〜side Emiya〜
一体自分の身に何が起こってしまったのか、俺には全く理解できていなかった。
ことの発端はあくまでも平和的で穏やか‥‥と言うには少々切羽詰まったものではあったけど、とにかく今こうしてボロ雑巾のような状況で正座を強要されなきゃいけなくなるような兆候は微塵もなかったと断言できる。
それがどこをどう巡り巡ってこうなってしまったのか、さっきからずっと考えてはいるんだが‥‥。
なんていうか、いくら普段から遠坂とかセイバーとか桜とかに『鈍感』って言われまくってる俺でも、ここまで女関連で不幸に遭い続けてれば流石にわかる。
俺には、女難の相があるに違いない。幸運Eは伊達じゃないな、アーチャー。
ていうか今回は本当に理不尽だ。
俺は唯、紫遙に紹介してもらった職場で極めて真面目に仕事をしていただけなのに‥‥。
まさかその雇い主が魔術師だなんて思ってもみなかった、なんて言ったらルヴィアにまたえらい剣幕で怒られた。
なんでもエーデルフェルトってのはかなりの名門らしい。屋敷の同僚達にしたってなんらかの知識や心得があるんだとか。
わーお、全然気付かなかったよ。そういえばココに来てる間は一切魔術使ってなかったっけ。
そんなこんなで今、俺は隣で同様にズタボロにされてギザギザした石の上に正座させられ、更に地蔵まで抱かされている紫遙と一緒にきんのけものの説教を受けているというわけだ。
ちなみにこいつは俺の数倍は酷いお仕置きを受けたらしい。今だ口から黒い煙を吐き出し続けている。俺はその時ちょうど涙で視界が霞んでいたから様子はよく見えなかったけど‥‥。
「さて、説明して頂けるんでしょうね?」
「はひ‥‥」
ルヴィアのお仕置きフルコースを喰らい、更に拷問紛いの反省までさせられて俺はひーひー言いながらぺこぺこと頭を下げていた。
一通り人をぶちのめすことである程度気は収まったようだが、こちらの被害は甚大だ。俺、そこまで対魔力高くないのに‥‥。
「なにか仰っしゃいまして?」
「イエナンデモ」
またも綺麗な笑顔を見せるルヴィアに即座に首を横に振る俺。男の尊厳ってなんだっけ?
まぁ伽藍の洞でも女性優位だったからもう慣れたけどさ。ていうか型月は基本そうなのか。女性が強すぎる。
「さて、まずお聞きしますけど、この方‥‥シェロは貴方の弟子なんですの?」
「いや、彼はれっきとした時計塔の学生だよ」
「‥‥見た覚えがありませんわ」
「基礎錬成講座の学生だからね。君、歯牙にもかけないだろ?」
「う、それはそうですわね‥‥」
別段見下しているとか言うわけではないけれど、ルヴィアは基礎科の人間などには注意を払わない傾向がある。
まぁ身近に最大級の注意を払う相手がいるんだから当然と言えば当然なんだけどね。
なにしろ数瞬でも気を抜けば危ういという強敵だ。
そのとばっちりをライブで喰らいまくっている俺からは苦笑いしか出てこないけど。
「こいつは新興の魔術師なんだよ。それでその土地の
「なるほど。納得はできませんけど理解はしましたわ」
フン! と優雅とは程遠い仕草でルヴィアはそっぽを向いて拗ねてしまう。
俺はツンデレか? と小声で聞いてくる衛宮に、あぁツンデレだと同じく小声で返す。
古今東西縦ロールがツンデレキャラじゃなかった試しはない。あったら連絡下さい。謝罪します。
あと意外にいい性格してるな、衛宮。
「ではもう一つ問わせていただきます」
眉を潜めたルヴィアの様子をじーっと見ていた俺達に気付き、けふんけふんと可愛らしい咳ばらいをしてごまかした彼女はふと俺が後生大事に抱えている地蔵に手をかけた。
‥‥どうでもいいけど、このやたらと年期の入った地蔵は一体どこから持ってきたんだ?
