UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

55 / 106
第五十三話 『宝石杖の暴走』

 

 

 

 

 

 

 side Rin

 

 

 

 

「‥‥さて、今回の件についての説明はしっかりとして下さるんでしょうね、三人共? いくら私が我慢できる淑女でも、今回ばかりはきっちりと説明して下さらなければ納得できませんわ」

 

「アンタが我慢できる淑女って‥‥ないわ、それはないわよルヴィアゼリッタ。もしかして自覚なかったの?」

 

「そ、それは一番重要なことに関係ないでしょう!? とにかく私は断固として詳細な説明を求めると言っているのです!」

 

 

 全員が疲労困憊してベンチの周囲で休息を取る中、あの激しい戦闘を経て尚まったく乱れた様子のないドリルのような縦ロールを震わせてルヴィアゼリッタが声を上げた。

 いくらルビー達から無制限に魔力を供給されているとはいってもハードは私達なわけで、当然ながら魔力を運用すれば疲れてしまう。

 私はそういうわけで全身を脱力感と疲労感が襲っているし、バゼットは元々の怪我に加えて宝具を解放したがために一番消耗が激しく、かなり辛そうだ。

 何より私と士郎は精神的な疲労感も大きい。あれは戦闘というよりも意地とか気合いとか精神のぶつかり合いだった。普通に戦うのに加えて感情まで剥き出しにしなきゃならないんだから。

 

 

「‥‥ミス・トオサカのサーヴァントはセイバーだとばかり思っていましたが、そこは純粋に面倒な事情があるようですので構いませんわ。‥‥シェロの投影魔術も、その、とても驚きましたがそれだけです」

 

 

 アイツが消え去ってしまった後、私達が引きずりこまれた鏡面界(仮)は途端に空間自体が崩壊を始めてしまった。

 空はひび割れ、大地は割れ、空間は歪む。そのまま留まっていれば私達も崩壊に巻き込まれて虚数空間を彷徨うはめになったと思う。

 そんな窮地を救ったのは意外にもルビーの機転だった。空間の構成の一部を瞬間的に反転することで、まるで磁石の同極同士を接触させたかのように私達を鏡面界からはじき出すことに成功したのだ。

 とはいえ『破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)』によって完全に繋がりが絶たれてしまったところを無理矢理再契約したがために割と反動もキツく、通常空間に戻ってきた途端に私は変身を解除して半ばダウンしてしまっていた。

 ちなみに当のルビーは先程から微妙に私達から離れてサファイヤと二人で何やら内緒話をしている。‥‥気になるわね、嫌な予感がするわ。

 

 

「‥‥すまん、ルヴィア。でも俺だってアレはそう簡単にバラすわけにもいかなかったんだ。なにせホラ、封印指定とかになったら困るしな」

 

「わかっておりますわ。私とてシェロをそのような目に遭わせることは本意ではありません。‥‥打ち明けて下さらなかったことは少なからず残念に思っておりましたけど。付け加えるならば、私に抜け駆けしてショウが先に知っていたということも、ですけどね」

 

 

 もちろん目一杯に魔術礼装を使って援護していた蒼崎君も結構キツそうで、何より最後にアイツと交わしていた意味深な会話のせいか、ずっと深刻な顔で眉間に皺を寄せ、一人で誰とも喋らずに考え込んでいる。

 ここまで深刻な、近寄りがたいぐらいに緊張した雰囲気を辺りに撒き散らす蒼崎君を見るのは初めてで、私もたくさん聞きたいことがあったはずなのに、どうしても声をかけることができなかった。

 

 

「‥‥はぁ。とにかく、そういうわけですから説明はしっかりとお願いしますわ。今回ばかりは、以前のような曖昧な言い逃れを許すわけにはいきませんもの」

 

「‥‥どうしても、ダメなのね。その調子だと話し合いの余地もなさそうだし」

 

「だから先程からそう言っているではありませんか。あの黒い外套の弓兵とシェロの間柄、大体は想像できますが、貴女達の口からしっかりと話して下さらないことには納得できませんわ」

 

 

 そんな蒼崎君の様子をちらりと横目で見て小さく溜息をついた後、ルヴィアゼリッタはキッとこちらに視線を戻して厳しい追求を続けてくる。

 私達の間柄も既にあと数ヶ月で一年に届くものだし、性格的にソリが合わなくても、なんだかんだで彼女は蒼崎君と並んで時計塔の中で一番親しく付き合って来た人間だ。

 故に彼女が抱いているだろう感情が、どちらかと言えば魔術師としての知識欲に似たものではなく、かなり複雑で似て非なるものではあるけれど、近い表現としては知人や友人に向けるようなものであることも分かった。

 

 

「ミス・トオサカ。貴女には確か“いつぞやの件”で私からの貸しが一つ残っていたような気がしますけど。‥‥忘れたとは言わせませんわよ?」

 

「ぐ、アンタ今頃そんなこと持ち出す? いや、別に踏み倒すつもりなんかなかったけど、そういうのってコッチからさりげなく返すのが風流ってもんじゃないの?」

 

「必要な時に必要なカードを切れないようでは、勝機を逃してしまうのはゲームでも現実の駆け引きでも同じですわ。手痛いところをつかれた言い逃れか負け惜しみにしか聴こえませんわよ、ミス・トオサカ?」

 

 

 更にルヴィアが追い討ちをかけてくる。おそらくは以前の、士郎にセイバーの鞘が埋め込まれていた件について言っているのだろう。本当にばらすつもりなんて無いのは分かってるけど、交渉のカードならば十分だ。

 ‥‥うーん、ここまで来たら仕方がないわね。士郎とアーチャーの関係はとても異常で珍しいことではあるけれど、その秘密を知られてしまうこと自体の危険度は固有結界がばれてしまうことには及ばない。

