UBW~倫敦魔術綺譚 (未改訂版)   作:冬霞@ハーメルン

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このあたりからちゃんと行頭に一字下げをするようになってきています。やっとしっかり小説の体を為し始めてきたというわけですね。
改訂は間桐臓硯編までを一区切りとして投稿していきたいと思っております。おそらくこの辺りからまともな文章になってくるので。
どうぞ応援よろしくお願いします!


第十八話 『三匹狼の死闘』

 

 

 

 

 

 side Luviagelita

 

 

 

「おや? ミス・エーデルフェルトではないか。こんなところで何をやっているのかね?」

 

 

 友人であるショウからの頼みで彼の工房の封印を確認した帰り、私は廊下を歩いていると背後から声をかけられました。

 振り返ると、そこに立っていたのは時計塔なら知らぬ者のいない超有名人。プロフェッサー・カリスマ、マスター・V、グレートビッグベン☆ロンドンスター、新なるエルメロイ、アーチボルトの救世主、女生徒が選ぶ時計塔で一番抱かれたい男、自称征服王イスカンダルの第一の臣下、秋葉原をこよなく愛するゲームヲタクなど、数々の異名を持つ名物講師、ロード・エルメロイⅡ世。

 すらりとした華奢な体格を膝まで覆う長衣で隠し‥‥きれてはいませんけど、手には幾冊かの魔術書を持ってこちらを不思議そうに見ています。

 

 

「ミスタ・アオザキが留守の間、工房の管理を頼まれましたの。ロードこそどうしてこちらに? 貴方の研究室はもっと上の階層にあったと思いますが」

 

「いやなに、新しい資料が手に入ったと馴染みの魔術師から連絡が入ったのでな。待ちきれず、わざわざ足を運んできてしまったのだ」

 

 

 普段からある特定の時を除いて絶対に崩さないしかめっ面のまま、ロードは手に持っていた本を掲げて私に表紙が見えるように持ち直しました。

 ‥‥驚きましたわね。これは名門の家系だって所有していないような一級の魔術書ですわ。

 流石はロード・エルメロイII世、勤勉の名に偽り無しといったところでしょうか。

 私もショウとの付き合いの関係上ロードとはそれなりに親しくさせて頂いていますが、この名教授の己に対する厳しさには心底感服致しますわ。

 

 

「しかし蒼崎は工房をほったらかして一体どこへ行ったのだ? いつものようにミス・ブルーに拉致されたという噂は聞かないが‥‥」

 

「私も詳しい話は聞いていないのですが‥‥。彼が言うには、里帰りらしいですわ」

 

「里帰り‥‥? こんな中途半端な時期にか? まったく、ミス・ブルーのことは差っ引いても毎度毎度行動が読めん奴だな」

 

 

 英語しか喋れないくせにやたらと日本人の名前の発音がいいロードが怪訝な顔で首を傾げる。

 その動作はまだ二十代でありながらも他を圧倒する名声を獲得した名教授を、いつもより少しだけ幼くみせていました。

 

 

「まったく、奴にはこの前の英雄史大戦のリベンジを申し込んでいたというのに‥‥。 これでは対戦相手がいないではないか」

 

 

 階段を息も切らさずに上り続けているロードが苛ただしげにぶつぶつと今はこの場にいない昔の教え子への愚痴をこぼし、あまりにも魔術師らしくないその内容に私は思わず、それでいて隣のロードには気付かれないように深い溜息をつきました。

 どうも最近私もショウやシェロに毒されているのかもしれませんね。魔術師には本来このような戯れは必要ないはずですのに‥‥。

 

 

「おおそうだ、エーデルフェルト。どうかな? よかったらこれから私の研究室で‥‥」

 

「お断りいたしますわ」

 

 

 いかにも閃いたと言った様子で勢いよく振り返って私に空いた手を差し出したロードにつれなく返事を返し、私はすたすたとひたすら続く廊下と階段をのぼっていったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先手必勝! AzoLto!」

 

 

 誰が試合開始のゴングを鳴らしたわけでもなく、戦闘は突然始まった。

 まず手を出したのは予想通りというか、色々と血気盛んな黒桐鮮花。手にはめた火蜥蜴の革の手袋の上にバスケットボール程の大きさの火球が燃え上がり、メジャーリーガー顔負けの見事なオーバースローで 赤々と燃えさかるそれを間桐臓硯へと投げつける。

