UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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第二十八話 『伝承者の憂鬱』

  

 

 side Lord El-Melloi Ⅱ

 

 

 

「‥‥なるほど、あなたがあの征服王のマスターだったのですか」

 

「本当に覚えていなかったのか‥‥なんというか、私は今言いようのない怒りと寂しさに駆られているぞ」

 

 

 エルメロイの名を継ぐ私の研究室は当然ながらそれなりに広い。寝泊まりしている屋敷は郊外にあるので居室は必要ないが、とりあえず仮眠はできる大きめのソファーにキッチンなどは整備されている。

 通常時計塔の魔術師の研究室というものは授業や講義に必要なものしかおいていない。自分の研究は自宅にある工房でするのが基本であるし、そもそも自分のものであったとしても元々は共有スペースであったココに最大の機密である研究資料などを置いておくわけにはいかないのだ。

 その面私の研究は主に書物から読み解く部分が多いために、この研究室でも自宅の工房とさほど変わらぬ作業効率を維持することができる。さすがに世界に数冊しかないというような貴重な写本になると防犯面から自宅の工房においてあるが、それ以外の本はかなりの数がこの部屋へと移されていた。

 

 

「すいません、ずいぶんとあの頃から見違えていたもので、気づかなかったのです。‥‥主に背とか」

 

「わかっている。わかっているのだがやるせないものを感じるのだ。‥‥封印したい黒歴史というやつか、これも」

 

「いえいえ、当時の貴方も見所のある少年でし、た‥‥?」

 

「疑問形じゃないかっ!」

 

 

 五体のサーヴァントの邂逅や、アインツベルンの城で行われた聖杯問答の時を思い出して思わず口調もあの頃に戻る。今の口調も別段強く意識しているわけではないが、教授という肩書きに箔を持たせるために作っていると言えばそうなる。

 気を張っている‥‥ということになるのだろうか。あれからもはや十年以上の年月が過ぎ、戦いの記憶は鮮烈ながらも段々と過去の出来事へと変わっていく。それは仕方がないことで、時を巻き戻すのは魔術の真理に逆らうし私自身望みもしないことだ。

 しかし、カリスマ教授という私自身は果てしなく本意ではない二つ名が一人歩きし、しかもそれがアーチボルトを立て直したことと一緒に相乗効果として私の時計等での地位を確立しているのだから困ったもので、私としてもそのような風評を積極的に広める気にはならないにせよ相応の態度をとらなければならない。

 

 

「それにしても本当に貴方も立派になったものですね。失礼ですが、あの頃は征服王の隣で彼に振り回されている姿ばかりが記憶に残っていますから」

 

「‥‥否定はしないさ。否定はしないが‥‥はぁ‥‥やはり当時の私は敵にもそう思われていたのか」

 

 

 確かに私は鼻持ちならない生意気な新米魔術師だったかもしれないが、それでも強大なサーヴァントを従えた優勝候補の一角であったはずなのだ。(実際には師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトがイスカンダルを召喚する予定だったのであり、それを横からかすめ取ったからこそあの時の私と今の私があるのだが、まぁ今更愚痴っても詮無いことだろう)

 だが実際問題として、昔の自分は本当に一部を除いて黒歴史として削除抹消してしまいたい思い出である。なんというか、少しでも思い出すだけで頭に指をつっこんで直接脳みそをかき回したい衝動に駆られる。

 認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちと‥‥いや、なんでもない。なんでもないぞ!

 

 

「あー、ところで騎士王。クッキーと紅茶のおかわりはいるかね?」

 

「いただきます」

 

 

 半ば惰性で机の上に出したお茶菓子は既に食べ尽くされていた。めんどくさくてかなりの量を箱からわしづかみにして皿へ放ったのだが、話し始めてさほど経っていないにも関わらず影も形もなくなっている。

 私の言葉に間髪入れずに勢いよくうなずいた騎士王の頭の上にぴょこんと凛々しく屹立した一本のアホ毛が動作に合わせて揺れ、瞳は期待の色に染まり、心なしか全体的にすごくうれしそうだ。なんというか、子犬とか小動物を彷彿とさせる。本当に騎士王かコイツは。

 

 

「むしゃむしゃ‥‥すいませんが、出来ればこのことは凜やシロウには内密に願います。‥‥余計な心配をかけたくない」

 