 ルヴィアは低ランクとはいえ宝具まで作り出してしまう士郎の投影魔術をばっちり見ちゃったし、この分じゃ固有結界はおろかアーチャーとの関係にも薄々気付いているだろう。

 投影魔術だけなら生き別れの兄とかご先祖様とか色々とごまかし方もあったんだけどね。流石にそっくり同じ干将莫耶まで持ち出してこられちゃったら秘密にしておくのも限界だわ。

 

 

「‥‥仕方がないわね、どうにもこれ以上は無理そうだし。士郎、ルヴィアゼリッタと、ついでに蒼崎君にもアーチャーのこと話しちゃって平気?」

 

「そうだな、ルヴィアと紫遙なら俺も信頼できる。誰にも話したりしないだろうし、俺みたいに誰かに頭ん中を覗かれるなんてこともなさそうだ」

 

「そうね、士郎は前科持ちだものね」

 

「ぐ、あれは確かに俺が未熟だったってのもあるけど‥‥そこまで言わなくてもいいんじゃないか?」

 

 

 聖杯戦争以来、士郎には散々精神干渉系の魔術に注意するように言い含めてきたけど、それでもやっぱり何故か士郎の対魔力は低い。

 色々と方法はあるけれどクラスのスキルとして聖杯から能力を与えられているサーヴァントと違って、魔術師の対魔力っていうのは自分自身が保有する魔力の量に左右されるというのが通例だろう。

 もちろんそういう魔術を防御する術式を張り巡らせたりするってことも出来るけど、基本的に不意打ちでかけられる精神干渉系の魔術にそういう方法をとるのは下策だ。

 確実性はあるけれど、常に精神干渉を警戒して精神に障壁(シールド)を張っておかなきゃいけないのだ。それではあまりにも効率が悪すぎる。

 私だって障壁を張って防御するのはあんまりにも億劫だ。というより普段から気を張っているのも同義だから、そんなことをするのあ相当の臆病者か、何をおいても守らなきゃならない秘密を背負い込んでしまっている者だけだろう。

 

 つまり私が何を言いたいのかっていえば、士郎の対魔力の無さは単純にへっぽこって言葉だけでは片付けられないっていうことだ。なにせなんだかんだで士郎の魔力量は並の魔術師よりは多めなんだから。

 多分あれは、本当に衛宮士郎が固有結界の使い手として特化した魔術師だという証明なんじゃないだろうか。他の魔術を完全に犠牲にして、固有結界のみに全てのスペックを割り振っている。

 自分の強化とかは何とか出来るんだけど、多分あれは自分自身を剣と考えて、誤魔化して、剣に強化をかける要領で成功させているんだろう。他の魔術は初歩の初歩を含めてもてんでからっきしのままなわけだし。

 そして更に要約すると、結局ルヴィアゼリッタと蒼崎君の人柄が信用できるのならば、二人から秘密が漏れるということは考えなくてもいいということだ。

 なにせ二人とも士郎よりも遥かに腕の良い魔術師なのだから。蒼崎君は少し魔力量が少なめだけど、そんな不覚なんてとりはしないわよね。

 

 

「あの‥‥正直まったく話が読めないのですが、もしかして私は席を外した方がいいのですか?」

 

「あぁバゼット、気にしないで。これからサーヴァント五体分も一緒に戦わなきゃいけないんだし、貴女も一蓮托生よ。まぁそういうことだから、いいわ。出来る限り、本当にマズイ部分以外は話してあげる」

 

「洗いざらい‥‥と言いたいところですが、そこまで望むのは等価交換ではありませんわね。いいでしょう、私が納得できるぐらいにはお願いしますわ」

 

「会って数度という私をそこまで信頼してくれているとは、恐縮です。秘密は堅く守ることを誓います」

 

 

 恨みがましい目でこちらを見てくる士郎の視線をさらりと流すと、私は大きな溜息と共に腰に両手を当てて胸を張っているルヴィアゼリッタとバゼットの方へと向き直った。

 ‥‥ホントにデカイわね。何がとは言わないけど、その、ホラ、あれよ。私との戦力差というか、核拡散防止条例というか、独占禁止法違反というか。

 それでも桜よりはまだ絶望的に戦力が開いているわけじゃないのが救いよね。そりゃ大きいには違いないけど日本人基準で考えた話だし、欧米人の基準なら小さい方‥‥って、いやだ、もうやめよう。なんか情け無くなってきたわ。

 

 

「‥‥簡単に言うとね、アイツは士郎の未来の姿よ。士郎がいつか英霊になったのが、あのサーヴァント、アーチャーなの」

 

「シェロが将来は英霊に‥‥? それは、また、凄いというか、素晴らしい話ですわね」

 

「全然、素晴らしくなんかないわよ‥‥」

 

「ミス・トオサカ?」

 

「なんでもないわ、本当にどうでもいい独り言よ。話を続けるわね」

 

 

 困ったように、どうやって反応したらいいか分からずに無難な答を選んだルヴィアに私は一瞬殺意を覚え、それでもすぐに馬鹿な考えをかき消した。

 ルヴィアゼリッタは悪くない。何も情報がないんだから字面だけで判断すれば必然的にそうなってしまう。

 それでも喜びという感情ではなく当惑を表していたのは、多分私達が見た荒涼として無惨な剣の墓場と、どす黒い血に染まった傷だらけのアーチャーの姿が気になったからだろう。

 英霊、英雄という華やかな印象とはかけ離れた光景は即座に賛辞を送るには躊躇われる。ルヴィアゼリッタもそれはしっかりと感じ取っていたらしい。

 

 

「結局はそういうことっていうわけで終わるんだけどね、聖杯戦争中に色々と士郎との間に因縁があったわけよ。まぁ同じ人間が二人いるっていうのがそもそも異常だったんだけど、士郎からしてコレでしょ?