 温度にすれば大体ガスコンロの最大火力ぐらいはあるだろうか。生半可な水なら蒸発させてしまう威力をもった火球も、臓硯は難なく自分の影から出した蟲の壁で受け止めた。

 表面でまともに火球を喰らった蟲達は炭になって崩れ落ちたが、肝心の臓硯とその周りで待機している攻勢用の使い魔達は無傷のままだ。

 どうもこちらへ傷を与える為に改造された蟲達の生成にはそれなりの時間がかかるようだ。

 無尽蔵に出せるというわけでもないから、今のように有象無象の虫を使って盾としているのだろう。

 

 

「固まってるなら、蹴散らしてやる」

 

 

 と、決定的な攻撃手段を持っていないはずの式が一足で五、六メートルは空いていた間合いを詰める。

 それは最早武道の奥義の一つである“縮地”に片足突っ込んだような神業。相手が人外である虫の群体なれば拍子を外すという効果は無いが、彼女の一足刀の間合いは並の武道家のそれを遙かに上回る。

 足下の蟲達もそのあまりの素早さに彼女を這い上ることすらできずに踏みつぶされ、あるいははじき飛ばされ、式が振るった流麗ながら強烈なナイフの一撃によって蟲の盾はたまらずばらばらになって地面へと転がっていった。

 

 

「今だ! 鮮花!」

 

「AzoLto!」

 

 

 盾を散らした式が叫び、間髪入れずに鮮花が呪文を叫んだ。

 再度作り出された火球は、一小節の詠唱から生まれたとはとても思えない。先ほどと大きさはさして変わらないにしろ、今度は秘めている焔の密度が違う。

 ガスコンロを大きく上回るだろうそれは、今度は理科の実験に使うガスバーナーほどにもなろうか。赤々とその内に秘めた灼熱の暴力を悠々とたたずむ老怪に向かって一欠片の躊躇もなく解放した。

 

 

「カ、カ、カ。まだまだ青いのう」

 

 

 が、かの蟲の翁は更に老獪であった。

 迫り来る驚異を前にして、自らを中心として半径二、三メートル程に展開していた蟲の絨毯の中へと一息の内に身を躍らせる。

 とぷん、とまるでそこが池か何かであるかのように静かに沈み込んだ老人の上を、虚しく火球は素通りして公園の木々へとむしゃくしゃをまき散らした。

 成る程、亀の甲より年の功とはよく言ったものだが、さすがに百年単位で生きている人間もどきの化石はものが違う。

 これなら下手な死徒の方が扱いやすいかもしれないな。

 俺は思わず頬を伝った冷や汗を拭い、七つの礼装達から二つずつを式と鮮花の援護へ回す。

 中〜遠距離攻撃を得意とする鮮花にはまとわりつくように、接近戦しかやりようのない式にはやや距離をとって邪魔にならないように旋回させる。

 俺は基本的に一対一の戦いは得意ではない。誰かの援護という形において、その能力を発揮できるのがこの礼装だ。ま、一対一でもやりようはあるのだが。

 

 

「ではこちらの番かのう。ほれ、ゆかんか、蟲共よ」

 

 

 臓硯が手に持ったステッキで再度カツンと大地を突く。

 途端に先ほどまでぞわぞわと蠢くだけだった蟲の絨毯から一部がまるで槍のように飛び出して、一番近くにいた式へとその切っ先を向けて飛びかかった!

 

 

「させるか! Drehen (回せ) und Abfungen (迎撃)Herunterschieben (撃ち落とせ)!」

 

 

 すかさず俺は式の直衛に回した5番と6番のカスパールへ命令を下す。

 主の意を読み取った二つの球体は、その姿が霞む程の速さで式の目の前を複雑な軌道を描いて旋回し、迫り来る槍の穂先を横っ腹を叩くことで粉々に打ち砕いた。

 重力偏向の術式を施された魔弾の威力は、鋼鉄の扉にも皹を入れる。‥‥とはいえあちらは固体ではなく蟲の群体、期待した程の効果は望めなかったようだ。

 二つの鉄球によって砕かれた蟲は僅か。残りの蟲は何事もなかったかのように絨毯の中へと戻っていく。

 