「衛宮に遠坂か‥‥。いやまて、確か衛宮というのはあの聖杯戦争でのお前のマスターではなかったか? いや、それ以前に何故おまえには前回の記憶が残っている?」

 

 

 ふと気がついて目の前で上品な仕草にもかかわらず驚くべき速度でお菓子を咀嚼し続ける騎士王に問いかける。

 普通、聖杯戦争において召喚されるサーヴァントは英霊の座にいる本体の分身、戦争が終われば座の本体へと回収されて記憶ではなく記録となる。すなわち、同じ英霊が次の聖杯戦争で召喚されたとしても厳密に言えばそれは前回召喚された英霊とは別人だ。

 そもそも英霊とは人々の進行によってその存在を精霊と同格のものにまで昇華させた存在。その有り方は人々の勝手な幻想によって左右され、本来の彼らの仕事である抑止の守護者としての活動の際に意志や人格が宿ることはなく‥‥いや、これは蛇足であったか。

 とにかく第五次聖杯戦争に召喚された目の前の騎士王が、第四次聖杯戦争の記憶をもっているはずがないのだ。

 

 

 

「‥‥私は、少々特別な理由があるのです。その辺りは察して頂きたい」

 

「ふん、確かに聞いたところでたいした意味もないか。‥‥だが一つだけ教えてくれ。現世で過ごした記憶は、あの一度きりで消え去ってしまうのか? 同じ英霊を再度召喚しても、それは姿が同じで、以前の記憶は持っていないのか‥‥?」

 

 

 先ほど己の心の内で確認したように、英霊は座に戻ってしまえば本体と一体化し、記憶は記録へと変わり、主観的観念を失う。次に同じ英霊を召喚したところで、それは『前回召喚された分体』とは別の、『新しく創り出された分体』である。たとえ座から記録を読み取ることができたとしても、その中に込められた記憶まで呼び出すことはできないだろう。

 ならば、自分は本当に彼の王に二度と会うことは叶わないのだろうか。否、死後でも良い。僕は貴方の下命を果たしたと、貴方への忠誠を生涯かけて果たしたと頭を垂れて報告することができるのだろうか。

 

 

「申し訳ない。厳密に言えば私は座についたことがないのです。今もおそらく座に私の本体はいるのかもしれないが、今ここにいる私には座についたという記憶も記録もない。貴方の疑問に明確な答えを出すことはできません」

 

「‥‥そう、か」

 

「―――ですが、貴方がもう一度会いたいと望むのならば、きっとその願いは叶うと私は思います。あの戦いで貴方と征服王の間には確かな絆が生まれた。人と人との仲とは綻びやすいものですが、生まれた縁というものは早々消えはしません。ましてや相手が世界に属する英霊なのですがら、その縁の太さは言うまでもない」

 

 

 その言葉を、人は一欠片の信憑性もないと笑うだろうか。あまりにも確証のなさすぎる希望的観測。楽観的なそれを人は愚者に与える気休めだと笑うだろうか。

 だが、それを私に与えたのは、ブリテンに名高い騎士王アーサー。彼女の言葉は百の人が口々に曰う真実にすら匹敵する。

 だから私は、不思議な安堵とこれからの人生に対する希望すら胸に沸いて出てきたのを感じた。

 

 

「‥‥そうか。そうだな。要は僕の気の持ちようだということか」

 

「仮にも魔術を探求する身、機会は人より多いのではないでしょうか」

 

 

 目をつむって俯いてしまった私に、騎士王は用事があるからと退出の礼をとって席を立った。机の上に追加で出した茶菓子は悉く跡形も無くなっており、それでいて飲み干したカップはまるで最初から何も注いでなかったかのように綺麗で、クッキーの包み紙は見苦しくないように箱へと入れて蓋をとじてあった。

 ドアノブに手をかける僅かな音に、私はそちらへ顔も向けずに言った。

 

 

「‥‥また来い。新しい茶菓子は用意しておく。それと‥‥ありがとう」

 

「次は凜に頼んで酒でも持ってきましょう」

 

 

 姿は見えなかったが、そのとき彼の騎士王が優しく微笑んだであろうことが私には何となくわかったのだった。

 

 

 

 

 

 

  

「うぉぉぉぉおおおお!!!」

 

「遅いですよ」

 

「うわぁぁぁああああ?!!」

 

 

