ぼっちと九人の女神たちの青春に、明日はあるか。 作:スパルヴィエロ大公
何が起こった!?
この話の八幡sideから十九話の冒頭に戻ります。あの時点では解散のゴタゴタが起こってしまっていて、ようやく八幡が行動を起こそうとしている、ということになってます。
あと、二十五話を読んでいない方は、そちらからお読みくださいませ。
【side:ことり】
年が明けた。
「・・・・」
明けて、しまった。
ことりにとって、今この時ほどめでたいはずの新年が辛く、憎く思えたときはなかっただろう。
母のいとこに急かされるまま、一週間後に自分は日本を発つ。
穂乃果や海未、μ'sの皆との関係を修復できないまま。
何なら今から穂乃果の家に行って、練習中の皆の所に行って、謝ってくればいいだけの話なのだ。
でも、できない。
クリスマスイブの日、問い詰められた果てに真相を打ち明け、そして責められた光景が蘇る。今も恐怖で足がすくんでしまう。
自分が悪いのだと分かっていても、怖いものは怖い。そんなもの避けてしまいたい。
このままフランスに行って、何もかも忘れてしまった方が楽なのかもしれない。
ふと、口からごめんね、と小さく言葉が漏れる。
誰にも届きはしない心の呟き。でも、これが今の臆病な自分にできる精いっぱいの勇気。
それで、許してほしい。
「―――ことり。入るわよ?」
その時、部屋に母が入ってくる。
支度の確認だろうか。
「支度は、大分できたみたいね」
「うん」
「―――穂乃果ちゃんや海未ちゃん、μ'sの人たちには、ちゃんと留学のことを伝えた?
μ'sを抜けること、謝ってきた?」
「・・・うん」
嘘だ。
自分から打ち明けたんじゃない。皆から問い詰められたから白状した。
謝罪に関しては、海未にメールで一言伝えただけ。そんなものが謝罪と呼べる代物ではないのは、十分自覚していた。
「そう。・・・それなら、なぜ堂々とした態度を取れないの」
「・・・!」
―――見抜かれていた。
「本当に自分から打ち明けて、自分の言葉で謝ることができたなら。
未だに未練がってぐずぐずとした気持ちでいるわけがない。違う?」
「・・・・」
「お母さんは、前も言ったはずよ。貴方が自分で考えて出した答えには、絶対に反対しないと。
だから自分でよく考えて決めなさいと。
でも貴方には、それができなかったみたいね」
「・・・ごめん、なさい・・・!」
もう耐えきれなかった。
あの時のように泣きながら、泣きじゃくりながら謝る。
母に対してなのか、穂乃果たちに対してなのか、もう分からなかった。
母は穏やかにかつ厳しく、諭すように言った。
「貴方が謝らなければいけないのは、お母さんじゃない。お友達の皆に対して、でしょう?」
しゃっくり上げながら頷く。
分かっているのに、今までできなかった。自分は弱いから、臆病だったから。
「なら、やるべきことは分かるわね。―――今からもう一度、お友達の所に行ってきなさい」
それだけ言うと、母は静かに部屋を出た。
「やっぱり、あの子にはまだ早かったみたいね。一人で留学するのは」
廊下に、そっと呟きが漏れた。
【side:八幡】
毎年毎年、ハッピーニューイヤーと叫び狂喜する馬鹿どもがいる。
俺は決まってそいつらを見下してきた。死ななきゃ新年は誰にもやってくる。
それに一喜一憂するとか、馬鹿なの?死ぬの?
ただ、今年はそれを馬鹿にするのも、自分の鬱屈した精神が最大の原因だ。
つまりはジェラシー。
浅ましい行為だが、所詮は俺も凡人でしかないということが証明されたわけである。
思い上がり、ダメ、絶対。
さて、俺は今高坂の家に向かっている。当然だが菓子を買いに行くわけではない。
今日再び、高坂を説得しに行く。そしてあいつを、μ'sに復帰させる。
さっきも年明け二回目のμ'sの会合があった。が、二人は来なかった。
そして誰もそのことを指摘しようとはしない。言い争いの種にしかならないと分かっていたからだろう。
以前にも矢澤と副会長が揉めているしな。だからお茶を濁し、臭いものには蓋をしておく。
そうなるのもやむを得ないことだ。
ならば、俺が動く。
失敗しても傷ついても誰も損をしない、この俺が。
―――分かってるだろうから言ってあげるけど、貴方、マネージャー失格ね。
ああ、全くその通りだよ、ツバサさんよ。
やっと決心がついた。
さっきも高坂を連れ戻すと宣言した時、園田や会長たちは唖然としていた。
だが、やる。μ'sを元に戻すために。
それで俺と高坂達が対立するというのであれば、俺がそこから身を引けばいいだけの話だ。
そうしてあいつらが、もう一度"本物"を掴めるように。
気づけば、穂むらの前に来ていた。
今度ばかりは、向こうからは会わせてもらえないだろうかもしれない。ならば多少強引にでも入る。
・・・通報されないのを祈るのみだが。やっぱ無理かね?