 

「ほう、なかなかやるようじゃの。吠えるだけあるわい。‥‥じゃが、これならどうかの?」

 

 

 続けて大地につけていたステッキを掲げ、タクトに見立てて一回大きく振る。

 その動作に合わせて下に広がった絨毯の中から、凶々しい姿をした翅持つ蟲達がさながら雷撃機が編隊を組むかのように多数飛び上がった。

 その数、おそらく三十にも届くまい。が、人の拳以上もある異形達に貪りつかれて痛いで済むと考えるのは、些か楽観視に過ぎるだろう。

 ましてやわざわざ蟲を使役している以上、何らかの毒など厄介なのを持っていてもおかしくはない。

 つまり、あの醜悪極まりない編隊には掠るわけにもいかないと言うことだ。

 

 

「カカカカ‥‥。我が翅刃蟲の恐ろしさを思い知れい!」

 

 

 顔の横で石突を上にして構えていた杖を臓硯が勢いよく振り下ろし、それを合図に蟲達は一斉にこちらへ飛び掛かってくる。

 点でも面でも線でもない、面に広がる二十余の凶悪な点による攻撃だ。

 これは非常にまずい。迎撃機能が追い付かん!

 

 

「式! いけるか?!」

 

「おまえ、誰にもの言ってるんだ? 自分達のことだけ気遣ってろよ!」

 

 

 どうやら彼女は大丈夫らしい。俺は式につけていた5番と6番の片方を鮮花の護衛に回し、もう片方を俺の直衛に戻す。

 礼装より小さな羽蟲を叩き落とすには、七つぽっちでは少々役者不足だ。

 俺は式の超人的な動体視力と腕を信じて、自分と鮮花の守りに力を裂く。

 

 

Drehen (回せ) und Tanzen (乱舞せよ) |Fest steht und treu die Wacht, die Wacht am Rhein 《ラインの守りは強固で揺るがぬ確たるものである》―――!」

 

 

 指示に従って二人の周りを旋回していた礼装達が、先ほどより更に姿も霞む程の速さをもって、突撃してくる蟲の編隊を次々と撃ち落としていく。

 俺よりもやや少ない鮮花の方では、撃ち漏らしたものを彼女が自らの焔で始末していく。あえて正面の守りを薄めにしていたのは、あまり狙いがよくない彼女のためでもある。

 一方式の方へと視線を巡らせば、既に自分へ向かってきた蟲達は全てはたき落としてしまった後であった。

 足下にはどの蟲も平等に真っ二つにされて転がっている。寸分違わず胴体を羽ごと斬り裂かれ、式の皮膚には一擦りもできなかったようだ。

 これで運動能力はあくまで一般人の範疇だなんて自称するのだから、韜晦もほどほどにしておけと言うものだ。

 

  

「カ、カ、カ、カ、カ! いやいや驚いたぞ小童共。まさかその歳でそこまでの技を身につけておるとはのう。しかし、どうじゃ、まだ始まったばかりじゃぞ? これならさすがに難しかろうて」

 

 

 なんとか全ての蟲をはたき落として息を切らせながら(式以外)臓硯の方を見やると、先ほどの襲撃の更に倍、ほとんど五十に近い蟲達の編隊が俺達へその切っ先を向けていた。

 すでに臓硯の足下の絨毯の面積は僅かに自らの影の分ほどしかない。よくよく周囲に注意を向けてみれば、羽を持たない様々な甲虫類や多足類が俺達をぐるりと取り囲んで隊伍を組み、ギチギチと笑い声をあげていた。

 空戦部隊に気を取られている隙にまた脱皮でもしたのか、さっきよりも一回りほど大きく、凶悪な姿をしている。

 

 

「ちょ、ちょっと紫遙、さすがにこれはやばいんじゃないの?」

 

「ハハ、おもしろくなってきたじゃんか」

 

 

 周りの蟲達は主の命令を今か今かと待ちわびているかのようだ。空戦部隊も第一陣の無念を晴らそうかというように、しきりに羽を鳴らしている。

 これらに一度に襲いかかられては、たった三人ぽっちの俺達ではひとたまりもあるまい。危機的状況を危機と受けとらない式は楽しげにしてるが、こちらとしてはあまり笑える状況ではんかろう。

