UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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日頃より拙作をご愛顧くださりありがとうございます、冬霞です。
今回、なんと先日完結されました【Fate/Next】の作者であります真澄十氏からお許しを頂き、【UBW~倫敦魔術綺譚】とのクロスオーバーを書かせて頂きました!
【Fate/Next】は第六次聖杯戦争を扱った作品で、幾多のオリキャラ達が描く熱く美しく哀しい物語です。
もし未読の方は是非とも読みに行かれてはと切に願います。
改めまして、この企画をお許し頂きました真澄の兄者、ありがとうございました!


2014.01.11 後篇投稿に伴いage. 内容に変更はありません。あしからず。


番外話 『倫敦/Next』 - 前篇

 

 side Miyu Edelfelt 

 

 

 

 

 寒さもひと段落した西日本。段々と暖かな風が吹く日も増え、しかし夜は相変わらず寒い。特にこの冬木という土地は、真冬の寒さこそ然程でもないが寒い期間がことさら長かった。

 長い冬は、静かに過ごすものだと相場が決まっている。色んな娯楽が増え、服飾が進化し、暖房の整った現代であってもそれは基本的に変わらない。冬は人を静かにさせるものだ。大人しくなるのは、はるか昔からの風習が現代人の文化にもしっかりと残っているからだろう。

 とうの昔に日は沈み、月もそろそろ草臥れてゆっくりと帰路へ着こうかという時分。都市部はおろか住宅街からも離れた冬木の郊外にある森は、静謐なる寒さと無音の闇に包まれていた。

 

 

「―――」

 

 

 数十メートル先も見通せぬ闇の中、カチンという軽妙な金属音の後、静かに灯る一つの光。

 真っ暗な森の中で、その小さな煙草の灯はよく映えた。暗闇に慣れた瞳にゆっくりと紫煙を燻らせる人物の姿が映る。

 

 歳は三十に届かぬぐらい。そんなに老けては見えないけれど、若々しいと称するには多少ならず老け込んだ雰囲気を漂わせている。咥えた煙草のせいか、目深に被った鍔広の帽子のせいか。あるいは達観したような不思議な色の瞳のせいか。

 落ち着いた橙色のコートと濃い青のマフラーは恐ろしいぐらいにちぐはぐな組み合わせなのに、不思議とこの人に似合っていた。クラシカルなジャケットとスラックスは随分と良い仕立てで、無造作に気こなしているが全く布が寄れない完璧なジョンブルスタイルだ。

 傍にはこれもまた古風で大きな旅行鞄が置いてあって、まるで歩いていたら迷ってこんなところに来てしまった、途方に暮れているといった風。

 勿論そんなことはない。この人自身が、そういう人ではない。この場所自体が、そういう場所ではない。こんなところに迷い込むような人じゃないし、誰かが迷い込んでいい場所でもない。

 何かの目的を持つ人でなければ、何かの目的がある場所でなければ辿り着けない。そんなところが、此処だった。

 

 

「―――美遊?」

 

 

 落ち着いた声が、私の名前を呼ぶ。もう聞き慣れた、対になるこの人の伴侶の声と同じく、かつては切望した声。

 今では当たり前のように接しているその声が、こういう場所にくるとどれだけ大切なものか思い起こされて、自然と頬が緩んでしいまう。

 

 

「旦那様、火が落ちて山火事になってはいけません。どうぞこちらを」

 

 

 喫煙者でもないのに常備している携帯灰皿を差し出しながら、ふと思い出した。

 今は丈の長い外灯を羽織っているとはいえ、このコートの下は一部の隙もないお仕着せ(メイド服)。目の前にいる“主人”よりも、自分の方がこの場に似つかわしくない格好をしている。

 幸いにしてコートは上質で、寒さはまったく感じない。メイド服は殆ど隠れてしまっているけれど、頭につけたヘッドドレスがバランスを崩しいている気がしなくもない。勿論これもこの人にとっては見慣れたもの。特に何か言われるということもありはしなかった。

 

 

「ありがとう、美遊。でも旦那様はやめてくれないか、むず痒くって仕方が無い。特に君なんかは既知の仲なんだから、気にすることはないって言ってるだろう?」

 

「しかし同僚への示しがつきませんから」

 

「ここは君と俺以外には、他に誰もいないよ。俺も気を抜きたいのさ。前みたいに“紫遙さん”で構わない。いや、是非そうしてほしい」

 

「そ、そこまで仰るなら。―――紫遙、さん」

 

「うん、それでこそだ」

 

 

 煙草の火を消し、にっこりと微笑む。少し歳はとってしまったけれど、クラシカルな薄茶色の丸眼鏡越のその笑顔は私の記憶の中‥‥あの頃の、人を安心させるそれと全く変わっていなかった。

 もっとも呼び方について言うならば、紫遙さんだって昔は私のことを「美遊嬢」と呼んでいたくせに。いや、私としてはこちらの方が距離が近づいた気がして、好ましくはあるんだけど。

 

 

