お止めくださいエスデス様!   作:絶対特権

10 / 54
叛逆者を突く 三

血と、汗。二つの液体が入り混じり、悲鳴と絶叫が入り雑じる戦場という空間に、二人は居た。

 

「それにしても、あれだな」

 

眼前の敵に対しては細剣で眼球を抉って対処し、後陣の敵には氷の剣を振らせて一方的に殺していく。

戦争というものを馬鹿にしているのかと思うほどに適確な範囲攻撃と一点集中の局所攻撃の巧みな使い分けを以って戦略的に甚大な影響を与えて続けていた。

 

「あれとは?」

 

隣で槍を分裂させて一気に複数人を倒したように見せているハクもまた、凄まじい。前に居れば喉に風穴が空き、横に周れば連枝の餌食に。後に周れば石突による一撃が待っている。

不落の要塞のような感覚すら懐かせる二人の奮戦ぶりは、帝国兵たちを奮わせるには充分だった。

 

「もう、こいつらは終わりだな」

 

遥か後方で鎌首を擡げた水龍を一目見て包囲が成功したことを悟ったエスデスは、つまらなさげにそう呟く。

あまりにも簡単に勝ちすぎると言うのが、その不満の元であった。

彼女からすれば、もっと火花が散るような戦いが好ましい。互いの脳から智恵と策を絞り出し、鎬を削りあった末に強引に捩じ伏せていくような。

 

「お嬢」

 

「わかっている」

 

飛び掛かってきたバン族の戦士一人を槍の石突が鳩尾に食い込み、繰り出した石突が手元に戻った瞬間に氷柱が腹を貫く。

 

白い軍服と、黒い革鎧。後に畏怖の象徴になる二人の張った初の対外共同戦闘は、速やかな包囲殲滅を以って決着した。

 

が。

 

「……お嬢、少し」

 

「うん?」

 

「補給線が伸び切っています。ここらに一つ、拠点を作って中間拠点としたほうがよろしいかと」

 

一回の完勝のみで遠征そのものが終わった訳では無論ない。無敵の強さを持っていても補給線を軽視した挙句にそれを絶たれれば、一敗地に塗れることになるだろう。

パルタス族の戦闘隊長として北の異民族を大破し続けてきたハクには、敵がこれからとるであろう戦術が自分の思考のように簡単に掴めていた。

 

「造るには造れるが……氷の城は長くは保たんぞ?」

 

「氷の城ではなく、捕虜を利用して土城を築きます。ちょうどいい山も見つかりましたし、あの山を刳り貫いて要塞にするが適当かと」

 

指差したのは、それほど標高の高くない山。先行させた調査部隊に行わせた土壌調査の末、中間拠点として適当な場所に該当する山々の中で最も掘削に向いていると判断された山である。

 

「あぁ、だからいきなりの生き埋めに反対したのか」

 

「殺すならばいつでも出来ます。活かしきらねばなりません」

 

乏しい補給線の所為で捕虜を得た時の選択肢が『斬殺』『坑殺』『刺殺』の三つしかなかった彼女にとって、『生かして活かす』と言う選択肢は新鮮だった。

もっとも、彼女が活かすことを思いつかないほど愚かであったということは断じてなく、単に殺す方が彼女の好みに合致していた為に視野が限定されていれていただけであろう。

 

「結局殺すんだろう?」

 

「一般的な戦であれば、活かして殺さずと言う手法が一般的ですが、今回の目的が『根切り』である以上、そうした方が順当かと」

 

今回命ぜられたのは、族滅。単純明快に思考の余地なくバン族を殺し尽くすことであり、そこに逃げ道をも脇道もない。一人残らず敵を殺すことでのみ、その命令は達成されるのだ。

 

「女子供は生かしてもよいとは思いますが、私やお嬢のような例もあります。ここでは趣味は抑えられて忠実に命令に従うべきかと」

 

「生かしておいたら生かしておいたで面白そうなのだがな……」

 

自分たちは奮戦と天運で危うく族滅を免れ、残党になることは免れたものの、子供の時には既に殿を務めていたような槍兵と帝国最強を謳われているドSは如何なる状況でも生き残っていたであろう。

征服者からすれば『生き残りの中にぞろぞろとそんな奴が居てたまるか』と言うのが心境だろうが、有り得ないことではない。

故に、新芽は摘まねばならないのだ。

 

「お嬢。あなたがドSなのは仕方ありません。私もとやかく煩く言う気もありません。が、将としての公務に私情を挟むのはやめられたほうがよろしい」

 

「わかっている。何よりも、残党を潰して回るよりお前と戦っていた方が愉しいしな」

 

欠けた部分を補い、歪みを直す。

これが長がハクに期待したことであった。

しかし彼の性格的にそれは非常に難しく、専ら性癖である過剰なまでの嗜虐心を受け入れつつ、道を違えれば是正する。これが彼に求められたスタンスとなっていた。

 

基本的に感情を合理によって動かしているハクは、義憤や悲憤を懐かない。常人が遭遇した出来事に対し、最初に感情の音を鳴らすことに反し、彼は理に適っているかをまず考えた後に理に適う形で感情の音が鳴る。

感情を再優先に持っていきながら理に適う形で行動することも多い、ある種矛盾した人間であるエスデスと対象的な彼は、本人の流動的な性格さえ除けばこれ以上ないほどの補佐に適した人材と言えた。

 

