お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
「アンタが親父からの援軍かぁ?」
「そうだ。お前を護衛するようにとの願いを受け、キョロクでの任務が終わるまで同伴する」
クリーム色の髪を逆立て、親と同じような黒い髪飾りを額の右脇左脇に付けた青年は、じっくりとその蒼白な肌が特徴的な槍兵を爪先から頭の先まで睨め回した。
弱い。それが彼の抱いた感想である。
彼が今まで見てきた強者という人種は、どうしてもそれらしき何かが滲み出ていた。
例えばそれは彼の率いる秘密警察ワイルドハントの主要な戦闘員であるエンシンであったり、イゾウであったりする。
そして何より、エスデスがそうだった。
「最近の経歴を見るに、アンタは内政屋が帝具に選ばれたから出世した口だろう?」
「まあ、合っている」
自分より背の低い彼を圧するが如く、シュラは傍らの机を叩いて立ち上がる。
正直なところ、帝具に振り回されるだけの素人などは足手まといもいいところだった。
「いいか、勝手に仕掛けて勝手に死ぬな。アンタに随分御執心な様子の親父に何言われるかわかんねぇからな」
「そう言われるならば、何があっても見ていよう。自衛はするが、邪魔だてはせん」
頭の上がらない父親の威を借りることなく従順な対応を見せた痩身矮躯の幽鬼の如き青年に気を良くし、シュラは一笑しながら椅子を前に出した。
座れ、ということであろう。
「まあ、座れよ」
「ありがたく座らせてもらおう」
何の警戒もないように見える行動に、シュラは更に侮りを深めた。
幼少から各地を廻って武を高めてきた彼からすれば、強者の匂いどころか、武の匂いがこれほど香ってこない男も珍しかったのである。
「で、アンタの帝具は?」
「腕輪の帝具だ。今は鎧の形をとっているがな」
肉体と一体化しているとまでは言っていないし、何より防御性能について何も触れていない。
これは別段、侮られた反感からくる不親切とかではなく、ただ単純に『あなたのことは息子に言い含めておきます』とオネストに言われていたからであった。
つまり、戦力として認識し、帝具の性能を認識していながらも更にもう一度念押しとばかりに確認をしてきた慎重さを彼がそれなりに評価した結果なのである。
「あー、だから自衛に関しては自信があんのか」
「ああ」
何せ、鎧がある内は無傷で通してきたのだ。無論それには本人の技量のほどもあろうが、鎧の堅牢さも加味せねばならない。
自衛に関しては一日の長があるというのが、彼の数少ない自信であろう。
「ふーん……で、何ができる」
「お前は書類仕事が苦手なのだろう。戦闘をこちらに回さないならば、せめて私が肩代わりしよう」
「内政屋だもんな」
明らかな嘲笑を浮かべながら、シュラは柄にもなく抱いてた嫉妬と緊張が消えていくのを感じた。
これは、別段注意を払うべき対象ではないだろう。
彼の心情はそんな感じであった。
「アンタは戦闘では何もすんな。適当なところにいたらアンタには指一本触れさせることなく、俺らがナイトレイドを潰してやるよ」
「期待しよう」
が、そんな甘い敵ではないぞ。
そんな一言を繋げようとして、ハクは取り敢えず黙った。
ここで言うべきかという判断を下すのに、少し考えなければならなかったのである。
「で、アンタは俺に言うことがあんのか?
あるんだったら聞いてやるよ」
「では、一つ。最近取り調べの際に『俺は大臣の息子だぞ』と言って威圧しているようだが、親の威を借りればお前は小物でしかない。やめた方がいいだろう」
シュラは、一瞬呆気にとられた。
今まで人形か何かかと思っていた男に、正に急所を抉られたのである。
エンシンの件とは違い、一瞬呆気にとられるのも無理はなかった。
そして、その思考の空白の後には煮え滾るような怒りが来る。
「それともそれを一々口に出さねばならないほど、お前は器量が狭いのか?」
そしてその怒りを見透かしたように、目の前の幽鬼が口を開いた。
一種の束縛のような正論が、煮え滾るような怒りの火種を消す。ないしは、圧し潰したともいってよいだろう。
「……んなわけねぇだろ。俺はだいじ―――じゃねえ、天下のシュラ様だぜ」
「それは何よりのことだ」
皮肉としかとれない一言に、シュラは遂に厭な物を覚えた。
何というか、彼の感じた感覚は底のない空井戸を覗き込んだそれに近いだろう。
興味を引かれるような、だが覗き込んだらどこまでも落ちていきそうな恐ろしさがあった。
「他にはあんのか?」
「見たところオネストを超えたいようだが、彼の名を使っている内は絶対に超えられん。お前は無意識にオネストを自分より格上だと認識していることになるのだから、尚更だ」
痛いところしか突かない直言っぷりに、シュラは流石にキレかける。
