UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第二十九話 『学生達の享楽』

 

 

 side Rin

 

 

 

「え? ハロウィンの行進‥‥ですか?」

 

「はい。ミス・トオサカ達にも是非ご参加いただければと思いまして」

 

 

 いくら時計塔に通う魔術師と言えども、暮らしているのは表の世界。生活もあるし四六時中引きこもっているわけにもいかない。

 学生である以上町内会の会合とかに参加するのは勘弁してもらっているけど、それでも回覧板の類は回ってくるし、そうでなくともウチはご近所の噂話に上りやすい家族構成をしている。なにせ男一人に女二人だ。ゴシップなんていくらでも湧いて出てくることだろう。

 それもこれも士郎がいくらでも私以外の女の子をひっかけてくるから‥‥いえ、今はこんなこと言ってもしょうがないわね。

 

 

「最近はホラ、こういう行事に参加できる子も減ってきているでしょう? それでも行事は伝統みたいなものだからしっかりとやりたいし‥‥。それでミス・トオサカ達にもお手伝いしてもらって、盛り上げていこうと思ったんです」

 

「はぁ‥‥」

 

 

 休日の午後、士郎とセイバーが朝早くから賃仕事に行ってしまって自宅で暇をつぶしていた私のところへ訪れたのは、このあたりのご町内の婦人会を取り仕切っているハドソン夫人。犬耳犬鼻犬尻尾が似合いそうな麗しい未亡人で、それでいて士郎の魅了(チャーム)に引っかからないという稀少な人材だ。

 料理の腕は倫敦基準で上手、士郎基準でファミレス未満といったところだけど、天才的な裁縫スキルを持っていて人好きもいい。強いて欠点をあげるならお節介に過ぎるところか。

 で、どうやら今回はそのお節介が最大限に効力を発揮したらしい。昨今の子供達の地域離れと情操教育の関係、地域の連帯による伝統的な犯罪抑止力や治安の向上など話はあちらこちらへ節操なく飛び、あらゆる方面からハロウィンの仮装行進を盛り上げる必要性を説いている。

 その勢いはのんびりとした口調からは想像することができない程の疾風怒濤。どうも理詰めというより物量で相手を無理矢理納得させる方が得意らしく、息継ぎの間がわからないほどに言葉を紡ぐ。

 

 

「で、どうしても今年はハロウィンの行進を成功させたいの。‥‥手伝って、くださらない?」

 

 

 人間、よほどのことがなければ誰しも天敵のいうものが存在する。それは私にとっての似非神父しかり、アーチャーしかり、とにかく先天的に苦手とする人物は必ずいるものだ。

 それは大体の場合において肉体的に、精神的に相手の方が上位に立っている状態を指すのが基本だが、たまに、稀に、『敵がいない』が故に誰の上位に立つこともなく、また同様に誰も上位に立つことができないという逸材も存在する。

 例えば高校でクラスメイトだった三枝由紀香などがそれに属するだろう。あの子犬みたいな少女を前に自分の優位を声高に主張できる奴がいたらいらっしゃい。私なりのやり方で断罪してあげるから。

 

 

「お願い‥‥できませんか‥‥?」

 

「う‥‥」

 

 

 そして今、私の目の前で悲しげに瞳を潤ませるハドソン夫人もまた、そんな子犬属性の持ち主だった。私より一回り弱も年上だってのに、いったいどういうことだろうか、この庇護欲を掻き立てる眼差しは。

 いまさらみたい気もするけど、本来私達魔術師にとってこのような馴れ合いは不要。別に強制されているわけでもなし、気が乗らないならはっきりと『ごめんなさい私ちょっと用事がありますのホホホ(意訳)』とでも言って断ればいいだけの話だ。

 なのにそれができない。完全に情に流されているわけじゃないんだけど、あくまで魔術師的に頭が妥協案を探り出していて、全体的に同意の方向へと天秤は傾きつつある。

 

 

「ただいまー‥‥ってあれ、お客さんか?」

 

 

