UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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番外話 『降誕祭の彼等』

 

 

 

 

 

 side Luviagelita Edelfelt

 

 

 

「ショウ、このテーブルのセッティングはこのようなカンジでよろしいんですの? テーブルクロスのサイズが机よりも少々大きいので、端が不格好になってしまってあまり気に入っていないのですが‥‥」

 

 

 長き歴史を誇る大英帝国。その中心部から少しだけ外れた路地の中、周りをこれまた普通ながらも同じように歴史あるアパートに囲まれた洋館。

 私の感覚でいえば、そこまで大きくはない。しかし先進諸国の住宅問題を鑑みるに、やはり首都の真ん中に立っているというだけで、それなりの価値というものがあります。

 今、私がロンドン留学に際して建築したエーデルフェルト別邸も、当然のことのように今私が居るこの屋敷よりは大きいが、それでも流石に都心部に建てるわけにはいかず、少し離れた郊外を選んだのです。

 

 

「いいんじゃないかな? なんか衛宮と遠坂嬢は料理の準備で忙しいみたいだし。ここは他人の家で悪いけれど、俺達で勝手にやってしまおう。何かいらんもの持ち出したりしなきゃ、遠坂嬢達だって起こりはしないだろうしね」

 

「そうですわね。‥‥はぁ、こういうことは慣れておりませんから手間ばかりかかって仕方がありませんわ。私の屋敷でやれば、メイド達に全てセッティングを調えてもらいますのに」

 

「自分たちで用意したクリスマスパーティーにしようって最初にみんなで決めたじゃないか。君だってたまにはそういう趣向も珍しくて良いって賛成してただろう?」

 

「別に嫌だなんて言っておりませんわ。ただ感想を述べただけですのよ。私とてパーティーの趣向をあえて無視するような真似はいたしません」

 

「ハハ、そういうところはちゃんと信用してるよ。そこまで短い付き合いでもないし、さ」

 

 

 両隣を古びたアパートに挟まれた洋館。ここは特待生として入学したミス・トオサカのために時計塔がわざわざ用意した学外宿舎ですわ。

 本来ならノーリッジの学生寮に入るか、もしくは私のように自力で宿舎を見つけなければいけないところを特別な扱いというのはいかがなものかと思うのですが‥‥。そのあたりは時計塔にも思惑があるのでしょう。

 時計塔は決して無能な組織ではありません。確かに老害としか言えないような澱を溜め込んだ部分も多いですが、それでも組織として成熟しきっているのもまた事実。

 伊達に西暦年と同じだけ、否、それ以上の年月を経てきたわけではありません。一介の学生に過ぎない私では、計りきれない思惑というのも少なくはないでしょうから。

 

 

「それにしても、俺としては君がホームパーティーじみたクリスマス会なんて企画に賛同するのが意外だったね。てっきり君はそういうの苦手だと思ってたから」

 

「別に、むちゃくちゃなものでなければ友人からの誘いを無碍にするようなことは致しませんわ」

 

「そうかい?」

 

「随分と誤解されてしまっているようですわね。私としてはそれなりに長い付き合いである貴方にそのような誤解をされていたのが腹立だしいところではありますが」

 

 

 始まりはシェロの何気ない一言でした。

 冬木に住んでいた頃のシェロ達は、何かにつけてパーティーのようなものを開いていたらしいのです。それは例えば誰かの誕生日であったりとかそういう当然の理由だけではなく、それこそ学校のテストが終わったりとか殆ど関係のないような些細な季節の行事など。

 ロンドンに来てからは忙しかったがためにそういう習慣を自重していたらしいのですが、せっかくのクリスマスだからと盛大にホームパーティーをしてみようと、この前に私とミス・トオサカの共同研究の休憩時間に言いました。

 

 

「まぁ魔術師が集まってすることがホームパーティーというのも、中々に珍妙なことかもしれませんけれどね」

 

「しかも面子が面子だしなぁ。時計塔の首席候補が二人に、未来の英霊と正真正銘の英霊が一人ずつ。ついでに時計塔一の名物講師に封印指定の執行者が更に二人なんて豪華な寄り合いだってのに‥‥」

 

「どこぞの死都でも滅ぼしにいくかっていうメンバーですわよね。下手すれば時計塔の最大戦力なのではありませんの? ‥‥まぁ、自分で言うようなことでもありませんが」

 

「確かに。いやいや、世の中平和が一番だね」

 

 

 まるで小学校の時のように折り紙を貼り合わせて作った輪っかの飾り紐を壁の額縁などに引っかけていたショウがこちらを振り向いて笑う。

 そこまで身長が高くないとはいっても、やはり男性であるショウはそれなりに上背がある。バゼットやロード・エルメロイがまだいらっしゃっていない以上、そしてシェロが料理で忙しい以上は肉体労働は彼の仕事ですわね。

 その分だけこういう細かい装飾などを任されたのですから私もしっかりと務めなければ。そう、そう思ってはいるのですが‥‥。

 

 

「‥‥ショウ、この額縁少し曲がっていませんこと? あと右に5°ほど回した方がよろしいのではないかと」

 

「ルヴィア、君テーブルのセッティングは完了したのかい?」

 

 

 ミス・トオサカの屋敷は両隣をアパートに挟まれている上に、基本的にカーテンを締め切っているために薄暗い印象があります。

 どのみちパーティーがあるのは夜なのですからカーテンが閉まっていても開いていても関係ないような気がするのですが、鬱屈とした雰囲気を払うために私は勢いよくカーテンを左右へと開けました。

 ‥‥いえ、やめておきましょうか。大きな窓から見えるのは整備されず不気味な雰囲気を漂わせた庭と、同じく古くさく埃っぽい路地。これはあまり良い景色とは言えませんわね。これなら外が見えない方が幾分マシですわ。

 

 

「いいじゃないか、魔術師の家っぽくて。俺の工房だって窓ないし」

 

「それは地下だからでしょう。というか工房と家とは全く違いますわよ。私の屋敷だってカーテンは開け放しておりますし。もちろん昼間の話ですが」

 

 

 エーデルフェルトの屋敷はカムフラージュの意味もあって、普通の屋敷に見えるようにしてあります。ごくごく平凡な家に見えるように窓を開けて風と光を取り入れ、綺麗に整備された庭と美しい調度品を揃え、どこからどう見てもありふれた屋敷ですわ。

 魔術師にとって一般社会に溶け込むのは命題の一つですわ。いくら成熟した魔術師が個人で群体の一個小隊を圧倒する実力を持っていたとしても、少数派であることは否定しようがありません。

 私自身もたとえ別邸に軍隊が攻めてきても返り討ちにする自信はありますが、それとは問題が異なりますもの。もとより、魔術というものは一般人に知らせるようなものではないということもありますし。

 

 

「その点で言えば、この屋敷は少々怪しすぎるというものですわね。これでは何もなくても幽霊屋敷など噂されかねないレベルですわよ」

 

「‥‥君の家も相当噂されている可能性が高いけどね。なんていうか、斜め上の方向で」

 

「は? 何のことですの?」

 

「分かってないならいいよ、別に‥‥」

 

 

 呆れた表情で乗っていた椅子から降り、画鋲のケースの蓋を閉めるショウ。一体何を言っているのかさっぱり分かりませんが、とにかく半ばバカにされていることは間違いないようですわね。

 

 

「よく分かりませんが、何と無く不快ですわ‥‥」

 

「そういうもんじゃないかな。ほら、人間わかんないことなんてたくさんあるよ。それが自分のことだったとしてもさ」

 

「何より今の貴方のセリフがよくわかりませんわ。とりあえず喋ればいいというものではないんですよの?」

 

 

 ダイニングから持ってきた大きな食卓と、リビングに元々据えてあった足の短めのテーブル。二つに統一したテーブルクロスの上に花瓶を置き、壁の飾りつけもショウがやってくれましたし‥‥。

 あとはシェロ達の料理と、招待した他の人達が来るだけですわね。そろそろパーティーを始める時間に合わせて集合するなら丁度よい時間なのですが‥‥。

 