 コレが大人になったらどんな厄介事を背負い込んでるかなんて‥‥よくよく考えれば容易に想像つくことだったかしらね」

 

「そうですわね。余計な好意や親切を所構わず振りまいて、良悪問わずありとあらゆる厄介事の類を呼び込むことだけは間違いありませんわ。

 私が思うに、シェロは人が良すぎるのですわ。他人と積極的に関わるくせに好意や親切が一方通行ですのよ。相手から返されるのは同じ好意ばかりではありませんのに」

 

 

 途中から愚痴になってしまったけど、私の言葉に共感したのかルヴィアゼリッタも同じタイミングで再度大きな溜息をつく。

 士郎は困っている人間を見たら放ってはおけない。たとえ被害者加害者共に関わらない方がよさそうな人間だった時にも、形振り構わず突っ込んで行ってしまうのだ。

 もちろん士郎だって聖人君子じゃない。嫌なことをされれば腹は立つし、不愉快なことは出来る限り遠ざかろうとする。

 

 

「む、俺は別にお礼を言って欲しいから誰かを助けてるわけじゃないぞ。俺が助けたいから助けてるんだ。そこに助けた人がどうとかは関係ないだろ」

 

「関係ないとは‥‥それはちょっと無責任ではありませんこと? 助けたいから助けるだなんて、相手の思いを考えていないではありませんか」

 

「だから、そういうわけじゃないんだ。ただ俺が人を助けるっていうのは俺がそう思っているからで、誰かに頼まれたことじゃない。だから誰にも責任を押しつけることはしないし、俺がどうとかも気にして欲しくないんだ。助けたから重荷になるなんてのは本意じゃないし、そういうのは、その、困る」

 

「‥‥はぁ、もう士郎には何を言っても無駄よ、ルヴィアゼリッタ。これでも私の教育が効いたのか、前に比べたら随分とマシになってるんだから。やるならじっくりと、腰を据えて教え込んでいかないとね。言うなれば長期戦ってヤツよ」

 

 

 でもそれは普通に暮らしている場合の話だ。周りで何か事件や困り事を見かければ、自分の存在意義にかけて必ず手を伸ばす。

 そして手を差し伸べられた人間が、必ずその手に縋って感謝するばかりではないことを理解しながらも、手を伸ばすことだけはやめられない。

 だから余計な厄介毎を背負い込む羽目になってしまうのだ。今の士郎はそれをしっかりと理解して———納得はしてないらしいけど———いながらも、それでも尚自分の在り方を顧みようとしないから、だから私達の心配が増えていくのだ。

 

 

「まぁとにかく色々とあって、アイツとは一口には言えない関係だったわけ。詳しいことは流石に話せないんだけど、これが精一杯よ、納得してくれたかしら?」

 

「‥‥納得、は出来ませんわね。どういう経緯であのような問答をすることになったのかはさっぱりですし、あの光景についても問い詰めたい気分です。しかしまぁ、納得は出来ませんが我慢はしてさしあげます。これもまた、じっくりと貴女方から聞き出す、長期戦を覚悟しなくてはならないようですからね」

 

「悪いわね。いつか話すわよ、きっと」

 

「確証のない約束などなさらないで下さいな。今は必要ではない、それだけですわ」

 

 

 本当ならもっと聞き出したいことはあっただろう。私達の説明は言うなれば年表を追うよりも簡潔なものに過ぎなかったわけだし、それだけでは士郎のあの態度の説明はつかない。

 それでもルヴィアゼリッタはそこで一旦は引き下がってくれた。相変わらず私と彼女の仲はそこまで良いと明言できるものじゃないけれど、それでも何だかんだで付き合いは深いのだ。

 未だに会えば嫌味や皮肉をまず交わさずにはいられない。それでもそういうやりとりが定例化してしまうぐらいには顔を合わせている。それも授業だけとかじゃなくて、その後も。

 多分、本当にコイツとは長い付き合いになるのだろう。士郎のことだけじゃなくて、多分だけど私とも。まぁ勘に過ぎないけどね。

 言うなれば悪友、というよりはライバルかしらね。私と綾子も友人ではあったけど、その実で互いに鎬を削り合う仲でもあったんだから。

 

 

「じゃあこの話はお終いね。それじゃあ今後の身の振り方だけど———」

 

「なぁ遠坂」

 

「何よ士郎、突然真剣な顔してどうしたの?」

 

 

 これでバゼットを含めた私達が倒したサーヴァントは二体。まだ残り五体も英霊を倒さなきゃいけないのだ。

 今回も前回も何とかサーヴァントを倒すことに成功したけど、あくまで辛勝に過ぎない。まだ怪しい内緒話を続けている不気味ステッキの力があるとはいえ、私達もボロボロ、この任務は生半可ではない。

 士郎も一番最前線で戦っていたから疲労が溜まっているし、蒼崎君も何やら調子が悪そうだ。なによりバゼットは宝具の反動が激しく戦闘力を大幅に低下させている。

 これからは更に厳しくなる。私が次の敵へと意識を向けようと気を取り直した時、士郎が深刻な顔と声で口を開いた。

 

 

「‥‥セイバー、どこ行ったんだ? 確かあの鏡面界とかいう空間に飲まれる時にはぐれたんだよな?」

 

「っ、そういえば確かに‥‥!」

 

 

 あまりにも動転を誘う出来事が続き過ぎてついうっかり注意を払うのを忘れてたけど、確かに辺りを見回してみれば銀色の甲冑を纏った少女騎士の姿は見えない。

 私達が姿を消していたのはせいぜいが30分ぐらいで、おそらく一時間にも届いていないはず。不測の事態かもしれないけど、何かあったとしても何の形跡がないのは考えにくい。

 

 

「‥‥おかしいわね、パスが途切れてるわ。魔力の受け渡しに使うヤツは何とか機能してるけど、位置も状態も分からない‥‥」

 

 