 そして事態は正義の味方見習いがやってきたことでさらに加速する。細かい裏事情はどうあれ、目の前で困っている人―――しかも女の人―――を士郎が見過ごせるわけがない。そういうところもまとめて好きだってわかっていても、時折その無償の好意に頭を抱えたくなってしまうこともあるくらいだ。

 義父がどうだったとか知らないけど、基本的に女性には優しくがモットーのフェミニストなのだから始末におえないのよね。しかもキザってわけじゃなくて、それをごく自然にやってみせる。これで女好きで鈍感じゃなかったらトンデモない女殺しになってただろうからホッとするわ。

 

 

「ハロウィンの行進? いいですよ、俺達にできることなら是非手伝わせてください。なぁ遠坂、いいだろ?」

 

「あんたねぇ‥‥、はぁ、別にいいわよ」

 

 

 もっとも私だってそういうところが好きで、士郎を恋人に選んだんだからあんまり他人のことは言えない。鈍感ということはつまり純粋と好意的に言い換えてもいいわけで、ホントにこっちが丁度ドキッとするタイミングで恥ずかしいことを言ってくれるから、良いのか悪いのかはわからないけど恋人としてはそういう部分に及第点をあげてもいいかな。

 尤もいつでもどこでもホイホイ女の子の頼みを聞いているのは許せないけどね。

 

 

「でもそれっていつやるんですか? さすがにこちらにも用事があった時は‥‥」

 

「あぁ心配いりませんよ。今日ですから」

 

「‥‥今日?」

 

「今日」

 

 

 さっきまでの潤んだ瞳とは一転にこにこと笑いながら告げられた言葉に、思わず色々なものが凍結(フリーズ)する。つまり何よ、このお方はそんな余裕ないタイミングでこの話もちかけてきたってこと? いくらなんでもそれはちょっと―――

 

 

「そうなんですか。それじゃあ急いで準備しないといけませんね」

 

「士郎、あんたまたそうやっていくらでも安請け合いして‥‥!」

 

 

 さすがにどうかと思って断りの言葉を発しようとしたところを、士郎のやる気に満ちた声が遮り、言い出すに言い出せなくなってしまった。なんていうか、ホント士郎は士郎よね。

 魔術師にとって不要な馴れ合いだけど、一般人に紛れて生活する以上しかたがないこと、か。なんか言い訳じみてるけどしょうがないわよね。どうせ暇だし、気分転換も必要かと思っていたところだし。

 

 

「じゃあお二人とも家に来て頂戴! もう用意はしてあるのよ?」

 

「してあるって‥‥なんでさ?」

 

「二人に何が似合うかしらと思ってたら手が止まらなくて‥‥。うっかり返事を聞く前に作ってしまったのよ。ほんとに私ってばおっちょこちょいで」

 

 

 返事を聞く以前に申し出る前に作ってるわよ、なんてツッコミはおそらく意味を成さないだろう。ハドソン夫人はもう完全に自分のペースで、士郎の手を引いて‥‥ちょっと士郎! 何いつの間に手なんか繋いじゃってるのよ!

 もう、なんかもう、ホントに他意の無い人なのかわからなくなってきたわ‥‥。

 

 

 

 

 

「‥‥そうか。気は晴れたのかい」

 

「ええ。彼の最期を、聞けましたから‥‥。後は私が彼のマスターだったことを恥じないように生きていかねば」

 

 

 バゼットがロンドンにいる間に寝床として使っているアパートに俺はやってきていた。ルヴィアは忙しいとかで来なかったけど、バゼットが現金の持ち合わせがこちらにしかなく、もうすぐにロンドンを仕事で発ってしまうからということでこちらから足を運ぶことになったのだ。

 俺は別に義手の整備の代金なんて後で良いと言ったんだけど、こういうことはしっかりするべきだと譲らなかった。それがかえって手間かけさせることになるんじゃないかなぁと思ったけど、まぁ別に用事があるわけでもなし、暇なのだからつきあおう思ってこうして比較的新しい部類にはいる小さめのアパートへとやって来た。

 

 

「たった数日のマスターですが、確かに私は彼の相棒でしたからね」

 

「その意気その意気。まぁ元気になれたようで何よりだよ。意気消沈してる君なんて君らしくないからね」

 