「おかしな感じだね。もし何か変な引け目を感じている安心しなさい。お屋敷での君は誰もが認めるメイドであり、ルヴィアの養子であり、そして魔術師だ。メイドのお仕事だって、もうメイド長からは太鼓判を押されたんだろう? なら胸を張って大丈夫さ」

 

「そんな、私などまだまだ若輩者です」

 

「いやいや。メイドとしての仕事をしっかりこなして、ルヴィアの養子としての教育もしっかり受けて、一流の魔術師でもあるなんて凄いことだよ。彼女も誇らしいと常日頃言っている。もちろん俺も、ね」

 

「‥‥‥‥」

 

「しかし君も随分と大きくなったなぁ、美遊。俺は随分と老け込んじゃったけど」

 

「そう‥‥ですか?」

 

「うん。前は俺の胸ぐらいまでしかなかったかな?」

 

「そんなに小さくはなかったです」

 

「む、そうだったっけ? しかし美遊とこうして会えて、驚いたことには違いないからな。あのときは君がこうして契約を果たすとは、思いもしなかったものだよ」

 

 

 ゆっくりと、一言一言を発音する紫遙さんの隣に行けば、肩に置かれた暖かな手。コート越しにも安心出来る大きな掌に、肩から緊張が抜けていく。

 いつも一緒にいると安心させてくれる紫遙さん。いつも一緒にいると自信を持たせてくれるルヴィアさん。そして私を心から送り出してくれた友達、イリヤ。育て上げてくれた、向こうの世界のルヴィアさんに凛さん。騒がしい藤村先生にクロ。あと‥‥誰かいたような気がするけど、名前も顔も思い出せない。

 あの日の契約から短くて長い時間がかかったけど、こうして契約を果たすことが出来たのは、周りの色んな人達の助けのおかげだ。かつての負い目も、拭えない境遇も、たくさんの事件も乗り越えて帰って来られた。私を、美遊・エーデルフェルトを作り上げてくれた場所へ。

 

 

「いま君がこうして此処にいることは、ルヴィアや遠坂嬢ですら己の思惑通りには決して成し得なかった奇跡だ。魔術師としての実力も王冠に匹敵するだろう。良い弟子を持てたな、ルヴィアも」

 

「そんなことはありません。並行世界間の転移は、私一人では不可能でした。サファイアやルビー、イリヤや向こうの世界のルヴィアさんと遠坂さんのお手伝いのおかげです。まだまだ学ばなければいけないことは山積みですから」

 

「む、確かにその通りだな。君たちが目指すのは並行世界間の移動ではなくて、運営。しかし君のおかげで手がかりも出来た。これから頑張っていかなくてはね」

 

「紫遙さんも協力者ですからね。他人事ではありませんよ」

 

「自分の研究は疎かに出来ないけどね」

 

 

 屋敷に帰れば山のように詰まれた資料と格闘しなければいけないことを思い出し、苦笑いをする紫遙さん。それも紫遙さんの研究のためというよりは、奥様‥‥ルヴィアさんの研究のための調べ物なのだから、モチベーションも微妙なのかもしれない。

 もっとも紫遙さんがルヴィアさんの手助けをするのは、二人にとっても周りにとっても至極当然のこと。嫌々、というわけでも決してないし、研究について意欲がないわけもない。勿論そこには、紫遙さん自身の異常過ぎる身の上も関係しているのだろう。

 私も人のことは言えないけれど、何より特殊なその境遇を積極的に利用して魔術の研究に活かしていくことは、紫遙さんにとって相当な苦悩を挟んだ決断だったはずだ。けど、それを支えたルヴィアさん達の努力、そして紫遙さんの自身を担保にした決断と博打。全ての結果、こうして共にいられているのは神様の采配とでも思えてしまうぐらいの奇蹟だった。

 

 

「―――まぁ感傷に浸るのもいいけれど、仕事をしっかり済ませなくてはね。調査は終わったかい、サファイア?」

 

『準備の方、委細整っております旦那様。今回のカードはまだこの場から動いていないようです』

 

「それは良かった。せっかく来たのに別の場所に移動していたんじゃあ、骨折り損ってもんだからね。あと、旦那様はやめてくれないか」

 

「そうですね。この森から抜け出して車に乗るのも時間がかかりますし‥‥」

 

「スルーか、そうか」

 

 

 ふわり、と音もなく近づいてきた相棒の報告を受け、新しい煙草に火をつけて紫遙さんは唸る。随分前の、あの並行世界の冬木での出来事以来、どうも煙草の本数が増えたとルヴィアさんも愚痴っていたっけ。

 私の肩の上へと納まったサファイアも何所はかとなく呆れた様子だ。とは言っても六芒星が填った輪っかに羽のようなリボンがついた正体不明の物体の感情表現を読み取れるのは、私やルヴィアさんや紫遙さんなどのごく一部だろう。

 

 

「初戦となると、正念場だな。しかしこうしてまたクラスカードの対処をするに当たって、側に美遊がいてくれて助かるよ」

 

