UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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言い忘れてましたが、士郎とルヴィアの話のくだりは『Arcadia』様にて完全新規書き下ろし話を掲載しています。
にじファン時代でもご指摘がありましたが、やはり安直な流れだと思ったモノで‥‥。
こういうところがあるから、何とか間桐臓硯編まではしっかりと改訂を進めていきたいと考えています。改訂版のほうもどうぞよろしく!


第八話 『宝石嬢の憤慨』

 

 〜side Rin〜

 

 

 

さて、突然だけど私と士郎の間には魔術的な繋がり(レイライン)が張られている。

聖杯戦争中に士郎の足りない魔力を補うために作り上げたそれは、当然ながら今も存在していて、あまり距離が遠くなければこれを使って念話などもできる便利なものだ。

別に強制召喚ができたりアーティファクトが出せたりするわけじゃないささやかな繋がりではあるけど、ただ私と士郎がしっかりと結びついているという確たる実感こそが、私を安心させる大事なラインである。

ま、たまにセイバーとのラインと混線することがあるのが難点なんだけどね。あの二人、どうも元主従だけじゃ説明つかない絆があるらしい。

べ、別に嫉妬してるわけじゃないんだからねって何言ってるのよ私は。

 

それで、今大事なのはそのラインが士郎の置かれている状況も伝えてくれるってこと。

繋ぎ方がアレだったせいか、こっちに来てからもアレがナニでソレな感じだったからますます深くなっていて――って何言わせるのよ!

とにかくそんなわけで最近はとくに繋がりが乱れることはなかったんだけど、今日に来て、つい今さっき突然、士郎とのラインが不安定になったのだ。

 

 

「セイバー!」

 

「はい、お昼ですか?」

 

「違うわよ!」

 

 

丁度休日なのもあって居間でテレビを見ながら紅茶とショートブレッドに舌鼓を打っていた使い魔(サーヴァント)にツッコミを入れる。

最近この娘とみに俗世にまみれてるわね。まぁ以前の融通効かない彼女からしてみれば良い兆候ではあると思うけど、とりあえずこっちが真面目に呼んでるんだから間の抜けた返事は止めて欲しい。

 

私は隠し棚から急いで魔力の篭もった宝石のストックを幾つか取り出すと、見た目からは想像できない程容量の大きいスカートのポケットへと突っ込み、頭の中から張られたケーブルを探るようにして士郎との繋がりに集中する。

 

 

「士郎がピンチよ! レイラインが乱れたわ。場所は今私が探ってるから、貴女も準備しなさい!」

 

「?! わかりました!」

 

 

と、私のせっぱ詰まった声をきくなり武装し始めようとするセイバーを止める。いくらなんでも倫敦の街中をそれで疾走するわけにはいかない。

何を悠長なことをと唾を飛ばして抗議するセイバーに残りのショートブレッドを押しつけてレイラインの探索に集中する。ていうかまさかこの娘、あわよくば士郎の二号さんとか狙ってないでしょうね‥‥? なんかここのところ士郎への態度が妙だから気になるわ。

さて、向こうが意識して繋げているわけではないからひどく曖昧な感触だけど、絶対なんとかしてみせる!

 

 

「‥‥見つけた!」

 

「リン! 外にキャブを呼んでおきました。すぐに乗り込みましょう!」

 

 

口にくわえたショートブレッドをもぐもぐさせながらセイバーが窓から外を確認していた頭を家の中へ戻して叫ぶ。

手際の良さは見事だけど、その姿はとても騎士王には見えないわね。この現実を知ったイギリス国民がどう思うことか‥‥。

ま、私はこんなセイバーの方が好きだけどね。

 

 

「ごめんなさいね、私の言う通りの方向に走らせて下さる?」

 

「合点だ!」

 

 

セイバーが呼んだキャブの運転手はやたらと気風の良いおじさんで、私がおおまかな方向と距離を伝えるだけで場所を割り出し、交通法規ぎりぎりのスピードで車を走らせてくれた。