 

「失礼します、二人とも。バゼットとフォルテが来ましたよ」

 

「セイバー、出迎えしてくれていたのか。すまないね、そっちを任せてしまって」

 

「いえ、特にやることもありませんし。シロウにキッチンから追い出されてしまったので‥‥」

 

「そ、それはつまみ食いばかりする君が悪いんじゃないかな?」

 

 

 玄関へと繋がる廊下のドアを開けて入ってきたのは、この屋敷の主であるミス・トオサカの使い魔(サーヴァント)であるセイバー。

 真名をアーサー王という一級の英霊である彼女は、私の知る限りではロンドンに来てから英霊らしい生活を送っているとはいえないのですが‥‥だからこそこうして普通に友人として接することが出来たのかもしれません。

 

 英霊とは根本的に人間と違う存在です。特に魔術師であれば英霊の圧倒的な存在感というものは間違いなく感じ取れますし、私も初めてまみえた英霊という存在がこのように親しく付き合える者だとは思いもしませんでした。

 よくよく考えてみれば、当然のことかもしれませんけどね。英霊とて元は人間、普通に人間として接することが出来れば全く気負う必要などないのでしょう。

 最も、やはり英霊という存在がそれを許さないのもまた事実。だからこそセイバーは、使い魔(サーヴァント)と言えども得難い友人なのですわね。

 

 

「おや、セイバーは食い意地が張っているのですか? そういえばランサーも私の食事によく苦言を弄していたものです。‥‥短い期間では、ありましたが」

 

「そういえば君から聖杯戦争についての話はあまり聞いていなかったね、バゼット。さて、失礼するよミスタ・アオザキ、ミス・エーデルフェルト。この屋敷の主であるミス・トオサカに挨拶するのが妥当なのだろうが、姿が見えんことだしなぁ」

 

 

 ぬっと姿を現したのは長身の女性と銀髪の女性。

 そこまで多くはない招待状を受け取った数少ない友人達の内の二人であり、先程話に上った時計塔の最大戦力の内の二人でもある。

 

 全く普段と変わらず、まるで私服などという言葉は持ち合わせていないかのような小豆色のスーツでびっしりと決め、不釣り合いなぐらいにゴツイ黒の革手袋を嵌めているのは、私達とは一年来の友人である封印指定の執行者。

 歴代最強とも噂される、現存する宝具の担い手である『伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)』、バゼット・フラガ・マクレミッツ。

 

 その後ろから続いて現れたのは長い銀髪を結い上げ、白いコートの中に真っ黒いカジュアルドレスを着込んだバゼットと同じくらいの年頃の女性。

 コート自体の仕立ては女性らしく優雅なものなのに全体的にゴツイ印象を受けるのは、おそらく各種の防御術式を施された頑丈な素材を使っているのと‥‥おそらくはその懐に剣の形をした魔術礼装を仕込んでいるからでしょう。

 彼女こそはバゼットと二人で執行部隊の双璧とすら例えられる凄腕の執行者であり、何代も続く風使いの家系の出身者。『風使い』フォルテ、あるいは『素晴らしき』フォルテと呼ばれる友人の一人です。

 元々は冬木へと派遣された執行部隊の一員であり、その関係で冬木から戻ってきて‥‥ショウの一件が終わった後に、バゼットの紹介で付き合いを始めた仲でした。

 

 

「遠坂嬢なら衛宮と一緒にキッチンだよ。昼からずっと料理を作ってくれたんだけど‥‥冷めちゃいないだろうなぁ?」

 

「昼から? やれやれ、一体どんな豪勢な料理を作っているというのですか、まったく。食事などそこまで気にする必要はないではありませんか」

 

「‥‥最近は少しまともになって来たと思っていたが、やはり君は食事に頓着しないところは変わらないな。いい加減、君と二人で食事に行って同じ物を頼まれるようなことは遠慮したいのだが」

 

「バゼット、それは普通にマナー違反だよ‥‥」

 

 

 ショウがフォルテから預かったコートをハンガーにかけながら心配そうに言いました。確かに、延々何時間もキッチンに二人で籠もっているわりに、全く状況が読めません。

 ‥‥まさか二人で何かやっているのではありませんわよね? くっ、私達はひたむきに根源を目指す存在だというのに、不純異性交遊など許すわけにはいきませんわっ!

 

 

「って、なに悶えてんのルヴィアゼリッタ? ホラ、料理出来たから運んでちょうだい」

 

「ミス・トオサカ! いいですか、私の目の黒いうちは魔術師として節度ある振る舞いをしなければ共同研究のパートナーとしての関係を解消させてもらいますからね!」

 

「はぁ?」

 

「あー、気にしないでいいぞ遠坂嬢。今このコ病院が来い状態だから」

 

「失礼なこと仰らないで下さいなショウ! くっ、バゼットとフォルテも手伝って下さいな。急いで運んでしまいますわよ!」

 

 

 キッチンから両手に大皿を持った遠坂嬢が出て来ました。湯気をたてるアツアツの料理は何故か中華。しかも辛さで有名な四川料理。

 何故、このロンドンで洋風のパーティーを企画しておきながら中華料理かと疑問に思いはしますが、彼女の中華料理が美味なのは紛れもない事実なのですわよね。

 

 

「ちゃんと洋食も用意してあるぞ、ルヴィア。遠坂も得意だからって中華料理ばっかり作るなよ。雰囲気とか、そういうの必要だろ常識的に考えて」

 

「お前が常識語るのは無理があるぞ、衛宮‥‥」

 

「なんでだよ紫遙?」

 

「自分で考えてみろ、常識に照らし合わせて」

 

 

 シェロが両手に持った大皿を取り上げてテーブルへと運びます。衛宮の言葉通り、コイツが作った料理はローストビーフやローストチキン、ミネストローネにポテトサラダとベーシックなクリスマスパーティーの料理が勢揃いしていました。

 ふむ、シェロの料理は私の屋敷の料理人にも勝るとも劣らない腕前ですからね。もっとも故郷のフィンランドの味に関しては当然ながら届かないのですが、一流の料理人とはまた違う家庭的な温かさを持った味付けは、私の好みですわ。

 特に和食に関して言うならば‥‥以前に一度二度行ったことがあるロンドンの日本料理店の料理とは比べものになりませんでしたわ。あれはそう、和食という名をしたナニカという表現が正しいものでしたわね。

 

 

「ああ士郎君、私も手伝いましょう。士郎君はこちらの準備は任せて、どんどんキッチンから料理を持ってきて下さい」

 

「君は味が分からないくせに量はしっかり食べるからな。まぁリレーのようにすれば効率もいい。ミスタ・エミヤ、バゼットの言う通りに持ってきたまえ。準備は早いほうがいい」

 

「お、おう、分かった。それじゃよろしく頼むよ三人とも」

 

 

 相変わらず女らしくありながらバゼットよりも男前なフォルテに言われ、シェロはキッチンへと下がります。

 下がった端から次々と各種大皿に乗った料理を持ってくるシェロ。普段よりも手の込んだ料理は、確かに数時間キッチンに籠もった分だけありますけれど‥‥少々量が多すぎやしませんか? というよりいくらシェロだとしても、これだけ手間のかかった料理を一人では‥‥。

 

 

「先輩? あの、それは後で追加に出す料理ですから、今は冷蔵庫の中に‥‥」

 

「あらサクラ、貴女もいらしていたんですの?」

 

「酷い?! 私もちゃんと姉さんから直接呼ばれてましたよルヴィアさん!」

 

 

 ひょっこりとシェロに続いて、ここ最近で随分と見慣れた顔が姿を現しました。

 すみれ色の柔らかい髪の毛をした、優しい瞳の少女。私よりも年下でありながら母性をくすぐる穏やかな雰囲気を漂わせるのは、今期から時計塔に入学したサクラ・マトウ。

 冬木において聖杯戦争創立の御三家と呼ばれる三つの魔術の家の一つ、マキリもしくはマトウの現当主にして、時計塔においても非常に珍しい虚数魔術と蟲を使役する魔術の使い手です。