「今回のクラスカードは一枚ずつの発動ではありませんからね。凛さん達が市街地を見回ってくれてますから‥‥。カードの存在が明らかになった以上、この一枚は確実に私たちが何とかしないと」

 

『仰る通りです、美遊様。姉さんからもクラスカードと接触しそうだとの連絡が入っております。各個撃破とはいえ、こちらを早く片付けてしまえば遠坂様や衛宮様の援護に迎えます』

 

「うん、そうだねサファイヤ。急いで合流してしまおう」

 

 

 にゅるんと飛び出した柄を握り、魔術回路を励起する。

 魔術刻印こそ持たないが、私にだって十分な量の回路があり、それを万全に使うための技術と知識はしっかりと与えられた。そして助けてくれる相棒だっているのだ。

 どんな魔術師にも負けない力。あの頃とは違う姿を、紫遙さんに見せてあげないと。

 

 

「―――Die Spiegelform wird fertig zum!《鏡像転送準備完了!》」

 

『Ja, meine Meisterin !! Öffnunug des Kaleidoskopsgatte!!《万華鏡回路解放!》』

 

 

 静かながらも凛々しい相棒の声が響き渡り、私の体は眩しいぐらいの光に包まれた。その縫製の糸の一本も失うことなく、異なる次元に格納される衣服。そしてしっかりと体を包む新たな戦闘服。

 ある意味では一張羅。勝負服、というのもおかしな話だけど、これ以上に頑丈で稀有で高価な衣服は他にない。そんな一品を瞬きの間に纏う。

 

 昔のレオタードのような衣装は流石に気恥ずかしくて、今ではキュロットとスカートが混ざった一部の丈が長い服を履いている。二股に別れた蝶の羽のようなマントは子どもの時と変わらなくて、何故かサファイアはこだわりがあるのか、大きく開いた背中だけはそのままになってしまった。

 既に魔法少女を名乗るのは恥ずかしいぐらいには大人になってしまったけれど、魔術師としての美遊・エーデルフェルトの完成系がこの姿。ならば万全に戦えるこの衣装と相棒に、不満なんてあるはずがない。

 

 

「紫遙さん、準備は?」

 

「大丈夫だ、問題ない。いつでもいけるよ、美遊」

 

 

 足元のトランクを足先でコツコツと小突いて示した紫遙さんに頷き返す。移動を繰り返すクラスカード相手に、これ以上待つのは下策。準備が整ったなら即座に戦闘に移るべきだ。

 掲げる相棒の勇ましい声が、深い深い森の中に響き渡る。ごくごく小さめに展開された反射路が光を発し、あまりの眩しさに眉を顰めた端に映る、これ以上ないぐらいに緊張した紫遙さんの顔。

 

 

『反射路展開完了。―――反転、開始します』

 

「紫遙さん!」

 

「―――大丈夫だ、美遊。‥‥さぁ、行くぞ!」

 

 

 脂汗すら見受けられる必死な顔で笑う、私への気遣い。

 だからそれに応えるならば、同じ笑顔でなければいけない。紫遙さんを安心させる、鮮やかな笑顔でなければいけない。

 ああ、多分、きっと。

 きっと私は、その紫遙さんの強がりがとても近しくて。心遣いがとても嬉しくて。

 ちゃんと綺麗に、笑えていたことだろう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ぐらり、と揺れた視界に生じる吐き気。

 目眩と共に、実際には全く揺れていないはずの脳味噌がシェイクされるかのような感覚に襲われる。

 体の内容物全てがぐちゃぐちゃにされるかのような悍ましいイメージ。

 それらは圧倒的な恐怖の感情だった。実際に己の体には何も起きていないはずなのに、只々恐怖という感情から生じるありとあらゆる負の影響が心と、それに不随して体を蝕んだ。

 

 

「―――紫遙さん! 大丈夫ですか?!」

 

「美遊‥‥? あ、あぁ、大丈夫だよ。少し眩暈がしただけさ。何も問題は、ない」

 

 

 思わず傾ぎかけた身体を支えられ、そこで漸く、一瞬だけ失いかけていた意識を取り戻した。

 心の底から心配してくれている義娘の表情に、ぐっと吐き気を堪え霞む視界を持ち直す。今では正真正銘の家族となった彼女を前に不甲斐ない姿を晒すわけにはいかない。例えそれが俺の一方的な見栄だとしても。

 

 

「まさか、前の時みたいに記憶を―――ッ?!」

 

「い、いや違う。そうじゃない。今回のクラスカード事件は性質と現象が似ているから便宜的にそう名付けただけで、“コイツ”の起こした騒動とは全く関係ないよ。そうでなければ俺は何が何でも引きこもっていたところさ」

 

 

 深呼吸を数回、気持ちを落ち着けて笑顔を作ると、俺はコートの内側を、まるで自分の身体を痛めつけるかのように拳で小突いた。

 もちろん被虐性癖があるわけでも奇行に走ったわけでも何でもない。俺が小突いたのは自分の身体ではなく、コートの内側。性格にはコートの内側に設えられホルダーに収納された俺の新たな魔術礼装をだ。