 セイバーとの間に繋いである、使い魔(サーヴァント)と主《マスター》としてのレイライン。それを辿ることで彼女の現在位置を探ろうとしてみたけど、上手く成功しなかった。

 なんというか、上手く形容できないんだけど、すごくラインが歪んでいる。捻れて、曲がって、明後日の方向をトンデモなく複雑に経由していて把握できないのだ。

 幸にして魔力の流れは途切れてはいない。これも同様に捩れ曲がっているから行く先が全くわからないけど、セイバーが魔力不足で消滅してしまうなんてことにはならなさそうで安心した。

 

 

「‥‥ふむ、私は自己意思を持った使い魔(ファミリア)を作ったことがありませんから確とは申し上げられませんけど、もしかしたら空間を移動した影響が出ているのかもしれませんわね」

 

「ああ、確かにそういうことも考えられるわね。だとしたら糸が縺れちゃったようなものだから、時間をかけて根気よく解していくしかない、か」

 

 

 純粋な空間転移は魔法の範疇に属するけど、色々と制限や制約をつけて効果を限定すればやってやれないものでもない。要するに既存の魔術体系を捏ねくり回して何とかすればいい。

 例えば時間をかけて術式を練り上げて媒介となるようにした魔術品を用意してもいいし、特定の局面や範囲に効果を絞るのも現実的だし、今回みたいに現実空間に隣り合う異空間を作るのも理に適っている。

 ルヴィアゼリッタの説が正しいと仮定すれば、多分だけど移動の際にもつれてしまったと見るのが妥当だろう。高次元か低次元かを経由した擬似的な転移だと考えれば理屈も合う。

 つまり同じ次元を通っているから空間の隔たりが問題になるわけで、別次元を通れば問題はない。もちろん別次元に渡ることがそもそも大変だし、別次元から元いた三次元に干渉するのもまた大変なんだけど。

 

 

「もしかしたら異常事態だと判断してホテルか衛宮の家に戻っているのかもしれないしね。セイバーだったらそのくらいの判断はするだろうし、とりあえず一旦私達も態勢を整えましょう」

 

「そうですわね。魔力の供給が安定しているなら、同じサーヴァントでも出てこない限りは安心でしょう。‥‥さて、私はショウと二人で周囲を見回り、この町で活動するための準備をしようと思うのですが、ミス・トオサカはいかがなさいますの?」

 

「‥‥そうね、私は士郎を連れて久しぶりに遠坂の屋敷にでも行ってこようかしら。あそこからなら乱れているとかいう霊脈の観測も出来るかもしれないし、流石に一年ちょっと放っておいたから埃も心配だし」

 

 

 またチラリとさっきから深刻な顔をして考え込んでいる蒼崎君の方を一瞥してから、ルヴィアゼリッタは今日の夜で何度目かの溜息をつくと同時に私へ問いかけた。

 確かに今夜は流石に消耗し過ぎた。まだまだ話し合わなきゃいけないことは沢山あるけれど、それでも消耗した頭で物を考えても良い案件なんて生まれはしない。

 何者が相手かは知らないけど、相手も神秘の秘匿を考慮に入れている以上は次のサーヴァントが現れるのも今回と同じ夜のはず。ならば一先ず明日の昼間の分ぐらいは時間がある。

 それならそれで構わない。疲弊しきった体と頭を無理矢理動かして作戦を練っても大した効果があがらない以上は、まず体を休めることは怠惰と言わないだろう。

 

 

「早く藤村先生と桜に会って安心させてやりたいとも思うけど、私はともかく士郎はぼろぼろだし、こんなんじゃ桜はいいとしても藤村先生には会えないわね。今夜は遠坂の屋敷で身綺麗にして、明日の朝にでも会いに行きましょう」

 

「‥‥そうだな、帰ってきたのに傷だらけじゃ桜も藤ねぇも心配するだろうし、っていうかこんな外套(かっこう)じゃ明らかに不審人物か。なぁ遠坂、荷物はホテルに置いてきちゃったから閉まっちゃってるだろうし、遠坂の屋敷に何か俺が着られる服ってあるか?」

 

「お父様のがあるわよ。ちょっと士郎には肩のあたりが窮屈かもしれないけど、まぁその格好よりはマシだし」

 

 

 やらなきゃいけないことは沢山ある。大師父からの任務についてもそうだけど、この冬木の地の管理者(セカンドオーナー)としての業務は滞りに滞っているのだ。

 殆ど土着の魔術師がいないから実際やらなきゃいけない仕事は少ないとはいえ、その大部分を新しく冬木教会に赴任してきたディーロ神父に任せっきりになってしまっている。今まで代理に決済した様々な書類を再度私が見直さなきゃいけない。

 結構ロンドンの方で頑張って仕事こなしてたんだけどなぁ‥‥。やっぱり限界があるわよね。

 

 

「それじゃあ私達はもう行くわ。明日の予定は改めて私の方から———」

 

「俺が紫遙の携帯に連絡する。それでいいよな?」

 

「ちょっと士郎———、まぁ、いいわ‥‥」

 

 

 士郎が私の言葉に割り込んで蒼崎君に問いかける。どうやら私が電話もかけられないと思っているらしい。

 何よ馬鹿にして、私だって電話ぐらいなら簡単に使うことができるんだから! ‥‥そりゃ、よく考えたら、蒼崎君の携帯電話の番号なんか知らないけど。

 

 

「‥‥ん? あ、あぁそうだな。何かあったら俺に連絡しておいてくれ。コッチでも携帯は使えるようにしてあるからさ」

 

「ちょっと蒼崎君、本当に大丈夫なの?」

 

「大丈夫だよ、遠坂嬢。ちょっと考え事をしてしまってただけでね、気にしないでくれ」

 

「蒼崎君がそう言うなら別にいいけど‥‥」

 

 