 私にとってもショウにまつわる騒動で死線を共にした関係もあり、それ以来深い親交を結んでいるわけなのですが‥‥。招待状を書いていなかったから思い出せなかったのですわね。

 

 

「‥‥あら、そういえばアザカはどうしたんですの? サクラがいるということは当然アザカもいるものだとばかり思ったのですけれど」

 

「鮮花なら教授を迎えに行っていますよ。何でも大事な用事が長引いて遅れたとのことでして」

 

「大事な用事‥‥つまるところゲームですわね。まったく、あの方は仕方がありませんわね」

 

 

 サクラは時計塔に来て以来、ロード・エルメロイにその才能を認められて彼に師事しております。

 正式な師匠はショウのお義姉様であるミス・アオザキであるということですが、ロンドンに来てからのロード・エルメロイの講義は彼女にとって非常に有益だったようですわね。魔術の出来も、ますます上達しているようですのよ。

 もう数年も修行すれば、時計塔でも上から十本の指に入る魔術師へと成長するでしょうね。付録のように一緒に師事しているアザカも、めきめきと実力を伸ばしていることですし。

 

 

「貴女もロード・エルメロイにとっては久しぶりの弟子でしょうが、ゲームばかりしているのではないでしょうね? まぁちゃんと魔術の腕が成長しているようですから心配はしていませんが‥‥」

 

「え、えぇーっとですね、まぁたまにはその、ゲームに付き合わされることもありますけ、ど‥‥」

 

「そんなことだろうと思いましたわ。今度、私からもロード・エルメロイにご注進しておかなければいけませんと———」

 

「———何をしなければならないというのだ? エーデルフェルト」

 

 

 そこまで人数がいないにしても賑やかだった室内に、低いテノールが響き渡りました。。

 現れたのは紅いコートと、黄色い肩掛けを羽織った長身の男。不機嫌そうに眉間に刻まれた皺は既に消えることはなく、鋭い眼光は見る者へと畏怖を抱かせるぐらいです。

 

 

「い、いえ何でもありませんわロード・エルメロイ。それよりようこそいらっしゃいました。もう準備は出来ておりますわ、どうぞ奥へ」

 

「ちょっとココ私の家なんだけどルヴィアゼリッタ? ロード、どうぞお座りになってください。もうすぐに始めますので」

 

「そうか。今日はお呼ばれしたのだから楽しませてもらうつもりだ」

 

 

 コートはそのままにロードが椅子へと腰かけます。どうやらアレはトレードマークの一つと認識しているらしく、ストーブをつけた室内は暖かいのですからアレでは暑いぐらいだと思うのですが、脱ぐ素振りは見せません。

 何でも赤い外套は尊敬する人物を真似ているのだと、以前お酒の席で仰っていましたか。そのお方の名前をお聞きすることは出来ませんでしたが、ゲーム関連ではどうしようもない人でも、やはりロード・エルメロイが尊敬する方ならば並の御仁ではないのでしょうね。

 

 

「‥‥ところで私のことは無視なのかしら?」

 

「あぁ鮮花、君もご苦労様。ほら座りなよ、いつまでも突っ立ってると滑稽だろ?」

 

 

 長身のロード・エルメロイに続いて姿を現したのは、同じく今期に入ってからの友人であるアザカ・コクトー。ミス・遠坂と同じく鴉の濡れ羽のような綺麗な黒髪を背中の中程まで伸ばし、上品なブラウスとベストを着込んだ女性です。

 サクラと同じくショウの上のお義姉様を師と仰ぐ超能力者。魔術師と極めて似通った方法で発火を可能とする特殊能力を持っており、その実力と封印指定の推薦を評価されて時計塔に入学されたそうですわ。

 実際、焔に関連した術に特化しているとはいえその実力は紛れもなく第一級。火に関係することならば私やミス・トオサカも凌ぐ腕前であり、私も一目置いております。

 

 

「‥‥なんか私の扱いが釈然としないわね。ちょっと紫遙、アンタ最近どうも調子に乗ってるんじゃない?」

 

「調子に乗るって‥‥おい妹弟子よ、兄弟子に対して随分と調子に乗ってるんじゃないか?」

 

「だって紫遙じゃない」

 

「紫遙じゃないって‥‥君、随分だよね? ていうか昔から随分だよね?」

 

 

 いつものように微笑ましいレベルの言い合いをしながらも、アザカは優雅な仕草でソファへと腰掛けます。既にダイニングテーブルにはショウとセイバーが座っており、あと二つの席はミス・トオサカとシェロが座る予定ですから、ソファも埋まってしまいましたわね。

 今回のホームパーティーの参加人数は私も含めて十人。如何にミス・トオサカの屋敷が大きいとしても限界ギリギリの人数ですが、これで何とか全員集まりましたわね。

 

 

「料理は全部出たか? あと飲み物も用意してあるんだけど‥‥ワインとビール、どっちがいい?」

 

「私はワインをお願いしますわ」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

 

 シェロにワインを注いで貰い、片手で持ったグラスを掲げます。

 気づけば既に他のメンバーはそれぞれ様々なグラスに注がれた様々な飲み物を手に取り、乾杯の体勢を取っておりました。どうやらショウ達のやりとりを眺めていたらいつの間にかぼんやりとしてしまっていたらしく、私を待って頂いていたようですわね。

 

 

「さぁ、それじゃあ失礼ながら私が乾杯の音頭を取らせていただくわね。みんな、今年も一年ありがとう! まぁ色々とあったけど、何とかこうしてやってこれたのはみんなのおかげよ」

 

 

 全員が一度席を立ち、ダイニングテーブルの正面に立つミス・トオサカへと体を向けました。

 元からこの屋敷にあったという豪奢な装飾の施された細身のグラスを掲げ、偉そうに貧相な胸を張るミス・トオサカはホスト‥‥もといホステスとしては一応のところ申し分ありません。

 もっともゲストの出迎えは私とショウがしていたのですから、問題ないと言い切れるわけではありませんが。

 

 

「特に蒼崎君には色々と苦労させられたような気がするけれど‥‥」

 

「う、そいつぁ本当に申し訳ないと思っているよ‥‥」

 

「申し訳ないと思っているなら、私達の研究にもちゃんと貢献しなさいよね。専門が違うとはいえ、それなりに考察とかには関係できるでしょ? 人手とスポンサーは多ければ多い程いいんだから」

 

「金も出させる気なのかいっ?!」

 

「当然じゃない。もちろん、成果によって得られた報酬は還元するわよ。8対1対1ぐらいで」

 

「ルヴィアはともかく俺は大損じゃないかっ?! いいかい遠坂嬢、俺は魔術師なんだから等価交換じゃなきゃ動かないからなっ!」

 

 

 どうでもいいことかのように放たれたミス・トオサカの呟きに反応したショウの叫び声が大きく響きます。

 もちろんミス・トオサカとて本気でそのようなことを言っているわけではないでしょう。そしてショウとてそれに気づいていないことはないはずなのですが、やれやれ、こういう茶番を普通にやれることこそが私達が普通ではない魔術師として親交を結んでいる証拠なのかもしれませんわね。

 

 

「まぁそれはどうでもいいとして」

 

「どうでもいい?!」

 

「とにかくみんな、本当にこの一年ありがとう! そして来年からも、よろしくお願いね。なんか忘年来みたいになっちゃったけど、メリー・クリスマス!」

 

『メリー・クリスマス!』

 

 

 乾杯の音頭と共に全員が唱和し、それぞれ互いに杯が打ち鳴らされました。

 それぞれ立場の違いはあれど、不思議な縁によって集まった友人達。本来は魔術師として望むべくない穏やかな関係。その出会いと今を祝してかき鳴らされる祝宴の合図。

 それはもしかすればいずれは達消えてしまう関係かもしれません。それぞれ、それなりに物騒な立場に身を置いている友人達が故に、何か切欠があれば壊れる仲かもしれません。

 ですが、だからこそ、私達はこの絆と縁を大事にしたいと思っているのです。いわば、今という時間を確認する儀式のようなホームパーティー。

 打ち鳴らされるグラスが奏でる音色はどこか空虚でありながら、それでも今の私達を象徴するかのように純粋に綺麗な音色を歌うのでした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「美味い! いやぁ久しぶりに食う衛宮のメシはやっぱり美味いなぁ!」