 

 

『―――ふむ、このような扱いは心苦しいな。相棒を労わる気持ちを持ち合わせるべきだ、シヨウ・アオザキ』

 

「誰が相棒か。お前はただの礼装だ。そして普通の礼装は喋らないし、普通の従者なら許可されるまで余計な口は挟まないものだぞ」

 

『宝石翁の創造物はあのように自由気儘だが、ふむ』

 

「あっちはマスターに従順だろ。貴様は黙って知恵と知識を絞り出せ」

 

『ふむ、口を利かずに知恵を出せとは、まったく』

 

「ああ言えばこう言う‥‥!」

 

 

 コートの裏側から聞こえてくる、低くて鈍い震え声。かろうじて人間が話す言葉だと分かるその声と、まるで漫才でもするかのようにやり取りを交わす。

 とある事件から新たに設えた礼装は、残念ながら自慢の武器だった。そして性質上こうして付け足した機構により意思を持つにいたったコイツが、実に厄介な代物である。主に、俺の精神衛生上の問題で。

 

 

『やれやれ、結局のところ奴隷ですらない道具に過ぎぬ此の身、如何しても主人には逆らえぬ。それを知って勝手な口すら許さぬ狭量な人間だったとは、ふむ』

 

「狭量も何も、普通は自分の道具に気を遣ったりはしない」

 

『ふむ、しかし例外は目の前のはずだが』

 

「逆にお前が道具らしくすればいい話なんじゃないのか? え? 主人に気を遣ってさぁ?」

 

「あの、紫遙さん、そのぐらいで‥‥」

 

「む、あぁすまない美遊。どうでもいい奴にどうでもいい時間を使った」

 

 

 思わずブッ壊してやろうかこのクソ礼装という気分になったけれど、半ば呆れた美遊の声で気を取り直す。

 そうだ、今は憎ったらしいコイツと言い争いをしている場合じゃあない。目の前には既に敵のフィールドが広がっている。こんな状況で悠長に構えていては、待っているのは死のみだ。

 

 

「よし、とっとと知恵を出せクソ礼装」

 

『ふむ、仕方あるまい。‥‥今回の鏡面界は正確に言えば鏡面界ではない。かつてのクラスカードによって引き起こされたものとは根本的に違う。次元ではなく、世界の捻じれによるものと見た』

 

「‥‥世界の捩れ、だと?」

 

『そうだ、マスターよ。我が身に蓄積された知識と経験によれば、クラスカードによる異変を引き起こす媒体は少なくとも同じ世界にあった。元のものは、な。ふむ。しかし今回はそもそもからして違う。

 言うなれば他の並行世界からの浸食に近い。この鏡面界‥‥便宜的にそう呼ぶが、この世界は次元と次元の狭間に作られた別世界ではなく、我々の世界に極めて近い虚数の領域に映し出された並行世界そのものだ」

 

 

 若干乱れた帽子の位置を戻し、少しだけ考える。なるほど、以前この冬木で起こったクラスカード事件。あれは鏡面界という異空間を創り出し、そこに他人の記憶を触媒にして劣化した英霊の影を召喚するという術式だった。

 あの空間を創り出すアプローチの方向は、俺たちがいた実世界Aから伸びる矢印が表すベクトル。それに対して今回のこの空間が創り出されたアプローチの方向は、乃ち並行世界Bから実世界Aへと伸びる矢印が表すベクトル。似たような作りをしていても、方向性が全く異なるわけだ。

 さらに言うならば、クラスカードだって存在しているわけじゃない。俺達が場所の特定のヒントにしたのは英霊の持つ存在の波長。つまり、かつてのクラスカードによく似ていたというだけの反応だったのだから。

 

 

「ということは、並行世界の側から私達の世界に干渉をしかけてきた魔術師がいるっていうことですか‥‥ッ?!」

 

「美遊、経験上どうしても陰謀論に寄り気味なのは分かるけど、そうとは限らない。自然現象という可能性もある」

 

『ふむ、そうかね? 神秘が引き起こす自然発生的な現象には限りがある。このように複雑な術式にもなると、もはや何者かの意図によるものか、あるいは意図せぬものにしても某かの原因があるのは間違いないだろう。ということは、ふむ、気を付けるのだなマスター』

 

「―――ッ!」

 

 

 その礼装の声をキーにしたかのように、ざわりと空気が揺れた。

 基本的には外部の影響から隔絶された場所である鏡面界。乃ち風などもごくごく僅か、この比較的限られた空間の中でのみ循環できる程度しか吹かないはずの世界で、一方向から熱波が吹き付けるかのような感覚に、俺も美遊もはじかれたようにそちらへ視線を動かした。

 

 

「来る、何かが‥‥ッ!」

 

 

 虫の知らせ、というにはあまりにもはっきりしていた。何者かの、こちらと敵対しようとする意志を痛いぐらいに感じる。思わず口に出してしまわなければ恐怖すら抱いたとでも言いたげな、思わず漏らした美遊の声もよく分かる。

 本来ならば温度も強さもない只のそよ風を熱波と感じてしまう程の威迫。鬱蒼と茂る木々の向こう、殆ど何も見渡せぬ闇の向こうから、その堂々とした覇気は叩きつけられていた。

 来る。何かが来る。必ずくる。すぐ来る。今すぐに来る。

 奇襲などでは断じてない。おそらくは向こうも、そしてこちらも、互いに刃を交える時を確信し、あまつさえ約束までしたかのような呼吸の重なり。

 そしてそれは果たして、その約定通りにやってきた!