 暫く続いた沈黙に漸く自分が質問されたことに気づいたらしい蒼崎君のいつになく慌てた様子に私はささやかならぬ不安を感じた。なんというか、そこまで深く知っているわけじゃないけど、彼らしくない。

 私にとっての蒼崎君っていうのは、正直に言ってしまえばそこまで大きな印象ではなかった。結構それなりに避難に会ってはいるけど、まだまだ綾子にも届かないぐらいの重要度だろう。

 どちらかといえば蒼崎君は士郎とルヴィアゼリッタの友人で、私は個人的に彼と深く親交を交わしているわけじゃないのだ。なんというか、多分本当にきっかけというか、そういう機会がなかったんだと思う。

 それでも毎日のように顔を会わせるクラスメートであることは確かだし、そんな蒼崎君の普段の様子から今の蒼崎君の様子は全く想像ができないものだったのだ。

 

 

「なにか悩み事があるなら相談にのるくらいやぶさかではないってことは、覚えておいてほしいわ。それじゃ私達はもう行くわね。ルビー! いつまでも喋ってると置いていくわよ!」

 

『はいはいはーい! 大丈夫ですよ凛さん、こっちの用事はきっちりきちきち終わりましたからー!』

 

「用事ってなんだったのよ‥‥? また(アンタ的に)愉快なこと考えてるんじゃないでしょうね?」

 

『あらあらあら、凛さんが私のことをどう思っているのかがよ〜くわかりました! ひどいですねー、今回は割と結構かなり真面目なお話してたっていうのに‥‥クスン』

 

 

 脇の方でサファイヤと話していたルビーが私の言葉に反応すると滑るように近づいてくる。不気味なくらい滑らかで、羽は全く意味をなしていない。同様に空力学的に意味のない動きをやっているから正しく手のようなものなんだろう。

 とりあえず真面目な話をしていたという主張は一切信用しない。百万が一本当に真面目な話なのだとしたら、甚だ不本意ではあるけどまずはマスターである私達に相談するのが筋だろう。

 

 ルビーに続いて姉に比べて真面目な雰囲気をもったサファイヤもルヴィアゼリッタの方に戻っていき、魔術礼装を含めた三人の背中は夜の闇へと消えて行った。

 ‥‥私も叶うものならサファイヤの方が良かったんだけどなぁ。

 

 

『なにを言ってるんですか! 世界に一級の魔術礼装は、まぁそんなに数はありませんが、何処の何時を見回したって凜さんのお相手(パートナー)を務め上げることができるのは、この私をおいて他にありませんッ!』

 

「その根拠のない自信は一体どこから湧いて出て来るのか、ちょっと解体して調べさせてもらってもいいかしら‥‥?」

 

『おぉっと、その手は桑田の変化球! ですよー。私という人工精霊がこの礼装(カレイドステッキ)に組み込まれているのはマスターへ助言するためでもありますが、心ない者による悪用を防ぐ目的もあるんです。もちろん自己防衛手段の一つや二つや十や百、まぁ大体二十と七つぐらいは備えてありますから、いかに凜さんでも私を解体するのは不可能ですねー。あはー』

 

 

 周りに人気がないのをいいことにクルクルと元気よく飛び回るルビーの声を聞きながら、ルヴィア達とは違う道を通って深山町を進む。

 最近———と言ってもこの一年は随分と平和なものだけど———何かと物騒だから普通の住民はツッパリを含めて皆、日が落ちてからはむやみやたらと出歩かないようになっているのだ。新都よりは特に深山町でその傾向は顕著になっている。

 二年前に起きた一連の奇怪な事件は、それから更に十年前の大火災と相俟って冬木の住人達に暗い影を落としているのだ。

 

 

「‥‥それにしても、蒼崎君は本当にどうしたのかしらね」

 

「紫遙とアーチャーが話してたことか?」

 

「えぇ。あのやり取りから察するに蒼崎君は何かすごく重大な秘密を隠し持っていて、アーチャーはそれを知っているっていうところだとは思うけど‥‥」

 

 

 何とはなしに発した私の呟きに士郎が機敏に反応して、私は大きく頷くと足を進めながらも先程から気になっていたもう一つの件について思考を巡らせた。

 黒い弓兵が自我を取り戻したことで現れた剣の丘で、全く面識がないはずの二人が交わした意味深なやりとりを思い起こす。

 

 

「蒼崎君がアーチャーを未来の士郎だって気付いたのは仕方がないことよ。彼は士郎の固有結界について知ってしまってるし、干将莫耶をくれたのも彼だしね」

 

 

 自分の知識や経験に照らし合わせて可能な限り素早く把握と判断を行うのが私やルヴィアゼリッタ。未来予知などではない感情から生じた直感で己にとって正しい答を選ぶのが士郎。そして蒼崎君はじっくりと時間をかけて考察と分析を繰り返すタイプだ。

 それでも今回ばかりは判断材料が多過ぎた。手札を、場に出されたカードを数え、どんなに慎重にババ抜きをする人でも、流石に表にされたババをわざわざ引くなんてことはしないように。

 同じ宝具ならまだしも万に一つだって同じ風景なんてない固有結界まで見せられてしまっては即断即決するのに何の躊躇もいらない。流石に士郎の固有結界を見ていないルヴィアゼリッタは漠然としか判断できなかったみたいだけど。

 

 

「でも当人同士に面識なんてないはずだし‥‥。いえ、確かにアーチャーの方は蒼崎君を知っていて当然なんだけど、なんとなく合点がいかないというか、すっきりしないというか‥‥」

 

 

 理屈の上では矛盾はない。蒼崎君は私達に何か秘密を隠していて、士郎の未来の可能性の一つであるアーチャーが知っていて、それについて言葉を交わしたのだろう。

 その秘密について蒼崎君が私達に打ち明ける必要も義務もないし、私だってそれなりに気になりはしても問い詰める気はない。本当に深刻そうだったからとても気になりはするけど。