 俺は臓硯が今すぐにでも蟲達に号令を下そうとしているのを見てとると、急いで鮮花に指示を出した。

 

 

「鮮花! 空戦隊を叩け! 式! 囲みを突っ切って離脱しろ!」

 

「わかったわ! Con fuoCo!」

 

「ち、後はまかせたぜ」

 

 

 意図を読み取った妹弟子は大きく手を広げると前方に向かって広範囲に焔を放つ。

 たまらず臓硯は蟲達を展開させて己の身を防いだが、それによって攻撃の為に待機していた空戦部隊は尽く凄まじい鮮花の焔によって灰と化した。

 途端に式が疾風のように駆け出す。地面を摺るように、それでいて足下が見えない程の速度で地面をびっしりと覆っていた蟲達はその華麗な足裁きによって、潰されることもなく、這い上がることも飛びかかることもできずに先ほどと同様にはじき飛ばされていった。

 

 

「なんと小癪な! ええいかかれいっ!」

 

Drehen (回せ) und Schweben (浮遊せよ)―――!」

 

 

 自慢の空軍(アエリア)を潰されて激昂する臓硯が大地に蠢く蟲の連隊に号令を下すが、其れより早く俺が自分の配下に命令を出した。

 鮮花と俺の周りを旋回していた『魔弾の射手』のうちそれぞれ二つずつが仄かに光り、挟み込むかのように浮き上がるとそれに釣られて俺達の体も浮き上がる。

 『魔弾の射手(デア・フライシュツ)』は単なる物理攻撃のための礼装ではない。内部に仕込んだ各種のルーンや魔術式、それらを媒介として精密な魔術制御を可能とするのだ。

 

 

水流(ラゲズ)凍結(イーサ)是乃ち雹と暴風(ハガラズ)! Es braust ein Ruf wie Donnerhall 《雷鳴は叫びの如く哮り狂う》―――!」

 

 

 と、式が離脱したのを確認し、俺は鮮花を抱き寄せて接近させ、二人合わせて二つのカスパールを浮遊の為にとっておき、残りの五つの球体で眼下に広がる蟲達をかき集めるように雹の嵐を発生させる。

 吹き荒れた凄まじい暴風は俺達を包囲するために展開した全ての蟲を中央の臓硯の元へと手繰り寄せ、凍り付かせることは不可能でも一時的にその動きを束縛する。

 そして隣の鮮花にアイコンタクトを送る。

 俺の礼装の弱点とは、決定力が無いことに他ならない。特に臓硯の様な蟲の群体が相手では、いくらぶん殴っても効果はないに等しい。出力が低くて凍り付かせることも焼き尽くすこともできないしな。

 

 

「いくわよ―――! TempeStoSo―――!!」

 

 

 臓硯を中心に渦巻く竜巻の中へ、鮮花が放った焔が舞い降りる。たちまちの内に俺のチンケな氷を吹き飛ばし、風の渦は旧約聖書にその姿を認めることができる、かの神の遣わせし火の柱の如く荒れ狂った!

 

 

「ぎぃやぁぁぁあああああ?!!!!」

 

 

 既に人が発するものとは欠片も思えない醜悪な叫び声をあげた臓硯は、こちらまで熱気が伝わってくるほどの高温の渦の中でも今だ体を保っていた。

 信じがたい程の生への妄執。それは人間としては当然の本能であるかもしれない。人間なら、誰もが抱いて当然のものでもあるかもしれない。

 だが、臓硯(コレ)はもう人間ではない。他人を喰らって生き延びる化け物だ。

ならばとっとと引導を渡してやろう。醜悪な劇にはもう幕だ。

 

 

「鮮花、やっちまえ」

 

「わかったわ。Fortissimo―――!!」

 

 

 一際大きく、まるで太陽のように眩しく輝く火球が渦の中へと投げ込まれた。

 火柱は遂に天をも焦がすかという程の高さへと昇り詰め、光はどのような灯よりも強烈に輝く。

 やがて炎が消え、辺りに立ちこめていた屍臭も消え去ったとき。

 渦が巻いていたその場所には一握りの灰すら残されていなかった。

 

 

 

 

 

 19th act Fin.

 

 

 

 

 


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