 

 どちらかというと無表情か高笑いで敵を片っ端から殴殺してく方がバゼットらしいというか。まぁふだんの彼女としてもあまり落ち込んでいる姿は見たくない。人生笑顔が大事とか言うつもりは毛頭ないけど、仕事が殺伐としてるんだから私生活ぐらいは朗らかでも良いと思うわけで。

 といっても私生活も殺伐としてると言えなくもない。この部屋の惨状はそんな気持ちを俺に抱かせるほどに殺風景であった。

 なにしろどこをどう頭の中で削除抹消したのか知らないがベッドすらないのだ。もともと1Kという収入に比してかなり慎ましい住居なのもあるが、そこに家具の類が殆ど見あたらないのだ。

 あるのは部屋の中央に置かれた大きなソファーにテーブル。あとは大きめのクローゼットがでんと部屋の隅に鎮座坐しており、おそらく衣服の類はあの中に全て入っているのであろう。しかもたぶん、全部同じスーツが。

 あのスーツも相当に良い仕立てなんだけど、いかんせん同じ物ばっかりってのは女性としてどうなのだろうか。寝るときはパジャマの替わりにワイシャツを羽織るだけだし、私服なんてものもついぞ見たことがない。ここまで物事に対して無頓着な人種がゲームや漫画の世界以外にいるとは‥‥って、そういえばここはそういう世界だったか。あぁ頭が痛い。

 

 

「私のことはそれより、そういえば紫遙君は将来どうするつもりなんですか?」

 

「将、来‥‥?」

 

「ええ。やはり姉君の跡目を継がれるのですか?」

 

 

 辛気臭い空気を拭おうとしたのか、唐突にバゼットから振られた話題に俺は一瞬思考を縺れさせる。将来、だと‥‥?

 

 

「い、いや、橙子姉の跡は継がないよ。俺に人形作りの才は無いし、そもそもアレは橙子姉のための事務所だからさ」

 

「ほぅ、ではミス・ブルーの跡を継ぐのですか?」

 

 

 魔術師の将来、と言われていまいちピンと来ない人も多いだろう。社会の裏側に潜む俺達魔術師という人種が一体何で生計を立てているのか。それにはいくつかの手段がある。

 

 まずエーデルフェルトを始めとする中世ぐらいからの非常に長い歴史を持つ名家。これらは表の世界でも爵位持ちだったりすることが多いから、先祖伝来の財産をやり繰りすることで十分生活することができる。

 次に遠坂の家の様に魔術協会から管理地を任されているところ。こういう家は管理地に住む魔術師達からの税金みたいなもので生計を立てている場合が多い。これは俺の苗字である蒼崎も同様だ。

 そして他の有象無象で構成されているのが、初代で何にも伝手がない魔術師や、没落してしまったがために神秘の世界での資金繰りに苦しんでいる魔術師だ。つまりはまぁ、俺や衛宮もこれらに属している。

 こういう魔術師達は仕方がなく表の世界で職を持つか、協会での仕事をこなすことで研究や生活に必要な資金を調達している。例えばそれは時計塔での講師や事務仕事であったり、封印指定の実行者だったりと実に様々だ。

 もちろん神秘の世界でも更に“裏”と呼ばれる闇の底で生きていく連中や、橙子姉みたいに自分の腕を頼りに仕事を請け負っている魔術師もいるから一概に括ることは不可能だ。

 

 

「ああ、そういえば君には言ってなかったか。俺は確かに蒼崎を名乗ってはいるけど、実は養子、といえか義弟なんだ。だから本家を継ぐことはできないよ」

 

「そうだったのですか‥‥?! すいません、失礼なことを言ってしまって―――」

 

「あー、気にすることはないよ。何しろ義父ってことになってる人にも会ったことないからさ」

 

 

 見ていて可哀相、というか罪悪感を感じるぐらいに取り乱し始めたバゼットを前に、俺も慌てて弁解する。なにしろ本当に今言った通り、俺は蒼崎の家には行ったことはおろか認知すらされていないだろうからだ。

