今回のロマリーの街付近における戦いにおいてもそのルールは適応されている。帝具使いこそ失ったものの帝具は失うことなく、同時に敵の数に限りのある帝具使いを葬り、別な帝具も破壊したのだから、それはシュラの功績と言えなくもなかった。
実際に倒したのはシュラではないが、指揮を執ったのはシュラである。
「あいつ何もしてないじゃん」
「そんなことはない。互角以上に渡り合っていただろう」
黄金の鎧はその身になく、帝具を使うためのエネルギーも然程には回復していない。
このように、ハクも前回の戦闘から回復仕切っていないのだ。
ナイトレイドも残存戦力の殆どが負傷している上に帝具使いと帝具を喪い、実質二人が戦闘不能。そうそう癒せる傷ではない。
「あれから半年くらいだけど、どう?」
「目方では、八割といったところか。鎧が戦闘状態に入れば槍を三回出せるか出せないかといったところだな」
回復しようがしまいが、不適合者に無理やりくっつけている形になっている鎧の消費がデカイ。
そもそも件の腕輪の帝具クンダーラは、強力な性能と引き換えに強烈なデメリットを帯びるタイプの帝具である。それを不適合者が何のデメリットもなしに使おうなど無理があった。
その無理は本来その無理を生じさせた使用者が負うことになるものだが、今回は勝手が違う。
使用者が非適合者に『貸している』だけであり、その負担は使用者にかかっていない。
すなわち、デメリットであるところの『一定期間使用した後、或いは鎧を解除した後の光による灰化』という項が適応されていなかった。
そのイレギュラーな出来事への対価として、膨大な消費が生まれているのである。
「……うーん」
「どうした」
何かを思案するように首を傾げるチェルシーを、回復に専念しているが故に瞑想中であった眼が見た。
大抵このような考え込むような動作をしているとき、彼女がろくなことを言い出さないということをハクはよくよくわかっている。
「ちょっと敵の様子を偵察しに行ってこよかなーって。密偵がチョロチョロしてるし、密偵程度ならチェルシーさんでもよゆーで勝てるしさ」
「一任しよう」
「あら、止めないの?」
「止めても無駄だろう」
ここ二年にわたって何回か許可を求められた単独行動への欲求を満たすには、一度やらせてみるしかなかった。
なんだかんだでしぶといし、この半年間の間瞑想で高めた集中力と思考を束ねるための空想力は、元々反則臭かった彼女の奥の手をより上質な物へと高めている。
鎧のないハクがチェルシーを殺そうとすれば、奥の手を発動する前に殺すか殺し続けるしかない程度には、帝具使いとしての彼女は強くなっていた。
運動能力は変わっていないが、元々それは必要ないと言える。
「お、わかってるじゃん」
「最初から奥の手を使うことを推奨する。私の案を採用した場合、持続時間を忘れないようにしろ」
彼女の帝具は、持続時間というものが不確定であった。つまり、何をするか、何になるかで消費が変わる。
超級危険種になれば100減るとすれば、マーグパンサーの仔の如き戦闘能力が皆無な生物ならば1で納まり、人ならば一律で5。帝具使いならば50とかが妥当だった。
無論、帝具使いを帝具ごとコピーした場合はその帝具を使う度に消費が生まれる。
つまり、器用で低燃費だが消費回数が多いのが弱点だと言えた。
「りょーかい」
背後でため息をつくハクを後目に、チェルシーは隠密の如く窓から―――ではなく、階段を降りて水を飲み、ご飯と肉を丼に盛って平らげた後にこの安寧道の本拠を出る。
リラックスし、帝具と身体を動かすぶんのカロリーをとってから出るあたり、彼女の持つ誰にも該当しない個性があった。
「さて、お仕事開始といきますかね」
今は亡き黒髪オカッパ腰カトラスを完全に撒いた時と同じく手鏡を顔まで掲げ、右の親指と人差し指とで音を鳴らす。
自分を切り換え、奥の手をスムーズに発動させる為のキー動作。
技名を言った方が明確なイメージが付きやすく、発動ラグも微小なものになりやすい。要はそれと同じだった。
「変身」
身体が、切り換わる。
動作、道具、台詞。三段構えの切り換えが、今日もうまく作動した。
鳥の翼をはためかせ、チェルシーは風に乗って獲物の元へと向かう。
行く先は、革命軍の密偵チームのアジト。まだまだ未熟に過ぎる者が多いが、数がいるのが厄介だった。
(死んでる?)