いや諦めんなお前!もっと熱くなれよ!・・・熱あるのか俺。
「いらっしゃ・・・あれ?比企谷さん!
明けましておめでとうございます」
「・・・ども」
店の扉を開けると、妹の高坂雪穂がいた。
また店番か、ご苦労なこって。この辺は小町にも見習わせたいものだ。
あいつがグータラすると俺がひどい目に遭うからな。
さて、さっさと話を切り出すか。
「いきなり悪いんだが、高坂、今家にいます?ここずっとμ'sに顔出してないんで、あいつ」
「・・・え?」
え?
あっそうか、俺はおかしなことを聞く不審者だと思われたのか。
数分後、そこにはパトカーで連行される比企谷八幡の姿が!嗚呼・・・短い人生だったぜ・・・。
「・・・お姉ちゃんなら、"今日も"練習に行ってくるって、家を出ましたけど?」
「・・・は?」
頭の中で、非常事態を告げるサイレンが鳴った。
【side:穂乃果】
一軒目のゲームセンターを出る。
目当てのグッズは手に入らなかった。またお年玉を無駄遣いしちゃった。
後でお母さんや雪穂に怒られるかな。
「次は、どこ行こうかな・・・」
今日もまた、ゲームセンターを渡り歩いて暇つぶし。
それで一日が終わるのかな。そう思うと、虚しさを覚えずにはいられない。
でも、今さらμ'sに顔を出すのも、怖くなってしまった。
あのクリスマスイブのライブで倒れ、お見舞いに来てもらったのが最後。
それきり年内には一度も顔を合わせず、新年を迎えてしまった。
スマホには海未ちゃんからのメールや電話などがたくさん来てるけど、返事を出せなくてずっと放置したまま。
学校が始まっても、まともに会えるか分からない。いや、もう会いたくない。怖い。
このまま自分が戻らなかったら、μ'sはどうなるんだろう。
解散・・・そんなはずないか。いずれ自分のことなんて忘れて、8人で・・・。
8人?
そうだ、ことりちゃんだ。
もうフランスに行ってしまうのかな。
ことりちゃんだって苦しんでいるのに。本当なら自分が、何か助けてあげなければいけないのに。
今さら顔を合わせる勇気なんて出なかった。
自分は、穂乃果は、本当にバカだ。
こうして町をふらついていると、中学生の時のことを思い出す。
あの時もバカな事ばっかりやってて、クラスのみんなから笑われてた。
でも中には、気を引きたくてわざとやってるんだろうって、穂乃果のことを悪く言う人もいた。
それに耐えきれなくて、一度学校をさぼってしまったことがあったっけ。
あの時は、海未ちゃんやことりちゃん、お母さんや雪穂が探してくれた。
穂乃果を、助けてくれた。
だからその後は、中学校を無事終えることができたんだ。
でも、今度はもう、そんなことはない。
誰もこんなバカな女の子のことなんて助けてくれるわけない。自業自得だ。
もう、穂乃果にアイドルを目指す資格なんて・・・。
「―――ねえ!そこの君、ちょっといい~?」
ふと、後ろから声がする。振り向くとヤンキー風の男の人がいた。
三人いる。全員穂乃果のことを見て、ニヤニヤした表情を浮かべていた。
ナンパだ。
いつの間にか人通りのない裏路地に来てしまっていたんだ。
そしたらガラの悪い人に目を付けられるに決まってる。おまけにこの先は行き止まり。
ど、どうしよう。
「ちょっとさ、僕らと遊んでこうよ。君、ヒマでしょ?」
「わ、私っ、今から、用事あるから・・・」
自分のことを穂乃果と言わないだけの理性はまだあった。
でも、内心すっごく怖い。どうしよう・・・?
「―――あ?嘘でしょ?」
急に男の人の声が、ドスを聞かせたそれに変わった。
「!?う、嘘じゃ・・・!」
「いやだってさ、君制服着てんじゃん?
学生でしょ?冬休みでしょ?現にここ数日、町ブラブラしてるとこ俺ら見ちゃってるんだよね~」
・・・しまった。
「つー訳で、嘘とか通用しないから。
あ、それと今持ってるスマホ、渡してもらえる?連絡されたら困るし」
「あ、あ・・・」
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
誰にも助けてもらえそうにない。このままどこかに連れ込まれて乱暴されるんだろうか。
怖くて動けずにいると、男の一人が穂乃果の腕をガシッと掴んできた。
ああ、もうだめだ。
みんな、ごめんね―――
「―――おい」
その時。
ふと、聞き覚えのある声がした。男たちも後ろへ振り向く。
「あんたら、うちのアイドルに何してんだ?」
そこには、比企谷くんが立っていた。
終わり!
次回でようやくシリアス編終結に向けて、けりがつけられそうです。
なお、西園弖虎様には本話執筆に関して、参考となるアドバイスをいただきました。
この場を借りてお礼を申し上げます。