 まぁ多分こうして時計塔に来ている以上、存在ぐらいは知られているとは思うんだけど、最初から気にしちゃいない。血の繋がっていない俺では万が一の際の魔術刻印の保存用にもならないから向こうも積極的に関わってきはしないだろう。

 むしろまぁまぁ腕の良い魔術師だと噂されているからか下手に口出ししてこないことを安堵すべきか。どこの馬の骨とも知れない奴が、勝手に蒼崎を名乗るんじゃない! なんて言われやしないかと余計な心配していた時期もあったことだし。

 

 

「では今は完全に未定ということですか」

 

「そうなるかな。もう暫くは学院で研究を続けてるつもりだけど、それが終わったらどうするかなぁ‥‥」

 

 

 いわゆる今この時期に未曾有の就職難に窮している世間一般の大学生達と違って幸いなのは、引く手数多とまではいかなくとも、とりあえず面倒を見てくれそうな場所に関する心配はないということか。

 一応次席に準ずるぐらいの成績は上げているからこのまま研究を続けていても幾らかの助成金の類は出るだろうし、そもそも俺の研究はそこまで資金が必要なものではない。

 散々青子姉にしごかれたおかげか低級の死徒の討伐ぐらいなら一人前衛型の相棒をつけてくれればさほど無理をしなくてもこなせるだろうし、ふと思い返せばルーン学科の教授からも講師に来ないかと誘いを受けている。

 ‥‥今こうして考えてみると、俺って相当恵まれてるな。下手すりゃ衛宮や遠坂嬢よりも先行き安心かもしれないぞ。

 

 

「もし何でしたら、私と一緒に封印指定の執行者でもやってみますか? 貴方は支援型と割り切れば中々の使い手だ。私としても貴方と組めれば仕事がやり易くなって良いのですが‥‥」

 

「勘弁してくれ。何度だって言うけど俺は研究者だ。殴り合いはたまになら良いけど基本的に性に合わない」

 

「でしょうね。まぁ今のは試しに言ってみただけです」

 

 

 バゼット自身、本来はわざわざ物騒な仕事についている必要はない。『伝承保菌者《ゴッズホルダー》』であるフラガの家はエーデルフェルトに匹敵する名門なのだから、当然働かなくても収入はあるのだ。それでもなお彼女が戦場に身を置くのには、彼女自身の扱う魔術、というか宝具の特性にある。

 ルーン魔術を得意とするバゼットだが、本来ルーンは積極的に主力として戦闘で使う魔術ではない。勘違いされがちだが、アレは本来は魔術具や武具を製作する際に力を込める目的で刻んだり、家や工房に魔除けや呪いのために刻んだり、せいぜい儀式の補助に使ったりするものだ。

 そういう認識であるためにルーンを極めたという程に習得している魔術師は存外少ない。非常に歴史のある神秘文字であるにも関わらず即時的な効果が顕れにくいために、さほど力を割いて研究するメリットが少ないというのが共通認識なのだ。

 つまりルーンを講師が出来る程の高いレベルで会得して、あまつさえそれらを戦闘に於いても使用できるバゼットは実はすごい魔術師なのだ。まかり間違っても鉄拳と宝具《フラガラック》だけが能じゃない。

 

 そして何より彼女が戦場で魔術を行使する理由の一番大きなものが、今も部屋の片隅にケースに入れられて転がっている現存する宝具、逆光剣フラガラッハこと『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』である。

 両者相打ちの運命をひっくり返すこの必殺の短剣は、当然のことながら戦闘でしか使えない。それもできれば相手は自分以上の実力の持ち主が好ましいという何とも我が儘な武器であり、バゼットは伝承保菌者として、宝具の担い手として、これを比較的定期的に運用しなくてはいけないのだ。

 ある意味戦闘こそが彼女の魔術師としての研究であると言える。その割りに肉弾戦への嗜好が強すぎる気もするけど‥‥まぁそこはご愛嬌と言う奴か。

 

 

「いずれにしてもまだまだ先の話さ。当分はのんびり研究を続けていくことになりそうだ」

 