繰り返すことになるが、これは流動的な性格を除けばの話である。

 

全てを染め上げて突き進むエスデスの性格と、基本的に寛容すぎるほどに寛容な性格のハク。この両者の性格的な相性は主従的な意味ではよかった。

が、その相性の良さは長が求めている物ではない。親である彼からすれば寧ろ、娘に諫言を呈してくれるような人材になって欲しかったと言える。

 

だが。その『人としての性能面での相性の良さ』『性格的な相性の良さ』が奇跡的な整合性を以って噛み合い、変化は起こった。

エスデスが人の言う相反する意見をバッサリと否定することなく僅かに耳を傾けてくれるようになったのである。

その変化の要因の中には恋慕もあった。

されど一番の要因は、帝具という絶大なアドバンテージを得た自分を生身で圧倒した実力を重く見、強者として敬意を払ったからであろう。彼女は強さのヒエラルキーの頂点に立つ存在であったからあまり注視されなかったが、彼女は認めた者には敬意を払い、尊重するような一種単純なところもある。

 

何故ならこの世は弱肉強食だから。その一言が彼女の真理だった。

 

故に彼女は強者に聞く。

 

「他に何か、案はあるか?」

 

「いえ、このままで良いと思います」

 

一年前。帝国の切れる最強のカードは、四枚あった。

 

その声望故に中央から容易に動かせない大将軍候補・ブドー。

用兵の鋭さと帝具の強さが高水準に達している征西将軍・ナジェンダ。

用兵に於いては随一と謳われ、本人もそこそこ強い征南将軍・ロクゴウ。

歩く戦略兵器でありながら用兵にも荒削りながら非凡なものを見せる最年少の将軍、エスデス。

 

この四枚のカードを一気に使うのが一年前までの帝国の最善手だった。

しかし、一ヶ月前にロクゴウが革命軍側に寝返り暗殺チームに討たれることで、切れるカードは三枚に。

 

更にはブドーが大将軍に任命されるにあたって外征用に用いれるカードが二枚になったのである。

 

この切れ得る最良のカードを切って、帝国はバン族討滅に臨んでいる。その硬い決意のほどは推して知るべし、だろう。

 

「では、利用し切って根切りにする。処刑方法は――――」

 

「お好きなように」

 

あくまでも上の命令には従うべきであり、どう非難されようが気にしてはならない。

ただただ命を遂行するのが下の役割であるし、ここで中途半端に力を削いで生かしておいて後にまた出る被害で失われる命と、今根絶やしにすることで失われる命。

 

(根切りは正しいな)

 

理性の男は暫し考え、頷く。

根切りにすれば叛乱の抑制にも繋がるし、見せしめにすることで助かる命とここで奪う命を天秤にかけても、やはりここで奪う命の方が軽い。

 

「では、殺そうか。取り敢えず進行方向にある森は氷漬けにし、迂回。チョウコウを渡河する」

 

「……チョウコウは流れが速いと聞きます。筏を作らせますか?」

 

「ハク。私の帝具は何が出来る?」

 

愚問を投げ掛けた自分の唇を噛み締め、自戒する。まだどうにも、帝具という物の逸脱さに慣れきれていない自分が、彼は情けなかった。

 

「愚問でした」

 

「気にするな」

 

互いにわかった、会話の終わり。

ハクは幕舎の自分の寝台に座って瞑想をはじめ、エスデスは手持ち無沙汰な様子で長い脚をぶらぶらと振り、止める。

脚を揃えて姿勢を正し、幼い頃の面影をそのつまらなさげな頬に残した彼女は、見ることにした。

 

ハクを。

 

「…………」

 

伸ばした背を屈め、膝に肘をついて想い人の顔から胡座を掻いた長い脚までを凝視する。

いざやるまでは、鼻で笑って馬鹿にしていた。好きな者を見ていると言っても、それだけで心が満たされるものか、と。

 

(童話も馬鹿にはできんな……)

 

彼女の場合は満たされる、と言うよりは愉しくなる、だろう。

だが、鬱屈とした暇が解消されたことに変わりはなかった。

 

(……ふーむ)

 

瞑想している黒衣の槍兵の前をつかつかうろうろと歩き回り、何事かを思いついたかのように手を叩く。

 

「……軍帽は被せないでいただきたい」

 

自分の頭に被っていたものを細長い指でくるくると回し始めたことで勘付かれたのか。

千里眼にも似た鋭敏さを持つハクの一言を受け、エスデスは反射で背筋が跳ねた。

 

あの手この手で度肝を抜くような悪戯をしてやろうと工夫に工夫を重ねていた幼少期。散々見破られていた時に反射で見せた反応を、十年近く経った今でも身体は鮮明に覚えていた。

 

「……せっかく似合っているのですから、そのまま被っていればよろしいのです」

 

ひょいっと奪われた軍帽がなんの素っ気もない一言と共に頭に乗せられ、大きな手の感触が二度ほど頭頂部に布一枚隔てて触れる。

 

「私に、似合っているか?」

 

「とても」

 

すぐ離れた手の感触を意識に追わせながら、エスデスは嬉しげにそう問うた。

 

そして。

 

「似合っているか?」

 

「似合っています」

 

こんなやり取りが、以下数時間ひたすら続き。

 

「可愛いですよ。帽子は。帽子は。

帽子は」

 

通算五十七回目にそう言われて拗ねるまで、エスデスは氷の美貌をとろけさせていたと言う。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。