 気合い一閃、横凪ぎに振るった双剣は虚しく空を斬り裂き、次いで破城槌のように一直線に放たれた鉄拳がもろに胸の中心に突き刺さる。踏ん張りすら効かない程の圧倒的な威力をもったそれに、たまらず赤い髪の少年は道場の端へと吹き飛ばされた。

 

 

「‥‥噂には聞いてたけど、士郎が全く相手になってないわね」

 

「私としてはシェロがあれほどに戦えるということがそもそも驚きですわ。てっきり只の、貴女の小間使い兼見習い魔術師かと‥‥」

 

 

 俺の隣で口々に勝手なことを言うお嬢様方を他所目に視線を道場の真ん中で烈しく戦う二人へと移す。

 片方は特注の短い竹刀を二本持ち、片方は革の手袋をつけただけの徒手空拳。一体何がどうなってこうなったのか良く覚えていないのだが、隠してはいるが固有結界持ちの封印指定級の見習い魔術使いと、下手な死徒なら軽々と殴殺してのける凄腕の封印指定の実行者が模擬戦をやっている。

 ちなみに場所は例のごとく両儀の道場。てんでばらばらな格好や人種の一行にも師範は気を悪くした様子もなく快く道場を貸し出してくれ、現在進行形でこのようなよくわからない事態になっているというわけだ。

 既に師範は家族サービスだの何だのと出掛けてしまい、道場には今まさに戦っている二人と、野次馬‥‥もとい応援をしている遠坂嬢とルヴィア、バゼットから紹介を頼まれたが故に来ざるをえなかった俺しかいない。

 そね一方、不思議なことに当然ならいてしかるべきはずのセイバーの姿はなかった。遠坂嬢の話によればどこかに出掛けていて連絡がつかず、無理に呼ぶこともないと思って放っておいたということだ。

 

 

「くそ‥‥っ、もう一本!」

 

「いい根性です。来なさいっ!」

 

 

 バゼットのことは『第一線級の封印指定の実行者』としか紹介していない。第五次聖杯戦争に参加していなかった俺がそっち関連のことを紹介するのはどうにも道理に合わないようなことに感じたし、そもそもバゼットの方から自分が言い出すまで内緒にしてほしいと頼んできた。

 最初遠坂嬢の家へと事前に連絡の上に訪れた当初は俺の付き添いというスタンスを崩さなかったのに、一体どのような経緯でこうやって衛宮と殴り合いをしているのか、正直理解に苦しむ。これだから肉体言語使いとは相容れないよなぁ、俺って‥‥。

 というよりまず遠坂邸でのルヴィアと遠坂嬢とのメンチの切り合いの段階で既に俺の胃はキリキリと悲鳴を訴え始めていたから、今の状態はむしろ良いのかもしれない。俺の胃の健康的な意味で。

 

 

 

 

「‥‥ふぅ、参った。全然相手にならないや」

 

「こちらこそお見それしました。まだ荒削りではありますが中々良い腕をしていますね。その歳でそれほどとは‥‥流石は聖杯戦争の勝利者の弟子といったところでしょうか」

 

 

 気がつけば衛宮とバゼットは試合を終え、それぞれ遠坂嬢とルヴィアが差し出したタオルで汗をぬぐって冷たい麦茶を飲み干している。バゼットはあまり汗をかいていないようだが、こちらも普段着だがラフなTシャツの衛宮と違って彼女はきっちりとした一つ覚えのスーツ姿だ。いくら上等な仕立て物で動きやすいとはいえ、尋常じゃないなホントに。

 それでもさすがに喉は渇いたのかたちまち薬缶に湛えられた麦茶を飲み干した二人に、俺は本館の方にある台所から追加の麦茶とついでに簡単な冷菓子を持ってきて、一同車座になって一息つく。

 横でさっきまで竹刀と拳を交わしていた二人は互いの、と言っても主に衛宮の至らなかった点などについて意見を交換しており、よほど暇なのかルヴィアと遠坂嬢は相変わらずバチバチと嫌味と愛想笑と言う名の社交辞令をキャッチボールしていた。

 クッション役のセイバーがいないから、けものとあくまのやりとりにも歯止めがきかずにどんどんヒートアップしていく。え? 俺? 無理無理無理。いい加減、胃に穴があきますよ。

 

 

「そういえばバゼット、貴女は封印指定の実行者なんですってね? どう? 仕事の方は」

 