 

「そうか? なんか前にも似たようなやり取りがあった気がするけど‥‥まぁそう言ってもらえると悪い気はしないな。まだまだたくさんあるからドンドン食べてくれよ、紫遙」

 

 

 目の前に並んだ山ほどの料理。どれも俺の知る限り最高の腕前を持つ家庭料理人である衛宮士郎の料理であり、しかもクリスマスということで普段の倍以上に手が込んでいる。

 たびたび工房に籠もって食を疎かにする癖がある俺に運んでくれた料理の数々。よっぽど暇なのかと思った時もあったけど、こうして無事にロンドンでの日常へと戻ってみれば衛宮の料理もまたひと味違った心持ちで食べることが出来る気がした。

 

 

「相変わらず目を離すと食生活が杜撰になるんですのね、貴方は。保存食料などではまともに体の健康を維持することなど出来ませんわよ? ‥‥まぁ、最初から興味のないバゼットよりはマシですが」

 

「あの、私が何故ここまで散々に言われているのかよく分からないのですが‥‥? 何か、みなさんの機嫌を損ねるようなことでもしましたか?」

 

「ハハ、レストランに行く度に同じものを注文される以外は、君は気の良い友人だよバゼット」

 

「フォルテ‥‥貴女までそう言いますか‥‥」

 

 

 テーブルの上に並べられた料理はどれもこれもレストランにでも行かなければ食べられない程に手の込んだものばかりだ。

 もちろん遠坂嬢や桜嬢もかなりの部分を担っていたんだろうけれど、それでも衛宮の料理スキルには目を見張るものがある。とても主婦というレベルでは勘定できないくらいには。

 そりゃプロの料理人というわけにはいかないだろうけれどね。さっきルヴィアもボソリと零していたけれど、家庭的な味というものはプロには出せないし、逆にプロの味を家庭人に出せるということもない。

 だから衛宮ならではという味があって、きっとそれが俺達の心を掴んだ、というものなんだろうね。なんていうか、こういう言い方は何処かおかしいかもしれないんだけど。

 

 

「ミス・トオサカの中華もまぁまぁ悪くはありませんわね。‥‥シェロの味の方が好みではありますが」

 

「そりゃアンタが欧米人だからでしょうが! 欧米人には洋風の味付けの報が好みに決まってる‥‥っていうか、その料理は士郎じゃなくて桜が作ったヤツでしょ?!」

 

「私は好みの話をしただけですのよ、ミス・トオサカ?」

 

「一々いやらしいのよ言い方が!」

 

 

 普段と全く同じような言い合いをする二人の首席候補を横目で見つつ、やれやれと、これまた何時の間にやら口癖のように慣れてしまった溜息をつく。

 もっともこれは残念な溜息ではなく、どちらかといえば嬉しい溜息だろう。俺自身、ロンドンに来てからは残念な溜息はあまりついたことがない気がする。

 それというのも溜息を通り越して残念なリアクションを取らなければならない事態ばかり起きていたということではあるんだけれど、むしろそれこそが非常に残念なことだと言えるだろう。

 

 

「ところでプロフェッサ。実は一応、シエル‥‥埋葬機関の第七司祭にも招待状を送っていたんですけれど、何かご存じですか?」

 

「時計塔の教授である私が埋葬機関の代行者とパイプがあってどうする‥‥と言いたいところだが、彼女からは私の方に連絡が来ている。新たに緊急の任務が入ったということでな、残念だと言っていたよ」

 

「いや、俺もダメもとで聞いてみたんですがパイプがあって驚きです‥‥。ていうかプロフェッサ、そんなところとまでつなぎ作ったりして、何やらかすつもりなんですか?」

 

「何をやらかすつもりもない‥‥のだが、いつの間にか電話帳にアドレスが入っていてな。まぁ弟子の誰かが何処ぞへ手を伸ばしたのだろうが、まったく、私の知るところではない」

 

「‥‥それ、院長補佐の説教の前で説明できます?」

 

「‥‥ごほん、ごほんごほんごほん!」

 

 

 わざとらしい咳払いから、特に自信らしい自信がないことが分かる。この名物講師はこと教えるということに関してなら封印指定級と言えるんだけれど、残念ことに他に関しては凡才という言葉で収まってしまう。

 ‥‥うん、実際に魔術を行使するという話になると俺よりも酷いからな、この人。もちろん理論とか解析とかに関しては遥かに勝るんだけど、その辺りが劣等感の一助になっているとかいうのはプロフェッサ自身でもしっかりと理解しているらしい。

 まぁ、どちらかというと今回の問題というのは院長補佐であるバルトメロイ・ローレライ女史の恐ろしさに関係しているのだろうけれど。

 

 

「というか仮にも魔術協会と敵対関係にある聖堂教会の代行者に招待状を送るとは‥‥些か常識にもとっていないような気がしますが。一応、封印指定の執行者として聖堂協会の代行者とはそれなりにいざこざがあったりしたのですが」

 

「連中、退くということを知らないからな。私も何度か普通の代行者と戦う機会もあったが、やはり信仰というものは恐ろしいな。何の躊躇いもなく自分を犠牲にする攻撃を仕掛けてくるのだから恐れ入る」

 

「代行者も数が多いわけではないだろうにねぇ‥‥」

 

「かの弓のシエルほどの実力者になれば話は別だろうがな。私も、彼女と真っ正面から戦うような事態は避けたいものだ」

 

 

 代行者としては最上級の埋葬機関所属であるシエル。彼女の戦闘能力は単体で魔術協会の執行部隊と喧嘩できるレベルのものだ。

 もちろんその部隊の中にバゼットやフォルテがいれば拮抗した戦いになるんだろうけれど、それでも広い世界の中で上から数えた方が早い場所にいる腕前の彼女は、どの世界においてもそれなりに有名である。

 

 

「しかし彼女にも色々と世話になったじゃないか。友人と呼んでもいい関係にはなっているんだから、招待状を送るぐらい当然だと思うけどね」

 

「送るぐらいならば、確かにそうかもしれませんけれど。まぁ世話になったのは確かに本当ですわね。立場を考えればあまり大っぴらに顔を合わせるわけにはいきませんが、またお会いしたいものですわ」

 

「そういえばもう暫く会ってないな。あの事件以来か。まぁシエルもあっちこっち飛び回っているっていうし、ロンドンにも早々来るわけにはいかないんだろ?」

 

「まぁね。さっきも言ってたけど、聖堂教会と魔術協会は表で平和的に条約を結んでおきながら、裏では暗黙の了解として殺し合いをするような仲だから‥‥」

 

 

 魔術を異端として捉えている聖堂教会。彼等にとって神秘とは神の御技であり、教会によって独占されるべきものだという。

 彼等の扱う神秘は、魔術とは基盤からして違う。世界最大の宗教である彼等は、その信仰そのものが基盤になるぐらいに強大だ。基本的に過干渉するのもされるのも嫌う魔術協会も、ここまで露骨に敵視されては敵対関係をとらざるをえない。

 結局のところ長い間続いた陰湿な殺し合いの関係は今にいたるまで続く。互いに持ちつ持たれつ殺しつつの珍妙なやり取りは実に不可思議でありながら、当たり前のものになってしまっていた。

 

 

「魔術師の中にはそれなりにクリスチャンもいるのですが‥‥」

 

「は? それホントかい?」

 

「‥‥シェロといい貴方といい、どうにもニッポン人というのは宗教観念の薄い民族のようですわね。いいですかショウ、我々ヨーロッパの人間は‥‥まぁ欧州だけに限りませんが、とにかく私達は個人のレベルではなく、国家、地域のレベルで宗教教育を受けているのです。

 それは例えば私が生まれた時から宗教環境の中にいた、というような些細な話ではなく、私という人間を生むに至った環境が、地域が、国が、一宗教によって歴史作られてきたということなのですのよ」