「まるで巷の大学生(ニート)みたいな台詞ですね。後で痛い目を見ても知りませんよ‥‥おや、誰でしょうか?」

 

 

 話はここまでと近くのスーパーマーケットで買った牛乳―――予想の範疇ではあったけど、当然のように冷蔵庫の中にはミネラルウォーターと缶詰しか入っていなかった―――を煽った俺にバゼットが呆れたように笑ったその直後。唐突に玄関に飾りとばかりにぞんざいにとりつけてあったチャイムが来客を知らせた。

 

 

「郵便屋か電気代の請求じゃないのかい?」

 

「いえ、私への郵便物は全て時計塔の事務所に届くことになっていますし、電気水道の料金は自動振込みにしてあるのですが‥‥」

 

 

 首を捻りながらもバゼットはシャツの胸元を締めてドアへと向かっていく。つまり俺といる時に無防備なのは仕様なんですかそうですか。

 

 

「はい、どちらさまで―――」

 

「「「Trick or Treat !!」」」

 

「‥‥は?」

 

 

 覗き穴のついていない防犯上どうかと思いつつも実際にも毛ほども不安のないドアを開ける音と共に飛び込んできた元気の良い声に驚いて、俺も座っていた椅子から立ち上がると玄関へと向かった。

 そこに居たのは突然の静から動への事態の推移についていけずに棒立ちになるバゼットと、その前でドアいっぱいから首を出す子供達。顔にはメイクをして様々な仮装をし、にこにこと手に持った帽子やら籠やらをこちらに向かって差し出している。

 

 

「‥‥ああ、そういえば今日はハロウィンか」

 

「そう、でしたね。いや、ちょっと驚きました」

 

 

 もともとはケルトのお祭りなのにどうして君、覚えてないんだ? そんなたわいもないことを思いながら俺はバゼットを横目で見て、次に目の前で楽しそうに笑う子供達へと視線を移す。魔女の扮装をしてとんがり帽子をかぶった女の子。犬の鼻と毛皮をかぶって狼男に扮した男の子。他にも髪の毛から蛇やら蜘蛛やらを垂らした子もいれば、ダイレクトにカボチャをくりぬいた物をかぶってジャック・オー・ランタンへと変わっている背の高めな上級生もいる。

 ちなみにこのジャック・オー・ランタンをハロウィン限定の創作だと思う人も多いが、これもれっきとした妖精種だ。とはいっても、妖精種という括りの中には妖魔やら悪霊やらも含まれるから一概に可愛らしいものを想像されては困る。コイツもそんなものの一つであるし、ぶっちゃけた話ゴブリンやらなにやらも妖精なわけだし。

 

 

「ん? 随分と大きな人影が‥‥」

 

 

 ふと十何人かの子供達の群れの中にひときわ目立つ、というか大きな二つの影があった。ちょっと向こうの方にいるらしくドア枠が邪魔をして顔が見えず、ちょっと気になったので俺は少し首を伸ばしてその顔を確認しようとして―――

 

 

「え、衛宮に遠坂嬢?!」

 

「蒼崎君?! それにバゼットも?!」

 

 

 まっ先に反応したのは遠坂嬢。尋常じゃないくらい顔を真っ赤にしてあたふたと頬に手を当てて隠れられる場所を探しているが、当然ながら通りに面した集合住宅なのでどこにもそんな場所などない。

 意図せぬ邂逅に言葉を無くしてしまっていた俺たちの後ろでは、バゼットがお菓子をねだる子供達に缶詰を渡していた。‥‥それは、どうよ?