 

 

「‥‥あぁ、確かになんていうか、もう面識あるみたいな雰囲気だったよな、二人とも」

 

「そう! それなのよ! あの二人って絶対何処かで会ったことあるわ」

 

「ありえない、とは思うんだけどな‥‥。どっちかっていうとアイツの方から面識があったみたいだし」

 

 

 士郎の言葉が私の靄々に明確な形を与えた。そう、きっと蒼崎君はアーチャーと面識がある。士郎の未来の可能性としてのアーチャーではなく、アーチャー個人との面識が。

 本当に漠然とした印象に過ぎないんだけど、私が抱いた感想は正しくそれだった。しかもアーチャーが蒼崎君を、もしくは蒼崎君がアーチャーというように片一方から片一方へ面識があるのではなく、互いに互いを知っているような‥‥。

 ううん、やっぱりそれとも少し違う。多分直接会うのは初めてだ。一番合ってそうなのは互いに伝聞情報だけっていうのだろう。

 

 

『そうですねー、英霊の座は時間の流れから隔絶された場所ですから、可能性としてはゼロではありませんねー。とはいっても今回の件から分かるように、そもそも自我を持った英霊の召喚も珍しいですし』

 

「守護者‥‥だったかしら。英霊の現象って言い換えてもいいかしらね。確かにアレは見ていて気持ちの良いものじゃなかったわ」

 

『人々の信仰によって祭り上げられた精霊の一種である普通の英霊と違って、守護者と呼ばれる霊格の低い英霊は正しく世界の奴隷だと宝石翁が漏らしていましたね〜。言わば道具みたいなもので、道具に意思はいりませんからー』

 

「‥‥なんかアンタ、自分の存在を全否定してない?」

 

 

 アーチャーが生前に親しくしていた蒼崎君のことを思い出すのはまだいい。だけどアーチャーが意思を持って召喚される可能性が低い以上、いったい蒼崎君は何処でアーチャーのことを知ったのだろうか。

 思えば私達は蒼崎君やルヴィアゼリッタについて把握している情報が少な過ぎる。色々と話を聞きはしたけれど、まだまだ私達が結果的に漏らすことになってしまった情報に比べて遥かに少ないのだ。

 彼やルヴィアゼリッタから聞き出したのは全てが伝聞情報に近い。魔眼にしても士郎の固有結界と比べてみれば珍しさで劣るし、彼には———仕方ないことではあるけど———私の目指すところも知られている。

 一方のルヴィアゼリッタにしてみてもエーデルフェルトのことは何も分からないし、個人的な範疇でしか把握できていない。まあこちらは蒼崎君みたいに重大な秘密があるってわけじゃないみたいだけど、なんとなく釈然としないことには違いない。

 別に無理を通しても聞き出したいわけじゃないにしても、正直な話、私達ばっかり丸裸に近い状況っていうのは愉快じゃないわ。

 

 

「どっちにしても紫遙に聞くしかない問題だろ。いずれ知ることになるなら俺は今は無理に聞き出す気はないし、必要な時になったら紫遙の方から言ってくると思うぞ」

 

「‥‥まぁ、結局はそうなるのよね。気になるには違いないけど、まぁ私達に害があるようなことなら蒼崎君も黙っちゃいないだろうし」

 

『いやー熱い友情ですねー! やっぱり魔法少女には恋する相手と信頼できるトモダチと、切磋琢磨するライバルがいるのがベストですよー! 凜さんと士郎君は完熟気味で多少味気ないところもありますし、ルヴィアさんとはもう少しギスギスしてくれても面白いんですが』

 

「マスターの交友関係にまで勝手に口出しするんじゃないわよ愉快型魔術礼装! あんまりナマ言ってると☆の隙間に指突っ込んで広げてやるんだからね!」

 

『凜さんはツン分が高すぎますねー。もう少しデレをアピールしていかないと逃げられてしまいますよー?』

 

「余計なお世話よ!」

 

『あはー』

 

 

 ふらふらヒラヒラと私達の周りをうざったい軌道で飛び回るルビーを捕まえてぎりぎりと音がするまで握り締め付けてやる。

 このイカレステッキ、どういう材質で出来ているのか、程よい弾力を持っているから私がいくら力を込めても上手いこと変形して一向に壊れる様子がない。

 自己防衛ってまさかこういう手段じゃないでしょうね? ホントに一から十を飛び越えて百まで人を不愉快にさせる礼装だわ。

 

 

「アンタね、確かに私の方も嫌々ではあるけど、仮にもマスターに対してそんな態度とるっていうのは随分と問題なんじゃないの?」

 

『誰がマスターでも私は私の好きなように行動します。誰からの指図も受け付けませんッ! ‥‥とと、そういえば実はその件について凜さんに重大な話があるんでした』

 

 

 突然ステッキの柄の部分を生やしたルビーが反動を使って私の手から逃れ、羽でコホンと咳ばらいをするような動作をするとピタリと宙で静止する。

 大きなスイングに危うく顔を抉られそうになって思わず後ずさってしまった私とは少し距離が開いた。具体的には咄嗟に手を伸ばしても一息には届かないぐらいに。

 

 

『さっきも言いましたが、私のように完全に独立した自律意思を持った礼装というのは非常に珍しいものです。多分ですが、世界広しと言えど私とサファイヤちゃんぐらいしかいないでしょうねー』

 

「何を自慢したいのか知らないけど、確かにそれについては同意するわ。大師父も一体なにを考えてこんな人工精霊をくっつけたんだか‥‥」

 

 

 完全に人工の人格を作りあげるのは意外と難しくて、それでも比較的ポピュラーだ。例えば使い魔や動く石像(ゴーレム)などに意思を込めることもある。魔術礼装にしたって漠然とした自我を持ったものだって皆無ではない。