「ええ。去年に少々手傷を負ってしまったので暫く休んではいましたが‥‥。最近は紫遙君の姉君に義手を作ってもらったのでしっかりと復帰しましたよ」

 

「義手‥‥? 失礼だけど、腕を?」

 

 

 こちらもいつの間にうち解けたのか、遠坂嬢はバゼット相手にほとんど猫をかぶっていない。対するバゼットも比較的人見知り‥‥というか初見の相手には距離を置いて様子を見るタイプだから、気さくに接しているところを見ると随分と気を許しているようだ。

 と言っても彼女の場合は一度気を許すと普段の仕事ぶりからは想像できないくらい無防備になるのだから困ったもんなのだけどな。他人の傷を切開するつもりなんとさらさらないけど、麻婆神父しかり。

 ちなみに舌戦はかなりの接戦だったらしく、ルヴィアは半ば息切れしながら麦茶を煽っている。表情から察するに引き分けみたいだけど、ホントこういう彼女の顔見るのは遠坂嬢たちが倫敦に来て初めてだよな。知っていたとはいえ友人として驚きだ。

 

 

「ええ‥‥。先の聖杯戦争で、私はランサーのマスターでしたから」

 

「えぇっ?! バゼット、あんたランサーの‥‥?!」

 

 

 唐突に何気なく場に放り込まれたバゼットの呟きに、衛宮が素っ頓狂な叫び声をあげて驚きを表現した。バゼットを回収したのは魔術協会の事後処理部隊であり、その調査の内容は遠坂嬢達に報告されていないから、当然ながらバゼットがマスターであったことなど二人が知る由はなかったわけだ。

 ランサー。青い槍の騎士。UBWルートでの死に様から兄貴とファンからも慕われている好感のもてる気さくな青年。

 実際英霊という存在は完全に人間の上位にあたり、魔術師であるならばその存在規模から目の当たりにするだけで自らの手の届かない存在であると悟ることができる。それは先日俺の目の前でおいしそうにアイスクリームをほおばっていたセイバーであろうと同じであり、あまりにも霊格が違いすぎるが故に英霊(サーヴァント)としての気配を消すことはアサシンのクラススキルがなくては適わない。

 ゲームなどでは他のキャラクター達とさほどの違いなく描かれるが、実際にこうして魔術の世界に関わる身として言わせてもらえば、英霊とは人間とは違うモノだ。

 

 

「そう‥‥、蒼崎君が突然知り合いを連れてくるなんて変だと思ったら、そういうことだったわけね」

 

 

 もちろん俺はセイバーを一人の友人として扱ってるし、特別な畏怖を持って接するつもりなんてない。最初に会った時こそ初めて目の当たりにする英霊という存在に対する気後れだってあったけど、一度友達付き合いをした以上、人間じゃないからといってどうこうなんてことはない。

 だから例えゲームで色々と知り得るはずのないことを知っていたとしても、彼の槍兵がどんな人物であったかなんてしっかりと知ることができるはずがない。

 

 

「‥‥紫遙君、ルヴィアゼリッタ、申し訳ないが席を外してくれませんか?」

 

「わかりましたわ」

 

「ああ」

 

 

 真剣な、という程には怖い顔をしていないバゼットが衛宮と遠坂嬢に視線を固定したまま俺たちに退席を促し、ルヴィアと目配せしては空になってしまったヤカンと冷菓子をのせていた盆を持って道場を出る支度をする。

 友人とは言えども聖杯戦争に何の関わりもない俺達はこの三人にとって部外者だ。それは交わした友情とはまた別の問題であり、既にバゼットの中ではかなり深い精神的外傷(トラウマ)として残ってしまっている問題についてのことだ。

 

 

「じゃあ終わったらロビーの方に来てくれ。いこうか、ルヴィア」

 

「ええ。また後ほど」

 

 

 当事者達だけで話し合うべきことについて、俺達に出来ることは何もない。幸いというのかむしろ不気味とでもいうのか、バゼットも冷静な様子に見えるから余計な心配もなさそうだ。

 突然の暴露に動揺と緊張を隠せないらしい衛宮と遠坂嬢を横目に俺達は道場の入口の引き戸を閉め、ひとまずコトが治まるまでと本館のロビーに備え付けてあるソファーへと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 29th act Fin.

 

 

 

 

 


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