 

 

「雄雄雄雄雄ォォォオオ―――ッ!!!!」

 

 

 ザァッ! だっただろうか。それともバキィッ! だっただろうか。かくも鮮やかに、激しく、雄々しく草木を掻き分けて、一つの騎馬が現れた。

 駆け寄って来たのでも、迫って来たのでもない。まさに瞬間的に目の前に現れたとしか思えない神速で以て、馬蹄が俺達を踏み潰さんと大気を斬り裂き、割り開き、砕き散らして現れた。

 

 

「美遊ッ!」

 

 

 場数は踏んでいた。専門ではないけれど、魔術師の嗜みとしてある程度以上に戦闘というものに精通してはいる。

 けれど、やはり決して専門ではない人間に出来ることは少ない。突発的な出来事、圧倒的な破壊力、反応出来ない速度を前にして体は咄嗟に動かない。

 しかし今この時に限って言えば、頼りになる相棒がいた。コートの内側の話はしていない。まさに隣にいて、今こうして俺の叫び声よりも先に、己のやるべきことを瞬時に判断して動けた、義理の娘。

 

 

Zeichen(サイン)―――ッ!」

 

魔力弾・炸裂術式(ボムズ)、発射《フォイア》!』

 

 

 冷静で真剣な声が二拍子、目を灼く眩い光と共に響き渡る耳を劈く轟音。自らは障壁を張り、足元に叩きつけた魔力弾を炸裂させての迎撃に、たまらず何者かは騎手を翻して俺たちを飛び越えたようである。

 予期していたとはいえ瞼どころか眼球まで若干ビリビリと痛んでいるけど、しかし幸い、他は無事。

 閃光によるダメージも、視界に与える影響は殆どない。土煙の中、振り返り、帽子を押さえて叫んだ。

 

 

「待て、俺達は時計塔の調査部隊だ! 何者かは知らないが先ずは矛を納めろ! 我々への敵対は協会への敵対を意味するぞ!」

 

「‥‥時計塔だと? 知らんなぁ、そんなものは俺の聞き及ばぬところよ」

 

 

 土煙の晴れた先、少しばかりの広場のような其処に屹立するは、威風堂々たる巨漢であった。

 まるで鍛えた鉄のように黒々とした駿馬に跨り、その巨躯は見上げれば首が悲鳴を上げる程。その手には長大な偏月刀を構え、もはや手綱など用無しと言わんばかりに両手で頭上に捧げた姿は悪鬼羅刹か、不動明王か。

 自信満々、不適に笑う顔には幾筋もの皺が走るが、それは老齢であることを殆ど感じさせない。月日を得た巨木の木目のようなそれは、雄々しく雄大で、百歩譲っても老獪である。逆立った髭は悪魔を思わせる。丸太のような腕は普通の男ならば簡単に一薙ぎに出来るに違いない。

 鎧は皮‥‥だろうか。もっとも鞣した皮の防御力は決して嘗めたものではない。重ねたそれは堅く、軽く、動きやすいために愛用した戦士は多いと聞く。

 首に巻いたスカーフのようなものは、すり切れて汚れているからこそ逆に彼の戦歴を確かなものにしている。古来、多くの武将は多くの戦をくぐり抜けて名声を獲得してきた。戦場を多く経験してきた者は、須く優れた戦士である。

 

 

「しかし魔術協会というのは何所かで耳に入った言葉だな。どうだ沙沙(しゃしゃ)! お主は知っておるかね?」

 

「―――知っていますが、貴方はまずその大声を何とかしなさい、ライダー」

 

 

 がさり、と背後の草むらが音を立て、もう一組の騎馬が現れた。

 対照的な、雪を纏ったような純白の騎影。それに跨る騎手もまた、雪の女神が降りてきたかのような人物だった。高貴な白銀の鎧に、優雅な白鳥のようなドレス。そして右の手で構えるのは月の光を反射して鋭く輝く斧槍(ハルバート)

 鉢金のような役割をするのだろう兜に似た髪飾りの下から覗く瞳は冷徹で、軽口を交わしながらも油断なくこちらを睨み付けていた。

 

 

「‥‥魔術協会の者ですか。所属と名前を名乗りなさい」

 

「そちらが、先ではないのかな?」

 

「協会の名を騙るのでない限り、素性を明かさぬ道理はないはずです。疚しいところがないならば、先ずはそちらから名乗るべきでしょう」

 

