お止めくださいエスデス様! 作:絶対特権
太陽燦々、地は惨々。
「……いい天気だ」
そう呟いた黒髪の青年は三メートルの大槍を血に濡れた大地に刺し、代わりに傍らの林から斬って加工した掘削道具を使って黙々と屍を埋葬しはじめた。
屍の喉には一様に孔が空いており、偵察班を槍術のみで討ったことが伺える。
相手の中に能力の割れていない帝具持ちが居る可能性があることを否定し切れない彼は、細心の注意を払っていた。
戦う前から帝具の能力がバレていては不利にも程がある。ならば周りに気を配ればいいという話だが、文献漁りの末に盗聴の帝具や変装の帝具などもあることがわかった。
帝具は人智を超えたところにあるものであり、大体が常識の通用するものではない。
故に彼はより一層の慎重さを以って自分の帝具を気軽に見せるような軽率さを収めることにしたのである。
「……ふむ」
ここを通れないようにしているが、本当にここでいいのやら。屍を埋め終えて合掌した彼の脳裏にはそんな疑問が頭を過っていた。
偵察部隊が潰されたならば、警戒した本軍は避けて通る可能性もある。
地図を見たところ、無理をすれば迂回できなくもない道だったようなはずだった。
だが、そんな不安はいる音によって打ち払われることになる。
鉄と軍馬、人の足音。如何に訓練を積んでいようとも、その音だけは消しきれない。
「……誰かと思えば、お前か」
「はい、ナジェンダ将軍」
大量の、漣のように響く軍馬の蹄鉄と兵の長靴の音に一先ずの安心を得たハクは、辞儀を正して一礼を返した。
背中に巨大な銃を背負い、白馬に乗った銀髪を三つ編みにした女性。共に南部線線を戦ったナジェンダ将軍に相違なかった。
「兵も連れず、何の用だ?
エスデス将軍を見限り、こちらの味方になってくれると言うならば最大の敬意を以って歓待する用意はあるが―――」
そんなことは、ないだろう。向けられるに眼差しに含まれた言葉を最後まで読み切るまでもなく、答えは端から決まっている。
「御冗談を」
「だろうな」
裏切る筈など有りようもない。そのことを未然に知っているナジェンダの忠告もあってか、両脇に控えた副官が仮面に手を掛け、精神力を籠め始めた。
「そして、エスデス将軍は候に封ぜられました。名を言うに際してはある程度の敬意を払って頂きたい」
「それはそれは。栄達著しいものだ」
語気に大臣と組むエスデスへの嫌悪感と蔑みを孕ませつつ、ナジェンダは社交辞令を終える。
勧誘もやることにはやった。残すは、戦いのみだろう。
「帝具を持っていないお前が、帝具持ち二人に勝てると思うか?」
「私は命令を完遂するだけです」
背に挿した黒い大槍を縦に一つ廻し、陽光に照らされた黒い骨が輪を描いた。
(怯みはしない、か……)
絶対的に不利であることを示しても、全く怯みを示さないことは織り込み済みだが、できれば少しだけでも怯んでくれることが望ましかった。
エスデス軍の人材の豊富さは、正直に言って常軌を逸している。
ダイダラの使う前衛の武人が持つことで多大な破壊力を敵に与える斧型の帝具・『二丁大斧』ベルヴァーグ。
ニャウの使う同時にできるのは一つのみではあるものの、味方全体の強化・敵全体の弱体化をこなせる笛型の帝具・『軍楽夢想』スクリーム。
リヴァの使う地の利を得ねば真価を発揮することは難しい物の、人の住む場ならばどこにでもある『水』を触媒にするが故に砂漠やらで戦わない限りは無能にはならない指輪型の帝具・『水龍憑依』ブラックマリン。
そして、エスデス本人の使う広範囲殲滅・近接戦闘・遠隔戦闘・味方の補佐。全てをこなせながらデメリットを持たない最強クラスの帝具・『魔神顕現』デモンズエキス。
更には三獣士相手に完封勝利を収め、エスデスにすら勝ったらしい目の前の槍使い。
(いずれ三獣士とこいつを斃していかなければ奴には永劫に届かない……)
エスデスの部下には、調略が効かない。皆が皆彼女に目をかけられ、恩を掛けられ、他の軍とは『練度が違う』といういかにも彼女らしい理由で一線を画してやることでその優越感を満たしてやり。
彼ら五万は骨の髄までエスデスの私臣だった。
「前衛、前に!」
「いつものでいく。奴は私が撃ち抜こう!」
副官が命を下し、ナジェンダ自身が檄を飛ばす。
七万の軍が鳴動する圧力を一身で受けながら、ハクはいつも通りに先んじて半歩踏み出した。
包丁を二つ併せたような三角形の刃と骨で固められた石突が、彼の持つ黒槍に備わった殺傷機能。
遠距離攻撃機能などはない。切っ先から石突までの三メートルが、彼の間合い。
しかし、それは。
左方、三メートル。
右方、三メートル。
前方、三メートル。
間合いに入った尽くが、ただの一薙ぎで切り払うことができるということに、他ならなかった。
「見参」
