お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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貧村を突く

帝都。シン帝国の都であり、周りを長大な城壁が囲っている要塞都市でもある。

人口はその他の都市とは大差をつけてぶっち切りの一位であり、華やかさも店の豊富さも一位だと言えた。

この邑には全国の特産物やら何やらが集まり、金さえはあれば手に入れられぬ物はないとすら言われる。

 

現在は慢性的な不景気と重税によって経済的発展が滞っているものの、それでもなお帝都の華やかさは他を絶するものがあった。

 

「久しぶりだな、帝都は」

 

「そうですね。三人娘を拾って以来です」

 

そういった瞬間に、ムッとしたようなエスデスが指を絡めた右腕を引く。

今のは自分の配慮が足りなかったとはいえ、彼女は自分と一緒にいる時に他の女の話をして欲しくなかったのだ。

 

「なんですか?」

 

「別に……」

 

そのことに、当然彼は気づかない。ただひたすらにどつかれ、つっこまれ、叩かれながらデリカシーと乙女心の複雑さを学んでいくしかないのであろう。修了できるかは果てしなく怪しいが、彼にはやると言う選択肢しかない。

 

「私と二人きりだろう?」

 

「はい」

 

「なら、他の女の話はするな」

 

「何故ですか」

 

嫉妬しているから。当然そんなことは言えない。口が裂けても彼女は彼に言わないだろう。

彼女はプライドの高い女性なのだ。だらしないところもあるし、傍から見ればバカップルでしかないが、プライドは高いつもりであった。

 

「……命令」

 

「わかりました」

 

内に蟠る疑念を焼き尽くし、ハクは大人しく頷く。

エスデスは、いつになく溌剌としていた。変なことを言って水をさすべきではない、と。彼は判断したのである。

 

「……お嬢」

 

「うん?」

 

Esdes。見覚えのある名の綴りに、白い軍帽と蒼銀の髪。

可愛くデフォルメされた彼女の団扇と御札がそこにはあった。

 

「武安君御用達……か。私はこんなものを売ったことはないのだがな」

 

「どうやら犯罪者と酷吏に効果があるようです。わざわざお嬢の爵位まで記しているところを見るに本気ですね」

 

取り敢えず買ってきた団扇をエスデス本人に渡しながら、ハクは淡々と効果を読み上げる。

一般市民から御守代わりにされるほどに、エスデスの雷名は轟いていた。

 

「弱者は他人に縋るのが好きだな……」

 

「好きなのではなく、人は誰しも何かに縋らねば生きていけない生物です。それが弱者の場合は強者だということなのでないか、と」

 

また一つ新たな心理を学んだエスデスは、ぱたぱたと団扇で首元を扇ぐ。中々様になっているその光景に、群衆の一人がやっと気づいた。

 

「あれ……エスデス将軍じゃないか?」

 

彼女は目立つ。目立つからこそ少し大人しめに振舞っていたのだが、一端見つかってしまってはすべてが無意味だった。

 

元々彼女は将軍になった時から一般とは異なった趣向を持つ人々に熱烈な人気がある。滲み出るドSっぷりが凄まじく、一般とは異なった趣向を持つ人々は直ぐ様その匂いを嗅ぎつけることができたとも言えた。

ともあれ、バン族の討伐から帰ってきた時の凱旋パレードでもその氷の微笑とすらりと長い脚、実際豊満な胸などからファンが急増。政務においても過欠を見せない有能さも相まって彼女は一種の偶像となっていた。所謂アイドルである。

 

更にはその情けある善政も加わり、彼女の人気は最強だった。

問題は隣にいる奴である。

 

「で、アレが副将か……」

 

副将。言わずもがな、ハクのことであった。

民からすれば、彼は今一パッとしない。本人がパッとしようとしていないとも言えるが、パッとしていない。

 

彼の軍での担当は兵站管理と地図作成。重要だが、絶妙に地味である。政務においても功績をすべてエスデスに回しているので、何をしているかがわからないのだ。

 

『何で副将が三獣士筆頭のリヴァ様ではないのだろうか』

 

と言う疑念は、最早七不思議の域にあった。

 

これをハクが聞いたならば『確かにその通りだ』とでも言い、エスデスが聞いたならば『全てにおいて過欠がないから』と言うであろう。現にエスデス軍以外では彼の名は知られていない。とにかく地味で裏方仕事が多く、華美さがない。

 

兵站を担当すれば好き勝手に動き回るエスデス軍を一度も飢えさせることなくこなし、地図を作らせれば地形の有利不利・高低差や伏兵の有りそう・伏せられそうな地点まで描いてのけるのだから、有能であることに間違いはないし、内政においても産業も何もない氷漬けの三邑から始めて今や十五の邑を保有する一大経済地域にしているのだから無能ではないのであるが、兎にも角にも目立たない。

 

「見られていますね、お嬢」

 

言わなくても見ればわかることをわざわざクソ真面目に報告するところに天然さを感じつつ、エスデスはチ周りに視線をやった。

なるほど、こちらに向いている視線が多い。凱旋した時もこれほどではなかった。

 

「まあ、いい。それより手に持っているそれは何だ?」

 