真実は時として腹を立てさせる要因にしかならないこともあるということをハクは知っていた。が、一時の怒りを買うよりも忠告した方がよりその者の―――つまりこの場合はシュラの為になると思っていたのである。
「…………家畜と味方残して撤退しただけのたいした戦績もない奴が偉そうな口をきくなぁ、おい」
「調べていたか。まあ、合っているから否定はしない」
エスデスが帝都に上り、パルタス族の集落でまだハクが副官となるべく鍛練を積んでいた頃。パルタス族は北方異民族に攻められた。
その時に彼がとったのが家畜と味方を残してさっさと本軍を退かせるという戦術である。
無論、彼は帝国軍に責められた。最前線
「帝具も使わず十万人を討ったらしいが、こりゃまた酷え嘘ついたもんだな」
「ああ、その報告には嘘があるようだな」
別段、その戦闘詳報は彼が報告したわけではない。故にその口調は、あくまでも他人事でしかなかった。
「……出発は明日。出てけ」
「了解した」
馬鹿にしようが暖簾に腕押し糠に釘。反応のなさと表情の変わらなさに飽きを感じ、同時に見透かされるような薄気味悪さを感じたシュラは手をひらひらと振って退室を促す。
退室した彼を待っていたのは、マーグパンサーの幼体。首にはわざと残したであろう、蝶型リボン。
「チェルシー、何をしている」
そう詰問の体を装いながら問うた瞬間、マーグパンサーの幼体の全身が白煙に包まれた。
変身解除の印である。
「盗み聞き」
「誇らしげにいうことではないだろう」
痛快なものでも見たかのようにニヤニヤと笑いながら、チェルシーはいつもの如く左側についた。
エスデスが右、チェルシーが左。何だかんだ言いつつもそこそこ彼女のことを認めているエスデスが許した最大の譲歩が、それであろう。
「で、どこが嘘なの?」
「殺したのは二十万五千七百八十三人だ。十万人ではない」
その報告には嘘があるようだな、と言っただけでどこが嘘かまでは言っていない。
彼女は、指摘されてもついつい一言足りなくなってしまう彼の欠陥をよく知っていた。
現に、シュラとの相互の認識には誤塀があったわけである。
「家畜と味方残して陣払いしたのは?」
「策だ。油断と追撃を誘い、覆滅させしめる為の、な。シュラはこのような姑息な手段を好まんらしいが、無理からぬことだろう」
姑息な、というほどではない。少なくとも威を借るよりは姑息ではないだろう。
チェルシーは完全に誤解をしている彼の人の良さに苦笑いをしつつ、どうにも誤解もされやすい彼をジッと見据え、問うた。
「ナイトレイドは、どう動くと思う?」
「動く。恐らくは適当な箇所でこちらの分岐を誘ってくるに違いない。そしてそれは、確実にフェイクだ。目的はこちらの戦力の慚減だろうな」
「その後は?」
「こちらが護衛についたのならば地・空の両隊で攻めてくるだろう。地が陽動、図面を見るに地中から中庭に来る。こちらが先に攻め込んだ地を潰そうとした間隙を突いて空からの奇襲部隊が護衛対象を討つ、と。ナジェンダならばそう来るのではないか」
これで詰みだと言わんばかりに渡された図面の上を指で叩く。
未来予知というか何というか、守戦の名将であるだけにこれからの展望を見通せていた。
守戦に定評のあるエスデス軍の元副将兼参謀長は顎に手を当てて、少し捻る。
「まあ、戯言だ。お前が私から離れなければそれでいい」
「もう一声」
「ナイトレイドの指一本たりともその身に触れさせることなく守り切ってやろう」
黒髪オカッパ腰カトラスに切断されたリボンごとヘッドホンを新品へと替えたチェルシーは、戦闘民族の中でも白眉の戦闘能力を持つこの痩身矮躯の男を再び見た。
やはり、一見すればあの小物臭いシュラの方が強く見える。小物臭いのに強く見えるというのがおかしいと思われるかもしれないが、人格と強さは別物であった。
比例するところもあるのかもしれないが、現にシュラは強いだろう。あちらが適当な情報収集をしている間に、自分は黒髪オカッパ腰カトラスの情報と共に『シュラ』と言う彼の漏らしたリーダーらしき男を調べていたのだから、間違いはない。
(同じような言葉なのに桁が違うような安心感は……何だろうね)
子供が作った土山と霊峰・タイザンを比べているような感すらある。
身長的に僅かに勝るのはシュラだが、彼女から見れば土台が既に定まっていないような気すらしてきていた。
チェルシーは、弱い。それ故に人を見る目がある。本気で見ればハクの無意識的な実力詐欺を看破できる程度には見る目があったのである。
「チェルシー、これで満足か」
「うん、よろしい」
どちらが主か従かわからない会話は、まだ止まず。
ナイトレイドとの再びの戦いへ、時はその流れを止ませず流れていた。