 それでもほとんど完全に人間と同じような感情や自己主張を持ったものとなったら、目の前でパタパタと無意味に羽を羽ばたかせている愉快型魔術礼装ぐらいだろう。なにせ、意味がない。

 

 

『そこで凜さんは私のような礼装に生じるメリットとデメリットについて、どんなものがあると思いますかー?』

 

「メリットと、デメリット‥‥?」

 

『はいー。あ、さっき私が話した二つについてはナシですよー?』

 

 

 ‥‥このよく喋ってお調子者で、完全にマスターのことを自分の玩具としか考えていないイラつく礼装のメリットなんて、さっきルビーが自分から話していた二つぐらいしか思いつかない。

 デメリットなら山程思い付くんだけど‥‥いや、それは全部このおちゃらけた人工精霊の性格に起因する。“そういう礼装”全般に共通するデメリットじゃない。

 

 

『それはメリットでもありデメリットでもあります。‥‥いいですかー凜さん、つまり私達みたいな道具というのはですねー、使い手(マスター)と礼装《サーヴァント》が心を通わせることができれば、基本のスペックの何倍もの力を発揮することができるんですよー!』

 

「‥‥はぁ?!」

 

「おぉ!」

 

『ふっふーん、士郎さんには分かって頂けたみたいですけど、凜さんはまだまだ世界の真実に気付けてませんね〜』

 

「そんな真実こっちから願い下げよッ! 士郎も何となく納得してんじゃない!」

 

 

 まるで本当に一昔前の魔法少女モノのような台詞を吐いたルビーと、今もなお正義の味方という子供っぽい夢を追い続けているがために同調してしまった士郎を怒鳴り付けた。

 もういやだ。任務とはいっても久しぶりに故郷である冬木に帰って来たっていうのに、このステッキのせいで四六時中優雅とは程遠い叫び声をあげてる気がする。

 私だって態度には出さなくても、今回の帰郷をそれなりに楽しみにしていたのだ。まかり間違っても無機物と漫才がしたかったわけじゃない。

 

 

「‥‥ハァ、それでアンタは私に何を期待してるの? まさかと思いけどアンタと心を通わせて立派な魔法少女になれとでも言うんじゃないでしょうね?」

 

『うーん、私としてはそっちの方が面白‥‥本望なんですけど、凜さんにはそこまで望めそうにありませんからねー。嫌ですねー大人は、歳をとると守りに入っちゃって』

 

「まだ二十歳にもなってないわよ!! 大人云々以前にアンタに振り回されるのはゴメンなんだからね!?」

 

『いえいえ、しっかりと理解っていますよ凜さん。流石にもう凜さんには酷ですし、私も堂々巡りはマンネリ化してきたのでつまんないですからねー」

 

 

 クルクルとその場で回ってみせるけど、柄がついているからか通常モードよりもウザッたい上に見苦しい。

 なんていうか、上はクルクル回っているのに下の変化があんまりないっていうのが勘に障るのだ。

 

 

『‥‥そう、だから私、閃いたんです。“今のマスターがダメなら新しい人を捜しに行けばいいじゃない”って!!!』

 

「あっ、こらルビー?!」

 

 

 そう言い放ったステッキは何故か私達が思わず顔を庇うぐらいに大きな風を羽ばたきで巻き起こすと、次の瞬間には私の手が届かない空高くへと舞い上がる。

 くいっくいっと柄を曲げたり伸ばしたりして楽しいのだと表現してみせる。体全体で私達を嘲笑っているかのようなその様子に、それでも爆弾発言の衝撃で私の沸点は上がらなかった。

 

 

「どういうつもりよルビー! 新しいマスターを捜すってアンタ、まさかフラフラどっかに出かけるつもりじゃないでしょうね?!」

 

『凜さんでは私の性能を百パーセントしか使いこなすことができません! 私の力を百二十パーセント、いえ二百パーセント引き出すことが出来るマスターでなければ今回の任務をこなすことはできないんです!

いわばこれは任務達成のために私身を投げ打つ、ひっじょ〜に献身的な行為なわけですよ、あはー』

 

「寝言は死んでからいいなさいこの面白ステッキ!! そんなことマスターである私が許すと思っているの?!!」

 

『ふっふーん、わかっていませんね凜さーん。先程の宝具で切れてしまった契約は、時間が無かったがために仮の契約という形でしか復旧していません。いわば、今の私を縛るのは水に濡れたトイレットペーパーよりも脆い契約のみ! 私を束縛するならこの三倍は持ってこいというものでうしょ、フゥハハァー!』

 

 

 漸く湧き上がってきた怒りとか焦りとかに任せて雨あられと上空に向かってガンドを放つけど、くねくねと不気味に身体を動かして全て躱してしまう。

 ああもう士郎! なにを黙って見てんのよアンタは! さっさとあのイカレ魔術礼装を射ち落としなさい!

 

 

『それでは凜さん、次のマスターが見つかるまでオサラバです! だ〜いじょうぶですよ、キュートで可愛くて十二歳以下の新しいマスターが決まったらちゃんと連絡はいたします。

 私の目的は面白おかしく遊ぶことですが、宝石翁から下された任務を達成するのもまた同じぐらい重要なことですからねー。まぁ、その過程で凜さんがどれだけ苦労しようが関係ありませんが。ではアデゥー!』

 

「こらぁぁあああ!!! もう一回完璧にシメるから降りてきなさいドグサレステッキィィィイイ!!!!」

 

「遠坂落ち着けって! まずは追いかけるぞ!」

 

 

 ルビーは最後にププっと笑ってみせると林立する住宅の屋根を飛び越えて明後日の方向へと去っていき、実はそれなりに冷静だったらしい士郎が完全に沸騰していた私の手を引いて走り出した。

 

 

「あの馬鹿阿呆ステッキ、捕まえたら徹底的に折檻して二度と私に逆らう気が起きないようにしてやるわ‥‥!」

 

