お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

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銃士を突く 三

槍の描く軌道が、曲がる。

少しあり得ないくらいに湾曲し、肩を突かれたと思ったら脇を、脇を突かれたと思ったら胸を。異常な速度と精密性を併せ持つ槍の刺突。

並みの達人ならば反応すらできずにその身を穿たれるであろうそれを、ブラートは最初の一撃以外は完璧に防ぎきっていた。

 

「ブラートさん!」

 

ナジェンダの仮面の副官。潜在能力を引き出す帝具を保有する彼は、見ているだけで圧倒されるほどの攻防から目を覚まし、すぐさま自分の帝具を起動させる。

 

『超力噴出』バルザックの奥の手。詰まるところは、切り札。内容は通常の発動範囲の拡張。

通常の起動範囲である自身のみならず他者の潜在能力をも引き出すと言う強力な補助効果が苦戦気味のブラートに付与された。

 

「ありがと―――よ!」

 

攻め続けていたハクがはじめて、受けに回る。『悪鬼纒身』インクルシオの槍型の副武装・ノインテーターの薙ぎの一撃を縦に構えた槍で防ぎ、振り下ろしを槍の柄を盾として防ぎ、後方からの射撃を回避し切れずに一発もらう。

 

「喰らったか」

 

事も無げにそう呟き、掠った脇腹を空いた利き手ではない方の手で撫でた。

べっとりと、赤い。どうやら本当に一撃くらったのだと、とうに理解していた本能に続き、実証を経て彼の理性が理解を示す。

 

「負傷すんのが初めてってわけじゃ、無えだろ!」

 

「腹に孔が空いたことならあるが、掠ったのは初めてだ」

 

喉元を狙った刺突を半歩右にズレて躱し、ハクは返しの突きを見舞った。

当然の如く、避けられる。何せインクルシオで強化された挙句にバルザックで強化されているのだから、その身体能力の強化幅は凄まじい。

 

未だ治癒力だけしか向上していないハクでは、今のブラートとは純粋な勝負では敵わないだろう。

 

「なるほど、敵わないな」

 

「他人事かッ!」

 

位置を入れ替え、ナジェンダから放たれる狙撃をブラートを遮蔽物として防ぎつつ、ハクはさっさと思考を終えた。

機を、待つ。

 

勝てないのであらば、攻めに相当する思考を削ぎ落とし、守りに徹すればいい。何せ彼の役目は足止めなのだから。

 

(気づきやがったか……)

 

槍は、攻める時にこそ最大の隙が生じる。生じた隙を埋めるには引き戻しと言う一行程を踏まねばならず、ハクの実践経験から導き出された攻防一体の型はどうしても中途半端さを生んでいた。

 

しかし、守りに徹すればその無駄が消える。無駄が消えれば硬くなる。

 

「守ってばっかじゃ血が抜けてくぞ!」

 

「忝ない」

 

心配と挑発が混ざったような一括に、ハクは首を縦に落として答えた。無論、守りの構えは崩れていない。

ハクは、バルザックの強化能力を知らなかった。パンプキンのピンチを火力に変える力も、知らなかった。

だがブラートも、ハクの帝具の自動治癒能力を知らなかった。

 

帝具戦とは、お互いの能力の探り合いである。叛乱軍側は『仮面は力を付与するか、分け与えるか、引き出すか』『銃は追い詰めると火力が上がる』『鎧は透明になる』というように能力が割れてきていた。バレていないのはインクルシオをつけると身体能力が向上する、という点くらいであろう。何せ見た最初からインクルシオを纏っているのだ。脱がない限りはバレようがない。

 

が、エスデス軍側は―――すなわちハクの帝具は、存在すら悟られていない。能力などは知りようもない。

 

このアドバンテージをどう活かすかが、帝具戦である。敵の知らないことを知らないままに、もしくは気づかせないままに、或いはブラフを使ってミスディレクションを誘う形で、読み合いながら戦わねばならない。

 

羅列すると一見エスデス軍優位に見えるこの状況下で、情報アドバンテージを先に活かしたのは以外にも叛乱軍の方だった。

 

『千変万化』クローステールと言う帝具がある。これは紛失していない帝具の一つであり、誰にも下賜されていない帝具だった。

だが、その帝具はこの戦場にある。

 

何故か。

 

ナジェンダの側近に、ラバックという少年が居る。地方の大商人の四男坊であり、普通に暮らしていけば苦労ひとつ知らない道を歩めたであろう彼は、誰もが羨むその道を自らの決断で捨て去った。