 

「私がこういうことを言うのもおかしな話かもしれませんが、例えば日曜日に教会に行くのは当然のことですし、こうしてクリスマスを祝うのも当然のことなんですよ、紫遙君。

 もちろんそれは良い悪いという話で終わらせることもできないんです。そういうことが当たり前の環境というものを作り上げたのは何百年という歴史なのですから、個人がどうこう言って済む問題ではありません」

 

「はぁ、成る程ねぇ‥‥」

 

「こういう稼業をしていると当然、信仰なんてものには縁がありませんが。まぁそれでも習慣ではありますしね」

 

 

 日本人が元旦には初詣に行ってしまうのと同じような感覚なんだろうか? ルヴィアやバゼットの言うとおりに考えてみれば、逆に日本人にとってのそういった行事に関することも説明できるのかもしれない。

 八百万の神々に代表される、神道系の大らか極まる考え方。懐の広すぎる宗教観が、むしろ今の日本人のような無宗教観念というものを生み出しているのだという考えも、おもしろいかもね。

 

 

「まぁこうしてクリスマスパーティーなんぞに興じている以上、魔術師として不可思議な状況だということには変わりあるまい。

 どれだけ魔術師として疑問符を抱くような行為をしているように見えたとしても、自分自身が魔術師で在ると思っているならば問題はないだろう。過程は、結果で示すものだ。‥‥もっとも結果によって証明される過程ばかりでなく、過程によって証明される結果もあるのだがな」

 

 

 誰が持ってきたのか、かなりキツいブランデーを煽っていたロード・エルメロイがぽつりと呟く。

 今で様々な騒動を実際に共にこなしてきた仲間達は同年代の連中だけれど、そのどれも裏で支えてくれていたのは実はこの名物講師であった。

 現地までの手回し。事前に必要だった資料の準備。事後処理や面倒な交渉など、そういったものは全てプロフェッサがやってくれた。これらは若輩の俺達ではどうしても不十分になってしまうものであり、だからこそ本当に世話になったのはこの人なのかもしれない。

 

 

「そういえば忘れてましたけど、フラットはどうしました? プロフェッサが来られるところにはいつもちょこまかついて来てそうだったんですけど」

 

「エスカルドスなら物理的に縛って置いてきた。いつまでも付いてくるといって聞かなかったから名。まったく、アイツもそろそろ私のゼミを卒業して一人前の魔術師として巣立って欲しいものなのだが‥‥。面倒だしな」

 

「はぁ、全くアイツも困ったもんですよね。アレだけの腕がありながら魔術師として衛宮以下の危なっかしさとは‥‥。才能っていうのはホントに恐ろしいやら憎らしいやら」

 

 

 何か思うところがあったらしく複雑な表情で溜息をついたプロフェッサと、グラスを打ち鳴らす。互いに才能ある人間が側にいる者の苦労と言ったところであろうか。

 遠坂嬢にルヴィア、桜嬢や鮮花に、言わずとしれた衛宮。首席候補として煌めく二人の友人からしてみれば呆れた弟子と従者なのかもしれないけれど、それでもヤツに才能があるのも間違いない事実なのである。

 桜嬢とて同じ。不幸な過去を代償に失った才能と、得た才能。魔術師としての地力が圧倒的なまでに違うのだ。

 彼女には同情するし、そして同時に同情しない。人間として失った色々なものと代わりに手に入れた色々なものが、魔術師としての彼女の糧となっているのだから。

 当時にどれだけ辛く思ったことでも、今の糧になっているならそれでいい。そう言った衛宮に支えられ、姉を姉と呼べるようになった彼女は遠坂嬢と同じくらい眩しく、輝いていた。

 

 

「‥‥まぁ、私からしてみれば貴様も十分に才能溢れた魔術師だと思うがな」

 

「またまた、見え透いたお世辞は止してくださいよプロフェッサ。俺達は平々凡々に満足しちゃいけない生き物でしょう? 自分が劣っていることを悔しがりこそすれ、決して妥協はしちゃいけない」

 

「勿論、お前の言う通りだ。マイスター・アオザキにしごかれて来たようだな? 私が常から学生に教えていることを既に習得していたお前も、十分に恵まれているということを自覚しているべきだぞ」

 

 

 ブランデーを飲み干し、無礼講と宣言したが故に手酌で芳醇な赤ワインをグラスに注ぐプロフェッサが、不機嫌さの中に講義の際の真面目な色を滲ませて言う。

 未だ若いこの教授が、経験をも凌駕する深い深い思考によって手に入れた様々なもの。その灰色の脳細胞は他の経験深い教授をして、助言を請うコトがあるほどだ。

 おそらくはどれほどの思考を繰り返したのだろうか。どれほど深く思考したのだろうか。

 経験こそが何にも勝る成長の糧だというのは古今東西、世界中どこに行っても変わりない真実だというのに、その定義、法則すらも凌駕するほどの思考を繰り返して来たのだろう、この人は。

 

 

「確かに魔術の才は僅かなのかもしれん。神秘の世界に足を踏み入れる権利を手に入れるだけの僅かな才能を持ち合わせたのだと主張されれば、私とて首を縦に振らざるを得ん。

 しかし、お前はそれでも魔術師として最も大切なものを既に手に入れている。そうではないか?」

 

「‥‥‥‥」

 

「才能や感覚に惑わされず、あくまでも冷静に過程と結果を論ずることの出来る価値観。安直な手段に頼ることなく地道に研究を進めることの出来る根気。

 そして何より本当に優れた師、本当に優れた好敵手、そして同時に本当の友であり、本当の協力者。これらは千年の歴史を持つ家系に生まれた魔術師でも、そう簡単に得ることができないものだ。

 ‥‥そういった環境こそがお前の得た才能だ。お前が魔術師としてやっていく上で、最も重要なものだ。だから、そう自分を卑下することはない。胸を張れ。私は、そんな人間ばかりを弟子にしてきたつもりだ」

 

「プロフェッサ‥‥」

 

「少し話し過ぎたな。一人を一人が独占しているのはパーティーの趣向に反するだろう。ホラ、他の者のところへ行って歓談でもしてこい。私は『伝承保菌者(ゴッズ・ホルダー)』と少し話がある」

 

「‥‥ありがとう、ございました」

 

「戯言だ。早く行け」

 

 

 繰り返されるのは、たわいもない話。時計塔に来てからの思い出話‥‥それこそ黒歴史に近いものや、どうしようもなく恥ずかしい失敗談なんてものも旧知の仲なら酒の助けも借りてポンポン湧いて出てくる。

 もちろん同窓会じゃないんだから昔の話ばかりしていても仕方がない。仮にも一流、または第一線級の魔術師ばかり集まっているのであり、話が技術的な、学問的な内容へと首を傾けるのもまた同様だ。

 新しく発表された術式、前回の講義での疑問点。もしくは執行者として実際に実用的なやり方で魔術を使う機会に恵まれている二人への質問などなど。話題の尽きることはない。

 

 よくよく考えれば、不思議な組み合わせだ。

 本来ならば完全に活動圏が違う時計塔の学生と執行者が顔を合わせるようなことはないし、教授と学生との仲というのもこうやってパーティーを開くようなものではありえない。

 桜嬢や鮮花だって、もしかしたら時計塔に来ることはなかったかもしれない。遠坂嬢はともかく、衛宮が時計塔に来ない可能性は十分以上にあったし、それ以前にコイツが今の今まで生きていることがまず奇跡に近い。

 

 そして何より‥‥この俺。

 この俺がここにいてこうして友人達と、この友人達と付き合っていられることこそが奇跡。

 祈る神など俺にはいないけれど、だからこそ今この瞬間そのものに祈る。感謝する。

 たまにはそういうことを考えても、いいかもしれないだろう。だからこそのクリスマスとか、そういう行事なのかもしれない。

 

 

「———失礼します、お呼び預かり参上しました。‥‥ここは遠坂さんの家で、間違いないですよね?」

 

 