その運転テクが凄いのなんのって、アクセル踏みっぱなしでカーブ曲がるわ、信号ついてなかったら横断歩道に通行人がいてもガン無視だわ‥‥。

まぁ、すぐ横を猛スピードでキャブが通り過ぎても眉一つ動かさないロンドンっ子も凄いわね。

しかもなんでパトカーに捕まんないのかと思ったら、どうもこの親父ロンドン中の警察の巡回ルートと時間を完全に把握しているらしい。プロね。

 

 

「嬢ちゃん方! 着いたぜぇ!」

 

 

ギリギリで急ブレーキをかけた黄色い車体が横滑りしながら巨大な屋敷の前へと到着する。

倫敦から結構離れた郊外だというのに、所要時間は普段私が自宅から大英博物館(きょうかい)へと向かうぐらいの時間しかかかっていない。‥‥これからもご贔屓にさせてもらおうかしら。

私は気っ風のいい運転手にちょっと多めにチップを渡すと、これから起こるであろう“戦争”を考えて、出来るだけ早くこの場所から離れるように忠告する。

そんな東洋人の小娘の様子に何かを察したのか、オヤジはニッとダンディに笑うと何も聞かずにさっきと寸分違わぬすさまじい速度で土煙だけ残して鮮やかに去っていった。しかも自分直通の電話番号まで残して。

やっぱり今後も贔屓にさせてもらおう。

 

 

「ここですか? リン」

 

「ええ。微弱だけど士郎のラインはここに繋がってるわ」

 

 

さて、と呟いた私の横でセイバーが普段着から銀色の甲冑姿へと武装する。

目の前にそびえ立つ大邸宅は一軒普通の、私の神経を逆撫でするぐらいお金の匂いがプンプンする豪邸でありながら、注意深く観察すればこれでもかと言う程の魔術的な防御が張り巡らされた工房であった。

ここまでの邸宅を工房として維持できるのは、時計塔でも教授クラス、そうでなくても魔術師の家系としては数百年では利かない程の歴史ある存在だろう。

とてもじゃないけど生半可にいきそうにない相手だ。士郎の固有結界のこともあるし、油断ならない‥‥。

 

 

「どうしますか? リン。裏手に回ればあるいは使用人用の裏口でもあるかもしれませんが―――」

 

「そんなの必要ないわ」

 

 

真剣な顔で私の判断を窺うセイバーに、私は耳にかかった髪の毛を後ろへ払いのけるとにやりと笑みを浮かべて一歩踏み出した。

私の士郎を奪った相手に、こそこそと忍び込むなんて優しい真似してやる必要はない。

セイバーを前衛にして、完膚無きまでにたたきつぶす! この私を敵に回したこと、後悔させてやるわ!

安価でありながらも比較的魔力を貯めた宝石をポケットから取りだして、呪を紡ぎ、目の前に立ちふさがる不可視の結界に向けてたたき付ける!

 

 

「―――Acht《八番》‥‥!」」

 

 

結界に接触した瞬間、宝石は眩い閃光を放って様々な対敵排除の施された結界に穴を穿つ。

その効果を確認し、私はセイバーに前進と告げると彼女の後に続いてゆっくりと歩を進めた。

襲いかかってくる罠は全てセイバーに無力化される。どうやら動く石像(ゴーレム)守護像(ガーゴイル)合成獣(キメラ)自動人形(オート・マタ)などの自律防御機構は存在しないようだ。おそらくどこぞで屋敷の全体を管制しているであろう人物が発動する魔術的な罠や物理的な罠ばかりが私たちを襲う。

 

しかし、普通の魔術師が相手なら最初の幾つかだけで撃退できたであろう強力でえげつない罠も、こと私達、特にセイバーの前には全く役に立たない。

魔術的なものはセイバーの持つ反則的なまでに高い対魔力によって無効化され、迫り来る丸太の杭や鉄球などは尽くその手の不可視の聖剣によって斬り捨てられる。

私はそんな動く鉄壁の後ろから彼女が討ち漏らしたものをガンドで叩き落とすだけでいい。

ありとあらゆる罠を尽く凌駕して、私たちは通路を悠々と進み、目的の部屋の前へとたどり着いた。

 

 

「ここよ、セイバー。士郎がいるのは。ラインが復活してきてるから間違いないわ」

 

「ではリン」

 

「ええ。いくわよ‥‥っ!!」

 

 

重厚な扉が行く手を阻む一際いい場所に位置する部屋の前で、私とセイバーは互いに

頷きあって助走のために一歩下がる。

何をされてるかは分からないけど、ラインがこんな風に不安定になるなんてよっぽどのことだ。待ってなさいよ士郎! 今私が助けに行くわ!