鳥の羽毛がふわふわと、崩れた窓から舞い降りる。
降りるというよりは落ちると行ったほうが適切であろうその偵察により、彼女は粗方の状況を早々に知ることができた。
(なるほど、羅刹四鬼が死んだ割にはキッチリと仕事してたわけね)
昨晩、ボリックが無計画に攻撃に回してしまった大臣からの援軍である処刑人・羅刹四鬼は全滅した。
内訳を言うなれば四人中三人の死骸が見つかり、一人が行方不明になっているといった方が正しいであろう。
が、絶人達の戦いにおける行方不明というのは限りなく死に近い。それこそチェルシーの主のような殺しても死なないような変態でない限りは、死で確定だった。
おとなしく帰るのもなんだかなー、と。
鳥から人になったチェルシーがそう頭を掻いていると、視界の端に何かが映る。
(ん?)
密偵だ。
その道に於いては槍に於けるハク、剣に於ける某ドS並に優れた素質と練磨された才覚を持つ彼女は、一目でその隠行を見破った。
そばかすが特徴的な彼女は、相手が悪いとしか言いようがない。端的に言うなれば格が違う。
(首を動かしてる……ふーん、待ち人来たらずってやつかな?)
鳥から人に、人から鳥に。
上空を旋回し、彼女に向けて走る人影を軒並み観測。密偵臭い人間を見つけた後に更に観測し、彼女は確証を得た。
驚くべき汎用性で標敵の近く向かって飛び、程よい場所で降りてそばかすの彼女の待ち人であろう巨漢に変身し、近づく。
「あ、トリネ君!」
トリネと言う、名前らしい。
それがわかればもう問題はなかった。
口調がわからない為に迂闊に口は開けないが、適当に相槌を打ちながらしばし一緒に歩き、目の前を行く少女の延髄に針を刺す。
何の抵抗もない、久々に味わう命を奪う感触。
技量の劣化が心配だったが、未だ何十人もの人を殺してきた手腕は色褪せてはいなかった。
「一人」
何で、と。
裏切られた痛みに喘ぎながら命を散らした少女に化け、何の油断もなしにチェルシーは今は亡き少女が待っていた木の下に戻る。
「トリネ君!」
呼び方から声色まで何もかも変わらぬ恋人の様子に安堵したのか、トリネと呼ばれた大柄の男性はそばかすの少女の名を呼んだ。
「心配していたぞ、パイス」
「ごめんね、遅れちゃって。でも――――」
甘えるように大柄な男の胸に飛び込むように身体を素早く動かし、首にさらりと手を回す。
キスの前行動のような、自然な動作だった。
「――――遅れたのはあなたなんだよ、トリネ君」
回された腕の袖に忍ばせていた針を中指と人差し指で取り出し、なんの躊躇いもなく頸部に突き刺す。
固まったトリネから無情ともとれる速さで針を抜き取り、チェルシーはさらりと距離を取った。
「二人」
普段の元気で快活な彼女とは打って変わり、冷淡且つ無情な暗殺者の姿が、そこにはある。
暗殺者の手には、針に替わってとある羊皮紙が握り締められていた。
「……ここがナイトレイドの臨時のアジトかぁ」
持ち前の頭脳で一見して暗記し、死骸に戻して鳥に化ける。
密偵も始末した。地図も奪った。
このまま帰っても、充分な収穫が手元にある。
(この程度じゃ、褒めては貰えないんだろうなぁ……)
しかも、この手柄はシュラとかいう陵辱野郎のものになるだろう。
それは、彼女としては嫌だった。
「さーて、大仕事二発目……張り切っていってみましょうか!」