 宴から感覚的に一歩離れて干渉に浸っていると、ちょうどもたれかかっていた壁のすぐ横にあった扉が開き、予期していなかった女性が姿を現した。

 見慣れた日本人の、モンゴリアン系の黒髪とはまた違った色合いの黒髪に、こちらも完全な黒とは少し違う色合いの深い染めのカソック。臑のあたりまで覆う安心の丈の奥には物騒な代物がたくさん収納されていることを俺は知っている。

 今時は時代遅れともとれる大きなレンズのメガネは落ち着きを醸しだし、不思議とやぼったい印象は受けない。どちらかというとその落ち着き故に実年齢よりも年上に見られることが多いと嘆いてはいるけれど、残念ながら彼女の本当の実年齢は外見年齢をきっちり超えていた。

 

 

「‥‥シエル?! 君、仕事があるんじゃなかったのかい?」

 

「昨日からの任務だったのですが、想定以上に‥‥もとい想定以下の簡単な仕事でしたので、事後報告を後輩に任せて先に帰らせてもらいました。少し埃っぽいかもしれませんが、申し訳ありません‥‥。

 あぁ、それと玄関の鍵が開いていましたよ。どうやらインターフォンも壊れているようですし、勝手に上がらせていただきましたが、気をつけた方がよろしいかと」

 

 

 見れば確かに、シエルの服は微妙に埃や砂塵が目立つような気がする。一体どのような仕事だったのだろうか、というよりも何処に行ってきたのだろうか。

 まぁ当然のこととして代行者の仕事を詮索するようなマナー違反、以前の問題として、命知らずなヤツはいない。もとよりそういうところを互いに見て見ぬふりをして成り立っている友人関係である。

 

 

「あらそうだったの。ありがとうね、シエル。とにかく上がって頂戴、お酒と料理もまだまだ残ってるから」

 

「ありがとうございます遠坂さん。ですがその前に、今日は一人ゲストを連れて来ているんです」

 

「ゲスト‥‥?」

 

 

 カソックの上に纏っていたコートを、他の面々と同じようにごく自然に差し出していた衛宮の手に預けたシエルが悪戯っぽく笑う。

 いや、微妙に呆れたというか、苦笑のようなものも混じっている、どこはかとなく見慣れた笑いだ。それにしても楽しんでいるような笑いであり、遠坂嬢は怪訝に眉をひそめた。

 

 

「身分といいますか、人物は私が保証します。随分と楽しみにしていらっしゃったらしいので、どうぞ上げていただければ嬉しいです」

 

「‥‥それって、もしかして私達も知っている人だったりするの?」

 

「はい。よくご存じだと思いますよ。‥‥それで、いかがですか?」

 

 

 シエルの言葉に、遠坂嬢がプロフェッサよろしく額に刻んだ皺が更に深くなる。遠坂嬢と面識があり、ついでにシエルとも面識がある人物など思い当たる節がない。

 

 

「まぁ、貴女がそう言うんだったら害はないんでしょうけれど‥‥。いいわ、それじゃあ呼んでちょうだい」

 

「はい、ありがとうございます。‥‥よろしいそうですよ、いらして下さい!」

 

 

 シエルの呼び声に答え、律儀にも閉めていた扉が開かれる。

 始めに現れたのは皺に覆われた、それでいながら頑丈な力強さを感じさせる老齢の手。そして手首には白いフワフワモコモコの縁取りが付いており、続いて現れた茶色いブーツは丸みを帯びたユーモラスなもの。

 ブーツから順番に視線を上げていくと、そこには今日というこの日に十分過ぎるほど釣り合った赤と白のパジャマのような衣装。

 そして豊かに蓄えた髭と無骨な顔まで視線をやると———

 

 

「メリー・クリスマス! 楽しんでおるようじゃな、諸君!」

 

「———なッ、だ、だ、だ、だだだだだだだだ‥‥‥‥」

 

 

 ガクガクとバカみたいに大きく口を開けた遠坂嬢とルヴィアが、同じく目玉がこぼれ墜ちるのではないかというくらいに見開いた瞳で入ってきた人物を見つめる。

 確かにシエルの言葉は正しかった。遠坂嬢や俺達と面識があり、そしてシエルともパイプがあってもおかしくない。そして招待状を送っていないし、俺達のパーティーに気軽に顔を出しても許される人物だ。

 目を見開いて驚愕しているのは遠坂嬢やルヴィアや、俺だけではない。面識のない桜嬢や鮮花はともかく、セイバーやバゼット、フォルテはおろかプロフェッサまで開いた口が塞がらないといった様子で突然のサンタクロースを指さしている。

 

 

「おう、どうしたんじゃ皆そろってバカのように口を開けて。欠伸でも止まらんのか? ふむ、少しは度肝を抜けたと思ったんじゃがのぅ‥‥」

 

「だ、だだ、大師父!! こんなところまで何をしにいらっしゃったのですかっ?!!」

 

 

 そう、そこに立っていたのは紛れもない魔導元帥にして、第二魔法の体現者。そして死徒二十七祖の第四位という本物の吸血鬼にして魔法使い。

 ロンドンの真ん中とはいえこんな場所に気軽に現れて良い存在ではない、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグその人であった。

 

 

「なに、引きこもりのウェイバー坊主が何処ぞへ出かけるというから研究室に縛って転がされておった学生に聞いてみれば、トオサカの屋敷でクリスマスパーティーをすると言うではないか。

 クリスマスを祝うなんぞ、魔術師としてどうかとは思ったが‥‥。面白そうじゃと思ってな! ちょうど第七司祭がロンドンに来ていて、しかもここまで来るというから一緒に便乗させてもらったんじゃ」

 

「まぁ、どちらかといえば有無を言わさず連行されたと言った方が正しいかもしれませんがね‥‥」

 

「エスカルドス‥‥何処までも私の邪魔をするか、あのバカ弟子が‥‥!」

 

 

 かんらかんらと笑う宝石翁に対して、引き摺られて来たらしいシエルは何処か疲れたような笑い声。そしてプロフェッサは怒りにひくひくとこめかみの血管に負担をかけている。

 ここに宝石翁が来たということは、つまるところ珍しくも時計塔にいた彼の人に課されていた仕事を放り捨てて来たということである。基本的に吸血鬼であるこの方への仕事時間は夜に割り振られているのだから。

 何故か宝石翁に気に入られ、魔法使い専属にされてしまっているプロフェッサにしてみれば頭痛モノだろう。以前にも勝手に執務室を抜け出したあげく折衝を全てプロフェッサに放り投げたことがあり、随分と苦労させられたそうである。

 

 

「まぁ堅いことを抜かすなウェイバー坊主! 折角のクリスマスじゃぞ、無礼講が礼儀というもの。こんなに街中が浮ついた夜に仕事をするというのも無粋だとは思わんか?」

 

「そう思うならもう少し頻繁に時計塔に戻られて下さい! あるいは、もう二度といらっしゃることがなければ仕事も無くなるんです!」

 

「そういうわけにはいかんだろうに。全く、昔からお主は堅苦しくていかん。フレキシブルな思考が出来んと、新たな発想も生まれんぞ?」

 

「余計なお世話ですっ!」

 

 

 まるで若いロード・エルメロイ———もといウェイバー・ベルベット少年が叫んでいる様を見るようだ。イスカンダルほどの大男とはいかずとも、この二人は意外にも良いコンビなのかもしれない。

 プロフェッサの方が幾分背が高いはずなのに、まるで大人と子どもぐらいの差があるように見えてしまうのは不思議でしょうがないけれど、やはり宝石翁の生きてきた年月というものが彼を見た目以上に大きく見せるのだろう。

 

 

「と、とにかくようこそいらっしゃいました、大師父。手慰み程度の料理と酒ですが、どうぞお召し上がりになって下さい」

 

「うむ、是非ご馳走になろう‥‥と言いたいところじゃが、その前にまずはクリスマスプレゼントを披露しなければな」

 

「は?」

 