 

 

「「頼もおぉぉぉおおおお!!!」」

 

 

そして次の瞬間、二人して蹴破った扉の向こうで、一人の少女が目を丸くして立ちつくしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥まったく、何考えてんだよ遠坂! こんな騒ぎ起こして‥‥ルヴィアに謝れ!」

 

「なによ! 元はと言えば士郎が不甲斐ないのがいけないんでしょ! 大体バイト先がコイツのところだなんて聞いてないわよ!!」

 

「まったくです! 私たちに心配をかけるシロウが悪い! ‥‥失礼、よろしければこのクランペットをもう一つ頂けますか?」

 

「かしこまりました」

 

 

呆然と、否、かなりの諦観を含んで紅茶を啜る俺とルヴィアの前で、遠坂家の皆さんはまるでここが自分たちの家であるかのごとく好き勝手にやりたい放題している。

豪快にルヴィアの部屋へ飛び込んで来た遠坂嬢とセイバーに踏みつぶされた俺と衛宮は、ここまで来てやっと事態を把握するに至った彼女達に救助され、かなり長い時間をかけてお互いの誤解を解き合うと、なんとか和解(?)して今は全員でひとまずお茶の時間と相成っていた。

 

一通り説明と謝罪を終えた後は今ご覧になっている通りである。

本来の当事者であるはずのルヴィアは完全に無視され、当事者ですらない俺は存在すら脳内から抹消された様子で延々恋人達の痴話喧嘩を聞かされているのだ。

正直、今にも口から砂でも吐いてしまいたい気分だ。パッと見たカンジは喧嘩だけど、まき散らしている雰囲気が甘い。チョコラテよりも甘い。

セイバーはセイバーで安心したのか、復活した執事さんから紅茶と英国菓子の接待をうけている。もともと王様だったからなのか、接待を受ける様子も随分と様になっていた。

 

 

「いやぁ、ここまで綺麗に無視されてしまうといっそ清々しいねぇ」

 

「私は全く納得できませんわ。シェロがミス・トオサカの弟子だということも今初めて聞きましたし。‥‥ショウ、貴方はご存じだったのではなくて?」

 

「‥‥まぁ、ね」

 

「後で覚えていらしてよ」

 

 

ぎろりと殺気すら篭もった目で見られ、俺はハハハと乾いた笑いを漏らす。

ぶっちゃけ今日何度も思ったことだけれど、俺は果たして無事にこの屋敷から無事に帰ることができるのだろうか‥‥?

とりあえず今の今まで五体満足であることを神様に感謝するべきなのかもしれないけど。

 

 

「えー、おほん。ミス・トオサカ?」

 

「なにかしら? ミス・エーデルフェルト」

 

 

大きく咳払いをして今だ痴話喧嘩を繰り返す遠坂嬢と衛宮の注意を促したルヴィアは、幾分か調子を取り戻して優雅に、それでいて肉食獣のように綺麗に微笑みながら目の前の仇敵に話しかける。

遠坂嬢もその雰囲気に気づいたのか、こちらも素早く愛用の猫を被って微笑みかけた。‥‥女ってコエーな、オイ。

 

 

「シェロをこちらに送ったのは、もしや貴女の指示だったのかしら? ミスタ・アオザキを利用して」

 

「あら、それは下衆の勘ぐりというものでしてよ? ミス・エーデルフェルト。私は弟子がこちらで働いていることはおろか、蒼崎君と懇意にしていたことも聞いてませんもの」

 

 

と、ルヴィアの言葉に難なく返事を返した遠坂嬢がギロリとこちらをにらむ。

っていや、俺、別に君に恨まれるようなことはしてないぞ? むしろ衛宮を出稼ぎに走らざるを得ない状況に陥らせた君の方に責任はあると思うんだけどさ。

ま、当然こんなこと言っても効果はないと分かってるけど。

 

 

「あら、つまり貴女は弟子の行動も把握できていないと?」

 