一薙ぎ、一振り。立ちはだかった兵卒を肋骨の隙間を縫って背骨を断つ。
身体の内部が透けて見えているのかと思うほどの技を無表情で繰り出しながら、ハクは機械のような忠実さで命令に従う。
足止め。殺すのではなく、彼が命ぜられたのはあくまでも足止めだった。
半歩進んで薙ぎ払い、一歩退いては隊列を整えたところを石壁の如き怒濤の突きで貫き倒し、再び前線を崩壊させる。
正に、極みに達しようとする槍術の絶技を途切れることなく放ち続けるハクを、静かに狙う狙撃手が居た。
将軍・ナジェンダその人である。
彼女の持つ帝具・『浪漫砲台』パンプキンは、珍しい部類に入るであろう銃型。奥の手こそないが、精神エネルギーを弾として打ち出し、ピンチになればなるほど火力を増すというシンプルながら強力な効果を持つ。この場合はまだ『ピンチ』ではないが、それでも帝具の名に恥じない程度の力は持っていた。
革鎧なんぞは軽々貫通するであろうし、貫通しただけに留まらず致命傷すら与えうるだろう。
身体にあたればの話だが。
「……銃型か」
そう一言呟き、ハクは槍の攻め手を収めて回避行動をとった。
散弾のように降り注ぐパンプキンの精神エネルギーを後ろに跳び退いて躱し、同時に前線との距離をとることによって続くパンプキンによる射撃の対処を容易に。
雨霰の如く降り注ぐ射撃を全て槍で迎撃した後に再び整った敵前線を文字通り突き崩す。
しかし、ハクは未だパンプキンの能力を知らない。彼が認識しているのはさ精々『エネルギー弾を撃ってくる。奥の手は不明』程度の認識だった。
故に、槍一本で前線を突き崩した後にナジェンダに向けて大槍を使った無謬の刺突を繰り出した時には、気づかない。
「ピンチは、チャンスだ!」
その無知があるからこそ、今までばら撒かれていた散弾とは格が違う、極太の光線が突如として放たれたことに彼は一驚する。
だが、彼は愛用の大槍を素早く引き戻して軽々避けた。が、向こうもそれでくたばるとは思っていない。更なる一手を、打ってきた。
「インクルシオか」
「御名答!」
背中に迫る鋭利な空気の流れでそれを察知したハクの嫌疑に、内に滾る熱さを隠そうともしない男の声が答える。
答えと同時に後方に回って背中から胸板へ突き通さんと繰り出された、透明化された槍。
「マジかよ……!」
その穂先の、一点。半身になって軌道をずらしながら鋒のみを石突で止めて見せた槍兵に、思わずインクルシオから感嘆ともとれる声が漏れた。
更に驚愕すべきは、後ろを振り返っていない事だろう。振り返らずに、致命傷となりうる一撃を何の緊張も見せずに止めてみせる。
そのようなことが、どれほどの技量があれば可能なのか。
「インクルシオの装着者。名は―――」
透明化で背後を取り、背中に向けて槍を繰り出してきた白い鎧の槍兵。
ファーム山で悪党狩りをしていた彼もまた、元は有名を讃えられて帝具を授けられた帝国の将兵である。
「ブラートだ。ハンサムって呼んでいいぜ」
「『百人斬りのブラート』、か」
今は恐らく土と水と氷にサンドイッチされて朽ちているであろう南部異民族との戦いにおいて、特殊部隊相手に奮戦した時についた彼の渾名が、それだった。
「ハンサム。お前が名乗ったから、私も名乗ろう」
「は?」
「私はエスデス将軍―――お嬢のしがない従僕、ハクだ」
まさか冗談をまともに受け止められるとは思っていなかったブラートはパンプキンから放たれる散弾を弾き終え、丁寧に名乗りを上げた男を見て、呆気に取られた。
繰り返しになるが、冗談をまともに受け止められるとは思っていなかったのである。
「いくぞ、ハンサム」
後方にしっかり気を回しながらもブラートの方へと向き直り、その中段の構えから大槍が炸裂しようとしたその時。
「待て」
「なんだ」
「やっぱブラートでいい。ハンサムは止めだ」
背後に迫る兵や矢を薙ぎ払ったりしながらも律儀に待っていたハクに向け、ブラートは先の口上を撤回を告げた。
このままだとひたすら『ハンサム』と言われ続けることになりかねないと、ブラートは殆ど一瞬で理解したのである。
「では、ブラート。行くぞ」
きっちり宣言からやり直し、中段に構えた大槍の突きが石壁となってブラートに叩きつけられた。
ハクの槍が一突きするごとに本当に石壁が発生して飛んでいったわけでは、無論ない。
その無謬無窮の刺突の連続が、あたかも壁のように思えただけである。
「……何が『しがない』だ」
充分お前もバケモンだ。
狙撃されないように巧みに位置取りをしながら、黒い槍兵は白い槍兵を穿かんとする。
達人同士の殺し合いが、幕を開けた。
夏イベですね、提督さん。
ブラート
統率89 武力284 知力78 政治31 魅力90
ナジェンダ
統率99 武力266 知力95 政治89 魅力97
本作での参考までに。