「手土産の一つも持たんで訪問するというのは、些か礼儀知らずというもんじゃろうよ。ちゃんと弟子とその友人達にプレゼントを用意してきたわい。さて、少し場所を空けてくれるかね?」

 

 

 宝石翁の指示で、俺達は部屋の一角に空間を作る。

 壁紙を貼る必要がないくらいに真っ白で綺麗な壁を囲んで半円を作るような陣形だ。プレゼントを持ってきたというのなら料理を退けてテーブルの上にでも広げるのが妥当だろうにと、全員が全員首を捻った。

 

 

「さて、プレゼントというのは‥‥これじゃ!」

 

 

 背に担いで来た無駄に大きく重そうな、そして万が一にも破れることのない頑丈そうな袋から、宝石翁が一つのプレゼントを取り出した。

 ちょうど、小学校低学年の女の子にでもあげれば大喜びされることだろう。パステルカラーで塗装され、可愛らしい星と天使の羽の意匠が施されたステッキは、まるで日曜日の朝にでもやっていそうな魔法少女モノのアニメにでも登場しそう。

 ‥‥そして、俺達にとって非常に見慣れたものでもあった。

 

 

『天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! 笑いを起こせと私を呼ぶ! というわけで呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーンあるいはあぱらぱぁ! 皆さんお待たせ笑いの天使、カレイドステッキ・ルビーちゃんの登場ですよぉ〜っ!!』

 

「い、いやぁぁああああ?!!! な、なんでこの愉快型魔術礼装がこんなところにいるのよぉぉぉおおおおお?!!!!」

 

「そりゃワシが持ってきたからに決まっとるじゃろうが。お主達への、ワシからのクリスマスプレゼントじゃ」

 

「け、結構です! こんなものいりません! 仕舞って下さい、ていうかむしろ私に封印させて下さい! 先祖代々子々孫々未来永劫出てこられないように、遠坂家の家訓にしますから!」

 

 

 出てきたのは、某愉快型魔術礼装マジカル・ルビー。冬木において力強い相棒として活躍しながらも、それ以上にひたすら俺達をしっちゃかめっちゃかに面白そうだからという理由だけで引っかき回してくれた超高性能の意思持つマジカル☆ステッキである。

 遠坂嬢にとっては、悪夢ばかりがリフレインする天敵と言っても過言ではない存在。そんなものを前に平常心を保っていられるわけもない。

 すぐにでも殲滅してこの世から抹消削除しようと懐から宝石を取り出そうとしたところを、不穏な雰囲気を察知して背後に控えていた衛宮に一瞬で取り押さえられた。

 

 

『おーっと良いんですか、ホイホイ私をぶっ壊そうとしたりして? 宝石翁とてわざわざこうなることが分かっていながら私を連れてくると思いますか? 何かちゃんとした思惑があるとは思わないんですかー?』

 

「ぐぅ‥‥っ! だ、大師父! コイツが一体どうして私達へのクリスマスプレゼントなんですか! ご説明いただかなければ納得できません! ていうか今すぐ放り出します!」

 

 

 間違っても柄には触れないように、まぁそれで効果があるのかは知らないけれどルビーの頭にあたる部分を力の限り握りしめる遠坂嬢を楽しげに見た後、宝石翁はゆっくりと口を開いた。

 

 

「なに、お主らには先の事件で随分と迷惑をかけてしまったからな。向こうでのことを聞いた時に、何か弟子入りとは違う形で報いることは出来んかと思ったんじゃよ」

 

『そして私が宝石翁による直々の調整を受け、皆さんのご期待に沿える新機能を導入したというわけですっ! とまぁ負荷が大きいので一回きりしか使えないんですが、クリスマスプレゼントならそれもまた風情がありますよねー、あはー』

 

「あっ、ちょっと?!」

 

 

 大きく身をよじり、ルビーが遠坂嬢の手を抜け出した。

 今までルビーに会ったコトがないシエルとフォルテが、そのあまりにも生々しくて不愉快さをそそる動きに何とも言えないうめき声を漏らす。

 

 

『チェンジ! ルビィィィィィイイイ、オォォォォォオオン!!!』

 

 

 ガシャン、ガシャンと無駄に重厚な音を立ててルビーが変形していく。柄は格納され、代わりに出てきたのはプロジェクターのような投影装置。

 白い壁は、どうやらスクリーンの代わりのようなものらしい。投影装置から放たれた光は四角い枠を壁に映し出し、ノイズが走る映像が見える。

 

 

『えー、ノイズ除去ノイズ除去っと‥‥。狭間の次元への干渉も良好、対象並行世界との接続も八十%以上の安定性を示していますよー!』

 

「よし、それではルビー、やってくれたまえ」

 

『了解ですよ、あはー。それではスイッチ、オン!』

 

 

 ノイズは段々と除去され、スクリーンと化した白い壁に映像と分かる鮮明な風景が映し出された。

 そこに広がった背景は、品の良い洋館。どうも見慣れた背景は、ロンドンにあるエーデルフェルト別邸のものによく似ている。

 映し出された背景の手前には、四人の少女の姿を認めることが出来た。その内の二人は今も俺のすぐ横で白い壁を凝視しており、そしてもう二人の小柄な少女は一年ほど前に一週間ほど、毎日顔を合わせていた‥‥忘れられない大事な友人達。

 

 

「イリヤスフィール‥‥! 美遊、嬢‥‥!」

 

『凜さん?! ルヴィアさん?! それに‥‥紫遙さん』

 

 

 浮かんだのは、決別したはずの友人達。別の世界の、並行世界の友人達。

 遠坂嬢もルヴィアも、もちろん衛宮もバゼットも目を見開いて驚いている。まさか二度と会うことが適わないと決別したはずの仲間達の姿を見ることができると、誰も思いもしなかったのだ。

 

 

『え、これ本当に向こうの世界に繋がってるのルビー?!』

 

『もっちろんですよイリヤさん! とはいってもお互いにお互いを投影しているような状況ですから次元の揺らぎが影響して、簡単に通信は切れてしまいます。言いたいことがあったら、すぐに伝えたほうがいいですよ、あはー』

 

『えっ?! サ、サファイヤ時間は?!』

 

『あと数分かと。思い出話をする時間はないようです、美遊様』

 

 

 向こうでは随分と慌てた様子のようだ。二人の少女の後ろに控えた並行世界の遠坂嬢とルヴィアは、こちらに口出しする気がないらしい。二人ともよく似た仕草で腕を組んで、どうやらこちらの遠坂嬢とルヴィアを睨み付けているようだ。

 並行世界の自分と対面する、という貴重な経験をしたのは衛宮だけだから、どうにも感覚が理解できないけど、やはり珍妙なものなのだろうか。

 

 

『あ、あの皆さん、お元気ですかー? 私はこっちで色々あったけど、何とか元気にやってるよ!』

 

『私も、その、元気にやってます。魔術の修行も、こっちのルヴィアさんに弟子入りして頑張ってます。確かに‥‥まぁ、色々ありましたけど。イリヤ関連で‥‥』

 

『今は同席してませんけど、もう一人のイリヤさんが現れたり大変でしたよー!』

 

『大変というよりは楽しかったって言いたそうな感じだけど、こっちはそれぐらいじゃなかったんだけど‥‥ハァ‥‥』

 

 

 やけに疲れた様子でイリヤスフィールが溜息をつく。今日一日だけで既に十回以上も自分のものを含めて溜息を聞いたような気がするけれど、気のせいだと信じたい。

 隣の美遊嬢もまぁまぁ呆れ顔なのは、やはりルビー関連の騒動に巻き込まれたからだろう。十分に予想してしかるべきだったとは思うけど、ルビーと一緒にいれば原因がどこにあれ騒動に巻き込まれることは残念なことに確定事項のようだ。

 

 

『別に私は今回、何もやらしたりしてませんよー? 誠心誠意マスターであるイリヤさんのために身を粉にして働いたじゃないですか、あはー』

 

『なんかルビーと一緒だと苦労した気がしないのよね‥‥まぁ、それが助かる時もあるんだけど』

 