彼の故郷に赴任してきたナジェンダを見た時に、一目惚れしてしまったのである。

 

このことが彼の人生にとって幸福であったかは、わからない。傍から見れば安穏とした暮らしを捨て去らざるを得なかった不幸な恋だが、本人のみが知ることだろう。

 

まあとにかく。そのラバックは兵士になると持ち前の器用さでナジェンダ将軍の側近へと成り上がった。そして、ナジェンダ将軍から帝国に対する不満のようなことをそれとなく聞かれた彼は、悟る。

 

ナジェンダは帝国に叛くつもりだ、と。

 

そしてこれから向かうファーム山は革命軍の前線基地にあたることもまた、彼は目敏く知っていた。

 

頭の回転が早い彼からすればそこからのナジェンダの行動についての推理は容易であり、自分が行動に移すべき事もまた容易にわかる。

 

彼は自分を死んだことにし、帝国の宝物庫から自分にあった帝具を盗んだ。それが『千変万化』クローステールである。

 

そして彼の存在は、ナジェンダだけが知っていた。隠し駒として最後の最後に使う、正真正銘の切り札として。

 

(今だ、ラバ!)

 

天に向かっての、一弾。それが決行の合図だった。

 

ハクは、溜めに入っている。

攻めを掻い潜っての必殺の一撃を放つ為に、必要不可欠な僅かな隙。

まだ未熟なラバックは慎重に過ぎ、その隙を突くことは出来なかった。

ブラートは、反応する。

 

繰り出した槍がハクの右肩を覆う革鎧を弾き飛ばし、肉を抉り、血管の束を千切った。

 

飛び散る血と肉に、黒い鎧。

 

自らの負傷すらも計算に入れたハクは、ブラートの放った刺突が生む間隙に乗じ、放つ。

龍の鍵爪如く湾曲し、肉を喰い破る一撃を、三つ。

 

 

同時に。

 

 

喉、鳩尾、額。人体の急所のみ狙って三本の槍が迫りくる光景を、ブラートは凄絶な笑いと共に見ていた。

わかる。これは帝具ではない。かと言って、同時に来ているように見せているわけでもない。

 

何の仕組みも、工夫もない。ただ、同時に繰り出しているだけなのだ。

 

インクルシオが―――龍の鎧が軋むほどの速度で槍を引き戻す。自分の身体の反射的な反応だというに身体能力がついていっていないような、感覚。

 

(ごっ……!?)

 

辛うじて額と喉は、屈んで躱した。しかし、鳩尾の一刺しが霞むほどの勢いで龍の鎧に突き刺さる。

 

ここでブラートは、その霞むほどの勢いに逆らわずに後ろに跳躍した。

突き刺さる前に、鎧が砕かれるだろう。鎧が砕かれ、打撲程度の被害で抑えてしまうのが、この場合のベストだった。

 

だが、やはり衝撃は殺し切れない。半ば自分で、半ば相手に弾き飛ばされながら、ブラートは見る。

 

背後から迫る、糸の槍がハクの右脇腹を抉るのを。

 

「よっ―――」

 

まだまだ、未熟。

数年後には立派なサイレントキラーになるラバックも、この時はまだまだ未熟に過ぎた。クローステールで出来るのも簡単な罠の設置と造形だけであり、界断糸による防御や糸の鎧も、咄嗟にできるものでない。

 

「ラバ、急くな!」

 

達成感で漏らしかけた歓呼の声を塗り潰すように、ナジェンダの緊迫した声が被さる。

事実、彼の存在を感知しながらも情報を引き出す為に目の前の敵へ専念していたハクが、遅まきながら動き出していた。

 

石突。固められたもう一端の凶器が、ラバックの鳩尾に突き刺さる。

糸と言う面で敵の攻撃を潰す武器に、点で突いてくる槍は強い。ある程度張り巡らせていた糸の結界を擦り抜け、石突は狙い違わずラバックの鳩尾に激突した。

 

「パンプキン!」

 

頼みとするように、叫ぶ。

今の後方への一撃で、決定的な隙が出来た。

ここを突けば、やっと目の前の槍兵を斃すことができる。

 

希望という感情に応えるように僅かに火力の上がった銃弾が放たれ、彗星の如く迫り。

 

「面白そうなことをやってるな」

 

そして、全てが凍りつく。

 

「私も混ぜろ。二対四と行こうじゃないか」

 

血と肉が彩る戦場を自分の色に染め上げて、氷の魔神が現れた。

 

 

 

 


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