 

 とりつく暇もない、氷のような声だった。鈴の鳴るようなという例えもあるけれど、その鈴を鳴らしているのが死神の類ならば聞き心地がよろしくないのも頷ける。

 あまりにも流麗過ぎる騎手姿。この世のものとは思えない。半ば現実逃避のように、俺は頭の片隅でそんなことを考えていた。

 

 

「‥‥俺は時計塔でルーン学科の教授を勤めている。名前は、蒼崎紫遙」

 

「私は、その助手であり女中であり‥‥娘です。美遊・エーデルフェルトと言います」

 

 

 何と評したら良いものか、それなり以上には有名になってしまった俺の名を、聞いた彼女は暫く小首をかしげて悩んだ。

 しかし様子を見るに、どうもデータベースにヒットしなかったらしい。もっとも如何に有名とはいえ協会内部だけの話。協会に所属していても末端だったり、時計塔に出入りしていなかったりする魔術師ならば知らないのも道理である。

 

 

「‥‥残念ですが、その名前に聞き覚えはありません。アオザキ、というのは確か第五法の家系でしたね。関係者ですか?」

 

「そこまで言う義理はないはずだ。俺の素性に関しては、魔術協会に問い合わせをすればすぐにはっきりする」

 

「我々が死んでからでは、問い合わせも出来ませんね。今日伝書を飛ばしたとしても、帰ってくるのはいつ頃か」

 

「では最初からその問いに意味はない。情報を提供したんだ、等価交換を要求する」

 

「‥‥それも道理ですか。仕方ありませんね」

 

 

 相手が俺の名前を知らなかった時点で、既に俺の素性は全く信用ならないものになってしまっている。俺が協会の名を騙ったところで、彼女にしてみれば即座に確かめる手段はない。

 隣で雪の女性の言い分に、美遊が顔を顰めるのが気配で分かった。相変わらず、この子は真っ正直で真っ直ぐで、誠実だ。

 

 

「―――私はサーシャスフィール・フォン・アインツベルン。此度の聖杯戦争にはライダーのマスターとして、そしてアインツベルンの名を背負って参戦致しました」

 

「アインツベルン‥‥ッ、イリヤの―――ッ!」

 

 

 ‥‥半ば、予想していたその名乗り。雪の女王から発せられた姓に、美遊が小さく息を飲んだ。

 冬木の聖杯戦争を作り上げた三つの家。非常に限られた者達が御三家と呼ぶ、遠坂・間桐・アインツベルンは必ず聖杯戦争への参加権を得られるという。特にアインツベルンは聖杯戦争の中核をなす技術を持っていた家で、遠坂嬢からの話だと、聖杯を提供するのもこの家。

 

 

「‥‥イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは確かに先代の聖杯の器。しかしそれも七年も前のこと。貴女はその時の関係者? 随分と、若いようですが」

 

「なぁに、人の縁とは分からぬものよ。それに沙沙よ、そんなことを気にするよりも目の前の益荒男達と刃を交える方が血が沸くというものぞ!」

 

「‥‥健忘術数の最中においても、その調子で最後まで疾り続けたわけですいね貴方は」

 

「応さ! いやなに、これはこれで気苦労が多いがな」

 

 

 喀々と笑いながらも大上段に構えた偏月刀はぴくりとも動かぬ威丈夫、ライダー。そして彼と真っ正面の位置を崩さず、挟み打ちで待機するサーシャスフィール・フォン・アインツベルン。

 彼らはあくまで敵対の姿勢を崩さないらしい。二騎の強敵とみた美遊も、隣でかなり緊張しているのが分かる。彼女の戦歴は英雄に劣るものではないけれど、存在の格というものが違う。

 そして俺には、不審な点が山ほどあった。

 

 

「ちょっと待って欲しい。ミス・アインツベルンにライダー」

 

「むぅ?」

 

「なにか、あるのですか?」

 

「山ほどあるさ。そもそも君達は今、聖杯戦争をしているつもりなのか? 俺の主観では聖杯戦争なんて始まっていない。俺達は英霊に似た反応をする異空間を感知して、その調査にやって来たんだ」

 

 

 戦意を隠そうともしない二人に、俺も警戒はそのままに問い返す。

 俺も美遊も、この空間には黒化した英霊が一騎だけいるものだとばかり思いこんでいた。それがマスターと名乗る人物がついてきて、あまつさえサーヴァントという格を手に入れていると来た。

 はじめはサーシャスフィール・フォン・アインツベルンが並行世界から俺達の世界へと干渉してきた術者かと思った。しかし、どうも違う。

 

 

「俺の仲間には冬木の管理者(セカンドオーナー)がいる。彼女によれば、今のところ最近この霊脈範疇に出入りした管理外の魔術師はいないそうだ。どうもおかしい」

 

「‥‥冬木の管理者(セカンドオーナー)? それはトオサカのことですか。彼女には私達も会いましたが、この聖杯戦争については了解済みでした。貴方の言い分こそおかしい」

 