『どっちかっていうとイリヤも色々無茶苦茶するところもあるから、いいコンビだとは思うんだけど‥‥。ていうかルビー、くねくねしないで見づらい』

 

 

 まるでホームビデオのようでありながら、並行世界を介したホームビデオであるが故にこの上なく貴重な逸品だ。

 微笑ましいやり取りにピョンと飛び上がっていた心臓が、ゆっくりと元の位置に戻っていくかのような感触がした。つまり彼女達は俺達がいなくなった後にもそれなりの騒動を経て、それでも平和に過ごすことが出来たらしい。

 保護者としての責務を放り出して、一人並行世界へ残してしまった美遊嬢。まるで無責任な別れになってしまった小さな戦友がああして仲間と笑っているのを見れば、自分の犯した無責任が解消することはないとはいえ、安心する。

 

 

『‥‥と、バカ話をしたせいで時間がありませんよー? 不定周期的な次元の揺らぎが強まって来ましたから、この通信もじきに切れちゃいますからー』

 

『えぇっ?! そんな早くに切れちゃうならもっと身のある話したのに?!』

 

『最初に申し上げたはずですが、イリヤ様』

 

「あーあー、まぁ元気にやってるようなら良かったわ、二人とも。あれからどうしようもないとはいえ音沙汰無しになったけれど、その調子なら問題なさそうね」

 

「ですわね。まったく、心配損のようではありませんか。‥‥本当に、安心しましたわよ、イリヤスフィール、ミユ」

 

 

 今の今まで黙っていた遠坂嬢とルヴィアも、安心げに吐息を漏らした。

 溜息ではなく、吐息。よくよく考えてみればこの二つに違いなんてものはなく、ようはそれを受け取る側の受け取り方の違いというものなのかもしれない。

 

 

『じゃ、じゃあミユ、どうぞ!』

 

『え?!』

 

『なんか今さ、何か言っておくっていうとミユかなぁ、なんて‥‥』

 

『うっ、わかった‥‥』

 

 

 ザザ、と走るノイズが激しくなっていき、映像が乱れ始める。どうやら専門外の話だから分からないけれど、技術的に問題があって通信が途絶えようとしているらしい。

 映像の向こうでは美遊嬢とイリヤスフィールが何か喋りあって結論のようなものを出したらしく、イリヤスフィールが一歩下がり、美遊嬢が一歩踏み出した。

 画面いっぱい、他の人間が端っこに小さく見えるぐらいの距離にまで近づいた美遊嬢の顔が、ノイズまじりながらも大きく見える。一年そこらだからか殆ど変わっていない、無事な姿だ。

 

 

『‥‥あの、ルヴィアさん、紫遙さん、皆さんがそちらの世界に帰る時に、私が言ったこと、覚えていますか?』

 

「ミユ‥‥」

 

「美遊嬢‥‥」

 

 

 今でもしっかり覚えている、あの世界を離れる際のやり取りと、景色。

 澄み渡った冬木の空と、人影の見えないビルの屋上。そこに立った、一週間の間だけの戦友達。

 そして‥‥美遊嬢が小さな身体と大きな声で宣言した誓い‥‥契約。それを一言一句違わず、覚えている。

 

 

『まだ、私は未熟ですけれど、あの時の契約を違えるつもりはありません。こちらの世界のルヴィアさんに師事して、毎日ちゃんと修行もしています。

 どれだけ遠くのことになるかは分かりませんけど、絶対、絶対私自身の力でそちらへ会いに行くことが出来るようになってみせますから‥‥だから‥‥』

 

 

 ノイズが、激しくなる。もはや個人を予め特定していない限りは誰がそこにいるのかも分からないくらいに雑然とした映像になってしまい、それに同調して雑音も激しくなってきた。

 後ろの方で喋っているらしいイリヤスフィールや他の二人、そしてステッキの声も聞き取れなくなってきているのに、誓いを繰り返す美遊嬢の声だけは鮮明にこちらに届いて来た。

 それは何か理由があってのことじゃないかもしれないし、奇跡とかいう言葉で説明できるものでも、説明していいものでもないだろう。

 無感動的に言えば、おそらく美遊嬢が何を言いたいのか、俺達がはっきりと理解しているため。だから本当は俺達が聞いている美遊嬢の言葉も、本当に喋っていることそのままじゃないのかもしれない。

 でも、信じる。分かる。彼女の言いたいことが、彼女の伝えたいことが。

 

 

『待っていて下さい、必ず! か———行———から———に行き———ら———』

 

「ああ、待ってるさ! 必ず、君が来るまで待っててやるさ!」

 

「もちろんですわ、ミユ。弟子の成長を見届けるのは、師匠の義務。貴女が来る前に、私が会いに行ってさしあげますから、そちらこそ待っていて下さいな、ミユ。ふふ、これもまた、あの時に申し上げました通りですわね‥‥」

 

 

 ノイズはますます激しくなって、もはや人影ぐらいしか分からない。それでも、きっと美遊嬢には俺達の言いたいことが、俺達の伝えたいことが分かったことだろう。

 

 

『わ———した、私も———ますから———ら———!』

 

「?!」

 

『‥‥すいません、切れちゃいましたよ、あはー』

 

 

 ルビーの残念そうな声がした。どうやら、次元の揺らぎの影響によって通信は切れてしまったらしい。

 

 

「ふむ、やはり即席の追加装備ではこれぐらいか。やはりワシが直接行くぐらいしか、並行世界との繋がりを作り上げることは出来ないようだな」

 

「いえ、十分ですわ大師父。‥‥あの子の無事と元気な姿を確認できただけでも、十分ですわ。そうでしょうショウ?」

 

「あぁ、そうだね。この分だと本当に追い抜かされてしまいかねないなぁ。まったく、これだから若い連中ってのは油断ならない」

 

「コラ、お前がそういうことを言っていると私はどうなる? 人生お終いみたいな気がするから止めろ、そういう年寄りじみた発言は」

 

 

 そうそう奇跡や、運命としか言えないような出来事なんてものは起こらない。

 全ての出来事はそれぞれ関連づけられており、複雑に絡み合っている。だからこそ全ての出来事は必然であり、当然であり、帰られようがない事実でもある。

 俺達の出会いも必然。ここで映像越しとはいえ、会えたのも必然。ならば、いつか会えるのもまた必然かもしれない。

 

 必然は、必然だからとして決して自発的に行動しないという選択によって紬ぎ出されるものではない。

 俺達は俺達にとっての最良の選択肢を、その時の状況、そして自分自身の自由意思によって選択していかなければならない。

 だから俺達は、俺達にとっての最良の未来を、最良の必然を得るために日々を過ごしていく。必然を、自分の意思によって掴むために。

 美遊嬢の言葉は、必然を掴もうとする意思の表れだ。ならば俺達も、届かなかったかもしれない言葉の代わりに、これからの行動によって必然を掴んでいかなければならないのだ。

 行動によって意思を見せる、とかじゃない。俺達は魔術師だから、ただ結果によって行動を示す。結果によって、過程を示す。

 

 何か劇的な出来事があって、それで劇的に自分が変わるなんてことは有り得ない。魔術師は、ただ淡々と日々を積み重ねていって結果を得る。

 でもたまには、そうたまには、何か切欠みたいな出来事があって、それで自分自身を再確認するのも悪くはない。意味がないことではない。

 例えばあの、一年前のあの事件。俺がオレを認め、俺であることを再び選んだあの事件のように。

 

 こんなクリスマスの夜には、そういう些細な、少しばかり劇的な出来事が演出されてもいい。そう思う。魔術師として、それが釣り合ったことじゃないとしても、それでも一時的に感傷的になることは、別に悪いコトなんかじゃないはずだ。

 

 いつか出会った、本当なら、普通なら出会うことのなかった戦友。

 その姿と決意と誓いと‥‥契約。その履行を信じ、その履行に応えよう。その場にいた誰もが、きっとそういう俺達の思いに共感してくれたはずだ。

 

 そんな、ありふれたクリスマスの夜での、小さな小さな、劇的な出来事だった。

 

 

 

 

 Another act Fin.

 

 

 

 


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