「なんで貴方は、シェロが魔術師だと私に教えなかったのですかっっ!!!」
「ぶるぁぁぁあああ?!」
抱かされていた地蔵をどかしてくれたからもう許してくれるのかと思いきや、ルヴィアは俺を縛り上げた縄をそのままにつかつかと背後へ回ると、がっしと力強く腰をホールドし、そのまま見事なバックドロップを決めやがった。
当然のことながら両手を束縛されている俺は見事に後頭部を床とコンニチワさせ、口からエクトプラズムを吐き出すハメに。
隣で衛宮が目を丸くしている様子が目に浮かぶようだ。“淑女のフォークリフト”は伊達じゃない。
「貴方はいっつもそうでしたわね! 面白そうだからといって私の昼食のサンドイッチに梅干しを入れたり、面白そうだからといって私の飲んでいたショウチュウに梅干しを入れたり‥‥!」
「梅干しばっかかよ! ていうかルヴィアって焼酎呑むんだ?!」
今だ頭を床に半分めりこませたままピクピクと痙攣している俺に向かってルヴィアがたまに俺が彼女をからかってみた時の鬱憤を吐き出し、それに対してまるで自身の義務であるかのように律儀に衛宮がツッコミを入れる。
大体このお嬢様は日本嫌いと明言しているわりに日本について知らなさすぎる。
過去に聖杯戦争で遠坂に不覚をとったから一族ぐるみで嫌っているらしいけど、こんなに無知なんじゃ二度目もありそうだ。
その割に焼酎やら地蔵やら常備してるんだから、中々にエーデルフェルトってのは理解できないな。
ま、アインツベルンの例の如く長く続いた魔術師の家系ってのはどっかしらぶっ飛んでるのが大概だと思う。実際問題、俺が苗字に据えている蒼崎にしたってそこまで歴史がないくせにイカレてる。
「全く、これに懲りたら二度と私をからかおうなんて思わないことです!」
「いやはや、なんだかんだでひっかかる君も君かと思うけどね」
目の前の美しい拷問吏はまだ色々と言いたいことがありそうだったけど、ぶつくさ文句を言いながらも俺の縄を解いてくれた。
どうも最近これだという加減が分かってきたらしい。ギリギリまで追い込まれるけど後遺症がある程の逸脱したお仕置きはなくなった。
なんていうか、逆にギリギリ壊れないぐらいまでは痛めつけられるってことでゾッとしないな‥‥。
俺は半ば呆れた様子ながらも気遣ってくれる衛宮に軽く手を挙げて礼をすると、本格的なお仕置きが始まる前に部屋の隅へと退避させてもらった軽く煤けてしまっているミリタリージャケットを羽織った。
ちなみにコレ、軍からの横流しではあるけどそれなりに改造してあって魔術防御力は高い。
それがわかってて事前に脱がせたルヴィアも相当な鬼畜だと思うよ、ウン。
「基礎学科の学生と言うことは、まだ見習いですの? 使える魔術は?」
と、お調子者に対する気が済んだのかルヴィアはくるりと怯えきっている衛宮に向き直って嬉々として質問を始めた。
ぶっちゃけ魔術師が他の魔術師にする質問じゃないけど、共通の話題を持つ友人が増えて嬉しくてたまらないのだろう。
俺はそっとお湯で暖めたタオルを持ってきてくれたメイドさんにお礼をすると、一緒に持ってきてくれた洗面桶で切れてしまった口の中をゆすぎ、
傷に滲みて痛まないように丁度良い温度まで冷まされた紅茶を啜った。
「いや、実は強化と投影くらいしか使えないんだ‥‥」
「あらあら、本当に見習いですのね」
「そりゃそうだろ。聞く話によればコイツ、
この前の一件以来セイバーには会ってないけど、衛宮は時計塔の廊下でほどほど見かけている。
最も俺は基本的に地下深くにある、建前としては青子姉に与えられている工房を私物化して篭もっていることが多いから本当に稀にしか会ってない。
忙しくないときはそのままお茶に付き合ったりしてるんだけど、そういうときにぽつぽつと漏らされる魔術関連の相談事から組み立てた衛宮の魔術の腕前は、実際問題としてへっぽこ以上の何者でもない。
今のルヴィアの言葉はかなり気を遣った方だろう。強化なんて基礎の基礎と投影なんてマイナー極まりない魔術しか使えない魔術師を、時計塔では半人前とは呼ばない。見習いでもまだ良い方だ。
「そういえばシェロ、貴方誰かに個人的に師事なさってますの? もし誰も師と仰ぐ人がいないと言うのでしたら私が―――」
しばらく魔術関連の談笑―――というには話題が話題なだけに多少血なまぐさくはあったけど―――に興じ、何やらルヴィアが意を決したように熱っぽい顔で衛宮に近寄り、口を開いたその時だった。
突然部屋の端に目立たないように据えてあった机の上に、これまたよく注意しなければ気づけない程さりげなく置かれた古風な電話機がけたたましく、それでいて不快感を抱かせない程に鳴り始めた。
なんのことかと顔を見合わせる俺達に失礼しますと断ると、ルヴィアは机に近寄って、その映画に出てくるような古いレストランでボーイがトレイに載せてもってくるような小さく、優美な受話器をとると応答を始める。