「そもそも此の俺がいる以上、聖杯戦争をしているのは当然の事実であろうが。小僧、貴様は何が言いたいのだ?」

 

 

 ‥‥まぁ、そうか。相手にしてみればその通りだ。

 しかし聞きたいことはまだある。いまの返事からも、読み取れる事柄は多い。

 

 

「つまりそちらは、自分たちが今どこにいるのか分かっていないのか?」

 

「むぅ、異なことを言いよる。俺はこの森に進入してきた魔術師である、貴様らを退治するために打って出たわけだが‥‥」

 

「それは違う。俺達は此処を英霊の反応がする異空間だと解釈している。美遊?」

 

「サファイヤ」

 

『―――美遊様、紫遙様、私の分析によりますとこの場は四方が最大で1キロメートル程度の結界です。それ以上の広さを感知できない原因は、かつての鏡面界と同じ、という判断をしております』

 

 

 鏡面界で見えた格子模様は、薄くなっているのか視認出来ない。しかしサファイヤは空間そのものに対しての走査を行い、次元や空間に関する調査を行える。

 魔法使い謹製の魔術礼装の名は伊達じゃない。ことこの手の調査に関して、これだけの性能を発揮する礼装は他に類を見ないことだろう。

 

 

「俺はこの件を、並行世界絡みの異変であると考えている。俺達が調査に訪れた冬木は聖杯戦争が行われていない世界。君達の世界は、聖杯戦争が行われている世界。こう考えると辻褄が合うと思わないか?」

 

「‥‥一理あります。しかし私は、その人工精霊を搭載したと思しき魔術礼装の言葉を信用出来ません。何故なら此処は私たちアインツベルンの領土。私はこの森に、今の今まで一切の異変を感じていない。この森に魔術師が踏み入るだけで、私にはそれが分かる。これについて、貴方はどう思いますか?」

 

 

 むぅ、と唸り声が漏れる。思わず叫ばなかったのは褒めてもらいたいぐらいの難問だった。

 俺としてはサファイヤの分析結果が信用出来る。というより、彼女に分からないのであれば他の誰でも分かるまい。

 しかしサーシャスフィール・フォン・アインツベルンの言い分も十分に納得出来るものだ。仮に俺が彼女であるならば、自身の領土から感じる感覚は第一に信用出来るものだろう。

 

 

「‥‥失礼を承知で言うけれど、君が何者かに惑わされている可能性は?」

 

「ありませんね。仮にあるのだとすれば、それは貴方達によるものでしょう。何故ならば、そちらの主張には論旨が通っていても証拠がありません」

 

 

 ぐるん、と斧槍(ハルバート)が振り回される。瞳に宿った光がいっそう鋭くなった。

 ピリピリと張り詰めていたテンションが、最高潮へと達する。反対側で構えるライダーのサーヴァントは、サーシャスフィールの気の昂ぶりを感じてか、楽しそうにしている。畜生、こいつら戦る気だ。

 

 

「私からしてみれば、貴方達の言葉が全て嘘である可能性が最も高い。それは、貴方も理解していると思いますが」

 

「‥・その通りだね。悔しいけど、実際にサーヴァントを従え、おそらくは令呪も持っているだろう君の主張は、逆に俺達からすると実に説得力がある」

 

「それです。貴方達は聖杯戦争に詳しすぎる。本来ならば参加者ぐらいにしか理解出来ない事柄を知りすぎている。疑わしきは罰せよ、という言葉をご存じですか‥‥?」

 

 

 真剣で緊張した様子であった美遊から伝わる、今度は若干呆れた気配。うん、そうだね、少しばかり口を滑らせた。俺はそもそも交渉事に向かない。美遊を矢面に立たせるわけにはいかないからとはいえ、無理はするものじゃなかった。

 交渉にはそれぞれステージというものがある。そして残念ながら、今は最終ステージも佳境だった。

 

 

「‥‥最後に一つだけ。俺と美遊が、この空間に侵入した術式がある。それを使えば俺達は此処から脱出することが出来るし、それを以て証明の一助になると思うんだけど」

 

「許可しません。もはや貴方達にはこれ以上の魔術行使を許さないと心得なさい」

 

「戦るかね、沙沙?」

 

「はい。この二人は生かしておく方が危険です。そもそも聖杯戦争とは、自ら以外の全ての陣営を滅ぼし尽くすもの。ならば今ここで斬り捨てておくのがベストでしょう」

 

「違いない! では参るか、沙沙よ!」

 

 

 轟、と空気を裂いて大上段からぶん回された大太刀が俺達を威圧した。掠りすらしなかった草むらが、その一振りで吹き飛ばされる程の猛槍である。触れれば一瞬のうちに臓腑まで削ぎ取られることは間違いない。

 そして反対側のサーシャスフィール・フォン・アインツベルンが構える斧槍(ハルバート)もまた岩をも叩き割る分厚い刃と重量を誇る。さらに、騎馬。対してこちらは苦しいことに中距離型の魔術師が二人。

 

 