「三人娘へのお土産です。真面目に働いていたので、給料以外にも報いねば、と」

 

結局他の女のことを考えているじゃないか、と無言の蹴りを炸裂させようとしたエスデスは目の前に突き出された黒い小包みに気を取られ、止まる。

 

「これは?」

 

「似合うと思いまして」

 

開けるように促すハクに渋々従ったように表情を作りながら、エスデスは内心狂喜した。

長靴を買ってこさせたことはあるが、ハクが彼女の為に自発的に動き、買ってきてくれたことはない。強いて言うならば食材とかがそれに当たるだろうが、それではあまりにも悲しすぎる。

 

「……十字架?」

 

「装飾品です。軍帽にでも付けられたら如何でしょうか?」

 

均一な長さを持つ二本の黒曜石を交叉させたように加工し、黒い十字の先を尖らせただけという単純ながら目を惹くデザインは、軍帽の正面につければ確かに似合うだろうという確信があった。

 

「……とっておこう」

 

「そうですか」

 

身体の内で沸騰していた怒りが急速に収まり、代わりに甘い疼きと嬉しさが満ちるような感覚を楽しみながら、エスデスは早速軍帽に件の十字を取り付ける。

 

数ヶ月後にはエスデス軍のシンボルマークとなっているそれは後に爆発的な流行を見せたというが、それはまた別の話であった。

 

「……やけに機嫌がいいですね」

 

「うん」

 

幼少期の返事が―――つまり、素が出る程度には機嫌がいい。

そんなに気に入ったのかという驚きと、自分はリヴァやらニャウやらダイダラやらに乙女心がわからないとか言われているが、案外と好みはわかるではないかという密やかな達成感が、ハクの内にはある。

一方は幸福感に、もう一方は達成感に。同じ出来事に対して全く異なった感想と気持ちを抱きながら、二人はふらふらと宮殿へ参内して辞令を受け取り、南方へと帰還した。

 

兵を整え、速やかに北方異民族を誅滅すべしと言うのが、その辞令である。

この辞令に従って軍を北へと進ませていく途中。エスデスは、我慢ならずに疑問を呈した。

 

「ハクは金を持とうとしないが、何故だ?」

 

帝都へ行き道でも帰り道でもそうだったが、私財を叩いて買った米を付近の農村に分けて回り、趣味で鍛えた剣やら槍やらも黙々とくれてやる姿に彼女は興味が湧いた。

 

ここは北へ行く途上。南で穀物を買い込んだハクの最後の貧村への施しである。

 

「便利さには基準が必要であり、富にはけじめが必要である、ということです」

 

「うん?」

 

便利さに何の基準があるのか。富になんのけじめがいるのか。大臣が求めている便利さに際限はないし、富になんのけじめもない。このままいってもただ拡大し、肥え太るばかりであろう。

 

その疑問を見て取ったのか、ハクは鍋をかき混ぜる手を休めてエスデスの方へと向き直り、言った。

 

「各人が便利さをそれぞれ求めると、他の誰かが不便になります。故に、基準が必要です。そして利益がふえすぎると他人からの怨みを買い、敗亡の原因になります。

此れを利過ぎればすなわち敗をなす、と言います」

 

「……ふーむ」

 

「私はお嬢に滅んでいただきたくないからこそ、時折蔵を開けることを提言しています。ですが真に災いを避けるならば自ら時を見、決断せねばなりません」

 

約半年ぶりの諫言を呈し、ハクは大鍋をかき混ぜる作業に戻る。火の調節は勿論帝具でやり、薪はなし。鍋の中身はデザートランナーの肉と芋、あとは味噌と水。白米を炊くための火の調節も同時にこなし、ハクは一人で数百人分の食事の料理をしていた。

 

「できました。おかわりは自由ですので、ゆっくりよく噛んでお食べください」

 

「施しだけではなく炊き出しまで―――ありがとうございます……」

 

「富める者は他者に尽くさぬばならない義務を負います。これは、当然のことです」

 

平身低頭する老村長に向け、ハクは穏やかな温かみを持った言葉で応対する。

その光景は嘗ての彼女からすれば疑念と不快感に塗れたものだった。

 

(……自分も大概貧乏だろうが)

 

だが今は、心の中でそう毒づきながらも悪くはないと思っている自分がどこかにいる。

不思議なものだと、エスデスは両手に椀を持ちながらこちらに近づいてくるハクを見て、独りごちた。

 

「お嬢も食べますか?」

 

「ああ」

 

自然に隣に座ったハクの手の甲に自分の手を載せるようにして触れ、もう片手で椀を掴み、飲む。

 

「温かみのある味だな」

 

「気づかれましたか。実は生姜を入れてみたのです」

 

「そういう意味ではない」

 

片眉を顰めて疑念を示すハクの顔を見て少し笑い、エスデスはもう一口汁を啜った。

作った者の人柄の温かみがわかる、気遣いにあふれる味だった。

 

料理というのは、他人を思って作らねばならない。

政治もまた、他人を思ってことに当たらねばならない。

鶏が先か卵が先かという話になるが、本質的には似通っているからこそ、彼はどちらもできるのではないか。

 

寒空の下で、エスデスはそんなことを漠然と感じた。


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