が、すぐに顔が驚きの表情へと変化した。
「なんですって?! 屋敷に侵入‥‥いえ、突入者?!」
「「はぁ?!」」
俺と衛宮は同時に驚愕の声をあげた。
一見どこにでもありそうな豪邸、まぁ豪邸はどこにでもあるわけじゃないんだけど、とりあえず普通の屋敷に見えるかもしれないが、このエーデルフェルト邸は幾重にも魔術的なトラップを張り巡らされた一つの工房だ。
それも、ルヴィアゼリッタという一魔術師の工房ではなく、エーデルフェルトという巨大な家系の工房。魔術師の工房の原則である『来る者拒んで去る者逃がさず』をしっかりと踏襲した、侵入者に対する絶対の攻撃フィールドである。
学生は時計塔に居住地を報告する義務がある。というか、魔術師はすべからくその土地の
で、つまりは時計塔でルヴィアに敵意を持っているような奴らはみんな、調べれば彼女の家がココにあることは簡単に発見できる。
しかし、しかしだよ? だからといって他の魔術師の本拠地においそれと突撃かましてくるような馬鹿なんているはずがない。
それがルヴィアみたいな一流の魔術師相手だったら尚更だ。
例え誰かから依頼されたり何かしたりで彼女を始末する必要があったとしても、わざわざ守りが堅固なところで襲撃する必要はない。
「ふ、ふふふ、ふふふふふふ‥‥。そうですの、このルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトに喧嘩を売ろうという馬鹿者がまだこの欧州にいたんですのね」
そして魔術師にとって、自身の工房に侵入されるというのは最大級の侮辱の一つだ。
だから思わず身をすくめる程の怒気を放ちながらのルヴィアの笑い声に、俺と衛宮は逃げだしたいと激しく主張する足を叱咤激励してその場に踏みとどまった。
今逃げたらあかん。外に出た瞬間に、今侵入者に向けて牙をむいている悪質なトラップ達の矛先はこの家の郎党でない俺達へと向かうことだろう。
この家の懐であるココにいた方が安全だし、いざというときにはルヴィアを守ることもできる。
「
『いえ、お嬢様! 侵入者は全てのトラップを斬り捨ててそちらへ向かっております!!』
俺達がむしろ侵入者の安否を気遣ってしまったその時だった。
自信満々に狼藉者の始末を命じたルヴィアに返ってきたのは、彼女の予想とは大きく異なる悲鳴混じりの執事の声だった。
かなり動転しているらしく、受話器を通してこちらまで声が届く。あの冷静沈着な執事さんがここまで取り乱すなんて、よっぽどのことだ。
「罠を斬り捨てて?! ここは別邸と言えどもエーデルフェルトですのよ!」
『分かりません! 魔術的なものは全て無効化され、物理的なものは全て斬り払われています!』
「なんてこと‥‥! 一体何名の部隊なんですの、その狼藉者は!」
『二名です! 銀色の鎧を纏った金髪の少女と、赤い服を着た黒髪の少女です!』
「まさか‥‥な」
こちらまで聞こえた執事さんの侵入者についての報告に、俺と衛宮はそろってある二人の知り合いを思い浮かべた。
まさか、いやまさか、ああでもまさか。
しかし相手は猪突猛進を地で征く騎士王と、固有スキルうっかりランクEXのあかいあくまである。何かをすごく致命的なまでに曲大解釈したと考えれば決して有り得ない展開ではない。
現に隣で衛宮も恋人とかつての従者の名前を呟いてるし。
『お嬢様お気をつけ下さい! 敵はもうすぐそこまで‥‥ぐぁあ?!』
「バトラー? バトラー?! ‥‥く、なんということを!」
一際大きな悲鳴と何か重い物がぶつかる音を最後に、執事さんからの通信は断絶した。
戦争モノ映画もかくやという悲壮な顔をしたルヴィアは受話器を置いてキッと顔を上げると、散って行った使用人達への黙祷を捧げる。
そして俺達へ事態の解決の協力を求めようとしたその時だった。
俺は猛烈な殺気が扉の向こうから発せられているのを感じると、同様に察したらしい衛宮と同時にルヴィアへ向かって駆け出した。
「ルヴィア! 避けろっ!!」
「え?!
「「頼もぉぉおおーっっ!!!」」
突然自分の方に突進されて驚いたルヴィアを俺達が突き飛ばしたのと、侵入者を感知すると同時に自動で魔術防御が施された堅牢な扉を力付くで破った二人組が部屋の中へと躍り込んできたのは殆ど同時だった。
「「なんでさぁぁあああ?!!」」
そしてその二ツの人影に俺達が豪快に轢かれてしまったのも、一瞬後の出来事だった。
加害者の姿は咄嗟のことで見えなかったけど、銀と赤の小柄な人影だけは朧げに確認できた。
まったくどんな経緯でここまでやって来たのやら‥‥。
幸運ランクEコンビ、祖国から遥か遠く、霧の街倫郭郊外にて、没す―――――
8th act Fin.