『ふむ、絶対絶命であるな』

 

「さっきまで黙ってたと思ったら貴様‥‥!」

 

『黙っていろといったのはマスターだろう、ふむ。しかしここを切り抜けねば、待っているのは死のみであるぞ。策はあるのかね?』

 

「ない、けど、やるしかない。美遊、互いによく援護をして、何とか脱出のチャンスを得るぞ」

 

「わかりました、紫遙さん」

 

『美遊様、紫遙様、必ずや勝利を』

 

「勝利なんてしなくていいさ。ただ、切り抜けれられればね‥‥! Zamiel(ザーミエル)! Ihr nennt mich Zamiel《吾が名はザミエル》!!」

 

 

 がつん、と勢いよくトランクを蹴り飛ばす。

 旅行鞄にしても大きすぎる、重すぎるトランクに収納されていたのは、もはや俺という魔術師を著す代名詞ともなった七つの魔弾。

 

 

「さて、何とか凌げるかね。不本意なる吾が相棒、マックスウェルの魔弾よ」

 

『――― Es sei 《いずれにせよ、ふむ》. Bei den Pforten der Hölle 《明日、地獄の入り口で会うことになろう》. Morgen er oder du《奴らか、君か、どちらかがな》』

 

 

 コートの内側から取り出した、銃身を短めに切り詰めた古びた物々しいマスケット銃。銃身にいくつもの血管のような刻印、骨のような装飾の施された俺の礼装。

 本来ならば鉱石を以て作るはずだったゲテモノと化した研究の成果が、鈍く月の光を反射して光った。忌まわしき仇敵の意識を宿した、近づけておくのも不本意な相棒。しかし、今は全力で以て切り抜けるしかない。

 此奴の言う通り、どちらかが地獄に堕ちる未来がないように。

 

 

「こんなこと言われちゃやるしかないな。征くぞ、美遊。覚悟はいいか」

 

「私は出来てます、紫遙さん」

 

『この程度の危機は幾度も乗り越えて来ました。自信を確かに、油断をしませんように』

 

「うん、そうだねサファイヤ。征こう!」

 

 

 ホルダーに納められた、必殺のクラスカード。並行世界の壁に穴を開け、無尽蔵に魔力を取り出せる礼装。そして彼女自身の洗練された魔術回路と技術。

 頼れる助手にして義娘。彼女のためにも、勝たなければ。

 

 

「ほぅ、英雄ではないが良い戦士と見た。これは楽しめそうだぞ、沙沙よ」

 

「油断は禁物です、ライダー。騙りにしても時計塔の教授職を名乗る高位の魔術師に、洗練された魔術を用いる戦士と見ました。全力を以て臨みなさい」

 

「もとよりそのつもりよ。戦に手を抜く? 誰に言っておるのだ沙沙。此処に立つのは俺だぞ? この(ライダー)だぞ!」

 

 

 背筋が粟立つ。隠すことのない、真っ直ぐで猛々しい嵐のような戦意。叩きつけられる殺気が、既に奴と俺が距離は離れながらも紛れもなく相対しているのだと感じさせる。

 ああ畜生、本当なら美遊とライダー、俺とサーシャスフィール・フォン・アインツベルンの組み合わせが順当だというのに。

 このどこまでも清々しい武人は女だてらといえど美遊を相手にするつもりがないと見る。

 

 

「誇れよ魔術師、相手をするのはこの俺だ!」

 

「そうか、お前か!」

 

「そうだ! 来たぞ、貴様を倒すために来たぞ! この(ライダー)が来たぞ!」

 

 

 己を鼓舞する叫びか、相手を畏怖させる咆哮か。全てを押し流す瀑布のような叫びと共に突っ込んでくる黒金の騎兵。その反対、背中合わせになった美遊にも迫る純白の騎馬。

 もはや振り向くこともなく、俺と美遊は拳を打ち合わせ、走る。目の前に迫る地獄へと。全てを砕く悪鬼羅刹と、全てを凍らせる冬の女王と向かうべく。

 

 

Zeichen(サイン)―――ッ!」

 

Drehen(ムーヴ)―――ッ!」

 

Stark(強く)Schnell(速く)―――!」

 

「覇ァァァア―――ッ!!」

 

 

 ぶつかり合う魔力の奔流が、振り回される刃が、魔弾が地を砕き空を裂く。その戦いの結末についてはまた今度。

 全てが片付き、この茶番の正体が判明した時に。またあの部屋で、美遊にお茶を淹れてもらいながらにしようじゃないか。

 

 

 

 

 another act Fin.

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたか、楽しく読んで頂ければ作者冥利に尽きますし、真澄氏への面目も立つといった次第です。
この短い物語の中でいくつかトンデモない設定が飛び出してきておりますが、これは倫敦の作中において適用されるものではありません。いわば夢のようなお話、と思って頂ければ幸いです。
具体的には礼装や、美遊の存在や彼女の発言から推測される諸々の事情など、他にも色々ですね。
あくまでIFのお話として、お楽しみくださいませ!

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