「っ! 私は弟子の自主性に任せておりますの。一々お守りをしなければならないような弟子はかかえておりませんので」

 

「‥‥何を仰いたいのかしら? 私に弟子はおりませんわよ。ミス・トオサカ」

 

「あらあら、どうしたのかしら? そんなことは当然存じておりますわ、ミス・エーデルフェルト」

 

 

笑顔という仮面を被ったけものとあくまの応酬は辺りに絶対零度の凍気をまき散らしながら続いている。

俺は正直、今だホクホクとクランペットに舌鼓を打っているセイバーの仲間入りをしたい気持ちでいっぱいだったけど、この状況は俺と、ついでに衛宮にも逃走を許しそうにない。

なんて理不尽なんだ。このお嬢様達は。

ちなみにもう一人部屋の中にいる執事さんはというと、ちゃっかりセイバーを挟んで向こう側へと退避している。なにかあったら彼女の対魔力を盾にしてやり過ごす気だろう。なんて人だ。

 

 

「まぁどこぞの効果のない罠ばかり設置してある家では、さぞや郎党にお困りなんでしょうね?」

 

「‥‥ミス・トオサカ。貴女、私に喧嘩を売っておりますの? 買いますわよ。買いますわよ?」

 

「あら、私はどこぞの誰かと言っただけですけど」

 

 

一度鎮火した空気は、再度その温度を高めつつあった。

そろそろ火種が無くても自然発火するぐらいの温度だろう。先ほどまでの凍り付くような空気とは一変、今は近くにいると汗がだらだらと流れ出してくる。‥‥冷や汗だが。

そして今にも第六次聖杯戦争が起ころうかとしたその時、予想もつかない方向から助け船が入った。

 

 

「二人共止めろ! 遠坂、これ以上他人様の家を壊す気か! ルヴィア、もう使用人さん達に迷惑をかけるのは止めろ!」

 

「士郎‥‥」

 

「シェロ‥‥」

 

 

やるときはやる、男です衛宮士郎。

突然割って入った恋人に友人の一喝に、遠坂嬢もルヴィアもびくりと身を震わせて臨戦態勢となっていた殺気を霧散させた。

いやはや凄いな。俺ではこうはいかないよ。流石は衛宮といったところかな。

 

 

「そうですよ二人共。これ以上暴れられてはお茶に埃が入ってしまう」

 

 

次いで部屋の隅でのんびりティータイムを楽しんでいたセイバーが立ち上がる。

先ほどからお茶を不味くする空気を放出しまくっていた二人に苛立っているのか、すでに武装まで済ませていて喧嘩両成敗のやる気満々だ。

静かに怒る騎士王に、二人はさらに萎縮して『ごめんなさい』と呟くとゆっくりと椅子に座った。

 

 

「まったくもう、ホラ握手でもして、仲直りしろよ」

 

「握手ですって! こんな奴と!」

 

「同感ですわ!」

 

「ふ・た・り・と・も?」

 

「‥‥はい」

 

 

衛宮の言葉に渋々手を伸ばして握手するあくまとけもの。

俺は今、歴史的な瞬間を目撃してしまった! 俺でなくとも鉱石学科の人間がコレを目撃したなら、ラグナロクは近いと時計塔中を叫びながら巡り歩くだろう。

 

 

「やっぱりアレか。恋する乙女は意中の人には逆らえないのか」

 

「おや? なにか言いましたか? ショー」

 

「いや、なんでも」

 

 

独り言のようなつぶやきを高い身体能力で聞きつけたセイバーに適当に返事して、俺はやっとの思いで執事さんが淹れ直してくれたダージリンを啜った。

なんだかんだあったけど、まともに事態が収拾してよかったよ。

 

 

(‥‥あれ? もしかして今回ワリ喰ったの俺だけ?)

 

 

目の前でいちゃつく衛宮と遠坂嬢、それに対抗して雇い主権限を発動して衛宮に紅茶を淹れさせようとするルヴィア。

それに最初と全く変わらぬペースでお茶菓子をほおばり続けるセイバーを見て、今幸せじゃないのは俺だけかという疑問は、久しぶりに晴れた初秋の空へと消えていったのだった。

 

 

 

 

 9th act Fin.

 

 

 

 


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