 

 

「と、とりあえずみんな先に行っていてくれ。お兄さん達はこの人達に挨拶しなきゃいけないからさ」

 

「えー、シロウ行っちゃうのー?」

 

「シロウひどーい。私たちをおいていくのねー」

 

 

 何というか、随分とまた子供に好かれるやつだなオイ。子供達はひとしきり衛宮に不満を漏らした後、年長らしい背の高い男の子に連れられて次の家へと移動していった。

 とりあえず俺はようやく落ち着きを取り戻したらしい遠坂嬢と衛宮を連れてバゼットに断ってから部屋へと入り、しょうがないので部屋主であるバゼットが2Lのミネラルウォーターのペットボトルを一本ずつ皆の前に置いた。ちなみに椅子も足りないので全員床に座っている。

 

 

「へぇ、町内会のハロウィンの行進ね」

 

「そうよ。また士郎が安請け合いしてこんなことに‥‥。なんか知らない内に衣装までしっかり用意されてるし」

 

「そんなこと言ったって、遠坂だって結構楽しそうだったじゃないか。なんかほら、歩いてるときもわざわざマント翻してみたりして」

 

「ううううるさいわね! あれは、そう、ゴミがついてないかどうか確認してただけよ!」

 

 

 真っ赤になって恋人に抗議する遠坂嬢は、完璧な吸血鬼(ドラキュリーナ)の扮装だ。艶やかなナイトドレスに漆黒のマントを羽織り、ついでに魔女のとんがり帽子と口には作り物の牙。どう見ても楽しんでるようにしか見えません。ていうかノリがないと着れない格好だ。おそらくオーダーメイドなのか、遠坂嬢以外には似合わないだろう。

 一方の衛宮はなんとも不思議な出で立ち。肌は浅黒く塗りたくられ、その上に意味不明の紋様が体中に描かれている。頭には赤いはちまき、腰にも同じ色の腰巻きをつけ、ぶっちゃけて言えばアベンジャー。一体どこの誰がこんなジャストミートな扮装を考えたのだろうか。まさか俺以外にもトリッパーの類がいるんじゃないだろうかと邪推してしまう。

 

 

「なぁ衛宮、もうちょっとその、チンピラみたいに、やる気なさげにしゃべってみないか?」

 

「え? 何言ってるんだ紫遙?」

 

「いやぁ何でも」

 

 

 ちなみにhollowを経験していないにも関わらずその格好が存外胸にドキュンと来たらしく、バゼットはちょっと頬を朱く染めて復讐者のサーヴァントの扮装をした衛宮を見つめていた。ワイルドなのが好みなのか? まぁランサーの例もあるからわからなくもないけど‥‥。え? 言峰? 誰ソレ。

 

 

「それにしてもよかったな」

 

「何がよ」

 

「そりゃもちろんココにルヴィ―――」

 

「―――失礼、バゼットはいらっしゃいまして?」

 

 

 汚れるからと口紅をぬぐって、あくまでも上品にミネラルウォーターを煽った遠坂嬢に向かって俺が口を開いたその時、うっかり鍵をかけ忘れていた玄関を開く音と共に、聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

 

「げ、ルヴィアゼリッタ‥‥?!」

 

「‥‥‥‥ホ」

 

「ホ?」

 

「ホホホホホホホホホホホホホホホ!! どういたしましたのミス・トオサカその格好は? 実によく似合ってますわよホホホホホ!!」

 

「な‥‥ッ、あんた一体何しに来たのよルヴィアゼリッタァァアアア!!!」

 

 

 何の用事でやってきたのか、部屋に入ってきたのはきんのけもの。手に提げた包みからして届け物にきたのかもしれないが、今はそれを床に放り出して全力で遠坂嬢を指さして笑っている。

 ここで会ったが百年目、お嬢様らしい優雅さも忘れて腹を抱えて床を転げ回らんばかりだ。おそらく今世紀最大の見せ物なのだろう。その笑いは一向に止まることがない。

 ‥‥と、ついにしびれをきらしたらしい遠坂嬢のガンドが火を吹いた。フィンの一撃とまで言われる物理衝撃を伴ったそれはまるガトリング砲のように床へ穴を穿っていく。が、当然遠坂嬢を笑うことに必死なルヴィアはそれ故に迫る魔弾を華麗に躱していくから被害は広がるばかりだ。

 

 もはや止める気すら湧かない俺は自室を壊されて怒り心頭のバゼットがグローブをはめるのを横目で見ながら、そういえば衛宮はこの先どうするのかなぁと、意外に重要で、それでもそのときはさほど気にもとめていなかったことをのんびりと考えていたのだった。

 

 

 

 30th act Fin.

 

 

 


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