「なんていうか、四つに組み合っちゃダメな相手だと思うけどな。俺にとっての遠坂みたいにさ‥‥」

 

「なによ?!」

 

「‥‥ナンデモアリマセン」

 

 

 一端以上の魔術師なら魔力を放つ物体を補足できる。ルビーは隠れるつもりがないらしく飛行に使った魔力がシュプールのように残っているから、距離を離されてしまっても問題はない。

 行く先はしっかりとこちらで追跡できる。空と陸というハンデがあっても、ある程度は脚力を魔力で強化できる私達なら絶望的なまでに引き離されてしまうことはないだろう。

 それでも追跡は大変だから、前を歩く士郎に指示を出して前を注意してもらって私は目を閉じた状態で手を引かれながら魔力の補足に集中する。

 あっちの方、と大雑把に指示すれば何の説明もなくとも士郎が私の意を汲み取って的確に道を選ぶ。こういう細かいところで息が合うという些細なことが何となく嬉しかった。

 

 

「しかし本当にどうするつもりなんだ? 冬木をいくら探したって俺達以外の魔術師なんて桜ぐらいしかいないだろ?」

 

「馬鹿ね、桜はルビーの望むようなマスターじゃないわよ。それにこの方向は微妙に衛宮の屋敷から外れてるわ。それに考えたくないことだけど、あの愉快犯なら素質さえあれば一般人だって———待って、魔力源が動くのを止めたわ!」

 

 

 意識を集中させれば今の今までどういう理屈か魔力を撒き散らしながら一直線に何処かを目指していたルビーの気配が一つ所に静止している。

 何かトラブルに遭遇したのか、はたまたお目当ての場所に辿り着いたのか。前者なら周りに撒き散らす被害が私の精神力の堪え得る範疇に収まりそうだからまだいいけど、万が一後者だったら‥‥。

 

 

「最悪よ———って、ちょっとまさかこの魔力のカンジはッ?!」

 

 

 さっきまではマスター不在のために小出しにしていた魔力が、いきなり無制限に、爆発したかのように噴出されている。

 これには一度、いや二度ほど覚えがあった。黒歴史として抹消した幼少の頃のアレと、つい昨夜に悪魔のように愉しげな笑い声と共に経験した———ッ!

 

 

「ヤバイまさか、あいつマスターを見つけて契約した?! まずいわ士郎、急ぐわよっ!」

 

「お、おう!」

 

 

 もはや一刻の猶予もない。私は目をしっかりと見開くと魔力を体に回して脚力を強化し、僅かに先行していた士郎を追い越して疾走した。

 塀を跳び越え、庭を突っ切り、出来る限り音を立てないようにしながら、それでいて万が一の時は気になっても目に留めることができないぐらいの速度でひたすら走る。

 今ならまだ、間に合うかもしれない。今ならまだ、あのバカステッキを捕まえて、唐突にマスターにされた可哀想な子供に記憶処理を施してやるだけで済むかもしれないのだ。

 どちらかといえば人道に基ってと言うわけではなく、これ以上私の管理地でゴタゴタを起こしてもらいたくないからだけどね。アイツならメガトン級の騒動をマシンガンみたいに乱発させるに違いない。

 ただでさえクラスカードに関連した超ド級の厄介毎を背負い込んでいるのだから、これ以上の迷惑はゴメン被る。

 

 

「‥‥見つけたっ! もうお遊びはここまでよ、この不愉快型魔術礼装———」

 

 

 管理者としての義務感も手伝って、魔力反応が手に取るようにはっきりとわかる路地裏に、私は士郎に先んじて全速力で突っ込んだ。

 目指す標的はただ一つ、あのパステルカラーの愛と魔法と迷惑を所構わず己の好奇心と気紛れでばらまきまくる迷惑ステッキ。

 私の右手が真っ赤に燃える。あの馬鹿(ルビー)を倒せと轟き叫ぶ!

 と、速攻で厄介毎の元凶をひっつかんで被害者に処理を施し、一連の騒動を全て無かったことにしてしまおうと私が視線を向けて状況を確認しようとしたその瞬間。

 まるで心臓と頭を同時にハンマーで叩かれてしまったかのような衝撃に襲われて、私の頭の中は真っ白になってしまった。

 

 

『おやおや流石にお早いですね凜さん、そんなにこの魔法少女ルックが名残惜しかったんですか〜?』

 

「え、あの、お姉さん誰‥‥?」

 

 

 そこには一刻前の私と同じような、ピンク色の奇天烈な衣服を着込んだ年端もいかない新米魔法少女。

 本当に魔法少女と形容するより他にないくらい、それでいながら悔しくも何ともないけど私と違って完璧なまでに似合った可愛らしい女の子。

 少女を飾る装飾品のような綺麗な銀色の髪の毛と、宝石よりも透き通った赤い瞳。欧州風の顔立ちはどちらかと言えば日本人に親しみやすいタイプのもので、文句なしに美少女と称する権利がある。

 なんで即座にこんな形容詞が出てきたかって? そんなの簡単よ、だって私は、前にこの子に会ったことがあるんだもの。

 でもそんなことはありえない。この子が今ここにいていいはずがない。

 そうだ。何故勝手この子は、この子は‥‥。

 

 

「嘘、まさかアンタ、イリヤスフィール‥‥?!」

 

 

 私は金色の英雄王に心臓を奪われた雪の少女の名前を呟き、そして確かに目の前で力なく座り込む少女は、その名を聞いて怖ず怖ずとながら確かに頷いたのであった———。

 

 

 

 

 54th act Fin.

 

 

 

 

 

 

 




新生カレイドルビー、魔法少女プリズマ☆イリヤ、爆・誕ッ!!
さぁさぁきな臭くなってきましたプリズマ☆イリヤ編です。イリヤと題名につくわけですから彼女が出ないわけがないっ!
今後の展開もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。